「それじゃ、今日のテストはこれでおしまいだ。
ルリ、あがってもいいよ」
「……はい」
オペレーターとしての訓練カリキュラムをこなしていた私は、ガラス越しに隣の部屋から話し掛けてくる研究員(一応私の養父ということになってますが、所詮書類上のことだけですので)の声にその手を止める。
そして、データを取るために体中につけられた色々なコードを外していく。
「明日はIFSのリンクテストを行うから、そのつもりで」
「わかりました」
いつも通り必要最低限の返事だけをして、私は与えられた個室へと戻っていく。
まあ、『個室』と言っても人間研究所からネルガルへと『買われて』きた私に私物などあるわけがなく、本当にただ眠るためだけの部屋といった感じですが。
それでも、ただ単に与えられたカリキュラムだけをこなしているよりかはだいぶ気が楽になる。
精神的に疲れていた私は、全身を覆うタイツのような実験服から着替えることもなくそのままベッドに背中から倒れこむ。
「はぁ………」
そして天井を見上げた格好のまま、私の唯一ともいえる私物……青く透き通る輝石の飾り付けられたペンダントを胸元から取り出してボーッと眺める。
「………………」
いつの頃からか、ほとんどもう日課と呼んでもさしさわりがないほどに繰り返されてきたこの行為。
この無機質な研究所の中で、唯一このペンダントを眺めている時間だけが私にとって心安らげる時間……
そして、いつものように取り留めもない思考の渦に落ちていく。
物心ついたときにはすでに持っていた、いつから私が持っていたのかすら定かではない瑠璃色の輝石。
人間研究所で作られた『マシンチャイルド』としてではなく、ひとりの『人間』としての私が持っている唯一の証。
本当の親から残されたものなのか、それとも別の誰かからもらったものなのか。
それすらもわからない、私に残されたただ一つの形あるもの。
私の『ルリ』と言う名前は、どうやらこの『瑠璃』色のペンダントからつけられたらしい。
これを眺めていると、なぜか懐かしいのに、それと同時に寂しく、切ない気持ちになってくる。
これに関する思い出なんか何一つ持ってはいないのに、どうしてもこれだけは手放すことが出来なかったただ一つの『大切なもの』。
そして、ただ一つの『譲れないもの』。
だってこれは、私と『私にとって大切な何か』をつなぐ唯一の絆だから……
そんなことを考えながら、いつしか私の意識は深い闇の中へと沈んでいくのでした………
機動戦艦ナデシコ another story
―― Dual Darkness
――
Chapter0:再び見る『悪夢』
stage2
何もわからないまま私がこのシェルターに避難して来てから、すでに3時間以上が経過している。
事態はここに来たときから何も変わっていない……どころか、より悪い方向に進んでいるであろうことが焦ったような落ち着かない顔つきで見回りをしている軍人さんを見ればわかる。
いったい、外では何がどうなってしまっているのだろうか。
別のシェルターに避難しているであろうお父さんやお母さん、それに学校の友達のことが、無事かどうかもすごく気になる。
「なあなあ軍人さんよぉ。
外がどうなってんのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇのか?」
じっとしているのに限界に達したのか、職人らしき風体の人(……大工さん?)がいらだたしげに軍人さんに声をかけてます。
「そ、そうは言われても、我々にも何がどうなっているのか……」
「軍事機密ってやつかい? けちけちしなさんなって。
それに、どうせここまできたら隠しきれることじゃねぇんだから」
「なっ……!」
軍事機密……?
どうやらこのおじさんは何か知っているみたいで、あからさまにうろたえる軍人さんに詰め寄っていく。
私としても実に気になるところなので、ちょっと聞き耳を立てて……
「それとも、あんたの口からは言いづらいってんなら俺が代わりに言ってやろうかい?
ヘビだかトカゲだかは知らねぇが、何やら上でドンパチやってるんだろ?
『謎の異星人』ってやつとよぉ!」
異星人……?!
