時ナデ・if <逆行の艦隊> 第22話その1 輝く季節へ <実際問題として計画がそのとおりに運ぶことなど稀である。 例えば遠足にしたって渋滞に巻き込まれたり、あるいは途中で乗り物酔いになったり、混雑するトイレの前に並んでみたり。 そんなこんなで目的地へ着いてみれば雨が降り出したりという経験は……いや、そこまで悲惨な体験はあまりないかもしれないが、 3ヵ月分の不幸がそういう日に限って降りかかってくるような人にはそんなこともあるとしておこう。 とにかく計画というものはどこかで齟齬が生じるものなのである。 今の連合軍はまさしくその3ヵ月分の不幸がいっぺんに降りかかっているような状況だった。 作戦初動においてアフリカ方面軍のバール少将からカキツバタは予備にしろという命令変更が下されたのに始まり、 欧州方面軍とアフリカ方面軍の連携の拙さから進軍の速度に差が生じてしまったこと、加えて晩秋には珍しい濃霧が当たり一面に立ち込めていた。 これが先行したアフリカ方面軍とそれを追う形になった欧州方面軍との距離をますます埋めがたいものとした。 心情の面でも両方面軍には大きな溝があった。 機動戦艦<カキツバタ>に加え、強襲揚陸艦<タラゴナ><ソルズベリー>を有する第13独立機甲戦闘団のオオサキ中佐と アフリカ方面軍の司令官に任命されていたバール少将の個人的確執は致命的なものであり、 土壇場での作戦変更はバール少将の嫌がらせに他ならなかった。 このときの連合軍は兵力的にも敵のそれに比べ劣勢であった。 にもかかわらず、個人の怨讐によって作戦が左右されてしまうというのは、 実に情けない話だが連合軍と言う伝統ある組織が硬直し腐敗し始めていたことの証左であろう。 また、悪いことに心情的な溝は兵士たちの個人レベルでもあった。 アフリカ方面軍の兵から見れば、欧州くんだりまでわざわざ戦争しにきているという認識で、 心情的には「欧州の連中は何やってんだ」というところだ。 対する欧州方面軍の側からすれば自分たちのテリトリーに入ってきた気に食わない連中であった。 兵たちには欧州に対する郷土愛とでもいうべき感情は当然あった。(兵たちの大半は欧州で生まれ育っている) そこへアフリカのジャングルからやってきた連中が「仕方ないから手伝ってやる」という態度で居座ったら気分がいいわけがない。 彼らにとってこの戦争は祖国を救うための聖戦にも等しいのだ。 そんな両者の温度差が陸軍内部での連携を阻害していた。 むろん老練なグラシス・ファー・ハーテッド中将は持てる権限と能力のすべてを傾注して事態の解決を図ったがそれはいささか遅きに失した。 なぜなら、すべてを遮る濃霧の向こう側で既に戦端は開かれていたからだ。 欧州奪還作戦<For Bright Seazon(輝く季節へ)>は初手から連合軍は先手を取られることになった。 また、これは連合軍の失態というだけでなく ――> 以上、『近代戦史・欧州戦争』より抜粋 <――― このように当時の旧軍は無人兵器を中核とする陸戦部隊しか有していなかった。 この点に関して陸戦というものへの認識不足を指摘する声も多い。 基本的に陣取り合戦に終始する陸戦ではなにより点ではなく面で制圧する必要があり、その点で無人艦隊は何の役にも立たなかった。 また、制圧はともかく占領にはどうしても歩兵が必要となるが、当時の我が軍には『歩兵』という兵種そのものが存在しなかった。 必要となればパイロットがその役割も兼ねると考えられていたためだ。 楽観に過ぎるという意見はもっともだが、今ほど人員に恵まれておらず、それもいたしかない事情があった。 それに、それまでの戦闘は概ね野戦軍の撃滅に目的があったため、とりあえず占領は二の次であったために大して問題視されていなかった。 欧州での戦闘はそれを見直す大きな機会となったと言えよう。 結局のところ居座るだけでは何の益をももたらさないということをようやく悟らせたのだから。 