時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第24話その4 『真実』の嘘








――― めんどくせえことになった。

ヤマダ・ジロウは単純思考を常とする彼にしては珍しく悩んでいた。
その理由はいくつかある。
市街地戦の経験は欧州でもあったが、ヨコスカはまだ市民の避難もままならない状況であるため機動兵器の運用が著しく制限されることとか、
背の高いビルが多いせいで遠距離狙撃しようにも30m級のジンさえ隠れてしまうために
せっかく基地の武器庫から無断拝借してきたスノーフレイクのL(ロングレンジ)型兵装もさっぱり役立たないこととか、
そのために危険極まりない近接戦闘を強いられていることとか、まあ色々だった。

「レールガンは使えない。 フリティラリアもだ。
 つまりカイラーだけが頼りだ、ヤマダ」

足元をうろつくエステバリスなど気にも留めていない敵機を忌々しげに見送った軍曹がそう告げる。
その言葉でヤマダも現実に引き戻された。

「重機動フレームは数が足りん。 こっちの機動殺虫剤(エステバリス)じゃバッタは落とせてもあのデカブツはムリだ」

カキツバタから出撃した部隊は2個小隊18機。
機動戦艦の登載数のほぼ半数。 現状では全力に近い数だった。
そしてそのうちの3機が先述のL型兵装を装備したスノーフレイク。
小隊長機2機がスーパーエステ、1機がヤマダのカイラー。
残りはすべてノーマルのエステ2だった。

欧州戦線で十五試戦やジンタイプを相手に獅子奮迅の活躍を見せたフリティラリアの姿はない。
大型で、機動兵器としてはばかげているとしか言いようのない防御力を備えるジンに対しては
やはりばかげているとしか言いようのない火力をぶつけるしかない。
その点でフリティラリアはまったく理想的な代物であったが、今回は場所が悪い。

欧州が古い町並みを残しているのと違い、ヨコスカは高層建築の立ち並ぶ現代的町だった。
それに日本はごくわずかの平地と大半の山岳部によってなりたっており、かつ平地に人口が集中している。
郊外へ出ればあとは地平線まで見える平地が続くという欧州生まれのフリティラリアにとって日本は動きにくいことこの上ない。
対して日本生まれのエステは重機動フレームであっても、リフティングウインチを使って断崖絶壁を登るくらいの芸当はできる。
平地での機動力に関してはフリティラリアに分があったが、やはり日本で使いにくいことに違いはない。

使いにくいというなら重機動フレームもそうなのだが、陸戦フレームでは火力がまったく足りない。
スノーフレイクを好む陸軍パイロットから皮肉交じりに『バッタ専門の機動殺虫剤』などと言われるわけだ。
多少のバイアスはかかっているものの、これは至極的確な表現だった。
そもそもエステはバッタに対抗するべく性能が決められているのだから、バッタに対抗できればそれで十分なのだ。
ゴキブリホイホイを畑に仕掛けて狸がかからないと喚いてもバカにされるだけなのと一緒で、
エステにいったい何を求めているのか、というごくまっとうな結論になる。

逆にスノーフレイクは人型機動兵器にはもってこいだが、小さくて運動性能の高い上に数の多いバッタを相手にするには不向きだった。
バッタ相手にレールガンではオーバーキルだし、ラピッドライフルなどにくらべれば弾数が少なく連射が効かない。
発表されたときにその仕様を見たネルガルの関係者が「AGIはうちと戦争をする気か?」と呟いたと言われるほどスノーフレイクの仕様は対人型兵器を意識されたものだった。
その初陣となったのが第四次月攻略戦。 強化型バッタと木連初の純国産人型機動兵器となった一式戦<尖隼>の初陣と重なり、
さらにはエステの限界、スノーフレイクの有効性が同時に示されたというのは“出来過ぎた偶然”だろう。
欧州における対ジン用としてのフリティラリアのことも考えるなら、「奴らは予知能力でもあるのか」という軍担当の驚きも理解できなくはない。

ただし、今回ばかりはAGIの『予知能力』も働かなかったようだ。
あまりにも素早い侵攻と軍の不手際、攻撃による混乱によってヨコスカ市内は安全な場所へ逃れようとする市民で溢れていた。
カキツバタの部隊がエステしか投入できなかった理由はここにある。
スノーフレイクのレールガンは40mm弾を音速の10倍という超高速で射出する。
フリティラリアの88mmレールカノンは砲弾の直径で倍、重量で4倍近い砲弾をほど同速で撃ち出す怪物。
そして地上には分厚い大気の壁がある。 砲弾はそれをぶち破って飛んでいくわけだが、その際に生じるソニックブームが問題だった。
移動からして人を踏まないように注意しなければならないのに、そんな状況でレールガンを撃ったらどうなるか。
少なくとも至近にいたら即死、離れていても風圧で吹っ飛ばさる。
対人グレネードを炸裂させるより性質が悪い被害を及ぼしかねなかった。

だからこそ有効と分かりきっているフリティラリアの投入はなされなかった。
エステにしてもレールガンが装備できる重装型は投入されておらず、唯一打撃を与えられるのは重機動フレームだけという有様だ。
イタリアの老舗メーカー、OTOメララの62口径76mmレールカノンと狙撃用のセンサー、油圧ジャッキ、固定用アンカーなどのL(ロングレンジ)型兵装を装備し、
鋼鉄の狙撃兵と化したスノーフレイクも配置されているが、射点が確保できずに四苦八苦している。
遠距離狙撃ならば住民を巻き込む心配は少ないが、やはり高層ビル群に射線を遮られてしまうのが問題だった。

そうなるとやはり頼れるのはカイラーだった。
カイラーはディストーションフィールドを収束させることで破壊力を増すという大剣を装備している。
DFSの簡易化を目的とした試作品であり、機構が大型化してしまったために大剣となってしまっただけなのだが、
設計者は武器を小型化するのではなく、振り回す機体のほうを強化することで何とかしてしまった。
その結果、カイラーは6mの剣を振り回す白兵戦用の機体として完成し、欧州戦線でマジンを撃破した。

