≪マスター!! 危ないっ!≫
「………っ!?」
ズシャーーーッッッ!!
突如、ミサイルの爆撃を受けて眼前に吹き飛ばされてくるエステバリスを、俺はバイクの進路を急転換させ、それでも間に合わずにバイクから身を投げ出してどうにか回避する。
≪マスター! ご無事ですか?!≫
「あ、ああ。俺自身は何とかな」
頭を振りながらゆっくりと立ち上がり、地面を削りながら森の奥へと姿を消したエステバリスへと視線を向ける。
かなりスピードを出していたのだが、どうにか事前に回避できたので軽い打ち身の他には特に体のほうは問題ない。
だが、俺自身はどうにか助かったとは言え今のエステバリスに押しつぶされてバイクが犠牲になってしまった。
ただでさえかなり無茶をしようとしていたのに、このままでは無数とも言えるほどの木星蜥蜴の群れをかいくぐって地下ドッグへと通じる入り口へと辿り着くのはほとんど不可能に近いだろう。
かと言って、他の近場にある入り口も同様に木星蜥蜴の群れで溢れ返っていたから、他にどうしようもなかったんだが……
吹き飛ばされてきたエステバリスは、今の攻撃で動力系がやられてしまったのかピクリとも動き出す気配がない。
まあ、左半身の装甲が一部吹き飛ばされているもののアサルトピット自体は無事みたいだし、おそらくパイロットも無事だろう。
だが、どちらにせよそれもこのままでは時間の問題だ。
木星蜥蜴たちはミサイルで撃ち落した程度では安心してくれず、止めを刺そうと徐々にこちらに近付いてきている。
まずいな。今この状態であれだけの数の木星蜥蜴に迫られたらいくら俺でもやり過ごせるわけないし、あのエステバリスのパイロットだって助からないだろう。
かと言って、今のこの状態では俺にできることはないし……
『待てぇいっ!!!』
そんなことを考えていると天の助けか、どこからともなく聞き覚えのある声が響いてくる。
と言うか、この声はもしかして……
『天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 悪を倒せと俺を呼ぶ!!
正義のヒーロー、ダイゴウジ・ガイ!! か弱き乙女の悲鳴を聞きつけ、今ここに見参!!!』
誰に対して告げているのか理解に苦しむが、仰々しい前口上と共に物資搬入用のエレベータからもう1台、今度は青いエステバリスが姿を現す。
そして……
『とぅっ!!』
何をしたいのかはよくわからないが無意味に天高く跳躍し、俺と木星蜥蜴の間に華麗に着地する。
『はっはっは〜! か弱き乙女がピンチのときに颯爽と駆けつけることこそが、ヒーローの条件!!
やいやい貴様ら! この俺様が来たからには、もうこれ以上好きにはさせないぜ!!』
ビシッと右手の人差し指を木星蜥蜴達へと突きつけ、威勢良く宣言する。
……俺の知らないこの世界でも、ガイはやっぱりガイなんだな………
今となっては本当に懐かしいかつての親友の声に、今の状況を忘れて思わず苦笑してしまう。
だが、今はその性格がありがたい。
わざわざ敵の注目を集めてしまうこの行動に普段なら何を考えているんだと呆れてしまうところだろうが、そんな演出過多とも取れるパフォーマンスのおかげで木星蜥蜴達はガイに注目し、その攻撃の矛先をガイへと変更してくれたのだから。
『それじゃ、いくぜぃっ!!』
おそらく、俺の存在には気付いていないんだろう。
ガイはそれだけ言うと何事もなかったかのように、バッタとの戦闘を開始する。
『お前達に見せてやるぜ! 俺の最終奥義!!
喰らえ、必殺の、ガイ・スーパーアッパー!!!』
ガイは手近に近付いてきたバッタを殴り倒し、乱戦に突入する。
以前の俺の知る歴史ではそれほどガイの実力を知ることが出来なかったのだが、なかなかどうして、さすがにプロスさんのお眼鏡に適うだけあってガイの戦闘力は高いようだ。
無意味にポーズを決めたがったり技の名前を叫んだりと無駄な行動も目立つものの、それでも数百もの木星蜥蜴達とどうにか渡り合っている。
「今がチャンスだな……」
この場にいるほとんどの木星蜥蜴の注意は派手に立ち回りを演じているガイへと向かい、そのガイがゆっくりと海沿いに移動しているため、俺たちのいる場所からは徐々に離れていっている。
≪マスター、どうしますか?
