時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第22話その4 輝く季節へ




全長200mを越える船体が大気の海を割って征く。

かつて大洋の女王として君臨し、今は星海をその主戦場とした大型艦。

それは世紀を越えて復活したその名の通りに戦うことこそを使命とする艦種、『戦艦』だった。



「敵主力は駆逐艦6、戦艦4、こちらは戦艦1隻ですか」



副長が呆れたような口調でぼやく。

カキツバタに配属される以前はトビウメ級戦艦の何番艦かで同じく副長職についていただけあって

戦闘前であっても彼の態度は落ち着いたものだった。



「不利とは思わないよ。 ナデシコのときはもっと差があったからね」



そいつは違いありません、と同意の声が上がる。 副長も微笑を浮かべていた。

宇宙軍の軍艦乗りたちの間でナデシコは誇張されて伝説に近い語り方をされている。

それは軍とネルガルの広報部の涙ぐましい宣伝工作によるところが大きいが、それを否定しようとは思わない。

多少誇張されていようが、ナデシコクルーが実質的に寄せ集めのお気楽グループだったとしてもそれは些細な問題だ。

ナデシコが連合軍のなかでもっとも多くの敵艦を屠った実績は事実であるし、

そのナデシコの副長だったジュンが同じナデシコ級のカキツバタ艦長職についていることで士気が高まるならそれでいい。



ジュンは統率力やカリスマで部下を引っ張っていくタイプではない。

逆に部下に持ち上げられることで艦長をやっているようなものだった。

ある意味で彼は乗員の総意を代表していると言えた。

その判断は常に妥当であるが、果断とは言えず冒険もしない。

それはカキツバタと敵との戦力差を考えれば適切なものだった。

正攻法で戦いを展開する限りはカキツバタが1対1で敵戦艦に負けることはないからだ。

それほどナデシコ級と他の戦艦との性能は隔絶していた。



この戦闘でも艦艇を相手にする限りはカキツバタの敗北はないだろう。

ただし、それは局所的な戦闘での話であって、敵艦艇を駆逐すれば戦争に勝てると言う話でもない。

問題はそこで費やされる時間だった。 陸軍は日没までに市街戦にケリをつけたがっている。

理由は言わずもがな。 夜の闇はすべてを混沌の中に隠してしまう。

どうしても索敵の基本を肉眼に頼らざるを得ない歩兵と、何種類ものセンサを備えた無人兵器では後者の有利が際立つ。

歩兵だって赤外線を視覚化したりわずかな光量でもそれを電気的に増幅する暗視機能を備えた多目的ゴーグルは持っているが、

それは酸素ボンベを背負っているからと言って水中でサメと闘いたいかということと同じだ。 夜は敵の領域だった。





……持久戦に持ち込まれたら負ける。



それがジュンの認識だった。 相手はチューリップがある限り補給の心配が要らない。

対するこちらは何千何万人という単位の人間が活動するのに必要な物資を運んでこなくてはならない。

消費される物資は兵力の規模が大きくなるほど増大する。

機動兵器のように自己完結性のない兵器が主力ではなおさらサポートの為に多くの人員と装備が必要になる。

インフラが破壊されている欧州では補給兵站が短期決戦でしか持たない。

前線での損害も増えている現状で夜戦にもつれ込めばさらに損害が増し、ますます不利になる。

そうした場合、撤退と言う選択もありえる話だ。 そうなれば最終的には勝てるにせよ長期化は必至。

それはジュンの望むところではない。 だから、ここでケリをつける。



「各員、戦闘配置」



むしろ柔らかな口調でジュンは命じた。 だが、その一言でカキツバタは牙を取り戻す。

戦闘艦の本分を果たすべく、機関が唸りを上げ、武装の安全装置は解除され、フィールドは過負荷気味なほどに強化された。



「状況報告、機関!」



「定格主力で安定! 5分なら120%の過負荷でもいけます」



「――― 砲雷!」



「コンデンサ充電完了、砲身温度正常、グラビティブラスト異常なし、VLS全セル使用可能。

 その他兵装ともにすべて良好(オールグリーン)」



「航海は?」



「ダメージコントロール班の配置完了しました。 フィールド出力は100で安定」



「通信科、状況はどうか?」



「敵艦隊よりECM感知。 対抗中。

 5分で排除します」



「3分でやってみせろ」



「イッサー」



副長が各科からの連絡を受け終え、向き直る。

思えばナデシコに居た頃はこれが自分の役割だったわけだ。



「艦長、カキツバタ各員の戦闘配置完了いたしました」



「うん」



短く応じる。 表情にこそ出さないが、相当なプレッシャーだった。

ここでしくじれば、あとの全てが狂ってしまう。

それが怖かった。 自分の失敗で人が死ぬことが。

こんなとき、ユリカなら笑っていられるのかも。



だけど、この艦の艦長は……僕だ。



緊張、焦燥、悪寒、羨望、責任感。

その全てを押し込め、ジュンは一言だけ告げる。



「さあ、はじめようか」









彼方の空で何かが光った。 地上から観測できるのはそれだけだったが、次の瞬間に起こったことは全身で感じとれた。

巨大なヤンマ級の艦首部で閃光。 続けて中央部が膨張し……弾けた。

双胴の船体は接合部にかかるモーメントが構造設計上の問題だとか戦艦のDFはときに目視可能なほど強力だとか

そんな理屈を根こそぎ吹き飛ばすような問答無用の一撃だった。



かなり暗さを増してきた空に爆発の火炎と黒煙が立ち上る。

が、それでもその艦は戦闘力を残していたようだった。

双胴のうちの片方は無残な破口をさらしていたが、残るもう一方から閃光が伸びる。



……戦艦ってのは精密機械のくせになんてタフなんだ。



敵側のそれとは言え、改めて畏怖の念を抱いてしまう。

しかし、味方はよりタフで強力だった。

立て続けに飛来した砲弾がしぶとくも空中に留まりつづけた戦艦に止めを刺す。



艦首から飛び込んだ砲弾は内部の電子回路と構造材を引きちぎりながら貫通し、

敵艦にとっては最悪なことに相転移エンジンからのエネルギー供給ラインの部分で炸裂した。

本来ならバックアップのラインが存在し、それが武装や重力制御装置へのエネルギー供給を確保するはずだったが、

