タッタッタッタッ……………



 どこか、見覚えのない通路を走りつづけている。

 どこまでも続く薄暗い通路を、ただその先に見える光を目指して走りつづけている。

 理由もわからず、ただひたすらに。

 ……ただ、逃げなきゃならないという気持ちだけが、俺を走り続けさせている。

 焦る気持ちだけが、俺を突き動かす。

 だけど、いつまで走り続けても出口は見えてこない。

 どこまで行けばいいのかも、まったくわからない。

 なのに、走るのをやめることだけは心が頑なに拒否する。

 ……だから、ただひたすらに走りつづける。



タッタッタッタッタッ…………………



 どこまでも続く、終わりのない通路。

 その無機質な作りが、俺の心を圧迫する。

「はぁっ…………はぁっ…………」

 息が上がる。

 疲れ果てた体は鉛のように重く、それがまるで自分の体じゃないような違和感を与えてくる。

 思えば、この手足だって本来はもっと大きかった気がする。

 このくらい走っただけなら、ここまで疲労を感じることはなかったはずだ。

 それに、本来なら俺には目指すべき光など見つけられるはずがないのだ。

 光を………すべてを失った、この俺には。

 ならば、俺は何を目指して走っていると言うのだ……?

 俺の目指す場所など、この世界のどこにもないというのに………

 その想いは、世界を、闇を、光をも飲み込んで真っ白に染め上げていく。



タッタッタッタッタッタッ……………



「はぁっ……はぁっ…………」

 それでも、俺は走ることをやめられない。

 走る道を失い、どこを走っているのかもわからない状態で、なおも走りつづける。

 そして、俺はどこにも辿り着けぬまま青白い光の海に飲み込まれていくのだった………











機動戦艦ナデシコ another story
―― Dual Darkness ――





Chapter1:もう一度、『はじめまして』
stage1






 澄み渡る青い空、風にそよぐ草花………

 夢と現の狭間から目を覚ました俺が横たわっていたのは、地球の草原だった。



ふにっ



「う、ううん………」

「……?!」

 ちょうど女の子に覆い被さってしまっていることに気付いた俺は、慌てて自分の体をどかす。

 ついさっきまでちょうど彼女にもたれかかっていた状態だったため、彼女が倒れるとともに俺も支えを失ってしまい、ある部分に顔を押し付けてしまっていたのだ。

 あの、なんて言うかその、彼女の胸の谷間に………

「………」

 俺は顔を赤くしながら慌てて飛び起きるが、彼女はそのまま反応がない。

 どうやら、気を失っているらしい。

 先ほどまでの状況が状況だったためよく観察してみるが、呼吸も安定していて外傷も特に見当たらない。

 ひとまず安心した俺は、そのまま気が抜けて草むらに倒れこむ。

 寝転がって見上げた空はどこまでも青く、微かに肌をなぞる秋の風が心地よく感じる。

 いきなり過去に飛ばされてからやっと一息つけたという感じだが、実際のところ今の俺には久しぶりの感覚に感動していられるほどの余裕はない。

 傷ついた体は思うように動かせず、緊張の糸が切れてしまうとすぐにも痛みでまた意識を失いそうになるのだ。

 この後はどうしたものかと考えながら、まどろみにも似た状態で隣に横たわる少女に視線を向ける。

 年齢は15、6才ぐらいだろうか、学校の授業中に避難勧告を受けたのか制服姿のままだ。

 気を失っているためよくはわからないが、綺麗に整ったその顔つきを見ると結構な美人であるとも認識させる。

 どうやらこの娘がCCを持っていて、前の俺と同じように限界の状況に置かれて無意識下でボソンジャンプを行ったらしい。

 そしておそらく、直前まで浮かべていた俺のイメージに引きずられた結果、地球にジャンプできたんだろう。

 バッタとの戦いの途中、俺の持っていたジャンプフィールド発生装置は壊れてしまったかなら……

 守るつもりが、結局は彼女に助けられてしまったというわけだ。

 自分の情けなさに、内心苦笑いをする。

 ただ、すぐ近くに倒れていたアイちゃんも一緒にジャンプに巻き込まれたと思うのだが、その姿が見当たらない。

 俺達のように触れ合っていたわけではないので、どうやら違う場所に跳ばされてしまったらしい。

 もしかしたら、また古代の火星に跳ばされてしまったかもしれない。

 せめて、火星に残された人達のことも含めて、アイちゃん達が無事でいてくれることを俺は心の底から祈る。



カサカサッ……



 風の音に混じって誰かの近づいてくる足音が聞こえ、俺は一瞬体を強張らせる。

「おいおい、お前さん達。

 まだ秋だとは言え、こんなところで寝てたら風邪引く……?!」

 だが、その声が懐かしいものだと気付いた瞬間体の力が抜け、それと同時に何とか保っていた緊張の糸がプッツリと切れる。

 慌てて近づいてくる足音の方向に顔を向けることも出来ないまま、俺はただぼんやりと空を見上げる。

 ちょうどいい。

 この人になら、彼女のことを任せても問題ないだろう。

「お、おい?!

 その怪我はいったいどうしたって言うんだ……!?」

「すい……ません………

 彼女のこと……お願い…します………」

 俺を覗きこんでくる懐かしい顔に最後にそう託し、意識は深い闇の底へと沈んでいくのだった…………













「さてと。

 もうしばらく客も来ねえだろうし、休憩していいぞ」

「はーい♪」

 厨房からのサイゾウさんの声に、私はエプロンを外していつものように出かける準備を始めます。

 ちなみに、サイゾウさんというのはこの近くの草原で倒れていた私達を見つけて保護してくれた人で、雪谷食堂を経営している料理人さん。

 着の身着のまま……と言ってもセーラー服ですけど……、しかもわけもわからない状態で倒れていた私に当然ながら行く当てなどなかったため、サイゾウさんの厚意でしばらくお世話になることになったのです。

