「みんな、そろそろ時間だから……」
今週も施設に顔を出していた俺だが、いつもより少し早くお昼を少し回った辺りで帰ることにする。
どうしてこの時間なのかというと、この後俺はそのままサセボに向かいナデシコに乗り込むつもりだからだ。
「アキトー、早く帰って来てね〜!」
「お土産よろしく〜♪」
「アキトさん、くれぐれも健康には気をつけてくださいね……」
別に今日でここに来るのを最後にするつもりは毛頭ないのだが、火星に行く都合上、普通に考えれば最低でも往復で4ヶ月近くかかってしまう。
だから、今日は少しの間の別れをみんなに告げたのだ。
ここの皆にはすっかり懐かれてしまい、それを伝えた際にはずいぶんと駄々をごねられたり泣かれたりもしたものだが……
根気よく説得して結果、一応はみんな納得してくれたようだ。
そんな中、ひとつだけ予想外のことがあった。
ラピスとセレスが、このことに関して意外と物分りがよかったことだ。
初めはみんなと一緒に駄々をごねたものの、このふたりが1番最初に納得してくれたのだから。
もっとも、やはり寂しいものは寂しいようで、今は拗ねてしまっているのかここにふたりの姿はない。
あのふたりにもちゃんと挨拶をしてから行きたかったのだが、まあ仕方ないだろう。
「それじゃ、ラピスとセレスのことをよろしく頼むよ」
みんなの面倒を1番よく見てくれているヒスイとコハクに、最後にそうお願いをする。
「ふふふっ、そうですね」
「しっかりと、よろしくお願いされておきますわ♪」
「……?」
何かを企んでいるような、楽しそうな笑顔を向けてくるふたりを見て、微妙に違和感のあるその答えに俺は首をひねる。
だがまあ、ふたりがそう言うのなら大丈夫だろう。
とりあえず納得したところで、俺は施設を後にする。
そして俺は施設のみんなの見送りを受け、ナデシコへと向かうのだった。
機動戦艦ナデシコ another story
―― Dual Darkness
――
Chapter1:もう一度、『はじめまして』
stage5
「ふぇ〜……、これがナデシコですか………」
私は初めて目の当たりにした戦艦というものに、どこか呆けたような声をあげて感心していました。
そして、その私の感心の的となっているのが、普通はあまり見ない形のこの戦艦。
本体となる中央のメインユニットがあって、その両脇、前部に細長いブレードと後部にずんぐりとしたエンジンユニットを取り付けられている。
ブリッジは本体から突き出した上部に笠のように付けられており、全体的に見ると空気抵抗などを一切無視した感じの形です。
本当にこれで飛べるのかと、微妙に不安になってきます。
「はっはっはっ、驚かれましたかな?」
ここまで私を案内してきてくれたプロスペクターさん……長いのでプロスさんと略しますが……が、少し誇らしげに私に話し掛けてくる。
「あなたが乗ってもらうこの船、正式名称はND−001ナデシコと申しますが、これこそが当ネルガルの誇る最新鋭の機動戦艦なのです!
メインエンジンにはいまだ連合軍でさえ所有していない最新の技術である相転移エンジンを搭載し、さらに補助エンジンとして本体両脇の後部ユニットに核パルスエンジンを各2基ずつ、計4基搭載。
主武装にはグラビティブラストと呼ばれる重力波砲を装備し、機動兵器戦に関してもネルガルの誇るエステバリスを多数搭載しておりますのでバッチリです。
また、本体の左右前部に装着されたディストーションブレードから発生する時空歪曲場を利用して、ディストーションフィールドと呼ばれる強力なバリアを発生させることもできます。
まさにこれは、現地球圏における最強の戦艦なのです!!」
実は誰かに話して聞かせたかったのか、プロスさんは頼んでもいないのにいろいろと説明してくれる。
きっと、今まで機密事項だからといって誰にも話すことが出来なかったから、誰かに話せる機会を探していたんでしょう。
なんと言うか、私にしてみればありがた迷惑なんですけど……
まあ、自分が乗ることになる艦のことだから少しは知っておきたいし、ちょうどいいから少し聞いておきましょう。
そんなことを考えている間にも説明は続き、話が一段楽したところでプロスさんはコホンと咳払いをして私の注意をひきつけてくる。
「どうですか、ユウキさん。
今日からあなたの家ともなるこの船ですから、何か聞いておきたいこととかあれば遠慮なく言ってください。
可能な限りお答えしますよ」
今までの話し、プロスさんとしてはいろいろと噛み砕いて説明してくれたんだろうけど、もともと戦艦の知識なんて持っていなかった私にはほとんど理解できていなかった。
だから、そんな私に「何か聞きたいことはありませんか?」と聞かれても困るんだけどな……
でも、何か説明し足りなさそうなプロスさんの様子を見かねて、私は適当な質問を考えてみる。
「なんとなく……なんとなくですけど、この船ってもう少しがんばれば変形とかできそうな形ですよね。
例えば、前部のブレードを腕、後部のエンジンユニットを足、中央の本体ユニットを体にして、超巨大な人型ロボットとか……」
私はほとんど軽い冗談のつもりで言ったんだけど、プロスさんは眼鏡を光らせて思いのほか真面目に反応してくる。
「ほう………、なかなか鋭いですな。
ユウキさんのおっしゃるとおり、確かにこのナデシコは当初変形合体機構も視野に入れられて建造されました。
ですが、この船自体がまだ試験段階であることと、その戦闘力がいまだ未知数でもあることから、今回のところは先送りされたのですよ」
「えぇっ?!」
って、ネルガルはホントにそんなこと考えてたの……?
