時ナデ・if
<逆行の艦隊>
第22話その2 輝く季節へ
東 舞歌准将は報告を聞き終えると軽く額を揉んだ。
表情がわずかながら明るさを取り戻しているのは、自分の目論見が的中したためだ。
「師団規模の戦力が合計で5、後方にも同規模。
まあ、なんとも楽しい展開になりそうね」
戦力的に連合軍が優越しているのは間違いない。
優華部隊の機動兵器はかき集めても一五試戦が1個大隊と、あとは旧式の一式戦<尖隼>が2個大隊ていどだ。
ちなみに尖隼は正面攻撃に用いるには防御力が低すぎる。
クルスク戦では陣地に突撃した尖隼の大半が到達前に集中砲火で撃破されている。
それ以前の問題として砲兵の間接射撃で一方的に叩かれる。
あの戦いは、まともな防御力を持たない機動兵器では損害が増えるだけという戦訓をもたらした。
同時に機動力は防御力を代替しないということも知らしめた。
弾幕回避シューティングでもあるまいし、連合軍の偏執的にまで集中される火線を回避しきれるはずがない。
その反省を十分に盛り込んで仕様要求が決定された一五試戦は初陣で敵機動兵器9機、
装甲車両10両を撃破しながらこちらの喪失は皆無という完全勝利を成し遂げている。
初手を奇襲で行えたのも大きいだろう。 奇襲の最大の効果は精神的打撃だ。
まともな判断を下せるようになる前に一撃を加えて離脱する、ヒット・アンド・ランの戦術も機動兵器に適していた。
「しかし、まともな敵とぶつかれば2時間も持ちません。
今回は速攻・即離脱をできましたが、同じことを続ければ戦力をすりつぶされます」
「ああ、わかってるわ。 万葉、しばらく出番はないから皆を休ませて」
「はい」
「それから、ご苦労様って伝えてね」
了解を示すために首肯すると、最後に敬礼を残して万葉は退出した。
万葉に小隊を任せての威力偵察の結果は上々だった。
削った兵力は師団規模から見ればごく一部だが、それ以上に得た情報は貴重だ。
まず、正面兵力に戦艦を含めた艦艇はない。
これはこちらが戦艦を繰り出した場合、相手の対処手段が限られることを意味する。
戦艦には戦艦をぶつけるのが一番の対抗手段だが、それがない場合は航空機か地上部隊からのミサイルしか対処手段がなくなる。
いや、例の漆黒の機動兵器のこともあるからそこまでは楽観できない。
投入のタイミングを誤れば反撃で撃沈されかねないことを肝に銘じておこう。
次に、敵は間違いなく本気だ。
歩兵部隊を伴っているということは、無人兵器群を駆逐するだけでなく土地を占領するためだ。
つまり、本気で欧州における反攻作戦に打って出たということだ。
これは事前情報にもあったから再確認以上の意味はないが。
あとは、一五試戦が思ったより使えそうなことだろう。
地球人の軍隊は銃を使う戦闘に関しては卓抜しているが、白兵戦関しては素人に毛が生えた程度だ。
多少の被弾は無視できる一五試戦の防御力なら抜刀突撃でもそれなりに戦える。
もちろん、白兵戦は搭乗者を疲弊させるからあまりほめられた戦術ではないことは確かだが。
「それに、連中の対応もお粗末だったのにも助けられてるわね」
「はい。どういうわけか、先行する部隊と後方の部隊ではろくに連絡をとってないみたいですよ。
あはー、もしかして仲が悪いんでしょうか?」
言葉こそ軽いが、琥珀のいうことは正しかった。 2つの部隊は相互の連携がまるで取れていない。
先遣部隊が襲撃されたと言うのに後方になんら動きらしいものはない。
救援に向かうわけでもなく、襲撃に備えるわけでもなく、ただ漫然と進むだけ。
さらに上 ――
統合作戦司令部から情報は来ているのだろうが、前線では通信すらまれだ。
こちらの傍受を恐れてと言うのもあるのかもしれないが、襲撃を受けてまでそれを固持する理由はない。
つまり、琥珀の言うように『仲が悪い』のだろう。
「千沙、次の手はどうしようかしら?」
「敵の反撃がきます」
連合軍のように参謀や幕僚のような明確な役割分担がなされていない優華部隊では千沙が副官と参謀役を兼任していた。
琥珀も時折参加するが、基本的に彼女は情報分析を行ってそれを元に判断する役割だった。
また、琥珀の妹である翡翠はもっぱら無言で艦の制御と電子戦に勤しんでいる。
「彼らのセオリーに従うなら、まずは航空優勢を確保しようとするはずです。
空戦型装備のエステバリスやスノーフレイクでは足が短すぎて無理です。
あれらは前進する陸戦部隊の直掩ということだと判断します。
