時ナデ・if <逆行の艦隊> 第7話 「ときめき」は猟犬と共に・その4 サツキミドリ二号 第26格納庫 目の前を白刃が掠める。 かわせたのは運以外の何物でもなかった。 「下がれ、ジュン!」 アキトのエステが前衛へ飛び出す。 再び翻った白刃をアキトのエステがイミディエットナイフで受ける。 「なにあれ!? デビルエステバリス!?」 緑と明灰色に塗り分けられたそれは確かにエステバリスだった。 しかし、細部にはかなりの違いが見受けられる。 頭部には機銃、右腕にも機関砲が追加され、左腕にも大型のシールド。 一番の違いは背中に張り付いたバッタ。 明らかに彼らの機とは違う。 「この動き、今までの無人兵器とは違うぞ」 リョーコも他の機を目で追いながら呟いた。 イズミ、ヒカルと共に背を合わせる形で死角を補う。 アキトはデビルエステバリス(ヒカル命名)と刃を打ち合わせたまま微動だにしない。 下手に動けば次の瞬間にバラバラに切り刻まれていただろう。 それに、この太刀筋には覚えがある。 アキトに敗北と絶望を叩き込んだ白刃。 血反吐を吐いて覚えたその軌跡。 忘れたくとも忘れられない。 黒い衝動と共に湧き上がる明確な殺意。 「……北辰、貴様か!」 IFSが輝きを増す。 フットペダルを踏み込み、スラスターを点火。 機体各部のアクチュエータが唸り、ブレードを押し返す。 「ほう、良くぞ我が太刀を受けたものよ」 デビルエステバリス ―― もとい、零式のコクピットで北辰は感嘆の声を上げた。 零式の原形となったのはプロトタイプ・エステバリスだったが、 武装や動力用のバッタが追加されている分だけ総重量は零式の方が重い。 下手に受ければナイフごと両断されていてもおかしくないはずだ。 「それに、喰らい付くか!」 わずかに零式が押された隙を逃さず、アキトは空いている左手を打ち込む。 ピンポイントでDFを纏ったそれは密接状態からでも恐るべき破壊力を生んだ。 とっさに零式のシールドで受けた北辰だったが、大きく間合いを離された。 そこにすかさず追撃。 ラピッドライフルをフルオート連射。 ろくに照準を付けているようには見えないが、すべての弾丸はアサルトピットを狙っていた。 「ちっ、思ったより硬いか」 しかし、そのすべては零式のDFとシールドに阻まれた。 どちらか片方だけならば貫通して機体に致命傷を与えただろうが、 さすがにエステとほぼ同等の強度を持つDFを貫いた段階で弾丸の運動エネルギーはかなり損なわれている。 その上でさらにチタン・ニッケル・モリブデン合金の複合装甲を持つ盾に阻まれては貫通は不可能だ。 もちろん、零式はそのために質量の増加というデメリットを了解して盾を装備したのだから当たり前だが。 「リョーコちゃん、そっちは大丈夫か!?」 「6機か、1人1機で丁度いいっていいたいところだが……」 「俺と副長は戦力外だろうな」 背後にジュンのエステを庇いながらテツヤが言う。 そのテツヤをさらに庇うようにリョーコらのゼロG戦3機が展開している。 「頼みのテンカワもあの1機にかかりっきりだしな」 「僕だって戦える!」 「死にたいか! 黙ってろ!!」 前に出ようとしたジュンを押しとどめる。 アキトもテツヤも本職のパイロットではないが、ジュンとは腕が違う。 それに対抗意識を燃やされてもどうしようもないと言うものだ。 「動きの鈍い砲戦では、奴らの機動力に対抗できない。 辛うじて勝機があるとするなら、火力で遠距離から一方的に叩きのめすだけだが、 この状況じゃ無理だな」 格納庫内では砲戦の火力を活かし切れない。 下手にミサイルを放てばバックファイヤーで自機まで巻き込まれる。 間合いを取ろうにも、格納庫内は『適度に』狭い。 「質量はこっちより大きいのにちょこまかと!」 