プロスさんの案内で艦内を一通り回り、最後に自分の部屋へと案内を受けた後。
俺はそのまま電気をつけることもなく、ベッドの上に倒れこんでいた。
「ふぅ………」
≪お疲れですか、マスター?≫
俺の心底疲れた様子の溜め息に、シスイが気遣わしげに声をかけてくる。
「ああ、さすがに今日は疲れたよ。
久しぶりの機動戦。しかも、あの半壊状態のエステバリスだったからな。
たった5分程度の戦闘とは言え、ネルガルでテストしてたときよりもよりも遥かに疲れた気がする……」
わざとらしい、ごまかしの言葉。
≪そうでしたね。本当に今日はお疲れ様でした≫
「ああ」
おそらくシスイもそれには気付いているだろうが、俺のことを気遣ってかその言葉に合わせてくれる。
そんなシスイの気遣いを嬉しく思う半面、シスイにそんな気遣いをさせてしまう自分自身が情けなく思えてくる。
「はぁ……」
無様、だよな……
薄暗い天井を見上げて大きな溜め息をつきながら、ブリッジでの出来事を思い返す。
1年前のあの日。俺がこの世界に跳ばされてしまい、もう一度ナデシコに乗り込もうと決めた時から、このことはわかっていたはずなのに……
こうなることは、十分に覚悟していたはずなのに……
外見も性格も、俺の知るユリカと寸分変わらぬユリカを前にし、そのユリカに「テンカワさん」と他人行儀に呼ばれただけで俺の心は悲しみに悲鳴をあげている。
かつての笑顔をなくしていた頃のルリちゃんを目の当たりにして、やるせなさに俺の心は激しく掻き乱されている。
この世界のことを知ったとき、確かに俺はその状況のすべてを受け入れていたつもりだった。
でも結局は、何一つかつての時を吹っ切れていなかったわけだ……
「ははっ、はははっ…… まったくもってお笑いだよな………」
そんな自分の弱さに、自分でも笑えてきてしまう。
≪マスター……≫
暗闇に沈む部屋の中で、乾いた笑い声を上げる。
つまり俺は、今まであの時から何一つ前に進めてなかったんだな……
今日の出来事で俺は、本当にこの世界が俺のまったく知らない世界なのだと実感させられたのだった。
機動戦艦ナデシコ another story
―― Dual Darkness
――
Chapter2:戦いの『理由』
stage2
翌日の昼下がり。
めいっぱい寝坊できて十分に気力も体力を回復させることができた私は、はりきって自分の主な職場となる食堂へと顔を出していた。
ちなみに私がこんな時間までお寝坊できたのはプロスさんの計らいのおかげで、戦闘で疲れてるだろうからと言って今日の午前中はお休みにしてくれたからです。
プロスさんって、やっぱ思った通り優しい人みたいです。
私の職場となる食堂の人達とも、昨日顔見せした限りでは結構楽しくやっていけそうに思えました。
ブリッジクルーもみんな……ユリカ姉さんがいるとは誤算だったけど……いい人そうだったし、なかなか幸先よさそうです。
そして私はコックの黄色い征服に身を包み、昼食時を過ぎて一段楽した食堂で、これからお世話になる人達に元気よく挨拶をします。
やっぱ、こう言うことは初めの印象が大事ですしね。
「ユウキ・アヤナです。今日からよろしくお願いします!」
「ああ、よろしく頼むよ」
私の言葉にホウメイさんが笑顔で言葉を返してくれます。
「とりあえず、昨日もしたとは思うがもう一度簡単に自己紹介しておこうか。
アタシの名前はリュウ・ホウメイだよ。アンタのこともビシバシ鍛えてやるから、そのつもりで覚悟しておくんだよ」
「あ、はい。私の方こそよろしくお願いします」
ホウメイさんは30才くらいの少し大柄な女性で、頼れるおかみさんと言った感じでなかなかに貫禄があります。
それに、昨日挨拶に来たときに一度ホウメイさんの手料理をご馳走になったのですがとてもおいしかったですし、作れるバリエーションも豊富で尊敬しちゃいます。
「それと、こっちの娘達があんたと一緒にアシスタントで働いてくれる……」
ホウメイさんに促され、私と同年齢くらいの5人の娘達が順々に自己紹介を始めます。
「テラサキ・サユリです。よろしくお願いします、ユウキさん」
