今日は、久しぶりにアキトが遊びに来てくれた。

 すごく嬉しい。

 なんでもないことなのに、なぜかそれだけで心がウキウキしてくる。

 アキトがそばにいてくれるだけで、嬉しいような、恥かしいような、なんとも言えないくらいに幸せな気持ちになれるの。

 セレスも私と同じ気持ちみたいで、いつもは退屈そうな妹も喜んでいる気持ちが伝わってくる。

 もっとも、セレスは相変わらずの無表情なままだけど……

 本当は、できることならアキトとずっと一緒にいたいんだけど、アキトはいつもお仕事があるからってことで我慢している。

 その代わり、アキトは毎週約束した日になると必ず顔を出してくれるから。

 だから私はいつも我慢してる代わりに、この日は1日中ずっとアキトのそばにいるの。

 ……これは、せめてもの私のわがまま。

 セレスも同じ考えのようで、私がアキトの右側、セレスが左側から抱きついて、アキトがどこかに行っちゃわないようにぎゅっと捕まえておくの。

 一緒に暮らしている子達もアキトが来てくれると嬉しそうに騒ぎ出すけど、この場所だけは誰にも譲れない。

 私だけの……ううん、私とセレスだけの、とっておきの特等席。

 アキトは少し困ったような表情を浮かべながら、それでも私達のわがままを許してくれる。

 いつも「仕方ないな……」と言って私たちの頭をなでてくれて、手作りのお菓子とかおいしいものを私達に作ってくれる。

 さすがに調理中は危ないからってアキトから離れているけど、それでも出来上がったアキトの料理をみんなと一緒に食べるととても幸せな気持ちになれる。

 だから私は、アキトがいてくれるといっぱいいっぱい笑顔になれるの。

 だけど今日のアキトの様子は、いつもとどこか違っていた………











機動戦艦ナデシコ another story
―― Dual Darkness ――





Chapter1:もう一度、『はじめまして』
stage4






 一週間ぶりに訪れた施設の様子は相変わらずいつも通り騒がしげで、そこにいるみんなはとても元気そうだった。

 外では元気よく子供たちが駆け回り、中は中で暴れ回っている子供達を年長組が大人しくさせようとして四苦八苦していたり……

 いつもと変わらぬその様子に、俺の頬も思わず緩んでしまう。

 ここはネルガルの運営する養護施設で、主に蜥蜴戦争の折に家族を失い、戦災孤児になってしまった子達が暮らしている。

 そして、俺が以前ネルガルの施設から助け出した子達も、ここで一緒に暮らしている。

 俺の頼みを聞いてくれたアカツキが、ここにあの子達の居場所を作ってくれたのだ。

 そして俺は自分で助け出したこともある手前、暇なときは毎週のようにここへ顔を出しているのだ。

「アキトーー♪」

≪アキト……!≫

 そして、俺がここに来ると決まってふたりの女の子が俺の両側にまわって抱きついてくる。

 ラピスとセレス、このふたりだ。

「1週間ぶりだね、ふたりとも。

 ちゃんとシスターの言いつけを聞いて、いい子にしてたかい?」

「もちろん♪」

(コクコク)

 順番に二人の頭をなでてやると、ふたりとも花が咲いたようにニッコリと微笑み返してくる。

 名前からわかるように、片方の少女……ラピス・ラズリはかつて俺が復讐に巻き込んでしまったネルガル生まれのマシンチャイルド、その過去の姿だ。

 薄紅色の髪に、金色の瞳の華奢な女の子。

 力を込めたらすぐにでも折れてしまいそうなその姿は、若干幼くなっているものの俺の知るラピスと何ら変わりがない。

 性格的には若干人見知りがあるものの、ごく普通の寂しがり屋な女の子といった感じだ。

 やはり、かつての極度な人見知りや無表情、無感情がといった性格は、北辰達に連れ去られた結果出来上がったものらしい。

 もっとも、身勝手な研究者達の手で作られた結果か、多少はその傾向があったが……

 そしてこの1年、施設の他の子供達と一緒に過ごすことで相応の子供らしさも加わり、最近では他の子達と元気に庭を駆け回ってる姿を時々見かけるようになった。

 そして、もうひとり。

 ラピスとそっくりな姿形で、銀に近い感じの水色の髪に、金銀の左右異なる瞳を持つ少女。

 ラピスの双子の妹、セレス……セレスティン。

 初めて出会うこの子は、かつての未来ではネルガルの研究者達の手で処分されてしまった子だ。

 実際、今回だって俺があの施設に行くのが1日でも遅くなっていたら、処分されてしまうとこだったらしい。

 マシンチャイルドとしては不完全な出来だった、ただそれだけのために……!

