時ナデ・if <逆行の艦隊> 第8話・その2 ナデシコ「疑惑日誌」 □月★日 『守るものがある人間は強い』と言う。 それはある側面では正しい。 守るべきものを持つ人間は、強くなる必要があるからだ。 それができなければ、あとは奪われるのみ。 弱い人間は守りたかったモノを奪われるだけだ。 守るべきものを持てるのは、強くなった人間。 ならば、俺はどちらに入るのだろうか? そして、あの男は、どちらに入るのか? その答えは、まだ出そうもない。 記:カタオカ・テツヤ。 個人的手記より抜粋 ○ ● ○ ● ○ ● 砲撃はまったく予想外の方向から来た。 反応する間もない超高速の一撃が容赦なく機体を砕き、 DFで保護されているはずのアサルトピットを貫く。 「ヒカル!」 主を失った機体が倒れこむのがやけにスローに見える。 もちろん、友人からの返事はない。 「イズミ、どっから撃たれたかわかるか?」 「射角から考えれば、あの丘ね」 そう言って正面の丘を示す。 ただし、距離は2kmは離れている。 「マジかよ。 あの距離で正確にアサルトピットだけを撃ち抜くなんて」 「パイロットの腕と、あのライフル、そして砲戦のFCSが可能にしてるのね」 月面のクレーターに身を潜ませながら様子を伺う。 どうやら敵は待ちに入ったようだ。 センサーにもまるで反応がない。 「下手に動けないね」 「正面からきやがれってんだ」 「煙幕でも展開して一気に攻めれば ―――」 イズミはそれ以上続けられなかった。 遮蔽物として使っていたクレーターの壁ごと撃ち抜かれたからだ。 初弾はそれでも少し外れていたのだ。 しかし、飛び散った破片で機体のバランスを崩したのが致命的だった。 修正をかけた2発目がアサルトピットごとパイロットの肉体を吹き飛ばす。 「くそっ! 舐めんじゃねぇー!!」 立て続けに戦友を失ったリョーコは一気に頭に血が上った。 しかし、その状態でも無防備に突っ込むような真似はしない。 煙幕を展開し、フルスロットルで急加速。 ランダムな機動を描きつつ丘に向かって一気に走り抜ける。 「よし、抜けた!」 途中で何発か至近弾があったものの、それらは彼女を捉え切れていない。 基本的に狙撃は静止もしくは低速で移動している標的に対して行うものだ。 煙幕を展開し、高速で機動するエステならかわせる。 そう踏んだリョーコの判断は正しかった。 丘の中腹に長大なライフルを構えた砲戦が一機、鎮座している。 今までの狙撃もその機体が行ったものだ。 「近付いちまえばこっちのもんだ!」 砲戦が慌ててライフルをこちらに向けるが、 その時にはもうリョーコの機体はそこにはいない。 凶悪な威力を持つ105mm対機甲ライフルも当たらなければ意味がなかった。 月面に穴を穿っただけで破壊力を活かしきれていない。 しかも、狙撃ライフルはボルトアクション方式。 つまり1発撃つごとに手動で装弾する必要がある。 そんな時間を与えるつもりはない。 「もらった!」 ラピッドライフルを点射モードで三連発。 しかし、その火線は際どいところでかわされた。 砲戦は105mmを発砲し、その反動を利用して横に飛んだのだ。 「良くやる。 けどな、次はないぜ!」 再びライフルを向ける。 しかし、敵機はかわさない。 次の瞬間、とんでもない行動に出た。 「おい、マジかッ!」 105mmライフルを思い切り投げつけたのだ。 かわしたものの、体勢が崩れ射線が外れた。 なまじ狙いが正確だっただけに、 逸れてしまえばその場から動かないだけの敵に弾丸はかすりもしない。 続けて砲戦の足場が爆発。 重量級の機体が文字通り降ってきた。 「寄るなこんにゃろ!」 イミディエットナイフを抜き放ち、迎撃しようとするリョーコ。 その機体の腕に砲戦のワイヤーが絡みつく。 反射的にワイヤーを引き返すが、それが悪かった。 軽い手ごたえと共に腕が飛んできた。 陸戦のようなワイヤードフィストではなく、単に切り離しただけだ。 しかし、それを払い除けたのが致命的な隙を作った。 砲戦の肩が開き、中からマイクロミサイルが飛び出す。 