終幕 ラピス・ラズリ

 

 ミナトの力は借りられなかった。

 やっぱり自分で何とかするしかない。

 

 私は一人でサセボ・シティに来ていた。

 

 ナデシコ整備の為の停泊が目的だけど、それに伴ってクルーの面々は休暇が与えらた。

 でも、アキトだけはネルガルの依頼で西欧方面軍総司令のグラシス=ファー=ハーテッドに会いに行っている。

 軍から帰って来た時の手続きがまだ少し残っているらしい。

 この事を知ったのは今朝の事だった。

 もうアキトはナデシコを出た後だったから誰も一緒にいけなかった。

 

 某組織の会長が動いてる事は間違い無いと思う。

 みんなかなり怒ってた。

 せっかくの休みにアキトがいないんだから当然だと思う。

 

 お仕置きしてもいいんだけど今回は止めておく。

 私がやらなくても他の人達がやってくれるだろうから。

 それに私にはやることがある。

 

『大人っぽくなってアキトを誘惑!!』

 

 いろいろと障害は多いけど私は諦めない。

 本当はミナトと一緒に来るつもりだったんだけど昨日のあれ以来、どういうわけだかミナトにあえなかった。

 部屋にいってもいないし、コミュニュケも通じない。

 今日も朝7時に部屋を訪ねたけど、ダッシュの話では朝6時には部屋を出ていたっていってた。

 久しぶりの地上での休みだから何か用があったのかもしれない。

 

「…きっと逃げたんだよ」

「何? ダッシュ」

「ううん、何でもない」

 

 仕方ないわ。

 これもアキトと私の前に立ちふさがる愛の試練なのね。

 待っててアキト、私きっと乗り越えて見せるから。

 アキトが驚くような大人の女になって帰ってくるからね!!

 

 この一歩は小さくても、私の大望の記念すべき第一歩……

 

「おや、ラピス。どこに行くんだい?」

 

 あ、ホウメイさんだ。

 この人、好き。

 ナデシコで好きな人物のトップ3にランキングしている。

 もっとも、ナデシコにいる女性って大半は恋敵だし、男性の大半は……あれだから。

 

 ちなみに一番下にはわざわざ特別席を設けてハーリーが鎮座してたりする。

(何でだよぉぉぉぉ……by ハーリー)

 まあ、それはさて置き。

 ホウメイさんは恋敵でもないし、アキトにとって大切な料理の師匠。

 いい人だと思う。

 

「ちょっと町に」

「そうなのかい? それじゃあ、お昼には帰ってきなよ」

「だめ、大事な用だから。遊びに行く訳じゃないからそんなに早くは……」

「今日、ようやく食材が入ったからね。前から食べたがってた苺ショートケーキを作ったげるよ」

「……苺ショート」

 

 憧れの苺ショート。

 ケーキは好き。

 昔(未来?)、アキトと一緒にいた時はエリナが色々と用意してくれた。

 こちらの時代ではあまり食べる機会が無かった。

 研究所では食べられなかったし。

 ナデシコに来てようやく食べられた。

 ホウメイさんの作るケーキは前にエリナに食べさせてもらったのより美味しかった。

 でも苺ショートだけは作ってくれなかった。

 隠し味に使っている食材が終わってしまってるからだっていってた。

 隠し味なんかなくてもいいっていったけど駄目だった。

 料理人のこだわりなんだそうだ。

 

 ……苺ショート好きなのに。

 

「ラピス、涎垂れてるよ」

「あ…」

 ……はっ、いけない。なんか第1歩を踏み出す前から挫折するとこだった。苺ショートが何よ。そんなの……

 

「ああ、そういえばアキトは昼過ぎには帰ってくるんだってね。何だったらアキトに作ってもらうかい?

 私が作ってもいいんだけどね、ラピスにはアキトの作ったもんのほうがいいだろう?」

「アキトの料理……」

 

 ……い、行かなきゃ…でも別に次の機会でも……い、いえ、だめよラピス。

 いきなり挫折してどうするの!! 