悪いことにその『予備』は先の砲撃で潰されている。

その結果、すべてのエネルギー供給が失われた戦艦は単なる大質量のスクラップと同義となる。

最後まで維持が試みられた重力制御も装置に隣接して置かれた非常用のバッテリーを使い果たして停止する。

もとよりその非常用のシステムは即座の墜落を避けてどこか安全な場所へ不時着させる以上のことは不可能だ。

無人戦艦のAIが下した判断も同様だった。 味方がいる市街地を避けるように郊外の平坦な地形を選んで不時着させる。

完全な撃破とはいかないまでも戦闘能力を奪うという点ではそれで十分だった。



「こいつも目くらましになってくれそうですね」



狭苦しい車内で大きな体を窮屈そうに縮めながらカズシが言った。

シュンも同意しつつ、しかし、これでも時間の問題だと思っている。





木星蜥蜴は無人兵器を索敵に投入していることは間違いない。

先の砲撃でその索敵網に穴が開いたことも確かだろうが、数だけならいくらでも沸いてくるのが無人兵器だ。

よほど馬鹿でもない限りは分断された索敵網の復旧に取り掛かっているだろう。

データがないためにそれがどの程度の速度と密度でなされるかまでは分からないが、

不明である以上はあるものとして想定すべきだった。

そしてカキツバタは敵の目を少しでも引きつけるべく単艦で奮戦していた。

機動兵器も搭載する半分を直掩として上げているに過ぎない。



「カキツバタの連中は貧乏くじだな」



「隊長、そいつはまるで俺たちが貧乏くじじゃないような言い方ですよ」



車内に笑い声が起きた。 シュンも一緒に笑う。

確かにこの作戦はどこをとっても貧乏くじのようなものだ。

シュンは1時間ほど前の状況を思い出していた。









その会議はカキツバタのブリーティングルームで行われた。

艦橋でも作戦会議はできるが現状では不確定な情報も多いため混乱を避けるためにこの場所となった。

ブリーティングルームは簡素なイスが並んでいるだけで殺風景極まりないが、

情報はコミュニケで投影されるので余計なものはいらない。



「……つまり、以上のことからアレは“アンテナ”だと言える。

以上、推論込みだが私が聞いたのはこれまでさ」



マコトがそう言ってイスに座る。 一同の反応は微妙だった。

シュン、カズシ、ジュンはその想定の整合性を検討するために黙考に入り、

技術的な意見を聞くために呼んだシュトロハイムとレイナは議論に熱中し、

ヤマダ、イツキのパイロット両名は信じられないというようにお互いの顔を見合わせた。



唯一、一番分かりやすいといっていい反応を示したのはアキトだ。

何かを悔やむような、惜しむような、やり場のない感情を持て余しているようにみえる。



……迷い、かな



それが一番近いように思えた。



「ふむ、興味深いね」



ようやく何かしらの計算を終えたらしいシュトロハイムが新たなウインドウを示す。

一同の関心はそちらに注がれ、アキトも表情を消した。



「ところでこれを見てくれ。 これを見てどう思う?」



「……すごく、大きいです」



そこに示されたのはエステとの対比図。

ほとんど丸太のような簡単なモデリングしかされていないが、その巨大さは伝わった。

全高はおそらく30mほど。 エステの5倍近い値だった。



「うれしいことを言ってくれるね。 模範解答だ、ヘル・テンカワ。

 独逸人も象(エレファント)より大きなネズミ(マウス)をつくったことがあるが、

 これは輪をかけてナンセンスな代物だな」



エステが6mという高さに拘ったのには理由がある。

それが想定される施設内での活動を阻害しない限界値とされたからだ。

そうでなくても少しでも被弾率、被発見率を下げるためにできるだけ小さくがトレンドだというのに、

このサイズでははっきり言って的にしかならない気がする。



「……というか、ここまででかいと人型の意味がわからない」



「なに言ってんだ! ロボットが人型ってのは浪漫だからだろ!」



その点に関してはアキトも同感だが、まさか本当に製作者の趣味ですとも言えない。

黙ってそのまま先を待つ。



「ふむ、独逸人である私に日本人の浪漫はわからないが、

 一つ言えるのは胡散臭くとも実在する以上は何らかの合理的意味合いがあるということだ」



「あー、つまり、こんだけ大きいのは大きいなりに理由があるってことね。

 私らはパイロットじゃないから純粋に技術的観点から説明させてもらうわ」



レイナの説明はこうだった。

逆にこれだけのサイズとなる要因はなんだろうかと考えたなら、真っ先に思いつくのは武装と機関だ。

ブラックサレナも追加装甲として装備された場合、エステよりふた回りほど大きくなってしまうが、

これは強力な武装とそれに見合う出力を持った機関を搭載しようと思ったらこれくらいはいくと言うサイズだった。

同じようにスノーフレイクも7m級となっているのはレールガンとそれを標準装備として使える強力なエンジンを搭載する

ために必要なサイズを求めたら大きくなりましたという話でしかない。

同じようにこの巨人サイズの人型兵器も要求を満たすために巨大化したのではないかということだった。



「エステにも月面フレームという15m級フレームの案があったわ。

 相転移エンジンを搭載したらそれくらいになるって計算だったんだけど、

 本来のエステの特性を損なうってことで廃案になったけど」



「確かにこのサイズなら積めるだろうが……相転移エンジンか」



「そして恐らくグラビティブラストくらいはあるだろうな。

 月面フレームは武装をレールガンに絞って15m級だったのだから」



「機動兵器、というより小型戦艦とでも考えた方がよさそうですね」



アリサのセリフに同感だとばかりに頷く。

こんな代物が地上を闊歩しているとはいささか非現実的だが。



「ちょっと待て。 仮にもこんなものがどすどす歩いてたら分かるだろいくらなんでも」



「かなりもっともだが……記憶力は大丈夫かね、ヘル・ヤマダ」



「ダイゴウジ・ガイだ!」



「かなり失礼なこと言われてるのは流すんですね」



「フロイライン・カザマ、人には優先順位があるのだよ。

 それはさておき、どこかの企業が北極海で秘密兵器を奪われただろう?

