時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第23話その2 アオイ艦長の事件簿〜英雄の条件〜






昨日から降り続いている雪は一向に止む気配がない。
大雪と言うほどではないが、深々と降り積もっては交通網を麻痺させている。
軍用の四輪駆動車でさえ雪にタイヤをとられかねなかった。
いっそ装軌 ――― キャタピラ式の兵員輸送車両でも持って来いと言いたくなる。
まあ、言ったところで用意されるはずもないので黙っているが、
この寒いなかに暖房の故障した車をよこすというのは嫌がらせとしか思えなかった。
あるいは本当に嫌がらせなのだろう。 少なくとも歓迎されるべき理由を思いつけなかった。
逆に疎ましがられる理由は軽く十は思いつく。
彼の脳は零下9度の極寒でも動作保証が得られるらしい。

「申し訳ありません。 何しろ車両が不足しとりまして。
 ここ数ヶ月で欧州の情勢もいろいろ変わりましてね」

「ええ。 良いほうに、と聞いていますが?」

世間話をするような気分でもなかったが、黙っていても情報は得られない。
せっかく相手から話しかけてきたのだから、それを最大限活かすべき。
そう考えて適当な返事を返す。

「そうですねー、あの作戦が成功して……蜥蜴どもを叩き出したから。
 最近はインフラ整備だとか、仮設住宅の設置だとかが仕事になってまして」

なるほど、とわざとらしくない程度に感心した演技をする。
まだ軍に対して理解の少ないマスコミなどは軍人の仕事が前線でドンパチやらかすだけと思っている節がある。
だが、実際はその後始末、例えば今の話にもあったように道路や電気・水道設備といったインフラの復旧や
戦禍で家を失った人々のための仮設住宅の設置、及び食糧配給なども行う。
工兵はその手の大型の土木機械を揃えているし、野戦給糧車といった装備は陸軍であれば標準的に揃えている装備だった。
また、エステ用の発電車両なども必要に応じて非常用発電機代わりに使われたりもしている。
とりあえず一通りの装備がある軍隊と言う組織ならではだろう。
逆に消防などはあまり役立ってはいない。
平時ならともかく、インフラがここまで破壊された状態ではまともに活動できないのだ。
道路に瓦礫が散乱し、消火栓はうんともすんとも言わない。 これでは車も通れないし、火事が起こっても消火できない。
ただし、人手はあるので軍人に混じって人の誘導や炊き出しなどに協力していた。

「良いことです。 少なくとも人は死なない」

案内役の軍曹は彼のその言葉から何かを感じ取ったらしい。
少し表情を改める。

「あんた、軍隊に?」

「4年ほど前まで。
 ああ、あなた方と違って人間同士の野蛮な戦争を少々」

「それで今はジャーナリスト?」

軍曹の言葉に相手の男は頷いた。 軍曹の方は男に妙な親近感を抱いた。
マスコミ関係の人間と言うからどんな軍事オンチが荒探しに来るのかとヒヤヒヤしたものだが、
軍に所属していた経験があるというのならまったくの素人と言うこともないだろう。
某国の国会議員の発言のようにせいぜいが200m弱の駆逐艦から戦略爆撃機が飛び立つだのという“ふぁんたじー”なことを書かれる心配は少ない。
ちなみに以前案内した新聞記者は炊き出しの現場で「なぜNGOに任せないのか。 そっちの方が安上がりだ」と発言してくれた。
いつ襲撃を受けてもおかしくない戦場のど真ん中にいるということは、いまいち理解されなかったようだ。
無防備に民間人が踏み入れていい場所ではないと本当に理解できなかったのだろうか?
その新聞記者とて、町に入る前に郊外で防空陣地を構築しているスターチスやエステの姿を見たはずなのに。
それ以来、軍曹にとってマスコミ関係の人間は鬼門となっていたのだが、