自分で言っておきながらだけど、先行きが少し不安になってくる。
しかも、合体まで………
「とまあ、今のは軽い冗談なんですけどね」
そう言ってニヤリと微笑を向けてくるプロスさんですけど、今までの真剣な様子を見るとどうにも冗談には思えません。
「ホ、ホントに冗談なんですか?」
慌てて私はプロスさんを問い詰めるけど、そのプロスさんは答えることなくさっさと歩いていってしまう。
「さあさあ、ユウキさん!!
次は格納庫をご案内しますよ!」
って言うか、あからさまにその質問から逃げているような……
「早く来ませんと、置いていってしまいますよ?」
10メートルくらい先行したところで立ち止まり、私に呼びかけてくるプロスさん。
「わっわっわっ!? ま、待ってくださいよ〜!」
それに慌てて私は気を取り直して、プロスさんを追いかけていくのでした。
「そう言えばさ、艦長ってどんな人なのかしらね?」
私の右隣に座っている操舵士の女性……確か名前はハルカ・ミナトさんだったかな?……が、頬杖をつきながら退屈そうにつぶやいてきます。
まあ、いまだ出航前のこのナデシコ。
操舵士の方がやることはほとんどありませんから、退屈なのは仕方ないでしょう。
「そうですね、私も興味あります。
格好いい人だったらいいんですけど……」
私の左隣に座っている通信士の女性……メグミ・レイナードと言う、元声優の人……が、私を飛び越してその呟き声に答えてます。
この人も暇なようで、自分の座席に付いてはいますがなにやらファッション雑誌を読んでいる模様。
ちなみに、私はこのナデシコのメインオペレーターとしてブリッジ下層の1番前、真ん中のオペレーター席に腰を下ろしています。
「でも、就任当日から遅刻してくるような人でしょ?
あんまり期待できないかもよ〜」
ミナトさんは、メグミさんの言葉に釘をさすように言葉を返します。
そう。この船の出港は明後日の予定なので、本来は私以外の人がブリッジにいても特にやることのないはずです。
なのに今おふたりがここにいるのは、今日はこのナデシコの艦長が着任する日のはずだから。
それで、艦長就任の挨拶もあるし、ブリッジにつめることになるメインクルーはみんなブリッジに集まっているんですけど……
(ずずず〜……)
「………」
ちらっと後方のブリッジ上層の艦長席に視線を向けてみるけど、そこにはまだ艦長の姿はありません。
それと、その艦長と行動を共にしていると思われる副艦長の姿も……
今上層にいるのは、退屈そうに自前のお茶をすすっている提督のフクベおじいさんと、戦闘オブザーバーのゴートさんって言ういかつい顔のおじさんだけ。
先ほどまでもうひとり、私をこのナデシコに連れてきたプロスペクターさん(経理担当)もいたんですが、新たにクルーがナデシコについたとの報告を受けて今は案内に行っています。
まあ、いくら待ってもなかなか艦長が来ないので、業を煮やしたと言うのもあるのでしょう。
他にもここにはいないブリッジクルーがまだいますが、その人の乗艦予定日は明日なので問題ありません。
で、問題の艦長。
着任予定時刻は今日の12時のはずなのに、午後の4時を過ぎてもなかなか現れません。
なにやら先ほど、途中で道がわからなくて迷子になったと言う連絡を受けたのですが……
そんな艦長で、本当にこのナデシコは大丈夫なのでしょうか?
