連合海軍物語
外伝10「出撃」
─ 西暦2121年1月15日 アスカ機動兵器開発部応接室 明人 ─
明人は自機となる〈オセラリス〉のカスタム調整に参加していた。何度も瓜畑に怒鳴られながら調整やメンテナンスを修得していく。瓜畑はアレな趣味の人間だが、人間何か取り柄があるようで整備やメカいじり、それに関連する発想に関してはさすが開発主任を任されるだけあり凄腕だった。
その合間にシミュレータによる〈エグザバイト〉〈オセラリス〉の繰艦・操縦訓練を行っている。
リースはというと〈エグザバイト〉に搭載されている【タケミカヅチ】や艦との調整、スキルプログラムのインストールを行っている。その時間以外はASSの後藤から射撃訓練を受けていた。空き時間が出来ると明人も参加しリースに教えていた。
渡良瀬教授は水上鏡を助手に量産型プリムローズを完成させるべくナギが構築したリースのメインシステムを解析している。さらに現状で、もっとも優先度が高い“護身術”を作る為、明人が使う古流のモーションデータを取り急ピッチで作成していた。他に必要となるだろうスキルもいろいろと考案しているようだった。
彼らの城となる〈エグザバイト〉も実戦に合わせた改装を行っており、格納されている地下第一ドックは慌しさと喧騒に満ちていた。
明人たちの出撃に向けてアスカは表面上は静かに内部では着々と準備が進められていた。
そんな時、明人は会長秘書である黒須に呼び出された。明人とリースは根城になっている機動兵器開発部の応接室にやってきた。
「桜樹大佐、忙しいのに申し訳ないですね」
「いえ、それは構いませんが一体?」
「ええとですね、万が一襲撃を受けた場合を考えてこの施設にいる間はASSをあなた方の護衛につけたいのですが」
アスカの意外な申し出に明人は不審気に黒須を見た。
「自分の身は自分で守れるので俺には不要です、ですがリースにはつけてやって欲しい」
「そうですか、ではリースさんにおつけしましょう。それとですね、ASSの長が貴方にお話しがあるそうですよ」
「ASSのトップが俺に?」
黒須の言葉を聞き訝しげな表情を浮かべる明人。ドアが開く音と共に背後から声をかけられた。
「久しぶりだな、明人君」
「え?」
聞き覚えのある声に明人は慌てて声のした方へ顔を向ける。そこには行方不明になっていた桜樹周作と娘の紗々羅が立っていた。
「周作おじさんがASSのトップなんですか!?」
「ええ、桜樹氏はかつて“深紅の夜明け”を作り上げ、運営されていた程の方ですから、アスカシークレットサービスのトップとして来ていただいたんですよ」
明人の言葉に黒須がニコニコ顔でヘッドハンティングをした事を説明する。
「それに・・・無事だったんですね!」
「おいおい、明人君。そう簡単に元日本陸軍習志野第一空挺団長は死なんよ」
周作は豪快に笑い明人の肩をバンバンと叩いた。紗々羅も懐かしそうに明人の顔を見るとにっこりと笑いかける。
「久しぶりね、明人君」
「紗々羅ちゃんも元気そうで良かった。おじさん“深紅の夜明け”を抜けてから行方不明になったと聞いて心配していたんですよ」
「そうか、それはすまなかった。まあ、色々事情はあるんだが、ごらんの通り私も紗々羅も、ここにはいないがルミナも元気だ。そちらがリースさんか」
周作は明人の側に寄り添っているリースを見る。
「はい、はじめまして。ですが桜樹って・・・」
「ああ、そうかリースには話してなかったか、俺の名字は周作おじさんから借りたんだ」
「借りた? どういう事でしょうか?」
明人の言葉にリースは形の良い眉をひそめ首をかしげた。
「実はな、俺、昔の記憶がないんだ」
「・・・はい?」
その言葉にリースはびっくりしたようで目を丸くして明人を見ている。明人は自分と桜樹親子との出会いや“深紅の夜明け”に参加した事情、四補やナギとの関係を説明していった。