そうなれば、本格的な航空攻撃を仕掛けるには例の新型可変戦闘機……スノードロップが出てきます。
虫型戦闘機甲種(バッタ)だけでは守りきれません」
千沙の言葉は半分正しく、しかし半分は間違っていた。
それはすぐに証明されることになる。
「敵航空機編隊、接近。 方位1−5−6。
速度……1.7音速。 迎撃可能です」
「まあ、お約束よね。 律儀だわ」
舞歌は軽く頷いて、迎撃を指示した。
連合空軍のスバル・リュウジ大尉はクルスク戦以来の愛機となったスノードロップを操りながら地上を眺めた。
そこは一面に乳白色のもやがかかっていて、肉眼では移動しているはずの友軍さえも見分けられない。
ルックダウン(見下ろし)機能を持ったレーダーは地上に大部隊を察知しているが、IFFトランスポーターには友軍を示す信号しかない。
無論のことレーダーが万能でないことは彼とて知っている。 特に対地走査は地表からの反射波……グランドクラッターを拾ってしまうので
それに対してフィルターをかける必要があるのだが、それがクラッターノイズなのか機動兵器を捉えた反射波なのかの判断はコンピュータが自動的に判断している。
その基準はいい意味で曖昧なものとされてはいるが、敵の新型を陸軍の偵察隊は察知できなかったことを考えるとある程度のステルス性を考慮されているのかもしれない。
だとすれば航空偵察でも見つけるのは困難だろう。
スノードロップの機体下部には人型になったときの頭部がそのままついており、
戦闘機形態ではそれが対地センサとして機能するのだが、今のところ濃霧のせいでほとんど役立っていない。
いや、それだけでなく敵は襲撃時と退避時に撹乱物質を撒いていったらしい。 赤外線ですらほとんどダメだ。
こうなると仮に敵機を発見できたとしてもまともにミサイルが使えるかどうかも怪しい。
レーダーは妨害されるし、濃霧で画像識別は使えず、赤外線も撹乱されている。
スノードロップには速射性能を高めたレールガンがあるからまだマシだ。
しかし、
「主力がF/A-47ではな」
彼のようにスノードロップを扱えるものは極少数だった。
それ以外はフッケバインか、機動兵器ですらない旧式のF/A-47<ファルコン>の愛称を持つスクラムジェットの戦闘攻撃機だ。
また、フッケバイン……正式名は<アスフォデル・エアロバージョン>というのだが、まったく定着せずに空軍では<フッケバイン>で通っている
スノーフレイク用の強化装甲は、現状では単なる対艦ミサイルの輸送ユニットになり下がっている。
対艦・対チューリップ用の大型ミサイルを2発抱えた状態では空戦性能など望むべくもなかった。
もっとも、こちらは強固なDFを持つのでそう簡単に落ちることはない。
やはり問題はスノードロップの数の少なさにある。
空軍がこの機の調達をはじめてまだ間もないのだから致しかたないのだが、舌打ちの一つもしたくなる。
空軍は四軍中、海軍に次いで機動兵器の導入に消極的だった。
元より機動兵器を使用していた陸・宇宙軍は更新という形でエステやスノーフレイクを得たが、
空軍はそんな前例がないため、運用のノウハウなどを一から学んでいかねばならず、それがまた機動兵器導入を遅らせた。
エステやスノーフレイクの空戦型では航続距離が短すぎて従来の航空機の任務を代行できないということもあり、
フッケバイン、次いでスノードロップが登場するまで空軍は機動兵器に対して大して関心を払っていなかったのだ。
そのスノードロップにしても超音速巡航(スーパークルーズ)こそ可能だが、最高速はマッハ3.2とスクラムジェット戦闘機に比べると遅い。
重力波スラスターは燃焼を伴わないためにジェットエンジンよりはメンテが楽だったが、可変機構の複雑さを考えるとむしろ手間は増している。
エンジンも特殊で、実際は姿は航空機っぽいが航空機とはまったく別の整備体系を構築しなければならなかった。
採用されたのは宇宙軍や陸軍に予算面で対抗するため(機動兵器は高価だから、多めに申請できる)と、
航空機を仕入れている明日香インダストリー(スノードロップはAGIと共同開発)とのお付き合いみたいなものだ。
そんな事情から事前の評判はあまりよろしくなかったスノードロップだったが、蓋を開けてみればうれしい誤算が一つあった。
その総合的な性能(使い勝手、と言い換えてもいいかもしれない)は既存の航空機をはるかに上回っていた。
問題視されていた最高速度の低さは実戦ではさほど問題にならないことが証明された。