 それには確か見えなくなる魔法の粉が使われていたはずだ。

 おお、そう言えば最近、チューリップを透明化する裏技が蜥蜴の間で流行したね」



「回りくどいですけど、ミラージュコロイドを使って隠蔽しているということですか?」



「うむ、どこぞの企業がドジを踏んでくれたおかげだな」



名前を出さないのは社会的な配慮と言うやつらしい。



「となると航空偵察では発見できませんね」



「地上から部隊を浸透させるしかあるまい」



ミラージュコロイドで隠蔽された敵を発見するにはソナーや振動感知センサを使うか、

あるいはディストーションフィールドを展開していれば空間の歪曲を感知したり、

相転移エンジンから排出されるエネルギー順位の低い真空を察知するなどの手がある。

しかし、後者2つは艦艇クラスでなければ備えていないし、

仮にあったとしても機動兵器レベルでは位置の特定には演算能力が追いつかない。

よって前者の2つで何とかする必要があるが、ソナーも振動センサも位置を正確に特定するには

あるていど距離を離して3つ以上設置しての三角測定を行わねばならなかった。



そのためには当然、市街へ潜入する必要がある。

問題はそれを誰がやるかということだが……









「作戦を確認する。 要するに俺達は撒いて逃げる。

 基本的にはそれだけだ。 機動兵器に出くわしたらかまわず逃げろ」



もっともIFVやACPで機動兵器とやりあうのは自殺行為だが、それ以前に出くわしてしまったら逃げきれる可能性も低い。

いくら護衛にエステがついていると言っても危険すぎる。

指揮官が前線で戦死するようなことになれば部隊は混乱する。

それを避けるために現代では指揮官が直接前線に出ることを避ける傾向にあった。

通信機器の発達によって前線に出なくとも状況を知ることができるようになったためだ。



だが、シュンは前線に出ることを選んだ。

カキツバタに残っていても砲撃戦になれば大して危険性は変わらないと判断したことと、

敵の大規模な電子妨害を受けた場合を考えたならこちらの方がまだマシな指揮がとれると考えたからだ。

しかし、野戦用の指揮通信車両はその容積のほとんどを機材にとられているために乗り心地は最悪だった。



まあ、軍用車両の乗り心地などどれも似たようなものだろうし、鉄の棺おけになるなら変わらないな。

1両がエステとタメをはれるくらい高価な指揮車両ともなれば贅沢の極みかもしれない。

火葬も土葬もまったく望むところではないにしろ。



「ポイント1から3まで設置完了」



「よし、移動するぞ!」



あとは機動部隊の奮戦に頼るしかない。

そして何としても敵の大型機動兵器を潰さねば、勝ちはなかった。









シュンたちの動きは木連にも察知されていた。

だが、予想されたように砲兵の猛攻に晒された市街の監視網は各所で寸断され、全貌がつかめずにいた。

同時に市街へ突入してくる部隊の数も増してきている。 そしてその双方の損害も。



「京子、そちらは何機残っている?」



「一五試戦が17機、尖隼が10機。 軽損で戦える分を含めてよ」



万葉は嘆息した。 彼女の部隊も似たようなものだった。

特に分かっていたことだが、防御力で劣る尖隼の消耗が目立つ。



「合流した部隊にあなたがいたときにはちょっとばかり神様信じかけたんだけど」



「どうだろう。 戦場にいるなら死神くらいだと思う」



言いながら自機の弾薬を確認。

ETC砲は残り弾倉1つと砲身もこれが最後だった。 つまり、あと30発。

機関砲弾はまだ3分の2ほど残っているが、こちらもフルオートでばら撒けば10秒も持つまい。

唯一、ブレードは破壊された尖隼からとったものがあるから、今の一五試戦用のものが壊れても予備として使える。

これの元の持ち主は榴弾の調整された大型の破片が燃料タンクを傷つけ、そこにロケット弾の直撃を受けて誘爆、

胴体を跡形もなく吹き飛ばされていた。 むろん遺体など残るはずもない。



「また3人死なせた」



「あなたのせいじゃない」



「戦場で起こるいかなる事態もその責任は指揮官にある。

 基本だったはずだ」



「万葉、あなた自分を追い詰めすぎよ」



そうかもしれない。 月での戦闘以来、少しネガティブになっているのかも。

それでも月のときは部下を失ったことで半狂乱状態で突っ込んだことを考えれば、まだマシになったのか。



「慣れていくんだな、自分でもわかる」



「万葉!」



「大丈夫だ。 死ぬつもりはない」



友人に応えつつ、また軽く目を閉じる。

体は疲れきっていたが、精神は異常に昂揚している。

これからまた殺す。 敵を、部下を、あるいは……自分自身をも。



京子には死ぬつもりはないと答えながら万葉はこの戦場で常に死を意識していた。

自殺願望があるわけではないが、あるいは昔に……孤児だった頃に近い感覚が戻っているのかも。

夜は暗く、彼女は孤独で、世界は悪意に満ちていた。 確かにあの頃に似ている。



「京子、新たに進撃してきた部隊についてどう思う?」



気分を変えるために先ほど母艦から送られてきた情報についての話題を振る。



「さあ? 機械化歩兵に人型が随伴してるらしいけど、増援とは考えられない?」



「ありえる話だが、どうにも納得がいかない。 敵の指揮官は馬鹿なのか?

