時ナデ・if
<逆行の艦隊>
第22話その5 輝く季節へ
嫌な法則がある。
悪いことは常に最悪のタイミングでやってくるということと、
うまくいかないことは何をやっても結局うまくいかないということだ。
「……それは、本気で言っているのですか?」
感情を押し殺した敬語は、2人の間柄を考えればむしろよそよそしい。
それは彼女が本気で怒りを覚えていると言うことに他ならなかった。
「この情報は確かだよ。 何しろ ―― 」
「なら、なぜ!」
相手が言い終える前に激昂した彼女がそれを遮る。
その瞳には裏切りにあった者が有する暗い怒りが映っていた。
それは相手をいかに信頼していたかと言うことの証明でもあるわけだが。
「四方天はそれを知っていて、それでも私たちを!」
「知っていた。 内部の間諜からの情報だから、かなり確度は高かった」
「私がそんなことを問題にしているわけではないとわかっているはずです、兄さん」
「では、僕が何を言いたいのかわかっているのか、東 舞歌准将?」
兄の ――
東 八雲少将は激昂する妹に静かに告げる。
軍の階級を含めて呼んだのは自分の立場を思い出させるためだ。
「これは戦争で、僕らは軍人なんだ」
「戦って、死ねと?」
さすがにここまであからさまな物言いに八雲も眉をひそめ、
咎めるような視線を妹に送る。
「申し訳ありません」
形式的に謝罪する。 そんな兄妹の険悪なやり取りを心配そうに見ていた琥珀が口を挟んだ。
「八雲様、そうはおっしゃっても私たちにも理由をお聞かせください。
これでは何のための犠牲なのか……」
「何のため、という問いには私が答えよう」
そう言ったのは四方天を束ね、木連の最高指導者である草壁春樹中将だった。
ちなみに舞歌はこの男に対していい感情を持っていない。 木連を戦争に差し向けた張本人と考えているからだった。
そしてその戦争を起こした張本人が告げた内容は、これもまた抽象的なものだった。
それはただ一言、
「誇りのためだ」
○ ● ○ ● ○ ●
ステルスシートをかぶった状態でも周囲の状況は通信から知れた。
薄い幕一枚隔てた向こうは戦場に他ならない。
仲間が死闘を繰り広げ、時に傷付いて母の名を呼びながら苦痛に呻く声。
ときに死を迎えつつある兵士が漏らす恋人の名。 ただひとこと「ごめん」とだけ遺す者もいる。
だが、大半のものは言葉を残すいとまもなく、ただ降りかかる死になすすべもなく押しつぶされていく。
助けを求める悲鳴、失われる命を振りしぼるような絶叫、次第に弱々しく消えてゆく声。
そのすべてを聞きながら彼女は耐えた。 耳を塞ぎ、目をつむり、すべてを投げ出したくなってきても耐えた。
自分が一言命じれば部下を死地へ送り込むことになる。 今はそのためにも無闇に攻撃は命じられない。
外で散っていくものたちを無駄死にをさせるわけにはいかない。 せめてその死にも意義を持たせるべきだ。
そのために耐える。 噛み締めた唇から鉄錆の味が広がってもかまわなかった。
その味は真実を語っていると思う。 血を飲み続けるのは自分も同じだ。
「中隊長! カキツバタより通信!
『突撃せよ』以上です」
笑みを浮かべる。 猫科の肉食獣を連想させる笑みを。
低いエンジンの唸りは野獣の唸り声にも似た音階を奏でる。
エステよりだいぶうるさいが、贅沢は言っていられない。
名目は『最新鋭機』なのだから。
「ずいぶんと安上がりな新型ではあるね。
火力・装甲・機動力をバランスよく高レベルで備えた機体、売り文句通りだといいんだが」
「中尉、こいつは現代に蘇った戦車ですぜ」
うまいことを言う。 確かにフリティラリアの機体特性と運用は戦車そのものだ。
敵の攻撃に真っ向から耐え、圧倒的火力と機動力で蹂躙する。
歩行戦車の類や機動兵器とは異なる正統派の戦車戦術の血脈を受け継ぐものだった。
「戦車か。 なら私もこう言うべきかもしれないね」
普段であれば男を魅了して止まないであろう美貌が悪鬼のごとき凶相に変じる。
アリサのように『戦乙女』の称号を冠するにはあまりに禍々しさが先に立つ。
だが、それこそがこの“地獄のほうがマシ”な場所には似合っている。
「パンツァー・フォー!」
その一言で死神の群れは一斉に動き出す。 復仇のために研ぎ澄まされた牙を供えて。
○ ● ○ ● ○ ●
「散開! 回避しろ!!」
ほとんど絶叫に近い警告が発せられる。
的確な指示といえたが、それを実行に移すには時間が短すぎた。
敵は眼前で……まったく周到なことに塹壕まで掘って潜んでいたのだ。
その上、この至近距離まで探知できなかったのはステルス効果のある装備を持っていると言うことだ。
こちらが接近のために使用した煙幕も皮肉なことに探知を遅らせた。
つまり、彼女らはまんまと仕掛けられた罠の中に飛び込んでしまったわけだ。
万葉は機体を全力で回避に転じさせながら煙幕を展開する。
これでスモークディスチャージャーを使い果たしてしまったが、安全には代えられない。
現に煙幕を展開しなかった僚機が腰から引きちぎられて吹き飛ぶ様子を目にする。
十五試戦の防御力がまったく問題になっていない。
それもそのはずで、僚機をほふったのはフリティラリアの56口径88mmレールカノン。
こと大口径砲に関しては定評のあるドイツの老舗メーカー、ラインメタル社製だった。
元々は人型自走砲兵とでも言うべきスターチスが対空戦闘に使用する高射砲として開発された代物である。
が、「ミサイルや機関砲じゃだめなん?」という至極もっともな意見の前にお蔵入りにされていた。
まあ、それ無理もない話で、当初想定していた敵はバッタであり、それなら大口径で威力が高いが連射性能に劣るものよりも
ラピッドライフルのように弾をばら撒ける小口径火器で十分と考えられたからだ。
機関砲が届かないような高度では地対空ミサイルがこれを代替できるから、確かにいまさら高射砲を新規開発するメリットはあまりない。
フリティラリアはそのお蔵入りしていた高射砲を改造して水平射撃に適したFCSと組み合わせることで手間のかかる主砲開発の手間を省いてしまった。