そもそも音速をわずかに越えられるだけのバッタに比べればはるかに優速で、格闘戦になっても機動力で勝ることができる。
DFがあれば多少の被弾にも耐えられるし、マルチロールファイターとして対空・対地・対艦までそつなくこなす。
その気になれば人型形態で陸戦も一応はできる。 中間形態ではヘリやSTOVL機のごとく振舞える。
乱暴な運用法も辞さないのなら、森の中に潜ませておいていざとなったら木々の合間を縫って発進できるのだ。
現代戦では真っ先にレーダーサイトと滑走路が叩かれる傾向にあるから、これは想定外に役立った。
空軍はこの思わぬ掘り出し物に狂喜しさっそくAGIに増産を依頼したのだが、その返事は「ムリ」。
さもありなん。 欧州は最前線の真っ只中で工場は連日の攻撃に晒されている。
部品を輸送しようにも道路は壊れているし、航空機は落とされるし、船は沈められる。
それでもなんとかやりくりしてはいるがAGIは空軍とは別に陸軍と宇宙軍にスノーフレイクを納めていて、そちらの生産もある。
それはネルガルやクリムゾンほど大きな生産工場を持たないAGIにはかなりの負担だった。
奪還されたクルスクに新工場を作っているが、稼動はまだ先になりそうだった。
そう言った事情から生産数の少ないスノードロップは、必然的にベテランの多い部隊へ優先的に配備されている。
スバル大尉は今年で38、パイロットとしてはベテランを通り越して引退していてもおかしくない年齢だった。
事実、彼は引退していたかったのだが、戦争による人手不足で予備役から召集をかけられた口だった。
重力制御技術から派生した慣性中和機能を持つスノードロップでなければ体力的にきつかったはずだ。
IFSのナノマシンはそれでも運動神経などを補ってくれるが昔ほどあの狭いコクピットでGに耐えられる自信はない。
「鳳より、ドラゴンフライ。 敵影補足」
と、後方で空中待機しているAWACS(空中早期警戒管制機)から通信が入る。
内容はいたってシンプルで間違いようがない。
詳細はデータリンクでAWACSから送信され、ウインドウに表示される。
それを確認して、スバル大尉は唸った。
「ドラゴンリーダーより、各機へ。 敵はバッタだけではない」
警告を発しながら内心で運命とやらを罵る。
せっかくクリスマスは日本で妻や娘と過ごせる段取りがついたのに、今日は厄日か。
「カナブンだ。 速度を絶対に音速以下に落とすな、喰われるぞッ!」
空戦に特化されたカナブンは音速以下の低速度領域では空戦フレームを上回る運動性能を発揮する。
また、最高速もマッハ2を超える。 旧式の戦闘機では荷が重い。
「飛虫型まで投入されるんですか?」
「ええ、甲種だけじゃ守りきれないっていったのはあなたでしょう?
ちまちま手札を出し惜しみして大仕掛けまでばれたら元も子もないもの」
それは確かに、と千沙も納得する。
偽装は施してあるとは言え、航空機に接近されたら例の『仕掛け』が露見しかねない。
手持ちの駒に限りはあるが、木連の場合は跳躍門を使えば増援は簡単だ。
数が揃わない二式戦<飛電>の無人型や、貴重な一五試戦、空戦性能はおまけ程度な一式戦<尖隼>を投入するわけではない。
機動兵器の数の差はなんとか他の無人兵器で埋める必要がある。
その点でカナブンの早期投入を決めた舞歌の判断は極めて妥当だろう。
今回の作戦にあたって、木連は新型の大盤振る舞い行っている。
一五試戦にしかり、カナブンにしかりだ。 他にも数種の新型無人兵器が用意されている。
連合軍も似たようなものだということを考えるなら、双方共にこれが決戦だと承知しているからだ。
一般に大兵力をぶつけ合う大規模戦闘でも現代戦はほぼ数時間以内に趨勢は決まると言われている。
そこに投入される火力が昔とは文字通り桁違いになってしまったからだ。
今回もその法則が当てはまるとすれば、先手先手を打っていくことで木連は攻勢防御をとれる。
つまり、戦術的には積極策による敵陸空軍部隊の撃滅による戦略的な欧州防衛という目的を果たすことができる。
「この戦い、ルールは明確ですねー。 私たちの目的は野戦軍の撃滅にあります。
逆に敵は欧州奪還の名目を掲げている以上、都市部の制圧まで行う必要がありますねー」
「市街戦にもつれこむかしら、琥珀?」
相変わらずいまいち緊迫感を感じさせない表情でうーんと考え込んだ琥珀は、しかしすぐに答えた。
「あはー、それはこちらの出方次第じゃないでしょうか?
