田舎の片隅の一軒家。その日があたる庭先で、小さな梅の木に、白い花が咲いていた咲いていた。 朗らかな陽気の中に吹く風にわずかに揺られて、かわいらしい花弁が一つ、ひらひらと地面に舞い降りる。そこでは数え切れないほどの先客が、役目を終えた家族を決して悲しませまいと、同じように風に揺られながら歓迎の意を示していた。 その様子を見て妙に嬉しくなった彼女は、相好を崩し、頬に刻まれた皺をより一層深いものにする。 「どうしたんだい、いきなり笑って」 背後から声が聞こえる。そう、背後から。だというのに、彼女の背に立つ人の声は、迷いなく彼女が笑っていると告げていた。 「いえ、ね。花が綺麗だなって見とれていたんですよ」 柔和な笑み浮かべたまま、ゆっくりと振り返りながら背後の人の顔を確認する。きっと彼も笑みを浮かべているのだろうと確信を持ちながら。 「体を、冷やすよ」 苦笑しながら、困ったように頭をかいている老人の姿。思ったとおりの表情を視界に収めた彼女は、満足して一つ首を大きく縦に振る。 「はぁ」 自分の言を聞き入れる様子のない彼女に、男性の口からついつい溜息が漏れる。だが、そこには諦めだけではなく、隠し様のない親愛の響きを聞き取ることが出来た。 「どうしたんです?」 そんな彼の心境を知ってか知らずか、彼女は彼の顔を覗き込む。瞳には、年を経て更に色を増した慈愛をたたえながらも、子供のようなあどけなさが見え隠れしている。それだけは、例え年月でも消し去ることは出来ないだろう。 取り残されているのは自分だけではなかろうか。わずかな不安が老人の心をよぎる。 「なに、わがままなお姫さんが言うことを聞いてくれないのでね。ちょっと困っていただけさ」 なんとなく、彼は意図的に彼女が昔好んでいた言い回しをしてみた。昔の彼女ならば、こんな時はどうしただろうと思い浮かべながら。 「そうですか」 だが、予想に反して、彼女がはしゃぐことはなかった。ただ、彼に向けて抱きしめるような笑みを浮かべながら、小さく頷いただけ。 「うん、そうだよ」 風が吹く。春の日差しに暖められた、優しい風だ。それに負けぬほど朗らかな笑みを浮かべながら、老人は彼女の隣に座る。彼の心に不安はもうない。いつ自らの命が尽きるともわからぬまま生きてきた彼にとって、彼女が自分よりも先に亡くなるかもしれないということはあまりにも恐ろしかった。一人で置いて逝かれるのは、何より心細かった。二人で過ごした時間も、唯の幻と消えてしまうのではないかと怯えてすらいた。きっと、自分は再び罪に押しつぶされてしまうと。 でも、もう大丈夫。 「俺は、ユリカのこと大好きだよ」 「うん、アキトは私がだーいすき」 どちらからともなく体を寄せ、二人して、少しずつ散っていく梅の花を眺めていく。 「それでね―― 私は、アキトさんがだーいすき、なんですよ」 ――END―― 後書き 年をとったユリカにアキトをさんづけで呼ばせたいと思っただけのやまなし、おちなし、いみなし作品。 自虐的なアキトとかなくて、単なる幸せな老後を過ごして欲しいなとか思ってたのに変なところが入った。若干反省。 |
代理人の感想
一瞬「どこから出てきた、ホシノルリ!?」と思いましたよ。
思いますよね?(笑)
それはともかく、ラルさんの頭の中にあるユリカはそれでも違和感無いのかもしれませんが、
私としては何ぼ年を取ろうがユリカがアキトをさん付けで呼ぶのは凄まじい違和感があるわけで。
それともルリとなにか過去にあって、それを機にルリの呼び方を継承したとかそんな風に自己補完しないと、とてもじゃないが追いつきませんね(苦笑)。
でも、ほのぼのしてるのはなんかよかったです。