ネルガルの技術者、ホリコシ・ゴロウはテレビモニターの前で天を仰いだ……。 ディスプレイに映る光景は 彼の想像を遥かに超えていた。 2195年 10月1日 突如として火星へ侵攻してきた無人兵器群。 その電撃的戦術展開と、ディストーションフィールド、グラビティブラスト、 相転移エンジンに代表される技術の差によって連合軍第1艦隊は壊滅。 成す術もなく火星が陥落した。 そして、戦火は月に及ぶ。 開戦からわずか1年足らずで連合は月を失い、地球圏は地球の重力下まで狭くなった。 落下する巨大なチューリップに町は押し潰され、チューリップから溢れ出す無人兵器は無慈悲に人々を殺し続け、 神に祈る声も、悪魔を罵る呪詛も、哀惜の慟哭も等しくその前には無力だった。 これらはすべて、木連が遺跡の兵器を用いて行った歴史上に例のない戦いであった。 狂気ともいえるその戦いにホリコシは震えた。 そして、彼はある決断をする。 彼が戦争を終わらせるために出来る事…… それは、今まで拒んできた軍属を受け入れる事であった。 彼の目的は、敵の無人兵器をあらゆる側面から上回る機動兵器を開発すること。 彼は、それがこの戦いを早く終わらせる 道だと信じていた。 そして、生まれ故郷である月を救う唯一の手段だと。 <逆行の艦隊>外伝 プロジェクトN〜技術者たち〜 月を奪還せよ! 異形の月面フレームに込められた男たちの挽歌 「月を奪還せよ!〜強襲フレームの誕生〜」 「レールガン〜火力限界への挑戦〜」 「エンジンの悲劇〜スタンドアローンを目指した機体〜」 「最初で最後の決闘〜マジンへ挑んだ騎士〜」 「新生への道〜戦後の歩み〜」 これは戦争という破壊の中で平和を目指した、技術者たちのドラマである。 2196年10月 開戦から一年が経過したその日、後に地球圏最強と言われるようになる機動戦艦<ナデシコ>が就役した。 ドック入りした状態のところを無人兵器の大群に襲撃されるという最悪の状況にありながら、 逆に無人兵器群を殲滅してのけるという鮮烈なデビュー戦を飾った。 それを可能としたのが、ネルガル製の新型機動兵器<エステバリス>だった。 IFS対応で、1.65tの軽量にもかかわらず、 高出力のジェネレータと大出力の重力波スラスターを装備する エステバリスは、初陣にしてその有効性を示してみせた。 パイロットが素人にもかかわらず、完璧に囮任務をこなしてみせたのもIFSがあればこそだった。 技術者たちは狂喜乱舞した。 開戦からずっと一方的に叩かれているだけだった地球が、ついに反撃に出た瞬間だった。 しかし、喜びは長く続かない。 ネルガルはナデシコの独立運用を主張。 単独で火星に向かうことを宣言し、それを拿捕しようとする連合軍との間に確執が生まれた。 それはついにナデシコの防衛ライン強行突破という最悪の形となる。 その後、一時はナデシコの地球脱出による一件で連合軍とネルガルの仲は冷えたものになったが、 エステバリスの生産は続けられていた。 従来までの兵器ではバッタやジョロといった高機動の無人兵器に対抗できないことは明白であった。 初代開発主任を務めたホリコシ・ゴロウ。 連合軍とネルガルの意地の張り合いに、落胆していた。 戦争を終わらせるためにもエステバリスを軍へ供給するべきだと主張した。 ――― 本日は当時、開発助手を務められ、現在はネルガルからクリムゾンへ移籍し、 ステルンクーゲルの設計主任でいらっしゃいます、 フジモト・シンゴさんにスタジオへお越しいただきました。 「ええ、そうですね。 あの当時は……ほら、ナデシコがビックバリアを強行突破したことが問題になっていましてね。 そこでさらにデルフィニュウムでしたっけ? 確か明日香インダストリーさんのところの。 それとやりあったって話じゃないですか。 それで、こっちの空戦フレームが勝っちゃったてんですから。 軍の関係者はかんかんでしたけど、私たちは誇らしかったですよ。 あの高度は、空戦にしたって限界ギリギリで、運動性能も落ちてたんですよ」 ――― はあ、にもかかわらず2対9でも圧勝と。 本当に当時としては卓抜した性能だったんですね。 「半分はパイロットの腕ですよ。 それと、実際は余裕なんてなかったらしいですよ。 一対一に持ち込んで、ようやっとだったとか。 途中でエネルギー供給ラインから離れて、ガス欠になりかかったってこともあったらしいです。 