─ 西暦2121年1月6日昼 アスカ本社地下射撃場 リース ─
一時は険悪になったカグヤとリースだったが、秘書である黒須に諭されたカグヤはリースと和解する。その時にリースはカグヤにアスカシークレットサービスの中で一番射撃が上手い人間を貸してくれるように要請、彼女はその願いを聞き届け一人の男をリースの元に派遣した。彼女はその男に連れられアスカ本社の地下深くにある射撃練習場にやってきていた。
連合海軍物語
外伝9「出撃準備」
─ 西暦2121年1月6日昼 アスカ本社地下射撃場 リース ─
ドン!ドン!ドン!
銃の射撃音が防音材を張り巡らされた射撃場に響き渡る。マズルフラッシュが瞬き、人型をしたターゲットの胸部に1つ2つ3つと穴が開いていった。
「・・・マジか?」
「ふう・・・なかなか集中力が必要なのですね」
イアープロテクタをした男が思わず呟いている。リースもプロテクタを外しながら銃を撃った感想を呟いていた。彼女が使っていたのは9ミリ弾を使用するグロック。プラスチックを多用したボディは軽量な上、故障率が低いので信頼度も高く手の小さな女性でも扱いやすいという名銃だ。
カグヤがリースの頼みに応えてつけた男、ASSに所属する後藤聖夜といった。髪を短く切った身長190センチを超える大男で、女性としては普通(162センチ)のリースと並ぶと大人と子供くらい差があった。おまけに黒いスーツを着ており堅気には全く見えないような雰囲気を持っている。その割に口調は軽い、この辺りは彼の性格なのかもしれないが。
後藤は会長直々に命令を受け、つい先ほどからリースに銃の扱い方と撃ち方をレクチャーし、初めて撃たせたのだ。同じようプロテクタを外しマジマジと彼女の顔を見た。
「あんた、本当に撃つのは初めてなのか?」
「ええ、今のが初めてなのですけど」
リースはにっこりと後藤に笑いかけた。
「はぁ〜、初心者のアンタがコレだけの精度の射撃ができるなら、俺は廃業だな」
後藤は頭をガシガシかいてターゲットを見る。
リースは銃を撃つのが初めてという事なので距離は10ヤード(約9m)で撃たせた結果、弾はターゲットの中心、3cm内に収まっていた。
「そうなのですか? あと数回撃てばもう少し真ん中に当たると思います」
「げ、マジ?」
「はい」
後藤の驚きぶりを見てリースはニコニコと笑っている。いかにプリムローズとはいえIFSを使わず自分の身体だけを使った射撃だった為、ワンホールショットとまではいかなかったようだ。それでもリースの結果は十分驚異的な腕だったが。
「次はこれですね」
リースが手にしたのは357マグナムだった。
「おい、本当にそれを撃つ気でいるのか?」
「ええ。明人さんもこれを使っていますから」
リースはそう言って油で磨かれ黒光りしている銃を見る。明人はカスタム化した物を使っているのでリースが持っている物そのままではなかったが明人はそこまで教えてなかった。
後藤は銃の威力を考慮して今度は20ヤード(約18m)と距離を離した。
リースは両手で構え慎重に狙いを定めていく。
ドン!
1発目は反動が受けきれなかったのかターゲットの真ん中より10センチ離れた上に着弾。
「なあやっぱり無理なんじゃないか?」
後藤はリースに合図してプロテクタを外させて意見を言う。1発目の射撃でリースの細腕が衝撃を緩和しきれていないように見えたのだ。
「大丈夫です、今ので衝撃の計算は終わりましたから」
「衝撃の計算ねえ、そんな簡単じゃないんだがなぁ。やれやれ、我侭なお姫さまだ」
後藤は溜息をついてプロテクタを再度した。リースもプロテクタをし集中していく。
ドン!ドン!ドン!
1発撃つたびに弾が中心に寄っていく。後藤はリースの腕を見ると先ほどとは違い、細腕とは思えない力で反動を押さえ込んでいた。その力に唖然としてリースの射撃を見ているしかなかった。
「ふう、さすが9ミリとは威力が違いますね。」
「当たり前だよ、コイツは女性が使う銃じゃないんだ」
「そうなんですか。確かに長時間使用するには難がありますね。連続して撃つと少し手が痺れます。では・・・最後の銃はコレを使用して良いですか?」
「あ、それは駄目だ!」
リースが棚の中から手にした銃は彼女の手と比較しても明らかに大きすぎた。その手の中の物を見て血相を変えた後藤が慌てて止める。リースが手にしたのは・・・44マグナム。
「アンタじゃ絶対に扱えないぜ。その代わり俺が撃って見せる。プロテクタをしてくれ」
「分かりました」
リースがプロテクタをつけたのを確認した後藤は44マグナムを慎重に構え、呼吸を整えるとトリガーを引いた!
