時ナデ・if <逆行の艦隊> 第21話その3 混迷の大地 ここは戦場だった。 現状を表現するとしたらこの表現が適切だろう。 まさに死屍累々、屍山血河を築き上げた戦場跡そのもの。 まさに富野式ジェノサイドエンド、愛するものよ死にたまえのごときありさまだった。 「死ぬ……っていうか殺して」 水分の抜け落ちた自らの髪に埋もれながら月村忍技術大尉はもそもそと活動を再開した。 隈で見る影もない目元がぴくりと動き、半目を開きながら床を這いずる。 とりあえず何でもいいから水分を取らないと本気で死ねる。 「うわ、ゾンビ」 「何でもいいから〜」 たまたま部屋に入ってきた玉 百華にかなり失礼なことを言われたが、それどころではない。 本当に某生物災害サバイバルなゲームのゾンビのように這いずって百華にしがみつく。 「み、水」 「大丈夫よ、ご飯持ってきたし」 百華のその一言に部屋の中の死体がいっせいに起き上がった。 いや、実際は優華部隊の設計開発部員たちなのだが、ここ数週間の作業によって生気が失せているその姿はなんというか、凄まじい。 親が見たら泣く、恋人が見たら一発で振られること間違いなしだ。 百華も虚ろな眼差しを向けられちょっとばかり引く。 「あー、それで出来そう?」 「んー、なんとか間に合わせるけど」 百華から渡された冷茶……飛厘と琥珀の共同作品、というあたりにそこはかとない危険さが漂うそれを一息に飲み干して忍は答えた。 自分で渡しておきながら百華は「うわぁ」とか聞こえないように呟く。 「各個人に合わせて調整するから、もう少し待って」 「それは敵さんに言って欲しいなー」 実際、連合軍は兵力を集結させつつある。 傍目から見ていてわかりやすいくらいの攻勢準備だった。 四方天経由でもたらされた情報によると、新型の機動兵器も確認されたらしい。 それもよりによってカキツバタの『漆黒の戦鬼』に供与された。 「漆黒の戦鬼って、例の……火星で北斗殿と互角にやりあった奴らしいのよ。 北斗殿は喜んでるらしいけど、こっちは頭が痛いわ」 「新型の性能はどの程度なの?」 「さあ、そこまでは。 でも、跳躍門を斬ったって話もあるから」 「例の剣のこと? その話なんだけど、光スペクトル分析と空間歪曲率の分析したら正体わかったから」 跳躍門(チューリップ)を単独で撃破可能な機動兵器というのは確かに脅威だが、忍はあまり気にしていなかった。 同じことは戦艦を用いればできるし、彼女の担当は機動兵器の設計開発であったから、ようするに対機動兵器戦でどの程度使えるかだ。 跳躍門を斬ったという兵器に関しては謎が多いものの、赤色の刃が伸びたと言う情報とスパイによる諜報活動の結果、正体はかなり掴めていた。 「伸びたっていうからには刀身は実体のある物質じゃなくって、エネルギー体だと推測される。 可能性はレーザー、粒子ビームなんかもあるけどそれだと切断面が融解してるはずだけど、切断された跳躍門を調べたらそれはない。 それどころかこう、スッパと細胞をほとんど潰すことなく綺麗に切断してた」 「単分子切断刃の可能性は?」 「伸びないでしょ、あれ」 「あっ、そっか」 単分子切断刃とは要するに高周波振動カッターや単分子の刃で対象の物理的強度に関係なく分子結合を破壊して切断する代物だ。 連合軍や木連軍でもイミディエットナイフなどに使われている。 しかし、これは実体のある刀身を必要とするため、大型化すると非常にかさばる。 あまり白兵戦を重視していない連合軍はナイフサイズに限定しているし、 逆に火器が貧弱で白兵戦に頼らざるをえない木連軍では日本刀サイズに相当するブレードを盾に仕込んでいた。 木連でさえその程度に留まっているのに、跳躍門を叩き切るためだけにそんなばかみたいにでかい剣を用意するとは考えにくい。 第一にそんなものをぶら下げていたら目立ちまくる。 「で、レーザーや粒子ビームでもない、高出力のエネルギー体ってことまでわかったんだけど。 あとは刀身が赤いってのがポイントだったのよ」 話しているうちにだんだんとハイになってきているようだった。 