都市部での戦闘は避けたいでしょうねー。 なにしろ取り戻しても住めないんじゃ意味ないですし。
でも、私たちが立てこもって亀さん状態で持久するなら踏み込むしかありませんしね」
それから一息つくと、
「つまり、どちらにせよ戦闘の主導権はこちらが握っている、ということです」
と締めた。 そして姉の言葉が終わるのを図ったかのようなタイミングで翡翠が報告する。
「敵航空隊とこちらの飛虫型が接触します」
「管制は2人に任せるわ」
2人、と言うのは言うまでもなく琥珀と翡翠の2人のマシンチャイルドだ。
ろくに連携が取れない無人兵器群をなんとか使えるようにするには圧倒的な処理能力の2人を使って管制を行うことだ。
熟練パイロットに比べれば児戯にも等しいが、その効果はすぐに現れた。
最初の一撃で2機が喰われた。
アクティブホーミングの大型ミサイルを回避しそこなったF/A-47が破片を撒き散らしながら空中で四散する。
戦闘機の防御力などスノードロップやフッケバインに比較すれば皆無といっていいから、直撃を受ければ当然の結果だった。
対するこちらも中距離ミサイルの射程に入ると同時に反撃へ転じていた。
「フォックス1、フォックス1」
友軍機への警告を発しながらミサイルを発射。
翼下のパイロンから吊り下げられたレーダーアクティブホーミングミサイルが白煙を上げながら彼方へ飛び去っていく。
放たれた機械仕掛けの火矢は2発。 慣性に従って超音速で大気を削りつつ、与えられた使命を全うするために電子の目を開いた。
標的との距離が開いているために画像誘導は行われない。 ECM対策の施されたモノパルスドップラーレーダーが猟犬たちの目だった。
狙われた敵機はデコイを放出するとがむしゃらに回避機動を行うが、それもすべて無駄に終わる。
反射波のパターンからデコイと本物を見分けるとミサイルは一直線に獲物へ襲い掛かった。
直撃コースの場合、近接信管は動作しない。
そもそもDFを持った敵機に対して破片や爆炎ではほとんど効果がない。
ゆえに最新のミサイルはそのほとんどが直撃で敵を落とすタイプだった。
「スプラッシュ・ダウン」
撃墜を意味する符丁でAWACSから敵機へミサイルが命中したことを知らされる。
しかし、彼はその結果を見届ける前に機体を加速させて高度をかせいでいた。
空戦の基本はエネルギーの確保にある。 位置エネルギーしかり、運動エネルギーしかりだ。
高度をかせいでいれば敵を見つけやすいし、攻撃も楽にできるし、速度があれば多少強引な機動でも敵を振り切ることができる。
プロペラをつけた飛行機が戦場の空を支配していた頃から変わらぬ空の掟というやつだ。
「距離が近い。 格闘戦に入る!」
超音速ですれ違う現代空戦ではほとんど秒単位で戦況が推移していく。
中距離ミサイルの射程からものの数秒で相対距離は短距離ミサイルでも近すぎるほどになっていた。
IFSの操作でレールガンの安全装置を解除、同時にモニター上の標的を選定した。
ここまで距離が近いと逆にレーダーを見ている暇はない。 ターゲットを示す黄色の三角で囲まれた敵機がモニター上を乱舞していた。
「満員御礼だ。 くそっ」
毒づきながらも視線は絶えず周囲を警戒していた。
スノードロップはDFで大気摩擦を軽減しているせいで逆に通常の航空機とは操作感覚がことなる。
空力は補助的な役割に過ぎず、あとは重力波スラスターと三次元可変ノズルを組み合わせたベクタースラストで機動を行っている。
ゆえに航空機のときの癖がでると失速しかねない。 ベテランほど慣れがあるために注意が必要だった。
左翼を下してロールをうつ急降下、豆粒のような敵機が拡大する。
思わず息が詰まるような緊張感。 敵機を狙って直線飛行になるこの一瞬はどうしても無防備だ。
バッタの黄色い背がはっきりと視認できるほどの至近距離。 思考を追い越す速さで彼の肉体は反応していた。
トリガーが押し込まれ、FCSによって自動補正がかけられたレールガンの銃口から20mm砲弾が吐き出される。
スノーフレイクのものより小口径となっている分、高機動戦に対応して速射性の高められたそれは一瞬のうちに30発の砲弾を叩き込んだ。
レーザーを逸らすための最低限のDFしか持たない通常型のバッタに耐えられるはずもない。
ほとんど空中分解といっていいほど微塵にされ、一瞬後にミサイルに誘爆して爆散。
それを確認する前に急降下と旋回を続けて離脱。
空戦で直線飛行を続けるのは自殺行為以外の何ものでもない。
速度の優位を利用して続けざまにもう1機のバッタを仕留める。
しかし、
「カナブンはどこだ!?」
完全に乱戦だった。 スノードロップが本来相手すべき敵の影は見当たらない。
AWACSのデータリンクに情報を要求する。
だが、その前に答えは返ってきた。
「アードラーより、ドラゴンフライ! カナブンに付かれた!」
悲鳴のような通信がフッケバインの編隊より入る。
確かに対艦ミサイルを抱えた状態のフッケバインでは対処はできない。
敵は乱戦に乗じて一番の脅威を叩きに行ったというわけだ。
「待ってろッ!」
叫びつつ、間に合わないであろうということも同時に悟る。
レーダースクリーン上に投影された輝点の間隔から、到着する前にカナブンは無防備な攻撃隊を喰い散らかすことができると知れた。
一見すると行き当たりばったりのようで周到に用意された迎撃計画だ。
攻撃隊の存在を示す光点が消えていくのを見ながらスバル大尉はスロットルを押し込んだ。
「もう一息なのですが……」
空軍の航空参謀である中佐が苦いものが混じる口調で告げた。
空軍の攻撃隊と敵の無人兵器群が接触して約10分が経過している。
統合作戦司令部の管制センターにはAWACSからのデータリンクで得られる情報のすべてが表示されていた。
それだけでなくカキツバタのレーダー解析の結果や、無線通信の記録から判定された空戦の様相が現実に即した形で投影されている。
「撃墜率の推移は?」
ファルアス・クロフォード中将が鋭い視線で尋ねた。
もはや質問と言うより尋問に近い口調だった。
「はい、現在の彼我の撃墜率は……3対1です。
究極的には敵軍を殲滅できる数字です」
「3対1……つまり、敵が1機落ちる間にこちらは3機落ちる計算だな」
「……イエッサー」
「敵機は120、こちらは欧州に展開している航空群を集めているから現状で即座に投入できるのは380機か。
なるほど、これだけの航空機を投入すれば敵の戦力は消滅するな」
「その通りです、中将」
なるほど分かりやすい、と呟き、
「航空参謀、本気で言っているなら……『馬鹿か貴様』と罵っていいだろうか?」
中佐は思わず視線を逸らした。
無能と言われても反論しようがない状況であった。
データは冷徹だった。
空軍の投入した攻撃隊のうち、すでに32機が失われている。
第一次攻撃隊のうちの3割に相当する計算だ。
ランチェスターの法則が働くとして、戦力は兵力の二乗に比例するとすれば、0.7の二乗は0.49.