零式にはエステのゼロG戦では省略されているワイヤードフィストがあった。 零式はそれを利用して格納庫の天井に張り巡らされた梁をつかんで ワイヤードフィストを巻き取る事で機体を高速移動させて翻弄した。 しかも、背後にテツヤとジュンを庇っている状態ではリョーコたちも満足に動けない。 20mm徹甲重機関砲は重装備とはいえないが、それでもダメージが蓄積されれば致命傷となりうる。 一対一でも勝てるかどうかという相手に、これでは勝負にならない。 あるいは、最初から敵はこれを狙っていたのかもしれないが。 「……リョーコ、このままじゃバッテリーが持たない」 「あと7分が限界だよ」 イズミとヒカルも焦りを隠しきれなかった。 零式はバッタを動力として使っているため、単独でもかなりの時間動ける。 しかし、エステバリスはナデシコからのエネルギーウェーブの範囲外では内臓電源で5分。 バッテリーを使っても1時間程度しか活動できない。 激しい戦闘機動ではさらにエネルギーの消耗が多くなるから、活動可能時間はさらに減る。 新型バッテリーがネルガルで開発中との事だが、それが実用化されるのはまだ先のことで、 危機はすぐそこまで迫ってきているのだ。 「砲戦のバッテリーはまだ持つ。 となれば、一つ最後の手段がある」 「いきなり最後の手段かよ」 リョーコが呆れたような声を上げた。 「最後から2番目でもいいが……やる事は変わらん」 サイドコンソールに指を走らせる。 残弾を確認し、信管を0.5秒に調節。 「それは ―――― 」 トリガーに指をかけた。 照準は天井からぶら下がっている一機。 ≪Smoke ―― Redy≫ 「逃げるのさ」 突っ込んできた敵機に向けてスモークディスチャージャーを発射。 眼前で炸裂した煙幕に敵機の姿が隠れた。 同時にミサイルを発射。 天井を破壊して機体を翻した。 ○ ● ○ ● ○ ● 零式戦闘機装兵 北辰機 「烈風、虚空、迅雷。 貴様らは右の3機を追え。 こやつは我が殺る」 「「「はっ!」」」 「晴嵐、遮光は左へ逃げた2機を追え。 確実に仕留めて来い」 「「承知!」」 同型の零式に乗った部下たちから間髪入れずに返事が入る。 それを聞きながらも彼の意識は眼前の敵機に注がれていた。 機械越しでも感じられるほど確かな鬼気。 向けられる刃のような殺意。 そしてそれに心地よささえ感じる己。 「……面白いぞ!」 エンジン音が機体を通して感じられる。 ブレードを左手に持ち替え、右手にはイミディエットナイフを構えた。 零式が歓喜に震える。 「木連式抜刀術・斬徹!」 ローラーダッシュによって一気に間合いを詰める。 同時に左からのブレードがエステの首筋を狙って薙ぎ払われた。 「くっ……反応が!?」 その一撃を機体を沈み込ませることでかわす。 が、その後に突き立てるように振り下ろされる右のナイフ。 その一撃を辛うじて受け止めるアキト。 しかし、機体の反応が鈍い。 ノーマルエステなのだから仕方ないと言えばそれまでだが、 一流を越える腕を持ったもの同士の戦いではそれが致命的となる。 「……仕留めそこなったか」 北辰も一方でいらただしげに呟く。 機体が鈍重に感じられるのだ。 元々、北辰はパイロットではない。 必要な技能の一つとして学んではいたが、本職は暗殺者。 己の肉体を駆使した戦いを好む者だ。 それ故に極限まで鍛え抜かれた肉体の反応は、 最新のパワーエレクトロニクスを上回っていた。 IFSの処理が追いついていないのだ。 「ふっ、それは同じことか」 眼前のエステが間合いを開けると、手にしたライフルを捨てナイフを構えた。 次の一撃で決めると言う意思表示だった。 「楽しませてくれるわ」 北辰も20mm機関砲と盾をバージ。 機関用のバッタまで捨てた。 余計なものを切り捨てた事で零式が身軽さを取り戻す。 