寝不足も過ぎればナチュラルハイになるからきっとそれだ……と百華は自分に言い聞かせる。 テーブルの上に転がっている湯飲みの底に紫色の沈殿物が見えるが、きっとアレは無関係だ。 「赤色偏光って現象があるの。 観測者に対する対象が速度と方向により、電磁スペクトラムが長波長側にずれることなんだけど、 これって光速に近付くような速度に達する宇宙での航行……」 「ああ、いいから。 どうせわかんないし」 「そうね。 小難しい設定となるとドキドキしながらツッコミどころを待ち構えるような人もいるし」 それはちょっと危険な発言じゃないかー、と思う。 まあ、寝不足と怪しげな薬によるハイテンションが原因と言うことにしておこう。 「ようするに調べたら空間が歪んでるのがわかったの。 次元歪曲場をもっと圧縮かけた感じ?」 「いや、私に疑問形で言われても……」 「とにかくそんな感じ。 空間が圧縮されてるから触れるだけで周囲の空間ごと圧縮されて切り離されるのよ。 理論的には物理的防御がまったく役に立たないどころか、圧縮密度が低い通常の次元歪曲場だと防げない」 「よくわかんないけど、凄いのね」 「………そんな感じ」 延々とした説明を一言で片付けられ、肩を落とす。 パイロットとしては理論より実戦での対処法を聞きたいのだろう。 「対処法としてはとにかく当たらないこと」 「できれば苦労しないと思うけど……」 「もしくは同じ武器で受け止めることかな?」 「なければ意味ないよ」 「なかったら言わないわよ」 百華は一瞬、聞き間違いかと首を捻り、 「あるの?」 「作ったから。 忍ちゃん、天才!」 うわー、やっぱりあの2人の共同作は拙かったかなー、と百華は罪を認めかける。 妙にハイどころかキャラが壊れかけている。 「DFSって言うらしいの。 スパイ経由の情報だと。 訳するなら次元歪曲場収束剣ってとこかな……長いからDFSで通すけど」 「できたってことは、私たちの新型にも装備するの?」 「無理。 制御が難しすぎて、刃の形成に今のところマニュアルに頼らざるをえないわ。 試しに尖隼で試験したけど、普通のパイロットだと刃を出すので精一杯ね。 機体の制御にまで手が回らなくなっちゃうのよね」 DFSの性質を考えるならそれも当然だった。 機体の制御は基本動作プログラムのサポートがあってこそだが、DFSにはまったくそれがない。 無いからには一から作るしかないのだが、それは一朝一夕でできるものではない。 収束させることだけはエステからのデータがあるからできるが、形状の制御はとんでもなく難しい上にデータが無い。 従ってマニュアル制御となるのだが、日頃から武術の訓練を受けている優華部隊の面々でも刃の形成で精一杯だった。 飛厘曰く「それこそ体の一部になるくらいまで刀を使いこなせるような人じゃないと無理」だそうだ。 そんなのは生活まで武術に捧げた達人級か、あるいは真性の刃物マニアでないとダメだろう。 優華部隊にそんな刃物キ○ガイはいなかった。 残るは達人だが、これは辛うじていた。 「なるほど、北斗殿しか使えないわけね」 「琥珀さんと翡翠ちゃんがプログラムを担当してくれてるけど、やっぱりデータ不足。 地球人はどうやってるのか知らないけど、扱いづらいわね」 実はその地球人もマニュアル制御しかないのだが、そんなことは知るはずも無い忍はため息をついた。 ちなみに連合軍ではDFSはキワモノ扱いで、量産どころかろくに制御の研究すら行われていなかった。 モノが『剣』であるだけに戦場での有効性に疑問がもたれていたのだ。 例え制御ができてもチューリップに肉薄して斬るなんて真似ができるパイロットがそうそういるとも思えず、 DFSでの戦果は「まあ、テンカワ・アキトだし」というある意味正しい認識がされていた。 試しに別のテストパイロットで試験したものの、結果は「自分は自殺志願者ではありません」という素直な回答。 機体の防御を疎かにするという性質の悪さもあって非常に不評だった。 