AGIの開発陣は自分たちがレールガンの小型化に苦労し、それゆえにスノーフレイクの開発が遅延、その間に戦争が勃発してしまい、
軍は直ぐにでもバッタに対抗可能な新型を欲したことからエステバリスに制式採用機の座を奪われた苦い経験を忘れていなかった。
彼らは「いかに高性能であっても間に合わなければ意味がない」というあらゆる製品に関わる教訓を学んだのだった。
ゆえに尖隼が戦線に投入されたことを第四次月攻略戦で確認したAGIは即座に「対人型機動兵器」を考慮した新兵器の開発に取り掛かった。
すでにレールガンの小型化でノウハウを稼いだAGIにとって新型にも電磁投射砲を搭載するのはごく自然なことだった。
火薬式130mmカノンという案もあったが、88mmに比べて大口径となれば携行弾数が少なくなるし、火薬式は誘爆の危険がある。
エステ重機動フレームの120mmならともかく、130mmでは新規開発となってしまうこと。
それならと提示されたエステと同型の120mm砲案では、いまさらエステと同じ火力では新型の意味がない上に重量的に88mmレールカノンと大差ないわりに
短砲身で火薬式なので初速がマッハ2程度しかないのでは威力に難ありとして却下された。
DFを貫通するのに必要なのは運動エネルギーで、運動エネルギーは重量と速度の2乗に比例、つまりは可能なら重量を2倍にするよりも初速を2倍すれば運動エネルギーは4倍となるので有利と言うわけだ。
ちなみに砲弾重量が違うとはいえ、初速の差は3倍以上あった。
(ただし、大口径・大重量の砲弾は炸薬量を増やせるのと終末速度を高いまま維持できるので一概に高初速・軽量砲弾が良いとは言えないし、
実際は威力の向上を図るなら大口径とするほうが初速を高めるより簡単。 フィリティラリアの場合は火薬式と電磁式の差があったから。
加えて88mmレールカノンに固執した一番の理由は「開発の手間が省ける」から)
主砲が決まればあとはそれにあわせてプラットホームとなる機体を設計するのだが、ここでも開発陣はとことん手間を省いた。
生産ラインを増やすと言うことは負荷を増やすと言うことであり、スノーフレイクとスノードロップの生産に追われている現状でそれは勘弁願いたい。
そこで少し振り返ってみれば自社では対艦攻撃機として使える増加装甲<アスフォデル>を作っており、それを大気圏内専用に改造した<フッケバイン>という前例がある。
どちらもスノーフレイク用の増加装甲で、かなりの部分で部品を共用できている。
―――
おお、なんだこれがあるじゃないか。
かくしてアスフォデルを原型として陸戦用の改造が施されることとなった。
陸戦用なんだから三次元空間走査レーダーのようなものは要らない。 代わりに赤外線センサやレーザー測距儀を追加。
姿勢制御用のスラスターも減らしていい。 肩と脚部の重力波スラスターも止めて代わりにリフトファンで揚力を得る。
推力はスノーフレイク本体の重力波スラスターでいいから、背中の空きスペースに主砲基部と弾倉を置ける。
エンジンはアスフォデルなんかと同様に従来のものをそのまま双発(本体と増加装甲に1基ずつ)の配置でいいだろう。
一番被弾率が高くなる正面装甲は自前の主砲に耐えられるように新型の複合装甲を追加で張ることで何とかしてしまおう。
もとより強力なDFを備えてるんだから大丈夫。
重量が前面に偏りかねないが、それは背中に主砲・弾倉とエンジンがあるから釣り合いは取れる。
FCSの対応はスターチス用のものをいじくって、書き換えて……この辺はAGIの得意分野。
あとは関節部や装甲の隙間に防塵耐湿処置を施してできあがり。
こんな私にも簡単にできます。 これがなんと今ならお値段据え置きの
―――
かくして戦時の事情に合わせてお手軽即席の「新兵器」が開発された。
プロジェクトXでもネタにされそうもないお手軽さで開発秘話や人間ドラマもなにもあったものではないが、
それゆえに安定した性能で稼働率も高く、実情に適したものとなった。
空軍向けのスノードロップがその可変機構の複雑さから「本日の戦果・敵機10機、整備兵10人」と言われたのとは大きな差であった。
(あるいは設計に凝りすぎたスノードロップで懲りたのかもしれない)
まあ、このお手軽新兵器に関しても批判がなかったわけではない。
AGI製の機動兵器に共通する過剰なまでの火力は健在で、「こんな強力な砲で何を撃つんだ?」とは言われた。
なお、スノーフレイクの時にも「レールガンなんかで何を撃つんだ?」と言うような疑問はでたが、
このときは直後に勃発した第四次月攻略戦においてエステが一式戦<尖隼>とバッタ改を相手に火力不足を露呈したことからあっさり収まった。
また、今回も「過剰防御」の十五試戦が相手であったために「過剰火力」のフリティラリアしか正面から撃破できないという事態が起こっていた。
喜劇的とも言えるが、戦っている本人たちからすれば悪夢的としか表現しようがない。
根底にある設計思想の差もあった。
エステを原型とした一式戦やその後継機は高性能を発揮するために徹底して無駄を省いた設計をされているが、
スノー系は大雑把で無駄の多い、発展余剰を見越した設計をされていた。
例えばエンジンやジェネレータを大型のものに交換できるようにわざとスペースを大きめにとってあったり、
装備バリエーションが増えたときのことを考えてフレーム強度が過剰なまでに高くなっていたり、
ハードポイントを全身11ヵ所(!)に備えていたり、明らかに単体でみれば無駄とも言えるものが多い。
そのせいでエステが施設内での活動できるギリギリの6mの頭頂高で収めたのに対し、7mと一回りほど大きくなっていた。
フリティラリアを装備した状態では8mを優に越え、とても施設内で活動できるサイズではなくなっている。
たが、その発展余剰があればこそこうして尖隼から最新鋭の十五試戦にまで対抗できる改造が可能だったのだ。
エステはそのギリギリな高性能さが災いし、スーパーエステが性能向上の限界とされていた。 また、後継機の開発も難航している。
木連では零式から数えれば3機目の新型(十五試戦)をわざわざ開発せねばならず、増える一方の機種数は生産ラインに大きな負担となっている。