 そのことを考えると、今でも怒りが噴き出しそうになる。

 まあ、未来では助けられなかったこの子達を無事助け出せたと言うだけでも、俺が過去の世界に存在する意味があったということか……

 瞳の色が左右違うのもその辺の理由からで、不完全な遺伝子の改造により片目だけ色がおかしく変わってしまったらしい。

 性格的にはどちらかと言うと昔のラピスと似ており、今のラピスとは対照的に無口、無愛想と言った感じだ。

 もっとも、根本的にはふたりとも似たところがあるようで、これと決めたら意地でも貫き通すその意志の強さはふたりともさほど大差ない。

 ただひとつだけ重要な特徴として、セレスはラピスと違いほとんど言葉をしゃべることがない。

 しゃべれない、と言うわけではないのだが、なぜか声を出すことを極度に嫌う。

 その代わりに、昔のラピスと同じように俺にリンクで語りかけてくるのだ。

 どうやら、セレスはあの研究室で別のナノマシンの投与実験も受けていたらしく、それが未来で俺とラピスを繋いでいたものの原型だったらしい。

 そのため、俺の中に残されているナノマシンと共鳴して、微弱なリンクを形成しているということだ。

 まあ、そうは言っても完全なリンクには程遠く、ごく短距離でセレスと意思をやり取りするぐらいのことしか出来ない。

 それだったら普通に話してもほとんど変わりないので、俺からは普通にセレスに話し掛けているのだが……

 セレスからはほとんど話し掛けてくることがなく、リンクでのみ俺に話し掛けてくる。

 と言うか、ここで暮らしている子達ともほとんど話していないらしい。

 まあ、双子特有の不思議なつながりでラピスとは意思が通じるらしく、そのラピスが通訳のような形になっていてコミュニケーションを取るには問題ないらしいけど。

 ちなみに、セレスティンと言う名は俺がラピスの名前と一緒に贈ったものだ。

 あの研究所にいたほとんどの子に名前はなかった(研究所のデータにはすべてナンバーでしか登録されていなかった)ため、俺とここの職員とでいろいろと考えてみんなに名前をつけてあげたんだ。

 そして、セレスの名前にはラピスと双子と言うことで同じ輝石の名前から考えて、天青石……セレスティンの名前をもらうことにした。

 彼女の持つ儚げな雰囲気が柔らかく割れやすい天青石のイメージと被さったのと、彼女の髪の色がその輝石の色、セレスティアルブルーに近かったという理由からである。

 そして、何の因果かはよくわからないが、この世界でも俺はラピス(と、その妹のセレス)にすっかり懐かれてしまっている。

 生まれたばかりの小鳥が初めて見た動く相手を親と思い込むインプリンティングのようなものか、それとも別の何かなのか……

 まあ、俺としもこのふたりが大事なことには変わらないつもりだ。

 このふたりには、幸せになって欲しいとも思う。

 勝手な言い分だが、かつてラピスを俺の復讐に巻き込んでしまった償いとしても……

 この1年、似たような境遇の子達と暮らしてきたおかげかふたりともだいぶ明るくなってきたようで、俺としては嬉しい限りだ。

 そう言う俺自身も、肉体の年齢に精神が引っ張られたのか、しゃべり方がだいぶ昔のものに戻ってきている。

 もっとも、あのしゃべり方のままではラピス達を怖がらせかねないと思い、半ば強制的に直したところもあるが……

「どうしたの? アキト」

(……?)

 昔のことを思い出していたため、少し変な顔をしていたのだろうか。

 ふたりがやや心配そうな顔つきで、俺を見上げてくる。

「いや、なんでもないよ。

 それより、俺は少しシスターと話があるから、その間放してもらえないか?」

「……シスターに?」

 優しくお願いするが、ふたりはあからさまに不満そうな顔つきになる。

「私達も一緒じゃダメ……?」

「ごめん。

 今日のは少し、込み入った話になるんだ」

 何より、今はまだこのふたりには聞かせたくない内容だ。

 ……聞かれてしまったら、まず間違いなく駄々をこねられるに決まっているから。

 せめてそれは、来週まで延ばしておきたい。

≪……わかった≫

 しばし俺と見詰め合うが、一応は納得してもらえたのかふたりは渋々と俺の傍から離れていく。

「話が終わったらすぐ行くから、それまではヒスイやコハク達と待っていてもらえるかな?」

((コクン))

