英雄・影護四輔が行方不明になった最終決戦は北極海にほど近いニブルヘイムと呼ばれた地で行われた。その地は《遺跡》と呼ばれたオーバーテクノロジーが発見された場所でもあり、その技術を元にして開発された最強の“超兵器”同士の最終決戦の場所としては皮肉としか言えない場所でもあった。
その決戦時、それまで影護四輔の僚艦を務めていた桜樹明人はイギリスのロンドンで入院中だった。決戦直前の艦隊戦で明人駆るスティルス戦艦マレ・ブラッタ級2番艦〈サレナ〉は新生テュランヌス海軍が起死回生で送り込んできた超兵器ナハト・シュトラール級2番艦〈プロミネンス〉と戦い攻撃を受け被弾、甚大な被害を受けた。〈サレナ〉は大破し、その場で自沈処理され艦長だった明人も大怪我を負った。一方〈プロミネンス〉も同様に大破・漂流状態になり相打ちという結果になった。
本来なら四輔の僚艦として共に〈ヴォルケンクラッツァー〉との最終決戦に向かえるはずだったが乗艦を失い、自らも重傷を負っている明人では足手まといにしかならない。四輔は大怪我をした明人を駆逐艦に移し、今までの苦労をねぎらうと自らの艦〈近江〉単艦で最終決戦の場所へ向かっていった。明人はベッドの上で悔しさに歯噛みをしながら友人でもある四輔の帰還を待っていた。
だが影護四輔は帰還せず、彼の艦〈近江〉と四輔の恋人でもあった新城ナギだけが戻ってきた。
四輔は最終決戦で激戦のすえ敵・新生テュランヌス総旗艦・最強の超兵器〈ヴォルケンクラッツァー〉を撃破した。〈ヴォルケンクラッツァー〉はもともと日本の抗テュランヌス組織・“真紅の夜明け”の最終決戦兵器として開発されていた巨大戦艦だった。
この艦の最大の特長は重力波動砲と呼ばれる超破壊兵器を装備したところだ。
《遺跡》から発見されたオーバーテクノロジーで作られた相転移機関の膨大な出力を利用した兵器で、機関から得られる潤沢なエネルギーを重力波に変換、収束して放つ事ができた。
主砲以外に副砲は単装とはいえ45口径80センチという巨大な砲を搭載し、その他にレーザー兵装やVLSなどを満載した戦艦として完成するはずだった。
それが一人の提督の裏切りとともに敵の手に渡り、設計者でもある四輔と戦う事になった。
影護四輔は艦長だけではなく造船官としても有能で、“真紅の夜明け”が開発していた超兵器・スティルス戦艦〈マレ・ブラッタ〉や〈ヴォルケンクラッツァー〉は彼が基礎設計をしたのだ。
自分が設計した艦と戦う、彼にとっては苦笑いではすまない事だったろう。全身全霊を込めて設計した艦が自分に砲を向けるのだ、言わば我が子と戦うのに等しい。
その原因を作った裏切者、ジョナサン・ハーバート・クルーガーは四輔の才覚を妬んだゆえの暴挙だった。敵が四輔を殺せないなら自分の手で。目的の最大の障害になるだろう彼を葬り去り、この世界を我が物にという結論に達したようだ。
そして自分の所属する組織“星条旗”を裏切り、視察に見せかけて半完成状態だった〈ヴォルケンクラッツァー〉を“真紅の夜明け”から強奪。“真紅の夜明け”をはじめとするレジスタンス連合に追い込まれ崩壊しかけていたテュランヌスを〈ヴォルケンクラッツァー〉の力で捻じ伏せ自らが敵の指導者となった。
クルーガーは四輔が自分の部下として働いていた頃から何度も無謀な作戦を押し付け殺そうとした。だが影護四輔は持ち前の前向きさと造艦技術、組織髄一と呼ばれる戦略・戦術眼でその目論見を打ち破り生還、クルーガーの狙いはことごとく失敗した。
その当時、桜樹明人は世話になった知人を助ける為、テュランヌスに反抗し敵に追われる事になった。成り行き上ではあったが“真紅の夜明け”へ身を投じる事となったのだ。本部で適正試験を受け米支援艦隊に配置された明人は実力を発揮、戦果をあげ軽巡洋艦を任されるまでになった。そのうち敵からも“レジスタンスの切れ者”と呼ばれる四輔の噂を聞く。
その彼を自分の地位とプライドの為に害しようとするクルーガーのやり口に反発、さらに四輔と共に戦うべく軽巡洋艦4隻を率いて彼がやってくるだろうバンクーバーの戦場に飛び込んだ。だがテュランヌスの強力な戦艦戦隊に補足され僚艦は撃沈、明人の艦も大破し敵戦艦の主砲を向けられ数秒後には沈むという状態になった。そこへ四輔の艦〈近江〉が突入してきて敵艦を一撃で轟沈させ間一髪で助けられた。その時以来、桜樹明人は彼の僚艦として常に最前線で戦ってきた。