設計図と材料があれば昨日まで尖隼や飛電を作っていたラインから新型が湧いてくるわけではない。
生産ラインの変更はひどく手間がかかり、最低でも3ヶ月は必要だった。 むろん、その間の生産数は落ちる。
地球側にはエステとスノーフレイクという2機種がお互いの保険となっていたが、木連にはそれがない。
そんな金も人員の余裕もない。 新兵器は十五試戦とジンを用意できただけだ。
その新兵器さえフリティラリアの前に敗れ去ろうとしている。
「煙幕を使え! 足を止めるな!!」
止まれば即、狙い撃ちにされる。
40mmレールガンでさえ弾く十五試戦の多重展開型次元歪曲場であっても長砲身88mmレールカノンの前には役立たない。
しかし、逆を言うならそれだけ警戒していればいいということでもある。
乱戦になれば互いの撃破率は大きく下がる。 何もかもが混乱の渦中になってしまうのが原因だ。
IFFがあると言っても敵味方の識別さえ容易ではない。 特にエステと十五試戦はシルエットが良く似ている。
万葉たちは脅威となりえるフリティラリアの特徴的なシルエットへと火力を集中すればいいのでその点では有利だ。
しかし……
「くっ、また弾かれた」
万葉の放ったETC砲の直撃を受けたフリティラリアは大きく仰け反り……それだけだった。
よく見れば胸部に命中痕があるが、貫通していない。
DFをクッション代わりに使い、抜かれることを前提にしてその後ろの装甲で止める。
十五試戦も含め通常の機動兵器が装甲は破片防御程度にしか考えていないのに比較すると狂気の産物と言っていい。
装甲の限界は20世紀末に証明されたはずだ。 DF二枚重ねに比較して効率が悪すぎる。
だが、30mm機関砲では緩衝材代わりのDFさえ抜けない。
また敵も88mm以外では十五試戦の防御を抜けないのだから撃破率はぐっと落ちる。
このままでは埒があかない。
だが、
「ゲキガンビーム!」
漆黒の濁流に絡めとられたフリティラリアが、さすがにたまらずひっしゃげ、爆散する。
装甲では収束された重力波の暴虐に耐えることはできない。
これを防ぐには事実上、DFで空間ごと逸らしてしまうしかなかった。
しかし、現状でそこまで強力なDFを備えた機動兵器は存在しない。
つまり、機動兵器相手ならこの攻撃はいかなる相手にも有効と言える。
「坂宮大尉、危険です。 後退してください!」
「ありがとう。 だが、断る」
「理由を聞かせてください」
「それは愛ゆえに、ではダメかな?」
「駄目です」
1秒とおかずに即答する。 軽口に付き合っている気分ではない。
苦笑して、すぐにそれを収めると坂宮は答えた。
「退けないからだ」
「意地ですか?」
「そんなことを言っている場合ではないはずだ。
純粋に戦術上の問題……跳躍ッ!」
言いかけて坂宮のマジンは万葉の十五試戦を掴み、ボソンジャンプを敢行。
直後に煙幕の白い視界を切り裂いて88mm砲弾が擦過音をたてて飛んでゆく。
「煙幕越しに照準された!?」
煙幕と言っても単に白い煙と言うわけではない。 レーザー照準を不可能にし、赤外線を遮蔽し、レーダーすら妨害する。
こちらも同様にほとんど照準ができないが、十五試戦にはそのための装備がある。
「まさか、敵の新型も音響振動センサーを?」
音響振動センサー、つまりはソナーのことだ。
光学照準が不可能ならあとは音で敵情を探る。 それがスカーレット技術陣の回答だった。
宇宙では音が伝播しないために使えないが、それならそもそも宇宙で煙幕展開をやる必要もないから、これは地上戦用の装備だった。
射撃に使える精度を出すために高価なソナーユニットをばら撒く必要があるのが欠点だ。(三角測定をやるため最低3基は必要)
「それはないだろう。 自機の発する騒音が大きすぎる」
その通りだった。 静粛性にやたら気を使っている十五試戦と違い、エンジンを双発で装備している上に
リフトファンをギュンギュン回しているフリティラリアではソナーを自分で無効化してしまう。
とても敵機の位置を探ると言ったことに使えるような状態ではない。
ならば……
「答えは空にある」
○ ● ○ ● ○ ●
「“シュワルベ”より各機。 敵部隊は右翼へ展開。
ツェザール小隊は警戒されたし」
話す言葉は短くともデーターリンクによって各機へ詳細なデータが送られている。
彼女の仕事はそのデータの取捨選択を行うこと。
どれが必要で、どれが不要なのかはある程度は自動で選別されるが、さすがに最後は自分で判断するしかない。
それはパイロットであるイツキ・カザマの仕事だった。
「射撃データーを送ります。
……追加情報、敵大型機動兵器はグラビティブラスト装備の模様」
ベルタ小隊の反応が消えている。 恐らくは先の一撃で撃破されたのだろう。
さしものフリティラリアもグラビティブラストの直撃には耐えられない。
これでまた戦死者名簿に数名が追加されたことだろう。
機体が破壊されただけ、と言う可能性も皆無ではないがイツキはそこまで楽観的ではない。
それに彼女の意識はすぐに別のものに向けられた。
素人目には占い師が使っている水晶球の親玉のようにしか見えない球形の三次元空間走査レーダーの表示機にはいくつもの輝点が踊っている。
その大半は薄緑の平面状を動き回るだけだが、時折その上をいくつかの別の輝点がかすめる。
平面は地面を、その上を動き回る輝点は機動兵器か、車両などを示し、それより高い位置にあるのは飛行能力を有する物体……味方航空機と敵機動兵器だろう。
敵味方の識別はIFFが行ってくれるので問題ない。 しかし、こうも乱戦状態に陥っては管制も容易ではなかった。
と言うか、一人でできる作業ではない。
「だから複座にしてほしいと言ったのに……」
カキツバタに詰めているであろう設計者に文句を言うが、それで現状が改善されるはずもない。
それに設計者であるレイナ・キンジョウ・ウォンにも複座にできなかった理由があるのだ。
元より完全に新設計のシュバルツ・ファルケと違って空戦フレームベースの改造機でしかないシュワルベはただでさえペイロードに余裕がない。
