眼下に開発途中の街並みが見える。

白鳥はスラムとなった街を見て、憂いの表情を浮かべる。

「貴様には、まだ役立ってもらわねばならん。

偽りの平和を貪る愚民どもに、真の支配者が誰であるか

もう一度はっきりさせんとな・・・」

白鳥には、草壁の言わんとする事が、何となく理解できた。

おそらく、現在の状況を作っている根源として

そして、草壁の支配をより強力なものとするため

自分を公開処刑するのだと・・・だが・・・そんな恐怖政治では・・・

「閣下・・・こんな事はもう止めて下さい。」

白鳥は、草壁をどうにか説得しようとしていた。

「白鳥・・・貴様はまだ解らんのか?

コロニーや火星に散った同胞達がいかなる苦難を抱えているのか。

その結果がこれだ!地球の奴らは我らを再び見捨てようとしているのだ!」

草壁は窓の外に広がる『X-18999』のコロニー街を指差す。

荒廃した街・・・地球とコロニーの軋轢は、今に始まった事ではないが

木連からの移民がさらに治安を悪化させ、不安定な経済を呼び込んでいた。

「そのために、私達は努力しているのです!」

白鳥は草壁に言う。だが、草壁はふんと鼻で笑い

「努力だと?この3年間・・・我らは地球のやり方を見てきた・・・

もちろん、貴様の事もな・・・だが、結果はどうだ!

衆愚政治と化した議会は、我ら木星の民を見捨てているではないか!」

確かに、草壁の言う通りだった。

地球や月に移民できた木連の人達は、安定した経済の中で

生活する事が出来ていたが、それでも大多数の者は

『X−18999』のような開発途中のコロニーや

老朽化したコロニーでの生活を余儀なくされ

不安定な経済が、治安の悪化を呼んでいるのか

それとも逆なのかは別として、社会不安が増大している事は事実だった。

また、地球では難民政策として難民社会保障金を地球に住む人達に課した為

戦争が終わっても低所得層は重税に苦しんでいたのだった。

さらに、税金の比率も地球とコロニーでは格差があり、コロニー側にとって見れば

避難民の受入で治安は悪化し、経済的にも不安定である上の増税であるから

不満は爆発寸前となっていた。

白鳥は、そうした各コロニーの不満を無くす為

地球連合総会に訴え、自らは各コロニーを訪問して実情を肌で感じているのだった。

「・・・確かに、今の現状は納得できないかもしれません・・・

でも・・・私は・・・皆が平和に暮らせる世界を作りたい・・・

そう思ってるんです!!」

「ふん!いかに貴様が雄弁を誇ろうとも現実は変えられん!

ならば、我が新たな秩序の元、完全なる世界を作ってやろう!!」

草壁はそう言うと、部下に何事か指示する。

そして、白鳥たちの乗るヘリコプターは『X−18999』の港口に向かっていった。

 

 

機動戦艦ナデシコ Re Try 第2部 第5話

修羅達の『戦場

 

 

 

 

 

小高い丘に二人の人物が立っていた。

二人とも黒いマントに黒いバイザーをしている。

「遅かったようだな・・・」

二人は、飛び立っていく2機のヘリコプターを見ていた。

護衛のエステバリスが4機いる。

「ええ、アレに白鳥さんが乗っているのは確認しました。」

黒マントの片割れは、まだ少女であった。

美しい銀髪をツインテールにしている。

もう一人は、黒髪をツンツンに立てた青年だ。

「追いかけるぞ。」

青年は、背後に控える黒い機動兵器へ向かおうとする。

「待ってください、コロニーのシステムをモニターしたのですが

このコロニーは地球降下軌道をとっています。」

コロニー落とし・・・二人の脳裏にその言葉が浮かび上がる。

「防げるか?」

「いいえ、ココからでは無理です。

コロニーの軌道制御システムを一度バイパスさせる必要があるので、

まず制御室に行き操作しなければなりません。」

少女は首を振りながら言う。

「なら、コロニーごと吹き飛ばすか。」

青年は、物騒な事を言う。確かに漆黒の機動兵器には、

それを可能とする兵器が搭載されている。

「・・・コロニー内部には、民間人がまだ残っていますよ。」

その数およそ4000万人・・・

人質として取るには少なくない数字である。

「・・・卑劣な・・・」

青年は口を歪ませる。

「奴らの目的地は解るか?」

「恐らく、地球でしょう・・・火星やコロニーに宇宙軍の主力を集める。

そして、遺跡奪回に成功しても肝心の地球では

議会を占領した草壁によって政変が起こる・・・

軍と言っても、民主主義体制下では、議会の承認無しで

勝手に動かすことはできませんから、停戦命令を出して

草壁達の軍に、吸収か武装解除させられるでしょうね。

こんなところでしょうか?」

連合宇宙軍司令長官であるミスマル大将が

もし野心家であれば、計画自体水泡に帰すのであろうが

優れた人格者として、内外に認められているほどである。

あくまでも、民主主義体制下での宇宙軍司令長官として

行動することは明白である。

「ああ、俺も大体おんなじ考えだ。前回もそうだったからな。

と、なるとコイツを止めるのが先決・・・と言う事か。」

青年は、コロニー内の街を見下ろす。

「はい、本当にコロニー落としをするかは疑問ですが

止めておいた方が後々のためです」

少女はそっと青年の手を握る。

「ユリカさん達は大丈夫でしょうか?」

「なに、ナデシコなら大丈夫だ。あの艦は希望の光なんだからな。

それに、アカツキの奴も何かを掴んでいるようだ」

「らしいですね・・・先程、定期メールが届いたのですが、見ますか?」

「ああ、頼む。」

青年が言うと、少女は目の前にウィンドウを展開させる。

『やぁ、君達がこのメッセージを聞いてるのは

コロニーに潜入した後くらいかな?

ところで、僕はサツキミドリ1号に向かうことになったから。

ま、詳しい事は調べてもらえばすぐ判ると思うけど

そこにある物を奴らの手に渡さないようにするよ。

白鳥君の救出は、君らに任せるから。

あぁ、あとウリバタケ君が例の機体を組上げてるから

そっちが終わったら取りに行くと良い。

じゃ、検討を祈るよ。』

アカツキがニッコリ笑うと、歯がキラリと光り、メッセージの再生が終了する。

「・・・相変わらず、どうやって歯を光らせてるのか謎だな・・・」

「ええ・・・やはり発光ナノマシンでも歯に仕込んでるんでしょうかね?