つまり、すでに戦力は半減したと言っていい。
「敵に倍する損害を許容するのか?」
むしろ静かな口調でファルアスは続けた。
むろん、空軍からの反論はできるかもしれない。
例えば、損害を出しているのは旧式のスクラムジェット戦闘機が主であって、スノードロップはまだ1機も落ちていない。
フッケバインは何機か喰われているが、それは運悪くミサイルに被弾して誘爆したパターンだ。
対地ミサイル装備のF/A-47はまだ残っているし、対艦ミサイル装備のフッケバインとあわせればチューリップを撃破可能だ、と。
とは言え、航空参謀をはじめとする空軍の面子にとってもこの展開は予想外だった。
AWACSまで投入しながら、乱戦にもつれこんで、挙句に敵にいいようにあしらわれている。
後方から管制を担当するAWACSはこのような事態を避けるためにあるというのに。
それが効力を発揮していない、なぜ?
「なぜだと思う、ミスマル少佐?」
今回の会議に参加するためだけに用意された臨時階級で呼ばれたユリカは軽く虚を突かれた。
空軍の作戦推移のまずさを、宇宙軍の所属である自分に振られるとは思わなかったからだ。
が、すぐに気を取り直して続ける。
「理由はいくつか考えられますが、大きなのは2つ。
1つはAWACSとして参加しているE−4Cの性能限界」
「少佐、E−4Cは完璧だ。 先制探知からの邀撃戦管制では機能活用を効果的に……」
「完璧に機能していればこんなに苦戦はしないと思いますけど」
航空参謀は一瞬で黙った。
それでも言い訳がましく何か言っているが、無視する。
「結局、現用のシステムでは新しい機動兵器に対応できていないんだと思います。
ええ、たぶん戦闘機と機動兵器を一緒に使うっていうのも無理です」
「演習ではうまくいったぞ」
「状況が違います。 想定外の状況は演習では起こりませんから」
当たり前だが、演習は特定の状況を『想定』して行うものだ。
そこで行われるのはあくまで想定された、予定調和のなかのことに過ぎない。
だが、実戦ではその想定状況を大きく外れたことだって起こる。
例えばとんでもない、誰も思いつかないようなことをやらかす者もいる。
「今回の敵機は妙に連携が取れていますし。
今までのようにバラバラに向かってくるようなら管制がある分、こちらが有利だったでしょうけど」
「では、対応策は?」
ファルアスは頷きつつ、切り返した。
「電子妨害を仕掛けます。 レーダー、通信を徹底して妨害するしかないでしょう」
「ECMか? しかし、こちらが仕掛ければ敵も当然、対抗処置を取るぞ?」
ユリカの提案に航空参謀が反論する。
暗黙の了解と言うべきか、今まで連合軍も木連も電子妨害を行っていなかった。
いったんやり始めると『戦場の霧』……不確定要素が多くなりすぎて収拾がつかなくなる可能性があるからだ。
その点に関してはその通りなのだが、
「敵は無人兵器の管制を活用しています。
有利に立っている分、失うものはこちらより大きいですよね?」
「…………」
航空参謀は敗北を認めた。
むしろ言い出してもらって助かったとさえ思える。
彼は率直にそれを告げた。
「ミスマル少佐の意見に同意する。 全面的な電子妨害を行うことも検討すべきかと」
最後のセリフは一同に向けられたものだった。
基本的に参謀は指揮権を持たないから、決断するのは指揮官の役目だ。
「当面はカキツバタに電子妨害を命じよう。
空軍からも電子戦機を増援としてもらいたい」
グラシスが意見がまとまったのを見て告げる。
それにまたユリカが応じた。
「問題は第一次攻撃隊をいかにして救うか、です」
「現有の航空戦力を増援として送るのではダメなのか?」
「増援を投入しても同じく敵機の増援を招きます。
チューリップがある以上、常に敵は数的優位に立てるんですから」
いっぺんにどっかーんってやらないと、という的を得てはいるがアレな表現にも航空参謀は言葉もない。
今や、この小娘の方が航空参謀に向いているのではと言う感覚さえあった。
自信喪失の典型的パターンにはまりつつあった。
さすがに見かねたグラシスがとりなす
「航空参謀、電子戦機の手配を頼む。
それから、代案はあるのかね、ミスマル少佐?」
「はい。 ああ、でもそれは空軍のお仕事じゃありませんし。
実は二度ネタだったりしますから、ジュン君……いえ、カキツバタのアオイ艦長とお話させたいただければ」
酷い有様だった。
攻撃隊のF/A-47の半分は撃墜され、残る半分は逃げ回るのに精一杯。