 ただ、それだけじゃなんか悪いので、今はこうして食堂のお手伝いをさせてもらっているんですけど。

「それじゃ、行ってきまーす!」

「おう。

 あのあんちゃんが目ぇ覚ましたら、よろしく言っといてくれ」

 準備を終えた私は、休憩中のサイゾウさんに見送られて今日もあの人の元へお見舞いに向かう。

 地球に来てから早2週間。

 火星で私とアイちゃんを庇って傷ついたあの人は、1日の検査入院だけで済んだ私と違い今もまだ入院し続けています。

 右肩の骨折や左脇腹を貫いた傷、その他火傷や細かい裂傷など、数え上げていたら切りがないほどに傷ついた体だったから。

 そしてあの人はどこか打ち所が悪かったのか、病院に収容されてからずっと眠り続けています。

 ただ、お医者さんの話では体の傷のほうはそれほど問題はないので、いつ目覚めてもおかしくないとのこと。

 それ以来、私は毎日のようにあの人のお見舞いに来ているんです。

 私自身、故郷の状況を知らされて一時期はふさぎこんでしまっていたけど、助けてくれたあの人のことを考えていたらいつまでも泣いてばかりいられないと思って……

 お互いのことは何も……名前さえも知らない私達。

 なのにあの人は、命がけで私達を守ってくれて……

 だから私も、大したことは出来なくてもあの人に何かしてあげたくて……

 こうして、そろそろ通いなれてきた道を今日も自転車で走り抜けていくのです。

 それに、どうして私がここにいるかとか、アイちゃん達はどうなってしまったのかとか、あの人が目を覚ましたら聞きたいことがたくさんある。

 私としても、助けてもらったお礼だとかいろいろと話したいこともあるし……

 誰かに聞かれたわけでもないのになぜか言い訳を考えながら、今日も私はあの人の部屋へと辿り着く。



コンコンコン



 少し待ってから、返事がないことを確認して静かにドアを開く。

「こんにち…は……?」

 だけど、最近毎日のように訪れて見慣れているはずの病室の様子が、今日はいつもと違うことに気付く。

 室内が綺麗なのは当たり前で、この前私が持ってきた花もまだ花瓶にちゃんと活けられてある。

 なのにただ、あの人が眠っていたはずのベットに誰もおらず、元から誰もいなかったかのように綺麗にシーツがたたまれていたのだった………





「……すいません、ユキタニ・サイゾウさんはおられますか?」

 夕方の仕込をしていたところ、誰かが入り口を開けて声をかけてきたので手を止めて厨房を後にする。

 一瞬、少し早いが手伝いのユウキが帰ってきたのかとも思ったが、聞こえた声は男のものだったから誰か別の奴だろう。

「なんだい?

 店だったら5時まで休憩中だから、もう少し待って……」

 そこまで口にしたところで、俺を呼んだ奴を見て言葉を飲み込む。

「お前さん、入院していたんじゃなかったのか?!」

 そう。

 俺の目の前に立っていたのは、以前傷だらけで倒れていたのを見つけて病院にぶち込んでおいたはずの少年だったのだから。

 確か、まだ昏睡状態だとか聞いた気もするが……

 それがなぜか、目の前で真っ黒なコートに身を包んだ状態で元気そうに突っ立っている。

「えっと、その節は色々と迷惑をかけてしまい、どうもすみませんでした」

「お、おう。

 別に当然のことをしたまでだから、お前さんが気にするほどじゃねえよ」

 思いもよらぬ丁寧な挨拶に思わずどもってしまったが、すぐに気を取り直していつものように話し掛ける。

「ところで、お前さんはまだ入院していなくていいのかい?

 ユウキの話じゃ、結構な重傷だと聞いていたんだが……」

「さあ、どうなんでしょう?

 少なくとも、こうして動ける以上はもう大丈夫だと思いますけど……」

「「思いますけど……」ってお前さん、もしかして病院を抜け出してきたのか?!」

 その突っ込みに目の前の少年は何も答えず、何かをごまかすように力なく笑みを浮かべる。

 つまりは、その通りだと言うことか。

「おいおい。

 いくら若いからとは言え、あまり無茶はしなさんなよな?」

「いえ。

 これ以上入院していても特に意味はないですし、逆にサイゾウさんに迷惑をかけるだけですから……」

「迷惑だぁ?

 怪我人に迷惑かけられるほど落ちぶれちゃいねぇつもりだが……お前さん、もしかして無一文とか?」

 確かに、身元不明の奴を入院させておくには色々と金がかかりはするが……

「あは、あはははは……」

 その乾いた笑い声が、ありのままの真実を物語っていた。

 マントの端から覗く病院支給のパジャマが、更にその現実を裏付けているみたいだ。

「はぁ……

 怪我人がわざわざそんなこたぁ気にしなくてもいいよ。

 そのぐらいなら、別に面倒見てやるからよ」

 そう言う俺の言葉に、少年はやんわりと首を振って答えてくる。

「いえ。

 俺のほうにも少し事情があって、あまり入院してるわけには行かないんですよ」

「とは言え、なあ……」

 ちょっとした動作の端々に見えるぎこちなさが、まだこいつの体が全快していないことを証明している。

「いずれ入院費とか迷惑かけちゃった分ちゃんと返しに来ますから、すみませんがそれまでは待ってもらえますか?」

「別にそれは構わねぇが……お前さん、その体でどっか行くつもりか?!」

「………」

 無言の笑みで返してくる少年の瞳には確固たる意思が宿っていて、これ以上引き止めても無駄だと感じさせる。

「まあ、事情は人それぞれあるんだろうが……

 せめて、ユウキの奴には会って行ってやらないのか?