ドォン!
後藤の鍛え上げた太い腕が撃った反動を無理やり押さえ込み重心を低くとっていた下半身が衝撃を地に逃がした。プロテクタをしてなければ耳を傷めそうな轟音と共にターゲットの真ん中が吹き飛んだ!
「うわ・・・凄まじい威力ですね。それに・・・さすがASS一番の腕ですか」
「世界には俺以上の腕をもったヤツはゴロゴロいるよ」
「そうなのですか。後藤様、1発だけ撃たせてもらって良いですか?」
「駄目だ、アンタには無理だって」
後藤は大きく頭を振りリースの言葉を却下した。大男の後藤ですら44マグナムは撃つのに結構な力を使う。その銃を彼より遥かに小柄なリースには無理だと思うのは当然の事だろう。
「経験を積んでおきたいのです。1回撃てば計算できますから」
「計算?」
後藤は訝しげにリースを見る。ちなみにリースがプリムローズだという事は伏せられ、彼女の目にはお馴染みの黒いコンタクトがはめらている。
「はい、発射時の衝撃や初速などです。知識としては入っているのですがやはり実際に経験してみないと。さすがに私では使いこなせないのは分かります。ですが・・・」
「わ〜かったよ、お姫様。しょうがない、炸薬を減らした物があるからそれで良いか? それでも45口径より反動があるんだ」
妥協をしなさそうな表情をしているリースを見てしぶしぶといった感じで後藤は妥協点を出した。
「そうですか・・・しょうがありませんね。後で減らした炸薬の量を教えてください。再計算しなおしますので」
リースは後藤から炸薬を減らした弾を1発だけ込めた44マグナムを受け取り慎重に構えた。腰を落とし反動に備えて腕に力を込めトリガーを引く。
マズルフラシュと共に轟音がしてターゲットのど真ん中が粉砕された。
「・・・おい」
後藤はその結果に呆れにも似たというか本気で呆れた呟きをもらした。
一方リースはというと、ナノマシンの稼動率を上げる事で腕力を強化し、激烈な反動を押さえ込んだ。それは足腰も同様で、折れそうな細い腰と長い足は見かけ以上に強靭な力を発揮して衝撃を地に逃がす。
だが女性というハンデ、ウェイトの軽さばかりは補えず撃った反動で床に跡を残してずるずると後ろに下がってしまう。そして彼女の身体は反動に耐えたが、履いていたショートブーツは耐えられなかった。踵がぽきりという音と共に折れてしまったのだ。
「っ !?」
さすがのリースも突然の出来事に身体のバランスを崩し後ろに倒れかかった。
後藤が慌ててリースを支えようとするがそれより早く黒い影がリースの後ろに回り込み支える。
「リース、無茶をするな」
「あ、明人さん!」
リースが驚いた声をあげた。本来いないはずの人間が自分を支えているのだ。
「ありがとうございます。でも・・・どうして明人さんがここに?」
リースは明人に内緒で射撃訓練をしていた。それを知らず明人は瓜畑と共に〈オセラリス〉のセッティングをしていたが、たまたま顔を合わせた黒須からリースが射撃訓練を行っていると聞いて慌ててここに来たのだった。
「たまたまだ。アンタもアンタだ、こんなバケモノ、女の子が撃てる訳ないだろう」
明人はじろりと後藤を見た。
「あ、明人さん。私が頼んだのです。後藤様を責めないでください」
「だが・・・」
リースが後藤を庇うのを見て不満そうな顔をする明人。
「おい、アレを見ろよ」
後藤は明人を見てターゲットに向けて顎をしゃくった。明人はど真ん中が撃ち抜かれたターゲットを見て唖然とする。
「これ、お前がやったのか?」
「はい、上手くいきました」
リースは嬉しそうに顔をほころばせ明人に報告する。小さな子供が親から言われたお手伝いをやって上手く出来た事を報告するような、とても純粋な表情だった。明人はその表情を見て苦言を言う事を止めた。溜息をつき額を押さえて軽く頭を振る。
「なあ、リース。援護は嬉しいんだが、使うのはグロックにしろ。あとで俺が教えてやる」
「本当ですか!」
明人の提案に飛び上がらんばかりに喜ぶリース、一方不満なのは後藤だった。会長直々の命令を勝手に取られては彼の沽券にも関わる。
「おい、ちょっと待て。その役目は俺が・・・」
血相を変えた後藤が明人に食ってかかる。明人は冷めた目で後藤を見ているだけだった。
「あの、後藤様も明人さんも喧嘩はやめてくださいね。でも・・・」
リースはしゃがみ込むと踵が折れてしまったショートブーツを脱ぎ片足ですっと立ち上がった。驚異的なバランス感覚を見て明人も後藤も目を見張った。
「壊れてしまいました。明人さん、どうしましょう」