ところで、サツキミドリ1号ですが・・・」

「何か判ったか?」

「ええ、これです。」

少女は青年の前に極秘資料と書かれたウィンドウを展開する。

「・・・草壁の狙いはコレか・・・」

「ええ、まず間違いないですね。

彼らは色々な策をめぐらせてるようです。

そして、本命は地球ではなくサツキミドリ1号の・・・」

「そんな事はさせないさ。」

青年はそう言うと少女の体を抱く。

「行くぞ、フェアリー・・・」

「はい、ダークネス・・・」

青年は、丘の上から一気に飛び降りる。

黒い王子と電子の妖精が、再び戦場へと舞い戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

ナデシコCに乗り込む人員を選出し終えたユリカ達は

連合宇宙軍本部ビルにやって来ていた。

司令長官であるミスマル=コウイチロウに出発の報告をする為だ。

ユリカの他に、サブロウタとエレが付き添っている。

司令長官室に入ってきたユリカ達は、敬礼をして出発の報告をする。

「うむ、月までは第一護衛艦隊が護衛任務にあたる。気を付けてな・・・」

コウイチロウはユリカを見据えて言う。

親としては行かせたくないのが本音だ。

だが、連合宇宙軍最強のナデシコを運用できる唯一の人材で

もっともナデシコを知っているのは自分の娘だ。

そして、ユリカ達が集めた考えうる限りで最高の人材達・・・

彼らが娘を護ってくれる。親バカと言われようと娘だけは・・・

「君らは、現在軍を休職して民間人扱いということになっている。

だから、月までは偽装した民間シャトルで行く事になる。」

秋山がユリカ達に説明する。

「敵が動くとすれば君達を狙うだろう。

第一護衛艦隊は、その敵を掃討することが任務となっている。」

秋山達が現有戦力で可能な作戦を提示する。

「じゃぁ、私達は『おとり』・・・と言うことですね?」

資料を見ながらユリカが言う。

「すまんが、その通りだ。」

「頼んだぞ・・・ユリカ・・・」

コウイチロウは立ち上がり、ユリカを抱きしめる。

「お父様・・・」

「ユリカ、気をつけてな・・・」

エレとサブロウタは、秋山とムネタケ参謀長から激励を受けていた。

草壁率いる『火星の後継者』軍は続々と軍を集結させている。

元木連の不満分子や統合軍兵士、クリムゾングループの私兵集団

コロニー連合軍・・・その数は地球連合が掌握している軍勢の2倍にまで達しようとしていた。

宇宙軍が精強を誇ろうとも、軍事力の差は歴然として残っている。

もし、クーデターが成功したらコウイチロウらは間違いなく戦争犯罪人として裁かれるだろう。

現在も、各戦線で激戦を繰り広げているが、数で劣る宇宙軍が何とか戦線を維持できているのも

コウイチロウやムネタケ、秋山の作戦立案とそれを忠実に実行できる人材が

宇宙軍に揃っていたからである。連日の激務はユリカ達も聞いていた。

だが、そんな事は微塵にも感じさせず、相変わらずの親バカぶりを発揮していた。

「もう、お父様ったら何時もユリカを子ども扱いして。」

「はっはっは・・・だが、ユリカ・・・お前は間違いなく私の子供だ・・・

いつまでたってもな・・・いずれ、お前にも分かる時が来る・・・」

コウイチロウは優しい笑顔でユリカに向ける。

二度と会えないかも知れない・・・

そんな思いを二人はしていたが、口に出す事は無かった。

やがて、どちらからとも無くゆっくり離れるとユリカが敬礼をする。

「行ってまいります。」

「ああ・・・」

コウイチロウは短く答えると、サブロウタとエレに頼むと短く言う。

その言葉に、サブロウタ達は敬礼で答えた。

そして、ユリカ達は司令長官室を後にし、決戦の地へ向かうのであった。

 

 

 

 

都内の閑静な住宅地に小高い丘がある。

飛天神社と、石碑に刻まれたその場所は、

地域住民からは夏祭りの場所として、また初詣の場所として親しまれている。

そして、この神社に脈々として受け継がれたサムライの血は

現代にも受け継がれていた。

道場には、宮司であるオニヅカ=シュウサクと

ナグモ=ミサキが向き合っていた。

シュウサクの手には木刀が、握られていた。

対するミサキは、無手である。しかし、背中を猫のように丸め

シュウサクの動きに集中している。

その空間は、異様な雰囲気を作り出していた。

ミサキは神気を練りながら、シュウサクの隙をうかがっている。

しかし、ミサキの筋肉がわずかでも動くと、シュウサクはその動きに対応する。

ミサキもまた同様に、シュウサクの動きに対応していた。

じっとりと、二人の額から汗が出ている。

達人同士の目に見えない闘いが、そこには展開されていた。

やがて、ピピピという無機質なアラームが道場に響き渡ると、

二人はゆっくり構えを解き床に座り込んだ。

以前、明け方から夕暮れ近くまで対峙し朝食が夕食になった事に、

あきれたミナトが仕合時間を決めるため、目覚まし時計を購入したのだ。

極度の緊張状態から開放された二人の身体からは、どっと汗が出てくる。

道場には、心地よい風が吹き火照った身体を冷やしてくれた。

「行くのか・・・」

腕組みをし、ミサキをジッと見ながらシュウサクは言う。

「はい。」

先日のミスマル=ユリカ襲撃事件で、修行不足を感じたミサキは

シュウサクに稽古をつけてもらっていた。

稽古をつけたのは、シュウサクだけではなく

他の道場からも各師範が訪れミサキに稽古をつけていた。

無論、ミナトの護衛もしなければならないのだが、

ミナトが飛天神社に居候する事に合意したので

現在ミナトは、飛天神社で家事全般を担当している。

その間にも襲撃は幾度かあったのだが、

ミサキに稽古(ミサキに言わせると死合らしいが・・・)をつけていた

各道場の師範が、宇宙軍公認で人を斬れると、喜んで撃退していた。

中でも筆頭は、ミサキの目の前にいるシュウサクであった。

シュウサクいわく・・・

『悪人なんてものは、新しい武器の試し斬りにもってこいじゃの。』

などと、ミナトの背筋をゾッとさせるに充分な問題発言を

食事時にしていた為、おいしい料理が台無しになるという事態を

引き起こした事もあった。

「アヤに、何か伝えておきましょうか?」

ミサキは、シュウサクに訪ねる。

「いや、あやつは既にワシの手を離れておる。

飛天流を残すも残さぬも、あやつが生き残れるか否かに掛かっておる。」

シュウサクは遠い目をする。

以前から、飛天流を残すつもりの無かったシュウサクであったが

アヤの熱意に負け、またアヤの素質に惚れ込み飛天流を教えたのだ。

そして、アヤが免許皆伝を受けた瞬間から飛天流はアヤのものとなり

シュウサク本人は、楽隠居の身となったのだった。

「アヤには厳しいんですね。」

「ああ、弟子じゃからの。

それにしても、お前さんは勝手に強くなりおって・・・」

シュウサクは目を細める。

子供を持たない彼にとって遠縁とは言え、小さな時から知っている家族である。

「家系・・・でしょうかね?先祖も武者修行に出たって言ってましたし。

私が武者修行の旅に出る時も、こうしてお話しましたよね。」

ミサキはクスリと笑う。

「ああ、あの時はアヤとカズマが、二人がかりで止めようとしたんじゃったのぉ・・・」

「ええ、結局あの二人を倒したときには、全身打撲で3人とも仲良く入院して

旅に出るのが3ヶ月遅れましたしね。」

「そうじゃったの。」

シュウサクは腕を組んで頷く。

もっとも、世界各地を武者修行しているときに蜥蜴戦争が勃発し

ミサキは、成り行きからサツキミドリ2号に向かった事で

ナデシコの皆と、めぐり会え色々な経験をした。

つらくても、楽しい毎日だったと思っている。

「ごはん出来たわよ〜」

母屋からミナトの声が聞こえる。

本当は九十九の身を案じ、不安で押しつぶされてもおかしくない。

だが、そんなそぶりを少しも見せずにいる辺りは

気丈夫と言っていいだろう。

「さて、思い出話もコレくらいにして、メシにするか。」

「ええ。」

その日、ミナトが作った料理は素朴ながらも

味わいのあるものであった。おそらく、彼女が白鳥を想って作っていた物であろう。

ミサキは、その事をミナトに訪ねることは出来なかったのである。

せみの鳴き声が、普段はうるさい位であるのに、どこか寂しそうであった。

 

 

 

月のカズマ達は、狭いダクトの中を這いずり回っていた。

「何でワイがこないな事せなあかんねん・・・」

赤いシャツにカンフーズボンと何時もの姿のカズマは

しきりに愚痴をこぼしていた。

「チョッと、カズマ!早く行きなさいよ!後ろがつかえてるんですからね。」

道着の上にダンダラ模様の羽織をかけ、愛刀の『綾』を手に持ち、

後ろを這いずっていたアヤが文句を言う。

「へっ、アヤのでかいケツが、ダクトに引っかかるんやろ?」

ズボッ!!