 そんなことを続けてたら、これから先も大人の女になんかなれない!!  

 心を鬼にして進むのよ!! 

 アキト、ごめんね。アキトの料理は大好きだけど、私……

 

 決意を新たに血の涙を流して後ろ髪を引かれまくりながら、私はナデシコを後にした。

 

「……そうだね。3時のおやつまでには帰ってくるか」

 

 そんなホウメイさんの呟きは私には当然ながら聞こえなかった。

 

 

 

 

「ここね」

 

 ナデシコを出てから4時間後、私はサセボ・シティにある酒場の前に立っていた。

 サセボ・シティクラスの町なら酒場は腐るほどあった。

 でも、昼前のこの時間にやっているとなるとそれほど数はない。

 少し薄汚れていてあまりいい雰囲気じゃなかったけど、ここら辺で妥協することにしよう。

 高望みはいけない。

 この4時間でそのことは嫌というほど思い知った。

 

 初めに行ったのはサセボでも有名なブティックだった。

 店員のお姉さんが一緒に服を探してくれた。

 でも、見つからなかった。

 お姉さんが言うには露出の多い服もあるけど、どれを着ても色気より可愛らしさや活発な雰囲気が出ちゃうん

だって。

 

 最後には店のコンピュータを使って世界中の服を検索して、私に着せるようシミュレートしてみたんだけど

結果は惨敗。

 

 どうしても絶対的に足りない……

 思わず胸元に視線が言ってしまう。

 

 ……泣かないもん。

 

 2時間に及ぶ調査の結果、私はすまなそうに頭を下げる店員のお姉さんに礼を言って立ちさった。

 

 

 次に立ち寄ったのは高級化粧品店。

 この店は嫌い。

 店に入っても誰にも相手にしてもらえなかった。

 仕方ないから自分で粧品を手を取ったら店員につまみ出された。

 悔しくてその店の経理、顧客データをめちゃくちゃにしちゃったけど、かわいい仕返しよね。

 

 

 その後何件かよったが結果はほとんど同じ。

 たぶん、今ごろ私が周った店では大騒ぎだろうけど私の知った事じゃない。

 

 最後に寄ったこじんまりした化粧品店でようやく化粧品を触らせてもらえた。

 店員のおばさんに話したら私くらいの年齢は化粧が必要ないことを懇切丁寧に1時間に渡って説明してくれた。

 おばさんの言う事は分かったけど、せっかくここまで来て何もしないで帰るのは嫌だった。

 結局、根負けしたおばさんがリップをぬってくれた。

 リップを塗るのは初めてだった。

 少しだけ大人の気分。

 親切なおばさんを困らせたくないし、この辺で妥協する事にした。

 

 

 

 そして、今酒場の前にいる。

 ここまでに費やされた時間は4時間。

 朝早くに出てきたというのにもうお昼。

 ここまでの成果は口元にひかれたリップのみ。

 

 そろそろお腹も空いてきた。

 次なる計画に移行する事にした。

 

「そうよ!! 酒場よ!! 大人の雰囲気……まあ、ここはあまりいい雰囲気じゃないけど、ここならご飯も食べ

 られるし、お酒も飲める。

 そのうえ仲間だろうと情報だろうとお尋ね者だろうと、何でもGETできる大人達の社交場よ!!」

 

 あれ?

 少し違ったかな?

 一昨日やったRPGでは確かそういってたと思ったけど……

 まあ、いいや。

 私は決意とともに酒場の扉を開いた。

 

「いらっしゃ……なんだ、どうした譲ちゃん?」

 

 カウンターに立ったマスター(っていうんだよね?)が不思議そうに聞いて来た。

 店にいた他の客たちも不思議そうな視線を向けてくる。

 

 私は気にしない振りでカウンターの席によじ登った。

 周りから熱い視線を感じる。

 

 えへへぇ、お客の視線をくぎづけね。

 やっぱり、このリップっていうのが良かったんだ。

 よし、こういう所は初めの印象が大事ってなんかにのってたし、大人っぽい雰囲気をかもし出さないと。

 とすると、やっぱりここは……お酒よね!!