内部電源では5分の活動が限界だった。 「「勝負!」」 奇しくも2人の発した言葉は同じものだった。 同時に2機の機動兵器はスラスターを点火。 最大加速で突進する! ○ ● ○ ● ○ ● 機動戦艦ナデシコ 「テンカワさん! スバルさん! 誰でもいいですから、応答してください!」 メグミは雑音しか流さない通信機に向かって繰り返していた。 サツキミドリ二号に2チームが侵入した直後から通信は完全に妨害されている。 先程からルリが妨害を排除しようと試みているが、かなり大規模な妨害電波が出されているらしい。 「……増援は期待できそうもないか」 サマースノーのロイがぼやく。 現在、ナデシコは襲撃を受けていた。 無人兵器と小規模な艦隊。 ユリカによると威力偵察の類だろうとの事だが、その中に伏兵が居た。 「残弾が30%を切った。 持ち堪えるのはあと5分が限界だと思って ――― っとあぶねぇ」 バルカンの曳光弾が掠めていった。 それはエステバリスから放たれたものだ。 もちろん、味方であるはずがない。 小型のバッタに中枢を乗っ取られているらしい。 それが2機。 その他にも通常のバッタもいる。 しかし、一番やっかいのなのは、別の1機。 「ロイさん! こっちはどうするんです!?」 「手が回らん。 イツキに任せる!」 ブレードの一閃でライフルが切り裂かれた。 鉄屑となったそれを投げつけると、イツキはフルスロットルで機体を離す。 イツキが相手をしているのは六人衆の1人、静炎の零式だった。 タチの悪さでは無人兵器の比ではない。 もっとも、相手が有人などとは考えもしていないが。 ロイとアンネニールはエステ・モドキ(ユリカ命名)にかかりきりで援護は期待できない。 増援を期待しようにも、Aチーム、Bチーム共に応答なし。 つまり、1人で何とかするしかない。 「簡単に言ってくれますね!」 20mm機関砲をコロニーの残骸を盾にする事で回避。 ついでとばかりに手ごろな残骸を蹴り飛ばしてやったが、 あっさりとかわされてしまう。 「ぶつかって痛がるくらいの茶目っ気があるといいんですけどね」 ナイフを引き抜く。 格闘戦は苦手だったが、武器はこれしかない。 躊躇すれば一瞬で急所を切り裂かれるだろう。 生き残れたら、今度こそ真面目に格闘戦を学んでおこう。 そう決意する。 筋肉をつけるのが嫌でサボりがちだったのだ。 その他は真面目に受けていたのだが、それだけは例外だった。 理由は……乙女心、とだけ言っておく。 ○ ● ○ ● ○ ● エステバリス テツヤ機 2人は逃げていた。 ただひたすら逃げていた。 動きの鈍い砲戦と、パイロットとしてはヒヨッコ以下のジュンのゼロG戦では それくらいしか手がない。 「追いつかれたら終わりだな」 勘に任せて通路を曲がる。 ジュンもそれに無言で続いた。 「なんで逃げたんだって面だな」 「…………何も言ってない」 「表情に出てる」 確かにジュンは不満だった。 自分だって戦えるはずだ。 それを証明できるはずだったのに。 「士官学校で教えるのは死に方か?」 「何でそう決め付けるんだ!」 「先頭の奴はテンカワと互角だった。 テンカワにボロ負けしたお前が勝てると思うのか?」 「やって見なきゃ……」 「わからないか? 本当にそう思ってるなら、死ぬぞ」 言葉に詰まる。 テツヤの言っていることの正しさはジュンも理解している。 ただ、その言い方が気に入らないのだ。 「そうやって、何もかも悟ったように話すんですね」 「少なくとも、現状は理解しているつもりだ。 ガキみたいな対抗心だけでついてきたお前よりはな」 「僕が嫉妬していると言うんですか……」 「違うのか?」 話しながらも視線は前に向かって固定されている。 止まれば追いつかれることは目に見えているからだ。 