「はうぁ!!」

カズマが声にならない叫びを上げる。

アヤが特殊警棒でカズマのお尻を突き刺した為である。

「あ〜あ・・・もうこの特殊警棒使えないわね。」

「も・・・問題がちゃうやろ・・・ケツが二つに割れたらどないすんねん。」

カズマは涙目で少しズレた抗議する。

「二人とも、早くしろ。この先を抜けたら広い場所に出る。」

先頭を行くもう一人の人物、アルギュロスから派遣された

サガラ=コースケが地図を見ながら言う。

迷彩服を着込み、手にはショットガン、ホルスターにはハンドガンや

手榴弾が装備されている。

先日の一件(事務机爆破事件)の後、カレンから

敵のアジトを強襲する作戦が提示され

先行部隊に選ばれたのがコースケ、カズマ、アヤの3人であった。

「ここ・・・だな。」

コースケは黙々とダクトの通気口を外しにかかる。

手馴れた手つきで作業をするコースケを見て、二人は感心するのみであった。

やがて、作業が完了し通気口から内部に潜入する。

3人は申し合わせたとおり、辺りを警戒しながら進んでいく。

アルギュロスが入手した情報によると、火星の後継者達は

月面都市に対して、大規模なテロを予定していた。

それを未然に防ぐ為、アルギュロスは極秘作戦を展開する事となった。

カズマ達は、内部に潜入し混乱を起こし、その隙にアルギュロス特別攻撃チーム本隊が

突入する手はずになっている。

3人はやがて、ある部屋の前にやって来た。

情報によると、この部屋の中が火星の後継者達の集結場所になっているはずである。

アヤとカズマはお互いに目配せをして、ドアを蹴破る。

同時に、コースケが非致死性武器であるスタングレネードを部屋に放り投げる。

一瞬後・・・大音響と共にに起こる閃光と催涙ガス・・・

やがて3人が部屋の中に入ると、うめき声を上げて苦しんでいる男が5人いた。

「何や、これだけしかおらんのか・・・」

「妙だな・・・情報と人数が違う・・・」

神妙な顔つきでコースケが言う。

「恐れをなして逃げた・・・と言うわけではなさそうね。」

アヤが机の上に置いてあった書類を見ながら言う。

「どうでもええから、こっち手伝えっちゅうねん。」

カズマは、うめき声をあげている男達に手錠を掛けながら言う。

「ああ、すまない。・・・ウルズ7よりウルズ9へ・・・目標制圧。

ただし、不審な点が多い。増援をよこしてくれ。」

コースケは、外にいる仲間に増援を要請する。

「ちょっと・・・これ・・・」

アヤが見たのは、ユリカ達が月に向かう途中で襲撃する計画が

詳細に書かれた書類であった。そして、その実行日は今日の日付・・・

『ウルズ7・・・応答して・・・』

その時、ナデシコCに待機しているカレンからノイズ交じりの通信が入る。

「こちら、ウルズ7。どうした、アンスズ・・」

『やられたわ・・・地球との通信施設、宇宙ステーション、放送局が

奴らの手に落ちた・・・月ドックも現在敵の襲撃を受けていザッ・・・』

「アンスズ!アンスズ!・・・どうした、応答しろ!カレン!」

真っ青な顔をして、コースケは通信機に怒鳴りつける。

「くっ・・・広域ECMか・・・となると、奴らの狙いは最初から彼女か!」

コースケはそう言うと、通信機を放り出して一気に走り出す。

カズマとアヤも後に続く。

「ラピス達・・・大丈夫かしら・・・」

「大丈夫や。」

根拠の無い自信でカズマがアヤを励ます。

「コースケ、教えてくれんか?」

「何をだ?」

「あのカレンちゅう姉ちゃん・・・なんや秘密でもあるんかいな?」

カズマの問にコースケの表情が一瞬固まる。

明らかに動揺していた。

「・・・どうして、そう思うんだ?」

「・・・何となく・・・あの姉ちゃんと一緒に居る時の緊張感が

ワイらと一緒ん時とちゃうから・・・」

「カズマ・・・あんた・・・よくそんな細かい所まで気が付いたわね。」

「ワイは天才やからな。」

カズマは胸を張って言う。

「・・・彼女は・・・」

コースケが話した内容は、カズマとアヤを驚かせ

また、一条の希望を抱かせるのに充分だった。

「とにかく、ドックに行くのが先決だ。」

「せやけど、今から行ったんじゃ間に合わへんで。」

「任せろ。こちら、ウルズ7・・・アシュタロス応答せよ。」

コースケは、通信機に向かい通信を開始する。

『ザッ・・・こちらアシュタロス。』

「アンスズから緊急通信(エマージェンシー)を受けた。

”アル”を寄越してくれ。」

『ザッ・・・了解だ。ポイントE-809に30秒後だ』

”アシュタロス”はコースケ達の位置を把握し、もっとも接触しやすい場所を告げる。

「判った。通信終了、アシュタロスは全隊員にアンスズの危機を伝え

処理班を残し、全員ネルガルドッグに向かうよう伝えろ。」

『ザッ・・・了解、武運を祈る』

コースケが仲間達と通信をしながら、ランデブーポイントへ向かう。

やがて、ランデブーポイントには一機の銀色に輝く機動兵器が

主人の帰りを待つように跪いていた。

その機動兵器は、エステバリスよりややスマートで

口元にイェミテッドナイフ、背中にラビットライフルを背負い

まるでオールドムービーに出てくる忍者を髣髴させた。

「なんや・・・エステバリスなんかとちゃうな・・・」

「ええ・・・より人型にちかいわね・・・」

エステバリスも人型ではあるが、エステバリスをよりスマートにした感じである。

「アルギュロスが開発した汎用型機動兵器だ。

開発ナンバーARX-202通称『レイピア』

コールサインは”アル”だ。」

カズマとアヤが立ち尽くしている間に、コースケはさっさと”アル”に乗り込む。

無論、迷彩服を脱ぎパイロットスーツを着ている。が・・・

「パ・・・パイロットスーツまで迷彩模様なんやな・・・」

「え、ええ・・・まぁ、虎模様のパイロットスーツもあるらしいから・・・」

「なんや、それ・・・砂漠に虎なんて居る訳ねぇっちゅうやつか?」

”アル”に乗り込んだコースケは、外部スピーカーから二人に話しかける。

『二人とも、手のひらに乗ってくれ。』

”アル”は、カズマとアヤの目の前に手のひらを差し出してきた。

二人は、何時までも呆けている訳にもいかないので、”アル”の手のひらに乗り込んだ。

『よし、少し揺れるが我慢してくれ!』

コースケの声が終わるか、終わらないかのうちに”アル”は一気に移動を開始した。

「これなら・・・間に合うわね・・・」

「大丈夫や・・・ラピスはワイらの家族や・・・

プルの姉ちゃんも、ユウタも・・・簡単にくたばるように出来てへん。」

根拠の無い自信が、アヤにはとても頼もしく・・・そして、羨ましくもあった。

「うん・・・そうね・・・」

『見えたぞ!』

”アル”の外部スピーカーからコースケの声が聞こえる。

一行の目の前に月ドックの入り口が見える。

入り口には、量産型エステバリスが4体見える。

『二人は、内部に入り込んだ敵を・・・

俺はあいつらの相手をする!』

「任しときぃや!行くで、アヤ!」

「待ってて!ラピス!」

”アル”が量産型エステバリスに突っ込むと、その慣性を利用して

カズマとアヤは敵のど真ん中に着地する。

「悪いけど、楽しんでる暇は無さそうやから、思いっきり行かせてもらうでぇ!

『炎の虎ぁぁぁぁ!!!』」

カズマ着地していきなり、炎の虎で戸惑っていた敵兵士達を吹き飛ばす。

しかも、入口に集まっていた敵を重点的に叩きのめす。

自ら敵集団の中に入り込み乱戦となっている事で、遠距離からの銃撃に対処している。

カズマの拳が、敵の顎を砕き、骨を折り、内蔵を破壊する。

普段のカズマであれば、少し手加減をして相手の戦意を削ぐ程度に納めるのだが

遠慮の欠片もない、圧倒的な暴力で敵を粉砕している。

そして、アヤもカズマが作ったチャンスを逃さず、

浮き足立っている兵士達を、手加減無用で切り捨てていく。

剣術は殺人術・・・その言葉を実践するがごとく、兵士達の首を斬り、

喉元を突き、腹を斬って行く・・・その動きは疾風であった・・・

コースケの操る”アル”も量産型エステバリス4機を相手にしていた。

「いくぞ、アル・・・」

『敵、量産型エステバリス4機・・・戦闘レベルターゲット確認・・・排除開始』

コースケの意思とアルの意思が一致し、手近なターゲットを一瞬で破壊していく。

当初、一機の機動兵器を甘く見ていた敵は、その様を見て慌てるが、

直ぐに体勢を整える。それは、3対1の絶対的有利にもかかわらず

相手を必ず倒す必勝の陣形であった。

「良いだろう・・・彼女に手をだそうとした罪・・・存分に味わってもらう!」

コースケは、口元に装備されたイェミテッドナイフを手に取ると

隊長機と思われる一機に向かい、突進していった。

 

 

時折、ナデシコCのブリッジに振動が響く。

「第4区画は放棄して!第2小隊は第6小隊の援護にまわって!

