時ナデ・if
<逆行の艦隊>
第23話その3 アオイ艦長の事件簿〜英雄の条件〜
TVの画面の向こうでは3日間降り続けた雪が除雪車によって道の脇へと積み上げられている。
ニュースでは戦争関連の合間に流される天気予報で「例を見ない異常気象」とのフレーズが繰り返されていた。
ゲストとして呼ばれたらしい白衣に白髪の気象学者は木星蜥蜴の新兵器の可能性も云々と大真面目に議論している。
いわゆる「信頼できる上司」だの「ある情報軍の幹部」から聞いたらしいが、たいていの場合それは嘘かでっち上げの類だ。
知らない人間では答えようがなく、ほんとうに知っている人間は言えるはずがないからだ。
「この男な」
ジュンと同じようにTVを眺めていたテツヤが口を開く。
「SIFのエージェントだ。
与太話にまぜて……そうだな50回に1回くらいは真相を漏らす」
「けど知らない人は与太と真実の違いはわからない。 結局、全部が嘘だと思われて終わる。
なかにはTVや新聞はすべて事実を書いていると思ってる奴もいるがな」
つまり、と一息入れて
「嘘を嘘と見抜けない奴に、ニュースを見るのは難しい」
「情報操作、ですか?」
「客観的情報なんてない。 一次情報にしても書いた奴の主観が入る。
それをどう分析するかだな」
正直なところ、捜査の要領すらわからないジュンはまず資料をあさるところからはじめた。
軍の人事データは機密に指定されているために軍人でもないテツヤが閲覧できるはずもないのだが、
IDを見せるとあっさり閲覧許可がでた。
……蛇の道は蛇
そんな言葉が浮かぶ。
ジュンはこの自称ジャーナリストの男を信用したわけではない。
連合軍最大の諜報組である織戦略情報軍と過去に関係があった(あるいは現在もある)としか思えない相手を容易に信じるのは危険だった。
自分の立場を明確にしているライザのほうがまだいいとさえ思える。
そのライザはテツヤが借りている家で戦略情報軍のネットワークから情報収集に勤しんでいるはずだった。
さすがにそちらは現役士官でないと使えないため、ジュンたちは別の方面から当たっているのだった。
「こっちに該当は無しだ」
いまテツヤが目を通していたのは注意対象人物の名簿だった。
過去に重大な規則違反や事件を起こした人物、あるいは思想・信条に問題ありと見なされた者のブラックリストである。
無論のことこれも機密情報であるためにネットワーク上に流すわけにはいかない。
そのため2人は憲兵事務所の薄暗い資料室の中にこもらねばならなかった。
データそのものは暗号化された上で光磁気ディスクに保存されているので、それを設置された端末に読み込み、
あとは検索ワードで絞り込んでいけばよかった。
「そっちは?」
「目新しいものは何も……いえ、1つだけ気になることが」
死んだクレイトス大尉の軍歴は平凡
―――
という言い方が悪ければ、この戦争に従事した他の連中と大差はなかった。
ジョアン・クレイトス大尉は今年で30歳となっていた。
アフリカでは現在も社会問題となっている貧困層の出身で、食い扶持のために陸軍の士官学校で青春時代をゲロと泥にまみれておくった口だった。
士官学校を出た後はアフリカ方面軍の機械化歩兵部隊で新米少尉からいっぱしの士官となる中尉までの期間を過ごした後、機甲科へ転属していた。
機械化歩兵部隊と言っても映画のようにサイボーグ化された兵士や、全身を覆うパワードスーツをまとった屈強な男たちが集っているわけではない。
昔のようにIFV(歩兵戦闘車)やAPC(装甲兵員輸送車)で歩兵を運用する部隊だった。
クラシック映画ではSFものの定番とされてきたサイボーグ兵士、パワードスーツの類は2197年の今日に至るも軍事目的では実用化されなかった。
どちらにせよ一兵卒の値段をそれこそ昔の戦車並に高価にしてしまうからだった。