「あ、別に私のことはアヤナって呼んでくれていいですよ」
「そう? それじゃ、私のこともサユリでいいから。アヤナちゃん」
「はい」
サユリさんは綺麗な黒髪を後ろでまとめてポニーテルにした、落ち着いた感じの方。
パッと見た感じ、この5人の中では彼女がリーダー格っぽいですね。
「えっとねえっとね、アタシはサトウ・ミカコ!」
元気いっぱい私に話しかけてきてくれたのは、この中で一番最年少と思われるミカコちゃん。
「うん。よろしくね、ミカコちゃん」
「うん!」
私がそう言って微笑みかけると、ミカコちゃんは本当に嬉しそうに、満面の笑みを返してくれます。
「ミズハラ・ジュンコです。よろしくね、アヤナちゃん」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」 続いて右手を差し出して私に握手を求めてきたのが、セミロングの髪を肩口で切りそろえたジュンコさん。
私も右手を差し出し、握手に応えます。
「私はタナカ・ハルミって言います。よろしくお願いね」
「はい」 おさげの髪の、少し純朴そうな(わかりやすく言えば田舎っぽそうな)感じのハルミさん。
ただし、ホウメイさんを除いたこの中では一番立派な体つきをしています。……少し羨ましいです。
「アタシはエリだよ」
前髪を眉の辺りで綺麗に切りそろえ、後ろ髪をサユリさんと同様にポニーテールにしたエリさん。
パッと身、明るく騒がしそうなイメージの人です。
「で、5人揃って……」
『ホウメイガールズでーす♪』
最後の一言を綺麗にユニゾンさせて、エリさん達は自己紹介を終わります。
ただ、自分で言ってて恥かしかったのかサユリさんとハルミさんは少し恥かしそうでしたけど。
でも、私はそれ以上に彼女達が声を揃えて言った名前の方が気にかかり、オウム返しにその名前を小さくつぶやきます。
「ホウメイ、ガールズ……?」
『ホウメイ』と言えば、やはり料理長のホウメイさんのことなのでしょうか?
疑問に思った私がホウメイさんに視線を向けると、当のホウメイさんが苦笑いを浮かべて頬をかきながら私に答えてきます。
「いやね、アタシは恥かしいからやめろって言ってるんだけど、この娘達が…」
「だって、アタシ達はホウメイさんの一番弟子ですから♪」
「……ってね」
なんとなく理解できるような、それでいてよくわからないエリさんの答えに、ホウメイさんはもはや諦めた様子でただ苦笑いだけを浮かべています。
なんとも微笑ましい師弟関係ですね……
「ねえねえ、アヤナちゃん♪」
そんなことを考えていると誰かにくいくいっと袖を引かれ、向き直るとそこにはにこやかな笑みのミカコちゃんが。
「はい?」
「どうせなら、アヤナちゃんも『ホウメイガールズ』に入隊よ〜♪」
「ふぇっ?! な、何を突然!?」
「これからこの食堂で一緒に働く仲間として、ぜひアヤナちゃんにもユニットに加わってもらいたいなーと」
慌てる私の問いかけに、ミカコちゃんは無邪気な笑みで返してきます。
「おぉ!? それはナイスアイディア!!」 「うんうん。6人組ってのもなかなかいいかもね……」
「悪くないわね……」
「確かにいい考えですわ」
エリちゃんを初めとした他の4人も好意的に賛成の言葉を口にし、みんな揃ってなにやら期待に満ちた視線でたじろぐ私を見つめてきます。
「アヤナちゃんとなら、きっと上手くやっていけると思うんだ♪
アヤナちゃん、才能も有りそうだし」
そして、ミカコちゃんの言葉を引き継ぐようにズズッとエリさんが私に詰め寄ってきて、なにやらわけのわからないことを言ってきます。
何の才能だと聞き返したい思いもあったけど、下手に聞き返そうものなら向こうのペースにはまりそう……
そう思った私は、丁重に、だけどはっきりとその誘いを辞退します。
「えっと、その、ごめんなさい。一応私パイロットの仕事も兼任してるし、まだまだ修行中だから……」
「そう? 残念だな……」
自分でもなんだかよくわからない理由だとは思いますが、それでも一応エリさん達は納得してくれたみたいです。