「あんたなら、まともなこと書いてくれそうだな」

「どうだろう。 実のところ、今回の取材に来るまで忘れていたことがあるんでね」

それは、なんだ?という視線を受けて男は答える。

「人の死が、事件になるということ」

「…………違いねぇ」

軍曹が毒気に当てられたというような表情を作った。
共に多くの死を見てきたはずの2人の男は同じタイミングで苦笑した。

「あんたの名前、教えてくれないか?
 記事を見かけたら読んでみたいんでね」

軍曹の問いに、男はわずかに虚を突かれたような表情を浮かべたが、
それをすぐに打ち消して答えた。

「カタオカ・テツヤ。 日本人だ」


○ ● ○ ● ○ ●


コートの肩に積もった雪を払い落とす。
室内は暖房がきいているために、玄関でそうしておかないと解けた雪でぐしょ濡れになってしまう。
普段なら車で10分もかからない距離のはずが、雪とそれが引き起こした渋滞のせいで40分以上かかってしまった。
気持ちは急いているのに、一向に進まないことに苛立ったジュンは、タクシーの運転手が止めるのも聞かずに途中から歩いてきたのだ。
感想は……もう少しで八甲田山に消えた中隊の幻を見ながら同じ末路をたどるところだった。

「ご足労、感謝します」

ジュンを迎えた憲兵の中尉はそういって敬礼すると、コートを受け取ってハンガーにかけてくれた。
正直、ジュンとしては手がかじかんでろくに動かない状態だったのでありがたく中尉のなすがままに任せた。
インスタントですが、と言われながら渡されたコーヒーをすすると、じんわりとした暖かさが体を溶かす。
一息つき、自分がここを訪れた目的を思い出して表情を引き締めた。

「状況を確認したい」

そう告げると、少尉は手にしていたファイルを差し出す。
呼び出したのは憲兵の方であるから、これくらいは用意されていて当然だろう。
軽く礼を言って受け取り、流し読みする。
副長から知らされた大まかな概要はこの文書と一致する。
しかし、気になるのは、

「少尉、確認したい。 オオサキ中尉の容疑は?」

「はい、少佐。 そこにも記されているとおり、殺人であります。
 しかし、妙なのです」

「ああ、確かに。 僕の頭が寒さで麻痺しているなら言って欲しい。 お湯でも被ってくる。
 でもこれを読む限り、マコトさんは……」

ジュンは興奮していた。
その証拠にマコトを『オオサキ中尉』ではなく『マコトさん』とプライベートでの呼び方になっている。
憲兵の方もそれを指摘することはなく、彼自身も困惑しているのだと表情に示しながら同意した。

「はい、少佐。 現状で状況から判断すれば、オオサキ中尉の証言はかなりの部分で矛盾しております」

「……………」

ジュンは沈黙した。 口を動かさず、いま読んだ内容を吟味する。

第1発見者はまったく無関係そうな民間人。 酒で理性が麻痺していたのか、この寒い中を徒歩で帰ろうとしていたらしい。
その途中で運悪くこの奇妙な(と言えるのかどうかまだわからないが)事件に遭遇してしまったらしい。
彼の証言によると、発見された2人の遺体は仰向けになってそれぞれ倒れていたらしい。
マコトは倒れていたバール少将の頭の方に立っていた。
倒れている2人は一見して「生きているようには思えなかった」そうだ。
降り積もった雪の上には鮮烈なまでの赤が広がっていたという。

つまり、発見されたときはまだそんなに時間が経っていなかったのか?
何時間も経過していたら、血液はどす黒く変色しそうなものだ。


次の項目。
被害者はバール少将とクレイトス大尉。 ともにアフリカ方面軍所属。
2人の死因はともに銃弾によってつくられた。
致命傷となったのは、バール少将の場合は下腹部にあった2発分の銃創。
クレイトス大尉は胸部に当たった1発。 これが心臓を破壊しており、ほぼ即死と推測される。
大尉は他にも左肩と右足にも銃創があったが、直接の死因とは無関係と思われる。

死亡推定時刻は昨夜の20時50分ごろ。
近くの住人が銃声らしき「パンパンって感じの音」を聞いている。
当日、他に発砲事件などはなかったため、これがそうだと思われる。
また、医学的見地からの死亡推定時刻もほぼ一致する。

