奇跡なんて起きやしない。魔術師でも、いや、むしろ魔術師だからこそそうわかる。
だから、星に願いを託しても、月に祈りを捧げても、叶わないものは叶わないのだと――――




ホシニネガイヲ
作 Lion




「ああんっ、もう退屈!」

わたし、イリヤスフィール=アインツベルンことイリヤはすこぶる退屈だった。
思うに今までが急すぎたのだ。命の奪い合いをしたあの聖杯戦争からしばらくがたっている。

「まったく、タイガやシロウはどこにいったのよ」

プンプンとほほをふくらませて怒る。タイガは部活、シロウはバイト。そうはわかってはいるのだが、声に出して愚痴らずにはいられない。
肺の中にあった空気をすべて吐き出して、ゴロリと畳の上に仰向けになった。
まだ冬も半ば、ぬくぬくと暖かい部屋で少しひんやりとした畳が気持ちいい。

「そうだ!!」

頭が冷えたせいか不意にいい考えが思いついた。がばりと起き上がりさっとコートに腕を通す。玄関を出るときにライガに声をかけられたような気もするが、気にせず家を――――。
――――ああ、そう。こういうときの礼儀。

「――――いってきます」

わたしは黒いコートをひるがえして、颯爽と表に出た。


§§§

「うっわあ」

昨日の晩から明け方まで降っていた雪がすっかり積もっている。
あたり一面まっしろな世界。わたしはまっしろな息を吐いた。
不思議と、足取りは軽くなる。
さあ、行こう。
きっと遠いかもしれない。ううん、たぶん遠いんだろう。
それならそれで構わない。
まだ踏まれていない雪にぴょこんと飛び乗る。サクサクっと小気味よく足元で音がした。
また踏む。音がする。踏みつける。雪が鳴る。
ひどく当然の結果だ。わかってはいるが嬉しくなる。

飛ぶ。
跳ねる。
回る。
体が踊る。
心が弾む。

こんな世界は今までわたしは知らなかった。いや、知る必要がなかったともいえる。
ゆるやかに流れはじめた時間。今までとは違う自分。
これでいいと思うわたしと、何か間違っているという自分。

と、そんなとりとめもない考えは、やかましい音にかき消された。

「きゃあっ」

とけかけた雪をはねのけて、わたしのそばを車が通っていく。危ういところでわたしは濡れずにすんだが。
それにしても危ない。バーサーカーがいたらサックリとやって――――

「えっと、藤村さんのところの……、イリアちゃん?」

呼ばれたようで振り返る。と、そこにはどこかで見た顔があった。たしかタイガの家の近所の人だったと思う。

「イリ。イリヤスフィール=アインツベルンです」

軽くコートの端をつまんでお辞儀する。
正直面倒だとも思うのだが、リン曰く『魔術師でなく普通に暮らす以上"ギタイ"の一つや二つくらいしなきゃね』だそうで。猫をかぶるってことが"ギタイ"というなら、リンの場合片手の指どころか両手の指でも足りないくらいの"ギタイ"をしているのではないだろうか。
それはそれとして、ちょっとカチンと来たので皮肉を聞かせて返事をしてみた。

「ああ、そう。で、イリアちゃんは今日はどちらに?」
「今日は学校まで。タイガ――――お姉ちゃんに会いに」

少しのためらいの後、そういった。
自分でいってみて違和感がある。姉というより手のかかる妹、といったほうがまだしっくりと来る。

「そう? うん。ああ、おつかいね? そうね、あの子は昔っからそそっかしいところがあったから……。ああ、ごめんなさいねイリアちゃん、ご用があるのに呼び止めちゃって」

なにやら向こうで勝手に納得したようだ。わたしとしてはどうでもいいので、話を切り上げてその場を後にする。

ああ――――、そういえば結局、わたし、間違って呼ばれたままだった。


§§§

学校に続く坂道を登りきったところでわたしは大きく息を吐いた。軽く町を見渡す。ずいぶん遠くにシロウの家が見えた。
……ような気がする。ホントのとこは遠すぎてわかんない。

「それにしてもホント遠い」

愚痴とも軽口ともつかないことをいってみる。
目的の1つ――暇つぶし――はもう既に達成したも同然だ。暇をつぶすことのためにタイガのところに行ことがあったのに、手段タイガのところに行くこと目的暇をつぶすことになっているような気がするが気にしない。