確かに絵的には機械の鎧に身を包んだ男たちが戦場を闊歩するというのは絵になるかもしれないが、
それで戦車の代替になるわけでもなく、何億円もの金をかけた挙句にできるのが『少し強い歩兵』では、コストパフォーマンスが悪すぎて使い物にならないのだ。
サイボーグ云々に関しても同様だった。 遺伝子強化処置によってマンマシンインターフェイスとの親和性を高め、
オペレータ専用のナノマシンを体内に常駐させているホシノ・ルリなどは広義のサイボーグと言えるかもしれないが、一般にイメージされるそれと実態は違いすぎる。
また、全身を機械に置き換えるようなことをしなくても反射神経の強化程度ならナノマシン処置で間に合うし、人工筋肉を内蔵した簡易パワーアシスト機能付きのスーツなら既にある。
前者はパイロット用IFSなどにも使用されており、後者はパワーアシストと言っても重いものを運んでも疲れないという程度の代物だった。
それでも歩兵の野戦装備は食料や飲料、武器弾薬を含めると20〜30kgにもなるのでそれでも十分だった。(というよりその基準でつくられた)
それに現在の戦場には人型機動兵器があり、それがパワードスーツやサイボーグ兵士のかわりと言ってよかった。
逆に機械化歩兵部隊の装甲車両はエステなど機動兵器の走破性能に随伴できずにいることが問題視されて、現在は見直しを迫る声もある。
これは多脚戦車が三次元の動きを獲得した時点で言われ続けてきたことではあるので、いまさらとも言える。
それに今回の戦争では敵は艦艇か無人兵器という、ある種異様に偏った編成であるために直接的な戦闘ではこちらも歩兵の出番はさほどなかった。
(直接戦闘以外、例えば避難民の誘導や治安維持、警備、救難活動。 他にも建物の制圧には必須だったので全般で出番がなかったわけではない。
あくまで直接にバッタなどとやりあうような戦闘は少なかったということ)
そう言う意味では機甲科へ転属したクレイトス大尉は自ら地獄に赴いたようなものだったのかもしれない。
彼は兵科転換のために2193年に日本の陸軍富士機甲学校へ派遣され、そこで機甲科初等教育を受けた後、
連合陸軍アフリカ方面軍の第1機甲師団第12機甲連隊第2大隊第1中隊の中隊長に任命されている。
確かに、どうと言うことはない軍歴だった。
波乱に富んでいるということなら宇宙軍佐世保士官学校を卒業間近でネルガルにスカウトされ、機動戦艦<ナデシコ>の副長をつとめ、
火星までの一連の戦闘を経験し、ナデシコの地球帰還後にクルスク戦の失態からナデシコが解体されると、軍に復帰。
今度はカキツバタの艦長に少佐待遇で迎えられた挙句に欧州にまで出張って来たジュンの方がよほど上だった。
ただし、戦歴と言う点では中々のものだった。 大尉は開戦からこの方、連合軍がアフリカで行った主要な作戦の全てに参加していた。
初めにリビア・キレナイカ地方の撤退戦、次にエジプト防衛戦、そして反抗作戦<砂漠の狼>にも機甲部隊を率いて参加している。
例えどんな人物であろうとも彼が歴戦の士官であることは疑いなかった。
しかし、マコトとの接点はなさそうだ。 彼女は開戦時には欧州の前線にいた。
マコトは開戦早々に現在編集中の公式戦史でさえお世辞にも上手くいったとはいえない欧州撤退作戦<ダイナモ>に参加。
そこで乗機を撃破されながらも自身は軽傷で生還している。
所属した部隊は文字通り壊滅していたことを考えるなら、運がよかっただけでなく彼女自身の能力もあったのだろう。
それを示すかのように賞罰欄には武功章授与4回、個人感状3回の他にも機動兵器撃破48などの戦歴が載っている。
驚いたことに部隊撃墜の項目には駆逐艦2とまである。 エステで誘い込んでスターチスのSSMを飽和攻撃で叩き込んだらしい。
彼女はパイロットとしての才能よりも部隊指揮官としての適性がありそうだ。
一方でまるで良い事が書かれていないのがバール少将だった。
