機動戦艦ナデシコif・・・

〜旅人達の遁走曲〜


第三楽章

「まったく・・・アキト君たら急なんだから・・・」


一言呟きを残してネルガル月ドックに居たイネス=フレサンジュはアキトが帰還する事を知りドックに駆けつけた。

管制室についたちょうどその時、ドックが虹色の光で満たされ、その光が消えると純白の戦艦が姿を表した。


「こちらユーチャリス。艦体の固定を頼む」


ユーチャリスからの連絡が入りイネスの手がコントロールパネルの上を滑る。

ここは限られた人間しか知らない。否、知られてはいけないためにこの月ドックはイネスの家と化していた。

艦体の固定が完了したのを見届けると通信を入れるイネス。


「艦体の固定は完了。お帰りなさい、アキト君」

「ああ、ただいま」


その言葉にイネスは少なからず驚きを覚えた。

今までなら言っても一言のみ。それも『ああ』だけだったのだから。

搭乗口にタラップが隣接したのを管制室から見届けたイネスはタラップの方へと向った。

タラップを三人が降りてくる。アキト、ラピス、ルリの順番で。

ルリが居る事は既に知っていたイネスは驚きもせずに声をかけた。


「お久しぶりね、ルリちゃん」

「お久しぶりです、イネスさん。でも・・・驚いてはくれないんですね」

「エリナから聴いていたからね。こんな所で立ち話というのもなんだから、私の部屋へきなさいよ」

「そうですね・・・」


イネスの誘うままに三人は後を付いてゆく。

100メートルほど廊下を歩いたところで立ち止まるとイネスの研究室があった。


「じゃあ、まずはアキト君の精密検査からね」


部屋に入るなりイネスがアキトに向って言う。その言葉にルリはアキトに問いかけた。


「アキトさん、精密検査って・・・」

「ドクターとの約束の一つさ・・・」


事も無げに話しているアキトだが、ルリの知りたかった事とは違う。


「そういう事じゃありません!そこまで具合が・・・」


アキトの瞳を見てルリは続きを飲み込む。最初は荒かった語気もアキトに気圧されるように最後は僅かに聞き取れるかと言った程度

となっていた。それに答える事も無く、アキトはイネスに頼みがある、と前置きしてから話しかけた。


「ドクター、ラピスとのリンクを外してくれないか?」


アキトのその言葉は半ば予期したものであったためイネスは頷いた。そしてラピスの方を向いて話しかけた。


「ラピス、アキト君とのリンクを外すわよ。いいわね」


言い方としては確認するかのような形式だが、それはもう確定事項であり反論は許さない。と言うほどの強い意志の籠もったものだった。

ラピスは一回頷くとアキトに向って言った。


「私は良い。アキトが前からそう考えてた事はリンクで伝わってきていたから。アキトと離れ離れになる訳じゃないし。だけどお願いがある・・・その前に三人で一緒に寝たい」


言い終わるとラピスは恥ずかしそうに下を向く。そんなラピスの精一杯の甘えを、ルリと視線を交わしたアキトはもちろんだよと答えた。

その答えにラピスは顔を上げて喜んだ。

二人の顔はまるで幼い子を前にした父母のようである。

それに何かを感じたのかイネスがアキトに訊ねた。


「アキト君・・・ルリちゃんが居るって事はきいていたけど、何があったの?」

「エリナが来てから話すよ」

「分かったわ。はぐらかされたような気がしないでもないけど・・・」


アキトの答えに不満げなイネス。


「そうだ・・・アカツキ君が来てるわよ。応接室で待ってるわ」


続くイネスの言葉にアキトはルリとラピスを残してその場を離れた。

イネスの部屋から更に100メートル程歩いたところに応接室らしきところがある。そこのドアを開けるとアカツキがソファーに座ってアキト

を迎えた。


「よく帰ってきてくれたね、テンカワ君」