四輔は激戦を潜り抜け次々と階級を上げ、ついにはクルーガーと並ぶ提督になった。
2人の仲が決定的になったのはクルーガーが提唱する「超兵器計画」で彼と意見が真っ二つに分かれた時だろう。その計画の大本となる超兵器は大戦が始まる4年前に国連の調査隊が北極にほど近い場所で発見した《遺跡》と呼ばれるオーパーツとその周囲を守っていた防衛機構から得られたオーバーテクノロジーの集大成と言える。
この《遺跡》から得られた知識と技術は国連に参加している国に公平に供与された。得られた技術はさまざまな分野で利用、《遺跡》自体から発見された未知のナノマシンを元に開発された汎用ナノマシンや人間のクローンを含む生体分子工学が確立。医療も格段の進歩を遂げ外傷程度なら全治数ヶ月はかかったものが数週間で治るまでになった。最終的に世界各国は《遺跡》の技術を用いて月面都市を造り月への移民まで成し遂げている。
その技術の大本たる《遺跡》を独占した軍事国家“テュランヌス”が世界を支配する為に超兵器を創り出し巻き起こしたのが今次の大戦というのが大まかな概要だった。
超兵器の搭載する特殊な兵器はその性格上、量産には向かず試作艦といった意味合いが強く、一艦で多数の敵と戦い撃破するという無茶なコンセプトで作られている。そのため予算を度外視して建造されおり、量産するにはコストパフォーマンスが悪すぎるのだ。いかに強力な艦といえど数が揃わなければ戦力としては成り立たないのは当然だった。もっとも通常艦とは技術力が隔絶しているため、一艦で十数隻を相手取るという事も可能だったが。
その超兵器を量産し敵国を徹底的に破壊、勝利を勝ち取るというのがクルーガーの主張だった。この計画をもって最終的には世界を支配し自分が王として君臨するという目論見を持っていたようだ。
だが“真紅の夜明け”の代表として参加していた影護四輔はこの世界を超兵器という惨禍から守る為、逆に超兵器の破棄という方針を打ち出した。
「このまま超兵器の開発競争となれば、行き過ぎた技術がいずれ人類を滅ぼしてしまう。
そして過ぎたる技術は独占を招き、容易に人を狂わせ、更なる戦禍を呼び込むだろう!」
四輔はそう主張し“真紅の夜明け”も人類がこれ以上の疲弊をする事を恐れた。なによりクルーガーの計画を実行した場合、自分の国を取り戻し、守る為に立ち上がったレジスタンスが、敵の代わりに自分たちが世界を支配しているという笑えない未来になる事をもっとも恐れたのだ。
議論は“星条旗”の重鎮でもあったクルーガーの立場もあり一旦は保留された。
だが戦況がレジスタンス連合の方に傾き超兵器の必要性も薄れた事により四輔の主張が選ばれた。その主張を取り入れた結果として“真紅の夜明け”が建造する最後の超兵器〈ヴォルケンクラッツァー〉をもって開発が終了するはずだった・・・。
超兵器の根絶、
それが超兵器大戦の英雄・影護四輔の遺志なのに愚かな人間はまた同じ事を繰り返そうとしていた。テュランヌスから受けた戦火の傷跡が修復され、国家間のやり取りが進むに従い新たな超兵器が設計・建造された。開発規模が小さくなったとはいえ、それは影護四輔がいた“真紅の夜明け”と日本でも変わらなかった。
桜樹明人は影護四輔の遺志を継ぎ強硬に反対したが、正論ゆえに“真紅の夜明け”上層部に疎まれ戦功がありながらも大佐のまま留めおかれた。唯一支援してくれた“真紅の夜明け”の初代リーダー・桜樹周作とその家族も“真紅の夜明け”を追われ行方が分からなくなっていた。
連合海軍物語
外伝3「マシンチャイルド」
最終決戦を終えニブルヘイムから帰還したナギさんの目からは生きる意志が消えていた。
その変化に驚いた俺は〈近江〉副長に頼み最終決戦の結末を聞きだした。
激しい戦闘により砲撃力を喪失した〈ヴォルケンクラッツァー〉に四輔は降伏を呼びかけたそうだ。
10分後、【受諾する】という返事がクルーガーから返ってきたが、その返答を見た〈近江〉の幕僚たちは眉をひそめた。