リースは片手にブーツを持って泣きそうな顔でそれを見ている。悪戯をしてナギに叱られた時の表情だった。
「しかたない、また買ってや・・・」
明人がそういうのと同時に聞き覚えのある声が遮った。
「リースちゃん、そういう場合は俺に任せな」
「あ、瓜畑様」
その声にリースや明人、後藤が振り返った。白いつなぎを着て腰に各種ツールをぶら下げた瓜畑が立っていた。
「なんで主任がこんなところにいるんだ?」
明人が不思議そうに瓜畑を見る。
「おい、明人。お前がすっ飛んで行ったから追ってきたんだよ、〈オセラリス〉の調整が終わってねえだろが。リースちゃんが絡むとすぐこれだ」
「い、いや。別にリースは関係ないんだが・・・すまん」
明人は瓜畑の言葉を聞いてもまだシラを切ろうとしていた。リースが嬉しそうな顔をして明人を見ている。瓜畑と後藤は明人とリースの顔を見比べやっぱり兄馬鹿な男だという感想を持った。
「まあ良い。リースちゃん、ブーツは修理するのもなんだから俺に服一式をプレゼントさせてくれねえか? 戦闘にも使えるヤツがあるんだが」
「明人さん、どうしましょう?」
リースは明人に視線を向けて聞く。
「別に構わないんじゃないか。確かに今のリースの格好では戦闘は無理だしな。持っているものもほとんど私服で戦闘には不向きだ」
ちなみに現在のリースは黒い長袖Tシャツに黒いジーパンを履いた明人と合わせるように全体的に黒でまとめている。全体が黒い中でワンポイントとなっている白いレースチョーカー付きのシャーリングカットソーにシンプルな黒いロングスカートの裾には控え目に白いレースが施されている。
スカートと靴の間にある真っ白い足をわずかに見せる事でバランスのとれた太すぎず細すぎずという足首を強調するかような黒いショートブーツという格好だった。考えて見ればこういう格好で射撃訓練をしているというのも凄いかもしれない。
「リースちゃん用にカスタマイズしてあるんで普通の女では着れないサイズなんだ。じゃあ一緒に来てくれ、服を渡すから」
瓜畑に促されリースは取りあえず壊れたブーツを履くとその後についていく。その後に明人、後藤も続いていった。
─ 西暦2121年1月6日昼 アスカ機動兵器開発部応接間 リース ─
カチャリとドアが開きリースが入ってきた。
その姿を見て明人と後藤、瓜畑は仰天した。
「り、リース。お前、なんて格好を・・・」
明人の声が心持震えているのは気のせいではなかった。
リースの格好は白い肌にあわせるように紺のカラーのついた白い上着、胸元には真紅のスカーフ、短い紺色のプリーツスカートに白いハイソックスと茶色のシューズ。頭にはヘアバンドという格好。
そう、セーラー服だった。
「どうですか、明人さん。似合いますか?」
羽が生えたようにリースは身軽にくるりと回る、短いスカートが風をはらんでふわりと膨らんだ。見えそうで見えない微妙な長さに瓜畑と後藤から「おおおぅ!!」と呻き声が上がる。
「・・・確かに良く似合っている。それが戦闘用の服なのか?」
明人はさりげなくリースから視線を逸らしじろりと瓜畑を見た。
「ち、違う。俺が言っていたのはこれじゃない!」
明人の視線に慌てて瓜畑が頭を振った。
「あ、明人さん。瓜畑様のせいではありません。これ私、着て見たかったんです」
「てへ。」
そんな感じで照れくさそうにリースが笑う。
「では次のに着替えてきますね」
そういって部屋を出て行くリース。唖然とした表情で見送る男3人。
「「「しかし・・・」」」
3人は顔を見合わせ、出てきた台詞ははかったように同じだった。
「「「凄い似合っていたな」」」
それはそうだろう、リースの肉体年齢は18歳に設定されており、普通なら高校に通っている歳なのだ。肉体年齢的に現役バリバリなのだから似合ってなかったらまずいだろう。
またドアが開きリースが戻ってきた。今度は袖のない銀の縁取りがされたショート丈の青いチャイナドレスに踵がペッタンコの靴。長い銀髪を邪魔にならないように後ろでゆるくまとめてあった。短い丈から出ている長い真っ白な生足が眩しい。
ちなみに明人・後藤・瓜畑の顎はぱっかりと落ちていた。
「どうですか、明人さん」
「リース、それは駄目だ」
明人はリースと目を合わせないように逸らしぶっきらぼうに言った。
「そうですか、これ動きやすくて良いのですが」
そう言ってリースは大きく足を蹴りあげようとした。その様子を見た明人が慌てて止めた。
「こら! そういう格好で蹴りはいかん!」