 草原でお前さんに頼まれた、あの女の子のことだ」

 お互いに顔見知りと言うわけでもないらしいんだが、ユウキ自身はこいつのことを酷く気にしてたみたいだし……

「……すいません。

 今の俺には、彼女にどんな顔をして会えばいいのか……、何を話せばいいのかがわからなくて………」

「だがよ……」

「いや、違いますね。

 本当は、彼女に会うのが怖いんですよ。

 下手に話すと、彼女の傷に触れてしまいそうで。

 そして何よりも、彼女達を守りきれなかった自分自身が許せなくて……」

 そう言って、目の前のこいつはどこか自嘲的な笑みを浮かべる。

「そうか………」

 こいつが何を言っているのかは理解しきれなかったが、その寂しそうな瞳にどうしてもそれ以上聞く気をなくす。

 ユウキ自身がどうして地球にいるのかはよくわからないが、両親は火星に取り残されちまったらしいからな……

 それには当人以外、立ち入れる問題じゃないだろう。

「それじゃあ、俺はこの辺で失礼します」

 軽く頭を下げて店を出て行こうとする少年に、後ろから声をかける。

「せめて、名前くらい名乗ってってくれや」

 その言葉に立ち止まった少年は、少し思案した後にゆっくりと振り返って答える。

「アキトです。

 テンカワ・アキト」

「なるほどね。

 それじゃテンカワ、またいつかもう一度うちに来いよな。

 今度はきちんとした客としてよ」

「……はい」

 去っていくテンカワを見送り、そのままなんとなく手近な椅子に腰を下ろす。

「テンカワ・アキト、ねぇ………」

 それから少しの間、不思議な訪問者のことをボォーっと考える。

 だが、帰ってきたユウキにアイツのことをどう言おうかと考えているうちに、ふと不思議なことに思い当たる。

「そう言えばアイツ、どうして俺の名前を知っていたんだ……?」

 苗字は店の名前を見ればわかるかもしれないが、普通は名前まではわからないだろう。

 俺とアイツに面識なんてなかったはずだが……

 いくら考えてもその答えは出なかったが、結局は慌てた様子で帰ってきたユウキをなだめているうちにそんな些細なことは忘れてしまうのだった。













 ……夢。

 夢を、見ている………

 在りし日の幻。

 幸せだった、過ぎ去りし日々のはかない夢。



 始まりは、火星での生活。

 両親をテロで失い、施設育ちの俺だったけど、あの日が来るまで火星で上手くやってこれていた。

 そして、突如襲来した木星蜥蜴と呼ばれる謎の無人兵器。

 俺はシェルターに避難していたのだが、俺を無邪気に慕ってくれた女の子さえ守ることが出来ずに、気がつけば地球の草原で倒れていた。

 ……悲しくも、悔しい思い出。

 それから、1年余りの平穏な日々。

 木星蜥蜴の影に怯えながらも、サイゾウの下、雪谷食堂でコックとして働いていた日々。

 だがある日、激化する木星蜥蜴との戦争の中、ついに「臆病者のパイロットを雇っていると知れたら困るから」と言うことで首になってしまう。

 そして、当て所なく自転車を進めていた俺は偶然幼馴染のユリカと出会い、なりゆきながらもナデシコに乗ることになる。

 なぜか、コック兼エステバリスのパイロットとして。

 本当はユリカに両親の死の真相を訊ねたかっただけなんだけど、ナデシコの目的地が故郷の火星だと言うことで、ちょうど無職だったということもあり俺もナデシコに乗り込むことになった。

 その船で俺は、ルリちゃん達とも出会った。

 出航したら出航したでムネタケの叛乱が起きたり地球連合と対立したり、副艦長のジュンがナデシコの敵にまわったりもしたけど、ジュンも最終的には戻ってきて無事に俺達は火星に向かって飛び立てた。