そもそも、この手段すらも当初の目的ではなかったかと思う。

無限ループしそうな思考を無理やりに切り上げる。そこで学校で出会ったらタイガはどんな表情をするだろうかと想像してみる。
タイガはまるで、おやつにとっておいたプリンを知らぬ間に食べられてしまったような、そんなとても情けない顔をしていて、わたしは思わず口をおさえて苦笑した。
そんなわたしのそばを車が通る。
今度こそ、車がはねた水で濡れてしまった。

「もう! せっかくのお気に入りの洋服なのに!!」

悔しくて、無駄だとわかっていても雪玉を投げた。放たれた雪玉はゆるゆるとたよりなげに飛ぶ。それが通るのは車のずっと後ろ、ゴミ箱を漁っていたらしい犬に当たった。

告白する。わたしイリヤことイリヤスフィール=アインツベルンは犬が苦手だ。

目をそらさないようにじりじりと横にそれる。
犬の視線がわたしを追う。
一歩横に。少し後ろに。
一歩分、右へ。少し上へ。
犬が吠えたのが先か、わたしが駆け出したのが先か。ともかく無益なおいかけっこが始まった。


§§§

わたしは走る。わたしは走る。わたしは走る。
陸上選手も真っ青なスピードで坂を駆け下りていく。ひたすらわき目も振らず逃げていく。足を取られそうなぬかるんだ足元も気にしないで走る。
――――犬が追いかけてくる。
それでもなお、後ろから荒い犬の鼻息が聞こえてくる。

「イタっ」

張り出した枝で手を引っかいた。ぷっくりと赤く珠になっているところに口をつける。
今は手の痛みよりも、ただひたすらに怖い。

――――助けて、シロウ

心の中にそんなことが浮かぶ。
辺りはいつの間にか薄暗く、わたしは林の中にいる。


わたしははしる。わたしははしる。わたしははしる。
突き出した枝の間を器用にかいくぐって駆け抜けていく。ただ前だけを見て逃げていく。足を取られて転びそうな根を器用に避けて走る。
――――いぬが追いかけてくる。
そして、後ろからは複数の荒い息が聞こえてくた。

怖い。

枝が頬をかすめる感じがした。そこに手をやることもなく走る。
立ち止まれば、そのまま恐怖に飲み込まれる。

(助けて、バーサーカー)

微かにそんな言葉がのどを震わす。
辺りはいつの間にか暗く、わたしは森の中にいた。


§§§

わたしは知る。わたしは知る。わたしは知る。
森。雪。狼。そして、わたし。

――――ここは過去だ

その考えに思い至ったとき、わたしは足元にぽっかり開いた暗い穴に飲み込まれていた。


§§§

しまったとさえも思えなかった。次の瞬間、わたしは派手に前のめりに倒れていた。
その拍子に肺の中の空気が出て行く。

「たす、けて……」

視界がぼやける。体は動かない。ただ声だけが出た。
キリツグやバーサーカ、シロウやリンやサクラやタイガが、次々と真っ白な視界に映る。これが聞いていた"走馬燈"というものなのかと少しおかしくなった。
わたしは人形だったのにね。
死ぬんだ、と思ったら心臓が一つ大きく高鳴った。目の前が真っ暗になる。

「助けて! 誰か!!」

死にたくないと、初めて思った。


§§§

「この――――」

ごうっと耳の奥で低く響く。何も見えない中では音だけがいやにはっきり聞こえる。

「ばかちんがー!!」

小気味良い音が鳴った。
スイッチを跳ね上げるのにも似た音に、わたしの視界も点灯する。急に明るくなった世界に、目がしばたいた。
次第にはっきりしてきた視界に映った音の発生源は、ある意味この場に一番似つかわしくない人物だった。

「た、タイガ!?」
「ヤッホー、イリヤちゃん」

森の中だというのに白い胴着に黒い袴。そして手には竹刀。
そしてなにより人の気も知らず、パタパタと手を振るその姿。どれをとっても似つかわしくない。
その姿には、わたしもはっきりいってドの音も出ない。