凶器は陸軍で制式採用されているM6F1自動拳銃。
2人の体内から摘出された銃弾は5.7mmであることも考慮するとほぼ間違いない。
この拳銃の使用する弾はSS290(5.7mm x 28)である。
SS290は防弾ベストを無効化できるような貫通力の高いサブマシンガン用の弾として開発された完全に軍用のものだった。
特徴としてはライフル弾のように先端が尖っていることと、一般的な9mm弾に比較して小口径で携帯弾数を増やせることだ。
一部の警察組織でも使っているが、それは対テロ部隊のような特殊な場合に限られる。
つまり、この弾を使う銃を所持しているのは軍人である可能性が高い。

「……バール少将の体内から摘出された銃弾の旋条痕は身柄拘束時にオオサキ中尉が所持していたものと一致」

「一方で大尉の方は銃弾が貫通しており、銃弾の方は目下捜索中であります」

銃身の内側には弾丸に回転を与えるための溝が彫ってある。
これをライフリング(旋条)といい、弾丸が発射される際にはこの溝によって傷が付く。
それが旋条痕と呼ばれるもので、個々の銃に特有のものとなるため、使用された銃の特定に役立つ。
いわば人間の指紋と似たようなものだ。
SS290自体が民間ではまず出回っていない特殊な代物であり、
加えて旋条痕が一致したということは紛れもなくその銃から発射されたということになる。

「つまり、大尉を撃った銃がどれだったのか特定できていない?」

「はい、少佐。 これが問題をややこしくしております。
 大尉を撃った銃は特定されておらず、バール少将を撃った銃は特定されました。
 バール少将を撃った銃はオオサキ中尉が拘束時に所持していたものと思われます。
 しかし……」

「ああ、でもその銃はクレイトス大尉の所持品だったと」

「その通りです。 オオサキ中尉は別に自分の銃を所持していました。
 しかし、そちらは安全装置がかけられたままホルスターに収まっていました。
 マガジンには装弾数の目一杯、20発までありました」

「…………」

「オオサキ中尉は、クレイトス大尉の殺害に関しては自分がやったと主張し、
 バール少将のほうには知らぬ存ぜぬと黙秘の繰り返しであります」

やっぱりおかしい。
なぜわざわざ他人の銃を使う必要があったのか。
バール少将殺害の罪を大尉になすりつけるためにしてはおそまつだ。
拘束時に銃を持っていて、しかも銃には本来の所有者であるクレイトス大尉の指紋だけでなく、
マコトの指紋もしっかり残っていたそうだ。

それに、憲兵が到着するまでの間、彼女は逃げることだってできた。
住民が発砲音らしき音を聞いてから憲兵が到着するまでの時間は、雪で交通網が麻痺していたこともあって20分かかっていた。
いったい、彼女はその間に何をしていたと言うのか?
状況的に見れば、マコトがバールをクレイトス大尉の銃で殺害し、
大尉に罪をなすりつけるために彼を射殺したところを運悪く見つかって拘束された……と考えるにはやはり不自然な点がある。

「遺体発見時、バール少将も銃を握っていた。
 しかもマガジン内には17発しか弾が残されていなかった」

大尉を撃った銃が特定されていないのが惜しまれる。
近くの壁にめり込んでいればいいが、この雪では地面に落ちていた場合、探すのは相当に苦労するだろう。

「しかも、少将の銃には発砲した痕跡がありました。
 銃弾が見つからない限り断言はできませんが、大尉を撃ったのはバール少将と見るのが自然でしょう」

「そうなると、オオサキ中尉の自己申告と矛盾する」

マコトはクレイトス大尉を殺害したのは自分だと言いながら、しかしバールの方は否定している。
だが、彼女は憲兵に拘束された時、バールを撃った拳銃を所持していた。
しかし、それはクレイトス大尉の所持品でもある。
一方でバールも発見時には拳銃を握っており、これには発砲の痕跡があった。
マガジン内に残された弾は17発。 装弾数20発のマガジンであるから、3発足りないことになる。
大尉の遺体に残された銃創は3箇所でこれと一致する。

「ああ、ちなみにオオサキ中尉が持っていた銃……クレイトス大尉のものの方ですが、
 そちらにも発砲した痕跡があり、マガジンには18発残っていました。
 マガジンにフル装填されていたと仮定して、不足は2発。 バール少将の銃創も2つで一致します」