スノードロップこそまだ喪失はないが、時間の問題だ。
「――― フォックス2ッ!」
格闘戦用の短距離ミサイルが発射される。
赤外線画像誘導方式のミサイルはフレアに惑わされることなくカナブンに突き刺さり、爆発。
これでスバル大尉は10機目の無人兵器を撃墜したことになるが、いかんせん敵の数が多い。
中距離ミサイルは撃ち尽くし、短距離ミサイルもあと2発を残すのみだった。
「なっ……ミサイル警報!?」
弾薬の問題もそうだが、防御兵装であるチャフ、フレア、デコイももう使い果たしている。
ECM装置が無事なのは幸いだが、これは赤外線追尾のミサイルには通用しない。
悪いことにカナブンが放ったのはその赤外線誘導方式のミサイルだった。
敵はあえて一機を囮として撃墜させることでスバル大尉のスノードロップをおびき寄せたのだった。
警戒レーダーが捉えたミサイルの数は12発。
いくらDFがあるからと言ってこの数の直撃を受ければ吹き飛ぶ。
ミサイルの発射を感知した時点でECMが自動的に動作するが、やはり効果はなかった。
続けてスノードロップを急上昇させ、ミサイルに対して腹を見せるようにしながらロールを打って急降下に入れる。
ジェットエンジンを使わないスノードロップのなかでもっとも赤外線を発するのは背中のエンジンだ。
機体そのもので背中のエンジンを隠してしまえば少しは、というための機動だが、生憎と赤外線誘導ミサイルも甘くない。
同時に太陽を背にしてみたが、やはりそれも無駄だった。
初期の頃の、それこそイカロスよろしく太陽に向かっていくような代物ならともかく、
今の赤外線シーカーは翼との大気摩擦で生じる熱まで感知して追尾できる優れもの。
フレアがあればまだ別だったかもしれないが、単純な機動だけで誤魔化せるようなものではない。
具現化された12の死が迫る。
「まだ、まだ死ねるか!
リョーコに男を紹介されて『娘はやらん!』と突っぱねることも、
娘の結婚式で読み上げられる『お父さんへ』の手紙の内容に男泣きすることも、まだやってないうちはッ!」
スロットルを押し込み、急降下の最中にさらに期待を加速。
航空機であれば引き起こしの間に合う速度ではない。
「死ねるかーッ!」
航空機であれば、間に合わなかっただろう。
だが、スノードロップはれっきとした機動兵器である。
パイロットの意思に答えるようにIFSが輝きを増し、ナノマシンを経由して信号が入力された。
機体がそれに応じて加速の最中、強引に足と手のロックを解除し、特に重力波スラスターを装備する足を地面に向ける。
圧縮された重力波による急制動がかけられ、辛うじて地面との激突が回避された。
そして急制動でも殺されきれなかった運動エネルギーはそのまま向きをかえてスノードロップの華奢な機体を前進させる。
そしてスノードロップほど無茶のできないミサイルに地面との激突を回避できる術はない。
次々に土砂を巻き上げながら無為な破壊を背後で撒き散らす。
「―――― はぁッ!」
歓声だか悲鳴なんだか分からないような叫びを上げる。
まさに間一髪で間に合った。 死の顎から逃れ、生を手にした。
だが、その歓喜が、死の恐怖が、持続する緊張の一瞬の緩みがベテランにあるまじきものを生んだ。
それは一瞬の油断。
空戦では一秒単位で事態は推移する。
ほんの刹那の時間、彼はそれを忘れた。
その代償は……
「カナブン!?」
ミサイルを回避しきれたからといってミサイルを放った本体までどうにかできたわけではない。
降下してくるカナブンから見れば地を這う標的は狙いやすいことだろう。
とっさに回避のために機体を横滑りさせるが
――― かわしきれずに被弾。
翼をもがれた鳥はバランスを崩して重力に屈した。
エンジンを逸れていたために爆発こそしなかったものの、右翼と脚部の重力波スラスターを損傷した。
戦闘機に手足を生やしたような中間形態(ガウォーク)から人型へと変形させるが、飛べないという事実には変わりない。
人型であるだけに走ったり、あるいは片足くらい吹き飛んでいても這いずって移動できるというメリットはあるが、
空からの敵に狙われているという状況下では役に立つまい。
それでも2本の足で立てるなら、抗うことはできる。
上空から伺うようなカナブンを警戒しつつ、レールガンを構える。
否、カナブンは様子を伺っているわけではない。
それは明確に標的を狙う攻撃のための機動だった。
「……来い、蜥蜴野郎」
その言葉に答えるかのように旋回していたカナブンが緩降下に入る。