その視点に立った場合、我が軍と地球連合軍が限定的ながら総力でぶつかった<For Bright Seazon>作戦は 始まる前から勝敗は決まっていたようなものだった。 むろん、だからと言って先人たちの偉大なる功績を否定するのは愚かというものだが ―――> 以上、『我らが独立への軌跡』(木連・国水館出版)より抜粋 『(前略)確かにあの頃の欧州では軍人といえば憧れの職種だったよ。 誰もがあの漆黒の戦神を見ていたような時代だったから。 だけど私から言わせてもらうと、軍人だって人間ってことだよ。 うん、人を欺き、騙して益を得た人間だっているのさ。 気を付けることだよ、軍人が誰も彼も襟を正した善人だってわけじゃないんだから』 ――― 以上、とある女性士官の述懐。 ○ ● ○ ● ○ ● 連合軍の侵攻は晩秋のまだ薄暗い最中に開始された。 これだけの大部隊ともなれば完全な秘匿は困難であり、そうであればこそ少しでも察知されるのを避けるべきであった。 夜明け前というのは古来よりもっとも奇襲に適すると言われる……人間の集中力が切れやすい時間帯ではあるが、 それが機械である木星蜥蜴の無人兵器にも当てはまるのということに関して兵たちは極めて懐疑的であった。 「くっ、レーダーがあってもこの霧では……」 アフリカ方面軍の主力から先行する装輪偵察車両の中では先ほど放たれたグライダー方式の探査プローブと 車両に搭載された各種レーダーやセンサからの情報がリアルタイムで処理され、後方に送られていた。 しかし、今のところ敵らしき反応は一向に見つからない。 濃霧のせいで視界は数メートルしかきかず、赤外線走査も霧に阻まれて役に立たない。 あとはレーダーという電波を用いる現代の千里眼だが、これも電波を発することで自分たちの存在を暴露するという欠点がある。 現在のレーダーは精度も解析能力も上がっているのである程度までなら反射波の大きさから機種の識別もできるが、それも程度の問題だ。 最近はレーダー波を受けると、本来とはまったく違った反射波を返すことでレーダーを欺瞞するという非常に手の込んだECMもあるので過信は禁物だった。 それに、レーダーでは敵が存在するということはわかっても、果たしてその敵がこちらに気付いて迎撃しようとしているのか、それとも逃走しようとしているのか、 あるいは間抜けにも気付かずに突っ立っているだけなのかまではわからない。 つまり、敵の意図を探れない。 偵察でそれは致命的だった。 事前の航空偵察ではチューリップが4基も確認されているだけに、 先制攻撃で撃破しておきたい連合軍としては敵の意図をいち早く察知して先手を打つ必要があった。 「ソナー、どうだ?」 「感なし」 HMD(ヘッドマウントディスプレイ)やヘッドフォンを内蔵した多機能ヘルメットを被っていた兵士が即答する。 電子機器の発達によって少数の人員でも大型艦や機動兵器のような複雑な代物まで扱えるようになっていたが、 同じ理由で電子戦まで複雑化の一途をたどったため、偵察車両にまで専門の人員を配置する必要が出ていた。 これも技術の持つ二面性というやつだ。 「音響・振動にまで引っかからないとなると、連中は巣まで引いたのでは?」 光学的にもセンサーからも『透明化』するというミラージュコロイドの技術が敵に流出したことによって陸戦はさらに複雑化した。 前はそれで姿を消したチューリップに防空網の内側まで侵入を許している。 その戦いでは例え透明化してもソナーをばら撒いて音と振動によって探知することができるという貴重な戦訓を残した。 以来、なんでついてるのか意味不明と言われていたソナーは一気にその重要度を上げている。 「そうかもしれんが……『本隊には敵影発見できず。 されども警戒されたし』と伝えろ」 「了解。 通信アンテナ、伸ばします」 敵はどこから襲ってきてもおかしくはないという恐怖感が兵たちを慎重にしていた。 自分たちの命がかかっているのだから慎重になるのも当然である。 また、それは正解でもあった。 