中央区画への侵入は最大限で阻止!」

外部への連絡手段を立たれたカレン達はブリッジに立てこもっていた。

「まさか、内通者がいたなんて・・・」

「・・・今更言っても遅いわね。それより、完全に外部との通信を遮断されたわ。」

プルセルがナデシコに搭載されている通信機器を操作しながら青い顔で言う。

現在、彼女達が使用しているのは、工事用に敷設された艦内有線通信システムである。

この提案をしたのは、他ならぬプルセルであったが

よく見ると、彼女の脇腹からは血が流れ出ている。

「プル・・・大丈夫?」

ユウタが手当てをしながら聞く。

ブリッジに侵入してきた内通者により銃撃を受けた際、

ラピスとユウタを咄嗟に庇った時に、銃弾が掠めたのだった。

「ユウタ、大丈夫よ。それよりラピスの側にいてちょうだい。

こっちは何とかなるから。」

簡単な応急処置はしているものの、プルセルには一刻も早い治療が必要だと

カレンは感じていた。そして、コースケ達がこの場に居ない原因を作った

自分自身を恨めしく思っていたのであった。

そして、彼女の持っている電気銃で気絶した内通者を、本気で憎く思うのであった。

「・・・第5小隊・・・応答なし。」

「・・・第15隔壁を閉じて・・・もう味方は居ないから・・・」

いよいよ覚悟を決めないとならない状況になりながらも

カレンは冷静であった。内心は、部下を多数無くした悲しみと

ブリッジに居るラピス達を守りきれるか不安で一杯だった。

しかし、カレンが最も信頼するコースケが助けに現れると信じていた。

やがて、それは現実のものとなるのである。

 

 

 

カズマは、一発目の『炎の虎』を放つと、直ぐに後ろを向いた。

二人が降り立ったのは、月ドックに通じる唯一の入り口であり

ナデシコにもっとも近い場所である。

ラピスたちの救出は、アヤに任せカズマはこれ以上敵が侵入しないよう

後続の敵を排除する事にした。

「ネルガル総合学園体育教師、クサナギ=カズマや!

命のいらん奴は、どっからでも掛かって来んかい!」

目の前で大型ナイフを構えていた敵を問答無用で蹴り倒す。

『炎の虎ぁぁぁ!』

ゴウッと熱気が駆け巡る。

神気の見えない敵にとって、避けようもない一撃が容赦なく襲い掛かる。

カズマの一撃は、アゴを砕き、腕を折り、内臓をグチャグチャにするほどの

衝撃を敵に与えていた。また、神気による衝撃は、炎となって敵を襲い

全身から高熱を発し苦しみを与えていた。

「ええぃ!敵は一人だ!さっさと片付けろ!」

指揮官らしき男が吼える。

無論、カズマとて無傷とは行かない。

敵のナイフによって、切り裂かれた腕からは血が流れ

流れ弾により脇腹に風穴を開けていた。

「おらぁぁっ!」

それでも、カズマの野獣じみた気迫は

敵兵の戦意を徐々に削いでいた。

 

 

 

アヤの戦いも壮絶であった。

最初は、ドックへ続く通路に密集していた敵も

さすがに不利と察したのか、物影に隠れ

組織立った反撃を見せ始めた。

しかし、『家族』を助ける為だろうか、それとも戦場という特殊な環境からか

何かのスイッチが入ったかのように、彼女は猛然と突撃していった。

アヤの放つ棒手裏剣は、敵の眉間を正確に貫き

銃の狙いを簡単に付けさせない神速の動きで

確実に、無慈悲に敵を倒している。

「邪魔よ!」

床を、壁を蹴りアヤは一気にドック内に進入する。

ドック内には、ネルガルの作業員達が絶命していた。

中には、アヤ達と仲の良かった整備員や

プルセルにラブレターを渡そうとした男の姿も見受けられた。

だが、アヤが感傷に浸っている時間は無かった。

ナデシコCは、出航することも出来ず、

側面に取り付けられた対人兵器も沈黙していた。

敵兵も、かなり死んでいたが、ハッチの一つが無理矢理

爆破された後があった。

おそらく、内通者がいたのであろう。

そうでなければ、ナデシコCに進入することは、相当困難なはずであったからだ。

「ラピス!プル!ユウタ!」

不安にかき消されそうな心を奮い起こして、アヤはナデシコCに突入するのであった。

 

 

コースケは、1機目の量産型エステバリスを簡単に屠ると

イェミテッドナイフを構え、2機目に突入していく。

敵量産型エステバリスは、ライフルを構えようとするが

コースケの『レイピア』に搭載されたイェミテッドナイフが

量産型エステバリスの腕を切断する方が速かった。

「・・・素人だな。」

コースケは、相手の操縦技術・反射神経・判断力が

自分より劣っている事を瞬時に見抜いた。

となると、一刻も早く片付けてカズマ達の援護に向かわねばならない。

『後方の敵、ライフル装備。軍曹、来ます!』

『レイピア』に搭載されている支援A.Iの『アル』が警告を発する。

残り2機のエステバリスは『レイピア』の後方で射撃体勢に入っていた。

コースケは、機体を一瞬沈ませた後、大きくジャンプする。

空中で向きを変え、左手に構えたライフルをバースト射撃する。

弾丸は正確に量産型エステバリスの頭部に命中した。

『見事です、軍曹。』

コースケはそのまま『レイピア』を量産型エステバリスの側に

着地させると、量産型エステバリスのコックピット部分を残し完全に破壊する。

コックピットを多少変形させ、脱出できないようにし、カズマの援護に移るのであった。

 

 

カズマの闘いは、すでに決しようとしていた。

骨を砕く音が、離れていても聞こえてくるようである。

満身創痍となったカズマであったが、その勢いは衰えるどころか

さらに激しくなるのである。

「何をもたもたしている!

遠距離から射撃すればよい!後退だ!」

敵の指揮官は、たった一人の男に何故苦戦しなければならないのか

不思議であった。もし、この作戦がうまくいけば『火星の後継者』の中でも

かなりの地位が約束されたはずである。

そのために、入念に下準備をすませ、内通者を確保し

ダミーの情報で主戦力を削ぎ、まさに必勝の体勢であったはずである。

『炎の虎ぁぁぁぁ!!』

カズマが吼える。銃を向けていた男が不可視の力で吹き飛ばされていく。

量産型エステバリスも、コースケが駆る『レイピア』により倒された。

ナデシコに突入した仲間からの連絡も途絶えている。

「何故だ?だれか答えてくれ!」

頭の中は大混乱を起こしていた。

答える者は誰もいない・・・

そして、目の前にカズマが現れた。

犬歯をむき出しにし、拳を振り上げている。

ここに至って、ようやく理解できた。

ああ・・・自分達は失敗したのだと・・・

「往生せいやぁ〜」

カズマの声が、どこか遠い所から聞こえたと思った瞬間、

男の意識は闇の中へと落ちていった・・・

 

 

 

 