この状況でなら、どうにか地下ドッグまで敵の合間をぬって辿り着くことが出来そうですが……≫
「いや、その前にあのエステバリスに向かう。
今はガイが注意をひきつけてくれているとは言え、このままで安全だとは限らないだろう」
完全に沈黙してしまったピンクのエステバリスへと視線を向け、そう答えを返す。
今この場で無駄な時間を食うことは危険な行為かもしれないが、それでもあれのパイロットを放っておくわけにも行かない。
それに、先ほどの戦闘を見ていて実感したんだがあれに乗っているのはまず間違いなく素人。
ぎこちない動き、行き当たりばったりの行動パターン、でたらめで勢い任せの攻撃方法……
おそらく、以前の俺のように木星蜥蜴との戦闘を見ていてもたってもいられなくなったような、そんな一般人が乗り込んでしまったように思える。
そんな人を、このまま放っておくわけにも行かないだろう。
「シスイ、あれのパイロットの生命反応は?」
≪あります。
ただし今の攻撃で通信機能が死んでしまったようで、直接エステバリス内部の様子をモニタすることや通信をつなげることは出来ません≫
「なら、直接行ってみるしかないか」
木々をなぎ倒し、森の中に埋もれるようにして沈黙しているエステバリスへ駆け寄って行く。 「懐かしいな……」
かつて俺の乗っていたものと同じ、何の改造も施されていない普通の陸戦フレームのボディを視界に収めながら、外部から強制的にコクピットをオープンさせる。
果たして、その中にいたのは……
「女の…子……?」
パッと見15、6歳くらいの女の子が意識を失い、ぐてっとした様子で力を失いシートにもたれかかっている。
服装もその年頃としてはごくありきたりな感じの可愛らしい感じのもので、まず間違いなくこの娘はパイロットではないだろう。
目を閉じているのではっきりとは断言できないが、その端整な顔立ちから結構可愛い女の子ではないかと伺える。
「そう言えば、さっきガイが『か弱き乙女』がどうのこうのって言ってたな……」
とりあえずその娘に外傷がないことと呼吸が正常なことを確認し、ひとまず安心する。
次は、どうやってここを脱出するかだが……
エステバリスの損傷を確認。
左腕が肩の関節から使えなくなっている他、ブースターユニット、ローラーホイール等損傷個所は多数。
ほとんど戦闘能力はなくなってしまったも同然で、通信、索敵系も死んでしまっているようだが……
まあ動力自体は無事なようで起動には問題なさそうだ。
そして、外の状況は……
『のわっ?! ど〜〜わ〜〜〜!?
き、貴様ら、徒党を組んで襲ってきやがって、プライドってもんがねぇのか?!
男なら男らしく、1体1で勝負しやがれ〜〜〜っ!!』
バッタのミサイル攻撃のものと思われる爆音の中、ガイの情けない悲鳴が聞こえてくる。
無人兵器にプライドも何も、そもそも男か女かもないと思うんだが……
さっき見たとき、木星蜥蜴の総数はざっと300〜500ぐらいいたと思う。
この娘の健闘で多少はその数も減ってはいるのだろうが……さすがのガイもその戦力差では少々きついか。
「シスイ、ナデシコの様子は?」
≪現在発進準備を進めている模様ですが、まだもう少し時間が必要そうです≫
一応、ユリカは間に合ったわけか……
とは言え、このままガイひとりで持ちこたえきれるかどうかは微妙なところだ。
「仕方ない。俺も出るぞ」
≪マスター?!≫
シスイの悲鳴のような声をよそに、パイロットシートで意識を失っている女の子を持ち上げ俺がその席に腰を下ろし、その娘を抱き上げるように位置を変えてで自分の席を確保する。
≪マスター! いくらマスターと言えど、この状態ではあまりにも危険…!≫
「わかってる。わかってはいるが、このままガイを放っておくわけにも行かないだろう?