 ふたりは同時に頷き返し、未練を残した様子で後ろを何度も振り返りながら他の子供達のもとへと歩いていく。

 そしてそれを完全に見えなくなるまで見送ってから、俺もシスターのいる園長室へと向かって歩き出す。



「いつもいつもすみません。

 この感謝の気持ち、いったいどうお伝えすればいいのか……」

 机を挟んで向かい合わせのソファーに腰を下ろした老齢の女性が、申し訳なさそうに深々と頭を下げてくる。

 この女性が養護施設の園長で、彼女自身もこの戦争で家族……旦那と息子夫婦を失っているらしい。

 ちなみに、『シスター』と言う呼び名は彼女が敬虔なクリスチャンであることが由来だ。

 それに対して俺は、慌てて頭を上げてくれるように声をかける。

「いつも言ってますけど、気にしないでもらっていいですよ。

 むしろ、実際に助かっているのは俺のほうですし、何よりもあの子達のためですから」

 そこまで言って、人のよすぎるシスターはようやく頭を上げてくれる。

 このシスターはなぜか俺のことを必要以上に敬ってくるため、どうにもやりづらい。

 理由としては、おそらく俺がラピス達の養育費の足しになるようにと思い、ネルガルからもらっている給料のほとんどをこの施設に寄付しているからだろうが……

 そのためか、この人のよすぎるシスターは俺と話すたびにいつもいつもすまなそうに感謝の言葉を述べてくるのだ。

 まあ確かに、ネルガルは相転移エンジンの開発技師としての俺を重宝してくれてか給料は結構な額で、そのためこの施設に寄付してる金額も結構半端じゃないものになっている。

 その運営のほとんどが寄付から成り立っているこの養護施設にとって、俺は神様も同然な存在らしい。

 ……自分としては、欠片もそんなつもりはないのにな。

「それで、折り入ってのお話とはなんでしょうか?」

「あ、はい、そうでした」

 シスターのいつもと変わらぬ様子に、思わず忘れかけていた。

 真剣な表情になるシスターに合わせて、俺も居住まいを正して気を引き絞め直す。

「ナデシコの出航日が決まったので、そのことと……

 その間、あの子達のことをお願いに」

「そうですか、それではついに……」

「はい」

 その言葉だけでわかってくれるシスターに、俺は頷き返す。

 ナデシコの出航が10日後に決まり、もちろんそれに同行する俺はそのことを伝えに来たのだ。

 火星に行く以上は長期間地球を離れるようになり、その間はここに顔を出せなくなる。

 そのことをラピス達に言い聞かせてもらうためにも、このシスターにだけは俺が火星に行くことを予め話してあるのだ。

「一応、来週乗り込む前にもう一度顔を出してみんなには俺から伝えるつもりですが……

 あの子達、特にラピスとセレスが納得してくれるかどうか」

「そうですね。

 たぶん、泣き喚いてでもあなたを引きとめようとするか、一緒について行こうとするかのどちらかでしょう」

 苦笑する俺に、シスターも少し困ったような表情で同意してくる。

 ラピスとセレスのあの懐き様を考えると、絶対簡単には納得してくれないだろう。

「出来ることなら、私としてもあの子達の望みを叶えさせてやりたいのですが……

 今の情勢を考えると、それはあまりにも危険極まりないですからね」

 宇宙へ向かう俺のことも気遣ってか、苦々しい表情でつぶやくシスター。

「おそらく迷惑をかけることになってしまうでしょうが、後のことはよろしくお願いします」

「……わかりました」

 わずかな沈黙の後、シスターはやがて小さく頷いてくれる。

「その間、俺に代わってネルガルのほうから毎月決まった額を振り込んでもらえるようお願いしておきました。

 だから、毎月5日頃にはいつもと同じように振り込まれてるはずです」

「わざわざすみません。

 本当、なんとお礼を言えばよろしいことか………」

 そう言ってまた、シスターは申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 シスターのこの癖ばかりは、何度言っても直りそうにない。