ナデシコCブリッジ・・・ここではラピスも闘っていた。

カズマやアヤのように、肉体を使った闘いではない。

襲撃があった直後、オモイカネにウィルスが注入されたのだ。

おそらく、内通者がサブブリッジの端末より注入したとラピスは推理している。

そして、ウィルスに侵食されたオモイカネは、ラピスの手を離れた。

コミュニケを使用した通信は無力化され、

外部への通信はジャミングの影響で通信不可能状態になっていた。

そして、艦外に装備されている対人兵器も沈黙し、

前大戦中、敵の侵入を許した経験から装備された

艦内警備システムも機能を果たさなくなっていた。

かろうじて、艦内の隔壁の一部や酸素供給などの生活システムを掌握するのみであった。

「プル・・・」

「なに?ラピス?」

「今から、オモイカネの中に入ってウィルスを駆除する・・・

多分、それしかないと思うから・・・」

以前、オモイカネの反乱でもオモイカネ内部に逆ハッキングし

事件を収めた経緯がある。それと、同様に

オモイカネの中に入り、ウィルスを除去するのだ。

かつては、黒い王子と電子の妖精が事件解決に尽力したが、

今回ラピスは、たった一人で乗り込もうとしている。

IFSを持つ人間がこの場所では、ラピスだけだからだ。

そして、そこまでしないと進入したウィルスは、ラピスとオモイカネですら

除去できない物という事である。

防壁も次々と突破され、オモイカネが陥落するのも時間の問題であった。

それが、どれだけ心細いかプルセルには痛いほど解った。

「そう・・・ユウタ、ラピスの側にいてあげて。」

プルセルの応急手当をしていたユウタに、プルセルはラピスの側に行くように言う。

「うん・・・」

ユウタは、何も言わずラピスの側に行く。

何も出来ない自分だが、せめて姉の側に居る事で

少しでも手助けになれば・・・そう思っていた。

「じゃ、行くから。」

「うん。」

ユウタの手がラピスの手に重なる。

瞬間、ラピスはオモイカネの仮想空間に飛んでいた。

そこは、巨大な図書館と言った感じの空間だった。

ラピスの身体はデフォルメされ、髪の色と同じ薄桃色のドレスを着ていた。

そして、仮想空間ではラピスと同じく、デフォルメされたエステバリスがバッタと戦っていた。

エステバリスは、ラピスの作ったワクチンプログラムで、

バッタが注入されたウィルスの視覚イメージである。

圧倒的にバッタの数が多いと言う事は、

深いところまでウィルスに侵入されている、と言うことになる。

「ここまで侵入されてるなんて・・・」

ラピスは、バッタのプログラムを構造解析して、

逆にバッタを駆逐するワクチンプログラムを作り出す。

そのイメージは、ライフルに姿を変え、

近くにいたエステバリスに渡す。

ライフルを持ったエステバリスは、今までの苦戦が嘘のように

バッタを駆逐していく。

「これで、ココは大丈夫・・・」

オモイカネの中で、艦内制御などの部分をつかさどる場所は

もうじき回復すると判断したラピスは、ウィルスの母体を探す為

最深部に突入していくのであった。

 

 

ナデシコCに突入したアヤが見た光景は、まさに戦場であった。

通路に横たわる敵、味方の兵士達・・・

遠くで聞こえる戦闘の音・・・

アヤは、ブリッジに向かい走り出した。

これまでの戦闘で体力は限界を通り越していたが、精神が倒れる事を許さなかった。

全身の筋肉が悲鳴をあげている・・・しかし、そんな事は構っていられなかった。

いかに居住性の高いナデシコ内部とはいえ、狭い通路も存在する。

そんな中では、刀を存分に振るうことなど出来ない・・・

刺突であれば、敵を簡単に倒せるであろうが

真っ直ぐ向かっていくだけでは、敵に行動を読まれてしまう。

アヤは、刀を鞘に納めると一本の棒とする。

師であるオニヅカ=シュウサクに教えてもらった事は

己の置かれた状況に対応できる者こそ、

生き残ることが出来る。飛天流は剣だけでなく

棒術、槍術、弓術、柔術、手裏剣術等・・・

あらゆる体術を会得して初めて剣術に応用が出来る・・・

そして、剣術を使うからと言って、剣に固執しない闘いをする必要が出てくる。

狭い通路だからこそ刀を棒として扱い、時には刀として刺突で敵を倒す。

すでに意識は、向かってくる敵を倒す為だけに傾けられていた。

「――――――て!う―――だ!」

敵の言葉が、アヤの耳に入らない。

気配だけで敵の行動を予測し、先手をとる。

銃を撃とうとする気配を感じたので、倒した敵を盾に使う。

汗が纏わりつく・・・足が鉛のように重たく感じる。

それでも、アヤは前進をやめない。

「はぁ・・・はぁ・・・」

すでに、肩で息をしている状態だ。

自分の息遣いであるのに、大きな音に感じられる。

闘争本能だけで、アヤは前進を続けていた。

目の前には、小太りの男がいる。

他に襲い掛かってくるような敵は、もう周りに存在していない。

男が銃を自分に向けてくるのを感じたアヤは

最後の棒手裏剣を男に打つ。

寸分たがわず男の眉間に命中し、男は絶命する。

アヤは、その足でブリッジに向かいゆっくりと歩き出す。

刀を杖代わりにして倒れそうな自分を支える。

ブリッジの扉が圧搾空気の抜ける音をさせて開く。

「アヤ?」

プルセルの弱々しい声が聞こえる。

「大丈・・・夫?」

「アヤこそ・・・」

汗で目が沁みる・・・うっすらと見える視界には、

通信席に座っているプルセルと、オペレーター席に寄り添っている

ユウタの姿が見えた。自分を支える人物がいる・・・

「コースケは?」

その声で、アルギュロスから派遣されたカレンだとアヤは判断する。

ホッとした様な声だ。アヤに向ていた電気銃を下ろす。

「大丈夫、外でカズマと暴れてるわ。」

ゆっくりと椅子に座らされる。ふと、アヤは一人欠けている事に気がついた。

「あれ?ラピスは?」

ラピスの声が聞こえない事にアヤは不安を覚える。

「・・・ラピ姉・・・まだ闘ってる・・・」

泣きそうな顔でユウタが言っている。

アヤは、何が起きているのか理解できずにいた。

 

 

「まったく・・・大した男だ・・・」

ようやく到着した本隊に、残存戦力の掃討と捕縛を任せたコースケは

倒れているカズマの側にしゃがむ。

カズマは、敵の指揮官を倒したところで気を失った。

直後に、コースケが量産型エステバリスを行動不能にしたので

敵は、あっさりと降伏した。

通信妨害が解除されたようなので、コースケは通信機を準備する。

「こちら、ウルズ7・・・外部の敵は片付いた。」

『コースケ!早くブリッジに人を寄越して!