それでも素人がプロに勝てたのは確かに性能差もあったんでしょうな」 ――― フジモトさんは空戦フレームには関わっていらっしゃらなかったんですか? 「エステバリスは制式採用されただけでも5種類(陸戦・空戦・重機動・0G・月面)ありましたから。 没になった案なんてその5倍近くで……とても全ては。 ああ、でも、主任は没も含めて全てに関わってましたよ。 本当にすごい人でした」 ――― それでは、火星へ向かったナデシコと、 地球に残ったネルガルと連合軍はその後、どうなっていくのでしょうか? 続きをご覧下さい。 ナデシコが地球を立ってから4ヶ月あまり。 エステバリスの新型フレームの開発と、従来型フレームの生産は細々と続けられていた。 相変わらずネルガルと軍の関係は修復されず、エステバリスは在庫過剰の状態が続いていた。 その間にも前線では多くの兵士が、必死の抵抗を続けている。 しかも彼らは明らかに性能で劣る兵器を少数しか持ち合わせていない。 それは絶望以外の何物でもなかった。 ホリコシはそんな現状を少しでも変えようとしていた。 ネルガルがダメなら、明日香インダストリーに一旦売却し、それを軍が買えばいい。 意地の張り合いで無駄に死んでいく兵士は救われない。 少しでも木星蜥蜴に対抗できる機動兵器を供給するのが義務だと思った。 そして上層部からの返答は ――― 否。 技術の漏洩を懸念したためだった。 ホリコシは悔しさに歯噛みした。 だが、そんな折に急報がもたらされる。 ナデシコが火星で消息を絶ったと言うのである。 その日を境に状況は一変する。 ついにネルガルから折れる形で全面的に軍へ協力することとなった。 エステバリスの大量増産も決まる。 しかし、ホリコシは素直に喜べなかった。 ナデシコの乗員を生贄にしたような後味の悪さがあった。 彼は決意する。 例えどんな状況であったとしても、絶対にパイロットを生還させる機体を作ろうと。 それと同時にホリコシの元に新たな開発指令が届く。 『連合軍は第四次月攻略戦を計画している。 その作戦のために新たなフレームを開発せよ』 ――― さて、今回は制式採用された5種類の中から、特に異色の月面フレームを取り上げたいと思います。 フジモトさん、月面フレームは他のフレームと違い、ナデシコより後に開発されたんですね。 「0Gや空戦も後期型がありますが、確かにそう言えますね。 最初から想定されていたのとは別に開発しろと言われたんですよ。 他のフレームは初めからナデシコとの運用が前提で、並行開発されてました。 その点で月面フレームは初めから異端児でしたよ」 ――― 月面フレーム開発班に選ばれた時のお気持ちはどうでした? 「そうですね……。 私はその時は1−B型の改良案に関わってたんですが、 突然、ホリコシ主任に呼ばれましてね。 何かやらかしたのかと思ってビクビクしながらいったら、 あの人らしからぬ熱心さでとうとうと私に語ったんです。 『このフレーム開発に協力して欲しい。 月を、私の故郷を取り戻すために』って」 ――― ホリコシさんは月の出身者だったんですね? 「ええ。 生まれは月ですが、大学は地球の方でした。 私の大学の先輩でもあったんです。 普段は冷静な理論家だったんですが、あの時は違いましたね。 細く節くれだった指で私の手を握って何度も何度も『頼む』って頭を下げられたんですよ。 私のほうが恐縮してしまいまして、『そこまで仰られるなら、微力ながらお手伝いさせていただきます』って言ったんです。 生まれ故郷の月のことを気にかけておいでだったんでしょうね。 月面フレーム開発に参加した人たちの中にはけっこう居ましたよ。 でも、木連の人たちも元は月の人だっていうじゃないですか。 今思うと皮肉を感じますね」 ――― フジモトさんはどの担当になられたんですか? 「私の専門は電磁誘導物性と導体運動学でしてね。 具体的には、レールガンの開発です」 ――― 月面フレームが機動兵器では初めて装備したと言う? 「いえ、それはちょっとした勘違いですよ。 レールガン自体は1−B型……まあ、陸戦ベースの重装型なんですが、そっちも装備できました。 専用バッテリーとコンデンサを必要としたんで、正確には『月面フレームが初めて標準装備した』です」 ――― そうなんですか。 よく、レールガンは小型化が難しいと聞きますが? 「小型化の際にネックになるのはコンデンサと電源です。 それを除けば、レールガンは早い話が、2本のレールと弾丸だけですから。 