明人はリースに超兵器大戦当時の事はほとんど話してなかった。可愛い妹に戦争とは言え昔の自分が人殺しを行っていたという事実など話たくもなかったし隠しておきたかったのかもしれない。
リースは初めて聞く明人の過去を興味深々といった感じで聞いている。明人が紗々羅を助けたくだりや自分の両親である四補やナギの出てくる話は特に真剣に聞いていた。彼女は明人の言葉にときどき相槌を打ち、繊細な声で話を促す。リースは聞き上手なのか明人の話は彼が教えようと思っていた以上に語られた。
「そう、だったんですか。では桜樹様は明人さんの命の恩人という事ですね」
「そんな堅苦しく考えなくても良いよ、リースさん。明人君はそれ以上に沢山働いてくれたんだ。あ、それと桜樹では混乱する、私は周作、娘は紗々羅って呼んでくれないか?」
周作が苦笑気味にリースに言葉を掛けた。
「わかりました、周作様、紗々羅様」
「様も要らないんだけど・・・さんづけでお願いしますね、リースちゃん」
にこやかに紗々羅が笑いかける。
「あ・・・はい、紗々羅さん」
リースは紗々羅の言葉に少し緊張気味に答えた。
(はぁ、綺麗な人だよね、紗々羅さん)
リースから見た紗々羅は生命力に満ちた女性に見えた。
白すぎるほど白い肌の自分と正反対の褐色の肌。緩くウェーブのかかった柔らかな亜麻色の長い髪、瞳は神秘的な碧。ハーフならではの長身(168cm)と彫りの深い顔立ち、メリハリの利いたプロポーションをしている。
リースが溜息交じりで紗々羅を見ている一方、少し離れた場所では明人と周作が久しぶりの邂逅に彼らの共通の知人、新城ナギの話をしていた。
「明人君、ナギは・・・残念だった。優秀な人材なのもそうだが、あの明るい笑顔で“深紅の夜明け”メンバーの気持ちをどれだけ明るくしてくれた事か」
「はい、そうですね。俺もずいぶんあの笑顔で助けられました」
明人は当時のことを振り返りナギの顔を思い出した。向日葵みたいに明るく笑っている顔、四補の事でむくれている顔、様々な表情が浮び消えていく。もう二度と見る事のできない表情。
明人の沈痛な表情を見てとった周作がさらに声をかけた。
「だが、いつまでも彼女に拘っていては駄目だ。君はまだ若い、いずれナギより大事な人が見つかる」
「見つかるんでしょうか、本当に」
明人は信じられないような表情を浮べ周作を見た。
「今はナギの存在が大きいだろう。悲しい事だがいずれ彼女の事も思い出になり、そして忘れていくんだ。時間が思い出を徐々に侵食し消し去っていく。
私の親友や同僚たちも朝鮮動乱やあの大戦で死んだ。同じ釜の飯を食い、寝食を共にし、嬉しい事も辛い事も悲しい事も共有した親友。彼が死んだ時、ずっと忘れることはないだろうと思っていたよ」
周作は遠くを見るような目を窓に向けた。微風に緑がさわさわと揺れ、窓越しに入ってくる柔らかな日光が周作を照らす。彼はひとつ息をつくと話を進めた。
「・・・ふと気づくとヤツの事を忘れている時がある。夢にまで見るほどだったのにな。何故だろうと思った、良く考えてみると私には大事な人が出来ていた」
「ルミナさんですか?」
「そうだ、純真な彼女と生まれた紗々羅がボロボロになっていた私の心を埋めた。ヤツには申し訳ないと思う、彼らの犠牲で自分は生き残り、そして家族までが出来たんだからな。
私は・・・自分が幸せになり、彼らが死ぬ原因となった戦争を無くす事で彼らの想いに応えようと思っている。だから“深紅の夜明け”を辞めた」
周作は溜息をつきお茶を一口飲む。
「そういえば・・・その話は聞いてませんでしたが」
「簡単に言うと“深紅の夜明け”というか首脳部に愛想が尽きた。四補が会談の時に言った言葉は覚えているな?」
「はい」
周作の言葉に明人は頷く。
(このまま超兵器の開発競争となれば、行き過ぎた技術がいずれ人類を滅ぼしてしまう。
そして過ぎたる技術は独占を招き、容易に人を狂わせ、更なる戦火を呼び込むだろう! か)