そして彼は……敵を、人を殺した。
イツキを救出した際に御剣万葉と交わした会話の痛みはいまだに残っている。

『なら、なぜッ! 私の仲間を殺したぁ!』

『なぜ、殺した! 殺さなければ……私は…恨まずに済んだのに……』

そうだ。
忘れもしない。
あの瞳。 あの声。 あの痛み。
悲しみをたたえ、怒りをあらわにし、抜けることのない棘を突き刺した。

万葉との再会は望んでいた。
月で別れたあとは漠然としたものだったが、いまならはっきりと分かる。
ヤマダ・ジロウは御剣万葉との再会を望んでいた。
極限状態に置かれた2人は共感しやすいとは言うが、彼もその例外にはなかったのかもしれない。
そして、彼は知らないことだが万葉のほうも同じだった。

もしも ――― このフレーズで始まるのは大概は意味のない仮定だが、それもも、もしも2人が別の形で再会できたなら。
例えばどんな形であれ、すべての面倒が残っているとしても、仮初であれ平和が訪れた頃。
例えば復興と荒廃の混在する町の大通り。 雑踏にまぎれ、それでもふとした予感にとらわれて振り返る2人。
第一声はなんでもいい。 彼から『よお、ひさしぶり』というか彼女から『また会ったな』でもいい。
そのあとの2人の関係は……それこそ神のみぞ知るというやつだ。
仲のよい友人となるか、恋人になるか。 伴侶を得て別々の道を行くか、伴侶となって同じ道を行くか。
どちらにせよ、そう悪いものにはならなかっただろう。

それはほんとうに意味のない仮定だが。

「ヤマダさん、あの敵は」

「ああ、あのときの奴だ」

しかし、さらにやっかいなのは敵機の『事情』を知るのが彼ともう一人だけということだ。
そしてそのもう1人 ――― イツキ・カザマとの間には欧州最後の戦いとなった欧州奪還作戦以来、微妙な空気が流れている。
秘密を共有する仲といえば蠱惑的な響きにもなるが、あいにくとヤマダはそんな退廃的な関係に耽溺する趣味はない。
きちんと事情を説明するとなると、遡って月攻略戦での万葉との出会いまで話さねばならなくなる。
そうなるとさらに木連のことも説明せねばならず……ここまでくるとさすがにことの大きさから軽々しく話せるはずもない。
もっと単純に『ぶっちゃけあいつらエイリアンじゃなくて人間らしいけど、お前どうよ?』などと話せればいいのだが、その機会を持てずにいる。

「まず機動力を削ぎます。 足を止めて仕留めましょう。
 ヤマダさん、私たちは戦争をしてるんですよ」

「……イツキ」

ヤマダの躊躇を感じ取ったのか、イツキが厳しい表情でそう釘を刺す。

「わかってるんだ。 でも、俺は ――― 」

「背中の重力制御ユニット下部。 そこが弱点です。
 制御系やエネルギーユニットのバイパスが集中していますから、イミディエットナイフでも十分です」

きょとんとした表情のヤマダに、イツキは微笑を向けた。

「欧州で破壊した機体の調査結果です。 読んでないんですか?」

「あ……いや、まあな」

そういえば確かそんなものが回ってきた気がする。
ちょうど万葉とのことで落ち込んだりしていたためにろくに読まなかったが。

「私たちは戦争をしてるんです」

もう一度イツキは繰り返した。

「目的は敵の無力化。 つまり人殺しじゃありません。
 ヤマダさんの気持ち、わかりますから」

「……ありがとよ」

「はい。
 では ――― いきます」

言うなり重機動フレームがコンクリートの上を疾駆する。
鈍重な見た目に反してやはりエステバリス、小回りなら乗用車以上で速度も舗装路ならフル装備でも時速80kmは出る。
遮蔽物として使っていたビルの陰から出るなり右足の無限軌道を停止。
地面との摩擦によってつんのめりそうになる機体を制御しつつ、残る左足はそのまま弧を描くように滑る。
何のことはない戦車と同じ旋回方法を行っているだけだ。
ただし、旋回速度は比較にならないほど早い。
戦車と違って旋回砲塔を持たないために狙いをつけるには体ごと向けるしかないからだ。

的は外しようがないほど大きかった。
エステが6mに対し、ジンタイプは30m。 大人と子供どころの差ではない。
だが、素手で殴り合うわけでもないのでこのさい大きいことは有利にはならない。
むしろ地上をのっそりと歩いている30m級の兵器など航空機のいい的だ。
さすがに今回は航空制圧は期待できないが。

「レーザー照準、弾種、徹甲」

停止はしない。 行進間射撃など100年以上前の戦車でさえ可能としている。
すれ違い様に膝の裏を狙い ――― 発砲。

基本的にDFは超高速の質量弾の攻撃にも弱い。
例えば重機動フレームの120mm砲から放たれるAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)などの場合は
一定の抵抗……例えば装甲やDFにぶち当たるとその運動エネルギーの一部が熱エネルギーに変換され、
浸徹体は半流体のように振舞うことが確認されている。
その場合、半流体となった浸徹体は接触面に対して垂直に潜り込んでいく。
戦車が丸みを帯びた装甲をほとんど廃してしまった理由はここにある。
逸らそうにも超高速のAPFSDSには避弾経始がまったく無意味であるからだった。
ちなみに火薬式の120mm砲でも砲口速度はマッハ5に達する。
装弾筒に収められた弾芯自体は直径30mm、長さはその20倍というやたら細長い矢のような代物であるが、
極端に細長いために安定が悪い。 砲身内面に旋条が刻んであればそれによって回転が加わり、ジャイロ効果で
弾道が安定するのだが、それは同時にエネルギーを大きくロスしてしまう欠点がある。
また、回転が加わるとHEAT(成形炸薬)弾の効果が思うように発揮できないという事情もあり、
120mm砲は砲身内に旋条を刻まない(つまりスベスベな)滑腔砲となっていた。
ジャイロ効果が使えないとなると、やたら細長い浸徹体は極端に安定が悪くなってしまう。
そこで安定翼をつけているわけだが、APFSDSの浸徹体の外見は本当に『矢』そのものだ。

装薬のガスによって加速された砲弾は砲口から射出されると空気抵抗によって装弾筒を分離。
余計な重量物を切り離した口径30mmの浸徹体は運動エネルギー保存の法則にしたがい、
分離のさいのロスを差し引いても十分すぎるほどの速度を得る。
距離は見通しが利かないこともあって1500mの至近(砲戦をやるには近すぎる距離だ)。
これほど近いと重力による砲弾の下落も、空気抵抗による速度の低下もほとんど無視できる。
人間の知覚できる時間単位よりはるかに短い、それこそ瞬きする間もなく浸徹体は最初の抵抗に会う。
それはテツジンの戦艦並みに強固なDFだった。
これにより浸徹体は運動エネルギーの30%をロスした。
しかし、同時に半流体となりつつも未だ8MJというエネルギーを保持したまま次なる目標へ衝突。