逆に木連では情報を手に入れてから非常に熱心に研究されていた。 連合軍で不評だったのに、木連では人気だった理由は簡単。 射撃兵装が貧弱だったから。 スノーフレイクが40mmレールガンを標準装備しているのに対し、優華部隊の主力である一式戦<尖隼>の主兵装は30mm機関砲。 陸軍では火力が貧弱と言われるエステでさえ重装型ではレールガンを装備できるし、 発展型のスーパーエステでは小型化に成功したレールガンが配備されはじめている。 重機動フレームでは130mmカノンで、ノーマルでも高初速のアサルトライフルに装備を変更して火力を強化していた。 加えて根本的にエンジンの出力不足からピンポイントでしかDFを展開できない尖隼では防御力が弱すぎる。 相手の攻撃はこちらを撃破できるのに、こちらの攻撃は敵を撃破できないという悲惨な状況に陥りつつあるということだ。 30mm機関砲では敵のDFを抜けないから、あとは白兵突撃で撃破せよというわけだ。 まるでどこかの帝国陸軍のようなありさまだが、ゆえにDFSのような白兵戦用の武装が重視され、 省エネで機動力に優れる燃料式スラスターが使われている。 しかし、さすがに二式戦<飛電>の失敗で懲りたらしく設計方針は大きく変更された。 無人化された飛電が防御力の不足から軒並み先の戦闘で失われたことも影響している。 「十五試戦だとDFSは北斗さんの専用になりそうよ」 「あっ、まだ名前決まってないんだ」 十五試戦、これは略称なので正式には第十五試作戦闘機装兵の名称はまだ決まっていなかった。 試作機に正式採用前から名称を決めるようなことは獲らぬ狸のなんとやらに通じるものがあるためだった。 しかし、今回に限っては違くなりそうだ。 なにしろ試作機の段階でも実戦に投入されるのだから、愛称くらいはつけないと通信で混乱をきたす。 連合軍でもAV−X系(サレナなど)の試作機を実戦投入しているが、あれは元々から制式採用の予定のない技術試験機だからだ。 例えどんなに成果を上げてもあれらの機体をそのまま量産することはありえないし、設計段階から量産性など考慮の外にある。 そもそも技術試験用の機体を開発し、実戦投入できるのも制式採用されている機動兵器が四軍で複数種あるという贅沢極まりない連合軍ならではともいえる。 木連は“使える”人型機動兵器を1種類揃えるのにひーひー言っているというのに。 まあ、これは機動兵器を陸戦の主力と見なす陸軍、個艦防空と艦隊防空の要と考える宇宙軍、航空兵力の再構築のためとする空軍、 とりあえず他の連中が持ってるからという理由で欲しがっている海軍を有する連合の業のようなものだ。 木連の国力で同じことをやろうとすれば中途半端なものがいくつもできるか、歪になるか、財政が破綻するかだろう。 無人艦隊・無人兵器群の指揮部隊であればよい優人部隊と、その優人部隊の補助であればいい優華部隊しか持たない木連で 有人の人型機動兵器の開発が遅れたのは致しかたないことかもしれない。 構想としてはジンタイプを有する有人部隊が無人艦隊・無人兵器群の指揮をとり、 小型の人型機動兵器を有する優華部隊はジンタイプの護衛として侵攻してくる敵機動兵器を迎え撃つというものだ。 実際はそんなにうまくいくことはなく、ジンタイプの開発の遅れ……一式戦を作っていたからなのだが、とにかく遅れと 政治的な理由(連合軍の四度にわたる月攻略戦への対処のために有人の部隊を出す必要があった。 なんと言っても月は“聖地”なのだから)があって 優華部隊と一式戦のみが戦線に立つばかりだった。 試作機(制式採用前、量産化前のという意味での試作機)まで戦線に投入しなければならないのもそのためだ。 木連は現状では行使できる駒が少なすぎる。 「せめて名前だけでも木連風にしたいものね」 「同感。 ほとんど地球製の機動兵器ってなんだかねー」 そして機動兵器ですら自前での開発は難しくなっていた。 十五試戦の設計はスカーレットと優華部隊の共同だが、開発と試験・製造はスカーレットのラインで行った。 