「今の“深紅の夜明け”と上層部に私が作った頃の理想はない。日本国内での地位獲得に汲々としている。それに引き時を誤りたくない。理想が失われた組織に無様にしがみついていたくはなかったんだ。
私は日本陸軍士官としてのプライドを失った訳じゃない。地位を求めて組織にしがみつく・・・それこそ死んだ親友や戦友たちに顔向けができない。
そして日本政府と“深紅の夜明け”は再度戦争を起こしかねない勢いで軍備を整えはじめている」
「確かにそうですが、国を護るための最低限度の戦備では?」
明人は戦備計画書を思い出す。〈エグザバイト〉級戦艦を基幹としたワンマンオペレート艦隊の準備が着々と進められ〈エグザバイト〉もプリムローズも量産型の準備が進められていた。
「確かにそうだが・・・少なくとも超兵器は必要ない。それは君も知っているはずだ」
周作は明人の目を見て断固として言い切った。明人は四補の意思を継ぎ超兵器の廃絶を“深紅の夜明け”内で主張した結果、首脳部に疎まれ戦功があるにも関わらず一介の大佐として留めおかれていた。
「四補が言っていたろう、行き過ぎた技術は独占を招き戦火を呼び込む。超兵器自体がオーバーテクノロジーの塊だ、嫌でも使ってみたくなる。
それに私の妄想と言われるかもしれないが、人間の意志とは関わり無く超兵器たちが戦を望んでいるように思えるんだ、何者かの意思を受けているんじゃないかと思えるくらいにな」
周作は自分の言葉に小さく身体を震わせると明人の顔を見る。豪放磊落を体現したようなこの男には相応しくない、ほんの少し脅えの入った視線だった。
「すまん、オカルトのような話をしてしまったな」
「いえ」
「とりあえずだ、今は自分の決めていることを一つづつ片付けていった方が良い」
自分の話した事を忘れようとするかのように周作は話題を変えた。明人も周作がこれ以上この話題を続ける気がないのが分かったので無理に会話を続けようとは思わなかった。代わりに周作は料理の話を持ち出してきた。
「どうだね明人君、久しぶりに私の料理を食べないか? 君の腕もどの位上がったか知りたいしな」
「良いですね。でもレストラン・アンバー店長の腕が落ちてないか心配ですよ。それに俺だってあの時から腕をあげてます」
「言ってくれるじゃないか」
明人は周作の誘いを受けた。そして明人の言い様に男臭い笑みを浮かべる周作。
それを見た明人にも楽しげな笑みが浮かんだ。
(自分はともかく、リースとナギさん以外の人間の為に料理を作るなんて久しぶりだな)
リースは最近しかめ面している事が多かった明人がとても嬉しそうに笑っているのを見て少し気が楽になった。
明人にばかり負担をかけているという自覚があり、どうすれば気晴らしが出来るのか悩んでいたのだが、上手い方法が見つからなかった。
─ 西暦2121年1月15日夕方 桜樹家 明人 ─
明人とリース、桜樹一家は出来上がった料理を囲み、広めのリビングはホームパーティといった雰囲気になっている。明人は主に中華、周作はイタリア料理、紗々羅と母親のルミナは生まれ故郷のハワイ料理を作っている。
リースはというと・・・料理をした事がないので今回はもっぱら食べる方になってしまっている。自分一人何もしないのはイヤだからと我が儘を言い、明人にカレー、ルミナにサラダの作り方を教えてもらっていた。
カレーやサラダはともかく、本格的な料理が何もできないのは悔しいので明人に料理の作り方を教えてもらう事になった。さらに渡良瀬教授に“家事”のスキルプログラム作成を頼もうと考えている。余談だが“家事”のスキルプログラムは渡良瀬教授の理想・汎用型の基本機能であるため、すでに出来上がっていたりする。
出撃すれば明人と二人っきりになる。戦闘航海といえど常に戦闘をしている訳ではないので、どちらかが一般生活を維持する必要がある。マスターの役にたつのが汎用人型補助装置の喜びでもあるので料理や家事を覚える事に関してはかなり真剣だった。