本来の機械力とは人間の補助が目的であり、そうであればこそ人手不足という現実から地球以上に機械力へ依存している、 言い方が悪ければ活用している木連が奇襲への備えに機械を用いていないわけがない。 アフリカ方面軍の偵察小隊はその目的を果たす前に木連がばら撒いていたコバッタの偵察型に発見されていた。 偵察車両に発見されなかったのはそれが地面に半分埋まりパッシブセンサのみの稼動させての半休眠状態にあったからだ。 逆に偵察小隊が発見されたのはレーダーなどのアクティブセンサを多用していたためだ。 単純に彼らが迂闊であったとはいいきれない。 連合軍は攻め手であり、木連は受け手であるからだ。 しかし、アフリカ方面軍第88偵察小隊はやはり迂闊であった。 通信を発したことで自分たちの後方に存在する本隊のことを木連側に教えてしまったからだ。 こうして初手から連合陸軍は失点を重ねた。 その代償は流血をもって購われるのが戦場の常であった。 欧州方面軍主力より先行したアフリカ方面軍本隊でバール少将は事前の偵察情報と偵察小隊の報告から敵との接触を3時間後と予測、命令を発した。 本隊主力を務める機甲師団を先頭に機械化歩兵師団を両翼、砲兵旅団を後方へ展開せよ、防空連隊は各師団・旅団の後方を占位すべし、と。 このような場合、正面の機甲師団は前方に対し広い射界を確保でき、加えて後退以外は自由に部隊を機動させることができた。 続く機械化歩兵師団は対機動兵器戦闘の場合は機甲師団の支援に徹する。 市街戦にまでもつれ込めば歩兵の出番だ。 結局のところ建物を占拠することができるのは歩兵しかいない。 そしてさらに後方には砲兵旅団2個が自慢の逸物を掲げて続く。 陸軍全兵科の中で最長の射程を誇る兵器を有し、アウトレンジで敵を叩きのめして部隊の前進を支援する戦場の神だった。 そして地を這うものたちにとって厄介な空からの脅威を迎え撃つ防空連隊がその隙間を埋める。 このような場合、正面に防御力・機動力・火力をバランスよく備えた機甲師団を集中して配置するため 攻めるにはめっぽう強いが側面と後方がやや脆くなる。 が、チューリップも含めた無人兵器部隊の大群を相手にするには火力を集中して叩くのが有効であるから、 可及的速やかに戦闘行動へ突入するためには妥当な準備行動と言えた。 ただし、それは『妥当』以上のものではなく、機動兵器を得た近代陸軍にとってはごくごく当たり前の戦術だった。 バール少将の命令の例外は第13独立機甲戦闘団とその指揮下にある機動戦艦<カキツバタ>と2隻の強襲揚陸艦のみだった。 彼ははその部隊を総予備に指定してアフリカ方面軍と欧州方面軍との間に待機させていた。 理由に関してはいまさらだろう。 本来は独立部隊である第13機甲戦闘団の指揮権は2つの方面軍と宇宙・空軍を束ねる統合作戦司令部にある。 しかし、こちらは全体を俯瞰しつつ指揮をとらねばならない立場上、前線での些事には構っていられなくなる。 おのずと『現場のことは現場で』ということになるのだが、欧州方面軍は指揮権を主張せず、結果として宙ぶらりんな状態にある。 正規の命令としては「状況を鑑みて適切と思われる行動をとれ」と言うことになっているが、実質的には何も言っていないに等しい。 そこにバールが口を挟んだのがけちのつき始め。 その後もなんだかんだと指揮権に関して口を挟んできていた。 それに対し本来なら反発するはずの欧州方面軍は半ば放置を決め込んでいた。 いまさら身内でごたごたしたくないという事なかれ主義の問題だった。 強いリーダーシップをとれるような人材は欧州では枯渇していた。 そもそもが多国間連合体であったEU(とその軍事力)を前身とする欧州方面軍は一国の独走を嫌う傾向にあった。 そのため、逆にリーダシップをとれる人材がなく妥協と調整に明け暮れることとなっていた。 この辺は太平洋の西端にある某島国でも似たようなものだったが。 悪いことにこの例外となりえるはずのグラシス・ファー・ハーテッド中将は陸軍の代表として統合作戦司令部に赴いているため不在だった。 