ほとんど純正の地球製と言っていいだろう。 また、基本のレイアウトはスカーレット所属、元ネルガルのホリコシ技師がネルガル時代に月面フレームの一案として引いたものだった。 (その辺の事情はもう一度書くのもめんど(以下略)ので第15話その4と外伝のプロジェクトN参照) それでもその方が失敗作呼ばわりされた純木連製の二式局戦<飛電>よりもよほど使い物になりそうだというのも事実だ。 木連がプラントに生産を頼りすぎたツケが回ってきている。 まあ、ろくな産業が国内で育っていないのも究極的には地球に比べて少なすぎ、木連の規模には多すぎる人口のせいだが。 今でさえプラントに頼らねば生きていけない木連が、倍以上の人口と工業力を持つ地球と戦争できているのもプラントがあればこそだ。 けっきょくプラントなしでは生きてゆけず、プラントがあるが故に依存して脱却できない。 どこもかしこも矛盾だらけだ。 それでも、 「こっちとしては使えればいいけどね」 「うん、こっちとしても無事に帰してくれれば問題ないかな」 願わくば、どんな矛盾を抱えてでも生き延びて欲しい。 そう思うのも軍人としての矛盾だろうか。 「じゃあ、ご飯……っていうかサンドウィッチだけど、ここに置いとくね」 「うん、ありがと」 また、百華は思う。 翡翠の梅サンド(パンにべったり練り梅がいい感じに凄いことになっている)を 我が身かわいさに開発部へ差し入れておきながら心配するのは、やっぱり矛盾だろうか? 背後に断末魔の悲鳴を聞きながら百華は足早に立ち去った。 ○ ● ○ ● ○ ● 「だいたいねー、あの南雲の野郎がわるいのよ。 こっちは司令なのよ。優華部隊のし・れ・い。 それを女は前線に立たなくていいだの、早く結婚しろだの。 何様だってーのよ」 「……姐さん呑みすぎだ」 ロイ・アンダーソンは久しぶりに後悔という感情を味わっていた。 言い出しっぺが自分なので身から出た錆と言えなくもないが、まさか舞歌の酒癖がここまで悪いとは思わなかった。 飲み慣れない上に口当たりのいいカクテルを何杯もあおっていれば当然かもしれないが。 「挙句には火星くんだりで遺跡掘れだの、そんなことは土建屋よべっていうのよ。 こっちは欧州戦線がやばかったりしてそれどころじゃないっての」 ロイは知るべくもないが、かなりの機密情報までぽろぽろ洩らしている。 悪いことに抑え役となるはずの千沙が横で酔いつぶれており、ペースは上がる一方だった。 「分かりますよ舞歌様〜。 私も月臣さんと会えないのがどんなにつらいか〜」 さらに状況を悪化させているのがもう一人の酔っ払いと化した天津京子だった。 ちなみに内容をまったく聞いていない上に無限ループというたちの悪さだった。 「てーか護衛じゃなかったの?」 ロイはいちおうツッコミを入れてみるが、 「大丈夫です。 私には愛する人がいますから」 「いや、関係ないし」 「そんな、いくら女性に餓えているからって!」 「…………」 ロイもアルコールを入れてはいるが、正体をなくすほど飲むことはない。 宇宙便のパイロットだったころの習慣で数時間後には完全に抜ける程度に留めていた。 とりあえずこの有様をどうしようか悩み、処置なしと諦める。 「まあ、俺は飲んでないから安心しな」 そう言ってノンアルコールのビールを飲むのはヤガミ・ナオ。 アクアの護衛としてテニシアンからついてきた男だった。 ロイの見立てでは護衛としては極めて優秀。 兵隊とは求められる技能が違うので、一概には言えないが訓練された兵士としても同じく優秀に振舞えるだろう。 「そうだね。 このあとデートだし」 「なななな、何のことだ?」 「最近、よく買い物にいく食品店の……テアさんだっけ? そこのミリアさんにちょっかい出してるって話、オレは知っている」 ナオがグラスを持ったまま固まるのを見てやっぱり情報を制するものは(以下略)だなぁと再確認。 漏洩元はもちろん横でペースを上げている某国の准将である。 