出航前なのに、もはや先行きがかなり不安です。
「でも、少しぐらい大雑把なほうがワイルドな魅力も……」
「艦長は、20歳の女性の方です。
なんでも、連合軍の士官学校で主席を取った方だとか」
とりあえず、自分を飛び越えて交わされる会話が微妙に鬱陶しいので、ふたりの欲しがっていそうな答えをオモイカネのデータベースから探して教えてあげます。
と言うか、本来なら両隣のおふたりにもこのナデシコの全クルーリストは行っているはずなんですけど……
「そうなの?
だとしたら、ちょっとがっかりかな?」
本気でどこかがっかりとした表情でつぶやくメグミさん。
艦長が男性であろうと女性であろうと、別に艦の運行には関係ないはずなんですが……
この人は、いったい何をがっかりしているのでしょうか?
「まあまあ、メグミちゃん。
この船には200人も乗り込むんだから、中には格好いい人もきっといるわよ」
なぜか、ミナトさんも本気でメグミさんを慰めています。
なるほど。
つまり、メグミさんは艦長が恋愛の対象となるかどうかを気にしていたわけですか。
どうやら、少女である私には関係のないことみたいです。
なら構いません。後はおふたりで好きなように話していてください。
【ねえ、ルリ。ちょっといい?】
不意に、私の前方にやや控えめなウィンドウが浮かび上がり、そこにメッセージが表示される。
これはナデシコのクルー全員に配られているコミュニケという相互通信システムの通信ウィンドウなんですけど、スクリーンもなしに突如空中に表示されるので、慣れていないと少し驚きます。
「どうかしましたか?」
私は周りのおふたりの邪魔にならないようやや控えめな声で、そのウィンドウに向かって話し掛けます。
ちなみに、私にウィンドウで話し掛けてきたこの子の名前はオモイカネ。
航法から火器管制まで、ナデシコのありとあらゆるシステムを統括、管理しているメインAIで、人間と同じようにこうしてコミュニケーションを取ることが出来ます。
ただ、言葉をしゃべる機能を装備していないので、何か用があるときはこうしてウィンドウにメッセージを表示してくるのですが……
【ドッグの東F13ブロックに、艦長と他ひとりが到着したみたい。
ここまで案内する?】
そう言えば、さきほど艦長が迷子になったという連絡を受けたときに、「ドッグに艦長が着いたら教えて」とお願いしていたのでした。
今度は、ドッグの中でまで迷子になられたら困るから。
「お願い」
【うん、了解。
それじゃ、もう少し待っててね】
そうして、表示されたときと同じように唐突にウィンドウが消える。
「皆さん、どうやらドッグに艦長が到着された模様です。
おそらく、後10分もあればここにやってくると思います」
とりあえず、皆さんいつ艦長がやってくるのか気になっているでしょうから、聞こえるように報告する。
「そうなの?
教えてくれてありがとね、ルリちゃん」
「ふ〜、やっとですか〜……」
(ずずず〜)
「うむ」
上から順に、何が嬉しいのか私の頭をなでてくるミナトさん、本当に疲れたような様子でため息をつくメグミさん、何を考えてるのかわからない表情でお茶をすする提督、もっと何を考えてるかわからない怒ったような表情で頷くゴートさんと続きます。
だけど結局艦長がブリッジに辿り着いたのは、それから30分以上経ってからのことでした。
「すっげ〜!! これが俺のロボットになるんだな……!!!」
プロスさんに連れられて格納庫にやって来ましたが、ここには作業服を来た整備班の人たちのほかに、赤い制服を着た暑苦しい感じの人がなにやら叫んでいます。
そう言えば、私も色違いの似たような制服を先ほどプロスさんから渡されましたね。
「手があって、足があって、頭があって……!!
くぅっ!! これが俺様の乗る、ゲキガンガーってわけだな!!!」
なにやら、その赤い人は目の前に並べられているロボットを見て、わけのわからないことを叫んでは感動しています。
手すりより体を半分以上乗り出していますから、落ちたりしなければいいんですけど……
「どうですか、ユウキさん。
これが当ネルガルの誇る最新鋭の人型戦闘兵器、エステバリスです!」
少し誇らしげな様子のプロスさんが、眼鏡の位置を直しながら私に説明してくれます。
「えすてばりす、ですか……?」
「そうです!