「ああ。今回は頼みごともあるしな」

「おいおい、君は頼みごとをする為に帰って来たのかい?」


アキトの言葉に苦笑しながら言葉を返すアカツキ。しかし、それは嫌そうな雰囲気ではなく、頼られるのが嬉しそうでもある。


「とりあえず・・・用意して欲しいものがある」

「何だい?」

「ユーチャリスにもうひとつオペレーターのシートを用意して欲しい」

「ルリ君を乗せるのかい?」

「ああ」

「だとしたら・・・チャイルドシートもいるのかい?」


笑いながら訊ねるアカツキの言葉に真顔のアキトはそのうちな・・・とだけ答えた。

それにアカツキは笑みのまま凍りつく。何を言って良いのか分からないようだ。

そして、顔に張り付いていた笑みを消す。


「本気かい?」

「無論」

「そうか・・・」

「ああ・・・」


二人の間にはこれだけで全てが分かったようだ。アカツキはその後の会話を継ぐわけでもなく棚から一本のブランデーを取り出しグラスを

二つ持ってきた。

一つをアキトの前に置き残りを自分の前に置く。向かい合っている形となっている二人のグラスに半分ほどのブランデーが注がれる。


「何に乾杯するんだ?」

「何でもいい・・・ってわけにはいかないねぇ。よし、テンカワ君の新しい家族に・・・」

「そうだな・・・乾杯」


グラスを合わせる澄んだ音がする。そして注がれた量の半分程を喉へと流し込む二人。

そしてアカツキが言葉を発する。


「そうすると・・・他にも幾つか用意しなければならないね」

「そうだな・・・」


男二人での怪しげな密談が続く。

それを遮るかのようにルリから通信が入ってきた。


『アカツキさん、失礼します』

「どうぞ。開いてるよ」


アカツキの言葉と同時にドアが開きルリが入ってくる。


「ルリ君。話はテンカワ君から聞いたよ」

「ご迷惑をお掛けしました」

「ナデシコCの事なら気にする必要はないよ・・・どの道、君が居なければ扱えない艦なんだから」

「そう言っていただけると・・・」

「良いって。それよりもルリ君もこっちに来て一杯どうだい?」


誘いを断るのも悪いと思ったのだろうか。アカツキに誘われてアキトの隣に腰を下ろすと、新しくグラスを持ってきたアカツキがブランデーを注ぐ。


「じゃあ・・・もう一回乾杯といこうか?」

「今度は何にだ?」

「ルリ君に決めてもらおうじゃないか」


アカツキは楽しげに、アキトは優しく見つめる中、ルリは口を開いた。


「そうですね・・・私は家族と過ごせる時間に・・・」

「俺も家族と過ごせる時間に・・・」

「僕は・・・これからの未来に幸多からん事を願って・・・」

「「「乾杯」」」


三人の声が重なる。新たに注がれたアキトとアカツキのグラスと、ルリのグラスがぶつかって澄んだ音が再び応接室に鳴り響く。

皆、それぞれの未来に思いを馳せて・・・

それから更に一時間くらい過ぎた頃、ラピスが眠りたいと言ってきた。

約束を思い出したアキトとルリは応接室を辞すために立ち上がる。

酔ったルリを抱えるようにアキトは部屋を出て行く。

部屋に一人残ったアカツキはそれを我が事のように見ていた。

そしてドアが閉じた後に一人呟く。


「テンカワ君・・・幸せになりなよ」


と。その言葉には普段のアカツキからは考えられないような真摯な響きがあった。

アカツキがそんな事を言っている頃、アキトとルリはラピスと共にベッドの中に入っていた。

ラピスを挟んで、アキト、ルリという具合である。


「パパ、ママ、おやすみ」

「おやすみ、ラピス」

「おやすみなさい」


二人からの返事に満足したのか、それともジャンプの疲れからかすぐに眠りに落ちるラピス。

そんなラピスを愛しげに見つめる二人。その二人の視線がぶつかり絡み合い、お互いの顔が近付いて・・・やがて二人の唇が重なる。