 何の策もなしに送り込んできても損害を出すだけだ」



それは事実だった。

現にアフリカ方面軍はバール少将が攻略に拘っているために次々と戦力が投入され、

その度に優華部隊の反撃を受けて大損害を出す泥沼にはまっていた。



「だが、こちらの失血も馬鹿にならない」



「坂宮大尉」



「割り込んですまない。 しかし、このままでは事態の打開もない」



「なにが原因でしょうか?」



万葉とはあまり相性がよくない男だが、無能ではない。

それどころか大人しく優人部隊でそれなりに過ごしていれば良い士官になれるだろう。

わざわざ今、優華部隊と一緒に戦場へくることもあるまいに。

他の3人は付き合いと言う意味もあろうが、そう言えば万葉は坂宮が志願した理由を聞いたことがなかった。



「問題は防戦一方になっていることだと思う。

 市街に陣取り、重火器を配置し、偽装を徹底して持久する。

 これ自体は間違いではないと思う。 ただし、守ってばかりでは勝てないのも事実だ」



「では打って出ると? この戦力で?

 市街で持久しているからこそ損害を減らせているのに、その利を捨てるのですか」



万葉の言葉は丁寧でこそあっても容赦がない。

なんでこんなに嫌うかなー、と思いつつ京子は坂宮の反応を見るが、彼は平然としたものだった。

こちらも万葉に惚れているという話もあるが、まあ、確かにこれくらいでないとやっていけまい。



「打って出ると言っても、敵の本部を襲撃するとか言い出す気はない。

 私も一緒に動ければ可能かもしれないが……」



「平野に出たとたんに集中砲火を浴びます」



「その通り。 だから狙うのはもっと手近な対象だ」



「手近な? 大物でないと意味はないと思いますが……」



そこで万葉も坂宮が言いたいことに気付いたらしい。



「まさか、カキツバタですか?」



「その通り。 今のところあの戦艦は我が方の戦艦の相手で忙しい」



「そこを突くと? ですが、一五試戦に対艦兵装はありません」



「無論、だから私が攻撃を担当する。 マジンはそのためにあるのだから」



さすがに2人とも絶句する。 言葉で言うほど簡単でないことは分かりきっている。

それは相当な危険を伴うはずだ。



「賛成できません」



「なぜ? 危険だから?」



「リスクが大きすぎます。 仮に撃破できてもマジンが損傷した場合のデメリットが……」



「もちろん考えた。 皮肉な話だが、数の減ったここの一五試戦なら月臣君に任せられる」



今度は万葉が黙る番だった。 その理屈の正しさを認めると同時に疑問も湧く。

それはずっと気にかけていた疑問だった。



「坂宮大尉は……なぜ戦いたがるのですか?」



万葉にはそうとしか思えなかった。

優人部隊にいればそこそこの出世もできるだろう有能さを持ち合わせながら今回の作戦に志願したこと。

今回のこれは一五試戦の効果的運用のためという戦術的側面以外に、優人部隊も戦っているという姿勢を国内に示すためもあった。

月攻略戦以来、ほとんど目立った戦果を上げられず、優華部隊ばかり前線にいる状況は優人部隊の存在意義を揺るがしかねなかった。

ようやく何機かが配備されはじめた虎の子のマジンをパイロットごと優華部隊とともに参加させているのはそのためだ。

ゆえにこんな戦いでジンとパイロットを失いたくないというのが上層部の考えだ。

東 八雲少将はゆえにエースの中のエースと言える(つまり多少のことでは死にそうもない)三羽烏を選んだのだろう。

この3人なら優華部隊の中に婚約者がいることだし、名目は立つ。



だが、坂宮は?

彼はなぜ志願してまできたのか。

万葉のためという理屈も確かにわかるが、万葉は彼に会ったことすらない。

今回の参加が多分に政治的なデモンストレーションに近いことを考えるなら、派遣は三羽烏で十分。

あとは無人タイプであろうとも構わないはずだ。(優人部隊のパイロットは嫌がりそうだが)