 

 私ってお酒を飲んだことはないんだよね。

 ナデシコでも飲むことはなかった。

 当然研究所でも。

 一度アキトに頼んだこともあったがやんわりと断られた。

 

 だから決めてたんだ。

 今度の件で絶対お酒を飲んでやるって!!

 

「……何かカクテルを」

「おいおい、ガキに飲ます酒なんか……」

 

 私の言葉に驚いたマスターが答えるより早く、近くのテーブルで飲んでいた男が近づいてきた。

 お酒臭い。

 顔は真っ赤だし、テーブルには酒瓶が転がっている。

 

 きっと人生の落伍者ってやつね。

 

「けっ、カクテルだぁ? ガキが昼間ッから何言ってやがる。

 帰って母ちゃんのおっぱいでも飲んで寝ちまいな!!」

「私、ガキじゃない」

「ああん? お前のどこがガキじゃねえってんだよ」

「私はこれでも12。立派な大人よ」

 

 

『 ……12歳は未成年です。お酒は20歳になってから 』

 

「何歳だろうが、関係ねえ!! おら、ここはお前みてえなガキが来ていい場所じゃねえんだよ。

 さっさと失せな!!」

「きゃっ!!」

 

 酔っ払いに腕をつかまれて引っ張られた。

 そのまま酒場の外に向けて引きずられる。

 必死に抵抗したけど、どうしても離れなかった。

 握られた手が痛い。

 

 このまま、何も出来ないで追い返されちゃうの?

 そんなのだめ。

 こうなったら、実力行使しか……

 

 でも、私が行動を起こす前に横から声がかかった。

 

「何やってんだ?」

「あ、旦那……いや、こいつが……」

 

 横合いからかけられた声に震えたように酔っ払いの動きが止まった。

 つられて声のしたほうに視線を向けるとそこにはナオさんがいた。

 いつもの怪しげな黒服サングラスだけど、今日はどこかこざっぱりしている。

 ナオさんは酔っ払いに笑いかけながら口を開いた。

 

「ラピスちゃんがどうかしたのか?」

「え? 旦那のお知り合いで?」

 

 呆然と聞き返す酔っ払いの問いには答えずにナオは笑顔でその肩を叩いてる。

 知り合いなのかな?

 どちらにしろ、この出番はなさそうね。

 私は懐から出そうとしていたものをしまった。

 それが何かは……秘密。

 

「キルト、ずいぶんと思い切ったことをしたな。いや、あの臆病者のお前がここまでやるとは。

 感心した。安心しろ、骨は拾ってやる」

「……へ?」

 

 キルトと呼ばれた酔っ払いの口から間抜けた声が漏れた。

 ナオさんの言葉の意味がわからないみたい。

 もしかして、あれの事を知ってるのかな?

 でも、ナオさんの前で使った事はないんだけど……

 

 ナオさんは喉の奥で笑いながらキルトの耳元に顔を寄せた。

 

「この子はラピスといってな。俺の知り合いであり、そして……」

 

 ここでいったん言葉を切って、清々しい笑顔で告げた。

 

「……テンカワ・アキト、漆黒の戦神の娘だ」

『……』

 

 その言葉に酒場に水を打ったような静寂が流れた。

 どうやら、これの事じゃないみたい。

 でもアキトって、有名なのかな?

 みんな固まったみたいに動かなくなっちゃった。

 なんか青い顔してる人もいる。

 

 キルトはがくがくと振るえながら助けを求めるようにナオさんを見てる。

 あ、手の力が弱まってる。

 私はキルトの手を振り切ってナオさんの後ろに回った。

 私が手を下すまでも無いみたい。

 

 周りの人がキルトに同情の視線を送ってるけど助けようと動く人はなかった。

 やっぱり誰しも自分がかわいい。

 そんな様子をナオさんは楽しそうに見てる。

 

「どうするラピスちゃん? アキトに頼んで仕返ししてもらうか?」

 

