俺は何がしたいんだろう…
北辰を殺して…
復讐を果たして…
これから何がしたいんだろう…
いったい俺はどうしてしまったのか…
最近よく夢を見る
昔の夢だ
今までは悪夢しか見なかったのに…
いや、これもある意味悪夢の一つだろう
俺と、ユリカと、ルリちゃんと三人で屋台を引いていた頃の夢だ
俺は夢の中ですら彼女たちの笑顔が見れない
いや、正確に言うならば顔すら見れない
二人の顔はぼんやりとした輪郭でしか見えない
それでも、笑っているということだけはわかる
見えないのは、俺自身がそれを見るのを拒んでいるからだろうか
この夢を見ている時点でそう思うことは矛盾しているのだが…
このような夢を見るときは限ってラピスが近くにいるときだ
ラピスはそのたびに俺を心配する
本当に俺を心配しているのだろうか?
別に彼女は俺自身を必要としているんじゃないのか…
テンカワ・アキトではなく、彼女を助けた黒い王子様という役柄がなくなることだけを心配しているんじゃないか
そして、その心配そうな目
哀れんでいるようで…
蔑んでいるようで…
やめてくれ
ラピスは、俺のことを純粋に心配しているだけだ
そのように思ってしまうのは、俺自身がそう思っているせいだ
だが、そうわかっていても、彼女の目をまっすぐに見れず、顔を逸らす
どうやら、俺の世界を保っていたのは皮肉なことに、俺が憎むべき奴らだったらしい
奴らを憎むことで、俺は、俺でいられた
俺のこのどうしようもない弱い心は、奴らを憎むことで保っていけた
俺の体を、正義と言って弄繰り回した奴ら
日に日に死人が出る地獄で辛そうな風を装い、その実、他人の命を弄ぶことに快感を得ていた奴ら
そして、死ぬときに見苦しい命乞いをしながら生き恥を見せる奴ら
笑わせる
人に正義のための礎になれなど説いておきながら、自分が死ぬときは味方すら呪詛の対象にしていた
そんな醜い奴らを、憎み、殺し、蔑み、せせら笑うことで、俺は不幸を嘆くことを止めていられた
しかし、その対象がいなくなった今、俺の心はドンドンと壊れていってる
いなくなって、初めて気づいた
あいつらは俺の世界に必要な奴らだったんだって
この身に降りかかった不幸を嘆く代わりに続いたこの恨みの対象は消えてしまった
俺が消したのだから当然だ
しかし、俺のこの恨みは消えはしない
消えてしまったら、俺は、俺でいられなくなる
昔の、元の弱い俺に戻ってしまう
誰でもいい
何処でもいい
何でもいい
何かこの心を保つための捌け口になるものは…
矛先は案外簡単に見つかった
俺の家族だった人たちだ
まあ、俺に知り合いが少なかった為もあるんだが…
ユリカ
俺が苦しんでいる時に自分勝手な夢を見て、のん気に寝ていた女
そして、俺の命があと僅かだというのに、あの女には俺とは比べ物にならないぐらいの時間が残っている
ルリ
俺が苦しんでいるのを知っているくせに、自分の願望を自分勝手に押し付けてくる女
あの女には、もう昔の俺がいないということを、この上なくわかりやすく教えてやったのに、わからない振りをしている
…なんて皮肉だろう
彼女を助けるために今まで苦しんできたのに、今の俺は、逆に彼女を憎んでいる
…いや、この憎しみは、俺の知らないところに隠れていただけなのだろう
だって、これほどの憎悪がすぐに育つはずがないのだから…
だが、一番憎んでいるのは俺自身だ
大切だったはずの彼女を、守れなかった弱い俺
大切だった彼女を置き去りしてしまった弱い俺
そして…
大切だったものを憎んでしまう弱い俺
彼女たちを憎むなんて、仲間を憎みながら死んでいった奴らと同じじゃないか
なんて無様なんだろう
大切なものを憎んでしまう俺は、本当に無様だ
くだらない
俺は本当にくだらない
苦しみながら、もがきながらしてきたことを、自分で無駄にしている
今までの自分自身を否定しているようなものだ
だが、そうでもしないと、今の俺は自分自身を保てない
…そうか
ようやくわかった
俺は、彼女たちのもとへ帰れない理由が
血で汚れているからとか、そんな格好良い理由じゃない
ただ、今のこの醜い自分を知られたくないだけだ
大切なはずの彼女たちに…
そして、憎んでいる彼女たちに、嫌われるのが怖いだけだ
憎んでいるのに、嫌われたくないなんて、なんて矛盾だろう
そして、なんて醜いんだろう
狂いそうだ
昔はこんなことを思う余裕がなかった
だから気付かないでいられた
だけど、復讐が終わった今、嫌でも思い知らされる
自分の偽らざる本心を…
自分と奴らは同じだってことを…
嫌だ
知りたくない
知りたくないんだ…
彼女たちとの思い出だけは綺麗なままが良い
だから…もうこれ以上そんなことは思いたくない
狂いたい
俺は、全てを忘れ、狂いたい
そうすれば楽になれる
狂えば、彼女たちを憎まないでいられる
狂ってしまえば、テンカワ・アキトなんて人間はいなくなるのだから…
俺が狂った時、俺を止める人は現れるだろうか
できれば、彼女たちに止めてもらいたい
俺が狂う原因となった彼女たちに
さあ、俺を殺(とめて)してくれ
この憐れで弱い俺を殺して(とめて)くれ
憎しみに囚われたこの俺を
大切な君達を憎んでしまうこの俺を
それだけ、俺が、君たちの知っているテンカワ・アキトに戻る唯一の手段なのだから…
後書き
自分を保つために人を憎む
そういう風に言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、別に特別なことじゃないと思うんです。
例えば、今まで仲の良いグループ(A)がいて、嫌いなグループ(B)がいたとしましょう。
ある時、いきなりBがいなくなりました。
そうすると、今までBに向けられていた感情は行き場を無くしてしまいます。
そうすると、仲のよかったAの中の一人の今まで気にもならなかった短所が途端に見えてくるでしょう。
そうして、仲の良かったはずのそいつを、今度は嫌いになっていくということがあると思います。
別にいなくならなくても、Bを嫌っている理由がなくなれば、Bを嫌って良い理由を探し出すでしょう。
別の例えでもっと簡単に言うなら、いじめなんてのが最たる例でしょう。
全員が全員そういうわけではないと思いますが、こういった人は多いと思います。
ちなみに、そんなできた人間ではないので、俺にもそういった部分は当然あります。
注 このユリカはDC版みたく元気です。
代理人の感想
タイトルはラルさんのご要望に従い私がつけました。
「業」というのは生きていくためには罪を犯さなければならない宿命、
例えば生命を維持するために他の生き物を殺し、食らわなければいけないことを指します。
言いかえると人間がそのうちに持つ拭いがたい「悪」の事とも言えるでしょうか。
確かにアキトのそれは醜い感情であり、まぎれもない「悪」であります。
ですが、それは人間が人間である限り決して避けられない事でもあるのです。
あなたも、私も、こうなってしまう可能性を常に秘めて生きているのです。