士官学校を出た後もほとんど実戦部隊を経験しておらず、かといって他方面でも目立った活躍はない。
いったいどうやって出世したのかわからないほど何もない。
かと言って悪いことも書かれていないのは、世渡り上手ということだろうか。
やはり実戦部隊の経験が少ないために2人との接点はなさそうに思える。
これだけならジュンも流していたかもしれない。
だが、開戦前まで記録を遡るに至ってようやく接点を見つけた。
開戦より更に2年前、つまり2193年のことだ。
アフリカ方面軍は大規模な麻薬組織の摘発に乗り出していた。
もはや警察では手に負えないレベルにまで肥大化した組織を一気に壊滅させるべく、連合政府は軍の投入を決定した。
作戦名はデザート・ラッツ。 戦略情報軍が行ったスパイ摘発に合わせて一気に問答無用の暴力で押さえつける作戦だった。
相手は小銃や、あげくには対戦車ロケットまで装備していることさえあり、それはまさしく戦争だった。
この時、クレイトス大尉は戦場行為について戦略情報軍の調査を受けている。
――― いったい何の調査を?
内容に関しては命令違反があったとだけだ。
輝かしい戦歴を誇る大尉の中でこれだけが浮いていた。
この時、アフリカ方面軍にはマコトが居た。 彼女はこの1年後に欧州方面軍へ移籍している。
また、バール少将が経験した数少ない実戦がこの作戦だった。
接点があるとしたら、ここかもしれない。
ジュンはそう思ったのだった。
「この方面から調べてみます。 普通の現場調査とか周辺住民への聞き込みは憲兵の方でやってるでしょうし」
「それは構わんがな。 お前は騙されやすそうだな、アオイ・ジュン」
「そうでしょうか?」
「ああ、さっきの俺の嘘も信じたろう?」
「さっきの? ニュースのことですか?
嘘って……」
「SIFのエージェントってのは嘘だ。
あの男は単なる飛ばし記事を書いてる与太だ」
「………なんでそんな嘘を」
憮然とするジュンに、テツヤは更に告げる。
「また、信じたな」
それは嘘を言ったことが嘘という意味なのか。
はたまた混乱させているだけで、やはりニュースの男はSIF(戦略情報軍)?
それともやっぱり単なる与太記者?
混乱するジュンにクックと低い含み笑いを漏らすテツヤ。
「騙されるなよ、アオイ・ジュン。 人は自分の見たいものを見て、聞きたいことを聞く。
事実のなかから生まれる真実ってのはその程度なんだぜ」
一方的にそう告げると、彼はさっさと部屋を出た。
ジュンに言いようのない不気味さを感じさせて。
○ ● ○ ● ○ ●
証言1:オオサキ・シュン少佐
ジュンを出迎えたシュンは一睡もしていないことがわかる憔悴した顔だった。
煙草は? いいえ、僕は。 そうか、いいか? どうぞ。
そんな短いやり取りを交わし、シュンが一本目を半ばまで吸った時点でジュンは切り出した。
「マコトさん関わってる事件のことで確認したいことがあるんです」
「ああ、それはかまわない。 けどな、この場合は身内の証言は」
「証拠にならない。 知っています。 でも、僕は警官でも憲兵でもないですし。
聞きたいのはバール少将とクレイトス大尉、この2人とマコトさんの関係です」
録音とメモを取らせてもらいたいというテツヤの申し出を許可して、シュンは答える。
「クレイトス大尉の方は良く知らないな。 俺が話せるのはバールの方だ。
それにどっちかといえば俺との因縁だ」
かまいません、とジュンも答える。 テツヤは録音機を回した後は黙っていた。
「あいつはアフリカ方面軍に居たときの俺の上官だった。
こういっちゃなんだが、使えない上司だったな。 ただ、ゴマすりと責任逃れが上手かった。
他を落として自分を相対的に持ち上げるタイプだったな」
「ずいぶんと嫌われてるんですね」
「アフリカ方面軍でも好いてる奴の方が少ないと思うぜ。 俺の場合は特にだが。