 ナオさんの言葉にキルトの震えが一層大きくなる。

 アキトに言えば確かに怒ってくれるだろうけど、アキトにあまり迷惑は掛けたくない。

 それに私はもう大人だから自分の事は自分でやる。

 キルトって人の顔も名前もわかったし、報復はいつでも出来る。

 

「別にいいよ」

「お、大人だねえ。だとさ、よかったな」

 

 そういってナオさんが肩を叩くのとキルトが安堵のあまり越しを抜かすのは同時だった。

 私は気にせずにカウンターへと戻った。

 その隣にナオさんが座る。

 もうキルトの姿はなかった。

 逃げ足は速いみたい。

 

「ラピスちゃん。一人で来たのか?」

「うん」

「ったく、アキトは何をって……今はお出かけ中か」

「ナオさんは何しに来たの?」

「ちょいと待ち合わせだよ。それにここの店は俺のなじみでね」

「みんな、アキトの事知ってるみたい」

「まあ、ここは軍関係者やその筋の奴が多いからな。アキトは有名人だし」

 

 ナオさんがいうように店の客の何人かはどう見てもカタギには見えない。

 

「ラピスちゃん。腹へってんじゃねえか? アキトの飯には劣るがここのマスターの腕も中々だぞ。食ってくか?」

「うーん、いいわ。奢らせてあげる」

「ははっ、ありがとさん」

 

 アキトじゃないのが残念だけど仕方ない。

 私はナオさんの申し出を受ける事にした。

 お腹も空いてるし、ナオさんは嫌いじゃない。

 アキトには遠く及ばないけど好感は持っている。

 

 ……手駒としては最適だ。

 

「じゃあ、カクテルもね」

「おいおい……」

 

 私の言葉にマスターがまた口を開こうとした。

 でも、今度はナオさんが口を挟んだ。

 

「りょ〜かいだ。マスター、この子にいつものやつを」

 

 マスターは一瞬訳がわからないという顔をしたけど、ナオさんが頷いて見せると納得顔で笑みを浮かべた。

 なんだろ?

 

「……ちょっと待ってな」

「いつもの?」

「そ、俺が毎回飲むやつだ。とりあえず、一杯付き合ってくれよ」

「いいけど」

 

 どんな物かはわからないけど、大人のナオさんが飲むのならきっとお酒だよね。

 お酒なら種類なんてどうでも良い。

 お酒を飲むということ事態が重要なんだから。

 だけど、目の前に出されたものは私の期待を裏切っていた。

 

「…これって?」

「ん? オレンジジュースは嫌いか?」

「お酒じゃないの?」

「酒は飲まないよ。アキトと同じでね」

 

 そういえば、無理やり飲まされてるのを抜かせば、あまりアキトが進んでお酒飲んでるのって見たことない。

 

「なんで?」

「酒は判断を鈍らせるからな。一瞬の判断が必要な職業についてる奴らはめったに飲まないよ。

 ま、アキトの場合は下戸ってのもあるんだろうけどな」

「ふーん」

「ま、アキトと一緒に飲みたいならあいつは酒よりもジュースのほうが喜ぶと思うぞ」

 

 そういってナオさんがおいしそうにジュースに口をつけた。

 

 私も頷きながら飲んだ。

 ナデシコを出てから休まずにここまで来ていて喉が乾いていたから、とってもおいしい。

 

「おいしい」

「そいつはよかった。それで、今日はどうしてこんな所へ来たんだ?」

 

 ナオさんは微笑を浮かべたまま聞いてきた。

 

「大人になる為よ」

「……は?」

「大人っぽい女になってアキトをのうさつするの」

「なるほど」

 

 ナオさんが笑ってる。

 

「アキトも守備範囲が広いな」

 

 そんなナオさんの言葉は聞かない事にしてあげた。

 私達の話を隣で聞いていたマスターが声をかけた。

 

「おいおい、悩殺するには譲ちゃんはちょっと若すぎないか?」

「うるさいの!! 大丈夫よ!!」

「ガキはみんな……」

 

 口論になりかけたところで、ナオさんがマスターに声を掛けた。

 