〈ヴォルケンクラッツァー〉が降伏文書調印の場所として指定されてきたからだ。さらにこの指定が拒否された場合、乗組員を脱出させないまま〈近江〉に特攻する旨まで書かれていた。実にクルーガーらしいやり口で、四輔に対する露骨なまでの嫌がらせと罠の存在を感じさせるものだ。
四輔が受諾の旨を通信士に告げるがクルーガーが四輔に対し執念・・・いや悪意ともいうべき物をもって害しようとする事が分かっている幕僚たちは必死に止めた。その事は四輔自身も知っていたが〈ヴォルケンクラッツァー〉に乗り込んでいる兵たちを無為に死なせたくはなかった。すでに戦闘は終わり結果は出ているのだ。
「罠という可能性は高いのは分かっている。だけどあの艦にはクルーガー以外の乗組員も乗っているんだ。甘いと言われるかもしれないが俺はこれ以上、人が死ぬのを見たくないんだ。それに裏切り者とはいえクルーガーも元“星条旗”の提督。最後には話し合えば分かると信じているよ」
幕僚たちにそう説明し、最後に心配そうに四輔を見るナギさんに微笑みながら言ったそうだ。
「心配するなって、必ず帰って来るから。そうしたら・・・ずっと一緒にいよう」
今まで曖昧にしていたナギさんに対する四輔のプロポーズ。
突然の言葉にナギさんは真っ赤になり、艦橋につめていた皆に祝福された。すでに四輔とナギさんの仲は知られていたが皆の前で明確に態度で示したのは初めてだった。照れくさそうに優しく彼女の頭を撫でた後、四輔は自分の夢だった平和のために危険な敵艦に乗りこんでいった。
そして・・・予想通り罠だったそうだ。
クルーガーが四輔の甘さを徹底的に利用し、自分の命をもチップにした策で確実に殺そうと考えていた。四輔が〈ヴォルケンクラッツァー〉に乗りこみ形だけの会談を行っている最中に大破した自艦を自爆させた。
残骸となった重力波ブレードの真下から真っ白な光が満ち溢れ、轟音と共に各部から爆炎が吹き上がり、〈近江〉の砲撃で叩き潰された巨大な80センチ副砲が吹き飛び、誘爆を起こした火薬庫は連鎖爆発を起こしつつ艦内を蹂躙していった。巨大な艦体はいたるところで分断されキノコ雲を残し北極海に沈んだ。あまりの爆発の激しさに〈近江〉の一部が破壊されたといえば爆発の激しさが分かろうというものだった。
影護四輔は自分の願いを見届ける事なく、〈ヴォルケンクラッツァー〉の大爆発に巻き込まれクルーガーや1500名の乗組員と共に行方不明になった。その彼のパートナーでもあり四輔の願いを一番見たかっただろうナギさん。
盛大なキノコ雲を残して〈ヴォルケンクラッツァー〉が沈んだ海を見て諦め、帰還しようとした幕僚たちを説得した。
「アノ人は必ず帰ってきてくれるって・・・約束したんだからっ!」
そういってその戦場に留まる事を主張したそうだ。幕僚たちも四輔の事を本当に尊敬していたから承諾したという。
だが半日たち1日たっても彼は戻ってこない。
それも当然かもしれない、四輔の戦っていた地は“ニブルヘイム”という《遺跡》が発見された北極に近い海域。仮に爆発から逃れられても冷たい海水で凍死するのだから生存は絶望視された。
艦の燃料や食料も帰還する分しかなくなりついに諦める時がきた。
それ以来ナギさんは部屋に籠もりきりになってしまった。彼女は泣き続けそれに引きずられるように身体も衰弱。それも当然かもしれない、彼女にしてみればあのまま戦闘が終わっていればようやく得られた四輔とずっと一緒に居るという幸せ。それをクルーガーが無理やり奪いどん底に突き落としたのだ。
クルーガーが生きていればその報いをくれてやろうと思っていたがあの大爆発に巻き込まれた人間は四輔やクルーガーを始め誰一人として生きて帰れなかった。
俺と〈近江〉副長はナギさんの容態を見てこのままでは危ないと思い、戻ってきた彼女を輸送機で日本に移送し無理矢理入院させた。四輔とナギさんの友人という事で俺もその付き添いとして輸送機で運ばれ転院したのだった。
─ 西暦2115年3月3日 日本横須賀 明人 ─
白い清潔なベッドに横たわる彼女。
もともと肉付きの良い方ではなかったが衰弱の為、ますます体が痩せ頬がこけてしまっている。
「ねえ、明人君」
彼女はぼんやり窓の外を見ながら俺に話しかける。