「はい? そうですか・・・では着替えてきますね」
明人の慌てた言葉に蹴りを途中で止めたリースは残念そうに言うと部屋を出て行く。ちなみに明人以外の2人は彼女が蹴りをしようとした瞬間、誰かの当身を受け意識を失ったままだった。
─ 1時間経過 ─
この間に色々な格好でリースが出てきた。某ぴあキャ・・・なんとかというファミレスの制服、ナース、スチュワーデス、メイドなどなど、男が想像しそうな制服を一通り着て出てきたのだ。どれも似合い過ぎていて困ったというのは後藤氏の意見。
それにも不思議なのはリースのスリーサイズに合わせた制服群が揃えてあった事だろうか、侮りがたし瓜畑である。
「なあ、瓜畑主任。本当に戦闘用の服なんてあるのか?」
明人の殺気に満ちた表情と押し殺した口調、片手には愛用の357マグナム改。じりじりと距離をつめてくる明人に瓜畑は冷や汗をかきながら後ずさった。
「ある! 絶対あるから待っててくれ!! リースちゃん、一番右端の服だ」
「分かりました」
瓜畑の言葉を聞きうさぎの格好をしたリースが部屋を出て行った。
「まったく、何を考えているんだアンタは」
「ま、まあ良いじゃねえか、リースちゃんの新たな一面が見られたんだからよ」
「そういう問題じゃない!」
明人は瓜畑に向かってブツブツ言っている。
5分後、着替えたリースが戻ってきた。入ってきたリースの姿に3人はほうと感嘆の声を上げた。
リースが着ていたのは後ろの裾足が長く、袖の先には白い折り返しがある紅いジャケットだった。その上にはただでさえ細い腰をさらに細くするかのように黒い皮のコルセットがまかれていた。
インナーは薄手の白いタートルネックに首元には緑色のブローチ、スカートはやや短い黒いタイトスカートで彼女の腰のラインにぴったりしており、ジャケットの紅とコルセット&タイトスカートの黒の対比で大人の色香を醸し出していた。
タイトスカートから伸びたすらりとした長い足は濃い色のストッキングを履き、靴は踵の低いショートブーツ。ほっそりとした指を守る為なのか手には白い手袋がはめられていた
なぜか頭には先ほど着ていたメイドのプリムがのっている。その印象が強いせいかスーツ姿ではあったが見方によってはメイドのようにも見えた。こめかみの長い銀髪が邪魔にならないように円筒形の髪留めを使って根元でとめられ、さらに先端にも丸い髪留めで重しがされている。
「これが瓜畑謹製戦闘用スーツ! リースちゃん1号DXだ! もちろん自爆装・・・」
ガスっ!!
後藤の鉄拳が説明途中の瓜畑の頬を捉えた。
「女の子の服に自爆装置なんて取り付けてんじゃねえ! それに趣 味 悪いぞ、アンタ!!」
あまりのダサダサなネーミングに後藤は馬鹿にしたように瓜畑を見る。
「やかましい! 衣装一式を揃えるのに時間がかかってじっくり考える暇がなかったんだよ。それに自爆装置なんて付いている訳ねえだろが! ジョークだ、少しは頭を使え!」
瓜畑と後藤は睨みあっていたが、このままでは埒があかないと思ったのか瓜畑は急に態度を変えた。
「ま、美的センスのねえヤツは放っておくとしてだ」
「ちょっと待て! 美的センスがないってのはどういうこった!」
「あの〜」
「馬鹿の一つ覚えのような黒いスーツを着て何を言ってやがる」
「あの〜お二方」
「こいつはエージェントの伝統的な服装だ!」
「・・・うううっ、無視されていますね、私」
「アホか! そんなの着ていたら諜報員ですってのがバレバレじゃねえかよ!」
「・・・仕方ありません、明人さんに教わったアレ、試してみましょうか」
瓜畑と後藤の殴り合い一歩手前の激しい罵りあいにリースはおろおろとし、困ったような表情で言葉をもらした。
「あの〜瓜畑様と後藤様、喧嘩はやめてくださいね」
リースの言葉使いと微笑は柔らかかったが何気に漂う冷たい殺気を背中に感じ背筋を震わせた瓜畑と後藤は慌てて頭を下げた。
「「す、すいません!」」
その言葉に満足したのかリースの殺気は嘘のように消えうせ2人に向けにっこりと笑いかけると瓜畑に説明の続きを求めた。
「それでですがこの服はどういった機能があるのでしょうか?」
「おっと、すまねえ。その服なんだがな。耐刃、耐火、防弾仕様のジャケット、タイトスカートは伸縮自在の素材を使っているので動きが制限されず自由に動かせるのと同時に大人の雰囲気を醸しだすぜ。スカートもジャケットと同じように耐刃、耐火、防弾なのは言うまでもない。