「いやまてデートというか食事でもっていうかそしたらメティちゃんも一緒だったっていうか」 「あら、ヤガミさん? わたくしは職務以外のことでは寛大ですわ。 ヤガミさんがちょっと職務中に困った方向に走られてもお給料に影響が出るだけですし」 「お嬢さん、それはかんべん」 ナオがグラスを持ったままペコペコとアクアに頭を下げているのを見てやっぱり金を制するものは(以下略)だなぁと再確認。 「うーんなんかオレの考えてたのと違う」 そもそもここは連合軍の基地が近くにある以外はごく普通の町だった。 舞歌ら木連の人間から見れば敵地以外の何ものでもない。 そんな場所で無防備に酒を飲んでいるのはロイのわがままによるものだ。 彼は火星で撃墜され、捕虜になって以来ずっと優華部隊とともに行動を共にしていた。 その間は艦内の一室に軟禁状態で、地球にきてからようやく部屋から出ることを許可された。 しかし、当然のごとく艦内での行動にも制限が設けられ、外に出たのはテニシアン島でアクアと再会したときだけだ。 基本的には缶詰状態であり、捕虜という立場を考えれば十分な待遇とはいえストレスが溜まる。 まあ、条約も何もない木連と連合では捕虜の待遇に関しての取り決めも当然ないから拷問にかけられないだけましだが。 ナデシコで火星へ行ったときも似たような状況ではあったが、あちらはやたらに娯楽施設も充実していたからあまりストレスはなかった。 また、それとは別に趣味に関していろいろ問題はあるが、 成人過ぎ三十路未満の男であるロイが艦内全部が年頃の女の子と言う状況ではまた別のものも溜まる。 基本的に優華部隊は志願兵で成り立っているのだが、地球に比べて早婚な (三姫など18歳で許婚あり、琥珀はほぼ同じ歳で既婚。他も婚約者あり)木連では 20歳で成人と同時に結婚という例も珍しくないし、20台の後半ともなれば女性は子供を生んでいることが多い。 『既婚者で子持ち』の場合、保守的な木連では家庭へ入るのが普通だから 当然のように志願兵は『未婚の若い女性』か『子育てが終わった年配の女性』が多くなる。 軍では手が空いていて体力のある若い娘を訓練して使えるようにしてから優華部隊として編成していた。 そして体力的にどうかという中年以降の女性は後方勤務の事務官として採用することでなんとかしのいでいる。 それが戦後に非人道的と非難されることとなるのだが、慢性的人手不足の木連で戦時にそんな贅沢は言ってられないのだ。 そんな理由から軍艦に乗る前線勤務は若い女の子に限られている。 はっきりいって蛇の生殺しどころか塩を塗りこまれているようなものだ。 精神衛生上極めてよろしくない。 だからと言って女の子を連れ込んで「でかいんだよ、硬いんだよ、暴れまくりなんだよ〜」とかやったら間違いなく殺される。 きっと17分割くらいにされて星屑の記憶にされることうけあいだ。 しかし、このままでは限界だ。 朝起きて自分の芋虫が凄いことになっていたりして。 ――― 大丈夫だよ、ロイ。 それは病気じゃない。 とか自分に言い聞かせながらこっそり洗濯するのもいいかげんしんどい。 そんなわけで舞歌にストレス解消と敵地視察と情報収集とかも兼ねての外出を提案してみた。 そのときは自分とナオにプラス監視役くらいでいってナオを言いくるめ、 自分は紙の紙幣を数枚消費しておねーさんから特殊なサーヴィスを受けられるお店へゴーという予定だったのだが、 予想に反して舞歌が自分も行くと言い出し、アクアがそれでは案内しますと言い始め、 千沙が反対しつつ押し切られ、仕方なく護衛数名が同行という展開になった。 舞歌が直接赴くことに関しては反対が多かったものの通ってしまったのは、 けっきょくのところ木連の敵は地球人だが、地球人の敵は木連の人間ではなく正体不明の木星蜥蜴というエイリアンということだった。 自分たちの失態と歴史上の汚点を隠したいがために敵の正体を隠していることが今回は舞歌たちに利となった。 例え木星蜥蜴の正体を知る者が彼女らを拘束しようとしてもその手段は極めて限られたものとなる。 