なのに坂宮は来た。 ほとんど知らない女のためと言って。

それが万葉には信じられない。

だいたい、戦場でお見合いもなかろう。

胡散臭いことこの上ない。 だが、



「君のため、と言ったら喜んでくれるだろうか」



「いいえ」



きっぱりと言い切る万葉に、坂宮は苦笑を浮かべただけだった。



「あながち嘘でもないんだが……。

 ああ、戦艦への攻撃は了解してもらえたろうか?」



「それは……」



反論としようとするが、考えがあるわけではない。

確かに座していても数の暴力で消耗することは目に見えていた。

だから、



「……わかりました。 ただし、私も同行します」



「いや、一五試戦は」



「貴方が撃破されても、逃げるくらいはできるでしょう」



やはり言い切る万葉を坂宮はまじまじと見つめていたが、



「うん、お願いしよう」



とだけ言って承認した。

だが、この決断が1つの再会と永遠の別れをもたらすことを彼らは知らない。

知るはずもなかった。









こちらの戦況は変わらない。

カキツバタが一方的に敵艦をアウトレンジして撃破しつづけていた。

が、ジュンの表情は晴れない。 それは撃破し“続けて”いるからだ。



「チューリップより新たな敵艦!」



もう何度目になるか分からない報告に軽く手を上げて応じる。

チューリップの数が少ないためにいっぺんに増えないことだけが救いだった。



「グラビティブラスト発射」



「主砲、GB発射!」



砲雷長が復唱し、漆黒の奔流がカキツバタから放たれる。

その先には布陣を終えようとしていた無人戦艦と駆逐艦が2隻。

あっけないほど重力波の奔流に屈して3隻の軍艦はスクラップとなる。



「相変わらずとんでもない威力ですね」



「うん、ナデシコより強力というのは本当らしいね」



これがナデシコなら地上でグラビティブラストの連射など気軽にできない。

新型の相転移エンジンを搭載するカキツバタにしか不可能な芸当だった。

主砲もディストーションフィールドを全力展開しているはずの敵艦をもろともに撃破している。



「ですが……」



「きりがない、確かに」



いくら一方的に叩けると言ってもカキツバタの弾薬にも限りがある。

レールカノンの発砲は極力控えてグラビティブラストを多用しているのもそのためだ。

特にミサイル兵装や対空レールガンの類は残弾が少なくなっていた。



「艦長、チューリップを叩くべきです。

 カキツバタならそれが可能なはずです」



「まだだよ」



「しかし、艦長」



「副長、もう少し待ってもらえるかな」



憮然とした表情で副長が黙る。 彼から見ればジュンの行動は優柔不断にしか思えないのだろう。

ジュンにしても自分が勇猛果断な指揮官とは思えなかったから、特にそれに怒りを覚えたりしない。

まあ、そんなものかなと天性のお人好しを発揮していた。

あるいはユリカならさくっとチューリップを撃破していそうだ、とも。

士官学校『次席』はいろいろな意味で伊達ではない。 ユリカに散々に打ち負かされただけあってその作戦傾向は掴めていた。



ユリカの得意とするのは陸戦でいう『誘致と撃滅』だった。

簡単に言うと囮で敵を誘い込み、一箇所におびき寄せたところで最大の火力をぶつけて叩きのめすという戦術だった。

これ自体は大して真新しい発想ではないが、ユリカの場合はこの誘致から撃滅までの流れが徹底している。

まず偽装を徹底して主攻を伏せる。 囮部隊は可能な限り大規模に、かつ派手に。

ジュンも主攻を見誤って何度もこの手にやられている。 それが実戦に応用されたのが佐世保基地での戦闘だった。

エステを囮に誘致した敵無人兵器群をナデシコのグラビティブラストで一気に殲滅している。



対するジュンの戦術は正攻法そのもの。 まず徹底して敵の情報を収集。

そこから一番弱いと思われる場所を見つけ、火力を集中し、機動力で突破、浸透する。

第1波がしのがれることを見越して予備策は二重三重に練っておく。

が、その慎重さゆえにとっさの対応が遅れる。 そこを常に突かれてきた。



『ジュンくんはおっかなびっくりなんだよ。 失敗しないように、失敗しないようにって思っちゃうから』



初めての惨敗を喫したジュンにユリカはそう言って屈託なく笑った。

普通なら馬鹿にしてるのかと怒り出してもよさそうだが、ジュンは逆に毒気を抜かれて、

ああそうなんだと納得してしまった。 以来、ユリカの言うところの『お友達』な関係が続いている。



ジュンはもとより秀才タイプだった。 失敗を少なくすることで成功を得るタイプだ。

ゆえに天才と呼ばれるようなユリカのように一発逆転を考えることはできなかった。

成功はしても大成功とまではいかない。 そんなタイプだ。



「敵艦発砲!」



「この距離で大気中、しかも霧が出ているのにレーザーなんて役立たずだよ」



そのジュンの言葉を証明するかのようにカキツバタのディストーションフィールドはあっさりとインパクトレーザーを弾いた。

大気と濃霧によって減衰したレーザーなど確かに戦艦クラスのDFには通じない。



「反撃を……」



「待った」



「艦長ッ!」



「発砲間隔が短くなってる。 相手だってレーザーが通じないことは分かってるのに」



気が短いなぁと思いつつ、説明を続ける。



「これは牽制だよ、副長。

 DFを展開している間はカキツバタも攻撃できない。

 砲兵の制圧射撃と同じさ」



困ったな、と思いつつ先を続ける。



「たぶん、機動部隊がくる」





DFを展開している間は攻撃もできない。 それはどんな強力な軍艦であっても変わらない。

たとえカキツバタのように一撃で戦艦を何隻も屠ってしまうような強力な主砲を備えていても同じだ。



「内懐へ飛び込んでしまえば戦艦は砲を使えない。 一気に駆けろ!」



万葉は命じつつ、しかしそれまでに起こるであろうことは口にしなかった。

カキツバタは直掩を上げているはずだ。 その部隊を突破しなければならない。

火力で勝る敵部隊へ遮蔽物もなしに機体を晒すことがどんな結果を招くか、それはクルスクで実地に学んだ。

一五試戦の防御力ならレールカノンでもない限り正面からは貫かれないのが救いだ。



「全機、抜刀!」



命令が復唱され、随伴する一五試戦と尖隼の各機が盾からブレードを引き抜く。

万葉はもとより片手に尖隼のブレードを保持し、もう片方にはETC砲を構えているのでわずかに身構えただけだ。

一五試戦用のETC砲はスーパーエステのレールカノンのように両手で保持する必要がない小型のものだ。

威力の点ではスノーフレイクのレールガンと大差ない。(また、それで十分だった)



「煙幕展開、突撃ッ!」



擲弾筒から煙幕弾が放たれ、双方を遮蔽する。

この状態ではこちらも敵が見えないが、火器の数で勝る敵の方が失うものが大きいだろうと言う判断だった。

牽制のために機関砲弾を前方に向かって掃射。 続けて機を全速で突進させる。

機動兵器の最大の長所はその圧倒的機動力にある。 車や何かと違い、加速力が段違いなのだ。

加速から1秒足らずで最高速に達し、その状態でも急速反転や急制動による停止までできる。



煙幕を抜けた。 ほぼ正面に敵機。

シルエットはエステバリスに似ているが、その機は地球製の兵器にしては珍しく槍を構えている。



「なるほど、やる気か」



応じるように万葉もブレードを振り下ろす。





「この敵、巧い!」



ブレードを振り下ろされる前にフィールドランサーの柄で敵機の腕を押える。

だが、それに慌てた様子もなく機体を捻って腕を軸に回転し、アリサの横をすり抜けようとする。

やり過ごして突破するつもりだ。



……そう簡単に!