 ただ、そんなごたごたの中でひとりのクルーが命を落とした。

 重度のゲキガンガーオタクで、熱血バカな感じもあったけど決して悪いやつじゃなかったダイゴウジ・ガイ。

 地球を脱出する際に、ナデシコを脱走しようとするムネタケの凶弾に倒れてしまった俺の親友……

 そして、目の前で命の失われる恐怖を知った。

 俺達の目の前で木星蜥蜴に襲われてしまい、コロニーを爆破されて全滅してしまったサツキミドリ2号の人達。

 そんな中、リョーコちゃん、ヒカルちゃん、イズミさんのパイロット3人娘だけが何とか助かった。

 何とか火星に辿り着いた俺達は、1年ぶりの故郷でイネスさん達火星の生き残りと出会った。

 だけど、俺達の力が足りなかったばかりにイネスさんだけしか助けられなくて……

 結局、俺達は木星蜥蜴の艦隊に為す術もなくやられてしまい、フクベ提督の犠牲により命からがら火星を脱出する羽目となった。

 そして、チューリップによるボソンジャンプを行った俺達が辿り着いたのは、8ヵ月後の月近辺。

 しかも、そこがちょうど第4次月攻略戦のさなかで、いきなり敵に囲まれたと思ったらナデシコ級2番艦のコスモスに助けられることになった。

 その際、嫌味な態度のエステバリスパイロットのアカツキと、副操舵士のエリナさん、そして提督としてムネタケが合流。

 ネルガルより軍への出向社員扱いとなった俺達は、今度は地球に降りて木星蜥蜴の軍勢と戦うことになった。

 北極海に取り残された大使……シロクマを救出したり、テニシアン島に落下したチューリップを調査したり、クルスク工業地帯を占拠した木星蜥蜴と戦ったり……

 そんな中、多少反目していた感じのアカツキとわかりあうことが出来たり、反抗期になったオモイカネをルリちゃんと一緒になだめたりもした。

 そして、補給のために寄港していたナデシコは正式に軍属となることが決定して、それを嫌った俺はナデシコを降りることにした。

 そんな直後に現れた木星蜥蜴の新型無人兵器、短距離ならボソンジャンプが可能な機体……ジンシリーズ。

 俺の代わりにナデシコに配属された連合軍パイロットのイツキさんは、その戦いで散り……

 最終的に俺は、自爆しようとする敵からみんなを守るためにエリナさんからCCを受け取って敵もろともボソンジャンプする。

 その結果、2週間前の月へと俺は跳躍したのだった。

 月まで俺を迎えに来てくれたナデシコクルーだが、そこで俺達はこの戦争の真実を知る。

 ……かつての地球の身勝手な過ちと、その結果住む場所を追いやられて木星へと逃げ延びていった地球人の末裔。

 それが木星蜥蜴と呼ばれる敵の正体で、俺達は人間同士で殺し合いをしていたと言う事実。

 そこで出会った、木星蜥蜴……木連の兵士、白鳥九十九と月臣元一朗。

 しかし、敵が人間だと言う事実に戸惑いながらも、俺達は戦いを続けていく。

 俺にとってこの戦いはもう過去のものではなく、俺達の戦いだったのだから。

 その後も、木連との戦いやその他にもいろんなことがあった。

 木連のことを知られてしまった責任を追求されたムネタケが錯乱して宇宙に散っていったり、天涯孤独だと思われていたルリちゃんの両親が見つかって一緒に里帰りすることになったり、ナデシコで1番星コンテストが行われたり。

 ボソンジャンプを利用した木連の爆弾攻撃や、ナデシコのYユニットのシステムを通じてIFSへのハッキングを受けもした。

 そんな中、木連から和平の使者として白鳥九十九の妹のユキナちゃんがやってきた。

 だが、アカツキがネルガルの会長としての本性を現してナデシコを奪い、ユキナちゃんを暗殺しようとして……

 俺達は何とかユキナちゃんを助け出してナデシコから逃げ出すが、テロのせいだと言われていたはずの両親の死がネルガルの手による利益独占のためだけの暗殺だと知る。

 散り散りに逃げていた俺達はルリちゃんの機転により何とかナデシコを取り戻し、地球連合やネルガルの上層部の身勝手な思惑によるこの戦争を集結させようと、和平を願いもう一度宇宙へと飛び立って行った。