「まいったね、これは」

「容疑者は殺害したと思しき人物の殺害を否定し、殺害したとは思えない被害者の殺害を自供しているのです。
 容疑者1名に被害者は2名ながら、被害者と加害者の関係がまったくごちゃごちゃです」

まとめるとこうだ。
マコトはクレイトス大尉を殺したと言い、バールの方は知らないと言う。
しかし、状況から見ればマコトはバールを殺害し、クレイトスのほうはバールに殺されたと見れる。
問題をさらにややこしくしているのは、マコトの発言の意図がまったくわからないことだ。
それにバール少将がクレイトス大尉を殺害するに及んだ動機もまったく不明。
死人から事情聴取はできない。

「推理小説なら格好の舞台なのでしょうが、実際に起きると面倒なものです」

憲兵少尉は細面を困惑の一色で埋めていた。
そしてその感想はジュンもまったく同感だった。

「少佐、犯罪捜査で初動捜査が重要だと言われる理由をご存知ですか?」

「いや、寡聞にして」

ジュンは首を振った。 彼は軍人であって警官ではない。
憲兵ならそれに近い教育は受けているのだろうが、ジュンが学んだのは敵をいかにして殲滅するかの手段であって、
その手段をたどる技術ではなかった。
憲兵少尉は、簡単なことです、と前置きして告げる。

「たいていの犯罪はくだらないものです。
 ほとんどは偶発的な、あるいは無計画に行われるものだからです。
 組織犯罪のような大規模なものなど例外はありますが、それにしたって人が起こすものです。
 そして大概の人間は犯罪の直後、不審な行動をとります」

だから、現場の近くで怪しい動きをしている連中を片っ端から調べていけばかなりの確率で犯人にたどり着きます。
憲兵少尉はそうしめた。

「明確ですね」

ジュンは短く感想を述べると、今回はどうだったのかと聞き返す。

「まさか、オオサキ中尉がいちばん怪しかったから他は調べていないなんてお粗末なことはないんだろ?」

「もちろんです。 逃亡中だった軽犯罪者が2名、それと基地の連中を主に客としてる娼婦が1名。
 ああ、おまけのようなものですが家出中の少女を2名保護しました。 他にはなにも」

「目下、いちばん怪しいのはオオサキ中尉ということはかわりないわけですね?」

「ええ、率直に申し上げて。 しかし……」

「なにか?」

「あまり大きな声では言えないのですが、娼婦云々と申し上げたようにあのあたりはそういった怪しげな店が多くありまして。
 こちらも憲兵ですから、警察と違って基地外での捜査は限られたものになりますし」

「……なるほど」

ジュンは苦笑した。 ならば警察に、と簡単にいくようなら面倒はない。
軍警察と一般警察はそれこそアメリカ映画のFBIとロス市警並に仲が悪い。
お互いに縄張り意識があるためだ。 特に警察は軍に関わる面倒を嫌う。

「それにここのところSIFの動きが活発でして。
 今回の事件でも捜査状況を知らせろと言ってきているんだそうです」

「SIFが?」

SIF ――― Strategy Intelligence Forcesの略称、つまり戦略情報軍のことだが、
これはジュンの宇宙軍やマコトの陸軍とはまた違った軍組織だった。
連合軍は陸海空の地上軍と宇宙軍に戦略情報軍を加えた5軍で構成される。
戦略情報軍の主な任務はその名の通り国家安全保障のための情報収集と分析。
衛星を用いた戦略情報からエージェントを送り込んでの内偵捜査まで幅広く行い、
非合法ギリギリ、あるいはまるっきり違法行為である暗殺なども行う『公的非合法組織』だった。
有名なところでは宇宙から飛来するチューリップの監視や、月とルナ2を拠点とした哨戒網の構築といった軍事的なモノから
公然の秘密として語られるアフリカ方面での麻薬王暗殺に関与したとも。
いまでこそ木星蜥蜴という『敵』が存在するために、監視対象をそちらに移しているが、平時には連合内部の不穏分子の監視を行っていた。
地球連合はかつての月独立運動の再現を恐れていた。 そのため、特に月と火星自治政府の監視を徹底していたと言われる。
いわば戦略情報軍は軍におけるスパイ組織の元締めと言える。
そしてまっとうな軍人が諜報関係の人間を嫌うのはいつの時代も変わらない。