「そんな事は……そんな事は……」 「どう思おうと勝手だがな。 テンカワは ―― ちっ、行き止まりか」 勘に任せて走ってきたのは失敗だったかもしれない。 一応、地図は見ていたのだが、通路のはずのそこは崩れ落ちた瓦礫に塞がれていた。 「奴らが追いつくまで約3分か……」 地図を確認。 そこには途中でばら撒いてきたセンサーが敵を捕らえていた。 何をどうしたものか、確実にこちらを追尾してきている。 「どうして……まさか、監視カメラ!」 「……なるほどな」 サツキミドリ二号内部の通路にはいくつもの監視カメラが設置されている。 襲撃でいくつか死んだかもしれないが、残りでも追跡に使えるくらいは残っているのだろう。 慌てて潰すが、確実にこちらの位置はばれていると考えるべきだ。 「……副長、さっき言ったな」 「な、何を?」 テツヤの声に嫌な汗が噴出すのを自覚した。 「戦えるって話だ。 なら、証明してもらうぞ」 ○ ● ○ ● ○ ● 零式戦闘機装兵 遮光機 獲物は監視カメラに気付いたようだ。 慌てて潰したようだが、もう遅い。 袋小路に追い詰められた事には変わりない。 苦し紛れにいくつかトラップが仕掛けられていたが、 暗殺者の視点から見ればどれも稚拙なものばかりだった。 「晴嵐、我が先行する」 遮光はそういうと零式を前進させた。 それでも油断はしない。 確実に仕留めろというのが隊長の命令だからだ。 ……これは期待外れだったかもしれない。 遮光はそう思い始めていた。 零式の胸の高さにワイヤーが張られていた。 その先には吸着地雷が壁に設置されている。 ワイヤーを引っ掛ければ、信管が作動し、地雷で敵を仕留めるという罠だ。 はっきり言って単純すぎる。 ナイフでワイヤーを切断。 これだけでこの罠は無効化された。 「撫子のパイロットは、こんなものか」 こんな程度のトラップではいくつ仕掛けようと無駄だ。 それとも、数撃てばあたるとでも思っているのだろうか。 そして曲がり角まで近づいた瞬間。 ゼロG戦仕様のエステバリスが飛び出してくる。 「それで意表を突いたつもりか!」 盾でアサルトピットを庇いつつ、20mm機関砲を連射。 徹甲弾、焼夷徹甲弾、炸裂弾、曳光弾の各種が効果的に配列されたそれは 狙い違わず敵機の胸部を撃ち抜いた。 胸部は機動兵器にとっては一番の急所。 パイロットは即死だろう。 もう1機の姿が見えないが、どの道、逃げ場はない。 恐らくは曲がり角の向こうで待ち伏せか。 「下らん手だ。 終わらせて隊長の元に戻るぞ」 アサルトピットを撃ち抜かれたエステを持ち上げると曲がり角の向こうに放り投げた。 同時に盾を構えて通路に飛び出す ―― が、 「―― 居ない!?」 そこに砲戦の姿はなかった。 放り投げられたゼロG戦があるだけだった。 「上だ、遮光!」 晴嵐が叫ぶ。 次の瞬間には目の前に漆黒の機体が降ってきた。 ○ ● ○ ● ○ ● エステバリス テツヤ機 「かかった!」 砲戦はワイヤーで天井に張り付いていた。 単純すぎるトラップは相手の油断を誘うためのものだった。 さらに言うなら、無策に飛び出したゼロG戦も。 ワイヤーを切断し、天井を蹴って敵機の眼前へ降り立つ。 キャノンを構え ―― 一瞬、ほんの刹那だが、躊躇したあと、引き金を引いた。 ゼロ距離射撃。 これではDFも役に立たない。 120mm砲弾がアサルトピットにめり込み、信管を発動。 内蔵された炸薬が衝撃波と高熱で零式を貫き、 内部機構と構造材を粉砕しつつ機体は沈黙した。 「次ッ! 全弾発射!!」 右足のアンカーを床に打ち込み、スラスターの片側だけを噴射する事によって急速反転。 残る左足のアンカーで強引にブレーキをかけて残る敵機に正対すると、ミサイルをロック。 立ち尽くす零式にミサイルが直撃し、爆煙で姿が隠れた。 