計6発のそれは的確にリョーコの機体を捉えていた。 DFと腕でとっさにコクピットのある胸部を庇う。 ――― 爆発! リョーコは吹き飛んで壁に叩きつけられる。 殺しきれなかった衝撃が襲い掛かり、シートに押し付けられた。 そして、赤く染まる視界のなかで最後に見たのは胸部に押し付けられた120mmキャノンの砲口。 覚悟も何もない。 終わりは唐突に来た。 ゼロ距離射撃。 衝撃と共に視界が暗転。 そして静寂のみが残った。 ○ ● ○ ● ○ ● テツヤは無感動にその画面を見ていた。 ≪C‐Team WIN≫ とは言っても、残っているのは彼しか居ない。 ジュンも同じチームだったのだが、開始3分で撃破されていた。 そしてもう1人、開始5分で撃破されてくれた奴も居る。 「おおっ! やったな、相棒!」 その『開始5分で撃破』がシミュレータから出た彼を親しげに出迎える。 その後ろには『開始3分で撃破』も居る。 「……少しは考えて動け」 呆れとも諦めともつかない感情を覚えつつ応じる。 悪い男ではないが、何と言うか、疲れる。 「熱血に姑息な手段は無用! 正面きってぶつかるのみだぜ」 『開始5分で撃破』、もとい、戦列復帰したばかりのヤマダ・ジロウはそう言って笑う。 ちなみに『開始3分』はジュンだ。 「それで撃破されてたら何もならない。 死ねば負けだ」 「でもよ、友の為に命をかけるってのは燃えるシチュエーションだろ?」 「お前のはただの特攻だ。 分かりやすく言うところの犬死だよ」 熱く語るヤマダに対し、あくまでテツヤの反応は冷たい。 熱血などという精神論とは無縁だからだ。 「命をかける場所とタイミングを間違えるな。 命はいいものだぞ。 大事にすれば一生使える」 「そうか、ここ一番ってことだな!」 何となく違う気もするが、説得して通じる相手でもなし。 軽く肩を竦めてそれ以上の会話を打ち切る。 「くそー、これで4連敗かよ」 「けっこう自信あったのにね」 「自信が揺らぐ……自信が地震……くっくっく」 いまいち悔しがっているのかどうか分からないイズミはともかく、 リョーコの反応はストレートだ。 「月面にこだわるからだ。 宇宙戦ならそちらの5連勝だろう」 「そりゃ、そうだけどよ」 「リョーコって負けず嫌いだもんね〜」 「あうう、こっちは全敗中ですよ」 アンネニールが疲れたと全身で言っている。 彼女とロイ、イツキの3人はBチーム。 現在、12連敗中。 原因は単純で、戦い方があまりにも教科書通りで読まれやすいのだ。 イツキは善戦しているほうだが、3人娘の連携や、テツヤのトラップと狙撃にやられている。 ロイとアンネニールの2人はサマースノーだが、 悪い機体ではないので、パイロットの問題だろう。 「そのキレイ過ぎる戦い方を何とかしろ。 セオリーに従うのも時と場合によりけりだ」 「カタオカさんのはえげつなさ過ぎですよ〜」 アンネニールが口を尖らせる。 さきほどの戦闘では、テツヤの仕掛けたブービートラップに見事にかかっていた。 罠としては一般的なもので、ちょうど視線の高さにワイヤーを張っておく。 それに気付いた敵はそれを取り除こうとするが、実はそれはダミーで、 本命はその手前足元に張られている。 解除の為に近付くと、下のワイヤーを引っ掛けてしまい、 壁に仕込まれた吸着地雷が作動、敵を吹き飛ばすという仕掛けだ。 「戦場に卑怯もくそもあるか」 「まあ、引っかかるアニーも間抜けと言う事だな」 「先輩まで、酷いですよー」 酷かろうが何だろうが生き残らなければならない。 いずれもう一度あの連中とはもう一度戦う事になる。 その時は引いてくれるとは限らないのだ。 「いやー、大したものですな」 「ミスター・プロス? 何か用でも?」 テツヤはヘルメットを脱ぎながら問う。 入り口に陣取っているプロスは相変わらずの営業スマイル。 そこからその意図を察する事はできそうもない。 「いえいえ、パイロットの皆さんをねぎらいに来たまでです。 それにしても、スバルさんたちと互角に渡り合うとは。 