「そういえば紗々羅ちゃんは今、何しているの?」
「私? 今は会長直属の秘書をやっています」
「へえ、会長直属秘書なんて凄いな」
感心したように明人が紗々羅を見る。
「秘書って言っても雑用だから別に凄くはないけど・・・。管理職の黒須さんを除けば秘書課は女の子だけだから“カグヤガールズ”なんて言われているの、ちょっと恥ずかしいよね」
明人の問いに紗々羅は頬を少し赤らめながら自分の職場の説明する。
「“カグヤガールズ”? なんかアイドルみたいな名前だね」
明人は紗々羅の少し恥ずかしそうな顔に苦笑しながらその名前を聞き思った事を口に出した。
「アイドルというには平均年齢が高いがね」
さらに横の周作から揶揄が入った。
「もう! 父さんったら。平均は25歳だから決して高くないわよ」
「25歳? なんだ、全然高くないよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいな。でね、私以外に宝 生 舞さん、高千穂 春奈さん、村雨 薫さんという人たちがいるの。表向きはカグヤ会長専属の秘書だけど実際はアスカシークレットサービスの女性部員なのよ」
「ASSの?」
「ええ、秘書業務以外にカグヤ会長が外出する時の護衛とか色々仕事があるかな」
「カグヤ会長は女性だからな、男では入れない場所もある。そういう場所では彼女たちに頼むんだ。射撃に関しては皆、一流の腕をもっているよ。射撃では宝生、刀剣の扱いは村雨が群を抜いている。高千穂と紗々羅は機材のオペレータなどのバックアップが主だ」
ASSの長官でもある周作が“カグヤガールズ”の仕事の割り振りを説明する。
「えええっ! 紗々羅ちゃん、射撃なんて出来たの?!」
紗々羅の言葉に明人は口に入っている物を噴出さんばかりに驚く。紗々羅の外見はたおやかな、おっとりした雰囲気で銃という物騒な物とは結びつきづらかった。おまけに明人は紗々羅が銃を使うような場面を見たことがなかった。
明人の驚きように紗々羅は少し寂しそうな表情をした。
「あの、明人君。忘れちゃっているのかもしれないけど・・・私も“深紅の夜明け”の元メンバーなんだけど」
「いや、忘れてないけどさ。紗々羅ちゃんが銃を使うところなんて見たことないから。それに“アンバー”のウェイトレス姿しか思い出せないんだけど・・・」
「ウェイトレス姿しか覚えてないって・・・もう、明人君のエッチ! あのウェイトレス姿は世を忍ぶ仮の姿なのに・・・」
紗々羅が悪戯っぽく笑い、明人を見ている。
(世を忍ぶ仮の姿・・・やはり水戸黄門? じゃなければ八代将軍、それとも中村主水ってことなのかな?)
リースは紗々羅の言葉を聞き何となく想像している。何気に時代劇が好きなのかもしれない。
「え、エッチって・・・」
「・・・」
明人のうろたえぶりにリースは怪しげな想像を打ち切ると冷ややかな目で見た。
「紗々羅は前線ではなく後方支援だったからな」
周作が娘のフォローを入れた。明人へのフォローはなしだったが別な話題を振る事でフォローしているのかもしれない。
「分かっているとは思うが戦争の場合、直接戦火を交える前線は軍全体で見ればほんの一握り、残りは前線の為の後方支援だ。“深紅の夜明け”も例外ではない。戦う為にはまず後方支援の充実が不可欠なんだ。
それが出来ない場合、戦争は止めるべきだな。結局は支援が途切れて途中で戦線崩壊が始まる」
リースの冷たい目を見ないように明人は周作との話を続ける。
「確かに腹が減っては戦ができぬという格言もありますね」
「そういうことだ。補給線の維持と後方支援を充実させた者こそ勝利者になれる、昔からの真理と言って良い。それはともかく、紗々羅はもっぱら後方や宣伝活動をしてもらっていた、銃を使うなんて事はほとんどなかったがね」
周作の言葉に足りない部分を感じたのか紗々羅がフォローを入れた。
「オアフでは銃を所持する事は許されていたから自衛の為に練習していたの。それが今、役にたっているという訳なんだけどね・・・」