「マスター。ここは俺に任せておいてくれよ」

「まあ、いいけどよ」

「悪いな」

 

 マスターは軽く肩をすくませると仕事に戻った。そして、立ち去るときにナオさんの耳元で静かに呟いた。

 

「……とうとうロリコンに走ったか、ナオ」

「マスターっ!!!」

 

 私は大人だけど、子供だから良く分からない。

 

「ったく、俺はアキトじゃねえよ」

 

 ナオさんが拗ねるように何か言ってたけどよく聞こえなかった。

 ナオさんの叫びを背に受けマスターは笑いながら去っていった。

 その様子を見ていたナオさんは咳払いを一つして私に向き直った。

 

「悪かったな」

「別にいいよ」

「ありがとな」

 

 そういってにっこりと笑った。

 

 ……ナオさん。

 アキトには遠く及ばないけどそんなに嫌いじゃない。

 それにハーリーと違って大人。

 年齢もアキトに近い。

 本番前の予行演習にはもってこいかも……

 

「ナオさん。今日だけ私の恋人役をさせてあげる」

「わりいな。残念だけど、この後待ち合わせがあってな。時間が無いんだよ」

「……女?」

「そっ、これからデート」

「どんな人か知らないけど私の方が奇麗だと思う。だから、そんなのほっといて私の相手をしてよ、ね?」

「奇麗、か。ラピスちゃんには負けるかもしれないけど、これからくる女性もなかなかの美人だぜ。

 ま、でも外見がすべてじゃないんだぞ。ラピスちゃんだってアキトの外見に惚れた訳じゃないだろ?」

「……うん」

 

 確かにナオさんの言う事は良く分かる。

 アキトは決して外見で人を判断するような事はしない。

 そういう意味では今やっている事も必要はないのかもしれない。

 でも、いくらアキトが外見を気にしないといってもハンデを克服するに越した事はないよね。

 何より一昨日、想像した状況は魅力的だし。

 

「うーん。じゃあ、その人が一緒でも我慢する」

「……まいったな」

 

 私の妥協案にナオさんは困惑した笑顔を浮かべた。

 

「さて、どうするか。

 久々にミリアに会うんだし、出来りゃあ二人っきりがいいんだけどな。

 それにラピスちゃんとじゃあ、行けない所もあるし」

 

 ナオさんが何か言ってるけど声が小さくて聞き取れなかった。

 でも、困ってるみたい。

 こんな美少女と一緒にいられるのに何を困ってるんだろう?

 

 それから何度も頼んではみたんだけど、うまくはぐらかされちゃってうまくいかない。

 

 

 ……中々強情ね。

 こうなったら……色仕掛けしかないわ!!

 私みたいな美少女にかかれば誰だっていちころよ!!

 

 

 前にダッシュに教えてもらった事が役に立つ時が来たわ!!

 

 確か、『ちらりずむ』とかいうのが重要なのよね。

 

『 ……何、教えやがった、ダッシュ  』

 

 ダッシュの教えを実践すべくスカートの裾をそっと上げて見せた。

 そして、ちらりとナオさんに視線を向ける。

 視線は右斜め45度。

 僅かに潤ませるのがポイントね。

 

 よし、完璧!!これで……

 

「どうかしたか?」

 

 不思議そうな視線を返すナオさん。

 

 ……気づいてない

 

 思わず拳を握り締めちゃった。

 ナオさんには見えない頭の所に青筋が浮かんでいるのがわかる。

 

 ……こうなったら!!

 

 決意を固めて、さらにスカートをめくりあげた。

 これで下に履かれていた下着まで丸見えになっているはずだ。

 

 ごめんね、アキト。

 これも女の意地なの。

 許して……

 

 恥ずかしくて、顔が熱くなる。

 そのまま、上目遣いでナオさんを見つめた。

 

「…暑いのか? ……おかしいな、アルコールは入ってなかったはずだが

 

 ナオさんのその言葉に思わず硬直する。

 

 …ぶち

 

 何かが切れる音を聞いたような気がした。

 言いようの無い怒りが込み上げてくる。

 顔がさっきよりも熱くなって来た。

 

 私がここまでして何も感じないなんて!!