マコトの母親……まあ、俺の妻だけどな、そのときも色々あったんだ」
「聞いてよろしいですか?」
「ああ。 大した話じゃない。 マコトの祖父で俺の岳父にあたるのがアフリカ方面軍のガトル大将さ。
家内はその一人娘だったんだ。 ノロケと言われるかもしれないが、結構な美人でね。
バールの奴もちょっかいかけてたことがあるんだが、俺が彼女を庇った。
それがきっかけで付き合い始めて結婚までいったんだが、バールには恨まれたろうな」
「ガトル大将の娘婿ともなれば将来的には後継者となってもおかしくないな」
「確かに平時ならそうなってたろうな。 戦争が始まって実力主義になったからなんとも言えんがな」
テツヤが口を挟む。 シュンもまた否定しなかった。
確かにバール少将がアフリカ方面軍司令長官の野心を抱いていたなら、シュンはそれを邪魔したと逆恨みするかもしれない。
しかし、それはあくまでシュンとバールとの関わりだ。 マコトもクレイトスも関係ない。
「できれば奥様にも話を聞きたいんですが」
「すまん。 それは無理だ」
「アフリカの方にいらっしゃるんですか?」
シュンはわずかに沈黙し、諧謔の混じった笑みを浮かべた。
「アフリカに居る。 そうかもしれないな。
彼女はもう永遠にあの場所から動くことはない」
「それは……」
「2193年、もう4年前のことになるな。
軍関係者を狙ったテロに巻き込まれて死んだよ。
マコトの目の前で、あいつは車に仕掛けられた爆弾で吹き飛ばされたんだ」
ジュンは答えるべき言葉を持たなかった。
証言2:タカバ・カズシ大尉
カズシはシュン、マコトの2人と同じくアフリカ方面軍からの移籍組だった。
アフリカ方面軍時代もシュンの副官を務めていた。
マコトが軍に入ったあと、シュンと2人で何かと面倒を見ていたようだ。
クレイトス大尉やバール少将との関係もあるいは、と思って聞いてみた。
「クレイトス? どこかで聞いたことがあるような気がするけど、思い出せないな」
「では、バール少将は?」
「シュン隊長から聞いてるかも知れないが、バールなら俺たちとの因縁だな」
「俺たち? カズシさんも何か?」
「隊長の奥さんが爆弾テロで亡くなったことは聞いたか?」
はい、とだけ短く答える。 それ以外に語る言葉がみつからない。
「俺もな。 そのときのテロで家族を亡くした。
俺だけじゃない。 他のにも軍人とその家族が大量に狙われた」
「なぜです?」
「麻薬組織の取り締まり……いや、あれは殲滅作戦だな。 その復讐さ。
作戦名はデザート・ラッツ。 組織側の逮捕者は出なかった。
軍は降伏を求めず、認めずの方針でいったんだ。 徹底してな」
ジュンは息を呑む。 作戦名<デザート・ラッツ>。
この時、クレイトス大尉は戦場行為について戦略情報軍の調査を受けている。
「組織で生き残った奴らが復讐を試みた。 そのときに極秘だったはずの軍人の名簿が流出した。
誰がどの作戦に参加したかと、その連中の家族構成、住居の住所まで」
「スパイは事前に摘発されていたのでは?」
「十分じゃなかったのか、あるいはその後でまた転んだかだろうな。
俺とシュン隊長は独自に調査して、名簿を流出させた奴をかなりの確率で突き止めた」
「それがバール少将だったと?」
「ああ。 だけど証拠がなかった。 あったとしても握りつぶされただろうな。
俺と隊長、それに他にも何人かいたんだが……とにかく俺たちは一時はクーデターさえ考えた。
そこまでしてバールの奴を殺してやりたいと思ってた」
「それで?」
「ガトル大将に止められた。 馬鹿なことはするなと。
俺とシュン隊長は欧州方面軍に移籍させられ、他の連中もどこかに飛ばされたはずさ。
マコトには悪いことをしたと思ってる。 母親の復讐とはいえ、あいつは巻き込まれただけだ」
ジュンは考え込む。
もしかしてマコトはそのことをどこかで知ったのでは?