とても……ブランクがあったようには思えませんな」 「一度覚えた技術は……特に体に覚え込ませた技術はそうそう忘れんさ」 『体に覚え込ませた』の行でなぜかヒカルが反応していたが、 その説明でプロスは納得した様子はない。 「そうですか……私はてっきり、ごく最近まで『副業』でもなさっていたのかと思いましたよ」 「戦争が始まって仕事が増えたから、そんな必要はなかったさ。 それから、汗を流してきたいんだが?」 「はい、すませんね……お引止めしてしまって」 ○ ● ○ ● ○ ● ナデシコの中には大浴場やシャワールームもあるが、今回それは使わなかった。 部屋に備え付けのユニットバスで済ませる。 「……そう、さすがはネルガルの道化師ね」 「感付かれたのか?」 「まさか。 そんなヘマはしていないわ。 たぶん、カマをかけてきただけでしょう?」 下着の上にYシャツ一枚という、いささか刺激的な恰好でベットに寝そべったライザはそう断定した。 普段はもう少しきちんとしているが、さすがに徹夜3日目が空けて数時間眠った直後ではこんなものだろう。 「監視カメラは?」 「適当に誤魔化してるわ」 この部屋はオモイカネの監視も遮断してある。 そもそも、各個人の部屋はプライバシー保護の為にプロテクトされているが、 監視のカメラが付いていないわけではない。 艦長が必要とし、副長と査察官(この場合はプロス)もそれを認めた場合は記録の閲覧ができる。 これはあくまで『戦艦』という特異な環境ゆえのものである。 例えば、『反乱』などを計画されていて、それが『プライバシー保護のため』に見過ごされたのではたまらないからだ。 「もっとも、あのホシノって子が本気になったら、 こんなごまかしなんてすぐにばれるでしょうけどね」 そう言うが、手は既に打ってある。 テツヤは自分がアキトに警戒 ―― と言うか、憎まれていることは自覚している。 当然、アキトの監視の対象も自分を中心としたものになるだろう。 わざと目立つような行動をしているのもそのため。 逆行者は、その記憶ゆえに逆に縛られることも多い。 …………彼自身が、そうであるように。 「どうかした?」 どうやら思考に没頭するうちにライザをジッと見つめていたようだ。 まだ少し眠そうな目をしながら、それでも並の男なら一発で理性を吹き飛ばされるような妖艶な笑みを浮かべている。 「テンカワは、何に拘るのか考えていた」 「そうね。 行動を推察する上では重要なファクターになる」 なぜか溜息をつきながらライザが言う。 それを聞き流しながら、またテツヤは思考の海に埋没していく。 ネルガルは火星に拘っている。 理由は1つ。 そこに利益があるから。 ナデシコはそのために火星を目指している。 なら、テンカワがナデシコに乗ったのもその利益のためか? 否、それはない。 金銭的利益のために動く男ではないことは知っている。 それなら、単なる英雄願望か? それも違う。 アキト自身が英雄であることを否定した。 そうなると、考えられるのは…… 「人の情、か」 何やらぶつぶつと呟きながら、一向に帰ってくる様子のないテツヤを見ながらライザは鏡で自分の姿を確認する。 ……これもダメか 心の中で呟き、メモ帳に書かれた『Yシャツ』の文字を二本線で消す。 『男の理性を飛ばす百の方法』と書かれたその本を引き出しの中にしまいながら、 最後にこう呟いた。 「……今度はメイド服って試してみようかしら」 ○ ● ○ ● ○ ● □月@日 1度目の人生で、俺は『遅かりし復讐者』と呼ばれた。 2度目の人生では、『漆黒の戦神』、『英雄』と呼ばれた。 今度は何と呼ばれるのだろう。 でも、俺はそれに大した意味を見出せない。 俺は、どちらの時もただ守りたかっただけなんだ。 そして、結局はどちらの時も守れなかったモノがあった。 強くなれば守れると思っていた。 そして、それだけでは守れないと知った。 なら……守るためにはどうしたらいい? 答えは、まだ見つからない。 記:テンカワ・アキト。 個人日記より抜粋。 ○ ● ○ ● ○ ● 善戦と称してよかったかもしれない。 何しろあの北辰と六人衆を相手にして生き残ったのだから。 「とは言え、無事な機体は1つもなしか」 アキトのエステは零式の自爆の余波でボロボロだし 2機のサマースノーも何発か被弾していたし、 残りのエステも小破で現在出撃可能な機体はなし。 「ジュンも無茶したよな」 「おかげで貴重なゼロG戦が一機おしゃかだ。 まっ、記録を見る限りよく生きて帰ってきたよ、まったく」 ボロボロの機体を見上げながらウリバタケが言う。 幸いと言うべきか、パイロットたちはいずれも軽傷だった。 「それでみんなトレーニング中です」 「お互いに生き残る努力はしとくってことだな」 出撃不能と言ってもパイロットたちにできることはある。 今日も皆揃ってシミュレーターで特訓中だ。 「まっ、頼まれた物は何とか作っておく」 「どれくらいかかりますか?」 「中和装置そのものはサマースノーのオプションがあるから、 一週間もあればものにして見せるぜ」 「よろしくお願いします」 今回の戦闘ではっきりしたことがある。 それは、歴史は確実に変化してしまっていること。 そして、北辰の登場が早まったこと。 せめて少しでも対抗できるように手はうっておかなければならなかった。 だんだん、繰り返すたびに歴史は変化している。 もう、『未来の記憶』などあてにならないところまで来ているのかもしれない。 「ア〜キ〜ト! どうしたの?」 「ああ、ユリカか」 素っ気ないアキトの返事に、ユリカは頬を膨らませて抗議の意を示す。 「『ユリカか』、じゃないよ。 せっかくお仕事が一段落したからアキトに会いに来たのに」 「悪かった。 嬉しいよ、ユリカ」 「うん! 私もすっごく嬉しいよ!」 全身を使って愛情表現をするユリカ。 『すっごく』の部分で腕をブンブン振り回している。 そんな子供っぽい仕草に、苦笑を漏らすアキト。 「アキトが落ち込んでるんじゃないかって心配してきたんだから。 それと……アキトが、また怖くなっちゃうんじゃないかって……」 確かに北辰を前にした時、復讐鬼だったころの感覚が蘇った。 純粋な殺意が意識を支配した。 ……こいつを殺したいと。 ユリカが言っているのはその事なのだろう。 「アキト……私、助けてもらった私が言えることじゃないけど。 私は、もう、あんな辛そうなアキトは見たくないよ! 勝手だってわかってる! だけど ――― 」 「……ありがとう、ユリカ」 ユリカを抱きしめていた。 そして、泣いていた。 すべて無意識の行動だった。 そして、ずっと望んでいた行動でもあった。 「ん……少し苦しいよ、アキト」 「ごめん、でも……もう少しこうさせてくれ」 「……うん」 守りたかった人。 守れなかった人。 今度こそ、話したくないと思う温もり。 これを感じる限り、狂気は遠のいていくだろう。 「……あの、盛り上がってるところ申し訳ないんですが、私もいます」 「「ルリちゃん!?」」 音速を超えた反応速度で離れる2人。 今なら某戦女神の聖闘士にだって負けないかもしれない速度だった。 「ついでに、ここ格納庫ですから」 「あはははー」 周囲からの視線に汗をたらすユリカ。 なぜか「お仕置きは嫌だお仕置きは嫌だ」と呟いているアキト。 「ルリちゃん、もう少し待ってくれればあと数枚は撮れたのに」 「チサトさん、どうするんですか、それ?」 「ん〜、ちょっとミナトさんのところに流すだけだよ」 カメラを構えたままにこやかに答えるチサト。 ……それはかなり致命的では? そうツッコミたくなる衝動を抑える。 もしそうなったら、アキトとユリカの関係は尾ひれどころか エラと羽までついてナデシコ中に広がっている事だろう。 「……それはそれで。 大切ですよね、既成事実って」 「そうだよねー。 あたしもお兄ちゃんと……ふふふっ、そうすればあの胸無し通信士も……」 チサトが何やら危険な発言をしていた気がするが、聞こえなかったふり。 しかし、アキトの性格からいって、「俺はユリカの元に戻る資格なんてないよ」とでも言い出すかと思っていたが、 「どうせ相思相愛なんですし。 