「おやすみ、ルリちゃん・・・」

「はい、おやすみなさい」


二人の顔が離れて眠りに入る。

その様子を見ている人物が二人・・・アカツキとイネスである。

アキトとルリが出て行ったあと、イネスが訪れたのだ。


「二人して・・・まぁ」

「でもいいんじゃない?」

「そうかもね」

「そうだよ」


やがてどちらとも無く笑い出し・・・アルコールが更に進む。


「いい酒の肴だね」

「明日、ムネヤケしそうだけど・・・」

「そりゃ言えるよ」


それぞれの夜は更けて・・・そして明くる朝。

イネスはルリ、アキト、ラピスの三人とアカツキを呼び出した。


「僕まで呼んで何の用だい、ドクター?」

「これから説明してあげるわ」


イネスの本能とも言うべき説明が出来るというのに表情はどこか曇っている。


「珍しいね、ドクター。説明が出来るのに表情が曇っているなんて」


全員の意見を代表してアカツキがイネスに言う。アカツキの意見は無視と決め込んだのか、アキトを見てイネスが話を再開した。


「アキト君、もし、体が元通りになるとしたらどうする?」


まさに寝耳に水。アカツキでさえも聴いた事の無いイネスの発言に全員がイネスを見つめる。


「本当なんですか、ドクター?」


アキトが勢い込んで聴くのも無理はない。諦めていた五感が元に戻ると言うのだから。

しかしそれならイネスの表情が曇っているのとは矛盾している。アキトは前の発言に興奮しているため、そんな懸念は飛んでいるがルリは冷静にその理由を考えている。


「ええ。本当よ・・・ただ・・・」

「ただ・・・?」

「生命の危険が高い、若しくは失敗する可能性が高い、或いは前例がないから成功確率が分からない・・・と言った所ですか、イネスさん?」


イネスが言い淀んだ理由の推測が付いたのかルリがイネスの言葉を継ぐ。


「正解に近いわよ、ルリちゃん」

「近いと言うのは?」


ルリはそのどれかが理由だろうという確信を持っていたがイネスの言葉でそれが揺らぐ。

それでイネスに聞き返した。


「近いと言った理由は・・・その全部だからよ」


流石にルリも全部が理由だとは思いつかず目を見開いた。


「初めから説明していくわね・・・まず生命の危険。これはアキト君も承知の通り。

このまま生きてもあと数年・・・3年生きられるかどうかだわ。

ただ、この術式を施行している最中に命を落とす危険性もある。いえ、そちらの方がむしろ高いわ」


昨日アキトが教えてくれなかった事・・・それを知ってルリは昨日のアキトの目を思い出していた。

全てを見通したかのような達観している・・・悟りを開いたかのような瞳を。


「次に失敗の可能性・・・これは命を取り留めても五感が取り戻せない可能性もあるという事。いえ。むしろ今より悪くなるという事も有り得るわ。

そして最後。前例が無いというのは誰もやったことの無い・・・いえ、誰もやる必要も無かったし、こんな事思いつかなかった

 だろうから。そして、この術式は限られた人にしか実行できない事。今、現時点で私の知る限りではミスマル=ユリカ、テンカワ=アキト、そして私ね」

「という事は・・・」


その呟きは誰のものだったのだろう。最後のイネスの言葉から全員が何をするのか想像が付いた。いや、付けさせられた全員がある現象に思い至る。それは・・・


「そう。ボソンジャンプよ・・・」


その一言が重く全員にのしかかる。もちろん、イネスとて例外ではない。


「他に・・・他に方法はないんですか?」


縋るようなルリの言葉にイネスは首を横に振り、言葉を続ける。


「無いこともないわ・・・ただ、開発するのに時間がかかるのよ。それまでにアキト君が生きているか・・・それ以前に体力が持つかもたないかすら分からないわ。