外は3月、桜の蕾も膨らむ季節となっていた。今年は暖冬で幾つかの気の早い植物たちは新芽をほころばせ、若々しい緑を見せ初めていた。世界大戦も終わりようやく訪れた平和に植物たちも反応しているかのようだ。だがこの病室にはその緑の活力も意味のないものだった。
自分の怪我も治りいつものように見舞いに来ていた俺は椅子に腰掛け、お見舞い品のリンゴを剥こうと手を伸ばしつつ彼女の問を聞いてみた。
「なんですか?」
「あの人が帰ってこないのって・・・アタシに飽きちゃったからかナァ。ほら、アタシ美人じゃないし、胸もちっちゃいし」
「冗談でもそんな事言うと・・・本気で怒りますよ?」
ナギさんも四輔が帰ってこない理由を知っているのに、未だにその事が自分で納得できていないのだろう、戻ってこない理由を自分に求め貶めるような事を言う。
俺はその事を知っているだけにリンゴを剥きながら顔をしかめ苦言を言うしかなかった。
「・・・ゴメン、分かっているん・・・だ」
ぽたぽたと小さな音がする。
俺はその音が聞こえない振りをしてリンゴを剥いた。
静かな病室に俺のリンゴを剥くしゃりしゃりという音が彼女の小さな泣き声を掻き消すように響いていた。
かつての俺は戦災により生死を彷徨うほどの傷を負い、その怪我のせいで記憶を失った。その俺を助け癒そうと必死になってくれた女性がいた。
大怪我を負い記憶を失い、自分の事なのに何一つ思い出せなかった俺は途方に暮れ自棄になりかけていた。その俺を必死に看病し苛立ちをなだめて生きる気力を与えてくれた女性。
今も俺の記憶は曖昧なままだったがこの女性のおかげで俺はこの世界に存在している。
四輔やナギさんと並ぶくらい自分の恩人と言える女性。
今、行方不明になっている桜樹紗々羅とその父、“真紅の夜明け”初代リーダーだった周作おじさんの一家。結局、俺は紗々羅ちゃんとその家族に迷惑をかけただけで何も返してあげる事ができなかった。
紗々羅ちゃんが俺にしてくれたように俺もナギさんの力になってあげたい。
だが・・・彼女の心は四輔にしか向いていない。
俺がそう思っていても彼女は困惑し、今の時点ではますます負担をかけてしまうだろう。
だから今は精一杯明るい声で励ます事しかできない。
「大丈夫、きっと帰ってきます。帰ってきたらお仕置きですよ」
「・・・ウン、そうだね。お仕置きかァ・・・どんなのが良いと思う?」
「大嫌いなタマネギとらっきょうだけの料理ってどうです?」
俺は四輔の苦手な食材を思い出した。
何があっても絶対食べないと言い放った彼はナギさんにお仕置きをされていた。
そりゃ嫌いな食材が使われていたとはいえせっかく作ってくれた手料理に向けそんな台詞を言えばお仕置きをくらおうってものだ。
今となっては笑い話のような思い出だが思い返してみると意外と子供っぽいヤツだったのかもしれない。
「そうだね、きちんと食べられるようになるまで続けなきゃね」
「俺に任せてくださいよ、腕によりをかけて作りますから」
「じゃあ、その時はお願いね。デモ・・・美味しく作ってあげなきゃダメだよ? じゃないと益々食べなくなっちゃうから」
「ハイハイ、ごちそうさまです」
ナギさんの言葉に涙が溢れそうになった。
(四輔、お前は何やっているんだよ、ナギさんはこんなにお前を求めているんだぞ? 生きているなら早く帰ってこい)
俺は心の中で四輔に呼びかける。だがその願いが絶対にかなわない事を自分自身が知っていた。
その後、軍務の合間をみて出来る限り毎日見舞いに来た。
彼女はいつも窓の外を見ていた、車や人が病院に入ってくるのをずっと見ている。
今日のナギさんはいつもより少し明るい顔をしていた。最近は泣いている事が多かっただけに少しでも明るい表情にほっとする。
「明人君、忙しいのに迷惑かけちゃってゴメンね」
「何を言っているんですか、俺にとっても貴女は大事な人なんです」
「・・・ありがとう。アタシね、大学のラボに戻ろうと思うの」
「ラボですか?」
「ウン、今までずっと考えていたんだ、何か新しい目標を見つけようって。ようやくね、アタシのやれる目標が見つかったんだ」
その言葉に嬉しさがこみ上げてくる。結局、俺が考えるほど彼女は弱くなかったんだ、自分で考え自分の道を決めた。