 

 ……はっ、もしかして、ダッシュがいってたホモって奴?

 そういえば、アキトに妙に馴れ馴れしいし。

 

 

「ナオさん。可愛らしいお友達ね」

「ああ、ミリアか」

 

 いけない、いけない。

 ちょっとトリップしちゃった。

 声を掛けて来たのはミリアだった。

 

 ミリアの事は知っていたが実際に見るのは始めて。

 長い栗色の髪をした奇麗な人。

 何故か引きつった笑みを浮かべていたが、そんなことはどうでもいい。

 気になるのは……

 

 胸だ。

 

 でかかった。

 私は、それを呆然と見つめていた。

 流石にユリカサイズとまではいかないけどエリナに匹敵するサイズ。

 私はただ立ち尽くすしかなかった。

 

「もしかして……店の奴等から何か聞いたか?」

「あら、何の事ですか?」

「い、いや……何でもない」

 

 ナオさんの震えた声にミリアは笑顔で返した。

 目が笑っていない気がする。

 怖すぎる。

 ナオが恨みがましい視線を店内に向けるとあからさまに視線を逸らす奴等が数人。

 

「あいつ等……後で、しめちゃる!!」

 

 ナオさんは汗をかきながらミリアを見てる。

 ヘビに睨まれた蛙って言うのはこういうのかもしれない。

 どこと無くアキトに似てる。

 

 でも、そんな事は今の私にはどうでもよかった。

 目の前の情報がただ流れていく。

 

「ミ、ミリア。ずいぶん早いな。待ち合わせにはまだ時間があるけど」

「ああ、早く会いたかったものですから。それとも、遅れて来た方がよかったかしら?」

「な、何いってるんだ」

 

 こちらに視線を向けてそう言ったミリアにナオさんの汗の量が増えた。

 一瞬の張り詰めた雰囲気の後、ミリアは慌てるナオさんの様子に思わず吹き出した。

 

「くすっ。冗談ですよ、ナオさん。私、ナオさんの事信じてますから」

「…ふぅ、脅かさないでくれよ」

「くすくす」

 

 そんなやり取りの間も私はじっとミリアの胸を見ていた。

 そして、自分の胸元へと視線を移す。

 

「・・・これのせいね」

「「は?」」

 

 私の呟きに気づいた二人が声をハモらせつつこちらを振り向いた。

 その勢いでミリアの胸が大きくゆれた。

 自分の口元が引きつるのがわかる。

 

「やっぱり……」

「おい、いったい…」

 

 不思議そうに、声をかけてくるナオさんの声をさえぎって叫んだ。

 

「やっぱり、胸の大きいほうがいいのね!!」

「え?」

 

 話の流れが読めず、間抜けた声を返すナオさん。

 

「あの夜ベッドの中で言ってくれた事は嘘だったのね!!

 信じてたのに…私の気持ちを踏みにじって……もう、誰も信じられない!!

 

 以前、ナオさんに習った捨て台詞(意味は良くわからないけど、アキトにお仕置きする時に言うといいといわれ

た)を叫びつつ、酒場を走り去った。

 涙で曇って前がよく見えない。

 後ろのほうで何か声が聞こえてきたが、聴いている余裕はなかった。

 

「ちょ、ちょっと、ラピス?」

「ナオさん。ちょーと、聞きたいことがあるですけど、いいかしら? いいですよね?」

「ミ、ミリア。誤解・・・って、目が笑ってないぞ。う、うわぁぁぁぁっ・・」

 

『 ……合掌 』

 

 

 私は泣きながら、ナデシコの自室に駆け込んだ。

 

「胸なんか……私だって大きくなれば!!」

 

 我知らず叫んでしまってから、あることに思い至って愕然とした。

 

 私の胸、11歳の頃と比べてもそんなに変わってない!?