それでも盲目的に30mmガトリングを撃ち込み続ける。 120mmキャノンは今のゼロ距離射撃で砲身を破損してしまって撃てないが、 それでも零式を粉砕するには十分な火力であるはずだった。 「かわされた、か」 爆煙が晴れた時、そこに敵機の残骸はなかった。 ミサイルと30mmガトリングでボロボロになった盾と、それをマウントしていた腕。 とっさに盾を腕ごと切り離してミサイルに対する囮としたのだろう。 本体は退いてくれたようだ。 正直、今のをかわされた上で反撃をくらえばひとたまりもない。 バッテリーの残量も心ともないし、何より弾がない。 砲戦は人型こそしているが、格闘戦など論外だからだ。 あの一瞬でそこまでの判断ができる相手を退ける事ができたのは奇跡に近い。 「生きてるか、副長」 「頭ぶつけた」 返事はすぐ後ろからあった。 「……名誉の負傷だ」 やはり、エステのコクピットに2人は狭い。 そう、ジュンは砲戦の方に移っていた。 飛び出したゼロG戦は無人の簡易プログラムで動かされていたものだ。 複雑な動作は期待できないが、囮にはなる。 おかげで貴重なゼロG戦フレームを1機失ってしまったが。 「一時、ナデシコへ帰還する。 バッテリー残量が30%を切った」 「了解。 でも、テンカワたちは?」 「自分で何とかしてもらう。 奴らの方が本職なんだからな」 地図を開いてルートを確認する。 通信は完全に妨害されていて使えない。 「副長、今の敵をどう思った」 「手ごわかったよ。 正直、死ぬかと思った。 無人兵器はもっと動きがパターン化されてると思ったけど」 「……確かにな」 倒れている敵機に一瞥をくれると、テツヤは自機を帰路に向かわせる。 さきほど一瞬だけ躊躇した理由はジュンに告げない。 あの時、120mmを向けられた敵機は明らかに戸惑い、恐怖していた。 それは無人兵器では決してありえない反応だった。 気のせいかもしれないが、確かにそう感じたのだ。 ○ ● ○ ● ○ ● エステバリス イツキ機 テツヤと同種の困惑をイツキも感じていた。 目の前の敵機は明らかに当惑していた。 何があったのかは分からないが、それは人間臭い反応だった。 「戸惑っている? ……まさか、ね」 やがてエステバリスに良く似たその敵は動きを止めた。 戦闘の最中に止まれば良い的だろうが、こちらは隙がない。 射撃兵装を使い果たしているイツキとしてはナイフで斬りかかるしかないのだが、隙がない。 「なに……誘ってるの?」 直感する。 何か、危険だと。 「―――!」 そしてその直感は正しかった。 敵機の背中に張り付いたバッタの背が開く。 「ミサイル!?」 バッタがマイクロミサイルを斉射。 それをDFとコロニーの残骸を盾にする事で回避した。 「まさか煙幕代わりにミサイルなんて!」 センサーが麻痺したようだ。 熱源探知も使えない。 残骸を背にして、そのまま待つ。 5秒……10秒…… 「そこっ!」 太陽光のわずかな反射を捉えると、そこにナイフを投擲。 ある意味、最後の手段でもある。 「イ、イツキちゃーん。 何か恨みでも〜!?」 「…………あれ?」 ハズレだった。 アンネニールのサマースノーをかすめて、 投擲されたナイフはその背後の小惑星に突き刺さっていた。 「……おかしいですね」 そのままの姿勢でイツキは呟いた。 「ちゃんと狙ったのに」 「狙わないでー!」 アンネニールが悲鳴を上げる。 いいんです、私なんてどうせ一人で平均年齢上げてるし、 中学生に間違われるし……etc、etc そんな事をアンネニールがぶつぶつと言っているが、聞き流す。 センサーには敵影なし。 「どうやら逃げた……いや、見逃してもらえたのか?」 ロイのサマースノーも寄って来る。 所々に被弾のあとがあった。 