 だが、俺達は木連の正式な和平の使者として再び白鳥九十九と出会うが、今度は木連の上層部の謀略により白鳥九十九は抹殺されてしまい……

 結局、ナデシコは木連の反地球感情を高めるために利用されてしまったのだ。

 その後、アカツキと和解したかのように見せかけて行われた火星極冠遺跡上空へのボソンジャンプ。

 ユリカはこの戦争の原因となった遺跡を相転移砲で消滅させようと考えていたみたいだけど、それは叶わなくて。

 そこで俺は、イネスさんがかつて守ることの出来なかったアイちゃんだと知った。

 木連の総攻撃の前にシャクヤクは沈み、ナデシコも窮地に立たされて……

 そして、ユリカと一緒に積み込んだ遺跡の演算ユニットごとナデシコをボソンジャンプさせ、木連との遺跡を巡る戦争を終結させた。



 永らく続けられたナデシコでの生活の中で、いろんな人を失い、いくつもの後悔を重ねたけど……

 今となってはかけがえのない存在とも言える人達と出会い、大切な思い出を作り上げてきた場所。

 思えばそれが、俺の人生の中で1番輝いていた時間なのかもしれない。



 それからしばらくの間、遺跡をボソンジャンプさせた罪でサセボの軍施設に拘留させられたけど、木連で「熱血クーデター」が起こり地球との和平がなったことでそれからも開放された。