「アヤナさんがそう言うのなら仕方ありませんが……」
「でも、気が向いたら遠慮なく言ってね」
「アタシ達は、いつまでも待ってるから」
「アヤナちゃんなら、いつでも大歓迎だから!!」
「あ、あはは。どうもありがとうございます……」
一応笑顔でお礼を返しておきますが、なんだかこの艦に来てから変な勧誘を受けてばっかな気が……
艦長のことと言い、なんかこの艦って普通の軍艦とは大分違うみたいです。
「はいはい。それじゃ自己紹介はこの辺までにして、そろそろ夕飯の仕込を始めるよ」
『はい!』
手をパンパンと打ち鳴らしながら私達の間に入って来たホウメイさんの言葉に、私達は元気よく返事を返します。
「ユウキも新人だからって関係なくビシバシ行くからね。覚悟しときなよ?」
「はい!」
「それじゃまずは倉庫に行って食材を持ってきておくれ。必要なのは……」
そして私はホウメイさんの指示に従って、忙しく食堂を駆け回ることになるのでした。
「乗せ遅れた物資の積み込みがあるのでナデシコはしばらくこの場で待機してもらって、出航はそれが終わる明後日と言うことでよろしいでしょうかね?」
「あ、はい。どっちにしても、ご飯が足りないままの状態で出航しちゃうわけにも行きませんからね。
クルーのほうは、みんな揃ってるんですか?」
「とりあえずここでは後ひとりだけです。それも、明日には乗り込んでもらいます。
それで、出航の時間ですが……」
「ふむふむ」
「で、そのときに艦長からクルー全員に向けて一言……」
ブリッジ上層で交わされるプロスさんと艦長の言葉を軽く聞き流しながら、私は主計班からの報告を元に現在積み込まれている物資の詳しい数量を調べて、足りない物資の割り出しを進めます。
まあ、この程度の仕事なら本当はオモイカネひとりでも十分できるのですが私自身特にやることもありませんし、後ろの会話に耳を傾けていても意味はなさそうですしね。
それよりも……
≪ねえ、オモイカネ?≫
作業の片手間、私は声を出すことなくIFSを通じて直接オモイカネに話しかけます。
≪なに? ルリ≫
≪オモイカネはあの人……テンカワさんのことは知っていたのよね?≫
≪うん!≫
オモイカネは、かなり『テンカワ・アキト』のことが好きなのでしょう。
私がテンカワさんの名前を口にすると、何が嬉しいのかはよくわかりませんが途端に嬉しそうな反応を返してきます。
≪それでそのテンカワさんのことなんだけど、オモイカネが知ってる範囲でいいからどんな人かを教えて欲しいの≫
≪? 別にいいけど……何で急にそんなことを?≫
≪………同じオペレーターとしてこれから一緒に働く人だし、どんな人かなって少し気になって≫
≪うん♪ そう言うことなら任せてよ。えっとねえっとね、アキトは……≫
それからしばらくの間、オモイカネは思いつく限りの誉め言葉を羅列したかのように色々とテンカワさんのことを誉め倒します。
オモイカネにここまで好かれていると言うことは、決して悪い人ではないのでしょうが……
嬉々とした様子のオモイカネの声を聞きながら、私なりにテンカワ・アキトと言う人物について考えみます。
私自身、オモイカネに言った通り確かに一緒に働く相手として気になってもいますが、本当に気になっているのはそんなことではありません。
テンカワ・アキトと言う人物がいったいどんな人間で、なぜナデシコへと乗り込んできたのか。
昨日調べた限り、あの人はネルガルの社員と言うわけではなくどうやらナデシコ開発の『協力者』らしいですが……
どんな分野で関わっていたのかはよくわかりませんが、ナデシコの開発に協力できると言うことは相当なエンジニアだと思えます。
ならばそれなりの学校を出てそれなりに名の通った人物なのかと思いましたが、現在10台後半から20台前半になる年代ではどこの学校を調べても『テンカワ・アキト』なんて名前は出てきません。
他にもいろいろ調べてはみましたがこれと言った成果は上がらず、1年前以上の経歴となるとまったくわからなってしまいます。
いったい、テンカワ・アキトと言うのは何者なのでしょうか?
