時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第9話 「運命の再会」みたいな・その1




戦闘自体はあっけないものだった。

何しろナデシコには1回目とは桁違いの実力を持つアキトと、

更にその他のパイロットも1回目では3人しかいなかったのが、臨時のテツヤまで含めると7名。

史実でも勝てた敵にこの面子が後れをとるはずもない。



「お待たせしました!」



「ふっ、今こそ俺の実力を ――― 」



「見せたいなら編隊を崩すなよ」



「そのために訓練してきたんですからね」



これは今回は無事(?)に出撃を果たせたヤマダと、

前回でもいなかった追加メンバーのイツキ、ロイ、アンネニールの4名。

訓練校時代からの付き合いらしく、編隊に乱れはない。



しかも、『突撃バカ』のヤマダの手綱まで握っている。

実はこれが一番すごいのかもしれない。



<リョーコさんたちはアキトと一緒に敵機動兵器の相手を。

 ロイさんたちはカタオカさんと一緒にナデシコの防衛に専念してください!>



ユリカの指示か飛ぶ。

同時にウインドウにオモイカネが収集、分析した情報が投影される。

指示にあわせたターゲットと最適進路を確認。

アキトはフットペダルを踏み込んで機体を加速させた。



「ルリちゃん、戦艦は?」



<現在確認されているもので3隻。

 護衛艦タイプが20隻に駆逐艦が10です>



<アキト、ナデシコは防御に徹しているから支援はミサイルでの牽制くらいしかできないの。

 グラビティブラストを使っちゃうと、フィールドの出力が落ちちゃうから>



「……つまり、俺に戦艦を落としてこいってことか?」



<うん、さっすがアキト!>



そこまで言われれば大抵わかると思うが、あえてつっこむような事は控えた。

下手な事を言うと、『さすがわたしの王子様』で暴走されかねない。

それでも指揮はしっかりこなすのだからすごいと言えばそうなのだろうが、

アキトの精神衛生上よろしくない。



「了解! 5分で全戦艦を殲滅する!