平仮名ではなく、片仮名なんです!」
「エステバリス、ですか……」
「そうなんです!」
どうやら、私のつぶやきの微妙なニュアンスから平仮名読みだったのを感じ取ったらしい。
やっぱり、このプロスさんは侮れない人だ。
「アサルトピットと呼ばれるコクピットコアの換装を行い、フレームを交換することで陸海空、果ては宇宙までと、どの戦地でも活躍できる素晴らしい機体なのです!
アサルトピットそのものはパイロットごとに各1つずつの所有となりますので、パイロットの癖に合わせて独自にデータのカスタマイズをするなどと言ったこともできます。
他にも、もし戦闘中にどこか被弾してしまっても、フレームの交換さえ行えば即時に戦列に復帰できるなどさまざまな利点が……」
戸惑う私はプロスさんの説明から逃げるように、その『エステバリス』と言われるものに視線を向ける。
私の目に見える範囲に置いてあるのは、全身組み上がっていていつでも動かせそうな感じのやつは1、2の3台。
だけど他にも、頭の部分がなかったり、バラバラになったりして床に寝転がされているのが、もう何台かある。
そして今はなにやら黒い機体を組み立てているらしく、班長と思われる眼鏡の人の指示に従って整備班の人達が忙しそうに動き回っている。
「……と、言うことなんです。
ユウキさん、わかりますか??」
「そ、そうなんですか……」
一応そう答えましたが、いくら戦艦に乗り込んだとは言えコック見習いでしかない私に、そんな機動兵器の説明をしてもらったって本当はわけわかんないんです。
そんなことより、私としては職場となる食堂を案内して欲しいんですけど……
説明することでどこか悦に浸ってるプロスさんに私はどうにも上手く口を挟むタイミングがつかめず、流されるままにその説明を聞き流します。
「さらに、操縦方法にIFS技術を導入したことでパイロットの思う通りに機体を動かすことができます。
つまり、難しい操縦方法を覚える必要がないということなのです!
どうです、ユウキさん?
これからは、1家に1台エステバリスの時代です。
今なら、特別価格の税抜き20億飛んで9800万でご奉仕します!
そしてさらに、空・陸・砲戦フレームをセットで購入された方には、なんと0Gフレームもセットでお付けいたします!!
どうです? 今がお買い得ですよ〜」
「あは、あはははは……」
適当に聞き流してるうちに、いつの間にかプロスさんが通信販売の怪しいおじさんのような説明を……
だから、プロスさんの説明はあんなに力の入ったものだったのですか。
やり手のサラリーマン(営業)風のプロスさんをみて、思わず納得してしまう。
でも、どこからともなくエステバリス購入の契約書を私に突き出してくるプロスさんはなにやら危険な気がするので、とりあえず話をそらすことにしましょう。
「そう言えば先ほどIFSに対応って言ってましたけど、IFSさえ持っていれば誰でも動かすことができるんですか?」
「ええ、そう言う設計ですから。
とは言いますものの、まだまだ地球ではIFSはあまり普及していませんから、実際には使える人は少ないんですよね。
今のところ、一部のパイロットや趣味の人が持っているくらいでしょうか?」
どうやら上手く話をそらせたようで、プロスさんは契約書を懐にしまって私に答えてくれる。
IFS、『Image Feedback System(イメージ・フィードバック・システム)』。
体内に注入されたナノマシンを介し、自分のイメージを外部コンピュータに直接伝達できるシステムのことで、それさえ持っていれば特殊な訓練なしでいろいろな機械を操縦することができるようになる。
とても便利なものなので火星の人達はほとんどみんなつけていたんだけど、地球ではそれほど普及していないらしい。
なんだか、人体改造をするみたいでいいイメージを持たれていないそうな……
「それが、どうかしましたか?」
「あ、いえ。私もIFSを持ってますから、乗ろうと思えば私にもこれに乗れるのかなーって思って」
「……そうなんですか?」
「はい。私、火星出身ですから」
少し大きめの服をいつも好んで着ているため普段は隠れてしまっているんだけど、右腕の袖をまくってIFSのインターフェイス部分をプロスさんに見せる。
「ほうほう、これは確かに……」
私の手の甲を見たプロスさんが、なにかを考えるように眼鏡を光らせています。
私、何かまずいことを言ってしまったのでしょうか……?
