覚悟
〜アカツキの場合〜







コンコン・・・

「会長、大変よ!」


ノックの音と共に入ってきたのは僕の秘書のエリナ君だった。


「おやおやどうしたんだい、エリナ君?血相変えて君らしくもない」


僕の挨拶がお気に召さないようで、彼女は持っていたファイルを僕の机にたたき付けた。

一体何をそんなにイライラしてるのかな・・・多分、このファイルが原因だと思うけど・・・

よし、それじゃあ中身を訊いてみますか。


「これは?」


僕の問いかけにエリナ君の形相が更に凄まじくなる・・・正直言って、怖い・・・


「会長が調査を指示した例の一件の詳細です」


エリナ君の氷の声が僕の脳髄に、鉄の視線が僕の目に突き刺さる。

うう・・・痛いよ、エリナ君・・・

分かったから、今にも掴みかからんばかりのその姿勢は止めてくれ・・・

僕はどうにか声を絞り出した。しかし、それも掠れていたけどね。


「ああ、あの一件ね・・・ちょっと待っててよ」


机の上に置いてあったファイルを手に取り読み始めた。

う〜ん・・・これは予想以上だねぇ・・・

自分でも顔が険しくなっていくのが分かる。

僕はそのファイルを読み終わるとプロス君を呼んでおくようにエリナ君に命じた。


「エリナ君・・・早速で悪いが、プロス君を呼んでくれたまえ」


何か言いたげなエリナ君の顔だったけど、僕を見る視線にちょっとした驚きの色が混ざっていた。

そして彼女がコミュニケでプロス君を呼ぼうとした時、彼の声が聞こえた。


「私ならココに居ますよ」


流石はプロス君。

既にこの部屋に居るって所が彼らしいね。

さて・・・僕は別室に行って考えをまとめるとしようか・・・


「エリナ君、考え事もいいんだけどさ。プロス君にこれを読んでおかせてくれ。別室で僕なりの結論を出してくるから」


エリナ君に言い残してこの部屋を出ようとした僕の背後から彼女の声が響く。


「アカツキ君、何一人で抱え込もうとしてるのよ!?私達は戦友でしょ?だったら・・・」


おいおい、エリナ君・・・今『アカツキ』は無いんじゃないかな?

まだ仕事中だよ?

でも、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。僕達は戦友か・・・

今、僕を友として、アカツキ=ナガレという人間として見てくれている人物・・・それは旧ナデシコクルーだけ。

お心遣いだけ、ありがたく受け取っておくよ。

そんなエリナ君をプロス君が止めてくれた。

僕に向って一回頷くと彼はエリナ君と話し始めた。じゃあ、後は彼に頼むとしようかな。

それに少し表情を和らげて別室に入ると僕専用のコンピュータを立ち上げる。

今回の報告内容を機密に指定しておかなきゃね・・・

僕は立ち上げたばかりのコンピュータに次々と命令を打ち込んでゆく。


『機密指定ランク:SSS

 コード:Sleeping beauty』


我ながら気が利いてるじゃないか。

さっき見たファイルの事のあらましを入力してゆく。

そしてコンピュータの出してくれる回答を見た瞬間、僕は息が詰まった

そのコンピュータが出した答えは・・・


『目的:テンカワ=ユリカの救出及び、テンカワ=アキト個人の復讐

 予想される被害

  人員:算出不能  総額:算出不能
 
 手段:敵拠点への単独テロ』


こうなる事が分からなかったわけじゃない。むしろ予想さえしていた。

ただ・・・テンカワ君は復讐の後に何が残るのかを分かっているんだろうか・・・

知っている事と分かっている事は違う。

彼に止めろ・・・とは言えない。僕もまた『復讐者』であった事は確かなのだから。

僕の目標は・・・祖父、そして父。

二人とも既にこの世には居ない。

ただ、あの二人には成し得なかった事をする事が彼らへの復讐だった。

それが・・・『ボソンジャンプの独占』

そんな僕を変えたのは・・・旧ナデシコのクルー達。

あの馬鹿な雰囲気の中で僕が学んだ事・・・それは『私らしく』

僕が僕であるためにするべき事。

僕が僕であるためにしてはならない事。

あの遺跡が消える最後の瞬間・・・僕はそれを悟ったよ。

そして、違う形ではあるけれど、僕の復讐は成った。

僕の復讐であったボソンジャンプの独占は、遺跡が消えた事により不可能になった訳だ。

これでは例え彼ら・・・祖父や父が生きていたとしても無理な事。

あの瞬間、僕に訪れたものは例えようもない虚無感。

そして果てしない後悔。

こんな事で僕の復讐の幕が下りるなんて・・・

こんな事の為に今まで幾人の人間を犠牲にしてきたのだろう?幾人の人生を変えてきたのだろう?