それと医者も忘れないでよ!』

通信機に向かい報告をしたコースケは

頭ごなしに怒鳴られる。

ポリポリと頬を指で掻くと、カズマの手当てをしていた医療班に

ブリッジへ行くよう指示する。

「へへっ・・・どうやら、アヤの奴・・・間におうたようやな・・・」

「気が付いたか・・・」

「あんな元気な声聞いたら、寝てられへんっちゅうねん。」

カズマは、わき腹を押さえながら起き上がる。

「おい、余り無理するな。」

コースケは、カズマの肩を支える。

「格好悪いなぁ・・・こんなんじゃ、アヤにおうた時にどやされるで・・・」

そう言いながらも、カズマはコースケに体を預ける。

それほど消耗しているのだ。

内気孔を使い、少し喋れる様になったが

カズマの体は傷だらけであった。

「彼女も怪我をしているようだが・・・」

「あぁ、けど死んでへんやろ。

それだけで充分や。」

「しかし・・・兄妹なのだろう?心配じゃないのか?」

コースケには肉親と呼べる人はいない。

育ての親は、蜥蜴戦争前の内戦で死んだ。

産みの親は、顔すら知らない。物心ついたときから

反政府ゲリラの村で、戦闘訓練を受けていた。

今となっては、サガラ=コースケと言う名前すら

本名か疑わしい。育ての親に言わせると、この名前が書かれたメモと一緒に

コースケは捨てられていたと言うのだ。

無意識下で、肉親と言うものに憧れを抱いているコースケにとって

カズマとアヤの関係は、とても不思議なものに思えた。

「アヤなら大丈夫や。あいつが負けるとすれば

ワイの他には、もう三人くらいのもんやろ。」

カズマは、自分達の幼馴染であるミサキと

アキトやスメラギと言った”人外”の化け物達を思い浮かべる。

そして、自分もアヤに対しては、兄妹であると同時に

お互いの技を高めあう、よいライバルだと思っていた。

「本当に彼女を相手にした時、勝てるのか?」

「・・・勝てんやろな・・・ワイは・・・アヤには勝てん・・・」

それは、肉親に対しての無意識下で遠慮している為か

それとも、本当に実力的にアヤが勝っているのか

コースケには判らなかった。

ナデシコ艦内は、アルギュロスの警備員や襲撃犯の死体が

遅れてやってきた応援部隊によって運び出されていた。

二人は、送り出される死体に向かい、黙祷をする。

人は簡単に死ぬ。幼い頃から反政府ゲリラの部族で育ってきたコースケは

死を常に感じる環境で育ってきた。

物心ついた時から戦闘技術を叩き込まれ

同じ年頃の少女が、地雷により命を落とし

仲間も次々と銃弾に倒れ、戦闘の恐怖からクスリに逃れ

身も心もボロボロになり、最後は発狂して死んでいった仲間もいた。

コースケも、偵察任務中に敵中で孤立し、何度も死を感じながら

ベースまで戻った事もある。

コースケの師匠であった部族の族長は、

何度も死線を乗り越えてきた歴戦の勇士であり、

コースケは一生勝てないと思っていたのだが

仲間の裏切りにあい、後ろからナイフで刺され、あっけなく死んだ。

しかも、この事がきっかけで鉄の結束を誇っていた部族が

各派閥に分かれて内紛状態になったところを、政府軍によって

あっという間に蹂躙された。

コースケは、身一つで国外へ脱出、流れ流れて

とうとう月までやって来た身である。

その間も、様々なコネを利用して何とか生き延びてきている。

生き抜くことは、幼い頃から叩き込まれた族長の教えである。

ふと、カズマを見る。この男には、草壁達火星の後継者のように

壮大な理想や理念は無い。それは、この数日間一緒に過ごしてきたからわかる事である。

全身が凶器ともいえる、しなやかで無駄の無い筋肉と

それをサポートする神威の拳を持つカズマ。

日本刀を手に、平然と人を斬るアヤ。

しかし、それは身内を守る為だけに振る剣である。

この二人は、ただ強く在りたい、ただ大切な人を守りたい。

そんな単純な理由で、二人は動いているのではないだろうか。

そして、カズマ達の周りにいるプルセルやラピス、ユウタは

何か見えない絆で繋がっていた。

「なぁ・・・」

「なんや。」

コースケは見えない絆で繋がっているカズマ達を

うらやましく思い、少し意地悪したくなった。

「ほんとに兄妹なのに似てないんだな。」

「やかましいわ。」

「おまけにシスコンか・・・」

「シスコン言うなぁ!

ちゅうか、なんでそないな言葉しっとるねん!」

ラブレターも知らないような男に、シスコンと言われ

カズマは手足をじたばたさせる。

やがて二人は、ブリッジまでたどり着くと、

そこには応急処置を受けているアヤがいた。

プルセルは、すでに処置を終えオペレートシートを倒し休んでいた。

「なによ、カズマ・・・ボロボロじゃない。」

治療を受けながらアヤは言う。

その表情は少し痛みに耐えているものの

余裕すら出ていた。

「へっ、ワイはまだまだ余裕やで。」

カズマは、開口早々嫌味を言ってきたアヤと口げんかを開始している。

「ふむ、やはりシスコンか・・・」

「いえ、アヤがブラコンなだけよ。」

二人の様子を見ていたコースケの突っ込みに、すかさずカレンが乗ってくる。

「シスコン(ブラコン)言うなぁ!」

カズマとアヤが同時に抗議する。

「はいはい、二人が相思相愛なのは解ったから」

プルセルは、笑いながら二人を止める。

「プルまで何言うとるんや!」

「それより、ラピスが・・・」

しかし、すぐ深刻な表情になっているプルセルの言葉をうけて、カズマはラピスの側に行く。

「カズマァ・・・ラピ姉が・・・」

ユウタは今にも泣き出しそうな声でカズマを呼ぶ。

「大丈夫や。ラピスにはユウタが付いとるんやろ。」

「・・・ねぇ・・・僕にもIFSを付けてよ!」

「ユウタ・・・」

「一人だけ闘えないなんて、もう嫌だよ!」

ラピスの手をぎゅっと握り、ユウタはカズマ達に訴えるのであった。

 

 

ようやく、オモイカネの最深部にたどり着いたラピスは

オモイカネのイメージである大きな木に

ウィルスプログラム型の戦艦が攻撃を仕掛けているのを見た。

その状態は酷く、枝葉の多くは落とされ、幹の表面は焼けていた。

「待っててね、オモイカネ・・・今助けるから。」

先程作成したワクチンツールを組み込んだエステバリス型ツールを発進させていく。

エステバリスの形をしたワクチンは、次々とウィルスプログラムを攻撃していった。

「オモイカネ、大丈夫?」

ラピスがオモイカネに訪ねる。

ウィルスプログラムは、完全に沈黙しエステバリス型ツールは

防壁の修正を行い始めた。オモイカネのシステムも復調しつつあり

大きな木は、徐々に元通り戻っていった。

すると、ラピスの目の前に『大丈夫』、『正常化』、『ALL OK』と言った

ウィンドウが次々に展開される。

「ルリ姉は居ないけど、力を貸してね。」

ラピスは、そっとオモイカネの木に寄り添う。

考えてみれば、ラピスがルリの事を口にしたのは

ルリの葬式以来であった。ユウタと一緒にカズマ達に引き取られ

騒々しいながらも楽しい毎日を送ることが出来た。

そんなラピスの前に、一人の女性が光と共に現れた。

「え?」

それは、かつてオモイカネの分身として作られ

イネスと共に、行方不明となっていたルビィにそっくりであった。

「ルビィ?」

ラピスが問いかける。

「いいえ、私は・・・かつてルリによって創られたルビィではありません。

ですが、ルリやユリカによって育てられたもう一つのオモイカネ・・・

その自我が具現化したもの・・・言うなれば、ルビィの妹・・・です。

ラピス、もう私は大丈夫です。それより、あなたが大切に思っている人のところへ

早く帰ってあげてください。」

そう言うと、ウィンドウがラピスの目の前に展開され

ユウタが涙を流している光景が映し出される。

そして、IFSを自分にも付けて欲しいと訴えていた。

「ユウタ・・・」

「さ、行きなさい。そして、ただいまと言ってあげなさい。」

オモイカネは、転送プログラムを起動する。

ラピスの周囲が光に包まれ始める。

「オモイカネ・・・」

ラピスはもう一度オモイカネの分身を見る。

やがて、光が最高潮に達し、意識が肉体へと戻ろうとした瞬間、

オモイカネの分身から声が聞こえた。

「ラピス、もう一人の私と妖精によろしく。

あなたの成長を、誰よりも楽しみにしているはずですから。」

「え・・・それって・・・」

ラピスの意識が一瞬暗くなる。

そして・・・

 

 

「どう言う事なの!」

オペレート席に座っていたラピスが突然、声を上げる。

「ラピ姉!」

ユウタが、ラピスの側に近寄る。

「ユウタ・・・」

ラピスは、状況を見る。

カズマ、アヤ、プルセル、ユウタ・・・

ラピスの大好きな家族が勢ぞろいしている。

「ああ・・・戻ってきたんだ・・・」

「心配したんだよ!」

ユウタが涙目で言う。

「・・・ただいま、ユウタ。

ごめんね、心配掛けて・・・」

「ううん・・・ラピ姉が無事ならそれで良いや。」

「ま、みんな無事やったんや。生き残っとるもん全員で

ナデシコの発進準備するで。

時間があらへん。ユウタ、お前にも働いてもらうで。」

「え?」

「そうね。艦内の片付けはアルギュロスに任せてあるから

私たちは、生き残ってる整備員と一緒に、ナデシコの修理をしましょう。

ユウタも、手伝ってね。」

「うん。」

アヤの言葉に、ユウタは力いっぱい答える。

自分が必要とされている。その事が嬉しかったのだ。

「それにな、ユウタ。ラピスとユウタはワイらの

帰るべき場所なんや。ユウタが元気にしとるっちゅう事が

ユウタの闘いや。」

「そうよ、あなた達がいるから私たちは戦える。

ユウタが闘う力を私達に与えているの。」

「そうね、IFSを付けて無くても、ユウタは充分闘えるわ。」

プルセルはユウタを抱きしめながら言う。

その光景をコースケは羨ましそうに見ていた。

「なに?コースケ、どしたの?」

「いや、家族と言うのは良いものだとな。」

「・・・そうね・・・あんたも私も・・・家族なんて無くなっちゃったものね。」

「行こう、カレン・・・ここは彼らだけにしてやるのが良いだろう。」

「ええ、そうね。」

コースケは、カレンの手を取り、ブリッジを後にした。

ラピスの心には、オモイカネの言っていた言葉が引っかかっていたが、

大好きな家族の顔を見ると、そんな疑念は吹き飛んでしまっていた。

 

 