「ふふーん、『どうしてここに?』って顔だけしてるね?」
「……ええ、そうよ」

毒づくわたしを尻目に、うんうん、素直でよろしい、とタイガはいう。
いったい何が素直だというのか。

「犬に追いかけられてるイリヤちゃんの姿が見えたからね。これは一大事と部活を抜け出して追いかけてきましたー。ってあれ、どうしてイリヤちゃんがここに?」

首を左右に傾けるタイガを尻目に、別に、と答えた。
わたしは服に付いた汚れを落とす。せっかくの一張羅がドロドロに汚れてしまった。ベタベタした肌着が気持ち悪い。
対照的にタイガは服装のせいかまったく汚れが目立っていない。
――――まったく、いいご身分よね、タイガは。

「うん、だってわたし顧問だもん。でもダイジョーブよー。うちは部長副部長がしっかりしてるから」

いつの間にかわたしが吐いていた泥にタイガが答えた。
吐き棄てられたはずの泥が返ってくる。

「そりゃ、顧問がしっかりしてないから」
「う、いつもにも増して手厳しい。もしかして、イリヤちゃん怒ってる?」

わたしは何も怒っていない。ただ不愉快なだけ。
もし怒っているとすればそれを理解できないタイガに怒っているのだろう。
そのまま、ズンズンと奥へと進んでいく。

――――ザク、ザク、ザク
―――― ザク、ザク、ザク

わたしの足音に合わせて足音が聞こえる。
……ことにしておく。おそらく本人は合わせようとしているのだろうが、肝心の足音は天性のずれっぷりのせいか半テンポ遅れて聞こえてくる。
だからどうしたというのだ。気にせず歩く。

――――ザク、ザク
―――― ザク、ザク
――――ザク、ザク
―――― ザク、ザク

いつまでも、半テンポずれて聞こえてくる。たぶん気付いていない。うん、それは確実。
イライラはとうに過ぎている。
不意に加虐心が頭を上げてきた。

――――ザク、ザク、ザッ
―――― ザク、ザク、ザク、ザッ

案の定、止まるとワンテンポずれて足音が止まった。
さらにもう一つ。片足を前に。そしてそのまま元へと。

「あわわわ、ちょ、それはずるい!」

ドシンと鈍い音がした。


§§§

走る。走る。走る。
組み合った枝の間を駆け抜ける。後ろは見ずにただ逃げる。足を引っ掛けそうなところ――むろん、タイガが――も忘れずに走る。
――――タイガが追いかけてくる。
それから、うがー、という叫び声が聞こえてくる。

「ははっ」

何かが落ちていくように感じる。たぶんそれは重要なものだと思う。
でももう必要のないことで、大切なものでもないと思う。

――――さようなら、過去わたし

なぜかそんな風に思えた。
辺りはいつの間にか白く、わたしは腕の中にいた。


§§§

「このいたずら子あくまめ。このこの〜」

タイガが私の頭を小突く。
はたから見たら何に見えるのか、それだけが少しだけ気になった。


「――――タイガは強いね」


タイガは変わらない。たぶんどんな時も周りを巻き込んでマイペースで行くのだと思う。そしてそれはとても強いことだと思えた。
自然とタイガに向かい手が伸びる。

「うん。だってわたし、士郎やイリヤのお姉ちゃんなんだもん」

そういってタイガはわたしの手をとった。
その手は冷え切った手にとって暖かいものだった。

「お姉ちゃんはかわいい弟や妹のためにしっかりしてなきゃいけないのだ」

誇らしげに胸を張る。まるで食べられてしまったプリンの代わりに、もっと良いものを買ってもらったようなそんな顔をしていた。
前のと合わせると、もっとおかしくなって笑ってしまう。
何、というタイガに対しても、わたしは照れ隠しにもう一度笑って見せた。

「変なイリヤちゃん」
「変なのはタイガの方。そういう台詞はちゃんとしっかりしてからいいなさいよ。朝も起こしてもらってる。朝ごはんも作ってもらっている。いつも遅刻しそうになる。このへんのドコがしっかりしてるっていうのよ?」
「う、痛いところと突いてくるわね。でもわたしつよいもーん」
「それとこれとは話が別」

二人して他愛のない会話で笑いあって林の中を歩いていく。学校が見えた辺りで、タイガにあることを聞いてみたくなった。なぜかタイガならと、そう思えた。

「ねえ、タイガ……」
「ん?」
「奇跡を信じるコトや何かに祈るコトって、どういうものだと思う?」
「うーん、難しいことを聞くねぇ。でも……」
「でも……?」

じっと耳を澄ませてタイガの言葉を待つ。タイガは頭を左右に傾けたり、回してみたりと挙動不審このうえない。
そしてタイガの口から聞こえてきた言葉は、わたしを驚かせるのに十分だった。