「そうですか、良かったじゃないですか! じゃあ頑張って身体を治しましょうか」
窓の外を見ながら必死に四輔が死んだ事を自分に言い聞かせたのかもしれない。ようやく自分を納得させ現実に向き合う覚悟ができたんだと思う。俺は少しだけ安堵する、少しでも生きる目標を持ってくれればきっと彼女は立ち直れるはずだ。
「そうだネ、頑張るよ」
そう言ってナギさんはひっそりと笑った。昔のように太陽みたいな明るい笑い方はしない。
いつの間にか月光のようなひっそりとした笑い方になっていた。でも泣き続けるよりはよっぽど良い。
彼女は生きる目的ができたおかげか徐々にだが不安定だった体調が戻りはじめ、3ヶ月後には退院して四輔の艦に乗る前に通っていた大学のラボへ戻っていった。
─ 西暦2115年5月14日 横須賀 超兵器〈プロミネンス〉 ─
超兵器〈ナハト・シュトラール〉級2番艦〈プロミネンス〉、俺が艦長をしているこの艦は大艦巨砲を極める為に造られた。
ネームシップ〈ナハト・シュトラール〉は敵だった“テュランヌス”太平洋艦隊司令官ゴーダ・スペリオルの最後の旗艦だったがニューギニア沖で四輔との血戦で破れ司令官共々深海へ沈んでいった。
俺が任されているこの艦はその戦訓を踏まえて改造された二番艦だ。
この〈プロミネンス〉は最終決戦前の海戦に参加し、俺の駆る“異形の黒”と呼ばれる黒いスティルス戦艦〈マレ・ブラッタ〉、その2番艦〈サレナ〉と相打ちになり大破漂流していたところを拿捕され“真紅の夜明け”側の艦になった。俺の〈サレナ〉はこの時の損害で自沈処理され廃艦になってしまった。
俺が最終決戦に出れなくなったその原因の艦の艦長とは皮肉なものだった。
拿捕当時は単装1門とはいえ45口径100センチ砲を搭載し、60口径50.8センチ3連装主砲を5基15門、各種レーザー兵装、88ミリバルカン砲などを装備する、ある意味“真紅の夜明け”が保有していた〈ヴォルケンクラッツァー〉と同じ化物のような艦だった。
現在は四輔と俺に敗れた戦訓を生かし改装され、発射速度の速い50.8センチを3連装6基18門装備している。100センチ砲は発射速度が遅く使い物にならないので撤去しその後にカタパルト付の飛行甲板を設置された航空戦艦として再就役している。
さらにこの後、アスカインダストリーが建造したという〈マレ・ブラッタ〉級5番艦と同じ目的のため大改装が待っている。いや、大改装というよりはこの艦体を利用した別の存在になる予定になっていた。
この艦には異母姉妹の艦がいる、名前は〈グロース・シュトラール〉。〈グロース〉の方はレーザー兵装の実験艦だ。こちらは予備武装のミサイル発射機、魚雷防御用の機銃を除けば実弾兵装はなく、レーザーなどの光学兵器のみとなっている。
〈ナハト〉〈グロース〉共に超兵器の中でもさらに試作艦としての意味合いが強く、使い勝手はあまり良いとは言えない。〈ナハト〉はその弱点を衝かれ四輔に敗れたのだから。
おまけに大戦が終った現在では使い所がないという状態におかれていた、その有効活用の為に大改装を受ける事になったという訳だった。
─ 同日 〈プロミネンス〉航空機材格納庫 ─
「・・・分かりました。では12時に」
携帯電話を切るとちょうど通りかかった赤城耕三〈プロミネンス〉副長が声をかけてきた。
「お、艦長はデートですかな?」
「それだったら嬉しいんだがな。ナギさんからだよ」
「あ・・・失礼しました」
赤城副長は表情を改め慌てて頭を下げる。
「いいさ」
俺は気にしてない事を伝えるため笑って手をふる。
この赤城副長も超兵器大戦を生き延びたベテランで、大戦時は砲術長として旗艦〈近江〉の乗り組み員だったので四輔とナギさんの事は良く知っていた。
「でも・・・本当に影護司令は戦死されてしまったんでしょうか?」
赤城副長があの事に関して疑問を投げかけてきた。
未だに四輔の死を納得できない人間はかなりの数いる。特に彼の指揮下にあった“真紅の夜明け”艦隊に勤務していた人間がそうだった。それまでの激戦で何度も死地を彷徨いながら彼らは生き残ってきたのだ、そう簡単に死ぬ訳がないと思うのは不思議ではない。下手をすれば四輔は不死とすら思われているかもしれない。