満足感や充足感なんてものは全く無かった。

あまりにもあっけなく片がつきすぎて滑稽ですらあった。

しかし、それは復讐を経験した者だけが分かる事。

それを知って尚、僕に協力を依頼するなら・・・僕は断る事はできない。

彼がその虚無感と後悔に耐える事が出来るか否か・・・それは別な問題。

僕に出来る事は彼を受け容れる事だけ。

そして失われる命が少なくなる事を祈るだけ。

僕の考えは決まった。

ネルガル会長としても、アカツキ=ナガレという一人の人間としても。

殺人者と言われるのならば喜んで受け容れよう。

それが、僕という人間を受け容れてくれた友に対する・・・僕の覚悟。

そして僕が僕らしくあるためにしなければならない事。


「よし・・・じゃあ行きますか」


僕は再び会長室に戻るとエリナ君がソファーに座って上を仰ぎ、プロス君は反対側のソファーの後ろに立っていた。

エリナ君の対面に座ると僕は口を開いた。


「テンカワ君の復讐に力を貸す」


エリナ君を僕の言葉に顔を上げる。

その表情は心細げで何処か縋り付くような視線を僕に投げかける。

そんなエリナ君に代わりプロス君が僕に質問をしてきた。


「それは・・・ネルガルの会長としてですか?それとも彼の戦友としてですか?」

「両方さ」


僕の答えは素っ気無いもの。

もう既に決まった事なのだから。

・・・この言い方は適切じゃないね。僕が決めた事なのだから。

僕の言葉に彼は一言言い残して部屋を出てゆく。

多分、その顔にはいつもの微笑みが浮かんでいる事だろう。


「分かりました。ゴートさんとこれからの話をしてきます」


その表情は確認できなかったが間違いない。

そして一人残ったエリナ君に僕は話しかけた。


「あれ?いつもなら公私混同は・・・とか言ってくるのに、どうかしたのかい?」


しかし、そんな僕の言葉に返ってきたのは・・・


「今の私には・・・何も言えません」


それだけを言い残し席を立つエリナ君。

彼女はそこまで強くはない。だが、やってもらわなければならない事もある。

部屋を出て行こうとしたその時、僕は『会長』としての指示を出した。


「エリナ君。会長として君に命じる。プロトナデシコCを彼に。それと、彼専用機の開発も平行して行わせて」

「分かりました」


出てゆく間際、一言だけ言い残すと彼女は扉を閉めた。

やがてユーチャリスが完成して・・・エステバリステンカワSplも幾多の改修を施しブラックサレナとなった。

月臣君から格闘技の手ほどきを受け、プロス君からは諜報戦の、イネス君からは科学を、エリナ君が社会や経済のノウハウを、彼に教えられる限り教えた。

そして・・・彼の復讐劇の幕は上がる。

コロニーの襲撃。ナデシコBの登場。大体が僕の予想したシナリオ通りだった。

そして議事堂に火星の後継者達が現れた時、僕は決戦の終末を予見した。


「君、死に給う事勿れ」


僕の一言は彼らには皮肉、或いは戯言と受け取られたようだ。

しかしそれは僕の本心。そして何より彼らにも向けた言葉ではあるが何より・・・テンカワ君に向けた言葉。

復讐が終わった後、彼は死出の旅に出発する事だろう。

そう思っていた僕は彼が戻って来てくれて正直嬉しかった。

僕は彼が戦友である事が嬉しい。だけどそれを他言できない事は悔しいけどね。

誰よりも他人の事を真っ先に考える人物。それがテンカワ=アキトだと僕は思う。

だからもう一度君にこの言葉を言わせて貰うよ。

君、死に給う事勿れ・・・










〜後書き〜

こんばんわ、町蔵です。

今回はアカツキという事で。

これはエリナ編や本編とリンクしています。

時間軸的には劇場版が始まる前〜小説本編ですね。

アカツキの内心を描いたつもりですが、私の解釈なので皆さんとは違う部分もあるかとは思いますが、平にご容赦を・・・

ここで掘り下げるキャラはいずれ本編に登場させます。

あと数人居ますが・・・

 

 

代理人の感想

は、エリナ編で。