いえ、これ以上の時間の経過は最早致命的とすら言えるレベルね。だから今出来ることをするしかないのよ」

「そうですか・・・」


医学の知識がそこまで深くない以上、イネスの言っている事の正否はルリには判断できない。


「それで、成功の確率はどんなもんなんだい、ドクター?」


今まで聴くだけにとどめていたアカツキが口を挟んだ。今までの事を聴いて、彼なりに判断できる事が知りたかったのだろう。

そこには今までアキト達と話していた顔でなく、冷静な企業人の顔をしたアカツキ=ナガレが居た。


「それには答えることが出来ないわ・・・その理由ともなるべき術式を今から説明するわね。

 今からアキト君に施そうとしてる事は皆の思っている通り、ボソンジャンプよ。そしてそれは簡単な方法だわ。

 アキト君のジャンプに合わせて正常な頃のアキト君のイメージをぶつけて余分なナノマシンを取り除く。

 言わば遺跡をフィルターとして利用するわけね」


そう言うとイネスは椅子から立ち上がりコーヒーメーカーに向った。


「いい?これが今のアキト君」


皆の前にコーヒー豆を取り出すイネス。


「ジャンプの手順はアキト君を粒子化して、一旦遺跡の中に取り込み彼のイメージ通りの場所で再構築する」


イネスが言っている間にもミルで豆を挽く。その挽いた豆をフィルターには入れずに掌に乗せて握る。

そして手を開くと挽いていない状態の豆が現れた。それに驚く一同。ラピスに至っては拍手をしている。

ありがとう、と手でラピスを制したイネスは再び先程と同じように取り出した豆をミルで挽く。


「ここまではさっきと一緒。そしてここからが違うわ」


挽いた豆を今度はフィルターに入れてコーヒーメーカーのスイッチを入れた。

滴り落ちてきた水は挽かれた豆を通り、フィルターを抜けコーヒーとして出てくる。


「つまり、そのフィルターが遺跡で、出てきたコーヒーが元の状態のアキトさん、水が補正したイメージというわけですね」


一連の行動を見ていたルリが誰に言うとでもなく呟いた。その呟きを聞き逃さなかったイネスが頷く。

芳しいコーヒーの香りが部屋を覆う。出来たコーヒーを皆に配るイネス。

そんなイネスを見たアカツキが一言。


「ドクター、コーヒーはありがたいんだけど・・・ビーカーは無いんじゃない?」


苦笑しながら言うアカツキにイネスは


「研究室で液体を入れるものって言ったらこれよ。大丈夫、洗ってあるから」


と言いながら自分はマグカップで飲んでいる。アカツキはそれに何も言わず恐る恐る口をつけた。


「ん〜・・・良い豆を使ってるね」

「ネルガルのじゃないからね。美味しいはずよ」

「こりゃ手厳しい」

「これが成功確率は分からないって言った理由よ」


と言って視線をアカツキからアキトへと移す。


「どうするの・・・アキト君」


その台詞に全員の視線がアキトに移る。

そのアキトの顔に浮かんでいる表情は・・・微笑だった。


「決まってるさ。治らない・・・いや、もしかすると悪くなるかもしれない。けれども、治るかもしれない。それなら・・・やるさ。

 それに、もし治ればまだ生きられるんだろう?」

「ええ・・・治ったら少なくとも男性の平均寿命並みには生きられる事は保障するわ。私のプライドにかけて」

「ドクターのその言葉を聴ければ大丈夫さ・・・俺はやるよ。それに・・・新しい家族も居ることだし」


ルリとラピスを見渡したアキト。その言葉と態度に何があったのかイネスには分かったようだ。


「やらなくて後悔することはあるだろう。だけど、例えどんな結果になろうとも俺はやった事に後悔はしないよ。

 自分で決めた行動の結果なんだから・・・あの時と違って。」


そう言った時のアキトの脳裏に去来するものは何であろうか?