 リョ−コちゃん、ヒカルちゃん、イズミさん、援護をお願いします!」



「了解! 雑魚は任せろ!」



「派手にやっちゃってね〜」



「……宇宙に華を咲かせましょう」



三者三様の返答を聞きながら、更に機体を加速。

大気の抵抗がない宇宙空間では、加速すればその分だけ速度は上がる。

理論上なら(現実には様々な理由で不可能だが)亜光速にまでできるはずだ。



だが、その分機体にかかる慣性の負荷は大きくなるし、制御も難しくなる。

ブラックサレナのようなつもりで扱えば、捻った途端に機体剛性が足りずに分解、などということにもなりかねない。

今のアキトには別の意味でノーマルエステは扱いにくい機体だった。



「落ちろーー!」



それでも無人戦艦にとっては十分な脅威となった。

フィールドを強化して場当たり的な対応をしたものの、

それもアキトの予想の範疇だった。



突入角をとって流星のごとく突進したエステバリスに、戦艦のフィールドはそれでも抵抗した。

運動エネルギーを相殺すべく、力場を変形させつつ衝撃を受け流そうとする。

その試みは半ば成功しかけていた。

目に見えてエステの速度は下がっていく。



だが、それもそこまでだった。

いかに戦艦のフィールドが強力とはいっても、それも程度の問題だ。

もともとDFは攻撃を『逸らす』ためのもの。

レーザーや荷電粒子のように質量の小さく、化学エネルギーで装甲を破壊する類のものには強いが、

反面、質量弾や特にミサイルの類には弱い。

ことに空気抵抗のない宇宙空間で砲弾のごとく加速したエステの運動エネルギーを完全に相殺する事は不可能だった。

イミディエットナイフが戦艦の装甲を裂き、その奥の電子回路を破壊し、そのままの勢いで100m近くを切り裂く。



それでも全長が300mを越え、双胴でダメージに強いオニヤンマ級戦艦はそれだけなら耐えられた。

双胴の片方は主要な回路を切断されてはいたが、即座にバックアップの回路に切り替わり、戦力の維持に努めた。

対空レーザーのいくつかは使用不能になったが、主砲も使えないほどではない。



しかし、その直後にエンジンブロックに叩き込まれた拳がそれらすべてを無為にした。

本来なら推進やフィールド、主砲に回されるはずだったエネルギーが、船体を駆け巡り、

回路を焼ききって、それでも収まらなかったそれらが切り裂かれた傷口から放出された。



破局は一瞬で訪れる。

300mを越える船体が破壊エネルギーによって軋み、

それに耐えきれなくなった瞬間に双胴の結合部からへし折れ、爆沈した。



「まず1つ!」



爆発に巻き込まれないように、既に離脱している。

しかも、加速の推力を補うために敵艦の爆風を利用して。





○ ● ○ ● ○ ●





レーダーからまた1つ大きな輝点が消えた。

アキトが出撃してからわずかに3分弱。



「敵戦艦、轟沈。 2隻目です」



淡々と告げるルリ。

ただし、内心は驚きに満ちていた。

ブラックサレナでの戦いを見て、強い、とは思っていたがこれほどまでとは、

まったくの予想外だった。



「……すごい。 これが、アキトの力?」



はっきり言って本当にナデシコの出番はない。

そもそも、グラビティブラストが使用できない時点でナデシコにできることは限られる。

あとはミサイルで牽制する程度の事だが、ミサイルはほとんど無制限に撃てるグラビティブラストと違い、

数に限りがある上に、今後の展開を考えると温存しておきたいので、

ナデシコはディストーションフィールドを張った状態で亀のようにひたすら防御に徹していた。



そのナデシコの遥か先で漆黒のエステバリスが虚空を駆けている。

あの時、復讐に身を焦がしたあの時のアキトを彷彿とさせる。



……大丈夫。 『大丈夫だから』って言ったもんね、アキト。



爆発によって照らし出されるその姿をジッと凝視しながらユリカは呟いた。





○ ● ○ ● ○ ●





視界はほとんどがミサイルで埋まっていた。

総勢30機近いバッタの一斉射撃。

まさに火力の網といってもいいくらいの濃密な弾幕。



「うおおおおっ!」



常人どころか一流のパイロットでもただでは済みそうもないそれらを、

機体剛性の限界近くまで加速して完全に回避。



広がる爆炎。



炸裂する破壊の力。



無機質な殺気。



だが ―――



「邪魔をするな!」



切り払い、殴り飛ばし、フィールドで弾き飛ばしながら無人兵器の群れを突っ切る。

虫型機械の壁を抜けると目標は目の前だった。 

巨大な船体の急所は熟知している。

ほとんど装甲の施されていないエンジンブロックにエステの拳がめり込んだ。



「フィールドを前方に開放!」



拳に纏わせていたDFが爆発的に膨張する。

砲弾の炸裂にも等しい衝撃が、エンジンの3分の1を吹き飛ばした。

そして、最後の戦艦が沈む。





○ ● ○ ● ○ ●





「……凄まじいな」



砲戦のコクピットでその映像を確認しながらテツヤは呟いた。

それが端的で、全てを表す感想だ。



たった6m前後のエステバリスが300mを越える戦艦を沈める。

傍目から見ていれば悪夢のようにすら思える。



あの時に見せた漆黒の機動兵器ではないが、

ノーマルエステでもこれほどの戦闘力を発揮する。

やはり、『英雄』と呼ばれただけのことはある。



砲戦はその運用思想から、他のフレームに比べてFCSの能力が高い。

それ故にナデシコの甲板上からでもアキトの戦闘を見ることができた。

もちろん、レーダーやセンサ精度、情報分析能力から言ってもナデシコのブリッジの方が

その状況をより正確に把握できたのだろうが。



「信じられないぜ。 あれがエステかよ?」



「宇宙に大きな華が咲いたわね」



「マンガでもないよ、こんなの」



呆然と呟く3人。

その間にも護衛艦が沈んでいく。



「味方……ですよね?」



「そうあって欲しいな」



アンネニールの疑問に答えるロイも軽口を叩く余裕がなくなっている。



「ふっ、心配すんな。

 アキトはナデシコの敵にはならないぜ」



「言い切りますね、ヤマダさん」



「ふっ、イツキ。 俺にはわかるんだ! 