だが ―――

「止めた!?」

APFSDSは弾かれることなく装甲に食い込んだが、それまでだった。
目の覚めるような赤い装甲板が運動エネルギーを受け止めてさらに赤く熱を帯びたが、貫通はしていない。
関節部を狙ったものの、DFによって狙いが逸らされてしまったのもあり、ほとんどダメージらしいものは見受けられない。
いや、それ以前に照準そのものがズレている。

「ディストーションフィールドですか」

直接照準にはレーザーを使う。
しかし、そのレーザー自体がDFによって捻じ曲げられてしまうせいでまともに照準ができない。
思わぬ落とし穴だった。 すぐにFCSで補正を試みる。
しかし、当然というか霧や雨でレーザーが減衰することくらいは想定していても、
さすがに逸らされる場合のことまでは想定していない。
それを完全に補正するとすれば大幅にパラメータを書き換えねばならず、そんなことを戦闘中にやれるはずがない。

「光学照準に切り替えろ。 障害物が多すぎて極短波レーダーもあてにならないぜ」

「そうですね、了解」

アレだけ的が大きければ光学照準でも外すことだけはあるまい。
イツキはFCSのモードを切り替えた。 しかし、これでほとんど精密射撃は使えない。
実にやりにくい展開になってしまった。



やりにくいと感じているのはこちらも同様だった。
鉄筋コンクリートのビルが熱帯雨林のように乱立する市街地ではテツジンに動ける余地は少ない。
振り返るだけで一苦労だというのに、その合間をぬって攻撃を仕掛けてくるエステの相手もせねばならなかった。

十五試戦……いや、せめて尖隼だけでもあれば。

ないものねだりだとは分かっているが、そう思わずにはいられない。
基本的に対艦攻撃を想定されているジンシリーズにとって、エステのような小型機動兵器は想定外の敵だった。
月や欧州戦線では小型機動兵器の相手は同じく小型機動兵器の役割だった。
しかし、今回に限ってはそれはない。
敵のど真ん中に飛び込むような作戦なのだ。
袋叩きにされるのは目に見えているし、であるなら防御力に難のある尖隼は論外だった。
十五試戦であれば防御力は十分であるが、こちらは数が絶対的に不足している。
欧州戦でその実力の確かさを示した十五試戦は優華部隊用に三式戦闘機装兵として制式化される予定だが、
その前にエステやスノーフレイクのように作戦にあわせた装備システムを開発する目的で
先行量産型の何機かが試験用の神皇シリーズとしてカスタムされ、配備された。
その評価試験と……なにより補充・訓練とで優華部隊は表立って動けない。
彼女らは月・欧州と続いた激戦で危険なほど消耗してしまった。

守るべき婦女子を矢面に立たせるのは慙愧に耐えぬ思いだが、それが木連の現状だった。
ジンシリーズの配備が遅れ、士官の数も十分でない現状ではたとえ婦女子であろうとも投入せねばならない。
元々、人口は圧倒的に木連の方が少ないのだ。 なおさら人口の半分を遊ばせておくわけにはいかない。
九十九の妹であるユキナも優華部隊の下部組織である女子挺身隊に入ったばかりだ。
今は13歳という年齢ゆえに下働きと基礎訓練ばかりらしいが、順調に行けばいずれ艦隊配備か操縦手かというところだ。
人材の枯渇により、特に優華部隊は部隊配備される年齢が下がっている。
早ければユキナもあと2年後には実戦を経験することになるかもしれない。

……そして、死ぬかもしれない。

異国の地で倒れた友のように。 月で散った少女たちのように。
あるいは暗い宇宙に旅立ったまま戻らなかった父のように。
それは紛れもない恐怖だった。 彼は恐ろしくて仕方がなかった。
何より、失うことが。

だから戦う。
失わないため。

「ゲキガンビームっ!」

音声入力に応じてテツジンの口(に当たる部位)からレーザーが放たれた。
光速の矢に対し鈍重な敵機は回避行動にうつる暇もない。
しかし、

「くっ、歪曲場は抜けないか」

レーザーは淡い燐光を生んだだけで四散した。
DFを相手に光学兵器はほぼ無力だ。 それは第一次火星会戦で木連のバッタが証明してみせた。
粒子レーザーならともかく、テツジンに装備されているのは対ミサイル・航空機迎撃用でしかない。
DFを抜くならそれに見合う高出力を要求されるが、それなら普通にリニアガンかレールガン系の実弾兵器の方がずっと効率的といえる。
それならば、と腕部に装備されたミサイルを向けるが、敵機もそれを察知すると煙幕を展開し、退避に入った。
おそらくこちらのレーザー照準かレーダー波を受けた時点で自動的に反応するプログラムなのだろう。
乳白色の煙の向こうを見透かすことはできず、またレーダー波が拡散されてしまい役に立たない。
赤外線も遮断されている。 十五試戦も陸戦を考慮してこの手の装備はあるので驚くには値しないが、やっかいには違いない。
何しろエステに通用しそうな唯一の武器であるミサイルが使えないのだから。
テツジンの巨躯では肝心のグラビティブラストを向けようにも足元が死角になってしまう。
欧州戦ではこれを防ぐために十五試戦や尖隼などの小型機が盾の役割を果たして敵機の接近を阻んでいた。
それが今はないというだけでこれほど違うものなのか。

九十九の育ちの良さは舌打ちするような真似を慎ませていたが、そうでなければ唾でも吐いていたかもしれない。
彼の良く知る宇宙とは何もかもが違いすぎる。
レーザーは至近でも分厚い大気に阻まれて著しく減衰してしまうし、1Gの重力は巨躯を束縛し続ける。
操縦桿から返ってくる反応は重く、また鈍い。
武装にしてもミサイルは目標選定・照準・発射までのプロセスに時間がかかりすぎる。
こちらがモタモタと準備している間に120mm砲なら自動装填で3発は撃ち込める。
交戦距離が近く、出会い頭の突発的な戦闘が多発する陸戦ではこの手の即応性も重要だった。
あれだけミサイルが発達しても戦車の武器が最後まで砲だったのはそのためだ。