他人に自分の人生を決定され、呼吸する事さえ自分で決定する事が出来なかった日々・・・

アキトの想いは誰にも変える事はできないだろう。アカツキもイネスも、そしてルリもラピスもアキトの言葉を聴いて思った事は一緒だった。

誰も喋らないが想いは皆一つ。絶対に成功させる。

アカツキがその沈黙を破った。


「でも、ウリバタケ君が居ない事にはねぇ〜」

「そうですね・・・」


アカツキの言葉に同意するルリ。するとそこに一枚のウィンドウが開いた。

そこに映っていたのはウリバタケ=セイヤその人だ。


『おう、皆、久しぶりだなぁ!』


あまりのタイミングの良さにルリが問う。

「ウリバタケさん・・・タイミング狙ってましたね?」

『いや・・・そういう訳じゃないんだが・・・入りづらくてな。エリナと一緒にココに居たってわけさ』


何の前触れも無くイネスがドアを開けるとドアに耳をつけていたであろう体勢のエリナとウィンドウに向って頭を掻いているウリバタケの姿が見えた。


「エリナ・・・行儀悪い」


ラピスに言われて体勢を戻し、咳払いを一つすると部屋に入ってくるエリナ。ウリバタケもその後ろから付いてくる。

そして開口一番で言った事は


「会長、お仕事をほっぽり出してここで何をしてらしたのですか?」


口調は丁寧、微笑みながらアカツキに詰問するが無論・・・その声は限りなく冷たく目は笑っていない。

後日のアキトに言わせると北辰並みのプレッシャーを感じたとか。

アカツキが冷や汗をダラダラと流してアレコレ弁解しようとするとアキトの方に向き直り、

「さて、ルリちゃんが貴方と一緒に居る訳をせつ・・・解説していただこうかしら?」


と言う。アキトがルリを助けてここへ連れてくるまでの経緯・・・ナデシコCの自沈から始まりユリカの事・・・

そしてルリの暗殺計画の事・・・

その全てをアキトはウリバタケとイネス、エリナとアカツキに話した。


「ルリちゃんの事は分かったわ。でも・・・何で私やイネスじゃダメなの?」


アキトの話を聴き終え、睨みつけながら口を開いた。

エリナは暗に自分も抱かれた事を言っているのだ。そしてその事が分からぬルリではない。

自分を抱いた時の手馴れたような・・・ツボを心得ているかのような手管。ルリはそれを思い出し、アキトに訊ねるべきか否か・・・

そう考えていた事の答えが今、ここにあった。

そしてエリナの問いに答えたのはアキトではなくラピスだった。


「エリナでもイネスでも私のママにはなれないよ。アキトを変える事が出来たのはルリだから・・・ルリがユーチャリスに来てから

 アキトは変わったよ。ちょっと悔しいけど。アキトの心の鎧にはなれる・・・エリナもイネスも、そして私も。だけど幾ら鎧を纏っても、古傷の疼く痛みを抑えることは出来ない」


それはリンクしているラピスだから言える事。アキトの痛みを・・・心の痛みが分かる彼女だから言える事だろう。

アキトの心がラピスに伝わってきている事を知っているエリナはそれに対して何も言えない。

ルリが来てからのアキトが、何とは無しに変わった事を二人は感じていたから。そしてアキトはラピスの言葉を継いだ。


「俺がルリちゃんを選んだ訳・・・ラピスの言っている通りだ。それに・・・ルリちゃんは俺と一緒に歩こうとしてくれている。

 エリナもアイちゃんも俺を守ろうと、救おうとしてくれている事は重々承知しているさ。ただ・・・今の俺、今のテンカワ=アキト を受け容れてくれているのかと言えばそうじゃない。