それに、この状況でガイがやられてしまったら俺もこの娘もそれ以上に危険だ。
なら、俺たちの安全のためにもここは俺も出たほうがいいだろう?」
シスイの思考としては、おそらく他の何よりも『俺の安全』が最優先なのだろうが……
とは言え、俺としてはこの娘をこのままひとり置き去りにしておくわけにも行かないしな。
≪………≫
「大丈夫。無理はしないさ」
念を押すように俺がそう告げると、しぶしぶと言った感じだがシスイもどうにか同意してくれる。
≪……わかりました。ならば私は、マスターが無事でいられるよう私にできる範囲で最大限サポートします。
せめて、少しでもマスターに危険が及ばないように……≫
「頼む。索敵系が全滅してるから、レーダーの代わりを務めてくれ」
≪はい≫
話がまとまったところで、俺はややぎこちない動きでエステバリスを立ち上がらせる。
ブースターやローラーホイールはやられてしまったようだが、足自体が無事だったのは幸いだな。
多少の時間稼ぎ程度なら、どうにか行けそうだ。
そして、そんな俺に反応して今までガイに集中していた敵の一部動きを止め、俺へと攻撃対象を変更してくる。
この調子で敵の数が少しでも減れば、ガイも無事にナデシコの出航まで逃げきれるだろう。
「久しぶりの実戦。しかも、懐かしいこの機体でか……」
少しの緊張感を感じながら、約1年ぶりの実戦に意識が高ぶってくる。
≪……少し、妬けてしまいますね≫
俺の緊張をほぐそうとしてか、少しおどけた感じでシスイが話しかけてくる。
「ん? 何がだ?」
≪その女性が、です。私には実体がありませんから≫
シスイに言われ、腕の中の少女へと視線を向ける。
俗に言う、『お姫様抱っこ』状態か……
シスイの基本人格も女の子だったことを思い出し、俺はわずかに苦笑する。
「そうだな。それじゃ、今度セイヤさんにでも頼んでシスイが動かせるような体を作ってもらうか」
セイヤさんなら、頼めばきっと喜んでやってくれるだろう。
「だから、そのためにもまずはここを乗り切らなきゃな」
≪ふふふっ。楽しみにしてますからね≫
この1年、幼いラピス達と接していたおかげでずいぶんシスイも人間っぽくなったなと思いながら、意識を近付いてきた木星蜥蜴へと切り替える。
「さてと。それじゃ行くか!」
≪はい、マスター!≫
俺たちはお互いに声を掛け合い、壊れかけのエステバリスで接近してきた木星蜥蜴へと向けて駆け出していくのであった。
「ほぇ? アヤちゃんのエステバリス、なんかすっごく動きがよくなったね?」
先ほどから思いっきり説教を受けていたはずの艦長が、不意に間の抜けた声をあげます。
艦長は現在進行形で、戦闘中のパイロットにその戦闘を妨げるような通信を強制的に送ったこと、そのせいでユウキさんが乗ったエステバリスが被弾してしまったことに対し、ゴートさんに説教されていたはずなのですが……
「おい、艦長! 聞いているのか?!」
どうやら、完全に聞き流して外の様子を見ていたみたいですね。
まあ、戦闘中ですからそれも致し方ないのでしょう。
「そうね〜。もしかしてうちどころがよかったとか?」
「ふふふっ、かもしれませんね」
ユウキさんが被弾したときから声を失っていたミナトさんとメグミさんも、安堵感からかその艦長の言葉に軽口で答えます。
もちろん、攻撃を受けて動きがよくなる機械なんてあるわけないんですが……
先ほどまで危なげに逃げ回っていたエステバリスが今は余裕を持って敵の攻撃をやり過ごしているとあっては、確かにそんなバカな考えも浮かんでは来るでしょう。
『そんなわけがあるか! この大バカ野郎!!』
「ひっ?!」
「わっ?!」
「きゃっ!?」
どこでミナトさんたちの話を聞いていたのか、突然格納庫のウリバタケさんがブリッジに通信を繋げてきます。
……なんか、みなさん今日は驚かされてばかりの1日ですね。
やがて、今回は素早く立ち直った艦長がウリバタケさんに向かって話し始めます。
「あ、えっと………確か整備班の胡瓜畑さん?」
『ちっがーう!』
「じゃあ……西瓜畑さん?」
『苗字の前に勝手な漢字を付け加えるな! ウリバタケだ、ウ・リ・バ・タ・ケ!!』
「あ、あははー。そうでした、ウリバタケさんでしたね。ウリバタケ、ウリバタケ……」
反芻するように、何度か口の中で小さくつぶやく艦長。
『そんなことよりも! ナデシコはまだ発進できねぇのか?!』
「えっと……ルリちゃん?」
「はい。あと約3分ほど……正確に言うと、あと3分18秒ほどの時間が必要です」
「だ、そうです」
『なんだと?! もっと急げねぇのか?!』
「先ほどの爆発の衝撃でドッグの機能が一部壊れてしまいましたので、これ以上は急げません。
もちろん、このドッグを壊してしまってもいいというのであればその限りではありませんが……」
『………くそっ!!』
私の答えにウリバタケさんは舌打ちし、どこか憎々しげに天井を……戦場となっている方向を睨みつけます。
「えっと、何を慌ててるんですか……?