本来積むはずの武装をオミットし、代わりに山ほどの電子戦兵装を積んでいるために機体はギチギチ。
もう一人分の座席を用意することくらいはできるだろうが、車の助手席を作るのとはわけが違う。
パイロットと電子戦要員を分けてそれぞれに機体の操縦系と兵装の操作系を組み込んだ場合、どうしても従来のアサルトピットのサイズには収まらない。
そうなると前か後ろに出っ張ることになるが、装甲や兵装との兼ね合いを考えると前に出っ張るのは問題があり、
後ろは重力波スラスターと受信用のウイングがあるのでこれまた論外。
結局、複座にするには機体にも大規模な改造が必要であり……そんな手間をかけるなら新設計にしたほうがマシということになり、不便を承知で単座に落ち着いた。
実際のところ予備を含めても両手の指で数えられる程度しか生産されない技術実証機にそれほど手間をかける意味をネルガルは見出せなかったのだ。
それでイツキが苦労している。
だが電子の目を持ち、音響センサという耳まで備えたシュワルベの存在は絶対に必要だった。
乱戦にもつれこんでいるため個々での索敵手段はほとんど役立たずとなってしまった。
双方が行っている電子妨害と展開された煙幕によって地上ではレーダーどころか光学的手段すら封じられた。
敵を見つけ、狙い、撃つ。 攻撃に転ずるにはその3つの動作をこなさねばならないが、前2つを封じられた状態にあるということだ。
それを補うべくシュワルベは戦場を俯瞰するように上空に待機している。 いわば前時代の弾着観測機や観測ヘリと同じだ。
ただし、その精度も管制する対象の数も段違いに増えているが。
「シュワルベ、より各機。 目標は敵大型機動兵器に絞り、迂回突破を」
局所的にはこちらが押しているが、いかんせんフリティラリアの数が少ない。
火力を頼んで押し込むには不足している。 となれば、機動力を活かして敵の正面を迂回し、後方へ浸透するのがベターだろう。
目標は敵大型機動兵器 ――
ジンタイプだが、敵も必死だ。 ジンを撃破されたら終わりだと知っているからだろう。
だが、空から俯瞰できる目を持った連合軍のほうが有利だ。 事実、2個小隊が迂回突破に成功しつつある。
機体の性能差以前に、戦力全体のシステムとしての完成度が違うからだ。
このシュワルベが存在する限り味方の有利は揺るがない。
そう、シュワルベが『無事である限り』は。
○ ● ○ ● ○ ●
地上部隊の活躍とは裏腹に機動戦艦<カキツバタ>の戦闘は地味なものだったが、重要度では明らかに上だった。
それは敵の仕掛けてくるECM(電子妨害)をECCM(対電子妨害)で排除しつつこちらも妨害をかけるという見えざる戦闘だった。
シュワルベは確かに優れた電子戦能力を持った機体ではあるが、所詮は機動兵器であり、その能力にも限界はある。
戦艦クラスの大型艦が仕掛けてくる電子妨害を排除しつつ管制を行うにはどうしても出力が足りない。
そこで電子妨害はカキツバタが対応し、管制の一部をシュワルベに委ねる役割分担が行われた。
無論のことカキツバタには本来の『戦う艦』であることも求められた。
「主砲第17射、テーッ!」
砲雷長の言葉とともに船体中央に据えられたグラビティブラストが咆哮。
何度目になるかわからない爆発が地平線ギリギリの空で瞬いた。
それは不用意に高度をとり過ぎたバッタの一群だった。
航空優勢が確保し切れていない現状でシュワルベのようにほとんど非武装の観測機を飛ばすのは危険が伴う。
いっそ自殺行為といって差し支えないかもしれないが、それを可能にしたのがカキツバタの存在だった。
地上における宇宙戦艦は地上における戦車などの装甲部隊と同様の役割を果たしていた。
わかりやすく言うなら『そこに居座り続けることで周囲の安全を確保する』ことができるのだ。
これはおおよそ航空機には不可能なことだった。
なぜなら、戦闘機などが戦場の空に留まっていられる時間は燃料やパイロットの疲労などを考えると恐ろしく短いものになるからだ。
空軍の戦闘機は飛行場からはるばる飛んできて20分も戦闘を行えばあとは引き返さなくてはならなかった。
それに対空ミサイルの一発でも浴びれば即墜落の憂き目に会うなど航空機は意外と脆い存在でもある。
それに対して戦艦は戦闘機用の対空ミサイルくらいではびくともしない(ディストーションフィールドを抜けない)防御力を持ち、
その気になれば日単位でその場に浮いていることができる。 しかも火力はいかなる地上兵器よりも大きい。
いわば空の要塞だった。
ただし、戦闘機ほど小回りが利かない上にコストも激高なためにこんな贅沢な使い方は早々できない。
それよりも多数の戦闘機をローテーションで投入し続けるほうがよほど効果的だ。
が、今の空軍にそれほどの戦力はなく、ゆえにカキツバタが仕方なくその役割を一部で請け負っているだけの話だ。
いちいちバッタが飛んでくるたびに主砲をぶっ放すようなやりかたをしているのもそのためだった。
「まずいですよ艦長。 敵もバカじゃない。
部隊を散開させてきています」
ジュンは砲雷長の申告に頷く。
結局のところこれが戦艦が対空ユニットとして機能できる限界だった。
効果範囲が広いとはいえ、一方方向にしか撃てないグラビティブラストでは多方向から進行してくる敵に対処しきれない。
機動力ではまったく対抗できないのだから、結局のところ受身の対応になってしまう。
「ミサイルの残弾は?」
「対空型があと12発、多目的型が20発です」
はっきり言って少ない。 これでは最大でも32機にしか対応できない。
ミサイルは百発百中と言うわけでもないし、同一目標に命中することもあるから、実際はもっと減る。
「空軍は?」
「エアカバーを要請しましたが、あてになりません。
そば屋の出前と同じです」
「返事はいつも『いま出ました』?」
「ヤー」
たとえ間に合ったとしてもバッタ相手にスクラムジェット戦闘機ではどうか。
スノードロップなら完全に性能では圧倒できるだろうが、いかんせん生産数が少ない上に扱えるパイロットは更に少ない。