寧ろ、そう言った意味ではアカツキが一番理解してくれ、受け容れてくれたと思うよ」


エリナもイネスもアキトの言葉に頷かざるを得なかった。自分の出来る範囲でアキトを救おうと、守ろうとはした。ただ、共に歩くという事は考えてはいなかった。

一旦言葉を切ったアキトはイネスの淹れてくれたコーヒーを飲むとルリに話を振った。


「ルリちゃん、ラピスを連れて先に部屋に戻っていてくれないか?」


アキトに言われたルリは反論しようとする。そんなルリを見てイネスとエリナが引っ張ってゆく。

途中までは反抗したようだが二言三言言葉を交わして、ルリは大人しく部屋を出て行った。それを見届けたアキトは話を続ける。


「それに、ラピスの事もあるんだ。ルリちゃんとラピスは同じ体質だろ?助けた当時、ナデシコAのルリちゃんよりもラピスは酷い状態だった。

感情が分岐していないと言う面に関しては特にね。アイちゃんやエリナと関わって少しはそれも治ってきた。

ただ、ラピスは自分が変わる事に戸惑っている・・・そんな感じがしたんだ。笑わない、泣かない、・・・ナデシコで会った当初のルリちゃんみたいでしょ、セイヤさん」

「ああ・・・ラピスちゃんとルリルリにゃ悪いが・・・今より悪い状態だったってのは想像がつかねぇな」


当時のルリを知るウリバタケに話を振るアキト。ウリバタケにしてもその当時のルリを知っているだけにラピスがどんな状態にあるのか想像がついたのだろう。

一人の人間としてではなく、子を持つ親としてのウリバタケがそこには居た。


「だから、ナデシコに乗って感情を表す事を覚えたルリちゃんならラピスの事が分かってやれると思うんですよ」

「その判断は間違っちゃいねぇよ」


アキトの答えを肯定するウリバタケ。それを聴いてイネスがアキトに問いかけた。


「アキト君・・・いえ、お兄ちゃん。ホシノ=ルリを一人の女性としてどう思っているわけ?」


同じ女性故に・・・イネスは聴いておかなければならなかった。


「今までのラピスやアキト君の意見を聞いて彼女の存在が貴方達に良い影響を及ぼすだろうから・・・という事は分かったわ。

 頼るものの無い、ホシノ=ルリにとっても良い結果だったという事も。ただ・・・それだけの理由であの娘と一緒になるのだったら

 それは・・・あの娘を不幸にするわよ。私とエリナにした事と何ら変わりはないのだから。ルリちゃんへの同情と・・・お兄ちゃんの寂しさを紛らわすため。結局、今までの行動はお兄ちゃんの我が儘なのよ」