その言葉に、私と同じように聞き耳を立てていた人たちがざわめきを始める。
「そ、それは……」
「俺達の命運をかけた戦いが、お空の上で繰り広げられてるんだ。
ここにいる連中だって、それを知る権利くらいはあるだろう?」
その言葉に軍人さんたちは顔を見合わせてしまい、ついには何も言い返せなくなってしまう。
それは、その人が言ってることが正しいということ。
「なあ、お前さんらも外がどうなってるか知りてぇよな!」
声を張り上げる職人さんは、芝居がかったしぐさで私達に振り返る。
どうやら、わざと他の人たちにも聞こえるように大声で話していたみたい。
その言葉がここにいる人たちの間に波紋を投げかけ、幾人かの人たちが軍人さんたちに詰め寄っていくのが見える。
かく言う私も驚いてはいたんだけど、あまりにも現実離れした出来事に逆に現実味が湧かず、なんとなく呆けていた。
そう言えば、昨日友達と一緒に読んだ情報誌に『謎の異星人襲来?!』とか言って特集が組まれてたっけ……
元々嘘と本当が半分半分で有名な雑誌だったからそのときは友達と一緒に笑い飛ばしてたけど、まさか本当だったなんて……
「で、どうなってんだい?
上の戦況はよぉ」
詰め寄られた人が俯いたままで何も話せないでいるとそこに今までどこかと通信していたはずの軍人さんが現れて、何やら悲痛な面持ちで話し掛けています。
何やらその報告がとどめだったらしく、今まで口をつぐんでいた軍人さんは観念したように口を割って話し始めました。
「そ、その通りだ。
確かに現在火星上空では、フクベ提督率いる連合宇宙艦隊が『木星蜥蜴』と呼ばれる謎の無人兵器群と交戦状態に陥っている」
その言葉に、ざわついていたはずの一帯が静まり返る。
「だが、後もう少し待てばすべて連合軍が蹴散らしてくれるはずだ!
だから皆さんにはそれまで慌てず落ち着いて、この場で待機願いたい!」
みんなが恐慌に陥らないように、声を張り上げて宣言する軍人さん。
だけどその言葉が単なる気休めでしかないことを、何よりも不安げなその軍人さんの表情が強く物語っていた……
「シスイ、今日は2195年の何月何日だ?」
氷壁にめり込んだままのエステバリスに乗り込み、起動と同時に各部の被害状況を確かめながらシスイに問い掛ける。
≪10月1日です。
すでに火星のすぐ近くにまでチューリップが近づいており、開戦も時間の問題かと≫
「……!」
今から急げば、ユートピアコロニーにチューリップが落下するのは防げるかもしれない。
一瞬そう考えた俺だが、ブラックサレナがほとんど全壊状態なのを思い出して絶望的な気分になる。
「ユーチャリスの被害状況は?」
次の問いかけに若干のタイムラグの後、シスイが答えを返してくる。
いつもなら一瞬で答えを返してくることを考えると、かなりひどい状況だという予想がつく。
≪ボソンジャンプと思われる現象の際に全システムがダウンしたため、墜落。
下部ユニットと船首部分が地表との激突の際に大破、その他にも細かい被害を数えていたらきりがありません。
はっきり言って、爆発、全壊しなかっただけでもありがたい状況。
起動なんて、もってのほかです≫
エステバリスはどうにか動かせるようだが、思った以上に出力が上がらない。
ユーチャリスがその状況では、修理も、予備の追加装甲への換装も出来やしないだろう。
≪マスターの搭乗しているブラックサレナに関しても、完全に分解、大破しています。
エステバリスに関してだけなら何とか行動可能かと思われますが、出力は本来の4割にも満たないかと≫
その言葉を聞きながら、いまや何とか張り付いているといった感じの外部装甲の破片を取り外す。
いまさら確認されるまでもなく、ブラックサレナ……外部装甲に関しては見てもわかる通り完全にダメだろう。
見事なまでに外部装甲がバラバラになって、滑ってきた後にその断片が散らばっている。
いや、何とか本体が無事だったということだけでも僥倖といったところだろう。