紗々羅の言葉が曖昧に切れ、視線は明人の顔をじっと見ている。
「ほら明人君、口の脇にご飯がついてる」
先ほど驚いた時についたのか明人の口の脇にご飯がついていた。それを見てリースが嬉しそうな顔をした。明人に手を伸ばそうとする前に顔を綻ばせた紗々羅がそっとのばし、指で明人の頬についたご飯を取ってしまった。そして指先のご飯を見て明人に視線を向ける。
「病院にいた時みたいに食べさせてあげましょうか? ほら、あ〜ん」
と、からかいを含んだ声で指先を明人に向ける。
紗々羅の行動に赤くなった明人は慌てて彼女の指からご飯を取りぱくっと食べた。
「あ、ありがと紗々羅ちゃん」
箸を止めたリースがその様子をじーっと見ている。それに気づいた明人が声をかけた。周作とルミナは面白そうな顔をしている。
「どうした、リース?」
「明人さん・・・なぜお顔が赤いのですか?」
リースの問いに焦る必要がないはずの明人の声が上擦ってしまう。
「き、気のせいじゃないか?」
「いえ、赤いです」
それはもうきっぱりと言い切った。リースがなぜそんな事を言っているのか訳がわからないといった感じの明人。
その突っ込みに先程以上に明人はうろたえており、リースはほんの少し苛立ちが含まれた台詞を言ってしまう。
「明人さん、モテモテなんですね」
「え?」
明人が呆然としている間にリースは箸を進め、食べ終えると紗々羅に視線を向けた。別段睨んでいるという訳ではなかったが紗々羅はその視線にほんの少し気圧された。
「な、なに? リースちゃん」
「おかわり・・・よろしいですか?」
「ええ、もちろん」
リースは空になったお皿を紗々羅に差し出す。紗々羅は大皿から新しく料理を盛りリースに手渡した。
「ありがとうございます」
よそってもらった料理の礼を言うとまた黙々と食べていく。明人はその重苦しい雰囲気を何とかしようとリースに声をかけた。
「リース、そんなに食べるとふと・・・」
じろり
「・・・いえ、何でもないです」
明人はリースのドライアイスを想像させる冷ややかな眼光に慌てて視線を逸らしご飯を食べる事に専念した。紗々羅は明人の言い様があまりにもまずいのでフォローをしようとしたが先にリースがまとめてしまう。
「私、プリムローズですから。幾ら食べても太りません」
リースは明人と紗々羅に向かってそっけなく言うとまた料理に向かっていく。この台詞に明人と紗々羅の顔に苦笑が浮んだ。明人は29歳(記憶喪失なので推定)、紗々羅は26歳、一方リースは18歳(肉体年齢、精神年齢?)だからだ。
料理を食べ終えると箸を置き、両手を合わせて「ご馳走様でした」と一礼するとリビングを出ていった。その後ろ姿を見送った紗々羅が明人に申し訳なさそうに謝った。
「ごめんなさい、明人君。なんかリースちゃん、怒らせちゃったみたいだけど」
「いや紗々羅ちゃんのせいじゃない。あいつ、なに勝手にむくれているんだ?」
明人は思いっきり渋面を作りリースが出ていったドアを見ている。
紗々羅は明人の態度を見て、内心で溜息をついた。
相変わらず女心を察する事ができず、不器用で鈍い明人を見ていると女として溜息をつかざるを得ない。
口調こそ昔よりぶっきらぼうになったが性根は優しい明人。彼が望んでいる新たな復讐などでこれ以上変わって欲しくないと紗々羅は思っている。
だが、男女の機微を理解するという意味ではもう少し“男”として成長し、変わって欲しかった。
(今の感じからするとリースちゃん、私に嫉妬しちゃったのかな。
でも明人君とは兄妹・・・って良く考えれば全然他人じゃない。敵に塩を送る事になっちゃうけど・・・リースちゃんの事を女の子としてもう少し気配りするように明人君に言わないと駄目かな)
「ねえ、明人君。ご飯が終わったら一緒に散歩しませんか?」
明人に話したい事もあった紗々羅は食後の散歩に誘った。
「別に構わないけど・・・リースが」