そして父親の果たせなかった復讐を自らの手で……。
「おい、ジュン。 何を考えてるのか予想は付くが、俺はマコトはバールを殺してないと思う。
身内だから庇ってるとかいうことじゃない。 むしろマコトなら復讐を隠したりしないだろう。
『母親を殺したやつだから殺した。 それが何か?』 そんな事を言うだろうな」
「かも知れませんね」
「ジュン、俺たちは聖人君子じゃない。 家族を奪われれば復讐も考える」
「裏切った奴が今ものうのうと生きている。 それが許せない。
復讐はそれ自体が目的だからだ。 空しい、意味がないなんて戯言は……」
そこまで話してテツヤは言葉を止めた。
ジュンとカズシが訝しげな視線を向けていた。
「失礼。 話を遮ったな」
苦笑。
「とにかく、マコトがクレイトス大尉を殺したって証言するのはバール殺しを隠すためじゃないと俺は思う」
僕も同感です、そう答えてジュンはカズシとの会話を終わらせた。
証言3:オラン中佐
この人物はガトル大将の息子、シュンの義弟。 マコトにとっては叔父に当たる。
現在もアフリカ方面軍の機甲部隊を指揮する立場にあり、デザート・ラッツ作戦にも参加していた。
そして当時のクレイトス大尉とも面識があった。
「ああ、確かにジョアンのことは覚えている」
彼はクレイトス大尉のことをファーストネームで呼んだ。
シュンよりも階級では上だが、彼はまだ三十路を迎えたばかりだった。
クレイトス大尉が今年で30だったことを考えれば、歳の近い友人だったのだろう。
「ジョアンとはじめて会ったのはデザート・ラッツの時だ。
マコトがあいつの小隊に配置されたんでね。 マコトの顔を見がてら挨拶した」
「マコトさんはクレイトス大尉と面識があったんですね?」
「そうだな。 マコトはデザート・ラッツの時が初の実戦だった。
だからよろしく頼むと言ってきた。 それ以降も付き合いがあったかまでは知らない。
あの作戦の後、例のテロがあって……マコトは欧州方面軍へ移籍したからな」
「中佐は、クレイトス大尉とは?」
「私はそれ以降も何度か作戦で一緒になった。
戦争が始まってからもだ。 何度も命を救われ、こっちも救った。
戦友だった」
少なくともオラン中佐はジョアン・クレイトス大尉を悪く思っている様子はなかった。
大尉は勇敢で有能な士官だったのだろう。
「クレイトス大尉がデザート・ラッツ作戦でSIFから調査を受けていたことを知っていますか?