あんな陸のものとも空のものともわからないイロモノを使いこなせるのは一部のベテランだけだ。
スノードロップは連合軍の『バッタの脅威』に対する過剰反応で生まれたような機体だった。
エステはどうした?と思われるかもしれないが、軍上層部はエステでは満足していなかった。
陸戦フレーム・空戦フレームであればそれぞれのフィールドでバッタに対抗できるだろうが、
空戦フレームで陸戦はできず、陸戦フレームでは空戦を行うことは不可能だ。
ちなみにバッタは単体で両方できる。
ネルガルにしてみれば「そんなアホな」というところだが、何しろ戦争初期に徹底的にやられたトラウマは拭い難い。
「とにかくバッタと同じフィールドで、数では勝てないから質を徹底的に上げるべし」とされた。
そうして生まれたのが可変機構を備えたスノードロップだった。
空では航空機、陸では人型ロボット、中間形態のガウォークならどちらもそれなりにこなせます。
つまり、軍部がもとめたのはある種、子供じみた発想のスーパー万能機であり、その具現化がスノードロップだった。
もちろんAGIは良くやった。
普通なら中途半端で使い道がなくなるこの手の『万能機』を要求通りの性能でまとめた技術力は大したものだ。
素晴らしい。 特にカタログスペックならあらゆる面でエステ2を上回っている。
……そう、カタログスペックなら。
「あー、たぶん整備で手間取ってるんでしょう。
補給一つとってもあれだけ手間のかかるものはありませんから」
それは真実を突いていた。 空軍のスノードロップはその高性能を追及したがゆえにその他の部分……信頼性とかその辺を
設計段階でスポーンと置き忘れてきたような代物だった。
可変機構の複雑さから整備するのも容易ではなく、整備しなかったら24時間の稼働で恐らくどこかが壊れる。
特に腰回りにかかる負荷が半端ではなく、急激な機動を行うために通常の戦闘機より消耗しやすい。
これだけ切羽詰った戦況でなければ「欠陥品」とされていてもおかしくない。
「わかった。 防空の一部を地上のスターチス隊に任せる」
「それなんですが、艦長」
まだ何かあるのか、とうんざりしかけながら、表情はあくまで穏やかなままジュンは促した。
「バール少将のアフリカ方面軍が突出しすぎています。
砲兵の支援がなければ後退すらままならない状況で……」
そこから先は聞くまでもない。 カキツバタに後退のための支援を要請してきたのだ。
ここにきて自分の身が危険となるとバール少将もなりふり構っていられなくなったらしい。
いっそこのまま無視し続けてくれれば楽だったものを。
「スターチスを一部、割り振らねばなりません。
それと当艦も対地攻撃に回らねばららなくなります」
「それは困るね」
思わず本音がこぼれる。 スターチスはいわば多目的型自走砲兵。
装備の換装で対空から遠距離砲戦までこなすことができる。
DFを持たない旧式機動兵器ではあるが、直接戦闘しか想定していないエステやスノーフレイクの重要な補助戦力だ。
今は部隊の防空を担当しているが、その一部の装備を換装して砲兵として支援にまわすとなれば、防空網に綻びを生むだろう。
加えて後退を支援するためにはカキツバタのレールガンとグラビティブラスト、ミサイルで徹底した火力によって敵を叩かねばならない。
そのためにはどうしてもこの空域を離れることになり、その間の航空優勢は敵に渡る。
「テンカワのブラックサレナだけで支えられると思うかい?」
「期待してもらえるのはうれしいが……」
開発者であるシュトロハイムはそう断ってから「ノイン」と母国語で否定した。
サレナはあくまで攻撃力として使ってこそ意味があるというのだ。
それはジュンにとっても再確認以上のことではなかった。
わかってはいたが、ため息が出る。
「わかりました。 ですが、手は打ちます。
サレナはシュワルベの護衛に。 スターチスも可能な限りそちらを優先して」
命じつつ、ジュンは思った。
それでも、犠牲は覚悟すべきだと。
○ ● ○ ● ○ ●
ジュンからその旨を伝えられたとき、この悲劇の主役となるパイロットたちは素直に頷いただけだった。
あのヤマダ・ジロウでさえ不満そうな表情をしただけで、けっきょく何も言わなかった。
ジュンの表情には隠し切れない苦渋の色が読み取れたからかもしれない。
安全のためシュワルベを後退させるという選択肢は論外だった。
そんなことをすれば目と耳を失った地上部隊は数で勝る敵機に押し切られてしまう。
そうなれば反撃の嚆矢を失い、泥沼の市街戦にもつれ込んでしまうだろう。
遅れている欧州方面軍が合流したところでそれは代わらない。
ここでケリをつけねば、犠牲が増える一方だ。
彼らがそんなことまで考えていたかでは定かではないが、とにかく無茶とも言える命令を受けた。
そもそもナデシコ時代から無茶でないことなど一つもなかったのだから、仲間がそう言うのなら受けて当然であった。
アオイ・ジュンは後にこのときのことを「艦は変わっても中身は変わらない連中だと思った」と述懐している。
その後のヤマダ・ジロウとイツキ・カザマのことを考えるなら……いや、この場では関係ないので割愛する。
とにかく、カキツバタはこうして担当する空域を離れた。 悲劇と混乱はここから始まったと言っていいだろう。
案の定と言うか、カキツバタまでが離脱したせいで航空優勢は一気に木連側に傾いた。
カキツバタからの攻撃を避けるためにせせこましく地上を走っていたバッタは一気に飛び上がって速度を上げた。
それだけでなく空戦専門のカナブンもチューリップから吐き出され、増援として加わった。
これに対して連合軍は戦闘機とスターチスからの長距離対空ミサイルの攻撃を先制して加えた。
シュワルベからデータを受け取ったスターチスが放ったのは戦域防空用の地対空ミサイル22発で、
それは2発がミサイルの弾幕で迎撃された他は漏らすことなく敵機をしとめることに成功した。
続けて戦闘機隊が長距離ミサイルを放ち、続けて中距離ミサイルを撃ちつくすと
最後は機銃と短距離ミサイルを用いたドッグファイトへ突入。
戦闘開始15分で32機の戦闘機は残らず全滅した。