 その際ルリちゃんを誰が引き取るかで大騒ぎになったりもしたけれど……結局ルリちゃんはユリカが引き取ることに……、俺達はそれぞれバラバラに歩き出した。

 そして俺はひとり暮らしを始め、念願の自分の店を……といっても小さな屋台に過ぎないんだけど……持つことが出来た。

 それからしばらくして、一度はルリちゃんを連れて実家へと帰ったユリカがルリちゃんと一緒に俺の部屋に転がり込んできて。

 ユリカと、ルリちゃんと、俺。

 俺達3人の生活が、始まって……

 狭い家に昔の仲間が毎晩のように訪ねてきて、それこそ毎日がお祭りみたいで大忙しだっただけど……とても、楽しかった時間。

 そして、ユリカへの告白と、みんなに祝福されて旅立ったはずの新婚旅行……



 だけど、それは絶望の始まり。

 幸せだったはずの記憶が、一気に闇の中へ消えていく。

 かつての大戦でも俺達の前に立ちはだかり、俺達の幸せを奪うすべての元凶となった火星の後継者の首領、草壁……

 火星へと向かうシャトルを突然襲撃し、俺達を連れ去った火星の後継者の暗殺者、北辰……

 俺の体を弄繰り回して五感のほとんどを奪い、それでも飽き足らずユリカまで奪っていった狂科学者、ヤマサキ……

 何もしてやれず、目の前で遺跡の演算ユニットへと組み込まれてしまったユリカ……

 同じようにやつらに拉致され、人体実験にさらされて息を引き取っていった人達……

 俺の失った五感をサポートしてくれた上、最後まで俺の自分勝手な復讐に付き合わせてしまった少女、ラピス……

 それに、色々と俺を助けてくれたアカツキやエリナさん、イネスさん、月臣、ゴート……

 憎むべき人、助けられなかった人、巻き込んでしまった人達の顔が、浮かんではまた消えていく。

 そして、地球で最後の別れを告げたはずの少女、ルリちゃん……

 過去の全てと決別したはずなのに、彼女の泣きそうな表情だけがなぜか頭の中から消えてなくならない。

 彼女の悲痛な呼び声だけが、今も俺を苛んでいる………

『アキトさん!』





「………!!」

 深い眠りから目を覚ました俺は、嫌な気分を振り払うかのように頭を軽く振る。

「夢、か……」

 今見た夢の内容が、ありのままに思い出せる。

 そして夢から覚めた今でも、彼女の声は頭の中でリフレインするかのように繰り返されている。

 それは懐かしくも苦しく、俺の心を締め付けてくるようだ。

≪マスター、お目覚めですか?≫

「ああ」

 シスイの声に頷きながら、ガラスの割れた窓に近付き月を眺めるようにして適当な場所に腰を下ろす。

 雪谷食堂を後にした俺は、木星蜥蜴の攻撃によって廃墟となった手近なビルに身を隠していたのだった。

 火星の後継者に弄ばれたこの体、下手に精密検査でもされて詳しく調べられたらどこぞの研究室にでも連れ込まれかねないからな……

「シスイ、頼んでいた件の調査は終わっているか?」

 ネルガルのスキャパレリプロジェクトの進行具合や、その他の細かい世界情勢。

 それに、かつてのナデシコクルーのこの世界での情報や、ネルガルの実験施設にいるはずのラピスのこと……

≪厳重なプロテクトをかけられていた情報に関しては無理ですが、ある程度のことは調べ終わりました≫

「そうか」

 まあ、このビルにあった壊れかけの端末からアクセスしたんじゃ、その程度が限界だろう。