本当にこのナデシコの味方なのかどうか。それさえも少し怪しいところです。
それで、付き合いの長いオモイカネなら何か知らないかと思ったのですが、聞けるのはテンカワさんの誉め言葉ばかり。
曰く、アキトは優しいだとか、アキトは格好いいだとか、アキトは暖かいだとか……
どうやら、オモイカネはインプリンティングしてしまったみたいです。
これでは、正確な判断は下せそうにもありません。
でも、オモイカネのひいき目を多分に差し引いても、この話を聞いている限りではテンカワさんは優しく誠実でいい人みたい。
だけど、それが本当ならどうしてそんな人が自分の過去を隠しているのでしょうか?
テンカワ・アキトと言う人物のことが、私にはますますわからなくなってきてしまいます。
「……ねえねえ。それで艦内に格好いい人いた?」
「う〜ん、そうですね……
パイロットのヤマダさんは暑苦しそうだし、整備班の人はパッとしないし、副艦長はなんだか頼りなさそうだし……」
「確かにそうねぇ。
う〜ん…… 『いい男』となると、探すのはなかなか難しいわね………」
「はい」
「それじゃ、アキト君はどう?」
「……!」
その瞬間。
私越しに交わされるミナトさんとメグミさんの会話に出てきたアキトと言う名前に私は思わず作業の手を止めてしまい、二人の会話に耳を澄ませます。
「そうですね……。
昨日少し話しただけだからあんまわかんないんですけど、その前の機動戦のことを考えると結構ポイント高そうです。
顔も結構格好よかったですし」
「ふふふっ。メグミちゃんもそう思う?」
「ええ。
優しそうですし強そうですし、この艦の中では一番かもしれないですね」
……どうやら、ブリッジの中でもテンカワさんの評判は上々なようです。
私はそのふたりに気付かれないようにこっそり溜め息をつきながら、オモイカネに礼を言って作業を再開させようとしますが……
「ねえ、ルリちゃん。ちょっといいかしら?」
「……はい?」
ミナトさんに横から声をかけられ、その手を止めます。
「ルリちゃんはテンカワ君のことどう思う?」
「……な、何で私にそんなことを聞くんですか?」
「ルリちゃんってばアキト君のこと気にしてるみたいだからね〜。
もしかして一目惚れでもしたのかな〜って」
「な、何を突然言い出すんですか?!」
「えー!? そうなのルリちゃん!!」
唐突な言葉に私は思わず声を荒げてしまい、隣のメグミさんなど思いっきり身を乗り出して私に詰め寄ってきます。
当のミナトさんは、なにやら楽しそうな表情を浮かべてますが……
「だって、昨日の自己紹介のとき他の誰の紹介のときも無関心な様子だったルリちゃんが、アキト君にだけ何か関心を持っていたでしょう?
だから、ルリちゃんもアキト君に興味があるのかな〜って」
「そ、それは別に何か特別な意味があったわけではなく、同じオペレーターとして……」
「それに、今私達の会話に『アキト』って名前が出てきたときに、ルリちゃん肩をピクッと反応させてたよ。
その後の会話も、耳を済ませて興味津々な様子だったし……」
「!!」
ミナトさんの言葉に、私は絶句してしまいます。
確かにミナトさんの言う通り先ほどはテンカワさんの名前に反応しましたが、そこまで露骨な反応を見せていたなんて……
嘘だと言い返したい半面、確かに私自身ミナトさんの言葉に思い当たるところがあり、何も言えなくなってしまいます。
「えっ? そうだったの?