タネガシマ宇宙連絡ステーション・・・

民間施設であるこの基地は戦争状態に突入しつつある現状において

唯一、宇宙と地球を結ぶ一本の線である。

多くの民間シャトルが月やコロニー目指して飛び立っている。

その中に、軍事用シャトルを改造したスミレVが発進準備態勢に入っていた。

「艦長、不審物等はありませんでした。」

シャトル内外を詳しく点検していたエレは

シートに座っていたユリカに報告する。

「ありがとう、エレさん。」

「いえ、それより月に向かうまでが勝負です。

恐らく、襲撃するなら無防備なシャトルに乗っている今なんですから。」

タネガシマ宇宙連絡ステーションには、連合宇宙軍や連合空軍が待機しており

周囲の警戒に当たっている。

敵がボソンジャンプによる奇襲をしてこない限り、磐石の備えを誇っていた。

『艦長、発進準備完了したぜ。』

「じゃぁ、発進しちゃってください。」

リョーコからの発進準備完了報告を受けて、ユリカが発進命令を出す。

一方、連絡ステーションには、発進していくシャトルを見送るプロスとホウメイの姿があった。

「やれやれ、今回は見送る側になっちゃったねぇ。」

「そうですなぁ・・・でも、残った我々にも大切な仕事が残ってますよ。」

「そうだねぇ・・・あの子らが帰ってくる場所を守る・・・か。」

雲の中に消えていくシャトルを見ていた二人に、後ろから声がかかる。

「「「「「「ホウメイさ〜ん、プロスさ〜ん。こんにちわ〜。」」」」」」

ホウメイ達が振り向くと、そこには芸能界で活躍中の

メグミ、サユリ、ミカコ、ハルミ、ジュンコ、エリがいた。

「あんた達、もうシャトルは行っちまったよ。」

勢ぞろいした6人を見て、ホウメイは驚きながらも言う。

「いえ、彼女達にはやってもらうことがあります。

さ、行きますよ。」

「「「「「「はい!!」」」」」」

元気よく答えるメグミ達をみて、プロスは満足そうにうなずく。

「ホウメイさんは、祝勝会の料理をお願いします。」

「ああ、無駄にならないと信じてるからね。」

ホウメイは、やがて再開するであろうユリカ達の無事を祈りつつ

その場を後にするのであった。

シャトルはもう、砂粒より小さくなっていた。

 

 

「なぁ、ユリカ・・・いくら護衛艦隊がいるからって

無防備なシャトルで行く事は無いんじゃないか?」

ジュンが、ユリカとエレが座っている席の

通路を挟んで反対側から話し掛けてきた。

隣は、ミナトが座っている。

シャトルの操縦は偽装工作の時、機長をゴートが

副長をサブロウタ、機関士をリョーコにしている。

本来であれば、エステバリスなどのIFSを使用する機械以外、

何でも操縦できるミナトが、シャトルの操縦をするのだが

白鳥がさらわれた事を知ったミナトが、動揺しているかもしれないと

ゴートが顔に似合わない細かな配慮をしたため、

ミナトは客席でリラックスしているのである。

窓の外には、雲の切れ目が見える。

やがて、シャトルは成層圏を突破しようとしていた。

「一応、表向きは私達休暇を取って旅行に行くんだから・・・」

「確かに、一応シャトルは軍で使ってるのを民間用に偽装してるから

フィールドの出力は上がってるけど・・・」

「大丈夫よジュン君。エサをケチってたら大物は釣れないよ。」

あくまでも能天気に答えるユリカ。

実際、ユリカ自身も不安は抱えている。

しかし、艦長がその事を表に出せば、それはクルー全体の士気に影響する。

そして、ジュンもそれがわかっている為、あえてユリカに不安を述べたのだ。

皆が抱えている不安を代弁し、そして納得させるために・・・

長年、ユリカの副長を勤めてきたジュンだからこそ出来る

ユリカに対する援護射撃であった。もっとも、単に弱気な副長としか周囲に認識されないのが

ジュンのキャラクターとでも言うべきだろうか・・・

やがて、ポ〜ンと言う音が客室内に響き、シートベルト着用のサインが消える。

先程のユリカとジュンの会話で、ある程度緊張がほぐれたのか

皆、背伸びや隣の人と話をしている。

その時、後方の扉がプシュと言う音と共に開き

少女が一人、客室に入ってきた。

「おっ飲み物は、いかがっすか〜?」

ご丁寧に、客室乗務員の制服を着たユキナが入ってきた。

「「ユキナ!どうしてココに!!」」

ミナトとジュンがユニゾンで尋ねる。

そして、二人同時にお互いの顔を見合わせる。

「俺はオレンジジュースな。」

「あたし、ドリアンジュース。」

ヤマダとイズミがユキナにジュースを注文する。

ユキナはジュンとユキナを無視するように

客室乗務員としての職務を遂行している。

「じゃなくて!あんた学校はどうしたのよ!」

ミナトが、ヤマダとイズミにジュースを渡そうとしたユキナに詰め寄る。

「今、夏休みだよ〜。」

「インターハイはどうしたんだ?」

ジュンがユキナに尋ねる。

「こんな情勢下じゃ、インターハイなんて出来ないって。」

「しかし・・・地球に残っていた方が安全なんだぞ。」

「地球に残ってたって、狙われるんでしょ?

じゃぁ、ジュンちゃんとかミナトさんの側が良い。」

ユキナは、うつむきながら言う。

「でも、どうやって乗り込んだのよ。」

「あ、私が密航しているところを見つけたので

客室乗務員室に連れて行きました。言いませんでしたっけ?」

エレがさらりと言う。どうやら、貨物室の荷物に潜り込んでいたらしい。

「聞いてないわよ〜。」

ミナトはヘナヘナと床に座り込む。

「ミナトさん・・・とりあえず、この件は月までお預けって事にしませんか?」

ユリカがミナトに提案する。

「そうそう、お預け、お預け〜。」

ニコニコしながらユキナは言う。

「あんた、後で覚えときなさいよ。」

ミナトは拳をプルプルと震わせながら言う。

「や〜ん、ジュンちゃ〜ん。助けて〜。」

ユキナは、ジュンの後ろに隠れ、くねくねと身をよじらす。

「おい、ジュンの奴・・・女子高生に手玉に取られてるぞ。」

「そうね、彼って何処と無く優柔不断な所があるから

いざって時、ユキナちゃんがリードするんじゃないの?」

「確かに、”いいひと”ではあるんだけどなぁ〜」

ヤマダとイズミがユキナに渡されたオレンジジュースと

ドリアンジュースを飲みながらヒソヒソ話をしているが

元々声の大きいヤマダに、内緒話など出来るわけ無く

普通の会話レベルで話していたため、客室内は

肩を震わせるもので一杯だった。

「そこ!聞こえてるぞ!」

ジュンが指差して言う。

「ちょっとジュン君、ユキナとは何処まで行ってるの!」

ミナトが、ジュンに向き直る。

「え、ど・・・どこまでって・・・」

「ステディな関係になっちゃったの?って聞いてるのよ!

場合によっては・・・」

ズイ!っとミナトがジュンに詰め寄る。

「チョッと、ミナトさん・・・近寄りすぎですよ・・・」

「答えなさい!」

「な、何もありませんよ・・・」

消えそうな声でジュンは言う。

「もう!ミナトさんには関係ないでしょう!」

ユキナが、困っているジュンに助け舟を出す。

「それに、ジュン君は私に手を出すほどの甲斐性は無いわよ!

この前、私の部屋に泊まった時だって、手をつないでくれただけで

一晩中なぁんにも無かったのよ!」

「ユ・・・ユキナ〜」

ジュンが頭を抱えてうずくまる。

「何ですってぇ〜!それだけユキナに魅力が無いって事なの!