どんな些細なことでも構いません」
「聞いてみたことはある」
中佐は目を伏せて考え込んだ。
「昔の話だ。 しかし、大したことは言わなかったな。
あれは軍事作戦にしては特異なものだったし、あとは部下を死なせてしまった後悔などだな」
「もっと詳しく」
「義兄とマコトたちが欧州方面軍へ移籍した後のことだ。
3人で飲みにいったことがある」
「もう一人は?」
「同期だ。 もう話は聞けない。
ああ、ジョアンは普通に飲める奴なんだが」
オラン中佐は大尉がまだ生きているかのような口調で話した。
「酔うのは早かった。 その時も先に寝転がっていた。
それで、しばらくすると突然起き上がって、自分が止めてやるべきだったのに、と言った」
「どういう意味でしょう?」
「わからない。 私は一人で溜め込むくらいなら聞いてやると言った。
だが、あいつは後方にいた奴に何がわかると言った。
ジョアンがそんな言い方をするのははじめてだったから驚いたがね」
「それで、中佐は?」
「腹は立たなかった。 実際、あいつがいちばん危険な目にあっていたからな。
私はそれでも話くらいは聞くと言ったが……」
「?」
「もう、みんな死んでしまったからいいと言った」
「それから?」
「それだけだ。 次の日、敬礼して別れた。
それからも年に数回は会っていたが、その話題は出なかった」
ジュンは質問を変えることにした。
「バール少将はその話には出てこなかったんですか?」
「ああ、それだけだった。
調べてみればバール少将の当時の配置はわかると思う。
アフリカ方面軍になら記録が残っているはずだ。 あとで届けよう」
「ありがとうございます。 それと、もう一つ。
クレイトス大尉を調べたSIF士官の名前がわかればそれもお願いします」
「わかった。 少佐、私にとってジョアンは友人だったし、マコトも大切な姪だ。
2人が何か面倒なことに巻き込まれたなら、解決に協力する」
「感謝します。 もし何かわかったら
――― 」
ジュンはそう言ってオラン中佐に自分の携帯端末の番号を書いた紙を手渡した。
「ここに電話してください。 どんな些細なことでも構わないので」
○ ● ○ ● ○ ●
2人は一度テツヤの家に戻ることにした。
ライザから捜査状況の進展があったと電話があったのだ。
除雪された道を15分ほど車で行った郊外の一軒家がそれだった。
先に車を降りたテツヤがドアをノックする。
インターホンを使わずになぜか3・3・7拍子。
欧州の人間にはおおよそ縁がないだろうから、わかりやすくはある。
「どちらさま?」
答えたのは少女の声。
「俺だ。 お前の兄貴だよ」
「お兄ちゃん? ほんとうにお兄ちゃん?」
「ああ、そうだ」
「お兄ちゃんなら、答えてね。
合言葉は?」
「決めてないだろうが」
「ん、そうだね。
それじゃあ、何かお兄ちゃんだってわかるようなこと言ってよ。
『チサト、愛してる。 妹でもいいっていうかそれがいい』とか」
「黙れメス豚。 埋めて、殺して、犯すぞ」
「わー順番が猟奇的!
まちがいなく私のお兄ちゃんだね」
「自分で言っといてなんだが、お前は実の兄を何だと思ってるんだ?」
「妹だって食っちまうような男」
テツヤは無言でジュンを手招きする。
入れと言うことなのだろうが、空いているほうの手がチサトの頭蓋を締め付けているのが妙に怖い。
指摘しようかとも思ったが、なんとなくやめる。
さすがにそのままの体勢で引きずっていくのもどうかと思ったが、以下同文。
「おかえりなさい」
奥から顔を出したのはテツヤの異母妹であるチハヤだった。
手にした盆の上にはティーポットに人数分のティーカップと軽い菓子類。
「ライザは?」
「リビングです。 えっと…兄さん?」