イネスの言葉にウリバタケはフォローするように話し出した。


「ドクターだって『今、お互いが必要だから』そういう理由で結ばれるって事を否定する訳じゃねぇ。

 寧ろ、好き同士で結ばれて夢見ていた生活とは違ってた。そっちの方が多いかもしれねぇよ。

 そう言う意味じゃ・・・俺は旦那失格だからな。俺はやりたい事をやりたい様にやってきた。そしてオリエにさせなくても良い苦労をかけてきちまった。

 いいトコのお嬢様だったオリエは家事なんてした事もなかったんだぜ・・・料理も洗濯もな。それでも俺についてきてくれた。

 昔のオリエの手からは想像も付かないくらい肌は荒れてガサガサだ。それでも、そんなオリエの手は昔の綺麗だった頃よりもずっと綺麗で俺を支えてくれているよ・・・

 何があっても一生愛して、守り抜いていく価値のある女になったよ・・・昔よりも・・・な。

 ドクターも俺もオメェから聴きたいのは・・・分かるな?」


少なくともアキトよりも長い人生を生きてきたウリバタケとイネスだからこそいえる言葉だろう。

同じ事をアカツキやエリナが言ったとしてもそれは鼻で笑っただけで吹き飛ぶような重さしかない。

そして何よりウリバタケは一家を支える身でもある。アキトは何が聴きたいのかは分かっているだろう。

しかし、今までの自分の行動・・・それを考えた時に、ウリバタケとイネスに返答できないのは当然の事。


「俺達が聴きたいのは・・・何が何でも艦長を助け出そうとしたあの執念と、例え全宇宙を敵に回したとしても自分の家族を愛し抜く・・そこまでの覚悟があるかという事だ」


答える事のできないアキトに、ウリバタケはあえて火星の後継者の事を持ち出した。

『艦長』の名が出た時に僅かに顔を歪めるアキト。そしてアキトの古傷を抉るような事を持ち出したウリバタケにしても、顔を歪ませながらの発言だった。

 それは発言した彼にもまた、苦しい思いをさせたに違いない。

 一言も言葉を発する事も無く聴いていたアカツキとエリナもその当時の事を思い出したのか沈痛な顔を隠そうとはしない。

 それぞれが思い思いに過去を思い出している重苦しい沈黙が続く・・・

どれだけの時間が経ったのだろうか。その沈黙を破りアキトが口を開いた。


「俺がルリちゃんをどう思っているか・・・そしてその覚悟があるのかどうか・・・それはこれからの行動で証明して見せますよ。

 言葉で言っても皆に信じさせるだけの重みがありませんから。そして何より・・・ルリちゃんに信じてもらえそうにありませんし」


その場に居た四人は顔を見合わせ、これで決まりだとばかりに一つ頷く。

 アカツキ、エリナ、ウリバタケの三人は椅子から立ち上がると行動を開始した。アキトはそれを見て慌てた様に皆を呼び止めた。


「三人とも、どこへ?」

「あん?決まってるだろ?俺たちはその言葉が聴ければ十分なんだよ」


アキトの問いに振り向きもせずに答えるウリバタケ。一人椅子に座ったままのイネスはコミュニケを操作してドアを開けた。

アカツキを先頭にエリナ、ウリバタケの順で部屋から出てゆく。そして三人の消えたドアの向こうには先程部屋に返したはずのルリが俯きながら佇んでいた。


「ルリちゃん・・・」


呆然と呟くアキト。


「ルリちゃん、後は任せるわ。私にもやらなきゃならない事が出来たし」


椅子から立ち上がり部屋から出ると、未だ廊下に佇んでいるルリに一言残すとその場を後にする。


「ルリちゃん・・・入ってきなよ」


いつまでもこの雰囲気ではいられなかったのかアキトが部屋の中に入るように促した。

俯いたままで一歩、また一歩と足を踏み出すルリ。アキトの前まで来ると俯いたままで途切れ途切れに話し始めた。


「私が・・・イネスさんに頼んだんです・・・どう思っているのか訊いてくれって。本当は・・・怖かったんです。アキトさんに自分で訊く

 のが・・・アキトさんに・・・私を『女』として見てもらえていないのかもって・・・」


そのルリの告白を下を向いて黙って聞いているアキト。


「アキトさんが『家族』として見てくれている事は前々から分かってました・・・ただ・・・『家族』である前に・・・私も一人の『女』です。

 だから、アキトさんが抱いてくれた時は・・・嬉しかったです。でも・・・その後、段々と分からなくなっていきました・・・

 もしかしたら私を抱いてくれたのは私に同情したからなのかも・・・ラピスの教育係としてはうってつけだったのだからなのかもって。それで・・・イネスさんとエリナさんに頼んだんです・・・」