自らの激突でうがった氷壁から慎重に抜け出し、エステバリスの調子を確認する。
ジェネレーターの不調やアクチュエーターの異常など各部の故障を示すウインドウが数え切れないほど出てくるが、そのすべてを無視する。
長らく続けられた北辰との戦いに、ブラックサレナと共にこいつ自身にも相当改良を加えていたが、今のこの状態では俺が初めて乗ったときのエステバリスほどの性能もないだろう。
いや、よくよく考えてみれば動かせるだけまだましか……
多少なりとも前向きに考えてはみるが、今の状態ではチューリップの落下を阻止することが出来ないという事実を示している。
チューリップの落下を阻止するためには、まずは宇宙に出るか、それとも落下地点のユートピアコロニーにでも向かうしかない。
しかし、外部装甲が死んでいる今エステバリスをジャンプさせられるほどのジャンプフィールドを発生させることは叶わず、大量のCCでもない限りエステバリスを含めたボソンジャンプは出来ない。
自分が跳ぶだけならまだしも、ブラックサレナを跳ばせるほどの量のCCなんてもちろん持っているわけがない。
また、チューリップを落とせるほどの武器も持っていない。
ユーチャリスに戻れば大型レールキャノンの1つや2つが壊れずに残っているかもしれないが、ユーチャリスからのエネルギー供給を受けられないとなると使えたものじゃない。
特攻という手段もなくはないが、リアトリス級の戦艦をぶつけても落ちなかった相手ではどうにかなるものでもないだろう。
つまり、チューリップに対しては完全に打つ手なしということだ。
暗い気持ちに陥りそうになるのを振り切って、今自分にできることを考える。
「メインシステム、及び無人兵器の制御機能は?」
ならば少しでも多くの人が火星から脱出できるよう、援護をすることだが……
ラピスさえいればユーチャリスのシステムで無人兵器へのハッキングができるんだが、いないのだからしょうがない。
俺としては、ユーチャリスのバッタをチューリップから出てくるバッタにぶつけたい。
≪最低限の自動修復装置の起動が限界です。
無人兵器の制御機構、及び格納庫の中のほとんどの無人兵器が起動不能。
船体の下半分がつぶれてしまっているので、格納庫の中身もほとんど全滅ですね……≫
「そうか」
バッタが使えればより多くの人が助けられた可能性が高かったんだが、無理なものは仕方ない。
まあ、はっきり言って爆発、全壊しなかったほうが不思議な状況なのだから。
「ならば、俺はこのエステでできる限りコロニーの人たちを守る。
このユートピアコロニーにだって、イネスさん達のように生き延びた人がいたんだ。
少しでも時間が稼げれば、助かる人も増えるかもしれない」
現在位置を確認した後に飛び上がり、ユートピアコロニーへと進路を向ける。
ジェネレーターの出力が本来の半分も出せていないが、この際だから贅沢は言ってられないだろう。
≪マスター、私はどうしますか?≫
「そうだな……」
シスイの声に、俺はこれから先のことを考える。
なんにせよ、俺の望みを叶える以上はそれなり以上の戦闘力が必要不可欠だ。
木連を……ことによっては連合軍すらをも相手取っても、引けを取らないだけの戦闘力。
先の遺跡を巡る木連やネルガルとの最後の戦い、火星極寒遺跡攻防戦のことを考えるとナデシコ1機では心許ないし、その頃のエステバリスではどうしても役不足だ。
「とりあえず、本体はこのままこの地に残ってユーチャリスとブラックサレナを修理しておいてくれ」
もともとワンマンオペレーションシップとして完成した形で作られたユーチャリスは、多少の損傷ならフルオートで直せる自動修復機構を持っている。
ブラックサレナに関しても、簡単な修理や整備なら安心して任せておける。
もっとも、ここまで壊れてしまっていると修理は無理かもしれないが……
≪かなり難しいと思われますが……わかりました、何とかやってみます。