 あいつにも熱い男の魂がある!」



「…………私は女だからわかりません」



ヤマダはなぜか自信満々に言い切っている。

そこにユリカの通信が割り込んだ。



<大丈夫です。

 ナデシコは、アキトにとっても大切な場所ですから>



―― 何よりも、大切な場所ですから。



そう言ってユリカは微笑んだ。



テツヤもその意見に関しては異論はない。

アキトはナデシコの敵となる可能性は低いだろう。

ただ、彼にとって問題なのはそこではない。



テツヤ自身が、再びアキトの……ナデシコの敵となることもありうるのだ。



やり直したと言うのに、お互いに因果なものだな。

それも、すべてこの火星で決まる。

この、血のように紅い星で。





出港から約1ヶ月。

ナデシコは火星へ到達した。





○ ● ○ ● ○ ●





その情報は木連にも届いていた。

撃沈される寸前に護衛艦が送ったデータと共に。



「第一陣はたった一機の機動兵器に全滅させられたと」



平静を装ってはいるが、声が上擦っているのは隠しきれていない。

それに、表情もかなり引きつっている。

その気持ちは京也にも良くわかった。

自分だって信じられない気持ちなのだから。



戦艦撃沈       3隻

護衛艦撃沈     20隻

駆逐艦撃沈     10隻

虫型機動兵器撃墜 147機



文字通り、ナデシコ迎撃に向かった第一陣は『全滅』。

うち、漆黒の人型機動兵器による損害は戦艦と護衛艦、駆逐艦の撃沈と虫型84機。

実質的に単機に一個戦隊を壊滅させられたに等しい。



「しかし、地上戦なら相転移炉の出力も下がりますし。

 機動兵器にしてもここまでは ――― 」



「残念ながら、相手の艦長は相当の切れ者のようです」



そう言いながら手元のコンソールを操作して映像をスクリーンに投影した。

そこには地上で第二陣として待ち構えていた艦隊が映し出されていた。

戦艦4隻に護衛艦30隻。 加えて駆逐艦も20隻。

虫型機動兵器に関しては300機を越える大部隊。



当初の予定では、宇宙での戦闘で疲弊したナデシコに止めを刺すために

地上で満を持して待ち構えているはずだった。



そう、だった。

過去形で示さなくてはならないのは残念ではあるが、事実だ。

画面の隅に表示されていた数字のカウントが零を刻んだ瞬間、

天空から漆黒の雷が降り注いだ。



荒れ狂う重力子が全てを飲み込み、光を遮り、空間を鳴動させ、

その内に飲み込んだ全てを原子の塵へと還元させる。



「……高高度からの艦砲射撃」



呆然とそれだけ言うのがやっとだった。

さすがに宇宙からでは距離がありすぎて狙えなかったが、

それでもそれなりの高度なら、相転移エンジンは臨界を保てる。

そこからフルパワーでグラビティブラストを発射。

地上で待機している第二陣を完全に殲滅してのけた。



「どうやら、甘く見ていたのはこちらの方だったようですね」



膨大な破壊エネルギーに巻き上げられた土砂が降り注ぐところで映像は終了していた。

恐らく、偵察用のバッタが土砂に埋まったせいだろう。



「しかし、まだ第三陣と第四陣が ―――」



「氷室君、このまま投入しても各個撃破されるのは目に見えていますよ。

 そもそも第一陣がほとんど何の成果も挙げられず、

 第二陣にいたっては何もしないうちに壊滅させられた時点で、この作戦は失敗です」



その通りだった。

互いに連携が取れない状態で戦力を逐次投入したところで、大した効果はない。

むしろ、各個撃破のいい的になってしまう。



良質の指揮官が残りの戦力を統率すればまた話は違うだろうが、

残念ながら、木連も人材は豊富とは言いがたい。



艦長クラスでは秋山源八郎、白鳥九十九、月臣元一朗を初めとしてそれなりの人材は居る。

しかし、それはあくまで戦術レベルでの戦闘指揮に過ぎない。