それにテツジンのミサイルは『対艦』ミサイル。
大型で動きの鈍い艦艇を仕留めるためにこちらも大型化して攻撃力を追求した代物。
直撃すればエステなど粉微塵だろうが、そもそも当たらなければ意味がないの典型だった。
それにオーバーキルもいいところだ。 数も両腕合わせて8発。
つまりどんなに頑張っても8機仕留めたら弾切れ。
最後は腕そのものを飛ばすゲキガンパンチがあるが、それしても2発限り。
だから迂闊に撃てない。

そうしている間に第2射が着弾。
今度は胸部装甲で爆発。
キャンセル仕切れなかった衝撃でコクピットが揺さぶられる。
しかしそれだけだ。
今度もテツジンのディストーションフィールドと装甲は耐えた。
だが、

「これは榴弾か?」

それは確かにHEAT−MP(High Explosive Anti Tank-Multi Purpose:多目的対戦車榴弾もしくは多目的成形炸薬弾)の攻撃だった。
名前からも知れるように元来は戦車の重装甲を撃ち抜くべく開発されたものだ。
HEAT弾はモンロー/ノイマン効果 ――― 薄い金属の内張りを用いてスリバチ状に成形した炸薬を爆発させると、エネルギーが凹型の中央部に集中し、
スリバチの上方に向かって超高速・高温の金属噴流(メタルジェット)が発生して、中央部の目標に深い穿孔がうがたれる現象 ――― によって
歩兵が携帯可能な小型兵器でも戦車を撃破可能にした画期的なものだった。
利点としては原理的に撃ち抜ける装甲厚は初速に関係なく一定にできることが上げられる。
つまり遠くからのろのろとしたミサイルを撃っても当たれば撃破できる、そういうことだ。
HEAT−MPはHEAT弾の弾体を調整破片化し、歩兵やソフトスキンに対し榴弾的にも使用できるようにしたものだ。

有名なもので無誘導ロケットのRPG−7や、対戦車ミサイルにも長い間使われてきたが、これとて万能ではない。
装甲から数cm以内で炸裂しないと効果が激減するという問題があり、ことDF相手ではDFが空間装甲の役割を果たすことでスタンドオフ距離を狂わされてしまい、ほとんど役立たずだった。
榴弾としての効果は装甲化された目標に対してはさらに無力だった。 破片程度では表面に引っかき傷をつくるのがせいぜいだ。
したがって重防御のテツジンにHEAT−MPを使うなど無意味でしかない。
たとえDFがなくてもテツジンの複合装甲で十分に耐えられる。
派手な爆発のわりに効果は期待できない。

それならばまだAPFSDSのほうが効果があるだろう。
そもそも120mm砲のように高速の徹甲弾を使える大口径砲のHEAT−MP弾は対人・対軽装甲目標(例えば装甲車)用のはずだ。
テツジンのように気合の入った装甲を持つ相手にはやや力不足だろう。

それが分からない素人でもあるまいに ―――

九十九がその疑問に回答を見つける前に第3弾が着弾。
またしてもHEAT弾。 今度は背中だ。
さすがにテツジンがたたらを踏む。
背が高い上に重心が上にあるため、実はかなりバランスが悪い。
そこに4発目、5発目……と、ようやく敵の意図に気付く。

「狙いは足止めか!!」

HEAT−MPとは言えそれなりに爆煙は生じる。 先ほどの煙幕も残っている。
衝撃も殺しきれるものではない。
例えるなら目隠しをされた上で小突きまわされている気分だ。
そうであるなら、そこでふらふらになったところを見計らって本気の一撃が来る。

……いつだ?
…………いまか?
……まだ、否

「今か!」

射撃が止む。
その一瞬。
わずかな空隙をぬって銀光が走る。

――― 上手いッ!

思わず賞賛の言葉が浮かぶ。
下手をすれば味方を撃つ (撃たれる)危険があるにもかかわらず、その動きに一切の躊躇というものが感じられなかった。
連携の手本を見せられている気分だ。 自分と元一朗でもこうまで上手くいくかどうか。

大剣を振りかざした敵機は弾かれたように加速し、突進を仕掛けてきた。
それは機体まで揃って一つの武器だといわんばかりの見事さだった。
放たれた矢のごとく。 敵を射殺す神槍のごとく、まっすぐな一撃。

「だが、愚直に過ぎる!」

いかに足止めした上で榴弾を煙幕代わりに使っているとは言え、真っ向正面は攻撃を読みやすい。
テツジンほど鈍重で大きな的なら外さないという慢心からか。

――― なら、テツジンがゲキガンガーを模した意味を教育してやらねばならないな。

九十九は『無敵! ゲキガンガー3』の名を飾りで終わらせるつもりはない。
欧州では完全に撃破されたジンは坂宮のマジン1機のみ。 他は中破どまりだった。
対してジン部隊に撃破されたフィリティラリアは10機。
うち半数がグラビティブラストの直撃を受けてパイロットは即死。(残りはミサイルで撃破されたもののパイロットは無事)
キルレシオならそう悪い数字ではない。(運用コストとペイするかはまた別問題だが)

だが、1機でも撃破されたという事実は上層部に大問題とされた。
ゲキガンガーはすなわち字義通りの『無敵ロボット』であらねばならず、
それが撃破されたとの報道は国民の士気に影響するというのだ。

結果、欧州の戦闘は事実を捻じ曲げられて伝えられた。
十五試戦と優華部隊、九十九ら優人部隊の活躍は伝えられたが、その最中に散ったパイロットのことにはほとんど触れられなかった。

曰く「烈士集いたる優人部隊は欧州某方面にて卑劣なる地球人の軍隊に対し多大なる戦果を上げたり。
人型機動兵器40機を撃破! 当方は虫型戦闘機と試作機少数の損失にとどまれり」。
この記事では十五試戦もマジンも一緒くたに『試作機少数』の損害に含まれていた。
また40機撃破も嘘ではないが、実際に戦闘に参加しただけでも総計で連隊規模500機以上の敵機がいたことは伏せられている。
優人・優華部隊の活躍ばかりを誇張して伝え、その陰で戦死者はほとんど省みられなかった。
事情を知るはずの上層部でさえ『坂宮はマジンをむざむざ失った愚か者』と言い放った。
東 八雲少将は戦死者の名誉について言及したが、議会は黙殺した。

死者は反論できず、ただ埋もれるのみ。
その無念、誰が知る。
誰が知るというのか!