残った将官は毒にも薬にもならないような連中ではアフリカ方面軍の強引なやり口に閉口しつつも対処できないのは当然と言えた。 そして現実にアフリカ方面軍と欧州方面軍、第13機甲戦闘団は連携の『れ』すらもできていない。 この状況下で隊列変更の命令は愚策だった。 いや、内容そのものは妥当で常識的なものではあるが、読み違えているものがいくつかあった。 第1に策敵に出した偵察隊は敵を発見できず、逆に先制探知を受けていたこと。 第2にどんなに急いでも隊列の変更、及び兵力の展開には小一時間は必要であること。 第3は敵将は黙って受け手に回るような性格ではないと言うことだった。 アフリカ方面軍第49機械化歩兵小隊はその一撃でこの世界の全てから開放された。 ミサイルから発せられたレーダー波を感知して自動的にスモークディスチャージャーが起動。 赤外線及びにレーダー波をかく乱する煙幕を展開するも全ては遅きに失した。 赤外線画像と事前のレーダー誘導によって終末誘導にまで導かれていた超音速のミサイルにとって 目標をたかが300mの距離で見失ったからといって与えられた義務を果たすのに差し支えるものではなかった。 標的を見失った時点で判断は2種類。 別の目標を探すか、そのまま突っ込むか。 搭載されたコンピュータが下した判断は後者だった。 ミサイルの飛翔速度と車両の移動速度を考えたなら、標的は数mも移動できないはずだった。 狙われたAPC(装甲兵員輸送車)の車長ができたのは反射的にハンドルを切ろうとする所までだった。 超音速で飛来する物体を回避するにはいかに遠距離で察知できるかということが重要となるが、その点において彼らは失格だった。 そのツケはきっちりと自らの命をチップに支払われることとなった。 展開された煙幕はAPCの車体を隠蔽することに成功したが、未来位置を予想して突入してきたミサイルを留める力は何もなかった。 後方に生じたソニックブームで盛大に土砂を巻き上げながらミサイルは車体側面に激突した。 この時点で叩き込まれた運動エネルギーによって大半の乗員は即死したが、運良く(あるいは悪く)即死を免れた者には更なる地獄が待っていた。 砲弾のように運動エネルギーで装甲(もしくはDF)を貫徹することを目的とされた高速ミサイルの炸薬量は少ないとは言え、 一瞬にして車内は煉獄に等しい惨状となった。 彼らが最後に知覚できたのは眩いばかりの光だけだった。 あと数秒の猶予があればあるいは家族や恋人のことを思い出せたかもしれないが、その機会は永遠に失われた。 残っていた燃料にも引火し、爆炎が薄い装甲を内部から吹き飛ばす。 赤々とした炎がとぐろを巻いて周囲を舐めた。 その事態に護衛のエステバリスはとっさに反応できなかった。 どこから撃たれたものなのか見当もつかない。 少なくともエステのセンサに反応は……あった。 それが小さすぎて見落としていただけだった。 「 ――― 敵襲ッ!」 ようやくのことでその声が上がる。 機械化歩兵師団はその名の通り、機械化された歩兵が主力……誤解のないように言うと、 どこぞの公安9課のようにサイボーグの兵士たちがわんさかではない、もちろん。 AFV(装甲戦闘車両)やAPC(装甲兵員輸送車)といった装甲車などの「機械」で戦場まで移動する兵士のことである。 装甲車の『装甲』などはっきり言ってたかが知れている。 せいぜいが榴弾の破片に耐えられるとか小火器に耐えられると言った程度で、 エステの装備でも小口径に分類されるラピッドライフルやアサルトライフルなんかには当然のように耐えられない。 歩兵携帯式の対機甲ミサイル・ライフルなんかにも余裕で貫通される。 重装甲にすればそれだけ重くなって機械化の利点である機動力が削がれるからその辺で妥協しているのだ。 本格的な機動兵器に襲撃されればひとたまりもなかった。 ゆえにエステが護衛についていたのだが、今回に限ってはそれは機能しなかった。 彼らにはまた別種の苦難が降りかかっていたからだ。 