「それで?」

「いえ……まあ、それだけです。 SIFとしては欧州奪還の成果を高らかに宣伝してるのに水を差されたくないんでしょうね。
 軍人が市街地で発砲事件を起こしたってのでも問題なのに、その上、内輪で殺しあったなんて不祥事もいいところですからね」

「あなたはどう思うんです?」

「正直、気に入りません。 しかし、拒否するわけにもいかない。
 そんなことをすればこちらの痛くない腹を探られることになる」

憲兵隊は5軍を統括する統合作戦司令部の更に上である国防総省の直轄組織であり、
一般の法律に対する免責特権(例えば任務上の殺人であれば殺人罪に問われない)がある軍人の犯罪をとりしまるという任務の性格上、
平時でも非合法じみた真似をする戦略情報軍とは特に仲が悪い。

「他に手もなさそうだし、うちの上層部はSIFの捜査への参加を認めました」

「それで、僕は何を求められているんです?」

ジュンがそう告げると、憲兵少尉は目をしばたかせる。

「気づかれていましたか?」

「ええ、いっこうにオオサキ中尉に関する質問がこないので。
 僕に聞くことはないのにわざわざ呼んだというのは別の意図があるのだと」

憲兵少尉はまったく図星を突かれた人間特有の苦笑を浮かべる。

「いや、恐れ入りました。 うちの上層部が少佐を選んだのもわかります。
 ええ、つまり……」

「僕は探偵でも警官でもありませんよ?」

「承知しています。 少佐にはオオサキ中尉を良く知る人として捜査に助言を頂きたいのです。
 捜査そのものは少佐と組むことになるSIFの士官が担当します」

ジュンはこっそりため息をついた。
なるほどもっともらしいことを言っているが、つまり彼は憲兵側から厄介者を押し付けられたわけだ。
ジュンとマコトが友人だと言うことくらいとっくに調べてあるのだろう。
その上で協力しろと言うからには、捜査への寄与は期待されているはずがない。
うるさい戦略情報軍の士官と組ませて、せいざい足を引っ張って下さいと言うわけだ。
憲兵隊の上層部は戦略情報軍に手柄を譲る気はない。
つまり、彼らにとって事件の真相などある意味どうでもいいということだ。

なんてことだ。 このままだと本当にマコトさんは殺人容疑で軍法会議にかけられる。
軍人は国家が容認する最大の暴力組織という性質上、任務以外での違法行為や軍法違反に対する罰則が一般より厳しい。
殺した相手が上官ともなると、軍法会議で死刑を宣告されてもおかしくない。
バール少将もクレイトス大尉もアフリカ方面軍だから欧州方面軍のマコトには直接の上官でないにせよ、十分にまずい。
下手をすれば欧州方面軍とアフリカ方面軍の問題になりかねない。
そうなった場合、欧州方面軍は一介の中尉を庇うだろうか?
むしろアフリカ方面軍への謝罪の意味も含めて重罰が決定されるかもしれない。

「少佐?」

「ああ、すまない。 ちょっと今回のことを考えていたんだ」

「そうですか。 我々としても一刻も早く真相を究明したいところです。
 それで、SIF士官の方が到着されたそうなので、お会いいただけますか?」

ジュンは頷く。
頷きながら、ひとつのことを決意していた。

この事件、必ず僕が真相を暴いてみせる。
マコトさんが2人を殺害しかどうかはまだわからないけど、彼女は友人だ。
理由もなく人を殺すような人じゃない。 仮に殺したとしても必ず理由があるはずだ。
それを突き止めてみせる。 突然に友達をなくすのは戦争だけで十分だ。