エステバリスの場合はコンデンサーを外付けに、電源は外部供給式ですから大して問題にはなりません。 うちのクーゲルなんかではエンジンとジェネレータの出力で何とかしなきゃならなかったんで、 電源の問題に関してはエステバリスの方はそれほど心配しませんでしたね。 細かなところでは色々と問題は出ましたけど、技術的なブレイクスルーは果たしていましたから。 1−Bの強化型のフレームには標準装備させる予定でしたよ」 ――― 相転移エンジンを装備して出力に余裕があったから月面フレームは装備した、というわけではなかったんですか。 「(苦笑)確かにそう誤解されてますね。 でも、実は相転移エンジンの搭載は後から決まったことなんです。 レールガンの標準装備は最初の仕様要求に盛り込まれてましたから」 ――― こうして、技術者たちが集まり、月面フレームの開発が開始されました。 この後、フレーム開発はどうなっていくのでしょうか? 続きをご覧下さい。 第四次月攻略作戦に向け、フレーム開発は開始された。 軍からのエステバリスへの評価は高く、また、新型フレームへの期待も大きかった。 その仕様要求は以下の通りである。 1.無重力下、及び月面での戦闘において敵機動兵器より運動性、加速力において劣らざること。 2.新型のDF発生器を備えた敵機動兵器を標準装備にて撃破せしめること。 3.月面への強襲降下を可能とすること。 4.防御は従来機のDFより劣らざること。 5.活動範囲は従来機に劣らざること。 6.近接戦闘能力において0G戦のそれに極端に劣らざること。 軍からも0G戦フレームの実戦データが届くようになる。 ホリコシたちは、連日連夜、徹底的にそのデータを検討した。 そしてその結果、彼らはある疑問にぶつかる。 『0G戦フレームでは、宇宙空間での局地戦に対応しきれていないのではないか?』 それは汎用性を持たせるための人型であるが故に避けられない問題だった。 だが、エステバリスのコンセプトは、フレーム換装で局地戦にも対応できるあらゆる意味での汎用機動兵器。 ホリコシは、0G戦フレームの限界を感じとっていた。 ことに問題視されたのは最重要とされた1,2の項目であった。 当時、新型のフィールドシステムを備えたバッタが戦線に投入され始め、 エステバリスの主兵装であったラピッドライフルはパワー不足を露呈していた。 早い話が、敵のディストーションフィールドを貫通できなかったのだ。 ホリコシは第2項を解決するために1−B型で技術的ブレイクスルーを終えていたレールガンを主砲として採用することにした。 1−B型の設計チームから、専門家のフジモトが呼ばれたのもこの頃だった。 そして、月面フレームの第1案が上がった。 それを見た担当官たちは一様に絶句した。 それはエステバリスとは名ばかりの、ザリガニに似たシルエットの航宙戦闘機が描かれていた。 担当官は聞き返した。 『これは本当にエステバリスなのか?』 ホリコシは、平然と答えた。 『いけませんか?』 だが、それは没となる。 あまりに人型からかけ離れてしまい、パイロットがIFSでの操縦に支障をきたすと判断されたからだった。 続く第2案、第3案も没となり、ついには軍からの仕様要求にこんな一文が付加された。 『月面フレームは、従来機との運用上の互換を考え、人型より逸脱せしむこと』 それでもホリコシは諦めなかった。 人型に縛られるとしても、従来機と同じ設計では目指すような機体は開発できない。 しかし、ここで問題が発生する。 レールガンを装備すれば、それだけシステム重量は増大し、重量の増加はすなわち機動力の低下を招く。 従来の0Gと同じスラスター配置では、第1項を満足させることはできない。 しかし、スラスターを増やせばそれだけ武器に回せるエネルギーは少なくなる。 外部からの供給に頼っているとはいえ、エステバリスの受信効率に限界があった。 開発は、行き詰った。 ――― 仕様要求はずいぶん厳しいんですね。 「傑作機と言われたエステバリスをさらに強化しろと言われたようなものですからね。 なまじ完成度が高いだけに、いじるのは苦労しました。 とくにレールガンはラピッドライフルより重いですからね。 ほとんどエステバリスの自重の半分です」 ――― スラスターの強化を考えられたとか? 「ある時、若い技術者が言ったんですよ。 それならスラスターを2倍にすればいいんじゃないかって」 ――― なんだかどこかで聞いた話ですね(笑) 「考えることは誰しも同じってことですね(笑) でも、今のエステバリス・カスタムはもともと1基から2基でしたけど、 初期型の0Gは既に2基のスラスターを装備してたんですよ。 