燃え落ちる機体から脱出し、かつ無人兵器のたむろする地上から生還できたのはわずかに3名だけで、
うち一人は仲間に背負われながら、自力では歩くこともできない重傷を負っていた。
が、彼らの献身は無駄ではなかった。 この時点で無人兵器群は半数までその数を減らしている。
通常であれば部隊としての戦闘力を喪失したとみなされる損害だった。
それでも無人兵器は臆することなく……機械なのだから当然だが、そのまま与えられた任務を続行した。
さらに迎え撃ったのは地上からの対空砲火と中距離ミサイルの嵐。
某傑作SFアニメの技からそのまま拝借された名称まんまの『ダイダロス・アタック』である。
揚陸艦の甲板にスターチスを並べての統制射撃という凄まじいまでの火力はさらに敵機を落としたが、
所詮は地上からの対空砲火。 どうしても受身であり、すり抜けられればそれまでだ。
だが、それもシュワルベは見越して迎撃網を展開した。
火力縦深の最後に待ち受けていたのはブラック・サレナとそれを駆るテンカワ・アキト。
20連装マイクロミサイルの投網が生き残ったバッタやカナブンを絡めとり、
それでも抜けようとした数機をレールカノンで狙撃する。
止めとばかりに伝統のDFをまとっての高速体当たりでついに無人兵器群は力尽きた。
「残りは?」
「いません、全滅です」
シュワルベのイツキが苦笑まじりに告げる。
アキトの戦いぶりは獅子奮迅という言葉がぴったりだった。
サレナの性能もあるのだろうが、それにしても凄まじい。
「一撃は凌いだ、ということでしょうか?」
「うん、だけど戦闘機に乗ってた人たちは……」
「すいませんが、それは後にしましょう」
責任を感じないわけでもない。 はじめからアキトを迎撃に出していれば彼だけでも全滅させられたかもしれない。
だが、それはとりもなおさずサレナをシュワルベから引き離すことになる。
我が身かわいさではないが、戦術的にもそれは避けるべきだった。
それに問題は第2波以降にある。 さきほどのような迎撃はもうできない。
ミサイルは撃ちつくし、戦闘機は全滅した。 スターチスの対空砲火の残弾も気になる。
管制を担当するイツキの負担は大きい。
やはり無理にでも複座にして欲しかったとつくづく思う。
それはまったくの正論だった。
もし、パイロットと電子戦要員が別になっていれば、それに気づけたかもしれない。
あるいは気づけなかったとしてもその後の対応がもっと適切なものになっただろう。
だが、いくら『if』を並べても意味がない。 現実にはシュワルベは単座で、イツキはそれを見逃していたのだから。
「とにかく次を凌ぐには……」
言いかけるイツキの眼前で、急にサレナが動いた。
とっさに右肩に位置するスラスターを噴射、バランスを崩しながらも急激な機動で回避。
―― そう、回避だ。
それは明確な敵意と滾らんばかりの攻撃衝動を備えていた。
唖然とするイツキの視線の先でサレナが高機動ユニットをパージ。
一瞬遅れで切り離されたパーツが爆発する。
「くっ、攻撃を受けた!」
「えっ!?」
とっさにシュワルベの全能力を持って索敵を行うが、敵影はない。
「そんな……まさか」
呆然と呟くイツキを責め立てるようにサレナは再び回避。
一瞬、空間に赤い残光を見る。 そしてアキトの焦りを含んだ声。
「まさか、あれは……」
かわされた。 しかも2回も。
おかしいなー、ちゃんと消えてるんだよね?
「もー、ちゃんと当たってくれなきゃだめだよー」
あ、まただ。 うー、いじわる。
あの黒いロボット、ちゃんと殺さないと枝織が怒られちゃうんだから。
だから、ちゃんと斬られてよー。
でも、そろそろ時間。
えーっと、
「しすてむだうん・まで……20秒?」
しょうがないか。 ここに来るまで使っちゃったし。
つくったひとは「じぇねれーたーかふか」とか「ないぞうばってりのようりょうがー」とか言ってたけど。
枝織にはよくわかんないって言ったら、「ようするに長い間は使えません」だって。
うーしかたないよね。 姿が消えてる間は枝織で、それが終わったら交代って約束だし。
じゃあ、変わるね……北ちゃん
これは鬼気だ。
さっきまで感じていた無邪気なまでの殺気とは違う。
共通点はどちらも容易に人を殺せそうということだが……。
「やっぱり、北斗か」
空間にインクを垂らしたように真紅の機体が浮かび上がる。
シルエットはエステに近いが、大きさは一回りほど違う。
右手の盾から伸びるのは真紅の刃。
そのアキトはすぐ思い至った。
「……DFSまで」
サレナを奪われていないから、別物ではあるだろうが、原理は同じだろう。
物質として存在する刃ではなく、極限まで歪められた空間の断裂だ。
赤く光って見えるのは、空間ごと収束された光が圧縮された空間を通過する際に赤色偏光を起こしているからだ。
別にDFS自体が発光しているわけではない。
ミラージュコロイドで透明化していたことも考えるなら恐らくは新型。
しかも北斗が相手となると背後にイツキをかばいながら戦えるはずもない。
「イツキさん、こいつは俺が相手をする。 離れていて欲しい」
その言葉に何を感じ取ったのか、イツキは無言で頷き、サレナから離れる。
一方でアキトはそれを確認する余裕もなかった。
隙を見せれば斬りかかってくるであろう北斗の様子を伺いつつサレナにもDFSを抜かせる。
長引かせれば一対一の格闘戦では不利になる。
この機体がブローディアならまだしも、サレナはもともと前線に火力制圧を仕掛ける強襲用の機体だ。
息を吸い込み、わずかずつ吐き出しながらそっとシステムを立ち上げ、最後にトリガーとなる言葉を口にした。
「バーストモード、スタート」
○ ● ○ ● ○ ●
それからは様々なことが同時に起きた。
サレナはエンジンの唸りも高らかに敵機へ突進し、真紅の敵はいなすように回避。
すれ違いざまに双方の刃が紫電を発しながら交差した。
そして流星のごとく一撃を加えては防ぎ、反撃を受けては受け流すということを繰り返しながら徐々に離れていく。
まさに、狙い通りに。
最強の駒をぶつけることで敵の最強の駒を封じる。