ただ、資材も人手もない現状から考えると相当時間がかかると思われます≫
「構わん。
どちらにせよ、次に火星に来るとしたらナデシコが飛び立つ1年以上先のことだ。
それまでに終わっていればいい」
現状を考えると、今のシスイにその2機を直せるかどうかは本当に微妙なところだが、何もしないでいるよりかは遥かにいい。
根本的にユーチャリスは、現状では火星に放置しておくことしか出来ないのだから。
だが、元々木連の技術が組み込まれている以上、今の時代のバッタに襲われる心配もない。
足りない部品に関しては、ネルガルの研究所でも漁ればある程度は手に入るだろう。
谷底に墜落している以上は簡単に誰かに見つかるとも思えないから、これからの火星にだったらこのまま放っておいても構わないだろう。
「それと、一部端末でいいから俺と一緒にきて、今後の行動をサポートしてを欲しい。
実際に戦うことだけならともかく、それ以外のことに関しては俺だけじゃあまりにも無力だ。
情報収集などのシスイの能力が、おそらく必要になる」
俺の願いには木連との和平が必要不可欠だし、それを実現した上で草壁や北辰、ヤマサキといった火星の後継者達の芽を絶っておく必要がある。
そうなると、どう考えても俺だけでは力が足りない。
≪了解です♪
ならばこのコミュニケに私の一部をコピーして、マスターをサポートします≫
俺に『必要』だと言われたのが嬉しいのか、シスイの声がどこか弾んでいる。
≪ただ、だいぶ能力が制限されてしまうと思いますが……≫
「ああ、それで構わん……?!」
ビーッ! ビーッ!!
次の瞬間コクピット中にアラームが鳴り響き、あらゆる機器が警告を示してくる。
警告の示す先には遥か遠くのコロニーの影が映り、その上空からは巨大な物体がコロニーに近づいている!
≪チューリップ、来ます!≫
ユートピアコロニーにだいぶ近づいていたおかげで、それはもはや肉眼でも見える距離にあった。
過去に俺の故郷を滅ぼし、今もなお俺の目の前でもう一度故郷を滅ぼそうという遥か昔の遺産。
木星との道をつなぐ次元跳躍門、『Cellular Hangover from Unknown Ladyrinthine Intelligence of Prehistricial age(先史時代の謎めいた未知の知性体が残した細胞質の異物)』……チューリップ!
徐々に地表へと近づいていくそれは今にも手が届きそうで、なのにどうしても手が届かなくて、俺をもどかしくさせる。
そして地表に突き刺さり、チューリップが落ちた辺りが光に包まれる。
「くっ……!」
≪続いて衝撃波、来ます!!≫
適当な岩陰に身を隠すと同時に、強烈な衝撃波が襲い掛かってくる。
ドゥゥゥゥン………!!
衝撃波が過ぎ去ったのを確認してから岩陰から身を乗り出し、再びユートピアコロニーへと進路を向ける。
彼方に見えていたユートピアコロニーの様子は一変し、今は赤い炎に包まれてしまっている。
そして、コロニーの端に巨大な柱のような物体が突き刺さっている……
「くそっ……!!」
今の自分にはどうしようもないことだとわかっていたとは言え、実際に故郷が消えていく様を見せ付けられるともどかしく、自分の無力さを痛感させられる。
≪マスター………≫
だがそれでも、可能な限り少しでも多くの人を助けたいと願い、俺は限界ぎりぎりの出力でコロニーへと向かうのだった。
ズゥゥゥゥン………!!
「きゃっ……!?」
突如シェルターを襲う激しい揺れに、立っていた人のうちの何人かがバランスを崩してしりもちをつき、座っていた人たちも肩を寄せ合って悲鳴をあげる。
なんと言うか、今の揺れは近くに何か巨大なものでも落ちたような……
いくら外にいるよりは安全だとは言え、外の様子のまったくわからないシェルターの中でこうだと外がどうなってしまっているのかものすごく不安になってくる。
「この程度の揺れでシェルターが崩れることはありません!