「少し一人にしてあげた方が良いかも・・・」
今にも追いかけていきかねない明人を紗々羅は止めた。今の明人ではリースと話したところで墓穴を掘り、ますます事態がややこしくなりそうだったから。
明人と紗々羅は連れだって出ていく。残った周作とルミナは顔を見合わせた。
「「青春しているな(わね)、あの3人」」
─ 同日夕方 瓜畑 ─
瓜畑は黒須に〈ブラック-オセラリス〉の件で呼び出され、本社に顔を出したその帰り道。黒須との交渉が上手くいき、かの機体用にきちんと予算を取れる事になったのだ。これでこっそりではなく、大手を振って作る事ができるようになったので上機嫌だった。
そんな瓜畑の目の前にはリースがおり、物陰に隠れて何かをしていた。
「どうしたんだ、リースちゃん?」
「ッ!!!」
瓜畑の言葉にリースは飛びあがらんばかりに驚いた。慌てて振り向き瓜畑の手を掴むとこの場所から連れていこうとする。
「あ、あのっ、そのっ! ちょっとこちらに来ていただけますか!」
「変なリースちゃんだな・・・」
普段の冷静なリースではない、慌てて瓜畑を引っ張っていこうとする彼女を訝しく思いながら瓜畑は振り向き、彼女が見ていた先を追うと明人と紗々羅が一緒にいるのがわかった。
(なるほど、そういう事か)
瓜畑はにやにや笑いを浮べかけたがリースの泣きそうな、必死の懇願に慌てて真面目な表情になった。
「あ、明人さんには黙っていてくださいね」
「それは構わねえが・・・明人の事が気になるのか?」
「う・・・はい」
リースは小さくこくりと頷くと視線を瓜畑からはずし目を伏せた。
「明人さんがいなくなったら私・・・一人になってしまいます」
リースの呟くような言葉に瓜畑はリースを見た。
俯き加減の顔は寂しさと憂いに満ちていた。瓜畑はリースの内心を想像した。
リースにとって明人は唯一の家族であり人工生命体である彼女の理解者だ、その明人が自分や自分の母親以外の女性と親しげに話しているのを見て、他の女に取られるかもと心配しているという風に考えた。
瓜畑はそんな心配をしているリースを可愛く思う。
人間は家族をそう簡単に捨てられるはずがないからだ。彼も妻と子供たちがいる。趣味を理解してないなどの不満はあるが別れたり、捨てたりしようとは思っていない。単身赴任をしているのは自分の趣味について理解が得られず、お互い熱くなり過ぎた為、少し冷却期間が必要だと思っていたからだ。
まあ、妻の束縛を受けず好きな趣味がやれるというのも大きな理由ではあったが。
「心配しなくても大丈夫だ、明人はリースちゃんの事を忘れたりはしないさ。もっと明人を信用しな」
瓜畑の言葉にリースははっとなった。
(あ、アタシ・・・おにいちゃんの事を信用してない?)
リースは自分の気持ちが変な事に気づいた。先程から胸の中がモヤモヤし訳も分からず明人や紗々羅に突っかかっていた事に愕然とする。
「なんってたって兄馬鹿、リースちゃんは大事な妹だからな」
「そ、そうなのでしょうか。ですが明人さんは人間です、やはりお相手は人間でないと・・・」
リースは自分が人工生命体だからと卑下している。瓜畑から見ればリースは感情が豊かで下手な人間よりよほど人間らしく見える。楽しそうに笑ったり、意地を張ったり、悲しそうな顔をしたり、怒ったりと様々に表情を変え、とても本人の言うように人工生命体だから感情や気持ちで人間に劣るというようには見えない。
「おいおい、明人はリースちゃんがプリムローズだからって気にしないし関係ないと思うぞ。あいつにとって大事な妹だからな。それにリースちゃんはリースちゃんなりの良さがあるんだ、もっと自信をもった方が良いぞ」
「・・・やっぱりアタシは妹なのかな」
瓜畑の耳にリースの聞き取れないほどの呟きが入ってきた。彼女の無意識の呟きは自分にも理解できていない。
「ん?」
「あ、いえ何か?」
リースは誤魔化すように瓜畑に笑いかける。その笑いもいつもの華やかさはなくどこか寂しげだった。