「 ――― 失礼します」

ジュンが心中で決意を終えるころ、扉をノックして人が入ってきた。
憲兵少尉の言っていた戦略情報軍の士官だ。

「今回、アオイ少佐と捜査を担当させていただきます」

その人物を見てジュンは驚きを隠せなかった。
一方で戦略情報軍を嫌っているはずの憲兵少尉が「俺が志願するんだった」などと呟くのが聞こえた。

「少佐とは『はじめまして』ではありませんね?」

戦略情報軍のライトグレーの制服を着ている姿ははじめて見る。
それにジュンの記憶では彼女の髪は背中ほどまであったはずだ。

「髪、切ったんですね」

「ええ、似合わないかしら?」

肩口に触れるか否かまで切られた金髪を軽く指で弾き、戦略情報軍少尉の階級章を付けたライザは微笑んだ。


○ ● ○ ● ○ ●


何か飲む?というライザの言葉を謝絶する。
コーヒーは先ほどの一杯で十分だった。
それよりも確認したいことがある。

「ライザさんはナデシコが解体されてからどこに?」

「いろいろ。 あとは機密事項ね」

彼女はかつてカタオカ・テツヤらと共にナデシコに乗艦していた。
そのときは戦略情報軍士官という立場を隠し、テツヤの取材に同行する編集者という立場を装っていた。
火星でアルバと接触したさいに招待が露見したが、ナデシコが地球に帰還したあとは特別隠すこともなかった。
ナデシコが民間から軍へ編入されたため、民間人を装う必要がなくなったからだ。
ナデシコに戦略情報軍士官が乗っていた意味を問うのはいまさらだろう。
何しろあの艦は軍が欲していた技術の塊だった。

しかし、連合軍とネルガルの関係が修復され、さらにはナデシコがクルスクの対ナナフシ戦でハッキングを受けて
味方を攻撃すると言う失態を演じたことによって解体されると、彼女の任務も終わった。
ネルガルから軍への派遣を希望したアキトらや元々、軍人だったジュンやユリカなどを除くクルーのほとんどは本来の仕事に戻るか、
あるいは新たな職場をみつけて去っていった。 ライザもまた別の任務に付くために戦略情報軍へ戻ったはずだ。

「なぜ、あなたが今回の調査を?」

「アオイ少佐、あなたが選ばれたから私が担当することになったと思うなら、順番が逆。
 私が担当にされたからあなたが選ばれたの。 私はオオサキ中尉を知らないけれど、あなたを知っている。
 こういう場合、顔見知りの方がやりにくいでしょ?」

あまり答えになっていない返答ではぐらかされる。
だが、遠回りにライザはジュンと組まされたのが憲兵からの嫌がらせだと認めていた。
確かに容疑者の友人と捜査官が顔見知りだとやりにくいことこの上ないだろう。
戦略情報軍の人間らしく、ライザは今回の任務に関してあまりジュンに話すつもりはないらしい。
そう察してジュンも話題を変える。

「ナデシコが解体された後で誰かに会いました?」

「いいえ。 私はすぐに日本を発ってたし……ああ、テツヤには会ったわよ」

何気ない口ぶりだったが、ジュンは気になった。
カタオカ・テツヤは“自称”ジャーナリストではあったが、ジュンはかなり怪しいと思っている。
IFSを付けていて機動兵器にも乗れる上に軍隊式の狙撃技術まで持っていた。
ライザがそうだったように彼も戦略情報軍のエージェントなのではと疑っていたのだが、
テツヤはナデシコが解体されるまで“自称”ジャーナリストで通し、
その後はネルガル発行の雑誌でナデシコのことを書いた記事を見かけた程度だ。

「カタオカさんに? どこで?」

何気なさを装い、さらに聞く。
うまくすればそこから情報を聞き出せるかも知れないと思ったのだが、

「いま、そこで」

「………はい?」

言われて周囲を確認すると……確かにいた。
むこうもこちらに気付いたようだ。
湯気を上げる紙コップを手にしたままこちらへ歩み寄ってくる。

「偶然だな、アオイ・ジュン」

「本気で言ってるんですか?」

偶然だとしたらどんな確率なんだろうと思う。
しかし、テツヤはジュンの言葉に動じた様子もなく切り返す。

「確かに実のところ偶然でもないな」

「ええ、そうでしょう。 ところで、ここで何を?」

「決まっている。 取材だ」

そう言ってテツヤは『PRESS(報道機関)』と書かれた腕章を指す。
だが、とてもそれだけで納得できるものではない。
そんなジュンの内心を察したのか、さらに続ける。