「全機、抜刀!」 一式戦<尖隼>のものに比較するとずいぶんと小型になった盾から、同じく短めになったブレードが引き抜かれる。 木連優華部隊の御剣万葉はスカーレットから提供された一五試戦を評価していた。 ほぼ地球製というのは気に入らないが、性能は前の尖隼に比べると格段に向上している。 特に他の地球製機動兵器と比較しても過剰とも言える防御力の高さは、兵士の命が貴重な木連の事情に合致していた。 「敵を粉砕し、破砕し、爆砕し、塵芥と化せッ!!」 自らも撃ち切ったミサイルポッドを投げ捨てて抜刀すると、それを胸の前で掲げた。 通信規制を解除し、同時に探知を避けるために落としていたジェネレータ出力を『巡航』から『戦闘』へ引き上げた。 ステルス性を考慮して放熱量を抑える設計がされている一五試戦だが、さすがにこの至近ではばれるだろう。 だが、いまさら気付いても手遅れだ。 「全力ッ! 必中ッ! ――― 全機、吶喊!!」 既に木連の機動兵器運用の十八番となりつつある抜刀突撃が敢行された。 生身の人間では自殺行為以外の何ものでもない古い戦術だが、こと機動兵器戦では事情が異なった。 現在の機動兵器は不整地であろうと時速100キロ以上の速度で移動できる上に隠匿性能に優れる。 錯綜した状況の陸戦では、気が付いたときには敵は目の前ということも珍しくない。 もちろんその場合であっても銃を撃つほうが有効なのだが、ここでもやはり生身の兵士と違う点がある。 「1機ッ!」 反応できずにいたエステの胴をすれ違いざまに薙ぎ切る。 爆発こそしないが、パイロットは即死だろう。 「2機目!」 連合軍の機動兵器運用では2機1組で行動させて相互支援を行わせる。 だが、あまりに唐突な展開に僚機が倒されたころにすら気付いていないようだった。 呆然と突っ立っている間に同様の運命を辿る。 「遅い、3機!」 ようやくの事で銃を向けるエステに対し、余裕で30mm機関砲の銃撃を浴びせた。 至近距離から大口径機関砲の乱射を浴びてはエステのDFも耐え切れない。 数秒後には蜂の巣になった無残な姿を晒していた。 機動兵器の生身の兵士と違うところの1つは、その攻撃速度だ。 訓練された兵士が使えば、このように3機を撃破するのに20秒もかからない。 「反撃も稚拙だな」 ようやく銃撃の火線が万葉の一五試戦に向けられ始めた。 だが、それは彼女の愛機を捉えはしない。 敵から向けられるレーザー照準、射撃レーダーのレーダー波を感知すると自動的に煙幕が展開される。 連合軍が使用しているものと同種の赤外線・レーダー波撹乱用の代物だ。 白いカーテンに隠れるように機体を後退させると、迂回して側面を突く。 さらに2機が万葉に切り伏せられた。 だが、連合軍も殴られっぱなしでいるほど慈愛の精神に満ちてるわけではない。 彼らとて戦うために戦場へ来たのだから。 「続く後方の敵機を狙うぞ!」 その声に呼応してさらに2機の重機動フレームが120mmカノンを構える。 レーザー照準、甲高い電子音がロックオンを告知した瞬間に彼らは引き金を引いた。 放たれた砲弾は3発。 うち2発は敵機のとっさの回避運動によって地面を抉り、ささやかに自然破壊に貢献しただけだった。 だが、重機動フレームのFCSが意地を見せたかのように1発は未来位置へと送り込まれた。 そして、 「命中! くたばれ蜥蜴野郎!」 至近であればエステのDFごと撃ち抜ける120mm砲弾の直撃は敵機の確実な破壊をもたらす……はずだった。 しかし、彼らが信じて疑わなかった未来はあっさりと裏切られる。 「敵機、煙幕展開!」 「馬鹿な! まだ動くってのか!?」 だが、それでもまだ楽観はあった。 例え動けても命中した以上は損傷を負ったはずだ。 戦闘が続行できるとは思えない。 そのはずだった。 少なくとも、その敵機からの反撃で強制的な死の瞬間が訪れるまでそう思っていた。 「無事か?」 万葉は部下に確認するが、返事はすぐにあった。 「大丈夫です。 