こんなに可愛いのに!手を出さないなんて最っ低!」

ミナトがプイッと横を向く。

「・・・何か・・・微妙にズレてるような・・・」

ミサキが笑いながら言う。

「ねぇ、ジュン君・・・お友達として言わせてもらうけど・・・」

「な・・・なんだい?ユリカ・・・」

これ以上は勘弁してくれー、と言う表情でユリカに向く。

「ユキナちゃんは確かに可愛いわ。

でもね・・・避妊はちゃんとするべきだと思うの。

もしもって時は、私の知り合いがやってる病院紹介するわ。」

「何処をどうやったらそんな話になるんだ〜!」

ジュンの絶叫が、客室内に響く。

『前方に護衛艦隊確認したぜ』

そんな時、リョーコが皆にアナウンスする。

宇宙軍の地球周辺に展開する全ての戦闘艦を集め、

再編成した護衛艦隊が、ユリカ達を乗せたシャトルに合流した。

『護衛艦隊司令の任務を務めさせていただくアララギです。』

宇宙軍式の敬礼をしたアララギは、元木連優人部隊の司令官で

木連が月から撤退する際、見事な退却戦を展開し、

圧倒的多数を誇った宇宙軍の主力を足止めした逸材である。

その実力は、木連三羽烏と呼ばれた秋山や白鳥、月臣に匹敵すると言われる。

『・・・どう・・・なされたのですか?』

アララギは、参謀本部に所属するジュンが、燃え尽きたジョーのごとく

床に倒れこみ、以前ミナトとユキナの言い争いが続いているのを見て言う。

「ああ、気にしないで。」

ミサキがアララギに答える。

『しかし・・・』

「い・い・か・ら・」

ミサキの迫力に勝てず、アララギはジュンの事を

完全に無視することにした。

『と、ともかく・・・我々が月までの護衛任務にあたります。』

「ご苦労様です。月まで宜しくお願いします。」

宇宙軍式の敬礼をしながらユリカは言う。

『ハッ。女神の守りを固めるのは守護騎士の役目。

光栄に思っています。』

「はぁ」

ユリカは戸惑いながら返事をする。

『宇宙を駆け巡る一条の光、常勝の戦乙女。

大佐の事を兵士達は常勝の女神と呼んでいるのをご存知ですか?』

確かに、若い兵士達の間では前大戦を、驚異的な能力で生き残った

ナデシコの事は伝説になっていた。

ユリカの事は、若い兵士達の間で憧れの人と言うイメージが出来ていた。

「・・・で、では護衛任務の方、よろしくお願いします。

あと、兵士の方々にもよろしくお伝えください。」

内心、辟易しながらもユリカは普段どおりの表情で

通信を返し、相手の返事も聞かぬまま通信をきってしまった。

 

 

 

 

一方的に通信を切られた第一護衛艦隊旗艦『しらさぎ』では

兵士達が感動の渦に包まれていた。

「かっこいいッスねぇ・・・常勝の女神・・・」

「うん、凛々しい姿だ。」

アララギは腕組みをしてうなずく。

「今の通信、ばっちり録画しておきました。」

「よし、保存しておけ。最優先事項だ。

後でみんなにも見せよう。」

浮かれる彼らに、突然容赦無い警告音が

ブリッジに響き渡る。

「何事だ!」

「前方にボース粒子反応、多数!」

「現れたか!全艦戦闘態勢!シャトルを死守するんだ!」

アララギが護衛艦隊に激を飛ばす。

『シャトル、先行します。』

突然現れたユリカのウィンドウが、そう宣言すると

守るべきシャトルが敵の機動兵器群に向かい突入していく。

「なんだと〜!」

護衛艦隊も慌てて加速を開始しはじめた。

 

 

一方、襲撃する側の方も一時的に混乱したが

撃墜対象である偽装シャトルが突っ込んでくるので

半包囲体制に陣形を整え、迎え撃った。

「バカめ・・・袋の鼠だ・・・全機、射程に入ったら攻撃に移るぞ!」

襲撃グループの指揮官は、勝利を確信した瞬間であった。

 

 

「さぁて、久しぶりに腕が鳴るわね〜。」

シャトルの操縦席に座ったミナトが、指を鳴らそうとするが

音は鳴らなかった。ゴートが副長席、リョーコはシャトル内部の制御、

サブロウタがレーダー監視を行っている。

「フィールド出力安定。」

「シャトル内部重力制御異常なし。」

「機関出力安定。」

「ようするに〜、一番薄い部分を突破しちゃえば良いのね?」

『はい、ぶっ飛ばしちゃってください。』

ミナトの問いにユリカが答える。ユリカの後ろから

ユキナがミナトを応援している。

「ほ〜い。」

戦闘前だというのに、おちゃらけた雰囲気になるのは

ナデシコの特長であろうか・・・

やがて、シャトルが敵機動兵器群の射程に入ると、

四方から砲撃が襲ってきた。

「あっま〜い!」

ミナトの手がせわしなく動く。

ゴートらは、ミナトに機関の状況、フィールド出力、

ミサイルが向かってくる位置などの情報を伝えていく。

それらの情報をミナトは頭の中で瞬時に整理していく。

シャトルの位置と敵の位置、味方護衛艦隊の位置、ミサイルの接近方向を

脳内の仮想空間で把握し、シャトルの進路を決定していく。

性格に問題あっても腕は一流といわれたナデシコクルーに選ばれた

その技能は、一向に衰えていなかった。

ガガン

振動がシャトル全体を襲う。

いかにミナトが天才的な腕を持っていたとしても

多少のダメージはある。それでも、致命的な攻撃は受けていない。

「フィールド出力、79%!まだいける!」

「もうチョイ!」

ミサイルを振り切り、砲撃を続ける敵機動兵器の横を通り過ぎると

攻撃が止んだ。突破されることは無いと踏んで

半包囲体制を取っていたが、逆にシャトルを追撃する形になってしまった。

そして、追撃体制を取ろうと反転した敵機動兵器群に

容赦なく護衛艦隊からの砲撃が襲い掛かった。

「無防備なシャトルで先行し、囮となることで

逆に我らの勝利を演出する・・・

まさに死中に活あり・・・我らも敵陣を突破し

シャトルの盾となるぞ!」

アララギは部下達に命令する。

「前方に新たなボース粒子反応!」

「何だと!」

レーダーには、新たな光点が出現しつつあった。

 

 

 

「ウソでしょ〜。」

ミナトがうんざりしたように言う。

「武器とか積んでねぇのかよ?」

「無い、偽装するときに全部はずした。」

リョーコの問いにゴートは、にべもなく答える。

ズズン

「けど、このままじゃヤバイっすよ。」

サブロウタがミナトに敵の情報を送りながら言う。

ミナトの額には冷や汗が浮かんでいる。

先ほどまでの軽口も出ないほど集中している。

しかし、シャトルのフィールド出力は限界まで来ていた。

「前方に新たなボソン反応!」

「ヤバイ、戦艦クラスだ!」

「うっわ〜、マズさの二乗倍・・・」

絶体絶命・・・その言葉が全員の頭を横切った瞬間、

『グラビティブラスト、行くよ。』

ラピスの声がシャトル内に響き渡る。

ミナトは考えるよりも早く、回避行動に移す。

と、その瞬間・・・漆黒の宇宙に無数の爆発が生まれ

今までミナトたちを追い回していた機動兵器は消滅した。

「ラピス・・・ちゃん?」

『敵、機動兵器・・・94%撃破、残りの敵も逃げ出したよ。』

ラピスのウィンドウはミナトの前だけでなく、シャトルの客室内等にも映し出され

先ほどのグラビティブラストの戦果を報告していた。そして、一言・・・

『ミナトおねぇさん・・・久しぶり・・・』

少し恥ずかしそうにラピスが答える。

シャトルの前方に現れたのは、応急修理を済ませたナデシコCであった。

 

 


 

作者:はい、と言うわけで機動戦艦ナデシコReTry第2部第5話をお届けしました。

    あ、それから迷惑メール対策でメールアドレスが変わっています。

ジュン:まったく、今まで何してたんだか・・・

作者:うう・・・言い訳ですが、会社の昇進試験受ける為、ネットをメールのみに封印してたんで・・・

ジュン:それで合格したのかい?

作者:おかげさまで、何とかお情けに近い状態で合格できました。

ジュン:それは良かったねぇ・・・ところで、僕の扱いは・・・

作者:大活躍だよねぇ・・・出番さえなかった回もあったのに・・・

ジュン:コレはおもちゃにされてるだけだろ!

作者:ほう?出番が無いのと、おもちゃにされて遊ばれるの・・・どちらが良い?

ジュン:・・・出番を下さい・・・

作者:と言うことで、次回をお楽しみに!

 

 

 

 

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代理人の感想

うーむ、ペアルック(爆)。

あれ(黒マント黒バイザー)は黒目黒髪のアキトだからこそ似合うような気がするんだけど、

あちこちで黒マントのルリを見かけるところを見ると、私のほうが少数派なのかなー。

まだしも白ずくめのほうが似合うと思うんですが。w

 

それはさておき、内面描写と解説をこれでもかとばかり繰り返すのはやはりうんざりするのですよ、読んでいて。

内面ではなく行動を書くことこそ、物語の正道ではないでしょうかね。