だから九十九は生き残ることを誓った。
戦い抜き、生き残って友のことを忘れることはないと主張するために。

――― だから、勝つ!

それは刹那の思考。
爆煙をくぐって敵機の姿を確認したその一瞬の思考。
引き伸ばされた時間の最中、九十九は叫んだ。
それが声となって空気を震わせる以前に体は意志に反応した。
レバーを倒し、フットペダルを踏み込むことでテツジンの腕が振られ、わずかに右足が引かれた。
しかし、それだけでは敵機の突進をかわすには足りない。
ほんの少し身じろぎした程度のものでしかない。

それで十分だ。 その動作は準備に過ぎない。
鈍重なテツジンに回避運動など望むべくもないことは承知している。
その大剣には装甲も役立たないことも承知の上だ。
それだけなら死を覚悟したとも取れたかもしれない。

だが、大剣の切先が届くその直前、九十九のテツジンはこの世界から消失した。
青い燐光がその存在のわずかな名残。
その技術は木連では次元跳躍、地球側ではボソンジャンプと呼ばれている。

ボース粒子に変換されて過去へ跳ばされた九十九とテツジンは、
遺跡の演算通り ――― 九十九の意図したとおりに再び現代へ再構築された。
傍目から見れば瞬間移動したように思えたことだろう。

敵の意図を悟った時点で九十九はジャンプアウトする地点を慎重に選んでいた。
ビルが乱立しているために下手に跳躍を使うとビルと同地点に転移して融合してしまいかねない。
そのため九十九は比較的幅の広い十字路を選んだ。
跳躍地点はジャンプ前の座標より500m左。
そして90度だけ機体をひねった向きで跳躍させた。

結果、突進の軸線上にテツジンはなく、90度機体の向きを回転させたために、
九十九は突進を外された勢いのまま横へ跳んでいく敵機を500m先に捕捉した。
グラビティブラストが十分に使える距離だ。
迷いはない。

「ゲキガンフレアー!」

必殺の重力波砲が放たれる。


○ ● ○ ● ○ ●


「出撃できない?」

「聞いてのとおりだ、ヘル・テンカワ」

シュトロハイムはアキトのほうを振り返ることなく応じた。
話している間も彼の指先はキーボードの上を動き続け、一箇所にとどまることはない。

「見たまえ。 超音波応力計測の結果だよ。
 と、いってもわからないだろうから説明するが、一言でいうとフレームが歪んでいる」

「フレームが? サレナの方じゃなくて?」

「ファルケの方だ。 バーストモードの悪影響だな。
 何のために欧州から地球を半周して日本まで帰ってきたか、わからんかね?」

そう言われてアキトも言葉に詰まる。
欧州の戦闘で北斗と戦闘した際にブラックサレナは完全に破壊された。
外装パーツはDFSで両断され、中身のシュバルツ・ファルケもバーストモードで
敵機ごと壁に激突したためにあちこちにガタがきた。
そのため、欧州での戦闘が一段落するのを見計らってカキツバタは日本へ帰港することとなったのだ。
つまりそれなりに設備のある欧州支社でも修理は不能。 いちど研究所に持ち込んでオーバーホールが必要と判断されたということだ。
ちなみに同じく大破したシュワルベはその命ともいえる電子機器が全滅し、脊椎フレームがへし折れてしまったために修理不能とされ
早々にデータだけ残しての廃棄処分が決定されていた。
終わってみれば辛うじて使えたのはヤマダのカイラーのみというありさまだった。
元々が実験機であるために補修整備の部品が不足しているという事情もある。

「現状ではまっすぐ歩くこともできまいよ。
 それ以前にすでにできるところは分解してしまった。
 再度組み立てている時間はないな」

「それならノーマルエステでも……」

「それで、どうするね?
 DFSを使うなら最低でもスーパーエステにしたまえ。
 カミカゼは感心できんよ」

「ならスーパーエステを」

「ない」

きっぱりと彼は言い切った。
欧米人特有のごまかしも、回りくどさもない直球だ。

「欧州の戦闘で可動機は払底した。
 使えるものはいますべて出払っている」

「だったらッ」

「だから出撃できないといっているだろう」

そう言われてもアキトは引き下がるわけにはいかない。
相手のほうが正論なのだが、九十九ともう1機の事情を知るアキトとしてはここで引き下がれない。
下手をすればヨコスカの中心部が吹き飛びかねないのだから、なんとしてももう1機を阻止せねばならない。
前回のようにボソンジャンプを使おうにも手元にCCはない。
したがって普通に撃破するしかないのだが、DFSを使える機体がない。
量産型のエステ2ではプログラムにリミッターがかかっていてDFSを使うのに十分なDFが得られなかった。
歪曲場を拳に集中させる場合、過剰に集中させるとそれだけ他の防御力を落とすことになり、
未熟なパイロットでは自爆してしまうという事態がおこったので、それをなくすための措置だった。
ナデシコに搭載されていたような初期型なら逆にその手の制限もないのだが、それはないものねだりというものだ。

「くっ、どうしたら……」

「君も妙なことを気にするな。 もう1機は市街地外周でランダムに移動しながらECMを仕掛けているだけだ。
 偵察によればグラビティブラストも装備していないようだし、とりたてて脅威になるとは思えないが。
 それよりも市街地へ潜入した1機の撃破が優先という艦長の判断を私は支持する」

「それは……」

「日本人は用心深いのだな。 フレサンジュ博士と一緒に乗り込んできた青年も君と同じようなことを言っていたが」

「フレサンジュ……イネスさんがカキツバタに?」

あちらも手酷くやられたようだ、とシュトロハイムは言った。
あの研究所の惨状を知るならその通りだろうとアキトも納得する。

「それに会長秘書殿とホシノ・ルリ、あとはなんと言ったか……ケイト?」

「もしかしてカイトですか?」

「それだ。 すまんね、日本人の名前は分かりにくい。
 それで、その彼が……うん、まあ噂をすればだな」

その視線の先にはアタッシュケースを抱えたイネスと切迫した表情のカイトがいた。


○ ● ○ ● ○ ●


めくれ上がったコンクリートの路面がある。
長く、広い道だった。 背後にはビル。
一階部分が半分ほど抉り取られた雑居ビルは解体待ちだ。
戦艦より威力は劣るといってもグラビティブラストの威力は凄まじい。

「ヤマダさん!」

返事はない。

「……あ」

震えがきた。
恐怖より何より、まず震えがきた。
どうしようもなく寒い。
体の芯が凍り付いてしまったように。

――― 足を止めるなッ!