私には全然いつもと変わらない風に感じられたけど……」
「まあ、確かにほんのごく些細な反応だったしね。パッと見じゃ、全然気付かなくてもおかしくないわ」
「へ〜……。なら、ミナトさんはよく気付きましたね〜」
「このくらいの年まで人生経験積むと、色々なことが見えるようになってくるのよ」
マジマジと私を見つめてくるメグミさんと、優しい微笑を私に向けてくるミナトさん。
ふたりの注目を受け、なんだか少し恥かしくなってきます。
「で、ルリちゃんとしてもやっぱアキト君のことが気になるのかな〜?」
「わ、私は別にテンカワさんのことなんか何とも……」
「とか何とか言いながら、ルリちゃんのほっぺた赤くなってるし〜♪」
「で、ですから、私は別になんとも……」
「ふふふっ。ルリちゃんがそう言うなら、私は精一杯ルリちゃんの初恋を応援するゾ♪」
なにやら楽しそうに、私をからかってくるメグミさん&ミナトさん。
私は精一杯無関心を装って、そのことを否定し続けるのですが……
プシューッ
「!!」
「すいません、遅くなりました」
当のテンカワさんがブリッジに上がってきたことにより、私たちの会話は止まります。
視線はそのまま、3人揃ってテンカワさんへ。
「いえいえ。テンカワさんは昨日のことでお疲れでしょうし。
なんでしたら、別に今日はお休みでも結構だったんですが……」
「いえ。みんなきちんと働いているのに、俺ひとりだけのんびりと休んでるってのもバツが悪いですから」
気遣って声をかけるプロスさんに苦笑を返しながら、テンカワさんは私の前までやってきて私の顔を覗き込んできます。
「俺に何か手伝えることはあるかい?」
「あっ……」
つい先ほどまでテンカワさんのことでからかわれていたこともあり、すぐ目の前のテンカワさんの顔に、私は自分の頬が紅潮していくのを感じながらもそれを止められません。
「……ルリちゃん? どうかしたのかい?」
もっとも、当のテンカワさんはそんなことには全然気付いていないようですが……
ミナトさんが私の様子を盗み見て笑いをこらえているのが目の端に映り、余計に恥かしくなってしまいます。
「えと、まだ出航前ですし、わざわざテンカワさんにやってもらうようなことは特にありません」
「ん? そうなのかい?」
どうにか私が言葉を返すと、テンカワさんはそのことに意外そうな返事を返してきます。
「はい。今できることと言ったら届いた物資の確認と辺りの警戒ぐらいなので、その程度なら私達がいなくてもオモイカネひとりで十分なくらいです」
「……そうなのか?」
≪うん♪ バッチリだよ!≫
私達の言葉に、テンカワさんは肩透かしを食らったようななんとも間の抜けた表情を浮かべます。
……なんだか、少し可愛いかも。
一瞬、ほんの一瞬だけ私はそんな心にもないことを考えてしまい、慌ててその考えを振り払います。
「だから、今日はお休みでも結構ですと言ったんですよ。
オペレーターの仕事なんて、出航するまでは大してないんですから」
「はは、ははは……」
プロスさんの言葉にテンカワさんはばつの悪そうな表情で乾いた笑い声にをあげ、つられてブリッジのほかのクルーの皆さんも明るい笑顔を浮かべます。
……それは、私自身も。
この笑顔を見てると、確かに私もオモイカネの言葉があながち間違いじゃないと思えてきます。
思えては来るのですが……それでもテンカワさんへの不信感が晴れたわけではありません。
私は緩みかけた頬を慌てて引き締め、意識して無関心を装います。
皆さんテンカワさんに注目してましたし、テンカワさん自身は視線を宙に躍らせてましたから、誰も私が笑っていたことには気付いてないでしょう。
「まあ、テンカワさんも揃ってちょうどいいです。
この辺で、今後のスケジュールを少し確認しておきましょう」
プロスさんの言葉に、皆さん作業の手を止めプロスさんに視線を集中させます。
別に作業しながらでも十分聞こえるのですが、私も一応申し訳程度にプロスさんへと視線を向けます。
「まず出航予定日ですが、予定より1日遅れての明後日となります。
これは先日の騒動のおかげで物資の搬入が中途半端な状態で止まってしまった為であって、明日中には本社の方から足りない物資を回してもらます。
その整理や確認にもう1日、あわせて2日です。
それに、同様の理由で副提督も乗り遅れてしまいましたのでその到着も待たねばなりません。
そう言うわけで、正式な出航は明後日の午後4時を予定しております」
「あの、プロスさん。ひとつ聞いてもいいですか?」
プロスさんの話が一段楽したのを見計らって、副艦長が1歩前に出ておずおずと声をかけてきます。
「はい。なんですかな、アオイさん」
「出航自体は構わないんですが、この艦の目的はなんなのですか?