弾きました」 直撃ではなかった。 重機動フレームの120mmカノンは一五試戦の展開したDFと盾に阻まれた。 尖隼では盾で防げるのはせいぜいがラピッドライフルまで、DFはコクピット周りのピンポイント。 燃料式スラスターのせいで誘爆してお終いになることも少なくなかっただけに、これは雲泥の差だ。 一五試戦の場合、盾は小型化された代わりに内部に次元歪曲場発生装置を内蔵させてある。 尖隼のコクピット周りに使われていたピンポイント方式のものだが、 機体全体を覆うDFとこの盾のピンポイントのDFを両方使えば今のような芸当も可能だった。 「よし、撤収する」 万葉を含めた1個小隊9機の一五試戦は置き土産とばかりにバッタに搭載された地雷を撒き散らしながら迅速に撤退した。 連合軍が追撃しようにも地雷が行く手を阻み、また、続けざまに無人兵器の群れに襲撃されたために断念せざるを得なかった。 この戦闘で連合軍は9機のエステと、ミサイル攻撃でAFVとACPを10両、兵士を200名近く失った。 対する優華部隊の損害はパイロットの喪失はゼロ。 一五試戦1機が小破のみ。 初手は木連の完全勝利だった。 ○ ● ○ ● ○ ● ファルアス・クロフォード中将は激怒していた。 現場将官の無能から2個機械化歩兵中隊が全滅すれば誰だってそうなる。 彼の怒りを助長しているのは統合作戦司令部に寄せられた報告がその言い訳に終始していることだ。 「敵機の数は我が方の機動兵器を優越しており、だと? 今まで我が軍が敵より数の優越を確保できた戦いがどれほどあったというのか!」 だから負けてたんだろう、という反論は誰にもできない。 ファルアスは火星からの撤退戦、月攻略戦で数的劣勢を作戦と機動兵器運用法で覆して勝利している。 なまじに有能で、かつ実績も伴っているだけにたちが悪い。 嫌われるのも道理と言うものだ。 しかし、今の軍にとっては絶対必須でもある。 「クロフォード中将、今はその対応を話し合うべきではないか? 無論、この責任は総指揮官である私にあるというのを前提の上で、だが」 グラシスが諭すような声で告げると、ようやくファルアスも怒りの矛先を納めた。 グラシスの言葉は現実への対処を促し、加えて責任の所在を明確にしていたが、 同時に責任を負うものは指揮官であるという軍事的常識から自分の立場を示していた。 つまり、遠回しに責任は取るから今は口を出すなと告げたのだ。 「ハーテッド中将、それでは我々は何を為すべきだろうか?」 「まずは認めなければなるまい。 敵は手強い。 先手を打って先行する部隊を叩きにきた点から見ても積極策を採っていると伺える。 今回の攻撃の意図は、どうだろう?」 「十中八、九は威力偵察でしょうな」 「理由をお聞かせ頂けるかな?」 グラシスの言葉に頷き、べつだん考え込む様子もなくすらすらと解説をはじめる。 「相手は先手を取った。 こちらの偵察は敵を察知できなかった。 センサ類の性能に大した差がないとすれば、敵はアクティブセンサを用いなかったと考えられる。 パッシブセンサは使用を悟られない反面、その名の通り受動的にしか敵を探知できない。 つまり、どうしても限られた情報しか入ってこない。 ここまではよろしいか?」 「同意する」 「そうなるとやはり本格的な攻撃の前に情報が欲しい。 先手を取れるなら威力偵察で我が方の出方を伺うだろう。 寄せられる情報を見る限り攻撃はひどく限定的でちぐはぐだ。 対機甲ミサイルにしろ、相手がAFVやACPではオーバーキルもいいところだ。 それであって本来標的とすべきエステに対してはわざわざ白兵戦を挑んでいる。 こちらの陣容がよく分かっていない証拠だ。 それでいて襲撃と撤退は迅速、機動兵器による典型的な威力偵察の手法だな。 本格的な攻撃であれば、より多数の機動兵器を集中してより徹底的に叩くだろう」 その分析に居合わせた将官たちが唸る。 一方で合理性を認めながらも、自軍の損害を「それだけのこと」とでも言うように語ることに反発を感じながら。 