「とりあえず、話はそれだけです。

 俺はそろそろ皆のところに向かいますね」

 あまり長話をしたつもりはないが、シスターがお茶を用意してくれたり何だかんだでいつの間にか30分近く経っている。

 これ以上長くなると、業を煮やしたラピス達がこの部屋まで押しかけて来かねないだろう。

「そうですね。

 それでは、私もご一緒することにしましょうか」

 ソファーから立ち上がる俺に続いてシスターも立ち上がり、並んで部屋を出る。

「ちなみに、今日はあの子達に何を作っていただけるのですか?」

「今日は、ヒスイ達からのリクエストでプディングを作ろうと思います。

 たくさん作りますので、よかったら冷蔵庫に冷やして他の職員の方にも明日ご馳走してあげてください」

「それはそれは、なかなか楽しみですね……」





 アキト達の話が終わったところで、私達は飛び出すように走りだす。

 今の今まで園長室のドアに張り付いて聞き耳を立てていたのを、アキトに見つかるわけには行かないのだ。

「……セレス。

 アキト達の話、聞こえたよね?」

 そして、園長室から見えないところまで来たところで駆けるのをやめ、お姉ちゃんがそんなことを聞いてくる。

 私は悲しい気持ちのままで、お姉ちゃんの言葉に頷き返す。

「アキト、私達を置いてどっか行っちゃうつもりなんだ……

 私達のこと、嫌いになっちゃったのかな………」

(ふるふるふる!!)

 泣きそうな表情のお姉ちゃんの呟きを、私は必死になって否定する。

 さっきの話ではアキトは私達のことを気遣っていてくれたし、何よりもアキトを信じたい。

 いらなくなったからと言って私を捨てようとして、あの人達とは違うって……

 それはお姉ちゃんもわかっているんだろうけど、アキトがどこかに行ってしまうという事実がショックすぎた。

 私だって、暗い考えがどうにも拭えない。

「……ふたりとも、どうかしたの?」

 みんなのいる大部屋に辿り着くと、私達の様子を見て驚いたのかコハクお姉ちゃんが声をかけてくる。

「何か悲しいことでもあったの?」

 私達はそんなに悲しそうな表情をしていたのかな?

 コハクお姉ちゃんの後ろから顔を出したヒスイお姉ちゃんも、気遣うように声をかけてくる。

「う、ううん、なんでもないの。

 そう、なんでもないから……」

(ふるふる)

 無理に作った笑顔で答えるお姉ちゃんに合わせて、私も笑顔で首を振る。

 ……たぶん、笑顔になれたつもりだ。

「……そう?

 ふたりがそう言うなら信じるけど……、無理はしないでね?」

「何かあったら、遠慮なく話してねよ?

 私達、家族なんだから……」

 そう言って、コハクお姉ちゃんはお姉ちゃんの、ヒスイお姉ちゃんは私の頭を優しくなでてくれる。

 ふたりからは、確かに私達を気遣ってくれている気持ちが伝わってくる。

「無理にとは言わないけど、泣きたいときには泣いてしまってもいいのよ?

 ふたりとも、まだまだ子供なんだから……」

 コハクお姉ちゃんの言葉に、思わずアキトがいなくなっちゃうことを話してしまいたくなる。

 だけど、そんなこと言ってもふたりを困らせてしまうだけだから……言えない。

「甘えたいときには甘えてもいいのよ?