そして、次の瞬間!
ドッゴーーーンッッッ!!!
なにやら激しい揺れに襲われ、私は体勢を崩してしまいます。
「の、の、のおぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!」
私は手近な手すりにしがみついて何とか事なきを得ましたが、ずっと手すりから体を乗り出していたままの赤い人にはつかまるものがなかったらしく、そのまま格納庫の床に落下していき……
グシャッ
……下においてあったダンボールの上に落ちたため、なんとか事なきを得たようです。
「い、い、今のはいったい?!」
とりあえずそれを確認して安心した私は、パニックに陥りそうになるのをどうにか抑えてプロスさんに問い掛けます。
「参りましたね。どうやら、このナデシコが発見されたようですな……」
この人はどう言うわけか先ほどの揺れでも体勢を崩しておらず、少し困ったような表情で眼鏡のずれだけを直しています。
「は、発見されたって、いったい何に?!」
慌てて問いかける私の言葉に、プロスさんは真剣な表情を向けてきます。
「……もちろん、決まっているじゃないですか。
我ら人類の敵、『木星蜥蜴』にですよ」
ブーッ! ブーッ!
艦内に鳴り響く大音量の警報を耳にした瞬間、ブリッジでも一瞬騒然とした雰囲気が漂います。
「ホシノ君、現状を報告!」
さすがは歴戦の勇士。
いち早く我に帰った提督が、私に鋭く声をかけて来ます。
「現在、地上にて連合軍が敵と交戦中。
敵木星蜥蜴の数、バッタ320とジョロ180の、計500。
敵の目的はほぼ間違いなく、このナデシコだと思われます」
私はもともとそれほど驚いてもいなかったので、すぐにでもオモイカネを通じての状況を即座に報告します。
「500も……?!」
「むぅ……!!」
その言葉にメグミさんは悲鳴のような声を上げ、提督も渋い唸り声をあげます。
このドッグに配備されている連合軍の機動兵器の数は約30。
どう考えてもこの戦力差は明確で、おそらく時間稼ぎをするのが関の山でしょう。
「ミナト君、急いで発進だ!!」
「ムリよぉ〜。
マスターキーがないから、エンジンが始動しませ〜ん」
焦った様子のゴートさんの問いに、両手を上げて自分にはお手上げ状態だと身をもって示すミナトさん。
このナデシコ、安全上の理由からすべてのシステムがマスターキーによって制御されているんですけど、逆に言うとそのマスターキーがないとほとんど生命維持以外のシステムが使用不可に陥ると言う欠点を抱えています。
そして、そのマスターキーは艦長とネルガル会長にしか使えないため、今のナデシコは手も足も出せないだるま状態。
シールドも張れず、防御砲火も撃てず、逃げることすら出来ません。
このままでは、ナデシコは出航することすらなく沈んでしまいます。
……どうやら、悪い予感は最悪の形で的中しそうですね。
「艦長は……艦長はまだこないのか!!」
唸るように、目の前のコンソールに拳を叩きつけるゴートさん。
コンソール、壊れなければいいですけど……
そして次の瞬間。その言葉に応えるように、ブリッジの扉を開けて女性の方が元気よく姿を表します。
この人は……
「みっなさ〜ん!
私が艦長の、ミスマル・ユリカで〜す!
ブイッ!!」
「「「「ブイ〜?」」」」
予定時刻より5時間近く遅れてやってきた艦長の第一声が、まずはそれでした。
「バカ」
なんて言うか、先行き不安どころかこれはもうダメなんじゃないでしょうか?
いかにも能天気そうな艦長に、私はそんな考えを否めません。
「ユ、ユリカ……
今はそんなことをしてる場合じゃないってば……!」
艦長の後ろに隠れるようにいたなんだか気の弱そうな男の人……確かこの人が副艦長でしたね……の声に、ゴートさん達はハッと我に返ります。
「そ、そうだ!