すんなりコトが運んでいいことです」 「でも、艦内の冠婚葬祭って艦長が執り行うんだよね? 艦長が結婚式挙げるとしたら、誰が取り仕切るの?」 「たぶん、副長のアオイさんじゃないですか?」 想像してみると、かなりジュンが哀れな気がする。 泣きながら牧師役を務める姿は似合っているかもしれないが。 「うわ、それって副長さん、不幸?」 「アオイさんの運命みたいなものです。 あの人から不幸をとったら何も残りません」 本人が聞いたら首でもくくりそうなセリフを平然と言う。 ちなみに、それを証明するような事態が起こるのはその3日後だった。 ○ ● ○ ● ○ ● □月∴日 人は言う。 『血縁は何よりも強い絆だ』と。 でも、私にはそうは思えない。 私は兄さんが居ることすら知らなかった。 同い年の姉妹がいる事が信じられなかった。 兄さんは何も話さなかった。 訊けば答えてくれるかもしれない。 だけど、怖くて訊けない。 私は……本当にあなたの妹でいていいんですか、兄さん? 記:カタオカ・チハヤ 日記より抜粋 ○ ● ○ ● ○ ● 「責任者、出てこーい!」 「ウリバタケさん、落ち着いて」 「アオイ副長! これはれっきとした抗議行動です。 待遇の改善を求める交渉です!」 「……はぁ、カザマさんまで」 「安心してください。 私が止めなかったらブラスターまで持ち出してましたよ。 そこまでしたら反乱ですが、これならストライキです!」 なぜか『乾坤一擲』と書かれたハチマキをしたイツキが意気込んで言う。 ロイとアンネニールは『止めようとしたんだけど……』とでも言いたげな視線をジュンに送っている。 「みんな盛り上がってるわねー」 「でも、良いんでしょうか?」 自分の席で淡々と仕事をこなしているミナトとメグミ。 「いいんじゃないの? でも、『手を繋ぐまで』ってのも笑えるわね」 「あっ、でも、私の学校にも似たような規則ってありましたよ。 休日に男の子と出かけるのはダメとか」 こちらは取材という名目でブリッジに来ていたライザとチハヤ。 適当にイスを借りてきてのんびりと談話中である。 「でも、『男女交際』じゃなくって、私のは兄妹のスキンシップだから問題なしですよね」 ピシリと、空間が凍る音を聞いた気がした。 「……え?」 ライザとメグミの2人にジッと見つめられて、 ようやく自分の発言に気付いたらしいチハヤが慌ててフォローする。 「いえ、そんな変なことじゃないですよ。 その……時々、一緒に寝てもらうとか」 あまりフォローにはなっていない。 「あの男は……私が誘っても無反応だってのにっ」 「さ、誘うって……大人、ですね」 「テツヤくんって……シスコン?」 「いえ、私と兄さんって、数年前まで存在すら知らなくって……それで、色々あったし」 そして本人の知らないところで生まれていく疑惑。 あながち完全なデマとも言えないのが恐ろしい。 「だいたい、なんですか! 男女交際は手をつなぐまでって! 幼稚園ですかここは!」 「そうはおっしゃられても、契約書にサインしましたよね?」 こちらはこちらで完全な平行線をたどっている。 ストライキ側には3人娘やウリバタケもいるのだが、 毎分300語の連射性能を誇るイツキのマシンガントークに口出しできずにいた。 「あー! こんな時にユリカはどこに行ったんだよ!?」 「寝てます」 「何で!?」 「今日は夜組ですから」 ジュンはジュンでルリにあっさりと希望を砕かれている。 敵はほとんどあいさつ程度の攻撃しか仕掛けてこないので、 ローテーションも平時のものに近くなっていた。 今のジュンは艦長の代理でもある。 「くぅ、ロイさん! カザマさんと付き合いは長いんでしょ? 何とかなりませんか?」 「よし、まかせろ!」 「うわ〜、アオイ副長、先輩に頼むなんて勇気ありますね」 さっそくどこかへ準備と称して走っていくロイを見送りながら、アンネニールが告げる。 訓練校時代にロイはとある女の子から、恋の相談を受けた事があったのだが、 その時は「これでばっちりだ!」