「ほれほれ、そんな顔をしていると兄馬鹿が心配するぞ」
瓜畑はリースの顔を見て気合を入れるように彼女の尻をパンと軽く叩いた。
「ひゃうっ!!」
リースは可愛いらしい悲鳴をあげると、慌てて両手でお尻を隠して瓜畑から飛び退った。
「も、もうっ! 瓜畑さんのエッチ!!」
白い顔を羞恥でばら色に染め、瓜畑に文句を言うリース。その表情に一瞬やられそうになった瓜畑だが慌てて視線を逸らし、言いたかった事を話した。
「ま、まあナンだ。リースちゃんは一人じゃないって事を言いたいんだぜ。それに俺や会長たちだってリースちゃんの事を心配しているんだ、少なくとも俺たちはアンタより年上だからな。心配ごとがあるならいつもで相談に乗るぞ。
俺や三田に言えないような女の子の話ならカグヤ会長に聞いて貰えばいい。リースちゃんの為なら喜んで聞いてくれると思うしな。だからそんな顔をしなさんな」
瓜畑は黒須からリースとカグヤの誤解が解け、仲良くなったというのを聞いていた。
リースは瓜畑の言葉を聞き、心配してくれる彼の言葉と気持ちを思いをくみ、取り合えず不安を心の奥にしまいこんだ。そして深々と頭を下げた。今、自分には心配してくれる人たちがいる、一人ではないという事が分かったからだ。
「瓜畑さん・・・ありがとうございます」
瓜畑がなぜ尻を叩いたのかようやく分かった。自分の気持ちを忘れさせ明るくさせる為のきっかけにしたという事に。
「べ、別に年長者としての役を果たしただけだ。じゃあ、俺は仕事に戻るわ」
リースは去っていく瓜畑の後姿を見て笑いかける。それは先程の不安に満ちたものではなかった。そして明人たちの方を一瞥すると背を向けた。
(アタシ・・・おにいちゃんを信用しきれていなかったんだ。覗き見なんかしているのは・・・彼を信じていない自分の卑しさを認めるようなもの。アタシ、何を馬鹿なことをしているんだろう、今はおにいちゃんを信じ彼についていくだけなのに。
それと瓜畑さんが言ったようにアタシにはアタシなりの良さがあるのかな、それがどんなものか今のアタシには分からない。逆を言えば紗々羅さんには紗々羅さんなりの良さがあるという事。それを認める事ができればアタシはもっと人間に、母さんのようになれるのかな・・・)
夕日に照らされたリースの影が長く伸びていく。自分の存在の意味を考えているが彼女の思考は螺旋のように絡まりまとまる事はおぼつかなかった。彼女はそれでも構わず思考を続けていく。そうすれば波立っている“電子の海”が凪ぐと思っているかのようだった。
─ 同日夕方 明人 ─
一方、明人と紗々羅は海岸を歩いている。少し肌寒かったが、暖かかった室内で火照った身体には丁度良いくらいだった。真っ赤な夕日が沈みはじめており、もう少しすれば夜を迎えるだろう。
「ねえ、明人君」
「何?」
病院を退院した時のように先を歩いていた紗々羅が振り向く。緩くウェーブのかかった亜麻色の髪が夕日を受けて金色に輝いた。その光景に明人は一瞬今がいつか分からなくなった。
そして紗々羅が口にした言葉に呆気にとられた。
「復讐・・・止めない?」
「どうして・・・そんな事を言うんだ?」
その紗々羅の台詞に答えた明人の声に険が混じる。紗々羅はそれを感じ取ったが無視し話を進めた。
「そんな事をしても無意味だから」
「無意味じゃないさ!」
彼女の否定に明人はムキになって答え鋭い視線で紗々羅を見た。
「少なくとも俺とリースの心は納得できる」
明人の言葉に溜息をついた紗々羅は寂しそうに夕日を見た。
「明人君、変わっちゃったね。やっぱり・・・私のせいなのかな」
「え?」
紗々羅の台詞に明人の心を占めていた怒りが霧散する。訳が分からない明人は彼女の顔を見つめた。
「私を助けたばかりに明人君は“深紅の夜明け”に入る事になったんだよ。もしそれがきっかけでここまで変わったなら・・・私は自分が許せなくなる」