スーパーエステのパワーにものを言わせて押し込んだ。

わずかに押し戻された敵機はその場に止まったままだ。

構わずアリサは膝蹴りを叩き込む。 この至近距離ではDFも役には立たない。

スーパーエステはレールカノンを扱うためにモーターや人口筋肉のパワーも上げてある。

その全力の蹴りを叩き込まれれば機動兵器もただでは済まないはずだ。



現にまともにこの一撃を受けた敵機は大きく吹き飛ばされ……たが、バランスを崩すことなく着地、間合いを取る。



「まさか、盾で防いだ!?」



ブレードを構える左手には小さな盾が取り付けられている。 アリサの一撃はそれに阻まれていた。

間合いを取るなりその敵機はすぐに新たな煙幕を展開する。



「逃げるの!」



一瞬だけ追撃する誘惑に駆られたが、すぐに諦めた。

煙幕の向こうで待ち伏せされていたら目も当てられない。

それに、新たな敵機が接近していた。 今度は連合軍でタイプ・ワンと呼ばれる尖隼だった。



「癪だけど……マコトさんたちに任せるしかなさそうねッ!」



すれ違いざまにブレードを構えた手首を切り飛ばし、続く一撃で頭部が高々と宙に舞った。

尖隼はコクピットにピンポイントのDFを備え、同時に盾も構えていたが、アリサはそこを避けながらも的確に急所を狙う。

止めに背中のエンジンブロックに槍先を突き刺すとあっさりと敵機は動きを止めた。

戦闘能力を喪失した敵機には一瞥を加えるとアリサは改めて先ほどの新型を探す。



「本当に、癪ね」



それが無駄な努力だと悟ると部下と合流すべく機を移動する。

文句は同時に敵の引き際の見事さへの賞賛でもあった。





……危なかった。



それが素直な感想だった。 まさか近接戦闘で万葉が押されるとは思ってもみなかった。

一般的に地球人は射撃ばかりで斬った張ったは苦手なものと思っていたが、

必殺の一撃を防がれただけでなく、あとは一方的に攻撃された。 まさか機動兵器同士の戦闘で蹴りまで飛んでくるとは思わなかった。

ピンポイントDF発生器付の盾で防がなければモロに喰らっていたはずだ。

ETC砲を保持していなければ戦えたかもしれないが、それは無意味な仮定だった。

そんなことをすれば一五試戦の火器は機関砲のみになってしまう。 レールガンを標準装備するスノーフレイクを相手にするのにそれは自殺行為だ。

そのスノーフレイクに対抗すべく開発されたスーパーエステが相手であればさらに論外だった。

真っ向からの撃ち合いでは地球製の機動兵器は極めて強力だったからだ。

機関砲では遠距離での撃ち合いはできない。 ゆえに近接戦闘では邪魔なこれを手放すことはできない。



周囲は完全な乱戦になっていた。 そこかしこで散発的に発砲音が響き、一方で近付き過ぎたために白兵戦が多発する。

万葉が狙ったのはまさしくこれだった。 火力の劣勢を補うには内懐に飛び込んで白兵戦に引きずり込むしかない。

もちろん危険は大きい。 たどり着く前にアウトレンジで撃ちまくられたら目も当てられない。

スノーフレイクのレールガン、スーパーエステのレールカノンでならそれが可能だった。

だが、万葉も馬鹿正直に正面からバンザイ突撃をするような愚は犯さなかった。 先行させた無人兵器を囮に、徹底的に欺瞞兵装を使いつつ一気に駆け抜けた。

手持ちの煙幕弾の残量の半分ほどを使ってしまったが、その効果はてき面だった。

尖隼の何機かがそれでも阻止射撃の犠牲となったが、部隊はカキツバタに届く距離まで近付けた。



敵は相当に慌てているはずだ。 機動兵器でも戦艦を叩けることを証明したのは彼らなのだから。

カキツバタの部隊は母艦を守るために満足な機動すらできずにいる。

離れてしまうわけにもいかず、近付きすぎて白兵戦になれば不利であることが防衛部隊の自由を奪っていた。

加えて万葉たちを有利たらしめているのは敵部隊の大半はエステ2で構成されていることだった。

これなら何とか旧式の尖隼でも渡り合える。 スーパーエステはこちらの一五試戦が相手をするしかない。



敵部隊を完全に撃破する必要はなかった。 ただ、できる限りの敵を誘い出すことができればいい。

カキツバタを叩くのは、マジンと坂宮大尉に任せればよかった。







敵艦が近い。 いや、まだ遠い。

見るには近く、攻撃するにはまだ遠い。

坂宮はマジンの操縦桿を握り締めながら敵艦との距離を確認する。



いくらマジンでも戦艦クラスの次元歪曲場を突破できる火器はそう多くない。

一番確実なのは次元歪曲場の内部に飛び込んで、至近からの一撃を見舞うことだ。

狙うべきは艦橋部。 全ての艦艇の頭脳が集中している場所だった。

たとえ機関が無事であろうとも、武装が生きていようとも指揮系統を破壊されれば戦艦の能力はがた落ちになる。

カキツバタさえ潰せばあとはなんとでもなる。 逆に言うならこの艦がある限りどうにもならない。



ジンは重い。 エステや一五試戦のような軽快な運動性能も、スノー系のような出力にものを言わせた加速力もない。

機動兵器というよりはポケット戦艦とでも表現した方がしっくりくるような重武装がそうさせている。

のろのろと歩いて(重すぎて走ることはできない)いたのではたどり着く前に護衛機にタコ殴りにされるのがオチだ。

ゆえに敵に感知されることなく近付き、一瞬で間合いを詰めるような移動法が採用されていた。



――― 跳躍



淡いボソンの燐光を残してマジンの巨体が消失する。

木連でさえようやく実用化に達した最新のボソンジャンプシステムだった。

チューリップによってフィールドを展開せねばならなかった従来のシステムと比較すると単独での跳躍が可能とした点で大いに進歩したと言える。