あと3分ぐらい、今のアヤちゃんたちなら余裕で持ちこたえられると思うんですが……」
そう言う艦長の視線の先には、モニタリングされた地上の様子。
囮の数が2機に増えたことでそれぞれに向かう敵の数が半分ずつになり、敵を殲滅する余裕こそないものの逃げ回る分にはどうにかなりそうです。
『バカ野郎! あのピンクのほうのエステバリスをよく見てみやがれ!!』
ウリバタケさんの怒声に私はピンクのエステバリスを拡大表示し、皆さんはそれに視線を集中させます。
飛び跳ね、駆け回り、時にはすれ違いざまにバッタを殴りつけながら、その攻撃をやり過ごしています。
先ほどの爆発の痕こそ痛々しいものの、なめらかな……とても素人パイロットが動かしているとは思えないほどの流暢な動きで、ヤマダさん以上に上手に敵をあしらっています。
例えるなら、その動きはまるで踊っているようにも見えなくはありません。
「えっと、アヤちゃんがどうしたの?
なんか、とっても上手な動きだなーとは思うけど……」
『着目する点が違う! よく見てみろ、あの傷だらけの機体を!
普通なら戦える状態じゃないんだよ! あの機体は!!』
「えぇ?!」
その言葉に、私たちはもう一度ピンクのエステバリスへと視線を注目させます。
『例えば左手! さっきから機体の動きに合わせて揺れているだけだろう!? あれは左肩の関節からやられちまってる証拠だ!
他にも、わざわざ駆け回ってるのはホイールがやられてローラーダッシュが使えねぇからだし、飛び跳ねているのは背中のブースターが死んでるからだ!!』
「ル、ルリちゃん!?」
「はい。あのエステバリスの通信機器が壊れてしまっているようで確証は取れませんが、ウリバタケさんの言葉はおおむね正しいかと」
「そ、そうなの?!」
「はい。本来なら最初のミサイル攻撃を受けた時点で戦闘続行は不可能と見てもおかしくないはずなのですが……」
その機体状況でこの動きをできるなんて、あのエステバリスのパイロットは相当の熟練者……?
でも、先ほどまでのユウキさんの動きは明らかに初心者のものでしたし……
「あぁっ?!」
少し自分の思考に没頭してしまいそうになった私ですが、艦長の悲鳴のような声にモニタへと視線を戻します。
そこには、バッタのミサイルを回避しきれそうにないエステバリスの姿が…
「あ………」
ドォォォォンッ!!
「きゃぁっ?!」
そして、揺れるままだった左腕にミサイルが直撃し、その爆発で大きく吹き飛ばされていく。
「アヤちゃん!! アヤちゃん!?」
『落ち着け! ありゃぁわざとだ!』
取り乱しそうになった艦長を、ウリバタケさんの一言が静止させます。
「……わざと?」
『見てみろ。さっきまで敵に囲まれてたのが、今じゃ見事に敵包囲網の外だ。
直撃を喰らう直前に使えない左腕を切り離してそれに当てさせ、爆発の衝撃を利用して敵との距離を稼いだんだ』
確かに、言われてみれば計算したかのように敵の包囲の薄いほうに吹き飛ばされ、その後も何事もなかったかのように綺麗に着地して行動を再開しています。
「うわっ、すっごーい…… なんかもう、そんじょそこらの軍隊さんとは格が違うって感じ?」
その様子に安心したミナトさんが、再び軽口を一言。
私もその意見には同感ですが、先ほどのユウキさんのことを思い出すとどうにも違和感が拭えません。
みなさんあの動きに感心させられて気付いてないみたいですが……
もしかして、先ほど地面に横たわっていた際にパイロットが入れ替わったりしたんじゃないでしょうか?