「どうだろうな、俺やナギさんからすると生きていて欲しいんだが」
「私だってそうですよ、あの人の志や技術。本当に尊敬できる人です。もし生きておられるなら早く戻ってきて欲しいですよね」
赤城副長は俺やナギさんの気を使ってかそんな言葉をかけてくる。彼も四輔が帰ってこない、いや帰ってこれないのを理解している。
「ああ、まったく生きているならなにやってんだか。じゃあ、行ってくる」
「艦の事は任せてください。艦長は休日なんですからゆっくりしてきてくださいよ」
「ありがとう」
俺は軽く手を振り赤城副長と別れ航空機材格納庫を出る。
─ 同日夕刻 横須賀 レストラン・アンバー ─
俺はナギさんが入院していた時と同じように忙しい艦長職の合間を縫って時々彼女に連絡をとり健康状態や現況を聞いていた。
研究所にいる彼女の声は昔ほど明るくはなかったがそれでも確固たる意思の籠もった声で、最初の電話でこれなら大丈夫と安堵したものだった。
今日は1ヶ月ぶりにナギさんと逢う事になっており、お互いの思い出の中にあったこの海辺のレストランが選ばれた。
海を眺めながら食事の出来るのがウリのレストラン“アンバー”という店には俺自身思うところも多かった。
本店はハワイ・オアフ島にあり、この横須賀にあるのは2号店だ。当初は“真紅の夜明け”初代リーダー桜樹周作の個人店舗だった。テュランヌス軍の攻撃で焼失、再建されてからは“真紅の夜明け”の隠れ蓑として機能していたが現在はその役目も終わり普通のレストランとして経営されている。
このレストランは俺と四輔と彼女と3人で食事をした思い出の場所だ。
俺はテラスにある椅子に座り昔の事を思い出していた。
─ 西暦2113年8月14日夕刻 レストラン・アンバー テラス席 ─
海を眺めながら食事の出来るのがウリのレストラン“アンバー”。
夕方になり昼の蒸し暑さが和らぐこの時間は気持ちの良い潮風が吹き込み、一番混む時間だったが幸いもテラス席に空きがあり、俺たちは食事にありつけた。
この休暇が終われば俺たちは組織“真紅の夜明け”の代理として欧州へ行かなければならなかった。
そういった状況なのに目の前の二人は“たまねぎ”で争っており、俺は生温かい目でもめている友人たちを眺めているという状況だった。
ナギさんは四輔の嫌いな“たまねぎ”を何とか食べさせようとメニューを選んでいる。それを必死に四輔が阻止しようとしていた。四輔本人にしてみれば嫌いなものを食べないようにするため必死なんだろうが傍から見ていると非常に仲睦まじかった。
「相変わらず2人とも仲が良いな」
俺の言葉に言い争っていた四輔とナギさんはお互いに見合わせ顔を輝かせた。お互い俺の言葉の受け取った意味が違っていたようだが。
ナギさんは「仲が良い」という事を言われとても嬉しそうな顔をしている。四輔はナギさんの意識がメニューから逸れた事を喜び、このチャンスを有効に使い待ちくたびれていたウェイトレスにオーダーをしていた。
(失敗した、まずいタイミングで話をふってしまった、図らずも四輔の援護をしてしまったか)
俺はこっそりタマネギ抜きの注文をしている四輔を見て失敗を悟った。ナギさんのやっている事は四輔の為なのにそれを邪魔してしまったのだ。
ナギさんは注文を果たした四輔を見て器用に笑顔のままため息をついた。
「なんだ明人、羨ましいのか? だったらいい加減彼女を作れよ」
目的(ネギ抜きオーダー)を達した四輔がニコニコ顔で言う。
俺としてはいつ死ぬか分からないし、いまのところ特に彼女が欲しいという訳じゃなかった。彼らは一人者の俺を心配して女友達を紹介しようとしてくれたのだが断っていたという次第だった。
「ナニ? 明人クン、彼女が欲しいの? な〜んだ、それならナギお姉さんにお任せ!」
そう言って胸を叩くナギさん。
「お、お姉さんって・・・ナギさん、俺の方が年上なんスけど・・・」
「そんな細かい事はノープロブレム!! さ、明人クンどんな娘が好み?」
そういってマイペースな彼女は鞄の中から手帳を取り出し、挟んであった大学の集合写真と思しきものを抜き出した。
「美人ばっかりなんで驚かないでよ。あ、四輔さんは見ては駄目」