「こっちは仕留めたぞ。 アニーのは自爆したけどな」 「私の方も自爆でしょうか?」 「いや、ナデシコが機影を捉えてる。 どうやら退いたらしい」 「はあ、そうですか」 違和感がある。 その正体は分からないが、何かすっきりしない。 それが分からないままイツキはナデシコに帰還することにした。 機体も、イツキ自身も限界に近かった。 ○ ● ○ ● ○ ● エステバリス アキト機 機体が乱暴に揺すられた。 「テンカワ! 生きてるか!?」 「……っ、リョーコちゃん?」 視界が赤い。 それが警告表示だと気付くのに時間はかからなかった。 「北……いや、敵機は?」 「自爆したよ。 お前はそれに巻き込まれたんだろ」 その言葉でようやく思い出す。 突進からアキトの繰り出したナイフは零式の腕に突き刺さって止められた。 北辰はその隙を逃さずブレードで斬りつけたが、アキトはさらに踏み込んだ。 ほとんど密接状態にまで接近したエステに、零式のブレードは致命傷を与えられなかった。 右肩の装甲を切り裂き、姿勢制御用のスラスターを斬り飛ばしたが、それに留まった。 アキトはその状態からリミッターを解除してスラスターを全開で噴射。 壁に零式を叩き付けた。 そして止めを刺そうとナイフを振りかぶった瞬間。 北辰の零式の胸部装甲が弾けとんだ。 同時にアサルトピットが排出され、アキトが体勢を崩す。 そして脱出したアサルトピットを追おうとした刹那、零式は自爆した。 エステのDFでも、完全にその爆風や衝撃波を殺しきれなかったようだ。 リミッター解除の影響もあって、機体各所が悲鳴を上げている。 「そっちは無事?」 「ああ、しばらく戦ってたら急に逃げ出した。 無人兵器のくせして、慌ててるみたいだったぜ」 「……そう」 リョーコの言葉に曖昧に笑う。 アキトはそれが無人兵器でないことを知っていた。 ただ、今それを話すわけにはいかない。 まさかこんなに早く北辰たちが現れるとは思ってもいなかった。 やはり、歴史を変えずに行くというのは無理なのかもしれない。 「悪いけど、ナデシコまで運んでくれるかな。 バッテリーがもうなくってさ」 ○ ● ○ ● ○ ● 機動戦艦ナデシコ 艦橋 はじまったのと同様に、唐突に通信妨害は消えた。 同時に敵艦隊も撤収をはじめていた。 「……退いた?」 ユリカは艦長席で呟く。 敵艦隊が撤退したと言うことは、状況に変化があったということだ。 「メグちゃん。 エステバリス隊に連絡を」 「はい! ……あっ、リョーコさんから連絡です」 ≪おーい! ようやっと繋がったぜ。 これから帰還する。 こっちはテンカワ機が壊れた以外は損害はなし≫ 「アキ……パイロットは?」 ≪俺は大丈夫だ≫ サウンドオンリーでアキトからも通信が入る。 力が抜けかけるのを辛うじて自制した。 「それじゃあ、まずは帰還してください。 報告はその後で聞きます」 ≪了解≫ そう締めくくって通信は切れた。 同時にユリカも息を吐く。 ≪艦長。 こちらも帰還する。 副長のエステが大破したが、パイロットは無事だ≫ 「了解しました。 それと、ジュン君?」 ≪な、なに?≫ 「ジュン君はユリカの大事なお友達なんだから、無理しないでね」 ≪……………うん≫ なぜか沈黙があったが、ジュンの無事も確認できた。 ルリがオペレーター席で「いい加減、諦めればいいのに」と呟く。 こうしてナデシコは初の実戦をくぐり抜けたのだった。 今は誰もがその程度の認識だった。 これが後に与える影響は、まだ誰も知らない。 ○ ● ○ ● ○ ● 機動戦艦ナデシコ 格納庫 格納庫に戻ると同時に砲戦の右腕が脱落した。 続いて胸部装甲が剥がれる。 「……よく持ったな」 それはジュンも同感だった。 アサルトピットのハッチを開放。 昇降用のワイヤーで下に降りる。 