警察や軍を使えばそこから隠していたものが洩れかねないし、ごく私的な部隊を動かせるような人物は限られている。 それに案外と堂々としていればそもそもばれない。 いちいちもしかしたらスパイが潜り込んでいるかもなどと監視しているわけではないのだ。 スパイ対策を行うべき警察や公安組織には木連の情報がいっていないし、 軍部で諜報戦を担当するはずの戦略情報軍はスパイよりも内部のごたごた(企業間対立や四軍間での対立)の対応に追われている。 それに下手に手を出せばそれはスカーレットやクリムゾンを真っ向から敵に回すことになる。 情けない話だが、政府は利敵行為を行っている企業にさえ気を使わねばならなかった。 クリムゾンが開き直って木連のことを公表すれば政府の威信は地に落ちる。 この戦争を失うのはもちろん、政治屋の皆さんにとって何よりも大切な既得利権をも失いかねない。 そんな政治的状況もあって、彼女らはアクアらと一緒にいれば限りなく安全なのだ。 もちろん護衛は優華部隊の精鋭とスカーレットの警備班がいるし、艦の方では長距離跳躍が可能な試作機に万葉が搭乗して待機している。 そんなわけでロイのもくろみは早々に打ち砕かれていた。 とてもではないが抜け出せない。 「……諦めよう」 日本酒以外の酒を口にできただけでもよしとしよう。 そう思いながらロイは隣のアクアに話し掛けた。 「それよりも、ほんとに大丈夫か? クリムゾン本家の連中は本気でアクアを排除しようとしてるぞ、物理的に」 「そばに頼もしい方がいますから。 それに今日は『こっそり夜遊びに抜け出してきた兄と妹、アンドその他大勢』の設定ですから」 「クリムゾンの名前は禁句ってことね?」 そう言ったのはロイではなく舞歌だった。 酔っ払い以外には見えない舞歌に、アクアはにこりと上品に微笑んだ。 「クリムゾンって何です?」 「知り合いに久利武さんって人がいたのよ。 気にしないで」 「そうですか。 その久利武さんがわたくしの知っている方と同一とは限りませんが、少なくとも欧州で乱暴な真似はできませんわ」 「そうなの? 私の知ってる久利武さんはライバルを蹴落とすのに黒服の人を使うらしいわよ。 ああ、なぜかその人たちが立ち去ったあとはライバルさんの家に別の黒服さんたちが灰色の写真と菊の花をもって列を作るらしいわ」 これは久利武さん……もといクリムゾンに限った話ではない。 有名所ではネルガルシークレットサービスや、明日香インダストリーやAGIも程度の差こそあれ類似の組織を持っている。 ヤのつく自由業の方も真っ青になるくらい凄惨な裏の世界というものがそこでは繰り広げられている。 むろん、仁義って何?の世界である。 「最近、似たような話を耳にしましたわ。 久利武さんの家から……仮にAさんとしておきますわ。 別にGやIさんでもかまいませんけど」 「雪だるまの好きな人のお宅よね?」 「ええ。 そこに黒服の方が訪問されたそうです。 敵意と戦術と武器をお土産に」 それって俗にいうなら『仕掛けた』ってことなんじゃあないのか? 2人の会話の内容の危険さにロイは思わず周囲を見回してしまう。 「接待を受けたそうです。 スウェーデンの郷土料理を振舞われたそうですわ。 怪我をした方は女医さんが手当てまでしてくれたそうです。 それから、自分たちに構わないで欲しいと」 「へえ、寛大ね」 Aさん……もといAGIの主要メンバーはマシンチャイルドだから、基本的にはその手の研究を行っていた組織とは対立していると言うのに。 ネルガルなどはAGIから利権による対立のみならず蛇蠍のごとく嫌われていることだし。 それにクリムゾンもマシンチャイルドの研究を行っていたはずだ。 生身でDFを展開できるルビー・へリオドールやフィリスの娘などは戦略情報軍と第1機動艦隊が極秘策戦で奪取(AGIの言い分では“保護”)したものだし。 (この辺は第6話その4を参照) 「ええ、でも久利武さんはもう一度行ったそうですわ」 「また接待は受けられた?」 揶揄混じりの言葉にアクアもわずかな苦笑を返す。 「はい。 焼肉パーティーだったそうです。 