「なんだ?」
「チサトさん、苦しそうですけど」
「そうだな。 これで嬉しそうだったら性癖を疑う」
そう言うテツヤの手に押さえられたチサトは「らめぇぇらっておォお兄ひゃぁん。
脳汁とかそんにゃ感じのぉおお液体がいぃっよぉ感じにぁあああ
あふれひゃう」
とか既に日本語以外の何かを口走っている。
が、やはりそれを無視してテツヤはリビングへ引きずっていった。
「何かわかった?」
テーブルと4人掛けのソファが2つとテレビだけという殺風景なリビングでライザは端末をいじっていた。
「いえ、あまり。 でも、現時点でも推理できることはあります」
「聞かせてもらえるかしら?」
「その前に捜査状況を」
ああ、そうねと告げるとライザは画面を見ながら話し始める。
「まず3人の当日の足取りがつかめたわ。
クレイトス大尉とオオサキ中尉は現場近くのバーで会ったみたいね。
それも偶然に。 お互い驚いてたようだってバーテンが証言してる。
バール少将が同じ店に入ってきたのがその1時間後くらいね」
「つまり、3人は事件が起こる前にそのバーで顔を合わせていた?」
「そうよ。 初めはバール少将は2人に気づかなかったらしいわ。
だけどその後でからんだみたいね。 店に来た時点でそうとう酔ってたらしいわ。
推測だけど、派遣軍司令官を罷免された鬱屈を酒で紛らわせてたのかも」
「何か会話は?」
ライザは首を振る。
「酔っ払いの絡みね。 『俺はお終いだ』だの『お前たちだけのうのうと過ごしてやがって』とかね。
あとは『みんな道連れにしてやる』も言ったらしいわ。 あまり意味があったとは思えないけど」
「2人の反応は?」
「初めは無視ね。 そのうちにクレイトス大尉が立ち上がってバール少将を外に連れ出したらしいわ。
オオサキ中尉はその場でしばらく待ってたらしいけど、2人が戻ってこないからって代金を払って店を出てる。
様子を見に行ったのね。 で、その後に例の事件よ」
「バーテンは銃声を聞いていましたか?」
「ええ、何回か連続した銃声と、最後に1回ね。
それから静まり返って……慌てて憲兵に通報したらしいわ」
「なるほど。 それじゃあ、僕の推理を聞いてください」
「ええ、いいわよ」
ライザは画面からこちらに向き直る。
「はい。 まず状況を再確認したいんです。
この事件で被害者は2名。 バール少将とクレイトス大尉。
そして容疑者はオオサキ中尉。
バール少将とクレイトス大尉は真逆の方向に頭を向けて死亡していました。
オオサキ中尉は発見時にバール少将の遺体の近くに銃を持って立っていた。
そしてこの銃はバール少将を撃ったものだった。 だから中尉に少将殺害の疑惑がある」
「ええ、そうよ」
「でも、中尉はバール少将の殺害を否定しています。
これが1つ目の矛盾」
矛盾があると言うことは勘違いがあるか、誰かが嘘をついていることになる。
「僕はオオサキ中尉の言葉を信じます。 彼女はバール少将を殺していない」
「根拠は?」
「もっと怪しい人が居ます。 それはクレイトス大尉です。
バール少将を撃ったのは彼の銃だったんですから、いちばん怪しいのは彼です」
「ふーん、まあ、その前提で続けて」
「はい。 ならもう一方のクレイトス大尉を撃ったのは、やはりバール少将だと思います。
少将の銃にも発砲の痕跡があり、マガジンには3発足りなかった。 大尉の銃創と足りない弾の数が一致します。
それに、真逆の方向に頭を向けて倒れていたということは、お互いに向き合っていたと考えられます。
2人はなんなかの理由で撃ち合いとなり、そして2人とも死んだと考えられます。
仰向けだったのは、着弾の衝撃で仰け反って倒れたからだと」
「それだとオオサキ中尉の証言と矛盾するぞ?