ナデシコのクルーとしてネルガルに雇われたものの、この艦で何をするかを僕は聞いていません」
「……ふむ。
ですが、『戦艦』と言えばやることは決まっていると思いますが?」
プロスさんは副艦長の言葉に一瞬ピクリと反応し、真剣な表情になって副艦長の言葉の続きを待ちます。
「確かに、戦艦と言うからには木星蜥蜴との戦いを想定して作られたんだ言うことはわかります。
ですが、それだけならわざわざ民間企業のネルガルがこうして専門のクルーまで集めてすることじゃない。
それは軍の仕事だ。
でも、それならはじめっから軍にこの艦を売ればそれで済むはずだ。
軍になら、わざわざネルガルが直々に雇わなくても一流のスタッフが揃ってるんだから」
「………」
「言われてみればそうね。私もその辺は聞いてなかったわ」
「そう言えば私も……」
「ふむ。さすがは副艦長と言うか……なかなかいいところに目をつけられましたな」
ミナトさんとメグミさんは副艦長の言葉に同意するように頷き、プロスさんはよくできましたと言わんばかりに大きく頷き返します。
私は所詮ネルガルに買われた身ですから、別に目的が木星蜥蜴との戦争だろうと物資の運搬だろうと別にどうでもいいんですけど。
「ほえ? そうなの……?」
ひとり、艦長だけよくわかっていない様子でキョトンとした表情を浮かべていますが……
「そうです。アオイ副長の言う通り、ナデシコにはナデシコの、独自の目的があります」
「独自の目的?」
「はい。そのためにナデシコは建造されたのです。
ただしネルガルにも色々と事情があって、その目的は余計な方に知られると妨害される恐れがあります。
ですから、今はまだ話すことができません。
まことに心苦しいのですが、その話はもう少し待っていただけませんか?」
「もう少しって……」
「目的も知らずに出航させるわけにも参りませんからね。出航する前には皆さんにお話します」
それでも一応、副艦長はその言葉に心からではないもののとりあえず納得したらしく、「わかりました」と言って元の位置に下がります。
ミナトさんとメグミさんも同様にいまいち納得してないような表情を浮かべていますが、副艦長が追求しない以上は口を挟むつもりはないようです。
そんな中、テンカワさんはプロスさんの話にはまったく無関心な様子で、なにやらオモイカネと小声で会話をしています。
……ナデシコの目的には興味がない?
それとも、もしかしてテンカワさんはナデシコの目的を知っているのでしょうか……?
そう言えばテンカワさんはナデシコの開発に関わっていたそうですし、それくらい知っててもおかしくないですね……
「他に、何か聞きたいことはありますかな?
ないようでしたらとりあえず私の話はここまでで、仕事のある方以外はご自由にしてもらって結構ですが……」
プロスさんが確認するように一同を見渡しますがそれ以上は質問が上がってくることはなく、プロスさんの話はそこで終わります。
特にやることのないミナトさんとメグミさんはおしゃべりをはじめ、私も前に向き直って自分のコンソールへと手を伸ばします。
「えっと、俺は……」
「今のところ、特に手伝って欲しいことはありません。
昨日の戦闘でお疲れでしょうし、今日はゆっくり休んでてください」
テンカワさんの言葉に、私は視線を向けるまでもなくそう答えたのですが……
「そっか。
それじゃ、その言葉に甘えさせてもらうけど……
仕事があればいつでも呼んでもらっていいから、あんまり無理しちゃダメだよ。
いいね? ルリちゃん」
「あ……」
私の頭をポンポンと優しく撫でてくるテンカワさんに、思わず気の抜けた声をあげて振り返ってしまいます。
そして、その先にあったテンカワさんの優しい笑顔に思わず言葉を失ってしまう。
私が今日まで11年間生きてきて初めて向けられた、打算などなしに純粋に私のことを気遣ってくれているのがわかるその微笑みに……
テンカワさんはそんな私の様子に気付くことなく、最後にもう一度だけ軽く私の頭を撫でてブリッジを後にします。
「それじゃ、私もアヤちゃんの様子を見に食堂に……」
「艦長はダメです。
いくら出航前とは言え、おいそれとブリッジを離れてもらっては困りますぞ」