何で5時間も遅刻したのかを問い詰めたい気もするが、今は一刻も早くマスターキーを!!」
「は〜い♪」
慌てるゴートさんとは対照的に、いかにもお気楽極楽な様子の艦長。
とりあえず、出航に備えて私はいろいろと準備を始めます。
「そう言えばオモイカネ。
ここに艦長を連れてくるのに、どうして30分もかかったの?」
ドッグの入り口からナデシコまで、10分もあれば余裕でつけるはずですけど………
【あの人ってば、せっかく私が案内しているのに何かものめずらしそうなものを見つけるとふらふら〜っとどっか行っちゃうんだもん。
警報が聞こえてきたからどうにか私と副艦長で引きずってこれたけど、これがなかったら後何時間かかったことか……】
「……そう。お疲れ様」
マスターキーがセットされてエンジンが始動するのを確認しながら、本気で疲れた様子を見せるオモイカネに私は労いの言葉を掛けます。
「艦長! 現在地上では連合軍が木星蜥蜴の攻撃により窮地に立たされている。
このままでは我々も危ない!」
「わかっています!」
「さて、艦長ならこの状況をどう打開するかね?」
焦る様子のゴートさんに比べ、至極落ち着いた様子で艦長の能力を試すかのように問い掛ける提督。
「このまま海底ゲートを抜けて、敵の背後を突きます。
そして、海面から浮上するのと同時にグラビティブラストで一気に敵を殲滅します!」
「ふむ……。
悪くはない作戦だが、どうやって敵をひきつける?
500もの敵が、そうそう都合よく1ヶ所に固まっていてくれるとは限らんぞ?」
その質問にも、艦長は即答で返してきます。
「エステバリスに敵をひきつけてもらいます。
いくら敵の数が多いとは言え、ナデシコが出航するまでの間逃げ回って敵をひきつけるくらいのことなら可能でしょう」
人格的にはともかく、能力的にはこの人もやはり一流と言うことですか。
『よっしゃぁ!
つまりは俺様の出番ってわけだな!!』
どこで私達の会話を聞きつけたのかいきなりコミュニケのウィンドウが開き、なにやら暑苦しい顔つきの人がドアップで話し掛けてきます。
はっきり言って、驚いたとかどうこう言う以前にむさくるしいです。
場所はどうやら格納庫かららしく、後ろにはエステバリスとそれの発進準備をしている慌しく進めている整備班の姿が見えます。
「えっとぉ……その頭のたんこぶ、どうかしたんですか?」
突然ウィンドウが開いたことに驚いたのか、どこか引きつった表情で場違いなことを問い掛ける艦長。
確かに、ウィンドウ越しで見てもわかるくらいに、その人のおでこは赤く腫れ上がっています。
『そんなこたぁどうでもいいんだ!
それより、早く俺に発進命令を出してくれ!!
そうすればあの程度の敵、俺様がパパ〜ッてやっつけてきてやらぁ!!』
案の定、その暑苦しい人は艦長の問い掛けを無視して、一方的に自分の要求だけを伝えてきます。
「ねえねえ、ルリちゃん。
あの人、誰? 赤い制服ってことは、パイロットの人?」
そんなふたりの様子を横目で見ながら、私に小声で尋ねてくるメグミさん。
「はい。パイロットのヤマダ・ジロウさんです」
とりあえず、私も合わせて小声で答えを返す。
「そ、それじゃとりあえずヤマダさ…」
『ちっが〜う!!』
話し掛けようとする艦長の言葉をさえぎり、つばを飛ばしながらなにやら大声を上げるヤマダさん。
よかったですね、艦長。ウィンドウ越しで。
『それは、世を忍ぶ仮の名前だ!
俺の魂の名はガイ! ダイゴウジ・ガイだっ!!』
そしてその人はウィンドウ越しだというのにポーズを決めて、なにやら激しく自己主張をしています。
『はいはい。
それはいいですから、とっととエステバリスに乗り込んでくださいね〜』
『おっ、おっ、お〜〜〜っ?!』
そのウィンドウになにやら唐突に現れるプロスさんは、そのままウィンドウの外にヤマダさんを押し出していきます。
「おぉ、ミスター。そんなところにいたのか」
プロスさんの姿を見つけ、ゴートさんが少し安心したような表情を見せます。
『はい。先ほどからユウキさんに艦内を案内していて、ちょうど格納庫に来ていたところなんです。
それで艦長。ヤマダさんには、後どれくらいの時間を稼いでもらえばよろしいのですかな?』
『だ、だから、俺の名前は……!』
「あ、はい。えっと……ルリちゃん?」
艦長は名前を思い出そうとしてたのか、少しのタイムラグの後で私に呼び掛けてきます。
「現在、ドッグへの注水23%。
あと430秒ほどで、ナデシコは発進可能になります」
初対面の人にいきなり『ルリちゃん』呼ばわりされたのに私にはなぜか大して違和感がなく、いつも通りの事務的な口調で返します。
違和感を感じないのは、この艦長の朗らかな人柄からでしょうか?