≪ダメだったものに関しても、もう少しまともな設備からのアクセスができればおそらく行けるかと思います≫

 というか、その状況からそこまで調べられたこと自体普通ならものすごいことだ。

「とりあえず、今わかっていることの内容をひとつずつ要約して俺に教えてくれ」

≪はい、ですが……≫

 言葉をためらうシスイに、微笑で答える。

「わかってる。

 この傷が癒えるまでは、無茶はせんよ」

 右腕を吊るしている白い布に、体のあちこちにいまだ巻きつけられている真っ白の包帯。

 動くことに支障はないとは言え、元が重傷だったことには違いはない。

 ……と言うか、本来ならまだ入院してなくてはならない患者のはずなのだから。

≪……わかりました。

 それではまず、この世界の情勢ですが……≫

 まだどこか気遣わしげな様子のシスイに苦笑しながらも、報告を聞きながら今後の身の振り方を考える。

 ナデシコが出航までに調べておきたいことややっておきたいこともあるし、どうやってナデシコに乗り込むかの問題もある。

 前のように、ユリカを夢中で追いかけていて警備員に捕まるなんて情けない真似はしたくない。

 それに、まだ1年近く先のことなのでそれまでどうやって過ごしていくかの問題もある。

 今の俺は、職も家も、戸籍すら持たない怪しい浮浪者に他ならないのだ。

「はぁ………」

 なんか、自分の境遇を考えたら妙に情けなくなってきた……

 何をするにも、まずはシスイに頼んで俺の戸籍を偽造してもらわないとな。

 それに、パジャマ姿で出歩くわけには行かないと言うことで何とかマントを直して羽織っていたが、どこかできちんとした服も調達しないとまずいだろう。

 これからのことを考えると、やらなきゃいけないこと、やっておきたいことがたくさんある。

 ……だけどとりあえず、考えるのは後回しにして今はシスイの言葉に耳を傾けることにする。

 シスイの声はどこか心地よいリズムで、起きたばかりのはずなのに妙に眠気を誘うのだ。

 おそらく、怪我の治っていない体が回復するためにより多くの眠りを欲しているのだろう。

 2週間近くも、眠りっぱなしだったくせにな……

≪…と言うわけなのですが……

 マスター?

 聞いてますか、マスター?≫

 そうして俺は、再び深い眠りの中へと誘われていくのだった………











Stage2に続く


あとがき、です。

 アキト君夜逃げ?!(核爆)

 ……いえ、何でもありません。

 気にしないでください(笑)。



 今回は少し、回想みたいなものを入れてみました(後半の夢のこと)。

 アキト君主観ですが、ナデシコのTVシリーズを知らなくても多少はわかるようにといった感じです。

 まあ、あくまで一応、しかも若干記憶が曖昧なので、もしかしたら細かいところとかは間違ってるかもしれませんが……(爆)


 

代理人の感想

ああ、逃げるアキトって凄く自然で全然違和感ないや(爆)。

ま〜、TV版では自分やユリカやメグミやリョーコから逃げて、劇場版では家族や軍から逃げて、

ここの大抵のナデSSでは特定多数の女性から逃げまわって(核爆)。

逃げてばっかしなんですなぁ、この人(笑)。

 

>回想みたいなもの

こう言う気配りはいいですね。

原作を知らない人にもよくおぼえていない人にもありがたいものでしょう。