どこに載せるんだってのと、エネルギーゲインが足りないのと2つの問題がありました」 ――― 外部供給でもですか? 「受信効率の問題があったんですよ。 コンデンサー容量が今ほど大きなものがなかったのも一因ですが、 当時のシステムではレールガンとスラスターを倍にしたら供給が追い付かないってなりまして。 試作した1号機は0Gにレールガン持たせただけの機体だったんですが、 5発目を撃ったら一時的にエネルギーが空になって止まっちゃいまして、これじゃあ使い物にならんと」 ――― それでは、技術者たちはその問題をいかにして解決していったのでしょう? 『スラスターを2倍にればいい』 皆が呆れるなか、ホリコシは頷いた。 彼が注目したのは、足だった。 0G戦、及びに空戦フレームの実戦データや現場のパイロットの意見を検討した結果、 空間戦闘を主とする2つのフレームはほとんど脚部のホイールを使うことはなかった。 0G戦フレームは月面への強襲を考えて陸戦と同じキャタピラによるダッシュ機構を備えていたが、 彼はこれを不要のものと断じ、代わりに大腿部にもスラスターを配置する構想を示した。 月の重力は地球の6分の1。 4基の重力波スラスターをもってすれば、十分に機動力を確保できた。 足は着陸用と割り切った思い切ったアイデアだった。 だが、斬新なこのアイデアに保守的な担当官や、ネルガルの上層部にすら難色を示すものがいた。 そんな彼らをホリコシは一喝した。 『足なんてものは飾りです!』 ついに上層部が折れ、ホリコシの案が通った。 そして解決すべき残る最大の問題は、エネルギー供給だった。 スラスターを4基に増設した月面フレームは、その分だけエネルギー消費も莫大だった。 従来型の方式ではジェネレーターを強化したとしてもエネルギー供給が間に合わなかった。 根本的に母艦からのエネルギーウェーブには限りがあり、 いかに外部供給にして高出力を獲得しているエステバリスでも限界はある。 最初に考えられたのはエネルギーウェーブの放射量そのものの強化だったが、生憎とそれは失敗した。 理由は様々だが、根本的に母艦とてエネルギーは無限ではなく、何機ものエステバリスにより強力なエネルギーウェーブを 供給することなど不可能だった。 相転移エンジンを搭載する艦艇は主に戦艦であり、 それはまずもって主砲やDFにエネルーギーを回さねばならない。 ホリコシは悩んだ。 レールガンを下ろせば、あるいはDFに回すエネルギーを少なくすればそれは可能となるかもしれない。 だが、それは論外だった。 敵機のフィールドを貫通できない攻撃力、一撃でバラバラになるような防御力しかもたない機動兵器に意味はない。 何日も眠れない日が続いた。 そんなある日。 ヒントは思わぬところにあった。 ホリコシは気分転換に出ていた。 研究施設の裏には一面の向日葵畑。 歩きながらそれを見ていた彼は、ふと、ある文献で得た知識を思い出していた。 『向日葵は、太陽の向きを常に追いかけている』 これだと思った。 ――― 開発に行き詰っていた月面フレームですが、こうして思わぬところからヒントを得ます。 こうして開発はいよいよ佳境へ突入することになります。 しかし、そこに思わぬ運命が待ち受けていたのです。 向日葵にヒントを得た新システムはすぐに試作された。 それは従来は固定式だった重力波アンテナを可動方式へ変更し、 母艦からのデータリンクと併せてアンテナを追従すると言う方式だった。 これによりエネルギーウェーブを受信できる面積は格段に多くなった。 それによってエステバリスのエネルギーゲインはなんと60%も向上したのだった。 試作機の結果も良好。 これからも何度も試験を繰り返して問題点を洗い出していけば、 間違いなく従来のシリーズを上回る機体となるはずであった。 しかし……… 『今さら設計変更しろと!? そんなことをすれば、月攻略戦に間に合わないどころか、全体のバランスを崩しかねない!』 それは突如の設計変更命令だった。 新型の月面フレームはスタンドアローンを可能にしろという要求が新たに突きつけられた。 それは軍からの要求ではなく、ネルガル本社の独断に近い設計変更だった。 