これで互いに残るのはそれ以外。 その他大勢だが、それで十分だ。
相手は無防備な観測機。
「……恨むな」
万葉はそう呟くと十五試戦を跳躍させた。
頭部や肩に配置されたレーダーからは真下が死角となることを彼女は知っていた。
いや、気づいた。
だが、遅い。
回避機動を取ろうとしているが、遅きに失した。
並みのパイロットならともかく、万葉は優華部隊でも選りすぐりの精鋭。
この距離で外すことはない。
突き出されたブレードがそのままシュワルベのコクピットを抉る……ことはなかった。
「やらせるかよッ!」
カイラーのコクピットで息も荒くヤマダ・ジロウは叫んだ。
カイラーはその猪の名前が示すように突進力はあるのだが、ファルケやシュワルベのような飛翔能力はない。
あくまで陸戦ベースの機体であるため、跳躍がせいぜいだ。
だが、誘爆の危険性に目を瞑って採用された加速力重視の燃料式スラスターは重量級の機体を一挙に加速させると
砲弾のごとく体当たりをぶちかました。
さすがに軽いとはいえ乗用車なみの重量物が時速100km以上の速度でぶつかった衝撃は凄まじい。
カイラーも空中でバランスを崩すが、十五試戦は派手に吹き飛んだ。
「もう、だれも……」
そこに地面との激突を避け、危ういところで踏みとどまったカイラーが追撃をかける。
「死なせるかー!」
それは絶叫だった。 火星と言う戦場で2度も仲間を失った男の、心からの絶叫だった。
今のヤマダ・ジロウの目には落ちてくる十五試戦は『敵』としか映らなかった。
月での経験からそれに人間が乗っているだろうと言うことを考えそうなものだが、それは無視された。
彼は古今東西で多くの兵士がしたのと同様の取捨選択……自身と仲間を守るため敵を殺すと言う選択を無意識下に行っていた。
罪悪感も何もなく、仲間を助けるという崇高な意志に従い、見知らぬ敵を殺す。
それが戦場だった。 その意味でまさしくここは、この瞬間は戦場以外の何物でもなった。
振りかぶられた大剣は十五試戦の防御もたやすく打ち破るはずだ。
DFSの技術を応用された刀身はまとったDFの効果で陽炎のごとく揺らめく。
片刃剣の反対、背の部分には加速用の瞬発型DF発生器が並べられ、強大な質量を持つ刀身を凶器へ変える。
―― 加速・加速・加速
スラスターが推進剤を噴射し、重力波が機体を押し、刀身をDFが弾き飛ばす。
一撃が、振り抜かれた。
○ ● ○ ● ○ ●
「誇り?」
疑念も露に舞歌は繰り返した。
草壁はそれがすべてだと言わんばかりに頷く。
「すべては誇りを取り戻すためだ。
木連の人々は……我々は地球に虐げられ、無視され、追いやられてきた。
遺跡を見つけねば祖先たちは失望の中で滅んでゆくだけだった」
「だから、私たちがそれを取り戻すと?」
そんな事のために……
「そんな事のために、部下たちは死んだのですか!
なら、彼女たちを叩き起こして、聞かせてやってください。
『おかげ様では誇りを取り戻せました。 それだけだけど、ありがとう』と!」
八雲が静止しようと口を開きかけたのを、草壁が制する。
止められてもやめる気はない舞歌はかまわず続ける。
「答えてください、閣下!
私たちは木連の、今を生きる人々のためになると信じたから戦えるのです!
過去のしがらみや、失った誇りのためでは断じてありませんッ!
誇りで飢えた子を救えますか? 復讐で死者は生き返りますか?
今、戦って死んでいく者たちは自身では目にすることのない未来を見ています。
木連の、祖国の誰かの未来のためになると思うからこそです」
「それは、理想なのだ!」
激昂する舞歌に劣らぬ怒号が響く。
艦橋に詰めていた部下たちが一瞬、手を止めるがすぐに再開する。
どうなろうとも彼女たちはなすべきことを知っている。
「理想が現実であれば良い。 だが、それは決してない。
我々は現実に生き……そして現実の人々を裏切れぬ。
我々は求められたのだ。 まず、何よりも誇りを」
「……それが、今の木連なのですか」
「証明せねばならなかった。 ただ戦わずして屈したわけではないと。
それが我々に求められたからだ」
一息つき、いくらか低いトーンで草壁は続ける。
「私もまた、軍人だ。 同時に政治家でもある。
どちらも現実を見据えねばならん。 そして、私は木連の人々を裏切れない。
これは議会の決定だ」
それは、何よりも木連が、そこに息づく人々が求めたと言う証左だった。
深く嘆息し、舞歌は思う。
……軍人だけが愚かというわけじゃないのね。
○ ● ○ ● ○ ●
それは本当に一瞬のことだった。
刃が振りぬかれる直前、万葉の十五試戦はマジンの指に掴まれて難を逃れた。
問題は万葉を庇うように跳躍 ――
ボソンジャンプを敢行した坂宮のマジンだ。
カイラーの大剣はマジンのDFさえものともせずに肩口から袈裟懸けに切り裂いていた。
間違いなくエンジンまで破損している。
「大尉、なぜ私を……」
「悪いが、答えている暇がない。 乱暴だが、頼む」
言うなりジンの腕が掲げられる。 万葉は即座にその意図を察した。
「まさか、大尉!」
そう言いおえる暇こそあれ、万葉はマジンの腕ごと射出された。
「なっ!」
あまりのことにそれだけしか出ない。
動こうとするも剣を握ったままでは敵機にめり込んでいて動きようがない。
仕方なく剣を手放して……動けない。
ゲキガンモドキの敵は残った二の腕から上の部分でカイラーを押さえつけていた。
てっきり胴を袈裟懸けに一撃したことで仕留めたとばかり思ったが、甘かった。
「ちくしょうッ! 避けろ、イツキ!!」
だが、叫びは届かない。
炎を上げて飛んでいく腕とシュワルベの華奢なシルエットが交差し……翼をもがれた燕は、地に落ちた。
「イツキ!」
呼びかけるが、応答はない。
機体を破壊されたか、パイロットが気絶したか、それとも……。
「バカ野郎!」
最悪の可能性を浮かべた自分を罵倒し、墜落した現場を確認すべく……そのためには脱出しなくてはならない。
剣が使えない以上、カイラーに残された武器は左腕のリボルビングステークスしかない。
「邪魔を ―― 」
なんとか左腕の自由を確保するとIFSの操作で安全装置を解除。