「ここにいるのはお前が担当する事件の取材に来ているからだ。
 偶然と言い切れないのは、ライザのつてを使ったからだ。
 つまり、偶然というより必然に近いな。 まあ、どちらにしろここに用はあった」

「取材以外にも?」

「ああ、俺の妹どもが事件があった当時、近くで別件の取材活動中だったんだが……。
 まあ、なんというか憲兵に家出少女と間違えられてつかまった」

そう言えば先ほどの憲兵少尉が家出中の少女を2名保護云々と言っていた。
つまり、それがそうなのだろう。

「事件の野次馬につられて少し目を離していた俺も悪かったんだが、まさか憲兵につかまるとはな」

「そうだよね〜、つかまるならお兄ちゃんが絶対先だと思ってたのに」

そう言いながらテツヤの後ろから一人の少女が顔を出す。
ジュンに向かってやっほーと軽い挨拶を送ってくる。
ジュンも彼女に見覚えがあった。 ナデシコの乗艦時に覚えた乗員名簿によると、

「カタオカ・チサトさん?」

「うぃ、むしゅー」

なぜフランス語? ここはドイツ語圏なのに。

「お久しぶりです、副長さん」

「ええ、カタオカ・チハヤさん」

2人とも腹違いとはいえ姉妹だけあって容姿は似ているが、内面はかなり違うらしい。
ちなみにテツヤにとってチサトの方が同母妹で、チハヤが異母妹だ。
腹違いでありながら2人の年齢差がない理由は、複雑な家庭事情によるものだろう。

チハヤに挨拶を返しながら、ついでに付け加える。

「ナデシコが解体されたから、いまは副長じゃありませんよ」

「あっ、すいません。 えっと……アオイさん」

ほんとうに2人とも性格はまるで違う。
そしてもう一つ。

「それで、豚が1匹くたばったらしいな?」

ああ、兄の方に似なくて良かったですね。

「詳しいところは捜査中よ。 でも、やっかいだわ」

「SIFを介入させるくらいだ。 上の連中は何を考えてる?」

「知らないわ。 私が受けた命令は一つ。
 オオサキ・マコト中尉の無罪を証明してくること」

「 ――― ほう」

「そ、それじゃあ」

その一言にテツヤが唇の端を歪め、ジュンが体を乗り出す。

「ええ、そういうわけだから。
 テツヤ、あなたにも協力してもらう」

「俺は警官じゃないぜ?」

先ほどのジュンと同じことを言う。
が、ライザは気にした様子もない。

「元の仕事も、今の仕事も下水を覗き込むって点では同じでしょう?
 本職の警官は本物のそれで、私たちが覗き込むのはもっと薄汚い、
 物として存在していない違いはあるけれど」



こうして僕は半ば巻き込まれ、半ば進んで捜査を行うことになった。
そのときの僕はどうしようもない間抜けだったに違いない。
この再会の必然性も、そして彼女の発言の真意すら考えられなかったんだから。






<続く>






あとがき:

と言うわけで、欧州編の人たち登場。
前話が起承転結の『起』だったので、今回は『承』でしょうか。
もう一話くらい『承』が続くかも。

さてミステリーモドキとはいえ、まったく勉強せずに書くのもどうかと思い一冊買ってきました。

(・∀・)つ[タクティカル・ジャッジメント]

やはり私には謎が解けません。
あのアカの手先のおフェラ豚な女子中学生の存在意義とか。
いえ、本筋とはまったく関係ないところで萌えましたけど。

それでは次回また。



 

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

・・・そうか、この話のテツヤってどこかで見たことがあると思ったら、

どこぞのフリッカージャブ使いに似てたんだ!(爆)

まぁ、あっちは今やもっぱらギャグ担当ですが。

 

それはそれとして、今回も話が二転三転しそうな予感。

相手がこのコンビでは、さすがにジュンには荷が重いよなー。

 

>200m弱の駆逐艦から戦略爆撃機が飛び立つだのという“ふぁんたじー”

一番ファンタジーなのはこれが実際にあった発言だと言うことでしょうね(爆)。

なぜああ言うアホが国会議員になれるのだ。