 あなた達はいつもがんばっているんだから、少しぐらいならわがまま言ってもアキトさんだって許してくれるわよ」

 不意に出てきたアキトの名前に、私は「なんでわかるの?」と言った感じでキョトンとした表情を返す。

「あなた達がここまで取り乱すってことは、何かアキトさん関係のことなんでしょう?」

 そう言って、優しく微笑むヒスイお姉ちゃん。

 その通りなので、私はコクンと頷き返す。

「ほら、やっぱり♪」

 自分の予想が当たったことで、ヒスイお姉ちゃんはちょっと得意そう。

「だったら今日は、アキトさんにめいいっぱい甘えちゃいなさい。

 少しぐらい困らせたって構わないから、いっぱいわがまま言ってあげなさい」

「そして、悲しい気持ちが吹き飛ぶくらい、いっぱいいっぱい幸せにしてもらいなさい」

 そう言ってふたりは、それぞれ私達を優しく抱きしめてくれる。

 それがとても暖かくて、思わず泣きそうになってしまう。

 そして、「わがままを言ってもいい」という言葉にひとつの考えが浮かぶ。

 お姉ちゃんも同じなようで、私達は視線を合わせて頷き合う。

「……ありがとう、お姉ちゃん達」

 おずおずとつぶやくお姉ちゃんの言葉に、コハクお姉ちゃん達はにっこりと微笑む。

「それじゃ、私達は戻るわね」

「もうじきアキトさんも来るだろうから、いつまでも泣きそうな顔してちゃダメだよ?」

 そしてふたりは私達のほうをちらちらと振り返りながら、みんなの輪に戻っていく。

 他の皆も気遣わしげに私達のことを見ていたけど、コハクお姉ちゃんが何かを伝えるとみんな納得してもとの場所に戻っていく。

 みんな、とっても優しい私達の家族……

 お姉ちゃんも同じ気持ちなのか、嬉しいような、泣き出しそうな表情でみんなの様子を眺めている。

 だけど、私達にとって1番大切なのは……

「セレス、ちゃんと覚えてるよね?

 キーワードは『ナデシコ』だよ?」

(コクン)

 お姉ちゃんの言葉に、私は力強く頷く。

 アキト達の会話に出てきた、私達には意味不明なこの単語に何か意味があるはず。

 それをしっかり心に留めておきながら、私達は遅れてやってきたアキトのもとに駆け寄っていくのでした。













『ユリカー! ユリカー!!』

 下でドタバタと大騒ぎしているおじさんの声を聞きながら、僕はユリカに話し掛ける。

「ユリカ〜。

 ほら、おじさんも怒ってるよ」

『だって〜……

 この制服って、ダサダサで決まんないんだもん』

 ちなみにユリカは今部屋の中で着替え中なので、僕は部屋の外で待ちぼうけ状態だ。

 ユリカとは士官学校時代からの付き合いだけど、準備とかに無駄に時間をかけたがるユリカの癖は一向に直る気配がない。

 今回だって1週間以上前から話を聞いていたのに、今日になってもまだ準備できてなかったんだから……

 しかも、どうにかしてそれを終わらせたと思ったら、今度は「制服がダサくて気に入らない」だ。

「……気にしたってしょうがないよ」

 制服に決まるも決まらないもないだろうと思いながらも、僕は仕方なしに何度も繰り返した言葉をまたつぶやく。

『ユリカ〜!!』

 おじさんの叫び声が、少しずつこの部屋に近付いてきてる気がする。

 今のところは家政婦の人がおじさんを抑えているようだけど、突破されるのももはや時間の問題か……

 少しの沈黙の後、今度はユリカのほうから僕に話し掛けてくる。

『ねえジュン君?

 わざわざ連合軍辞めて付き合ってくれて、本当によかったの?』

 その言葉に、僕は少しドキッとする。

 確かに、士官学校を次席で卒業した僕はつい先日まで連合軍に在籍していたけど……

 ユリカがナデシコに艦長としてスカウトされたと聞いて、少し無理を言って辞めさせてもらったのだ。

 そして僕はユリカをスカウトした人に掛け合って、副艦長として一緒に乗せてもらえることになったんだけど……

「ユリカひとりじゃ、心配だから……」

 それもこれも、すべてユリカのためだ。

『さっすがジュン君!

 最高の友達だね♪』

「……はいはい」

 でも、返ってくるのはいつも通りの的の外れた答え。

 いつもさりげなく僕の気持ちを伝えようとするんだけど、ユリカは一向に気付いてくれないのだ。

 ……もう、半分慣れちゃったけどね。

 そこに、ついに家政婦達の壁を破ってきたのか、コウイチロウおじさん……ユリカのお父さんが憤怒の形相で駆けつけてくる。

 そして、ぶち破らんばかりの勢いで扉を叩き、ユリカを部屋から連れ出そうとする。

「ユリカ!

 こら、ユリカ!!

 学生気分もいい加減にせんか!!」



ダンダンダン!!



『だって〜……』

 だけど、部屋の中から返ってきたのはユリカの困ったような返事だけ。

 どうやら、まだ服が決まらないらしい。

 その反応に、ついにおじさんがぶち切れる。

「だってだとー!!

 軍というのは時間厳守…!!!」

「あぁ、おじさん…!!」

 強引に部屋にドアを開けようとするおじさんを慌てて抑えつけるけど、筋骨隆々とまでは行かないもののよく鍛えられた体格のおじさんと普通に細身の体格の僕とでは力に差がありすぎて、やすやすと突破されてしまう。



ガチャッ!!