あんな戦闘の真っ只中の場所に、しかも偶然凄腕のパイロットが居合わせたなんてずいぶん都合のいいことだとは思えますが、突然ユウキさんがパイロットとしての資質を開花させたなどと言うことよりかはよほど……
『とにかく! 例えどんなに動きがよくったって、あの機体は戦える状況じゃねぇんだ!
パイロットの命、大事にしたいんだったらとっとと出航しやがれ!!』
その一言を最後に、格納庫からの通信は途絶えます。
そして、その言葉に煽られる艦長。
多分に私情が混じってる気もしなくはありませんが、一転して真面目な表情で私に出航を促してきます。
「ルリちゃん!」
「はい。まだ少し早いのですが……出航自体は可能です」
「ミナトさん!」
「はいはーい♪
相転移エンジン、準備オッケーよ♪」
「わかりました! それでは、機動戦艦ナデシコ、発進!!」
そして、地下ドックから出航したナデシコは予定通りに敵の背後に回り、グラビティブラストで木星蜥蜴を一掃するのでした。
「………やっと来たか。これで、どうにか俺たちも無事に済んだようだな」
闇に閉ざされた意識の中、微かに声が私の意識に聞こえてくる。
穏やかで、優しい感じの男の人の声。
なぜかその声を聞いていると安心できて、私の意識は再び深い闇に沈みそうになるのだけど……
続いて、どこかで花火でもしているのか何か大きな爆音が連続で聞こえてくる。
背中に感じる温もりにまどろみながら、少しずつ自分の眠りが浅くなってきているのが頭のどこかで感じられる。
≪……、………≫
「ああ、シスイこそお疲れ様。
しかし、のっけからこの調子じゃこの先いろいろと思いやられるかな……」
誰かがしゃべっているような微かな気配と、それに苦笑いで答えている男の人の声。
「……ん………うぅん………………」
「ん?」
私がうめき声を上げると、その声に気付いたのか誰かが私の顔を覗き込んでくる気配がする。
うっすらと目を開く。
ぼやけた視界にまず映ったのは、ダークブラウンの髪。
視界がはっきりとしていくに連れて、意志の強そうなダークブラウンの瞳、整った顔立ちなどが次第にはっきりと見分けられてくる。
それは、この1年間ずっと恋焦がれていた『あの人』と同じ顔……
もしかして今自分は夢でも見ているのではないかと、一瞬自分の意識を疑ってしまう。
「どうやら、目が覚めたようだね。
大丈夫? 怪我は……痛いところとかはないかい?」
そう言って、その人は私に向かって優しく微笑みかけてくる。
「えっ……? あ、あの………」
まだはっきりとしない意識に、優しい声が染み渡ってくる。
かつて耳にしたのとよく似た感じのその声に、私は恐る恐る自分の口を開く。
「テ、テンカワ……さん………?」
「えっ……? どうして俺の名前を……?」
震える声で、サイゾウさんから教えてもらった『あの人』へと繋がる唯一の手がかりを口にすると、目の前の人は驚いた表情を浮かべる。
やっぱり、この人は……!!