といって、今は絶滅してしまった古き良き時代の遺産にして 運動性と美観の両方を供えた伝説のアイテム ――― 専門用語で『ブルマー』と呼ばれる それをアドバイスと共に手渡したという猛者だ。 ちなみに、『こんな事もあろうかと』自作しておいたものらしい。 「先輩と言えば割と正体不明」がモットーの彼だが、それは謎というより、 別の執念のようなものを感じた。 その辺のことを話したわけではないが、意思は伝わったらしい。 ジュンの表情が少し引きつった。 「戻った!」 某最速の人にも勝てそうなスピードで戻ってくるロイ。 肩には簀巻きにされたヤマダ・ジロウ。 「むぐ〜〜! おおぐぐ〜〜!?」 「ふっふっふ、これを見ろ、イツキ! こいつの命が惜しければ、大人しく投降しろ!」 「くっ、卑怯な!」 「ふははは、何とでも言え! オレは下らない事に勝利するためなら、手段は選ばん!」 「……あ、頭痛い」 「久しぶりに使います。 ……バカばっか」 本気で頭を抱えるアンネニール。 昔のように呟くルリ。 「………ふ、ふふふふっ、そうか……ようやくわかったよ、ユリカ」 そして怪しげな笑いを浮かべるジュン。 医者に見せたら全員が満場一致で鉄格子付きの病室を勧める事請け合いだ。 「これは試練なんだね! どうにもこう、試練ぽくないけどそうに違いない! これを乗り越えて男になれってことだね!?」 「乗り越えるって言うか、踏み外しそうですよ」 「越えそうではあります。 人として越えてはいけない一線を」 これでアキトかユリカが居れば何とかなったのかもしれないが、 残念ながらこの場には、この混乱を助長する人間はいても、収める人間は皆無だった。 が……救い、と言っていいものかどうかわからないが、それはナデシコの外からやってきた。 ――― 閃光、そして衝撃 ブリッジ内は、それこそオモチャ箱をひっくり返したような。酷い有様になった。 イスに座っていた面子はまだいい。 せいぜいが、不自然な体勢でいたライザが盛大に転がったくらいのものだ。 受身を取ったこともあり、コブを作ったくらいですんだ。 不運だったのは、交渉(既に当初の待遇改善から、人質解放のそれに変わっていた)に参加していた面々。 まったく不意の衝撃に床と熱烈な抱擁とキスを交わす羽目になった。 「この攻撃、今までのものとは違う。 迎撃が必要です!」 「そ、総員戦闘体勢!」 コンソールにつかまって立ち上がりながら、ジュンが叫んだ。 一瞬、ブリッジの動きが止まる。 「聞こえなかったんですか!? ストでも何でも、やるなら生き残ってからにしてください! 僕らは……戦争をしてるんですよ! 悔しいけど、戦艦なんですよナデシコは!」 一息に言い切って、正面のモニターへ視線を転じる。 そこからの反応は迅速だった。 パイロットと整備班員たちは格納庫へ走り、 ミナトはディストーションフィールドの展開状況と進路を表示。 メグミが第一級戦闘体勢をインカムに向かって叫ぶ頃にはブリッジ要員以外は居なくなっていた。 「いやはや、こう言う時は素早いですな」 「すいません、遅れました!」 「いえ、時間ピッタリですよ艦長」 飛び起きてきたらしいユリカが艦長席へ。 <ユリカ、指示をくれ> 「アキトはまだ現状維持で待機。 ルリちゃん、ミサイルを煙幕代わりに前方へ発射!」 「VLS、1番から8番発射します」 再び閃光と衝撃。 それが収まると同時にナデシコから対艦ミサイルが放たれる。 <艦長! こっちも準備完了だ> 「エステバリス隊、出撃してください」 赤き戦神の星を臨み、彼らは再び戦場へと赴く。 その先に待つものを知りながら。 あるいは知らぬまま。 <続く>
|
代理人の個人的感想
うっわ〜〜〜〜〜〜。
相思相愛のアキトとユリカって何か凄い新鮮(爆)。
まぁ、理解不可能な理由で妙にぎすぎすするよりこっちの方が見てて気分がいいですね。
それにしても・・・・・・・・・・・・つくづく美味しいな、ロイ(爆笑)。
>本人の知らない所で
疑惑?
デマ?
何が?