 

 考えてみれば、この時代に来る前の体も胸は限りなく垂直に近い平面だった気がする。

 当時はそんな事気にしていなかったけど……

 

 重い静寂があたりを包む。

 

「……もっと、大きくなれば。そうよ、あの頃よりがんばって成長すればきっと」

 

 思わず決意が声に出る。

 

「絶対、絶対、大きくなってやるんだからぁぁぁっ!!」

 

 静かな部屋の中、決意の叫びが響き渡った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 気がつくと、目の前にアキトの笑顔があった。

 

「ラピス、16歳の誕生日おめでとう!!」

 

 そういって花束を渡すアキト。

 

 呆然としながらも花束を受け取った私は状況を整理しようと試みた。

 

 え?

 16歳の誕生日?

 そう言えば、視線も心なしか高い気が…

 

 ん?

 16歳?

 ……そうよ!!

 この歳ならアキトと結婚できる!!

 

「アキト、私と結婚して!!」

 

 その言葉にアキトは暖かい笑みを浮かべた。

 その微笑みに期待が高まる。

 その時、ふと頭を過ぎるものがあった。

 …そうよ。

 16歳になったんだから、私もユリカみたいにボインって

 

 期待を込めて自分の胸を見下ろした。

 

「……」

 

 垂直。

 限りなく平面に近い曲線がそこに見えた。6歳の頃から見事なまでに成長していない。

 呆然と立ち尽くす私に追い討ちを掛けるようにアキトの声が響いた。

 

「ラピス、ごめん。俺……胸のある女性が好きなんだ」

 

 アキトの言葉に視線を上げて見るとアキトの後ろにユリカを筆頭としたエリナ、イネス、サラ、アリサなどの

巨乳ガールズの姿が見えた。

 彼女達は笑みを浮かべるとその胸を大きくゆすって見せた。

 

ぶるん、ぶるん……

 

 その音が頭に木霊し、絶望に視界が闇に染まった。

 そして、意識が薄れていく。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『……ス、…ピス、ラピス!!』

「…うぅん、ぶるん、ぶるんは嫌あぁ……え? ここは?」

『やっと起きたかい。随分うなされてたけど大丈夫?』

「ダッシュ。夢……だったの?」

 

 どうやら、疲れて眠ってしまったらしい。

 嫌な夢だった。

 細部が妙にリアルで現実感があったのも気に入らない。

 

 

 暗い部屋の中、私は明かりもつけずにじっと立ち尽くしていた。

 握り締めた拳に力が入る。

 

 顔を上げて決意を込めた視線をアキトの写真へ向けた。

 

 そうよ、気合よ!!

 あんなのただの夢。

 がんばれば…がんばればきっと胸だって!!

 

 そう、決意するとアキトの写真へと誓った。

きっと・・・きっとおっきな胸になって見せるんだからぁぁぁぁぁっ!!

 

 

 

 

 …ラピスは知らない。

 彼女の体に遺伝子操作の影響が少なからず出ている事を。

 希薄となった色素と共に、女性ホルモンもまた薄まってしまっている事に。

 ルリと同じく生まれながらの貧乳であり、けっしてグラマーにはなれない呪われた宿命に生きるものだという

事を。

 

 …がんばれラピス。負けるなラピス。君の未来は明るい!!

 

 

 

 ……多分

 

終劇

 

 

 

 

 

管理人Z(・・・深くは聞かないで)

 

まー坊さん投稿有難う!!

いや〜、凄い大作をまー坊さんから頂きました!!

ラピス・・・活躍してますね(笑)

ルリちゃんの存在が霞むほどだね、うん。

・・・まあ、ハーリーはちょっと幸せだったみたいだけど(苦笑)

結局、あの後はどうなったんだろう?

あ、それはナオもだな(爆)

でも、ダッシュの奴はラピスにどんな教育をしてるんだ?

かなり偏ってるのは確かだな・・・

 

では、小説を読まれた皆さん!!

是非、まー坊さんに感想のメールを送って下さいね!!

それと、メールが駄目ならば、掲示板にでも感想を書いて下さいね!!

では、掲示板に感想をお願いします!!

 

 

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