コルセットは腹を護る為に対衝撃用の素材だ、隠しポケットもあるぞ。ブーツは蒸れないように通気性の良い素材を使っている。それにブーツの底と踵にはルナニウムを仕込んである、ちょっとやそっとじゃ壊れない上にいざという時は武器にもなるぜ。
髪留めは発信装置、ブローチは通信装置になっているんだ。後は個人用DFを装備すればこのスーツは完成なんだが・・・残念ながらDFが未完成だ」
瓜畑が鼻高々といった感じで説明したあとリースの頭の上を見た。
「だけどよ、プリムは・・・予想外だったな」
「あ、これですか? 可愛いのでつい。つけてみたのですが・・・駄目でしょうか?」
リースは頭の上に乗っている白いプリムを軽く引っ張った。
「いや、良いぜ。似合いすぎて困るな」
瓜畑は慌てて頭を振りグッジョブ!とばかりに親指を突き出した。内心では俺のリリーちゃんにも装備しなければと考えている。リースも瓜畑を真似て親指をぐっと突き出した。
「ですが・・・よく、このような服が準備してありましたね」
リースのもっともな問いに瓜畑はふっと笑うと得意の台詞で決めた。
「ま、こんなこともあろうかとってやつだ。どうだ明人、これなら文句はないだろう?」
「あ、ああ」
瓜畑に話を振られた明人だったがリースの格好に呆然としていた。その視線はリースにずっと向けられている。
「すっかり見とれちまっているな、コイツ」
「あ、ああ」
「まあ、兄馬鹿だからな、お兄様は」
「あ、ああ」
何を言っても「あ、ああ」としか返事をしない明人に瓜畑と後藤は呆れたように苦笑している。
「え、明人さん、見とれているんですか? 私・・・嬉しいです」
リースは紅く染った頬を隠すように手を当て恥ずかしそうに顔をふせた。
ちなみにリースの恥ずかしがりようを見て悔しがった瓜畑・後藤に明人がボコられたのは余談である。
─ 西暦2121年1月8日 アスカ造船工廠 ─
明人とリースはカグヤと黒須に連れられてアスカ造船工廠にやってきた。広大な敷地には幾つもの大小のドックがあり、さまざまな艦種が建造されている。
それらを横目で見ながら、4人は厳重に警備された第1地下ドックに辿りつく。このドックには明人とリースに渡される漆黒の戦艦〈エグザバイト〉が格納されていた。
幾つもの認証を終えた4人は広大なドックの中に入った。スポットライトに浮かび上がる漆黒の巨艦に明人とリースは感嘆の声を上げた。特に初めて巨大な戦艦を見るリースは目を丸くしている。
「ほう、間近で見るとやっぱりデカいな」
「す、凄く大きい艦ですね!」
黒須はそれらの声を聞きながら側舷にあるタラップを上り艦内に移動していく。その間にも〈エグザバイト〉について色々と説明し、明人たちの疑問に答えていく。
戦艦〈エグザバイト〉、全長328m、全幅50m、公試排水量78000トン、満載80000トンの巨体は新開発されたルナニウムをベースに、セラミック、均質圧延装甲他を使用した試作型の複合電磁装甲で艦体を覆っている。この試作装甲を使用する事で大幅に軽量化を図っており、通常装甲を使用した時以上の防御性能が与えられていた。
この試作品のウリである電磁装甲。簡単に言うと表面装甲を突破した弾体を大電力を用いて発生させたジュール熱で破壊し貫徹能力を減少させ、艦の内部にまで被害を及ぼさせないという方式だ。
これまではそれだけの規模を電力を発生させる機関がなく現実的ではないと言われており、突入してきた弾体を破壊するには非常に大きな電力が必要で、連続的な命中弾には電力の供給の問題で対応できないとされていた。
それらの問題を解決する為に通常はメインで使われる核融合エンジンを補助とし、メイン動力には相転移機関を搭載、併用する事で電力不足を解決。かの機関から得られた潤沢な電力を使用する事で実現が可能になった。さらにディストーションフィールドも搭載しており防御力だけなら世界最高峰とも言える重防御艦として完成した。
〈エグザバイト〉の過大とも言える防御性能と装甲は今後開発される新艦種、“宇宙戦艦”の為のものだった。宇宙戦艦は内部に被害を受けた場合、宇宙空間という過酷な環境上、艦はおろか内部の人間にとっては致命的な被害になる。その点、重力下なら内部に被害が及んでも宇宙のように即、致命的な人的被害を受けない。まずは大気圏内で実験的に使用、実績を取った上で採用しようという意図があった。また低い攻撃力を補う為に施されたものでもある。
こういった事情もあり相転移機関を用いて使用可能な主砲、重力波動砲は電力不足で使えず、現時点での搭載は見送られている。一方、攻撃力だが先に述べた重防御は攻撃力とサバイビリティを維持する為に不可欠な物だった。