さっきのネギ抜きオーダーの報復かナギさんは写真を覗き込もうとしていた四輔に見えないように隠した。
「な、なんでだ!」
「それはね、ナイショ、です」
そう言って人差し指を口に当て四輔に笑いかける。なんだかんだ言っても四輔には甘いのだ。
「悪かった」
四輔は簡単にその笑顔に負け素直にナギさんに頭を下げた。英雄とか言われている四輔だったがすっかり尻にしかれている状態でとてもそういう偉そうな人間には見えない。
俺と四輔はテーブルに置かれた写真を覗きこむ。
確かにナギさんの言う通り写真の中にいる女性は美人ばかりだった。
「え〜っとね、左からワタシでしょ、それに春海ちゃんに瑠璃ちゃん、カグヤちゃんといのりちゃん、留学生のエルセさんに・・・」
ナギさんの言葉を聞きながら写真の中の女の子たちを見ていく。
あ、3番目の黒髪でショートカットにしたこの子、可愛いな。
俺の視線を追っていたナギさんはその子を見つけるとちょっと眉を顰める。
「う〜ん、明人クンって何気に目が高いんだネ。
瑠璃ちゃんは社長令嬢さんダヨ。残念ながら彼女は売約済み、2年先輩の双岳さんって人と付き合っているの。今年結婚する予定」
「はぁ、そうですか」
「明人、“異形の黒”が負けたようだな」
四輔がニヤニヤしていた。この恩知らずめ、偶然とはいえさっき助けたのを忘れたのか。
人格者のように思われている四輔だが意外に皮肉屋だったりする。
クソっ、やられっぱなしは俺の趣味じゃない。
「なに言っている、テュランヌス海軍も避けて通るどこぞの戦艦艦長は一人の女性に負けっぱなしじゃないか」
「べ、別に負けた訳じゃないぞ」
「ほう、お前の事を言った訳じゃなかったんだが・・・そうなのか?」
俺は仕返しとばかりにニヤニヤし四輔を見る。
しまったというような顔をして悔しそうな顔をする四輔。
「明人、お前性格が悪くなったな」
「おい、四輔。いい加減それを直せ。俺は、あ・・・」
「ほらほら、ご飯もきたんだから四輔さんも明人クンも喧嘩しない! じゃないとアタシがぜ〜んぶ食べちゃいます」
言い争う俺たちを苦笑気味に見ていたナギさんだったが注文した物が届いたのを見て制止に入った。
その台詞を聞いた俺たちは一言。
「「・・・太るぞ」」
ぽかっ!! ぽかっ!!
その言葉に俺と四輔の頬にナギさんの鋭い一撃が炸裂し、タイミングが良かったせいか俺たちは見事に椅子ごと後ろに倒れこんだ。
結局のところテュランヌス海軍が避けて通る戦艦艦長も“異形の黒”とやらも一人の女性には勝てないらしい。
それにしてもナギさん。
捻りの入った良いパンチだ、これなら世界を狙えるぞ、たぶん。
─ 西暦2115年5月14日 レストラン・アンバー テラス席 ─
あの頃は今よりずっと大変だったが楽しかった。四輔がいてその傍ではナギさんが何とかして食べさせようと苦戦している。俺が苦笑し、ウェイトレスの紗々羅ちゃん、マスターの周作おじさんが四輔が食べられるようなメニューを考えている。そんな風景が当たり前だった。
そんな事を思い出しているとナギさんがやってきた。
「明人クン、遅れちゃったネ、ゴメン。アレ? どうしたの、機嫌良さそうだケド」
きょとんとした表情は在りし日の彼女を思い出させた。
「いえ、なんでもありませんよ」
俺は立ち上がると彼女に笑いかけ椅子を引いてあげた。
久しぶりに見た彼女は若干痩せてしまったようだ。
研究で無理をしているんじゃないだろうか。
頼んだ料理にはしをつけ、いつもの彼女の状況と世間話をしているうちに気づいた。
そういえば彼女がラボでどんな研究をしているのか知らないな。
彼女に目的が出来たことばかりを喜んでいたので聞かなかったが結構間抜けなのか?
まあ彼女が構わないと思えば教えてくれるだろうし聞いて見るか。
「ところでラボの研究って何やっているんですか?」
「え? 聞きたいの?」
その言葉に彼女はナイフとフォークを止めて俺を見る。
「構わないんだったら」
「別に明人君に秘密にする事じゃないから。アタシの研究だけどね・・・四輔さんとのね、子供を作っているの」
彼女は周りの事もあるので声を潜めささやくように言う。
「は?」
その台詞に俺は唖然としてしまった。
行方不明になった人間と子供を作る? どういうことだ?