ですから皆さん、慌てないで、落ち着いてください!!」
パニックに陥りそうな私達を落ち着かせようと、軍人さんが声を大きく張り上げている。
だけど、それを見ても誰ひとりとして安心した表情は浮かび上がらせられない。
と言うか、この状況下で落ち着けと言うほうが無理だろう。
「ふ、ふえ〜〜〜〜ん……!!」
ついに不安が限界に達したのか、すぐ近くに座っていた親子連れの女の子のほうが大声を上げて泣き始める。
「アイ、泣いちゃダメですよ。
ほら、怖くないから泣かないで……」
「え〜〜〜ん、え〜〜ん……」
何とか母親がその子をなだめようとするが、一度張り詰めていたものが切れてしまうとそう簡単に泣きやめるものではない。
しかし、見た目からして若そうなその母親は子供のあやし方にあまり慣れていないらしく、一向に泣き止む気配はない。
周りの人たちは暗く俯いたままで、他の人に構っている余裕はないみたい。
まあ、それはそれで仕方のないことだと思う。
だって、これからどうなってしまうのか、自分自身のことでさえ希望が持てないのだから。
でも私はその子を放っておくことが出来ず、声をかけることにする。
「ねえ、お嬢ちゃん?
不安なのも、泣きたい気持ちなのもよくわかるけど、それだとお母さんにも心配をかけちゃうよ? 他の人も、お姉ちゃんまで泣きたくなっちゃうの」
「ひっく……?」
私は屈み込んでその子が落ち着けるように髪を撫でてあげながら、私を見つめてくるその子の目を見ながら優しく話し掛ける。
過去に取った杵柄、子供をあやすのには結構なれている。
「泣きたいのはみんな一緒。
あなたが泣いていると、私まで泣きたくなっちゃう。
でも、泣いたって何もいいことはないし、それじゃお母さんを困らせちゃうだけだよ?
だから、どんなに不安で泣きたくってもぐっと我慢しないと」
「うっく……、えぐっ………」
落ち着いてきたのか、少しずつ泣き声が収まってくる。
「そうじゃないと、お姉ちゃんみたいに綺麗で賢い立派なレディにはなれないよ?」
「………(コクン)」
最後に少しおどけて言いながら微笑みかけると、その子もぎこちなくながらも笑い返してきてくれる。
「ごめんね、おねーちゃん」
どうやら、幼稚園での保母さんのアルバイトは無駄にはならなかったようだ。
「よしよし、えらいぞ」
泣き止んだ女の子を誉めるように髪を撫でてやっていると、その子の母親が私の前に来て頭を下げてくる。
「どうもすみません。
こういった事態に慣れていないもので、私まで気が動転してしまっていて……」
「いえいえ、お気になさらずに」
こんな事態に慣れてる人がいたら、そっちのほうが珍しいだろう。
「あ、そうだ。
お姉ちゃん、お昼ご飯に食べようと思ってお弁当持って来てたんだ。
よかったら一緒に食べない?」
話題を少しでも明るいものに変えようと、女の子に話し掛ける。
それに、時間的に言えばもう午後2時過ぎだ。
ここに来てからは状況がわからなくてお腹が空くどころじゃなかったけど、空腹のままだと人間ネガティブな思考に陥りやすくなっちゃうし。
「……いいの?」
その子もお腹が空いてたんだろう。
遠慮がちに聞き返してくる。
「お姉ちゃん今ダイエット中だから、ひとりで食べるには量が少し多いんだ。
だから、手伝ってもらえると嬉しいな」
「うん!
そう言うことなら任せてよ!」
すっかり元気になった女の子に私も微笑みかけながら、バックからお弁当箱を取り出す。
お母さんと目線が合うと向こうはもう一度すまなそうに頭を下げてくるが、私は気にしないでいいからと軽く首を振る。
「ねえねえ!