6つの弾倉に込められた使い捨てのDF発生器に予備電源が入る。
「 ―― するんじゃねぇ!」
言葉と共に突き出されたリボルビングステークスはパイロットがトリガーを引くのを受けて撃発信号を流す。
一瞬で励磁状態にされたDF発生器は自らが破損する限界出力のDFを0.2秒間だけ発生させる。
それは弾倉の前にある受信部を通してDFとの親和性が高い特殊素材でできた『杭』を伝わり、
その先端部に一種の力場を形成すると同時、吸収されなかった分は純粋にエネルギーとなって杭と弾倉の間にある薬室の狭い空間で炸裂した。
空間の爆縮とでも言うべき現象がそこで行われ、結果として復元される空間が杭を前方に押し出すこととなった。
人間が知覚できる時間よりはるかに短い間にそれは行われ、それは結果として破局をもたらす。
打ち出された杭はストッパーがあるためにすっぽ抜けて飛んでいくようなことはないが、その間のすべてを貫通する。
収束された空間の力場は同じ強度の力場でなければ止められない。 そしてそんなものは傷ついたマジンに残されてはいなかった。
頭部をリボルビングステークスの杭に打ち砕かれたマジンは今度こそ動きを止めた。
ヤマダは力を失ったマジンの腕を振りほどくと、シュワルベの辛うじて生きていたIFFの応答を頼りに墜落点へ向かった。
振り返ることなく、自分が行ったことの意味を考えることなく。
仲間を助ける、ただそのためだけに。
万葉はその光景を見ていた。
マジンのコクピットは頭部にある。 あれでは坂宮は即死だろう。
「なんで私を……」
最後まで……否、最期まで答えを聞けなかった質問を反芻する。
唇を噛み、さびた鉄の味が口の中ににじむのを感じながら、マジンの腕から脱出する。
死ぬわけにはいかなかった。 それに、頼むと言われたことも果たしていない。
万葉のすれ違いざまの一撃はわずかにかわされていた。
推進系を破壊できたならいいが、そうでなければまた飛べるかもしれない。
「時間が、ないな」
十五試戦は内臓バッテリーの駆動に切り替わっている。
容量が大きいとはいえ、帰還も考えれば残り時間はそう多くない。
万葉もまた振り返ることなく進む。 託されたことをはたすため。
「私は言ったはずだ。 今度は敵だと」
そして、かつて助け合った男と戦うために。
○ ● ○ ● ○ ●
急に警報がなる。
それはエネルギーラインの途絶を示すものだった。
天津京子はあわてて周囲の仲間に確認し、続いてIFF応答をチェック、
最後に母艦へ通信を入れて確認する。
「そんな、坂宮大尉が……」
「ああ、あいつが死んだ」
京子の婚約者でもある月臣元一朗の声も沈痛だった。
仲間がまた一人死んだ。 しかも今度は彼もよく見知った相手だ。
「後退しなさい、京子」
母艦であるステルス巡航艦<陽炎>から指揮を取る舞歌はそう命じた。
「マジンが失われたらあなたたちだって動けなくなるのよ」
それは事実だった。
十五試戦はエンジンを搭載していない。
静粛性の観点からと高出力DFを展開するのに木連には適したエンジンがなかったからだ。
十五試戦はエステバリスと同様に外部からのエネルギー供給に頼っている。
そしてそのエネルギーを供給しているのがマジンだった。
相転移エンジンを搭載したマジンなら1機で中隊をまかなうことができる。
それもこれも十五試戦が受信効率を上げた重力波ユニットを2基備えているからだ。
1基では出力が足りず、じゃあ2基でという単純な発想だが、機体が大型化するなどデメリットはあったが
DFを全周囲用と局所用の二重展開した上でETC砲を使えるほどの高出力をもたらしていた。
しかし、それもマジンが無事であればこそだ。
「ですが、いま後退すると戦局が……」
「いいの。 後退して」
「……了解」
舞歌の態度に違和感を感じつつ京子は残っている部下に後退を命じた。
月臣のマジンのところまで後退できればとりあえず一安心できる。
内臓バッテリーだけでは全周囲用のDFを展開するだけで精一杯だからだ。
しかし、
「……敵が前進してくるな。 いや、突破されるかも」
ここは多少無茶をしても粘るべきところだ。
今をしのげば反撃で大打撃を与えられるはずで、それがわからない舞歌ではないはずだ。
それでも京子は上官の言葉に従い、後退した。
そしてオオサキ・シュン少佐に率いられた独立機甲部隊はその隙を逃さず一気に市街へ突入を図る。
徐々にではあるが、確実に戦闘は終幕へ向かいつつあった。
<続く>
あとがき:
ご無沙汰です。 2ヶ月ぶりです。
だが私は(以下略)
実は引っ越しました。 仕事の都合です。
社会人は辛いですのー。
しかも海がありません。 富士山見えません。
おかげで方向感覚ぐだぐだで迷うこと3回ほど。
これで復活ということで、次回はもう少し早くします。
あー、ところで今回とかオリジナル兵器でまくりですが、
一回まとめた設定資料とか出したほうがいいんでしょうか?
ご意見お待ちしてます。
それでは次回また。
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感想代理人プロフィール
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代理人の感想
88ミリ対空砲かよっ!
もっとも、88ミリ対空砲は元から地上戦にも使えるようにも設計されていた、いわゆる両用砲だった訳ですが・・・
まぁそーゆーマニアックな突っ込みはおいといて。
(知りたい人は「ロンメル」「DAK」「バトルアクス作戦」などで検索をするべし)
それはさておき、今回は木連側が前も後ろも大変なことになってますねぇ。
まるで第二次世界大戦のドイツ軍だ(爆)。
ただ、「誇り」という言葉それ自体は否定できない物があるものの、それを戦時の行動原理にするのはどうか・・・
ここらへんを語り始めるとややこしそうなのでやめときますか。
ガイ・イツキ・万葉の三人のほうも気になりますしね。
後ついでといってはなんですが、坂宮大尉のご冥福をお祈りします。
本人割と本望だったかもしれないけど(苦笑)。