「ヤマダさ……」

――― 聞こえているのか、狙撃ちにされるぞ

ふらふらと前に出かける機体が背後から押さえられた。

「カザマ少尉! しっかりなさい!!」

「ハーテッド中尉?」

「彼は無事です」

「あ ――― 」

その一言で正気に戻る。
続けて周囲のウインドウの警告表示にも。

「ロックされた!?」

「……何をいまさら」

アリサが呆れたように言う。
道のど真ん中に止まっていて今まで撃たれなかったほうが幸運だ。
周囲に散開したエステが支援攻撃を仕掛けて注意を引いていなければイツキも乗機ごとスクラップだったろう。

「回避を……」

「ザイツェフ軍曹」

『ダー。 いけます中尉』

醜態を見せたという気恥ずかしさもあって少し上ずった声のイツキに対し、アリサは冷静に通信を入れる。
その言葉が終わると同時に閃光がテツジンの胸部で弾けた。
それも立て続けに3発。

「遠距離狙撃?」

『……75mmでもこの程度か
 中尉、退避を』

「ありがとう、軍曹。
 カザマ少尉?」

今度はすばやくスモークを展開。
そのままビルの陰にアリサのスーパーエステと共に退避する。
そこには先客がいた。

「ヤマダさん!」

通信機で呼びかけてみるが、反応はない。
が、アリサが機体のジェスチャーで何か伝えると、
ヤマダのカイラーも人差し指で自機の頭部を指差し、それからパタパタと振ってみせる。
通信機がやられたという意味だ。

「グラビティブラストを回避したさいに重力波の影響をモロに受けたのね。
 あの状況で回避できただけすごいけれど」

「そ、そうです。 どうやって?」

「あれよ」

アリサが示すのはカイラーの大剣。
しかし、それは半ばほどからへし折れている。

「攻撃される直前に剣を地面に突き立てて、そこを軸にして強引に方向を変えたのよ。
 止まるどころかさらに加速して」

そんな真似をすればさすがに剣も耐え切れなかったらしい。
DFを収束させる機能と、それでいて敵を叩き切れる強度を持たせるために結果として大型化してしまったのだが、
さすがに3tの機体が時速200km近い速度でほぼ直角に曲がっていったのだ。
その際にかかった応力によってへし折れてしまったとして無理ないことだろう。
これがただの剣ならまだへし折れてもなお十分な長さがあるのだが、
生憎とこれは一見して無骨で古めかしいだけの武器のようだが、中身はDF発生器と収束変形装置などの精密機械で埋まっている。
つまり、破損した状態ではたんなる鉄の塊と大差ない。
そして単なる鉄塊ではテツジンの複合装甲を砕けるはずもない。

「どうします? 75mmレールカノンでも大して堪えているようには思えませんが」

その通りだった。 切り札だったL型兵装スノーフレイクの遠距離狙撃でも仕留めるには到っていない。
いくらかダメージは与えたようだが、次は狙撃兵の射界に入ってくれるとは限らない。
もともと遠距離狙撃はひたすら『待ち』の一手だ。
狙撃用の(というかでかすぎてそれくらいしか使い道のない)54口径75mmレールカノンを抱えたままでは
スノーフレイクも素早く動けないし、何よりビルが邪魔で射線が確保できない。

『頭部を狙えばあるいは。 装甲は薄いでしょう』

狙撃分隊のザイツェフ軍曹がそう意見する。
だが、

「それはダメです」

『カザマ少尉、理由を』

あそこはコクピットだからです、と素直に言えるはずもない。
仕方なくそれっぽい理由を即席ででっち上げる。

「それは……えっと装甲が薄い部分だと貫通した砲弾が背後のビルなんかに着弾して……」

「そうね。 流れ弾で被害甚大では何のためにフリティラリアを置いてきたのかわからないわ」

『しかし、それで仕留められるなら許容できる損害では?』

「軍曹、それは欧州の話です。 日本人は軍隊に関して過敏なほど反応しますから。
 まして彼らから見れば私たちは『外国の』軍隊ですから」

『……了解しました、中尉。 つまり政治の話なんですね』

「ええ、軍曹」

『ロシアでは考えられませんな』

そう言いながらも軍曹は納得したようだった。
イツキとしては適当にそれっぽいことを告げただけなのだが、
アリサは頭の回転が速い女性らしく、それを勝手に良いほうへ誤解してくれたようだ。
しかし、部下の進言を退けたからには士官として代案を出せねばならない。
何でもかんでも「ダメ、やりなおし」と突っぱねるばかりでは部下も「じゃあ、あんたがやれよ」と反発するばかりだ。
せめて「ここをもう少しこう」とか「いや、こういう方針で」と言うなりしなければ。
特に古参の軍曹は兵隊から見れば神様に等しい。 経験ではイツキのような少女といっていい年齢の士官とは比較になるまい。
であるなら、なおさらこれ以上の醜態はみせられない。

「それなら……」

我ながら無茶なことを提案していると思いつつ、

「至近距離から120mmを撃ち込みます。
 援護を」



敵に動きがあった。

注意すべきは例の大剣を振り回す機体。
そして砲戦仕様の重武装型、あとは狙撃兵か。
狙撃兵は恐らく大口径の超高速弾を使う。
当たったのは一番強固な正面装甲だったが、それでも装甲を抜かれた。
動けるのはバックアップの回線が機能しているためだ。
テツジンは打たれ強さに関しても戦艦並を目指している。
かわせないなら防ぎ、防げないなら多少の損傷では戦闘不能にならないようにするという発想だ。

恐れることはない。
誇るべき仲間の思いと、血反吐を吐いて手にいれた技術。
体に覚えこませたものが自信となって九十九を支えていた。

「仕掛けてくるか」

ビルの陰から散発的な射撃。
しかし、たかが20mmの豆鉄砲ではテツジンのDFは抜けない。
敵は市街地……こと市民への損害を恐れて強力な兵器を使えないでいる。
テツジンにも有効なはずのレールカノンを備えた機を外周に配置して狙撃に徹しさせているのもそのためだろう。
そして狙撃兵の配置は郊外に置いてきたもう1機が先ほどの射撃で位置を割り出した。
動けばすぐに分かる。 動かないなら、その射線上に入らなければいい。
そうしてあと今しばらく時間を稼ぐ。
それが九十九に課せられた任務だった。