おかずはなぁに?」
「えっとね、私の特製ミニハンバーグとね……」
それからしばらく、今の状況を忘れたかのように明るく楽しくおしゃべりをするのでした。
ガスッ! ガスッ! ドッゴォォォォン!!
「はぁ……はぁ……はぁ………
このままここで戦っていても、きりがないな………」
ユートピアコロニーに到着した俺は、無尽蔵に沸いてくるバッタの群れに辟易しながらも精一杯戦い続けていた。
この時代のバッタは基本性能からしてまだまだ低く、何一つ武器を持たないこのエステバリスでも十分相手取れているのだが……
それでもやはり、徐々に押され始めている。
物量が生半可ではないし、何より傷ついた機体では思うように動くことが出来ない。
そのため、反応速度の遅れが思わぬ不覚を招き、更に故障個所を増やしてしまっているのだ。
それに、いくら単独行動主体で長時間エネルギー供給なしに動けるようカスタマイズされている機体だとは言え、そろそろエネルギー残量が限界が近づいてくる。
≪マスター!
2時の方向から、後8機!≫
「くそっ!
後から後から、うざったい!!」
シスイからの警告を聞いた瞬間、今相手にしていた目の前のバッタを新たに湧いてきたバッタへと投げつけ、それを盾にするようにして距離を一気に詰める。
ドゴッ! ゴスッ! ドッゴォォォォン!!
殴り、蹴り、踏み潰すが、それでも後から後から湧いてくる。
そして、いつしかその内の1体が敵味方構わずに撃ってきたミサイルをかわしきれず、直撃を受けてしまう。
ドガァァァン!!
何とかコクピットへの直撃は回避したものの左肩に被弾してしまい、爆風で吹き飛ばされる。
≪ミサイル被弾!
左腕損失、及び背部ジェネレーターに異常発生!!≫
「ちぃっ!!」
それでも構わず体勢を立て直し、右腕のみで何とか辺り一帯のバッタを沈黙させる。
「はぁ……はぁ………
ふぅ………、そろそろこいつも限界か……」
強制的に閉じていた警告ウインドウを開き、故障個所を確認する。
左腕の損失を主として、各部アクチュエーターやスラスターも不調を訴えている。
それに、エネルギーの残量を示すメーターも先ほどから警告表示を出し続けており、後5分もすれば動けなくなるだろう。
そろそろ潮時だな……
「シスイ、この辺りで1番近くのシェルターは?」
バッタと戦うことで精一杯で、自分がどこをどう移動してきたか全然記憶にない。
≪北北西に約2kmの地点に18番シェルターがありますが、現在も無事かどうかはわかりません≫
18番シェルターと言うと、かつて俺が避難したあのシェルターか……
アイちゃんと出会い、バッタに襲われ、救うことの出来なかった場所。
……テンカワ・アキトのいないこの歴史で、あの子はボソンジャンプの巻き添えになるのだろうか………?