主兵装は60口径56センチ滑腔砲3連装3基9門を装備している。ミサイル砲弾は1式通常弾、3式徹甲弾、5式対空弾が用意されている。さらに計画として戦術核を搭載した0式弾というものがあったが流石に計画だけに終わっており積んでいなかった。
副砲は弾数が少ないものの、20センチ連装レールガンで上部構造物の前後に2基搭載。対空・小型艦艇用にパルスレーザー、同じく航空機・小型艦艇・魚雷迎撃用に40ミリCIWS。対空・地・艦・潜攻撃用に新規で設計された次発装填機能つき新型VLSを120セル。その中には対空ミサイル・スタンダードSM−2ER、対地攻撃も可能とした対艦ミサイル・ハープーン2を改良した4式多目的ミサイル、対潜ロケット弾アスロックが詰め込まれている。
主兵装の56センチ三連装三基9門という数は超兵器として見ればかなり門数が少なく、それに伴って門数あたりの攻撃力は低い。現在の超兵器は51センチ以上、数は15門前後を搭載する事が主流になっている。門数が少ない不利を補うために揚弾能力の高速化や56センチという大口径、終速の落ちない(距離による威力の減衰がおきない)滑腔砲とロケット砲弾を使用する事でフォローしている。
その少ない門数をスーパーAI【タケミカヅチ】が砲術情報を迅速に処理し、データを受け取ったプリムローズが優先順位を決め、効率的に割り振る事で高い攻撃力を作り出し維持している。だが被弾した場合、搭載門数が他の超兵器と比べて少ないこの艦は攻撃力が落ちやすい。結局、数は力という不文律は戦艦の門数でも生きている。
またワンマンオペレート艦という特性上、攻撃が内部にまで及び人員に被害が出た場合、たった一撃でも半身不随になりかねない。乗組員の数が通常数がいれば戦闘が続行できる被害でも、この艦種には致命的な被害になる。もともと艦隊中枢艦として周囲を無人艦が護衛につく事でなるべく直接戦闘を避けるように計画されていた。
与えられた重防御は艦隊中枢艦としてのサバイビリティを目的に施されてはいるが、中枢であるこの艦が直接戦闘を行う状況になった場合、艦隊戦は負けている可能性が高い。中枢艦はどのような状況下からでも独力で帰還する必要があり、いかなる物をも排除するだけの瞬間的な攻撃力の高さが求められた。
年々巨大化していく超兵器だったがアスカでは運用上、現実的な艦のサイズは300m前後という数値を出しており、その他の要因を考慮した結果、このサイズの艦に載せられるだけの武器を最大限詰め込み得た攻撃力が〈エグサバイト〉の武装だった。
“1艦で多数の敵を撃沈破する”というコンセプトで建造されるのが超兵器なら〈エグザバイト〉は“超兵器”と言えかったがもう一つの能力がこの艦を“超兵器”たらしめている。だがこの能力についてはまだ語る時期ではないので割愛する。
〈エグザバイト〉は高い攻撃力と防御力を持つ艦ではあるが、門数の少なさやワンマンオペレート艦という特殊性から多数の艦との長時間の艦隊戦闘に向いていない。行うとしても攻撃力を集中した短時間戦闘やスティルス艦という特性を活かした奇襲、一撃離脱がこの艦の本領とも言える。もちろん被害を受けないという前提であれば十分、長時間の艦隊戦闘が行えるがそんな不確定なものに頼るようではこの艦の寿命も長くはないだろう。
アスカが〈エグザバイト〉を〈マレ・ブラッタ〉の姉妹艦とした理由は、この艦が似たような武装を持ち、スティルスを使用した一撃離脱を行うことから擬装の為に最適と判断されたという。
先に述べたように〈エグザバイト〉はワンマンフリートの基幹でもあるので全ての艦船及び航空機・軍事衛星から得られる情報を各艦が共有出来る共同交戦能力(CEC:Cooperative
Engagemeent
Capability)が導入されている。衛星や各艦、航空機などから得られた情報は【タケミカヅチ】が一手に受け取り迅速に情報処理し、プリムローズが各艦に割り当てる役割を果たす事で負荷を分散させている。
センサー・レーダー類は弾片被害を極限するため全て平面型として内部に納められていたが唯一の例外、光学観測用の15m測距儀が艦橋頭頂部から突き出ている。レーダーはSPY-1B(D)をメインにしたイージスシステムを搭載しており、誘導を行うイルミネーターは8つ、同時に32の目標を迎撃できる。
さすがに主砲・副砲は無理だがそれ以外の武装は全て内部格納型になった。余分な突起物を除いた艦体は漆黒の抗レーダー塗料と合わせて既存艦よりスティルス性が向上している。