メインディッシュは参加者自身の丸焼きに鉛の弾をそえて」 「……へぇ、過激ね」 送り込まれた諜報員が全員が死体で発見された。 四肢の欠損は当たり前。 蜂の巣にされた挙句に焼夷手榴弾でも喰らったのか、 顔の判別は不可能で身元確認にはDNA鑑定が必要だった。 それはAGIからの無言の警告だった。 「久利武さんもAさんもこれ以上やると怖い怖い国家権力の方がやってきそうですから」 手を握り合っての手打ちではなく、成り行きからの休戦状態ということだ。 お互いに下手に動いて政府に強硬策をとられることを恐れているのだろう。 ここにきてネルガルがカキツバタと新型機動兵器を送り込んできたのも無関係ではあるまい。 「つまり、誰もがみんな自分がかわいいってことね」 「あら、それはわたしくたちも同様では?」 「まあ、助けられた恩だの友情だので協力してくれてるとは思ってないけど」 テニシアン島の一件でアクアは完全にクリムゾンと袂を分かち、スカーレットを立ち上げた。 その影では木連の元老院の影響力を排除したい四方天の意向を受けた舞歌ら優華部隊の暗躍があり、 その見返りとして木連には新型機動兵器が十五試戦として提供されていた。 しかし、一方でスカーレットは木連にとって怨敵とも言うべきナデシコを開発・運用していたネルガルとも手を結んでいる。 加えて優華部隊が奪取したAGI製機動兵器のエンジンのコピーまでネルガルに提供していた。 この点からしても『完全に木連の味方』とは言い切れはしない。 「もちろん。 わたくしにも生活を保障してあげなければならない方がいますから。 その方々とその家族を路頭に迷わせるような悲劇は辞退いたしますわ」 「ふーん、それはいいけど、よくネルガ……いえ、ネルさんが例のモノまで売ってくれたわね」 それは十五試戦以前の木連製機動兵器の問題を一気に解決した代物であるのだが、ネルガルにとってもかなり核の技術だった。 「そうですか? わたくしには確信がありましたけれど?」 「確信って……なんで?」 「他所の方には理解しづらいかもしれませんが……戦略理論に通じるものです。 ネルさんにとって欧州における最大の敵はAさんのところですわ。 何しろ公然と敵視している上に、商売上でも最大の敵手ですから。 彼らにとっての悪夢は、わたくしがAさんと仲良くなってしまうこと。 そうなるとネルさんは1人で同時に3人を相手にすることになりますもの」 「3人?」 「Aさんとわたくしたち、そしてわたくしの実家ですわ」 ああ、と舞歌は納得する。 ただでさえネルガルはAGIと欧州で張り合っているのに、加えてクリムゾンまでそこに参加しようとしている。 アジアではAGIと手を結んだ明日香インダストリーが盛り返してきていて、喉元に匕首を突きつけられたような状況なのに この上、欧州でも敵を増やしたのではかなわないということだ。 「つまり、この技術提供は単なる企業同士の取引という以上に意味があります。 ネルさんはわたくしの家出を知っているでしょうが、だからこそ自分たちの子にしたいんですよ。 わたくしの実家はお爺様とその孫にされている実の娘でわたくしのお姉さまで叔母様な方が実権を握っていますし」 「なんだかあなたの実家も大変そうね」 「東 准将の方はどうなのですか?」 「東 准将って誰?」 「……東さん順調ですか、とお聞きしたんです」 「んー、悪くないわ。 あなたのところのオモチャも好評だし」 十五試戦は順調だった。 試験も最終段階で性能は申し分ない。 制式に採用されるのは四方天の会議で承認を得なくてはならないが、それも問題ないだろう。 新型機動兵器の存在は単なる戦力に留まらず、前述の元老院派によらない地球側企業の支援を得るという地球来訪の目的にも合致する。 「喜んでいただけて幸いです。 でも問題は数とお値段ですわ」 基本的に工業製品は数を売れれば単価は下がる。 それはものが兵器であっても同じだ。 「試算では調達数200機で単価は2000万ユーロ(円換算で約23億円)ですわ。 