それともあそこでバッタの餌食になってしまうのか……
「なんにせよ、行ってみないとわからないか」
≪シェルターに向かいますか?≫
「ああ」
彼女の存在自体、俺の歴史では突き詰めればナデシコの存在に関わってくる。
何しろ、相転移エンジンやディストーションフィールドの基礎理論を確立したのはイネスさん……過去に跳ばされてしまったアイちゃんだからな。
まあ、そのことは関係なくともむざむざバッタ達に襲われるであろうシェルターを放っておくことは出来ない。
俺が行ったところで事態が好転するとは限らないが、シスイの力を借りればバッタのこないところまで避難させることができるかもしれないから。
ならば、少しでも可能性のある限りひとりでも多くの人を助けたい。
≪となると、残りエネルギー量が少し心許ないのですが……≫
距離的には問題ないのだが、確かにバッタと遭遇する可能性を考えるとややきついだろう。
とは言え、このままここにいてもどうにもならないしな……
「ないものは仕方ないさ。
だから、行けるところまではこのまま一気に駆け抜けて、後はそのまま降りて走っていくさ」
多少無茶ではあるが、生身でも行けないことはないだろう。
そうと決まったからには、近くにバッタがいない今のうちにパイロットスーツを脱いでいつもの動きやすいマント姿に着替える。
いつでもエステバリスから抜け出して、白兵戦に移れるようにだ。
準備を終えた俺は、つける必要のなくなったはずのバイザーをおもむろに取り出す。
「この世界に存在するはずのない亡霊には、この格好が相応しいか……」
≪マスター……≫
バイザーをつけた自分の怪しげな格好を思い出しながら、やや自嘲的につぶやく。
「シスイ、残エネルギーのカウントを頼む」
≪了解。
推定稼動時間、残り4分12秒……11……10………≫
それと同時にシェルターまでの道筋を記した地図が表示され、そこに近くにいるバッタの存在を示した赤点が浮かび上がる。
道すがら、避けられそうにないバッタの数はざっと見て30匹。
だが、それを取りまくように、しかも徐々に増えつつあるのは100以上の光。
もはや、退路は用意されていない。
「……今日まで長い間、色々とありがとうな」
復讐の間中、北辰たちとの過酷な戦いにつき合わせてしまった俺の愛機につぶやく。
何度も北辰たちに打ち負かされ、そのたびに俺と共に成長し、今まで共に歩んできた機体。
……その役目も、今日ここで終わる。
「お疲れ様。
この戦いで最後だから、それが終わったらゆっくり休んでくれ……」
こいつがいてくれたからこそ、今まで俺は戦ってこれたとも言える。
共に最後まで戦い抜いた、もうひとりの俺。
「それじゃ、行くか!」
気合を入れ直すように声をあげ、俺はほとんど廃墟となった故郷を一気に駆け抜けていくのであった。
Stage3に続く
あとがき、です。
アキトは無事に火星から脱出できるのか?!(笑)
とまあ冗談はさておき、初戦は地球ではなく火星での戦いからです
アキトのいない世界ではアイちゃんがどうなったのか、ちゃんとしておかないと後々困りますからね(苦笑)
ちなみにアキト君の乗っているエステバリスカスタム、劇場版の前半に出てきた際の黒(灰色?)塗りのままバージョンです。
(というか、最初に登場したときに見えていた腕は灰色だったのになぜ決戦時はピンクになっていたのでしょうかね?)
それと一応、現在の時点ではスペックも劇場版の設定通りです。
(小型(?)相転移エンジン等は積んでませんし、武装もハンドカノンのみで、ブラックサレナ(外部装甲)と追加ユニットなしではボソンジャンプ不可能)
なので、いくら長時間行動ができるように特化された機体だとはいえじきに行動不能になります。
あと、少し説明。
どんな事態にも対応できるようにということで、アキトはブラックサレナの予備外部装甲やレールキャノン等の高出力兵器等をユーチャリスに積んでいました。
(もしかしたら実際に劇場版でも積んでたかもしれないけど、その辺はまったく触れられてないのでオリジナルです(苦笑))
……まあ、ユーチャリスが落ちた際に一緒に全滅してますけど(笑)。
ブラックサレナの改造や修理にも色々パーツは必要でしょうし、決戦時はハンドガンしか持ってなかったとは言え他の武器を持っててもおかしくはないでしょう。
決戦時や高機動ユニット装着時は大きな武器などを持っていると機動性が殺されたりして、北辰相手にそれでは分が悪いから持っていかなかったって感じです。
代理人の感想
ちなみに瑠璃色と言うのは「紫がかった藍色」と定義されます。
こんな感じの色ですね。
宝石の色だけあって、基本的には青系統の鮮やかな色です。
決して瑠璃の髪の色ではありません(笑)。
>情報誌
「○ー」とか「マ○」とかデスカ(核爆)?
>バイザーをつけた自分の怪しい格好
・・・・一応自覚はあったんですね。
あのままの格好で電車に乗ったりとかしてたくせに(笑)。