艦載機は〈オセラリス〉型人型機動兵器を4機搭載でき、他に対潜ヘリコプター1機や無人偵察機2機持っている。
普通の戦艦と比べると豪華な艦載機群だが、〈エグザバイト〉はワンマンオペレート艦として完成した恩恵で、多数の人間が必要とするスペースが不要となり、その空いたスペースを攻撃・防御・格納に割り振っている。
少人数の乗組員しかいないため、艦載機のメンテナンスは《遺跡》の守護者から得られた虫型と呼ばれる小型ロボットが整備し最終チェックだけは人間が行うようになっていた。
その分、少数の乗組員のメンタルサポートには気を使い逼塞感を少なくする為に戦艦とは思えない広々とした明るい内装や精神安定の為にいたる所に置かれた観葉植物などさまざまな工夫が凝らされている。
さらにバーチャルマシンによる娯楽や、万が一の時の医療設備機器の充実など武装を取り外せば豪華な客船と言えるだけの設備だった。
「・・・豪華すぎないか?」
明人は黒須に向けて声をかけた。戦艦とは思えない豪華な内装に呆れたように辺りを見回す。彼が乗ってきた〈サレナ〉や〈プロミネンス〉も居住性を考慮していたがここまで徹底していなかった。
「まあ試作艦ですのでかなり充実しているのは確かですね。この艦のデータを元に量産型の居住性のレベルを決めるつもりなんですよ」
黒須は小脇に抱えたボードをチェックしながら明人の質問に答えた。彼の足取りは軽く、CICに向かっている。
さまざまな場所を案内された明人は艦の最奥部にある分厚い扉を抜けCICに辿りついた。ようやく軍艦らしい雰囲気と機器に囲まれ少しだけ安堵する。
リースはCICに入るとオペレータ席に座り嬉しそうに専用コンソールを見ている。リースが振り向き明人の傍にいた黒須に言葉をかけた。
「黒須様、少し触ってもよろしいですか?」
「あ、認証していないといじれません、少し待ってください。ついでですから桜樹大佐とリースさんを登録してしまいましょう。【タケミカヅチ】認証を」
【了解、認証コードをどうぞ】
そのエアウィンドウが表示されるとカグヤは艦長席に近づき、起動キーを差し込むため赤いボタンを押す。透明なカバーがスライドし、起動キーの土台がせり上がってきた。首から下げていたキーを差し込み登録の部分まで捻る。さらに隣にあるセンサーに手の平を当てた。ピッという音と共にエアウィンドウが表示された。
【遺伝子チェックOK。アスカインダストリー会長、カグヤ・オニキリマルと確認】
「アスカ会長権限で桜樹明人を艦長に、リース・プセウドナルシスをオペレータとして任命します」
カグヤが【タケミカヅチ】に向かって宣言する。
【了解・・・両人は各席にあるセンサーに手の平を乗せてください】
そうウィンドウが出たので明人とリースはそれぞれセンサー部分に手の平を乗せた。
【遺伝子採集します】
【マスター及びオペレータ登録完了】
【ようこそマスター、桜樹明人様。オペレーター、リース・プセウドナルシス様】
次々と浮びあがるエアウィンドウ。
「【タケミカヅチ】。俺たちに様は付けなくて良いぞ」
明人は先日のリースを思い出したのか苦笑しつつ【タケミカヅチ】に頼んだ。
【了解、マスター】
「意外に賢いんだな」
「何を言っているんです、【タケミカヅチ】はプリムローズの自立システムを拡大発展させ高速化して使っています。普通の人間と同じようなやりとりも可能なんですよ。そうですね・・・【タケミカヅチ】はヒトの形を捨てたプリムローズとも言えるでしょうね」
黒須が自慢のちょびヒゲをしごきながら明人に言った。
「へえ、プリムローズを元にしているのか」
黒須の言葉に明人はナギや渡良瀬教授の成し遂げた研究成果の凄さを知った。
(だからアスカはナギさんたちのプリムローズ開発に莫大な予算を投資したのか)
一方リースは起動したオペレータ画面からメンテナンスモードに入り鮮やかな手つきでキーを操作しメインシステムをチェックしていく。その様子を見ながらカグヤはリースに声をかけた。
「この巨艦をリースがたった一人で操艦するのよ」
「そうなんですよね、上手く出来るか少し心配です」
リースはほんの少し不安げな表情をカグヤに向けると再びモニタに目を落とし、チェックを進めていく。そのうちリースは「あっ」という声をあげた。
「どうした?」
リースの声に慌てて飛んできた明人が声をかけた。
「このプログラムの組み方、何となくですがプリムローズの癖が出てます」