それも20機がいっぺんに。
「…………」
少し先ほどのセリフを後悔しながら、愛機と共に覚悟を決める。
家族のことを思い、娘のことを思う。
それだけの時間は残されていた。
そして ―――
ナイアガラの瀑布を連想させる火線が周囲の空間ごと薙ぎ払った。
妹がわずかに眉根を寄せるのを琥珀は見て取った。
翡翠は飛虫隊(カナブン)の管制を行っていたはずなので、琥珀は確認する。
「翡翠ちゃん?」
「……やられました」
小さな答えと共に琥珀の目の前にウインドウが開く。
その光景をしばし無言で確認していた琥珀は、やはりもう一度妹に確認する。
「翡翠ちゃん、やられたって、これに?」
「はい、姉さん。 それと、電子妨害が始まりました」
「あはー、困りましたね。 完全な広域妨害ですね」
「はい。 でも、これ……」
「困りましたねー。 妨害が始まったってことは、地上軍が前進してくるってことですよね」
「姉さん、コレ」
「翡翠ちゃん、どうやら私たちのお相手はよっぽどのお馬鹿さんか……」
「天才、ですか?」
妹の言葉に、いえいえー、と軽く否定を返しつつ琥珀は続けた。
「やっぱり大馬鹿さんですねー」
翡翠が送ってきたのはカナブン隊が最後に送ってきた映像だった。
そこには航空機母艦のような平坦な甲板を持つ軍艦と、その上にびっしりと並べられたスターチスが映っていた。
「その名もダイダロスアタック!」
「なんですか、それ?」
また妙なことを言い始めたドイツ人技術者にジュンは冷静なツッコミを入れた。
いや、まあ発案したのはこのシュトロハイム氏だからどう名付けるのも個人の自由ではあるが、
「ふっ、ピンポイントバリアーがないのは残念だが、このさい仕方あるまい」
「だからなんですそれ?」
第13機甲戦闘団の待機命令が解除されたのはつい先ほどのことだった。
そこから戦闘態勢へ移行するまでにわずかに5分。 さすがに錬度は高い。
与えられた命令はいたって簡単で『空軍の部隊が苦戦しているから助けろ、やり方は任せる』と言うものだった。
細かい作戦の要旨はなぜか作戦会議に参加していたユリカとジュンで話し合った。
もっとも、ユリカの提案してきた手を使うのは2回目なのでスムーズにいった。
しかし、それとは別に対処すべき問題があった。
まずは作戦の要旨を敵に悟られないこと。
それでいてまずは早急に空軍の部隊を救出しなければならない。
そこで今、シュトロハイムが提案したのが、強襲揚陸艦の甲板上に機動兵器を並べて簡易的な対空砲火とする案だった。
随伴する2隻の強襲揚陸艦は確かに一見すると海軍の空母のようなフラットな飛行甲板を備えている。
これはヘリやSTOVL機を運用するためのものだが、そこに機動兵器で対空陣地をつくるというのはまともな軍人の発想ではない。
エレベーターで格納庫から機動兵器というよりは自走砲兵と言った方がしっくりくるであろうスターチスを
対空兵装で並べ、その簡易陣地の射程内に機動兵器で敵機を追い込み、一気に殲滅する。
今のところそれはうまくいっていた。
空戦フレームのエステバリス隊が敵を追い散らしながら巧みに誘導してくる。
それを管制するのはカキツバタのスタッフだ。
敵からの電子妨害も始まっているので使えるのは短距離無線と一部のデータリンクくらいだが、
それを中継している新型エステ<シュワルベ>の存在も大きい。
「オオサキ隊長、<タラゴナ>の方へバッタが38機向かいます」
「了解。 第2防空中隊、撃ち方用意」
レーダースクリーンを睨んでいたシュンは、一呼吸おいて告げる。
「 ――― 撃てッ!」
その声に応じるようにカキツバタの前方でいくつもの火線が打ち上げられる。
一個中隊18機のスターチスから放たれる対空砲火の密度は圧倒的だった。
88mmレールカノンが、120mmカノンが、短SAMが、20mmガトリングガンが、
40mm連装機関砲が、12連装マイクロミサイルが……とにかく敵機を射程に収めたあらゆる火器が集中される。
「左舷、弾幕薄いぞ! 何をしている!」
カズシから檄が飛び、レーダー上の敵機の反応は次々に消失していく。
そしてものの1分と経たずにバッタの一群は全滅した。
これで正味になおせば50機ほどの敵機を、こちらは無傷で屠ったことになろう。
「で、どうするのかね、艦長。
今はECMで気付かれずにいるが、反応が消えれば増援なりを送り込んでくるはずだが?」
シュトロハイムの問いに、ジュンはあまり軍人らしからぬ丁寧な口調で答える。