「ん、聞こえなかった? 子供ダヨ」
「え? 子供って・・・四輔が戻ってきたんですか!」
もしかして、あいつが、四輔が帰ってきたのか!
俺はその期待を込めて彼女に聞く。
だが、彼女は寂しそうに顔を横に振る。
「じゃあ一体どういう意味・・・」
「明人君も遺伝子バンクに登録しているでショ」
「ええ。そりゃ大戦後、義務化されましたから」
遺伝子登録は超兵器大戦中、戦禍により戸籍が消失するなどの被害を受けた為、現在生存している人間の情報を把握・管理する為だった。
戸籍登録・証明以外に分子生物学が発達しある程度の遺伝子さえ残しておけば、それを元に大体の怪我は治るからだ。もともと怪我が多い軍人やスポーツ選手などが主に登録していたのだがそういった医療分野の都合もあり、それまで自由登録だったのが義務化されたという訳だ。
「保存されていた四輔さんとアタシのを使ってクローンを作ろうと思っているの」
「そ、そんな事ができるんですか?」
「アタシの専攻はね、クローンとナノマシン、いわゆる分子生物学なの。そのナノマシンとクローン技術、足りない部分はハードとソフトウェアを組み合わせれば・・・可能なはず」
「本当にそんな事が」
ナギさんの話に絶句するしかなかった。
彼女は・・・ただのオペレータじゃなかったのか?
ナギさんがクローンやナノマシンの研究者だったとは想像もつかなかった。昔の明るいイメージはとても研究者に見えるような物ではなかったし。
彼女は自分の行っている研究を説明している。その目はとても真剣で、俺をからかっている風には見えない。
そして彼女からは今まで感じたことのない、あの明るいイメージとは正反対の暗い・・・べっとりとまとわりつくような執念というものが感じられた。
彼女は本当に・・・変わってしまったのか。
呆然とする俺を無視し話を進めていく。
「マシンチャイルド計画っていうんだ」
その言葉が俺の耳に響いた。
ナギさんのマシンチャイルド計画が俺の運命を大きく変える事になるとはこの時には思いもしなかった。
− あとがきという名の戯言 −
作者です、最後まで読んでいただきありがとうございます。
最近代理人さんの感想が“赤ペン先生”のように思えるのは自分の気のせいだろうかと考える今日この頃(笑)。ま〜内容も薄く文法もおかしいのでは突っ込みどころ満載だろうなと思うくらいならもっと精進しろや(涙)
はい、今回ですが明人の大戦中の思い出と遺伝子バンクの義務化を書き加えました。それと桜樹周作&紗々羅のその後
もちょろっとだけ書いてます。
ようやく影護四輔の公人としての顔じゃなく、明人の友人という顔で登場させました。あらすじだけ見ると凄い聖人のように見えるので、戦場に出ていない彼は皮肉屋でたまねぎとらっきょうが嫌い、好きな女には尻に敷かれてしまうというちょっと情けない普通の人です。
あ、思い出の中で瑠璃と双岳某とやらが婚約とありますが平行世界ゆえの選択肢の一つって事で。
遺伝子バンクについてはプリムローズにつながる布石なので書き足しましたがやっぱり書き込みが薄いかも。
次回ですが投稿してあった外伝3「プリムローズ」を加筆したものです。リースの名前の由来や明人の育児の話など、外伝の中で彼が一番幸せだった時期の話です。
代理人の感想
まー、どうしても気になる性分なんでそこらへんはご勘弁を(笑)
>ネームシップ〈ナハト・シュトラール〉は敵だった“テュランヌス”太平洋艦隊司令官ゴーダ・スペリオルの最後の旗艦だったがニューギニア沖で四輔との血戦で破れ司令官共々深海へ沈んでいった。
「ニューギニア沖で」「四輔との血戦で」とでーでー続くのが鬱陶しいです。
「ニューギニア沖における四輔との血戦で」などとするのがベター。
>影護四輔は自分の願いを見届ける事なく
ここ、微妙かなぁ。「夢」なら問題ないんですが、「願い」だと「願いが実現した光景」といったニュアンスは含まれないでしょうし。
>おまけに大戦が終った現在では使い所がないという状態におかれていた、その有効活用の為に大改装を受ける事になったという訳だった。
ここは「置かれており」でいいんじゃないかと。