「あ、そうか。リースは知らなかったんだな、〈エグザバイト〉のテスト航海はベータとガンマが行ったんだ。だからじゃないか」
明人はあの時の実験を思い出す。薄く蒼みがった銀髪をショートカットにしたベータ、薄く赤味(ピンクに見える)がかった長い銀髪をポニーテールにしたガンマ。リースと同じように白すぎる肌に整った顔立ちと真紅の瞳。
どちらも非凡な外見をした2人の少女によってこの黒い戦艦は凄まじい戦闘能力を披露したのだ。
「え? 妹たちが」
リースの言葉にカグヤが答える。
「そうよ。貴女の妹たちは苦も無く扱っていたからリースも大丈夫だと思うけど」
「そう、なんですか」
リースはベータとガンマという名前を聞いて酷く懐かしそうな表情を浮べ妹たちが使ったというコンソールを優しく撫でている。
「どうしたんだ?」
リースの様子に明人が尋ねる。
「今頃どうしているかと。妹たち、無事だと良いんですが」
「ああ、きっと無事だ。必ず俺たちがベータとガンマを救い出す」
「はい! じゃあ私はこの子の使い方を完璧に覚えないと」
【リース、頑張って】
エアウィンドウが開き【タケミカヅチ】からも声援がきた。どうやらリースは【タケミカヅチ】に気に入られたようだ。そのウィンドウを見てリースは様々な機器に埋め尽くされた天井を見上げた。
「ありがとう、【タケミカヅチ】。これからよろしくお願いしますね」
リースは見えない彼女?に向かって微笑んだ。
− あとがきという名の戯言 −
ども、作者っす。最後まで読んでいただきありがとうございます。
ようやく外伝第一部もあと2話(10話、エピローグ)で完結する事になりました。9、10話は連合本編で出てきた明人やリース、〈エグザバイト〉の疑問点を解決する為に書いてます。艦長なのに諜報戦やっているという点やリースが明人と同じ古流を使え隼人や彩より強い理由、〈エグザバイト〉の戦い方とかです。おまけでリースの着ているコスチュームを誰が作ったのかとか(笑)。
今回は明人とリース、二人のマイホーム(笑)である〈エグザバイト〉の性能についてウダウダと書いてあります。
いつも感想を頂いているノバさんに〈プロト-オセラリス〉の時のように長いという突っ込みを受けそうですが(苦笑)、本編中ではほぼ無敵艦と化している戦艦にも弱点があるという事を書いておきたかったので。
それと電磁装甲については大砲と装甲の研究というHP(ttp://sus3041.web.infoseek.co.jp/index.html)を参考にさせていただきました。この場を借りてこのHPの管理者さまにお礼を申し上げます。
■代理人さま
>外伝世界と本編って違う世界の話だったのかっ!?(爆死)
>気づかなかったと言うか、どこかにそんな描写ありましたっけ?
へっへっへ、もちろん書いてありますぜ、旦那(笑)。
本編21話の冒頭ですが、
>建造したのはアスカインダストリーと呼ばれる会社だが、隼人たちの住むこの世界にあるアスカが作った訳ではない。
>超兵器たちの生まれ故郷とも言える平行世界に存在する軍需企業アスカインダストリーが超兵器・スティルス戦艦〈マレ・ブラッタ〉を参考に作り上げた試作型ワンマンオペレーション艦。
という説明があるんですね、これが。
さらに言えば本編世界の軍備のキーであるナーウィシアが全く出てこない点(0話)や航空主兵世界だからこそ完成したイージスやイージス艦が戦艦が恐竜的に進化した(4話:ナーウィシア建国の話中で説明)本編世界中で超兵器扱いになっているという点が別世界を示唆しています。
代理人さんの勘違い? は作者が当初狙っていた物なんですねえ、皮肉な事に。時間軸を曖昧にすることで本編の延長であると誤認させ別世界であるというのを隠すというプロットだったんです。時間軸をはっきりさせる事で最初から別世界というのを出したつもりでしたが・・・なかなか思った通りにはいかないようです(苦笑)。
代理人の感想
・・・・いやあのね、だからって「21話で示された世界と外伝の世界が同じである」事を示す描写がなければ意味がありませんが。百歩譲っても分かるようには書いてあるとは言えませんし、普通の人はそんな細かいところに注目したりはしないんじゃないかと。スペックなんて、特に興味のあるひとじゃなきゃ読み飛ばしますし(と言うか、真面目に読んでいられない)。
別に明示しない事自体は問題ないんですが、読者に気づいてもらおうと思っていたなら失敗といわざるを得ませんね。
つーか今回内容が薄いなぁ(爆)。