「はい、だから一気に畳み掛けます」
と、そこにタイミングよく直掩を行っている空戦フレームのエステバリス隊から通信が入る。
「……艦長、敵部隊が反転し始めたようだ。
情報を持ち帰られるとやっかいだよ?」
「分かりました。 大玉を打ち上げるので退避してください」
「了解。 しかし、大玉とは……なんだか卑猥だね。
私からそんなことを皆に言わせるなんて。
セクハラ? セクハラ?」
「……オオサキ・マコト中尉。 花火ってご存知ですか?」
なんでこんなところまで父親似なんだろうと思いつつ、それでも律儀に反応してしまう。
それが余計に相手を面白がらせているのだが、真面目なジュンは気付かない。
「ふふっ、君たちはやっぱり面白いなぁ。 お姉さん大満足だ」
「・………本気で撃ちますよ」
君『たち』の中にはもう一人、ジュンの恋敵でもあったアキトも含まれているのだろう。
「何をしてらっしゃるんですか? 射線上からの退避、完了しました」
マコトの代わりに答えたのはアリサだ。
確かにカキツバタとの直線状には味方の反応はない。
気を取り直し、ジュンは命じる。
「カキツバタ、主砲発砲」
その圧倒的とも言える光景に一同から感嘆の声が上がる。
白い霧の海を割るようにして浮上したカキツバタは船体中央に据えられたグラビティブラストを発射。
漆黒の奔流は彼方の無人兵器群の半数をその一撃で分子へと還元した。
しかもそれだけでは終わらない。 再び空間を歪め、光を捻じ曲げる重力波が吐き出される。
そして再度、彼方で複数の爆発が起こる。
ナデシコでは相転移エンジンの特性ゆえに不可能だった地上でのGBの連射が可能なのは3番艦ならではだ。
ユリカが提案したのがこのカキツバタの艦砲射撃で一気に無人兵器群を殲滅する作戦だった。
エステを囮にして射程内に追い込み、まとめて吹き飛ばすやり方は、
かつてナデシコのデビュー戦となった佐世保での戦いでユリカが行ったのと同じだ。
これは戦術的には陸軍のやり方に近い。
敵を誘致し、最大火力をぶつけるという戦術としてはごくまっとうなものだ。
この2度の艦砲射撃で敵機動兵器群は全滅した。
しかし、空軍の攻撃隊も戦闘を続行するには被害を出しすぎていたために後退した。
つまり、全般としてはドロー、痛みわけだ。
「航空参謀、スノードロップは再度投入可能だろうか?」
「CAP任務に限定するなら定数はあります」
グラシスの問いにすっかり大人しくなった航空参謀が答える。
この時点で連合軍の派閥争いにおける空軍は脱落したと言える。
そもそもCAP(空中戦闘哨戒)に徹していれば今のところはそれでいいものを、
功を焦って攻撃隊を編成し、結果的に損害を出したのは失点だ。
スノードロップで航空優勢の確保に努めれば陸軍部隊は前進できる。
「では、我々の出番のようだ」
そう、これは陸軍の戦いだ。
何かと嘴をはさみたがるファルアスら宇宙軍は脇役に過ぎない。
派閥争い云々以前に指揮権の問題にまでなる。
ただでさえ欧州方面軍とアフリカ方面軍の温度差もあるというのに。
「部隊を前進させる。 よろしいか?」
グラシスの言葉は質問の形式をとってはいたが、実質的には決定事項を告げているだけだ。
空軍の攻撃が失敗した以上、確かに陸軍の機甲部隊を浸透させて後方のチューリップを狙うのは妥当だ。
しかし今の戦闘で切り札だったカキツバタの存在を敵に教えてしまったことは痛い。
カキツバタに対してはおそらく対抗策をとってくるだろうから、また陸軍の部隊でなんとかするしかないだろう。
……まったく、戦争って言うのは勝っても負けても厄介事だらけ
ユリカは悟られぬようにこっそりため息をついた。
このカキツバタの存在と陸軍部隊の前進が更なる混乱を生むことになることまでは、
さすがに神ならぬ彼女には予測できていなかった。
<続く>
あとがき:
前話のあとがきで『狐耳巫女』について触れたら、
『巫女は黒髪、水引、普通の巫女服にしる!』って意見がありました。
私は普通の巫女さんも大好きなんで別段異論はないんですが、
狐スキーとしては狐耳成分が……。
そこで『我が家のお稲荷さま』ですよ!
これなら一冊で純和風巫女さんと狐耳巫女+オレ口調まで補充可能。
2巻では30がらみのオサーンの狐耳まで……そっちは正直、イラネ
類似品に「それは私のお稲荷さんだ。」がありますが、似て非なるものです。
また本文と関係ないですが、どうせ普通のあとがきなんて誰も気にしないだろうから。
それでは次回また。
|