1機のエステがビルから大きく体を出した。
敵の射線にさらす面積を増やすような真似は迂闊ともいえる。
しかし、九十九はその行動の意味を取り違えなかった。
銃口の下、筒のようなものが軽く火花を散らす。

擲弾筒だ。
榴弾をガスの力で飛ばす武器。
ただの榴弾なら対歩兵・対軽装甲目標向きであってテツジンに使うべきものではない。
ならばそれはただの榴弾ではないのかもしれない。
擲弾筒は榴弾の他に照明弾や煙幕弾など様々な弾種がある。
自己鍛造弾かもしれない。 だとすればDFくらいは抜かれるかもしれなかった。
何より効かないと分かっていても撃たれ続けるのはプレッシャーになる。
当然の選択として九十九は回避を ――― ボソンジャンプによる転移を選択した。

だが、

「なっ?」

目の前に敵機がいた。
大剣こそ持っていないが、間違いなくカイラーだ。
左腕のリボルビングステークならばテツジンの装甲も貫ける。
かつて友の命を奪った敵機は再びその牙を突き立てんとしてテツジンへ突っ込んできた。

――― 本命はこっちか

立て続けに跳躍。 座標がどうといっていられない緊急回避プログラムに任せた跳躍だった。
そして、それこそが敵の狙いだったと、そう気付いたときにはもう遅かった。


「かかったッ」

イツキは思わず声を上げた。
テツジンの跳躍にパターンらしきものがあるというのは欧州戦で判明している。
追い込んで立て続けにジャンプを使わせればパターンも読みやすくなる。
また、ビルがじゃまして下手な場所にジャンプできないはずと踏んだのも正解だった。
ワイヤーアンカーがテツジンをからめとり、そこにすかさず飛びついた。
砲口をほとんど押し付けるような至近距離で発砲。

120mm砲から放たれるHEAT−MPに対し、それでもテツジンの装甲は3発までは耐えた。
しかし、圧倒的な熱と運動エネルギーを持つメタルジェットの直撃をほとんど同一箇所に受け続けるのは限界だった。
ついに4発目で装甲は抜かれ、内部へ融解した金属の奔流が突入。
今度は重装甲が仇となり、逃げ場のないメタルジェットは思うさま内部を蹂躙した。
この時点でテツジンは右腕のコントロールとグラビティブラスト制御回路を失った。
戦力半減どころではないが、続けての5発目は最悪なことに駆動系の中枢を破壊した。
制御を失ったテツジンはまともに立つこともかなわず、無様に尻餅をついてしまう。

「十分です。 離れて!」

アリサの声が響く。
この戦術はボソンジャンプに巻き込まれる危険がある。
したがって、虚を付き、素早く砲弾を叩き込んで離脱する計画だった。

「はい。 いま ――― 」

イツキもそのつもりだったし、そのときまでは確かに上手くいっていた。
だが、ここで誤算が出た。
テツジンに引っ掛けたワイヤーが切れない。
普通なら投棄するときのためのカッターが根元から切り離してくれるはずだ。
しかし、それが動作しない。

「ワイヤーカッターが……今の衝撃で?」

どうやらテツジンが尻餅をついたときにワイヤーも引っ張られ変な具合に捻じ曲がってしまったらしい。
切断をしようとしてもいっこうに反応しない。

「ナイフで切れないの!?」

「重機動フレームにイミディエットナイフの装備はありません」

「くっ、まってなさい。 いま ――― 」

「ダメです。 中尉まで巻き込まれます」

「ならベイルアウトを……」

そう言っている間にテツジンに青い燐光が集まりだす。

「ダメです、動作しません」

重機動フレームで飛びついたりしたせいだろう。
フレームが歪んでしまったらしい。
レバーを引いてもアサルトピットが射出されない。

「カザマさんッ!」

そして、叫んだアリサの前でテツジンはイツキのエステもろとも跳躍した。
あとには、風の音だけが残った。


○ ● ○ ● ○ ●


ハリたちの脱走劇はあっけないほど上手くいった。
通気口を通って外へ出ると、タカハラの車で研究所を後にした。
研究所はその特性から人里はなれた場所に隔離されている。
助けを求めるにしてもここからさらに30分ほど行かないとだめだ。
ラピスは相変わらず光を映さない瞳で虚空を眺めるだけだ。
タカハラは運転で気を抜けないだろう。
しかし、沈黙が辛い。

「みんな、大丈夫ですよね?」

ポツリと漏らした言葉はすがるような声だった。
タカハラは答えない。 ただ無言でハンドルを操作する。

「きっと怪我をして、それで……」

「そうね」

タカハラが今度は不意に、ハリの言葉を遮るように告げた。
それから、慌てて付け加える。

「ええ、きっとみな大丈夫よ」

「……はい」

なんとなく叱られたような気持ちになってハリは口をつぐんだ。
気休めを言っても仕方がないとわかっているのだが、せめて何か話していないと不安になってしまう。
それに、なんとなくハリはこの女性が苦手だった。
なんと言うか、突き放すような物言いなのだ。
研究のときもそうだった。
ハリやラピスを無視するわけではないのだが、なんとなくモノ扱いされているような、
そんな壁のようなものを感じたのだ。
それでもいま頼れるのはこのタカハラしかいない。

……ラピスのためにも僕がしっかりしないと

そんな少年らしい義務感をハリが確認した頃だった。
車が不意に止まる。

「?」

「ついたわ」

そう言われても周囲の光景は研究所を出たときからあまり変わっていない。
つまり、ほとんど人工的なものは道路とガードレールだけ。
あとは森ばかりというところだ。

「降りて」

「でも、ここって……」

「降りなさい」

有無を言わせぬ命令口調だ。 その表情はただ冷たい。
先ほどまではそれでもあった愛想の欠片さえも見つけられないくらいに。

「コンピュータをいじれなきゃただのガキね。
 なんでこんな場所につれてこられたか分からないって顔して」

タカハラの顔に浮かぶのは紛れもない嘲笑だった。
無力なものを見下すもの特有の貌。
ハリはもう一度周囲を見回し、気付く。

「僕たちを、研究所から引き離したんですか?」

「だって面倒でしょ? またあんな小細工されたら」

告げられた言葉の中身に愕然とする。
ハリは研究所にいればまだやりようがあったと気付かされる。
あそこなら電子機器はほとんど自分の思うままだ。
だが、周囲に端末さえないこの場所では?
自分は単なる子供と違いはない。