無人艦隊を率いて指揮が執れるような人材と言えば、八雲の他には同じ四方天の南雲義政や

八雲の妹である舞歌など、ごく限られた人間になってしまう。



それにしても、南雲は政治部の担当でとても戦闘指揮などできる余裕はない。

舞歌も優華部隊の司令として多忙を ――― たぶん、恐らく、いや、きっと多忙だろう。



ちらりと膨大な書類の山に囲まれている千沙の姿が思い出されたが、

丁重に記憶のタンスのすみっこに追いやっておいた。



それに、八雲というのは論外。

彼は全体の戦略を構築できる更に数少ない人間だ。

たかが一個艦隊の指揮を任せると言うのは、役不足。



役不足は『役の方が、その人の能力に対して不足』と言う意味だから

用法としては間違ってはいないはずだ。



『洗脳探偵』などと言われる翡翠のそばにいると、時々独創的な言葉が聞けるので

いちいちそれを訂正するうちに変な解説癖が付いてしまった京也である。



「あはー、お困りですねー」



「「琥珀(さん)!?」」



噂をすれば何とやらではないが、従卒に案内されて入ってきたのは翡翠の姉で

八雲の妻、更に言うなら木連の保有する2人のマシンチャイルドの内の1人。



「ちょっと、お兄ちゃんに会えないじゃないの!

 さっさと中に入ってよ!」



その後ろには舞歌の姿まである。

犬猿の仲である2人がこうして一緒にいるのも珍しいが、



「でも、なぜ優人部隊司令部に?」



それが一番の疑問だ。

それに、琥珀は軍人ではない。

正確には軍属の扱いを受けている。



理由は言わずもがな。

マシンチャイルド ――― しかも高度なオペレート能力を身に付けているのは

木連と地球の両陣営合わせてもわずかに4名。



ナデシコのホシノ・ルリ、第1機動艦隊のテレサ・テスタロッサ大佐、

そして木連の琥珀と翡翠の姉妹。



木連ではオモイカネのようなスーパーコンピュータがないため、

地球側ほどその重要性が認識されてはいないが、それでもまったく無視するほど愚かではない。

現に色々と黒い噂もあるヤマサキがいろいろとちょっかいをかけてきたこともある。

それらはすべて八雲が遮断していたが、ヤマサキのバックには元老院があるため、

最近は戦時中ということもあって色々とやりたい放題らしい。



その辺のことも思い出し、わずかに眉をしかめる。



……まさか、その関係じゃないだろうな



そんな京也の内心とは関係なしに琥珀は話を進めていく。



「実はですね。 撫子に勝つ方法を舞歌さんと考えたんですよ」



そう言って微笑んだ琥珀を見て京也は確信した。

本当の悪魔も、こんな風にキレイに笑うんだろう、と。





<続く>






あとがき:

今回から火星編に突入です。
そして『割烹着の悪魔動く』の回です。

次くらいで某キノコとか某犬の名前を付けられた男が再登場です。
あとは外道一味もでるかなー。

それでは、次回でまたお会いしましょう。

 

 

代理人の個人的な感想

う〜む、某「大和」と一緒で木連も実は人材不足だったんですねぇ。

やっぱり開戦した時点で結構追い詰められていたんでしょうか。

木連の総人口がナンボかは知りませんが、軍はかなり肥大化していたと考えられます。

その中でさえ作戦級レベルの事を考えられる高級士官ですらロクにいないというのは・・・・・

実は木連って東京都よりも規模の小さい自治体だったとか(爆死)。

 

 

>某キノコとか某犬の名前を付けられた男

おお、そーいやいたなぁ、そんなヤツらも!(爆)

今更ながらあれなんですが、ひょっとしてこの作品のキノコって火星生まれ?

(麻宮騎亜のコミック版ではムネタケは火星出身)

 

 

なお「割烹着の悪魔」と呼ばれる彼女ですが、

「アンなモンは割烹着じゃないっ!」

と叫んで今回の感想を終えさせて頂きます。

(割烹着と言うのはいわゆる「日本の母」が和服の上に着てる白いあれであって、

 琥珀さんのあれは単なるエプロンなんですよ〜)