逆に欠点はチューリップを使う跳躍なら『門から門へ』という制限がつくものの木星から地球までを一瞬で移動できるのに対し、

ジン単独のそれでは一回での跳躍距離は数百mから数km。

ボソンジャンプなら原理的には無限の彼方まで移動できるが、距離を延ばすと今度は精度が悪くなる。

角度にして一度のズレでも距離が大きくなればそれだけ目標点から大きくズレることになる。

例えば精度に5度の誤差がある状態で100kmの跳躍を行った場合、最悪で目標点からは8km以上ズレてしまう計算だ。

マジンの最大跳躍距離が数kmていどに抑えられているのは実用的な精度を出せる演算能力の限界から逆算されたものだった。



――― 跳躍



2度目の跳躍。 わずかなタイムラグを置いてマジンは再び消える。 すでに隠れ蓑として使ってきたミラージュコロイドは切っている。

マジンの30mという巨体を隠すのには莫大な電力を消費するため、地上で出力の落ちた相転移エンジンでは武装・跳躍装置との併用は不可能だった。

もとより敵の技術であったので大して期待はしていない。 無理やりあとから追加したために過熱気味なのも気になる。



跳躍によって一瞬だけ全ての感覚が途切れ、真っ先に視界が回復する。 復帰する直前に見る金色の城(のようなもの)も慣れた。

次いで平衡感覚が戻り、1Gの重力の感覚にわずかにグリップを握る手に力が入る。

カキツバタからの阻止攻撃はない。 いや、正確には発砲してはいるのだが、ジンのように消えてランダムな位置に出現するような標的にFCSが対応できずにいた。

結果として対空砲火は先ほどまでマジンがいた空間を意味もなく通過するだけだった。

護衛機に関しても同様だった。 彼らは地上から襲来する一五試戦と尖隼の部隊への対応に追われてマジンに有効な攻撃を与えられないでいた。

ここまでは計画通りと言える。



――― 跳躍



最後の跳躍だった。 精度の問題でいきなりフィールド内部に飛び込むようなことはできないが、ほとんど眼前にカキツバタがある。

ここまで接近されると射角の関係で近接防空システムでさえマジンを攻撃することはできない。

それにここまで近付かれた場合、敵機を撃墜するよりも素直にDFで防御に徹したほうがいい場合もある(だからこそDFの外で敵機を迎撃するエステがあるのだが)。

カキツバタもそう判断したようだった。 対空砲火のかわりにほとんど視覚的にも歪みが確認できるような強固に展開されたDFがマジンを拒絶する。

坂宮はそれでも勝利を確信した。 DFという殻にマジンの丸太のように単純で簡易型のマニピュレータがついただけの腕を押し当てる。

そこには対歪曲場中和装置が組み込まれている。 多少の時間はかかるが戦艦クラスのDFも破れる代物だ。

空いた穴からそのまま腕を対艦ミサイルとして叩き込む通称『ゲキガンパンチ』を撃ちこむ。 それでかたがつく。

実際の時間にすれば10秒もなかっただろう。 不意にレバーにかかっていた負荷が消える。

DFが破られたのだった。







DFが破られた。 敵の大型機動兵器はカキツバタの誇る盾を中和することで無効化してしまった。

もとより対空砲火は使えない。 第四次月攻略戦の戦訓から慌てて追加されたものだけに射界に制限がありすぎるのが原因だ。

いや、そもそも単独でのボソンジャンプをしかも繰り返しで使えるような相手などFCSが対処できない。



「艦長、回避を!」

眼前に現れた敵機を見て航海長が叫ぶが、ジュンは片手を上げて制した。

敵の戦力を読み違えたという思いはある。

せいぜいがミラージュコロイドを展開しての隠密接近だと思っていたが、木星蜥蜴の技術は想像以上に進んでいた。

DFを中和したことといい、戦艦にとっての脅威となりうる存在かもしれない。



「急制動!」



「イエッサー!」



ジュンは一言命じる。 読み違えた部分はあるが、基本は変わらない。

それを証明してみせるつもりだった。



破られた部分も含めて一気にカキツバタを包んでいたDFが消失する。

大気圏内におけるDFの役割は直接的な防御を担っているほか、大気摩擦の低減という副次的効果も見込める。

それが消失したということはいきなり大気中に巨大な抵抗をもつ物体が出現したに等しい。

大気の分厚い壁にぶつかってつんのめるように急激に速度を落とす。

カキツバタもそれなりの速度で機動していたため、大きな慣性がついている。

ふんばって耐えたり、手近なものにつかまったりしたカキツバタのクルーなどはともかく、不意を討たれたマジンのほうはたまったものではない。



狙い通りバランスを崩して……しかし、振り落とされることなく船体の一部を掴んで耐えた。

大きすぎるとはいえこれも人型の利点だった。 ただ、これでゲキガンパンチも使えない。

腕を切り離せば振り落とされる。



「小細工をッ!」



坂宮は罵声を上げる。

だが、ジンの武装はゲキガンパンチだけではない。 航空機やミサイル対策に強力なレーザー砲も装備していた。

DF相手では効果が薄い光学兵器だが、内懐に飛び込んでいる現状では十分に使える。

巨大な船体を破壊することはできなくとも艦橋は狙える位置だった。

ジンの顔を艦橋へ向け「ゲキガンビ……」と音声トリガを入力しかけ、しかしそれはまたしても果たされることはなかった。



「ゲぇぇキガぁぁン! ソード!」



敵が何の意味があって外部スピーカーを使う意味があるのかまったく不明ながら、

横合いから機動兵器に思いっきり切りつけられたのだ。



―――― どこから?