 そして、こじ開けられたドアの向こうに見えたものは、20歳の女性の部屋としては少し子供っぽくも思える内装の部屋と……



「きゃーーーーっっっっっ!!!」



 着替えの途中で下着姿のままの、ユリカの姿だった。

「ユリカ、立派になった……」

 そして、おじさんのその呟きを最後にユリカの投げつけてきた目覚し時計の直撃を受けて、僕の意識は別の世界へと旅立っていくのだった………





 そして、ユリカ……我が最愛の娘は迎えの車に乗ってナデシコへと旅立っていった。

 「可愛い子には旅をさせろ」とはよく言うものの、見送るほうとしても断腸の思いよのぅ……

 そんなことを思いながら、先ほどのユリカの姿を思い出してここに一句。

「我が娘、子供と思えばナイスバディ」

 ナデシコへと向かうユリカを遠く見送りながら、今は亡き妻に思いを馳せる。

 母さん……ユリカは立派に育っているぞ………

「ユリカ、立派にお勤め果たせよ……」

 自分も一緒についていきたかった思いを隠し、遠く消えたユリカの姿をいつまでも見送るのであった………





「それではサイゾウさん、1年間いろいろとお世話になりました」

 私は深々と頭を下げて、今までずっとよくしてくれた恩人に別れを告げる。

 別れは少し寂しいけど、それを表に出さないよう精一杯隠しながら。

「ああ。

 出向いた先でも、ちゃんとがんばれよ」

「……はい!」

 サイゾウさんの様子は相変わらずいつも通りだけど、今日の言葉はその一言一言が心に染みる。

 この1年間、見ず知らずの私を家族同然に扱ってくれた優しい人。

 思わず、その姿が涙でにじみそうになる。

「それじゃ、そろそろ行きますね」

 その涙を隠すようにして、私は用意していた自転車のもとへ向かう。

 ここからサセボ港までなら、何とか自転車で行ける距離だ。

「後、ついでにこれも持って行きな」

「はい?」

 サイゾウさんに呼び止められて振り返ると、サイゾウさんは1枚のカードを差し出してくる。

「……これは?」

「この1年間分の、お前さんの給料だよ」

「えっ?!」

 思いもよらない言葉に、カードを受け取ろうと差し出していた手を止める。

「でも私は……」

「いいから持ってっとけ。

 新しい就職先があるとは言え、この先何かと入用になるだろうからな」

 遠慮しようとする私にサイゾウさんはカードを押し付け、そのまま振り返って食堂の中に戻っていく。

 その背中に、私はもう1度深々と頭を下げる。

「それじゃあ、サイゾウさん……」

 その後姿に声をかけると、サイゾウさんはそのまま右手を上げて手を振ってくる。

「ああ、行ってこい。

 ちゃんとお前さんの部屋は残しておくから、ドジして首になったらいつでも帰ってきていいからな」

「はい!」

 少し茶化したような、相変わらず飄々とした感じのサイゾウさんの言葉。

 だけど、その優しさに胸が温かくなる。

「では、行ってきます!」

 そして私は用意していた自転車にまたがり、1年間お世話になった私の家を後にするのでした………











Stage5に続く


あとがき、です。

 ラピス&セレス登場〜♪

 ふたりとも一応10歳ぐらいの設定で、さらに考え方は少し大人びています。

 特にセレスは。

 この先ふたりはどうなるのか、なんとなく予想できそうですね(苦笑)。

 ちなみに劇場版とはまったく性格の違うラピス、結構な行動派です♪(笑)



 ちなみに、ヒスイとコハクはスポット参加キャラ(笑)。

 もともと施設にいた姉妹で、施設では年長組に所属する面倒見のいいみんなのお姉さん的な存在です。



 で、次の話でようやくナデシコが出てきます。

 なかなか話が進まなくて、作者としても難しい限りです(苦笑)。


代理人の感想

現状で十歳と言うとルリより一つ下……劇場版より年齢は上がっているんですね。

しかし、どうして二次創作のラピスって無口か弾けてるかの両極端なんでしょ(笑)。

 

後サイゾウさんとジュンがそれぞれの意味でいい味出してますねぇ(笑)。

 

>ヒスコハ 

冥土神拳奥義(暗黒翡翠拳)の使い手とか、割烹着の悪魔の仇名を持っているとか、

そういうことはないんですね(爆)? 

いや、やっぱりこの二つの名前が並ぶと(笑)。