「いいんだよ・・・寧ろそう思って当然かもね」


アキトに言われたルリはそこで初めてアキトの顔を見る事が出来た。


「アイちゃんに言われたよ・・・これは俺の我が儘だって。そんなんで一緒になったらルリちゃんを不幸にするって。何も言い返せ無かった・・・その通りだったから」


ルリは無言だ。それはアキトの発する言葉を一字一句聞き逃すまいとしているからに他ならない。


「セイヤさんにも・・・お前には覚悟があるのかって訊かれた」


その事はルリも知っている。サウンドオンリーだがイネスのコミュニケを通じて聴いていたから。


「それにも答える事が出来なかった・・・ルリちゃんからしたら俺の言葉は信じてもらえないと思うから」

「そんな事ないです!!」


それまで黙って聴いていたルリが声を荒げた。しかしそれを意に介さずアキトは話してゆく。


「いや、いいんだ・・・俺の行動はユリカから、ルリちゃんから、家族から逃げていた・・・そうは思わなかったかい?」


ルリはユーチャリスの中でアキトに逃げるのか?と問いかけた事を思い出した。恐らく、それは本心では無かったにしろルリが思っていなかった事ではなかった。

 ルリの沈黙を肯定と受け取り、アキトは自分の心の裡を曝け出していく。


「普通なら・・・そんなヤツの言葉を信じられるかい?信じられないのが当然だと思うよ」


数瞬の間があく。そしてアキトが顔を上げ絡み合う二人の視線。


「だから・・・行動で示す事に決めた。俺はジャンプを成功させて二人の所へ・・・ルリちゃんとラピスの元へ帰ってくるよ。
 
 信じてくれとは言わない。ただ・・・待っていて欲しい」


飾る事のない、それは心からの言葉。その言葉を聴きアキトに抱きつくルリ。そして嗚咽が漏れてくる。

今までの不安と恐れが一気に無くなって安心したのだろう。張り詰めた糸が切れたようにルリの目からは次々と涙が溢れ出してきた。

そんなルリを優しく抱きしめているアキト。やがて涙も枯れてルリがアキトから離れる・・・


「服・・・グシャグシャになっちゃいましたね」


恥ずかしげに顔を赤らめたルリがアキトに言う。


「構わないさ・・・」


暖かい眼差しでルリを見つめるアキト。そして二人の顔が・・・唇が接近して・・・やがてくっつこうとしたその時、凄まじい音と共に部屋のドアが開いて5人がなだれ込んできて倒れた

下からウリバタケ、アカツキ、エリナ、イネス、ラピスの順である。

その音にビックリして瞬間移動なみの速さで離れるルリ。アキトはソファーに座っているため行動を起こせない。


「スイッチ押したの・・・誰?」

「アカツキ君じゃない?」

「ちょっと会長!!ドジなんだから!!」

「おいおい・・・全部僕のせいかい?」

「どーでもいいから退け!お前等!!重い!!」


上に乗っている順に喚く5人。アキトがユラリとソファーから立ち上がるとその5人に側に寄っていく・・・

 全身から黒いオーラが見えるのは決して気のせいではないだろう。そこに降臨したのはまさにPrince of darknessその人・・・


「皆・・・そこで何をしてるんだ?」


5人は全員死線を潜り抜けてきた猛者達である。その5人の脳内警報が今迫りつつある危機に対して最大限で警鐘を鳴らしていた。

そして上から乗っていた順に立ち上がると・・・


「全員!解散!!」


ウリバタケの声で三々五々散っていく5人・・・逃げ足だけなら間違いなく皆短距離のメダリスト並みであろう。


「全く・・・皆して・・・」


アキトの言葉にルリが小さく呟いた。


「久々です、これ言うの・・・バカばっか・・・」











〜後書き〜

どうもこんばんわ。町蔵です。

第三楽章お届けにあがりました〜・・・

第三楽章・・・今回はアキトの覚悟ってところでしょうか?

所々お約束が入っていますがやっぱりお約束はやってこそお約束ですから(笑)

でも、アキトとルリはくっついちゃってますからお約束も何もないんですがね〜・・・

さて次回・・・時ナデで人気沸騰中(?)なあの人が登場します。

この雰囲気から想像していただくと誰が何で登場するのかが分かっていただけるかなと・・・

甘甘系>ダークな作品というのはあんまり好きぢゃないんですよね・・・とか言いつつ後々落す事になるかも知れませんが(汗)

ではご意見、ご感想、間違いのご指摘などありましたら掲示板の方までお寄せ下さい。

では代理人様、宜しくお願いします。

PS:愛の鞭・・・もっと激しくても・・・(爆)

 

 

代理人の感想

む、胸焼けが(うぐっぷ)。

個人的に、こう言う展開の文章を読むくらいなら

バツゲームとして「黒豹シリーズ全巻音読」を課せられた方が以下略(爆)。

 

>甘甘系>ダークな作品というのはあんまり好きぢゃないんですよね

なるほど、つまり時(Beeeem! ZAPZAPZAP・・・・・コンピュータへの反逆罪によりハガネ-1は処刑されました。ハガネ-2が来るまで少々お待ちください)

 

 

・・・では気を取り直して。

 

 

 

>PS:愛の鞭・・・もっと激しくても・・・(爆)

・・・・・・・・・(ズザザザザザザザザッ)