という疑問はすぐに解ける。 カキツバタの2基あるカタパルトのうち1基のシャッターが開いていた。

呆れるしかないというか、カキツバタは砲弾よろしく機動兵器をジンに向かって撃ち出したのだった。

投石器(カタパルト)の意味からすればあながち間違った運用でもないかも知れないが、無茶には違いない。

とっさに跳躍を行う。



「待ち伏せか!?」



そう考えるべきだった。 でなければこんなタイミングで攻撃に移れるはずもない。

そして、



――― 追撃がくる。



ジンの動きが鈍い。

もとから俊敏とはいい難かったが、それにもまして動かしづらい。

その理由を悟って愕然とする。 ジンの肩口から下、左腕がごっそりとなくなっている。

先ほど奇襲で行われた一撃は戦艦とまではいかなくとも駆逐艦並には強力なDFを破っていた。

敵機が掲げるのは見た目は古臭い大剣だが、その見た目どおり鉄の塊というわけではないらしい。

片腕のジンで小型機動兵器の相手は無理だ。 例えるなら戦闘機に狙われた爆撃機のように自衛で一杯になる。

それでも、



「地球人がゲキガンガーを語るか!」



優人部隊にとって聖典といえるゲキガンガーを侮辱した敵は許せない。

激情を代弁するようにマジンの頭部からレーザーが放たれる。

文字通り光速で飛来したそれは、しかし敵機を焼くことなくDFによって逸らされた。

果たしてその返礼は強烈だった。

エステバリスをベースとしたと思われるコンパクトな機体ながら振るわれる一撃は必殺に値する。



「跳躍を……」



だが、間に合わない。 もとより移動用であって回避には「使えないこともない」レベルだ。

その一撃は確実にマジンを両断できる威力をもって迫る。



「……死ぬ、か」



だが、来るはずの衝撃とその後の無はなかった。

かわりに坂宮の耳には痛烈な罵声が飛び込む。



「大尉! 避けないなら私と交代してください!」



「御剣隊員」



「新型です。 尖隼では相手になりません。

 私が一五試戦で抑えます!」



「君の部隊は? いや、その前にカキツバタへ再度の攻撃を……」



「無理です! 後退してください!!」



万葉は激怒していた。 味方の無能だとか、作戦がうまくいかなかったことへの憤りではない。

坂宮はうまくやった。 むしろしくじったのは自分たちのほうだ。

気付いてしかるべきだったのだ。 今まで万葉たちが相手にしていたのはすべてエステだった。

一連の戦闘ではエステ以外にもスノーフレイクが参戦していたにもかかわらず、カキツバタの防衛戦力にはいなかった。

空母モドキの強襲揚陸艦を2隻従えながら、中身がすべてエステなんてことがあるはずがない。

砲兵のスターチスを考えても相手にしていた部隊が少なすぎた。



「これは罠です!」









低いエンジンの唸り。 エステよりだいぶうるさいが、贅沢は言っていられない。

これでも名目は『最新鋭機』なのだから。 マコトはそう自分に言い聞かせる。



「ずいぶんと安上がりな新型ではあるね」



中身はずいぶんと配備が進んでいるスノーフレイクで、外側にしても大半の部品は宇宙軍・海空軍の姉妹機たちと共通ならそうもなる。

良く言えばコストパフォーマンスに優れるというのだろう。 貧乏くさいとも言えるが。

エンジンの唸りが大きくなり、わずかな振動が背にも伝わってくる。

両足と肩から大きく張り出した装甲内に収められたリフトファンが大量の空気を地面に叩きつけ、

地面効果もあいまって10tを超える機体がわずかながら浮かび上がる。



「火力・装甲・機動力をバランスよく高レベルで備えた機体、売り文句通りだといいんだが」



「中尉、こいつは現代に蘇った戦車ですぜ」



戦車、なるほどこの機体の特徴を掴んでいる。

敵の機動兵器を遠距離から撃破できる強力な火砲を備え、時速70km以上の高速で戦場を疾駆し、

その防御力は自分の主砲に(正面なら)ゼロ距離射撃でも耐えられる。



偽装用のステルスシートを剥ぎ飛ばし、1個中隊の戦力を備えた機甲部隊がその姿を晒した。

素人目にもそれは空軍や宇宙軍でも採用されているある機体に酷似していることがわかる。

漆黒に見えるのは電磁波吸収用の特殊塗料だが、その姿はいやおうなくある種の不吉さを連想させるものだった。



この機体の名は<フリティラリア>。

AGI製の宇宙軍のアスフォデル、空軍のフッケバインの血統に連なる強化装甲、その陸軍モデルだった。

主砲はAGIが得意とする57口径88mmレールカノン。

現状では試作された105mm対機甲ライフルに次ぐ最強の長槍を備え、双発のエンジンから得る高出力によってDFを強化。

足りない分はこれもまたお得意の装甲技術で補ってしまうというある意味シンプルな発想でできている。

むろん、重武装重装甲であるために走ったりはできないが、かわりに4基のリフトファンによるホバー走行で機動力を確保していた。



「戦車か。 なら私もこう言うべきかもしれないね」



それは古いドイツ語の映画にも頻出する命令だった。

マコトは古参の軍曹に微笑み、叫ぶ。



「パンツァー・フォー!」



それが連合軍の、否、カキツバタの反撃の第一矢となる。





<続く>






あとがき:

ヽ(´Д`)ノ オワンネェ〜〜
一ヶ月あいた上に分割です。
だが私は謝らない。(所長風に)

作中での「象より大きなネズミ」はドイツのエレファント重駆逐戦車と重戦車マウスのことです。
前者は65t、後者にいたっては118t(!)。 素敵過ぎますドイツ人。
というか、アホですか伍長閣下。 ちなみに同時代の戦車はM4中戦車で30t前後でした。
あとマコトが言ってる「パンツァー・フォー」はドイツ語で「戦車、前へ」という意味です。

それでは次回また。



 

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代理人の感想

うおおおおお、ブラックサレナ・ストライカー!

でも、追加装甲であることを考えると、現在の技術で戦車作ったほうがかなり安上がりなんじゃないかと身も蓋もないツッコミをしてみたり(爆)。

まぁ、それをいうならスペースタイプやエアロタイプの方もそうなんですがw