中尉はクレイトス大尉を殺したのは自分だと言っている」
口を挟んだのはテツヤだった。 それに頷き、ジュンは続ける。
「それが2つ目の矛盾です。 大尉を撃ったのは状況的に見てバール少将が有力です。
だけどオオサキ中尉は自分が殺したと言っている。
でも、それは本当に額面どおりの意味なんでしょうか?」
「彼女は嘘をついていると?」
「少し違います。 オオサキ中尉はあるいはこういう意味で言ったのかもしれません。
『クレイトス大尉は自分が殺したも同じだ』」
それはジュンが当初の状況を聞いた時から思っていたことだった。
今回、シュンを初めとする3人から聞いた話はそれを裏付けるものだと思っている。
「中尉の叔父に当たるオラン中佐からデザート・ラッツ作戦のときのことを聞きました。
オオサキ中尉にとっての初陣。 クレイトス大尉はこのときの上官です。
クレイトス大尉はアフリカ方面軍時代のオオサキ中尉と面識がありました。
たぶんそれなりに親しかったと思います」
「それで?」
「バール少将はオオサキ中尉の母親を殺しています」
さすがにライザも息を呑んだ。
「厳密に言えば、彼の漏らした情報によって中尉の母親がテロの犠牲になった」
「ああ、それなら知ってるわ。 デザート・ラッツ作戦に関わった将兵が連続テロの対象になった事件ね。
名簿の流出元をSIFが調査したときにバール少将の名前も挙がったのよ。 決定的な証拠がなくて真相は不明だったけど」
「中尉の父親であるオオサキ・シュン少佐はバール少将だと思っていたそうです。
あるいはこの情報を中尉がどこかで耳にしていたとも考えられます。
ただし、彼女は欧州方面軍に移籍していて、相手はアフリカ方面軍の少将。
とても手出しできる相手じゃありません」
「だからクレイトス大尉に殺害を依頼した?」
「いえ、そこまでのことはないでしょう。
たぶん、バール少将のせいで母親が殺されたけど自分ではどうしようもないと心中を漏らしたのかも。
久しぶりに会ったかつての部下につらい心中を吐露されたクレイトス大尉は、そのことでバール少将を問詰めた。
当時のテロではオオサキ中尉の母親の他にも多くの軍人やその家族が犠牲になっています。
クレイトス大尉は許せないと思ったかも」
「だけれどバール少将は認めるはずがないわよね」
「はい。 たぶん口論になったと思います。
そしてエスカレートした結果、どちらかが撃ってしまった。
そして撃ちあいになり、2人とも死んだ」
「オオサキ中尉はどこに関わるの?」
「彼女はたぶんすべてが終わったあとでその場に来たんじゃないでしょうか。
そして倒れている大尉の様子を確認し……死亡を確認した大尉の、その手から銃を取った」
「何のために?」
「わかりません。 形見のつもりだったのかも。
あるいはバール少将を警戒して武器が欲しかったか。
でも、バール少将も同じように撃たれて死んでいた。
ショックだったと思います」
「自分の発言のせいで2人が死んだから?」
頷き、しかし心中では別のことを考えた。
あるいはマコトさんは自分でバール少将を殺せなかったことを残念がったのかも。
だけど彼女がバール少将を手にかけることがなかったのはよかったと思う。
「以上が、僕の考える今回の真相です」
「なるほどね……」
聞き終えて、ライザは考え込んだ。
証拠はないが、ジュンは自分の推理に自信があった。
たぶん付近を捜索すればクレイトス大尉を撃った銃弾が発見できる。
その銃弾の旋条痕がバール少将の銃のものと一致すれば自分の推論の証拠となりうる。
ジュンはそう考えていた。
「わかったわ。 その方針でこっちも調べてみる。
バール少将とクレイトス大尉の立ち位置、それに大尉の遺体の銃創から弾道を推定して周辺を捜査する」
「お願いします」
話し終えるころ、外では再び雪が降り始めていた。
また車が使えなくなりそうだったが、テツヤが泊めてくれるというので、ジュンはそうすることにした。
今日一日の疲れがどっと押し寄せてくるようだった。
でもよかった。 これで終わった。
この時のジュンはそんな満足感に浸っていた。
―――
それが次の日に覆されることになることを知るはずもなく。
事件は終わりではなかった。
むしろこの日にこそ悲劇は始まったのだ。
<続く>
あとがき:
起承転結の『承』のその2。
時ナデだと名前のみ設定にあるオラン中佐が登場です。
年齢とか超てきとー。
次で『転』『結』をまとめて欧州編は終わりでしょうか。
さて今回はミステリーじゃなく電撃文庫のホラーサスペンスを読んでみました。
(・∀・)つ[シャドウテイカー]
葉かわいいよ、かわいいよ葉。 でも2巻で茜タンに転びかけたよ。
幼馴染属性ゼロの私でさえ萌え殺す『もじもじ』の恐怖(ホラー)。
主人公の鈍チンぶりにはらはらしっぱなしの不安感(サスペンス)。
参考になりました。(注:シャドウテイカーは本当にホラーサスペンスです)
それでは次回また。
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