「と、言うことです。
ヤマダさんには、とりあえず10分間の陽動をお願いします!」
『だそうですよ、ヤマダさん』
『俺の名前は……!!』
『はいはい。
さっさとエステバリスに乗って、給料分働いてきてくださいね〜』
『お、俺の名前は〜〜〜!!!』
その言葉を最後に、格納庫からの通信は途切れる。
「と、とりあえずミナトさん、発進準備をお願いします」
「オッケィ♪」
「ルリちゃんも、グラビティブラストのチャージをお願い」
「真空中ではないので、100%のチャージは不可能ですが……」
「出来る限りで構いません!」
「了解」
こうしてブリッジは、ようやく緊迫した雰囲気に包まれるのでした。
「どう言うことだ……?!」
突如サセボドッグを襲来してきた木星蜥蜴を遠目に眺め、俺はバイクをさらに加速させる。
今は施設のみんなに一時お別れを告げてきた帰りで、まだ俺はナデシコへと向かう途中なわけだ。
前回はナデシコが出航直前になってから木星蜥蜴に襲われたので、その経験からアカツキに掛け合って出航日を1週間早めてもらったはずなのだが……
まさか、その出航日のさらに2日前に木星蜥蜴が襲撃してくるとは、思いもよらなかった。
≪前回よりもナデシコの戦闘能力が上がったため、おそらくそのエネルギー分前回よりも早く敵に察知されたんだと思います
敵の数が多いのもまた、それが原因かと……≫
「チィッ!
そう言うことか!!」
良かれと思ってやったことが、まさか逆に敵に発見されるを早めてしまうとは……!
「ナデシコはまだ出航できないのか……!」
予定通りならもうユリカはナデシコに就任してるはずだから、とっくに発進できていてもおかしくないはずなのに……!
≪艦長が遅刻しているため、マスターキーなしでまだ出航できない模様です≫
って、やっぱりなのか……!!
「くそっ!
こんなところで、ナデシコを沈めさせてたまるものか……!!」
エステバリスさえあれば、今の俺にだってナデシコ出航までの時間稼ぎぐらいなら出来るはずだ。
そして俺はみんなを守るために、バイクをさらに加速させていくのであった……
Stage6に続く
あとがき、です
ようやく、ナデシコの出航前までこぎつけました(苦笑)。
たぶん、Chapter1はあと1stageで終わるはずです。
たぶん……、きっと終われるはず………(爆)
ちなみに、プロスさんとの会話に出てきたエステバリスの値段は100%適当ですので、あしからず(爆)。
作者は軍事兵器の相場がいくらぐらいするかなど全然知りませんから……(苦笑)。
補足と言うかなんと言うか。
とりあえず、「」でくくられている会話が普通の音声による会話で、≪≫はリンクによるやりとり、【】はコミュニケに表示されるメッセージ(主にオモイカネの言葉)だと思ってください。
『』は、電話越しや壁越し、ウィンドウ越しでの音声による会話で。
シスイはオモイカネとは違いアキトとリンクによるやり取りをしていますが、それはアキトが五感を失っていたときにラピスを助け出す前はシスイのサポートを受けていたからです。
今でもそのリンクは残っていると言うことです。
代理人の感想
現代の戦闘機の話になりますが、このまえざっと調べてみた所では
最新鋭でも普通の戦闘機だと価格:150億円は「高すぎる」のだそうで。
ちなみにB−2ステルス爆撃機(あの黒い三角形みたいなやつ)が21億ドル、2200億円超。
ま、こっちは米軍全部でも21機しか配備されてないという「秘密兵器」クラスの代物ですが。
それはそれとして、アキト君今回も一寸お間抜けかなぁ。
前回の歴史でナデシコが「感知されたのが出航直前だった」のではなく、
「出航直前だから感知された」可能性もあると思い至らなかったのが実に彼らしい(爆)。
後、TV版でこう言う呼び方をしてたかどうか記憶にないんで断言ができないんですが、
ユリカのルリに対する反応はちょいと気になったり。
ナデシコのビデオが行方不明なので確認が出来ないのよ〜。