「ほんとに、面倒だったわ」

タカハラはそう言って腕のハンカチをほどく。
血でべったりとよごれたその下は、しかし傷一つない。

「気付かれそうになったから、殺さなきゃなんなかったし」

「そんな……」

怪我は嘘だった。
ハンカチの血は彼女のものではない。
気付くべきだったのだ。
彼女が怪我をしているはずの手で通気口のふたを外したときに。

「さあ、降りなさい」

その手に拳銃を握ったまま、タカハラは冷酷に告げる。
そして、ハリに抗う術はなかった。


ハリたちを『迎え』に来たのは黒服の2人組みだった。
1人は日本人らしい人相の悪い男。 目つきが鋭く、口元にはすべてを皮肉るような笑み。
もう1人は小柄で、帽子を目深に被っている。

「その2人か?」

人相の悪い方がタカハラに確認した。

「ええ、そう」

「なんで……」

タカハラに銃を突きつけられたままハリは言った。

「ホントに、ホントに裏切ったんですか?
 お父さんや、お母さんも……研究所の人たちも!」

「だって、高く売れたのよ貴方たち」

あっさりと、当然とばかりにあっさりと彼女は認めた。

「あんなコンビ二まで車で20分もかかるような場所で
 上司にセクハラされながらもらう安い給料よりよっぽど高く売れたの。
 わかる? まあ、どっちでもいいか」

本当に、心底そう思っているようだった。
きっと彼女は自分で殺したという相手のこともどうでもいいのだろう。
ハリやラピスのことも、ずっとどうでもいいと思っていたのだろう。

悔しかった。
そんな相手に騙されたことが。
疑りさえもせず、安堵から自分で考えることを放棄してしまったことも。

「あら、泣いてるの?
 ごめんね……クソガキ」

「このっ……ううっ……このぉ」

それでも体は動かない。
銃を向けられているという恐怖が、体を縛る。
殴りかかることさえできず、膝がガクガクと震える。
恐怖と憤りが7:3の割合で頭の仲を埋め尽くしている。

「もういいか? こちらに引き渡してもらうぞ」

「約束の金は?」

「前金は渡した。 残りは俺たちが無事に帰ってからだ」

「ケチくさいのね、クリムゾンも」

「ネルガルよりマシだと裏切ったのは誰だ?」

男の皮肉にタカハラはふん、とだけ答える。

「編み笠はいいの?」

「連中は目立ち過ぎる。 あとで合流して別の場所で引き渡す」

「まあ、こっちは金さえ貰えればいいけど」

そう言ってちらりとハリたちを一瞥し、

「早く引き取ってくれない。
 遺伝子改造されたガキなんて……薄気味悪いのよ」

目の前が暗くなる。
それは一部の光さえない完全な悪意だった。
それがハリの心をじわりと侵食し、暗く暗く染めていく。

「なに? そっちのボウヤ、何か言いたげだけど」

「別に」

黒服のもう一人が感情を感じさせない声で答え、ハリの肩に手を置いても彼は無反応だった。
外界のすべては闇に感じられた。

「僕は……」

ガクガクと全身が震え、立っている地面さえ定かでない。
崩れ落ちることさえできず、立っていることもできず。

「僕は……」

――― 僕は、何なのさ

その答えが見つからない。
闇は深い。 空気はねっとりと不快にからみつく。
それでいて、落ちていく。 堕ちていく。

「僕は ――― 」

「大丈夫」

不意に声がした。
黒服の一人。
彼の肩をつかんでいる。
ぼんやりと見上げたハリと目が合う。

深く被った帽子の奥の赤い瞳。
血のように赤いのに、不思議と怖くない。

「おい、いくぞ」

人相の悪い黒服がそういうと、
ハリの肩をつかんでいる黒服は「わかった」とだけ応じた。
そのままハリとラピスの腕を掴み、半ば引きずるように歩き出す。
しかし、

「それは困る」

森から編み笠の男たちが現れた。
研究所でカメラ越しにみた細面。
蜥蜴のような眼差し。

「 ――― 北辰」

ハリがその名を口にすると、黒服の手が離れる。
黒服が前に立ち、すぐにその姿は隠れてしまった。
が、声だけは聞こえる。

「なにが、困ると?
 身柄はいったんクリムゾンで……」

「いま、ここで我らに引き渡してもらう」

北辰は一方的にそう告げる。
黒服はそれでも態度を変えず、言葉を続けた。

「予定が違う。
 こちらの都合もある」

「都合、都合か……」

探るような、粘質のある声だ。
タカハラから感じたのとはまた別種の恐怖を感じてハリは慄いた。

「それは ――― 戦略情報軍、とやらの都合か?」

「おい、なんの話を……」

しかし、言いかけた言葉を男は最後まで終えなかった。
突然に黒服の上着を北辰に向かって投げつけると
ハリの傍にいるもう一人の黒服に向かって叫ぶ。

「スタンっ!」

ハリがその意味を問うより早く、黒服が自分の上着をハリとラピスにかぶせてきた。
いきなりの暗闇、混乱するハリをよそに事態は一気に動き始めた。
上着越しでもそれと分かる閃光と轟音。
それを背後に感じながら2人は黒服に抱え上げられた。

ハリができたのは、ラピスの手を離さないようにきつく握ることだけ。
そして少しだけ無力な自分に涙した。
今なら、上着で誰にも見られることがないから。



<続く>






あとがき:

黄金週間、皆様いかがお過ごしでしょうか?
私はちっと仕事だったりして中途半端な感じです。
仕方がないので積んでるゲームと積んでるラノベと積んでるDVDを消化しようかと。

さっそくリリカルな魔法少女のDVDを見ましたが、
やっぱりフェイトたんはエロイ。 アルフがいい。
ビバ! ダメ社会人。

それでは次回また。



 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

うぬうっ。

中々きついところで切ってくれますねぇ。

とりあえず・・・頑張れ、ハーリー。