「あのー、ちょっといいですか?」 そんな中、暢気というか能天気な声が上がる。 自然と一同の視線はその声の主に集中した。 「今のお話を聞いてると、大変そうなんですけど」 「ユリカ、『大変そう』ではなくて、事実……」 「そうですよね、お父様。 ですから、重要なことがわかります」 一様に頭の上に『?』を浮かべる男たちに、ミスマル・ユリカはそのままのんびりと続けた。 「えっとですね、威力偵察に人型機動兵器を使ったってことは、それが貴重だってことです」 「……? それはふつう逆ではないのか?」 疑問を口にしたのは空軍将校だったが、それは一同に共通した疑問でもあった。 「いえ、威力偵察に使ったのは貴重で、しかも強力な手駒だからです。 初手を奇襲に近い形で行えるなら機動兵器の生存率は高くなります。 ヒット・アンド・ランに徹する限りはむしろ正面から機甲部隊と殴り合うよりも安全です」 確かにその通りと言える。 何しろ機動兵器と言うだけあって、戦場での機動力はいかなる陸戦兵器をも上回る。 「バッタなんかを使わなかったのは、それでは奇襲が成立しないからだと思います。 現に前線からの報告では至近距離まで接近を許していますし、攻撃されてはじめて存在に気付いています。 バッタや他の無人兵器ではこうはいきませんよね?」 「だが、威力偵察程度に使うには機動兵器は高価すぎる」 「それは違います。 ぜったいに必要だから危険を冒してまで行ったんです。 使い捨てのバッタなんかでは情報を持ち帰れませんし。 トカゲさんたちは威力偵察でどうしても確認しておく必要があったんだと思います」 「何を、だね?」 「こちらがどれだけ本気かどうか。 つまり、攻勢の意図と言い換えてもいいかもしれません。 単に嫌がらせなのか、それとも本気で戦うつもりなのかを確認しておこうとしたんだと思います」 すでにこの会議で一介の士官にすぎないユリカに発言権がないことを気付く者はいなかった。 べつだん彼女は意識してやったわけではないが、最初のあまりに暢気な様子で毒気を抜かれたのだった。 そして最初を乗り切ったあとは内容で徐々に引きつける。 「機動兵器に殴りこまれてなお前進してくるようなら、本気と取るでしょう。 次は本格的な攻勢があるはずです。 セオリーに従うなら、空から。 そうですよね?」 「む……ああ、確かに」 空軍将校はそう言われてようやく自分の役割を思い出したようだった。 個人用の端末をいじると、前線の部隊に指示を出す。 「AWACSを増援として送る。 それとCAP(戦闘空中哨戒)機の追加も」 「ありがとうございます」 黙っていてもいずれ誰かが言い出しただろうが、今は少しでも発言しておく必要があるとユリカは思った。 そうでなくてはいざと言うときに誰も自分の言葉に耳を貸したりしないだろうから。 「部隊の再編を急がせる。 敵の攻勢も視野に入れて哨戒を密に。 我々の戦いはまだ始まったばかりだ」 グラシスの言葉に一同が力強く頷いて各々の本分を果たすべく、部下への指示を続ける。 そう、戦いは始まったばかりだった。 彼らの苦闘もまた始まったばかりなのだ。 それは木連軍との戦闘だけでなく、欧州における各軍同士の戦いでもあった。 何も敵は外にばかり存在するわけではない。 欧州の地に訪れる新たな季節が輝けるものである保証は、まだどこにもなかった。 <続く>
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代理人の感想
物量で押す近代軍隊相手に精鋭の切り込みなんて・・・まるで西南戦争みたいだ(爆死)。
(はい、そこでラスト・サムライを思い浮かべないよーに。あれは浪漫のスパークですから)
実を言うと今回気になったのは展開やヒキよりも冒頭の引用だったんですよね。
三番目の引用は果していかなる展開の伏線なのか・・・・ううむ。
ちなみに「ハーテット」ではなく「ハーテッド」ですね。「ライオンハーテッド獅子心王」のハーテッド。