500機を越えれば7割程度には落とせますけれど?」 「高いわよ。 ぼってない?」 「ネルさんやAさんのところは1000機のオーダーですもの。 こちらは100機以下では開発費さえ回収できませんわ」 確かに主力が無人兵器であるため、有人兵器の数は少なくてすむのだが、逆にそうなると単価は上がってしまう。 ネルガルやAGIのように陸空宇宙軍に同じ機体を卸しているならともかく、優華部隊だけでは300機は越えまい。 はっきり言ってよほど大規模にさばかねば軍事関係は儲けが出ない。 明日香インダストリーは、調達数のが年間300程度でほとんど利益のないスターチスの生産を止めたがっているが、軍の要請で続けているようなのもだった。 ネルガルやAGIでさえ軍需部門の成果は民需のそれと比較して格段に少なかった。 それでも各企業が軍需部門を捨てないのは、それが政治的に大きな強みとなるからだった。 例えばネルガルはナデシコ級戦艦を自前で運用することを承認させてしまったし、AGIも裏取引でフィリスの娘を軍の兵力で奪還させた。 商売でさえ大規模になればなるほど政治に無関係ではいられなくなる。 「それに今度こそばれたら国家権力の方々が大挙して押し寄せてきますわ。 兵器そのものを売るなんて言い訳のしようがありませんもの。 その分のリスクも込みのお値段ですわ」 「成功するかもわからない試作機を買い取るこっちのリスクはどうなの? それに最終的な調達数は1000くらいいくわよ。 火星の開発用の民需に転用できるでしょ、人型なんだから。 利益もリスクも純粋に商売の話よ」 「それならお代を頂けるかもわからないのに商品をツケで売るこちらの善意も信じて頂きたいものですわ」 「本来は敵である地球人の善意を?」 「……敵ってなんのことです?」 「私なにか言った?」 「いえ、何も」 「でしょう?」 しかし、そうは言いながらも実際はアクアはボッていたし、舞歌も今後の状況次第では十五試戦を採用するかどうかは変わることを承知していた。 お互いに手を結んでいるのは純粋に利害関係が一致しているからに他ならない。 リスクを承知でスカーレットが木連に兵器を売るのは、地球の機動兵器市場は既に飽和状態に近いということを知っているからだ。 ネルガルとAGIが焼き上がったパイを取り合っている横でおこぼれに与ろうとしている明日香と、 殴り飛ばしてでも奪い取りたいクリムゾンが機会を狙っていると言うような状況だ。 今は戦時だからこそ軍も拡張され、無尽蔵に予算がつぎ込まれているのだろうが、戦後に間違いなくくる大軍縮ではパイはもうほとんど残っていないだろう。 そのことを分かっているからこそ今のうちに恩を売っておく作戦に出ているわけだ。 しかし、アクアの選択肢は違う。 クリムゾンでさえ戦争の勝敗が分からなくなってきた昨今では木連への援助をためらっているが、 そんな状況だからこそアクアは木連に肩入れすることにした。 乾いたときに渡された一杯の水は実に価値のあるものとなるからだ。 戦後、地球では大規模な軍縮で一時的な不況となるだろうが、木連ではどうだろうか? 戦争がどんな形で終わるにせよ、地球の人々はいずれ木連とそこに住む人たちを知る。 そして無視できなくなる。 そのとき木連という新たな市場が生まれるのだ。 そして他の企業が進出する以前にスカーレットは木連に影響力を行使できるようになる。 うまくいけば火星の開拓・再興の大規模な受注を受けることさえ可能かもしれない。 戦後はいずれ来る。 どんな形であれ、それがいつなのかわからなくとも必ず。 この混迷の大地でアクア・クリムゾンはその来るべき時を待ちつづけるのだ。 <続く>
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代理人の感想
うううむ。
酒乱の舞歌以外、見事なまでのまったりぶり。
とゆーか、今回まとめ&説明オンリーですかー?
必要ではあるんでしょうが、ギャグも少ないので正直きつかったかなと。(苦笑)