「え゙……?」
「艦長には色々とやってもらいたい仕事があります。
本社の方に送る昨日の戦闘の報告書を作製してもらわねばなりませんし、補給物資の確認などもしてもらわねばなりません。
他にも色々と覚えてもらわねばならない仕事もありますし、やることは山のようにありますぞ」
「そ、そんな〜〜〜〜〜……」
「そう言うわけですので艦長。
嫌そうな顔をしてないで、ユウキさんの元に顔を出したいのであればさっさと仕事を終わらせてしまいましょう」
「う〜〜……、ジュンく〜ん………」
「はいはい、わかってるよ。僕も手伝うから、さっさと終わらせちゃおうね」
「………は〜い」
それからしばらくの間、私はそんなブリッジ上層での会話も耳に入ることなく呆然とテンカワさんの後にしたドアを見つめているのでした。
「ふん。相変わらずふざけた形の船よね、まったく……」
軍から回してもらった高速輸送艇のブリッジで、目前に見えるナデシコの姿に悪態をつく。
はっきり言って、すべてが気に入らない。
ナデシコのこの航空力学を無視した形も、アタシがわざわざこんな太平洋上までこないといけないことも、アタシと一緒にこの連絡艇に乗っている完全武装の兵士達も……
確かに、軍の考えていることもわからなくはない。
アタシにだって、このナデシコがどれだけ価値のあるものかはわかりすぎるほどによくわかる。
だからと言って、なぜこのアタシがわざわざこんなことをしなくてはならないのだろう?
上からの命令。そう言ってしまえば、確かにそれだけだ。
だが、これではアタシ達のやっていることは海賊と何ら変わりないではないか?
そんなことをして、アタシ達はホントに正しいのだろうか?
それに、後ろに乗っている連中はいったい何を考えているのだろうか?
上からの命令だから、こんな海賊まがいの行為まで素直に従っているのだろうか?
それなら、命令なら何でも聞くということなのだろうか?
『上司』のアタシが『死ね』と言えば、こいつらはみんな死ぬのだろうか……?
「ふんっ。くだらないわね……」
ホント、何もかもがくだらないわ。
そんなくだらない世界に進んで身を置いている自分自身を含めてね……
だけど、アタシがそんなことを考えている間にも輸送艇はナデシコへと到着する。
「それじゃ、いくわよ?」
兵士達のリーダー格の男が無言で頷くのを確認し、アタシは降り口へと向かって歩き出すのだった。
Stage3に続く
あとがき、です
思ってた以上に大分遅くなってしまいましたが、chapter2-2をお届けします。
なんかよくわからないけど、このステージは最初が思いっきり書きづらかった……
とりあえず、次回はもう少し早く書きあがるようがんばります。
(実際にできるかどうかはともかく、志だけは高く……(核爆))
そんなわけでついにムネタケが動き出します。
彼がいい者なのか悪者なのかは微妙なところですが……(苦笑)
過去の歴史とは違う展開にアキトはどう動くのか、前史のアキト的な役割を背負っているアヤナはどう動くのか?
そして、ムネタケはいったい何をするつもりなのか……
とりあえず、すべては次回を楽しみにしててくださいね〜♪(笑)
ちなみに、ホウメイガールズのみんなですが性格が微妙に適当です(爆)。
一応外見と名前はあってると思うんですが、本編中の印象が弱い為性格がいまいちわかりません。
とりあえず、記憶にあるのと外見に合わせてで少し適当に設定されてます(苦笑)。
代理人の感想
おや、ルリが妙に人間臭くなってますね。(笑)
TV版だとこの時期はまだキャラが固まってなかったのか(爆)、微妙に違和感があったりするんですよね。
で、無感情なばかばっか少女からオモイカネの反抗とピースランド帰還を経て多少人間らしくなるんですが・・・・
一挙にアキトと急接近させようとする布石でしょうか、これは(笑)?
それはさておき、注目したいのがキノコが少なくとも安っぽい悪役ではない事。
(個人的には安っぽい悪役の彼も結構好きだったりしますが(笑))
次回のナデシコ占拠話では色々と見せてくれそうです。
追伸
ホウメイガールズ五人に新参戦のアヤと言う構図・・・・なんか、ここ10年くらいの戦隊物そのままですね(笑)。