そう思った瞬間、私は無意識のうちに手を伸ばして目の前の人……テンカワさんへと抱きついてしまう。
「えっ!?」
「テンカワさん……! テンカワさん……テンカワさん………!!」
「あ、あの?! えっと……、あ………」
いきなり抱きつかれ、始めは戸惑いの表情を浮かべていたテンカワさんだけど、やがて穏やかな笑みを浮かべて私の頭を優しく撫でてくれる。
そして、自分でも気付かないうちに流れていた涙を、そっと拭ってくれて……
「大丈夫。もう敵はいないから、安心してもいいから……」
私が抱きついてきたのは何か別の理由があってと誤解したのか、テンカワさんは優しく微笑みながらそうささやきかけてくる。
だけど私はその言葉についさっきまでの自分の状況を……さっきまでの戦闘の恐怖を思い出してしまい、余計にぎゅっとテンカワさんにしがみついてしまう。
「大丈夫。もう、怖くないから……」
そんな私を、テンカワさんは優しくあやしてくれる。
何がどうなってしまったのかはよくわからないけれど、確か私はナデシコ出航までの時間を稼ごうとして木星蜥蜴と戦っていて、バッタのミサイルの直撃を受けてしまったはず。
なのに私はこうして無事でいて、私の代わりにテンカワさんがパイロットシートに座っていて、もう敵はいないということは……
やはり、あのときのようにまたテンカワさんが私のことを助けてくれたのでしょうか……?
そんな思いに、自分の胸がカーッと熱くなってくる。
「テンカワさん……テンカワさん………!」
それからしばらくの間、私は自分がどんな格好でいるかも気付かずに、再会の喜びと安堵感から幼い子供のようにテンカワさんの胸で泣きじゃくるのでした。
私の勝手な想いだけど、いつも私が本当にピンチのときに私を守ってくれる優しいナイト様の腕に抱かれて……
こうして波乱の幕開けを迎え、私達の……ナデシコの旅は始まりを告げるのでした。
・
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「ちょっと! ちょっとちょっとちょっと〜?!」
サセボの町。その外れにある、軍の地下ドッグへと通じる道の途中。
軍服を着たひとりの男が、慌てて車から降りてきて空に浮かぶ戦艦に向かって何やら叫び声を上げている。
「何?! 何がどうなってんの!? どうしてなの!!?
何で副提督のアタシが乗ってないのに、ナデシコが出航してるのよ〜〜!!!
誰か答えなさいよ! ねえ、ちょっと〜〜!!!」
戦闘の巻き添えを恐れ、住民達が完全に避難してしまったこの一角。
軍服の男のその叫び声は、誰に届くともなく空に溶けて消えていくのでしたとさ。
Chapter2:「戦いの『理由』」
Stage1に続く
あとがきのような言い訳、です
どうも、すみません。
前回の投稿から、かなり間が空いてしまいました(汗)
もしも続きを楽しみにしてくれていた人がいたのなら……本当にごめんなさいでした。
私事で色々と忙しくてSSを書く時間をしばらく取れないでいて、その後はいったん間が空いてしまうとどうも以前通りに書くことが出来ず、何だかんだでこんな時間が経ってしまいました。
もっと精進しないとダメですね……(苦笑)
この先少し更新ペースが遅くなってしまうかとは思いますが、ちゃんと話を続けていくつもりです。
なので、もしよろしかったら気長にお付き合いください。
ちなみに、1stageにしては少し長いものの切りのいいところが見つからなかったため、さらに小分けにして前後編になってしまいました。
(それも遅くなってしまった理由の一部だったり(爆))
ボリュームとしては、2stage分近くはあるのかな?(苦笑)
では、とりあえず今回のところはこの辺で……
代理人の感想
楽しみにしてたぞ〜(笑)。
止まってしまって残念だったのだぞ〜(笑)。
でも私も毎度間を空けてるので実は人のことを言えないんだぞ〜(自爆)。
・・・・ホント、一遍止まると回復に時間がかかりますからねぇ。
書き物ってのは。
で、今回の内容ですが、
「ユウキアヤナは男の子っ!」((c)ザブングル)
・・・ではなくて。(爆死)
「アヤちゃんやっぱり女の子っ!」
という一点に尽きますか、ええ(笑)。
最初の出撃シーンなんかTV版のアキトやどこぞのうじうじサードチルドレンより
よほど格好いい(爆)んですけど、
最後はしっかり王子さま(orナイトくん)の腕の中。
見事にヒロインしてます(笑)。
盛り上がりといい意味での盛り下がりを兼ね備えた展開、
言い替えると物語として『読める』のが真咲さんの最大の長所だと私は思ってますので
これからも面白い物語を作るべく頑張って頂きたいですね。
もちろん続きをお待ちしておりますので〜〜。(笑)
なお余談ですが、名前を間違えられて怒るウリバタケさんを
他人とは思えなかったのはここだけの内緒(爆)。