「ムチャな使いかたしやがって……関節がいかれてるぜ」 パッと見ただけで判別する。 その眼力を称えるべきか、それとも一目で分かるほど破損しながらここまで持った機体を褒めるべきか。 「アキトの機体とあんたのが一番損傷激しいぞ。 ……まったく」 「悪かったな。 無茶でもやらなければ勝てなそうだったからな」 「あとで戦闘記録を見せてもらうぜ」 「ああ。 完璧な仕事に感謝する」 「はっ、当たり前だ」 ぐったりとしているジュンはそのままにして出口へ向かう。 途中で猛スピードでアキトの方へ走っていく艦長とオペレーターを見たような気がする。 たぶん、気のせいだろう。 その後でアキトの悲鳴と整備班の怒号が聞こえてきたような気もするが、 きっと空耳だろう。 「……カタオカさん」 「ああ、レイナードか」 てっきりライザか妹たちが来るかと思っていたのだが、 出口で待っていたのはメグミだった。 「何か用か?」 別に邪険にしているわけではなく、本当に分からなかっただけだ。 まさかいきなり襲ってこないだろうな、などと物騒なことまで考える。 「……あの、戦闘の前のことなんですけど」 「ああ、あれか」 やっぱり恨まれたか? だとしたら、厄介な事になりそうだ。 そう思ったが、メグミの答えはテツヤの想定したどれとも違うものだった。 「ありがとうございました。 わたし、あのままじゃ潰れちゃうところでしたから」 「礼を言われることじゃない」 謙遜でもなんでもなく、本心からそう思った。 同時に、何か話がとんでもない方向に流れつつあるように思える。 「それで……わたしの気持ちとお礼です」 不意打ちだった。 いつもの彼なら難なくかわしたであろうが、不幸にも ――― たぶん、不幸にも、戦闘のあとで疲れていた。 ついいでに集中力も途切れていた。 だから事態を理解するのに数秒かかり、その時にはすべてが終わっていた。 「それと、わたしのことはメグミって呼んでください」 そう言うとメグミは走り去っていた。 残されたのは、頭を抱えかけるテツヤと、メグミの唇の感触。 「……まいった」 「そう、まいったの」 不意打ちだった。 いつもの彼なら気付いただろうが、不幸にも ――― 今度こそ間違いなく、不幸にも、 戦闘のあとで疲れていた。 ついでに集中力も途切れていた。 「良かったわね。 可愛い娘じゃないの」 ライザがいた。 笑顔でいた。 一気に集中力を復活させ、37通りの言い訳と12通りの状況説明を考え、 2秒後にはその全てを却下した。 そして今度こそ頭を抱えた。 ライザの後ろには妹たちがいた。 チサトはまだ良い。 一目で分かる。 あれは絶対に怒っている。 何か理不尽なものを感じなくもない。 問題はチハヤの方だった。 怖いくらい無表情だった。 そのくせ、しっかりと目には涙を溜めている。 なんと言うか、意味もなく良心の呵責とか言うものを感じなくもない。 そんなものが残っているのが自分でも意外だった。 再びライザに視線を戻す。 良い笑顔だ。 モデルとしても通用しそうな美貌と相まって ――― とても怖い。 格納庫にもう一つ、悲鳴が響いた。 そして、この日医務室のベットは2つ埋まった。 ただし、誰も同情はしなかったらしい。 <続く>
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代理人の感想
うわははははははははははは!(爆笑)
ダークトーンを維持しながらギャグキャラに転落しつつあるテツヤ!
どっかで見たな、このパターン・・・・と思ったら「はじめの一歩」の間柴でした(爆)。
怒った妹に頭が上がらないのもまんまとゆーか(笑)。
それはさておき北辰。
一体全体、こんな所で連中何してたんでしょうね?
・・・・・やっぱり落ちるのかな。