「たぶんきっと、無駄じゃないと思うよ」
「それは、どうして……?」

そう、どうして。願うだけですべて叶うというなら人がやることなすこと無意味ではないのか?
たぶん、わたしはそんなことをいったのだと思う。

「うん、もちろんそんなことはないんだけど……。ほら、なんか願ったら救われた気分になるじゃない。それにさ、あの時イリヤちゃん『助けて』って願ったでしょ?だから多分助かったんじゃないかな?」

よく、わからない。
タイガの言葉はたどたどしくて到底納得できるものではない。だというのに心の隙間に入り込んでくるような気がする。

「ああ、そうだ! 願いってさたしかに祈っても叶うもんじゃないけどさ――――」

それは鍵穴に差し込んだ鍵を回すように、置いた最後の一ピースをはめ込むように。ゆっくりと踏み出されたわたし達の一歩とともに、タイガはいった。

「願わなきゃ、叶わないじゃない」

その一言で、わたし達は林から出た。


§§§

「――――それは、詭弁」

でも、それでもいいのかもしれない。だまされたままでいるのもいいことだろう。
たぶん、前ならこんなこと思えなかっただろう。

「うーん、そうかなぁ。ま、難しい話はこれまでにして……。さ、お家に帰ろうか」
「それはとてもいい案だけど。タイガ、部活は?」
「だからへーきへーき。うちはぶちょ……」
「『部長副部長がしっかりしてるから』でしょ? まあ、いいか。ああ、それにしても、すっかりタイガのいい加減さがうつっちゃった」
「いいんじゃない? イリヤちゃんはぴりぴりしすぎだし」

そのまま、学校を後にする。
『願わなければ叶いはしない』その言葉をかみ締める。なら、わたしもささやかな奇跡ネガイを祈ってみよう。

「ねえ、タイガ。ずっとこんなささやかな日常が続けばいいね」

んー、そうだね、と振り返らずにタイガは返事した。


だからわたしは、星に願いを託してみよう。月に祈りを捧げてみよう。
きっと奇跡が、起こると信じて。



<後書き>
半年(以上)ぶりでお久しぶりなLionです。
いやまあ、この半年間何をしていたのかと聞かれても答えられませんが……。
これ書き始めたのは確か4月末くらいだと思うんだけどなぁ。ホント何してたんだろ……?
さておき、今回はFateからイリヤでSSを書いてみました、ハイ。
ナデシコSSだと思っていた方、残念でした。
会話苦手ですねぇ、テンポ取るの苦手ですねぇ、話を切り替えるの苦手ですねぇ。って駄目じゃん自分。
電波は来るのに書けやしねぇ。誰か助けて。
自分でこの作品に混ぜた毒にやられそう。まあ、その分いろいろ遊んでいるからいいのかもしれないですが。
あ、で、今回も題名がカタカナですが、さして複意はないので。そのかわり(といっちゃなんですが)タイトルで遊んでみたり。
愚痴りたいコトはいっぱいあるような気がしますが、思い浮かばないので割愛。感想とかでいろいろ言われればそのときにするかも。
とりあえず、また半年後ぐらいに(え?)

私信
MSNメッセはじめました。暇してるので言いたい事があるならこちらからもドーゾー

それでは、皐月さんどうぞ!

 

感想代理人プロフィール

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感想代理 皐月

感想遅れてごめんなさい。
漸くパソコンの修理が終わったので感想を。

 

唐突ですが、イリヤルートが消えたのは最大の失策だと思うのですよ。
巷では桜ルートを消して、イリヤルートを、という話が出てますが個人的には桜ルートも好きなものですんで、
ここはやはり既存3ルートプラスイリヤルートがベストかと。

まぁ、そんな益体もない話は置いといて――イリヤはやはり悪魔っ娘が一番ですね。
あのシーンとかあのシーンとかあのシーンとか。
士郎に殺意を覚えたりしたのが良い思い出。
かと言って、この話のイリヤは駄目ですかーと聞かれれば違いますが。
なにせイリヤは姉属性と妹属性という矛盾した性質を持つキャラですし。
つまり何が言いたいかというと――姉属性イリヤも書くんですよね? と言いたいわけです。

 

姉? タイガー? ありゃ獣属性だ。
妹? 桜? ありゃ狂愛属性だ――クリティカルだが。