それは反ネルガルの先鋒であるクリムゾングループが同じく新型の機動兵器を開発中であり、 しかもその機体はスタンドアローンが可能で、 且つエステバリスをあらゆる面で上回る機体であるという情報がもたらされたからだった。 ホリコシら開発陣は先行量産型として18機の月面フレームが仕上がった状態からの設計変更に反対した。 もともとエステバリスが動力を搭載しないのは、徹底した軽量化と高出力を実現するための苦肉の策であった。 外部動力に頼らなくてもいいような軽量で高出力のエンジンの開発など、今から間に合うはずもない。 そう主張するホリコシに、開発部の部長は告げた。 『現在、別チームが相転移エンジンの小型化に取り組んでいる。 それを使えばよろしい』 愕然とした。 相転移エンジンの小型化に取り組んでいることは知っていたが、 それはあくまで戦艦クラスににしか積めなかったものをより小型の駆逐艦や、 あるいは巡視艇やミサイル艇に搭載可能なようにするためのもので、 月面フレームですら7mが限度とされたエステバリスに搭載できるほどの小型化はまだ数年はかかるはずだった。 なおも食い下がるホリコシに、部長は無情に告げた。 『これは本社からの命令なのだ』 一週間後、ホリコシは辞表を提出した。 ――― いつの時代も、理不尽な命令に泣く人はいるんですね 「主任は最後まで月面フレームの完成を気にかけておいででした。 これは自分の息子のようなものだから、と。 最後まで手をかけてやれなかったのは本当に残念だったと思います」 ――― さて、最後になりますが、その後、月面フレームはどのような運命を辿るのでしょうか? ホリコシを欠いた状況で、開発陣はそれでもできる限りのことはした。 ただ、惜しむらくは全ての努力が実るというわけではないという現実だった。 相転移エンジンを搭載することになった月面フレームは、ホリコシが予想したように相転移エンジンの小型化が間に合わなかった。 結果、フレームは一からの設計となり、機体は10mを越える巨躯となった。 既にそれはエステバリスの範疇に収まるものではなく、しかし、それでもエステバリスであることに固執した結果、 ほとんど意味のないフレーム換装方式を採用した。 4基のスラスターのうち、背中の2基はエンジン搭載用のスペースを確保するために削られた。 肥大化した機体は徹底的に装甲が削られ、手足も1/6の重力下でギリギリ自重を支えられるまでにされたが、 それでも運動性能は改善されず、辛うじてかつて彼らが理想とした月面フレームの面影をとどめるのは、 長砲身のレールガンのみだった。 試作機は1機に止められ、それすら月攻略戦には間に合わなかった。 対抗馬と目されていたクリムゾンの新型は、結局、エンジンの開発が間に合わずに頓挫する。 誰もいなくなった研究室で、フジモトは泣いた。 男泣きだった。 戦後、軍はネルガルの戦争犯罪の調査中に一枚のディスクを入手する。 それには、ホリコシと技術者たちが目指した月面フレームの真の姿があった。 軍の技術者たちは、その完成度の高さに驚愕し、すぐに当時の開発主任であったホリコシの消息を探った。 そして、彼らはついにその消息をつきとめる。 ホリコシ・ゴロウ 2197年 8月 ネルガルを自主退社。 その後、月にて小さな工場を立ち上げる。 同年 10月 カキツバタ開発スタッフとしてネルガルへ特別顧問として参加。 2198年 1月 月面での戦闘に巻き込まれ、殉職。 享年47歳。 その遺体はカキツバタのドックから逃げ遅れた職員を逃がそうと、その手をしっかり握ったままの状態で発見されたと言う。 その後、月面フレーム開発班の大半は、ネルガルを退社し、クリムゾンへ移籍。 そして……2199年 10月1日 この日、新生された統合軍における次期主力機の採用結果が発表された。 大方の予想を裏切り、それまでシェアを独占していたネルガルのエステバリスは、敗れた。 代わりに戦後初の制式採用機の栄光を手にしたのはクリムゾングループの開発した<ステルンクーゲル>。 レールガンという圧倒的火力、脚部に装備した大型高出力の重力波スラスターによる高機動。 そして何よりも、IFSを使わず、パイロットに負担をかけないEOSと高出力DFの装備による生存性の高さが評価された。 開発主任のフジモト・シンゴ。 静かに呟いた。 「あなたの月面フレームが、ついに完成しました」 終戦から1年たった、ある晴れた日のことだった。 <続く>
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