紗々羅は俯いていた顔を上げ真正面から明人を見た。
「私は君の人生を変えちゃったのよ! あのまま・・・普通の民間人のままだったら・・・優しい明人君でいられたのかな」
明人は泣き出しそうな紗々羅から顔を背け沈みかけた夕日を見る。
「俺は・・・“深紅の夜明け”に参加した事を後悔してない。もちろん紗々羅ちゃんを助けた事に関してもね。記憶を失い、いつも流されて生きている俺が始めて自分で決めて行動した事だから。それに紗々羅ちゃんは大事な人だし」
紗々羅は明人の大事な人という言葉にドキリとして目を見張った。だがすぐに彼女が望んでいる大事な異性という意味ではない事が分かった。
「俺は“深紅の夜明け”に入ったおかげでかけがえのない、大事な人たちに出逢えた。紗々羅ちゃんや周作おじさん、ルミナさん。暁特務大尉や赤城副長、その他多くの大切な仲間たち。親友の四補やナギさん、そして妹のリース。
記憶が欠落して自分の事を何も持ってなかった俺にとってその人たちの存在や思い出は大事な、存在意義でもあるんだ。その人たちを護る為に俺は変わる必要があった」
明人は軽く溜息をついた。今まで自分の行ってきた事を思い出しているのかもしれない。
「やってきた事に対してもちろん後悔はあるけど、だけど・・・俺は!」
明人は夕日から目をはずし真正面から紗々羅を見る。
「どれだけ血に塗れようと自分が変わった事を、今の自分を後悔していないよ」
明人が今の自分を否定するというのは記憶を失った彼にとって唯一持っている自分を、今まで生きてきた証を無くす事であり、存在意義を失う事にも等しい。
仮に否定した場合、何もない自分は精神的に死んでいるのと変わりがないと思っている。だから紗々羅の言葉に頷く訳にはいかなかった。
一方、紗々羅は明人の言葉に自分が我侭を言っているだけだという事に気づいた。
自分が好きなあの優しい明人に変わって欲しくないと思っていた。だが明人にとっては“変わる事”自体が生きていることを、自身の存在意義を証明するという事を説明されて初めて気づいたのだ。
「生まれた時からの記憶を持っていて、優しいおじさんやおばさんに愛されて育った紗々羅ちゃんには分からないかもしれないけど・・・」
小さく言葉をもらした明人。紗々羅はその寂しそうな顔を見て彼が持っていない物を自分は持っており、持てる者の傲慢さを自覚した。
そして恋に恋している自分こそが本当に変わる必要があるという事にも。自分を助けてくれた優しい王子様はもういないのだ。
自分が恋したのはここにいる明人ではなく、一緒に病院で過ごしたあの明人なのだと。
自分の理想の変わらない明人を望むのではなく、自身の存在意義を証明し続けている現実の明人を見なければいけない。自分の理想を押し付けるのは傲慢に過ぎないからだ。
「紗々羅ちゃんの言いたい事も分かっているんだ。復讐なんかしたってナギさんは帰ってこない。でも俺は・・・」
「わかったわ、明人君がそう思っているなら私には止められない。でも私に出来る事、何かないかな?」
明人に近づき覗き込むように見る。優しげな碧の瞳が明人の間近にあった。
「え? 紗々羅ちゃんに出来る事って・・・」
間近に紗々羅の顔を確認した明人はビクリとし、さりげなく距離をおくと真剣に考えはじめる。
その生真面目な様子に紗々羅は苦笑する。
「まずはリースちゃんと仲直りすれば良いのかな?」
悪戯っぽく笑い明人を見た。明人は紗々羅を見るとほっとしたように息をついた。
「そうだね、そうしてもらえると助かる」
「ねえ、明人君。君はリースちゃんの事をどう思っているの?」
紗々羅にとって大事な質問だった。その質問は意外だったのか明人はマジマジと紗々羅を見た。
「リース? 妹だけど・・・それ以外に何かあるかな? ナギさんに頼まれた大切な人だね。ええと・・・」
明人は腕を組み考え始める。
このボケぶりにさすがの紗々羅も失笑せざるを得なかった。異性としてどうかと聞いたのに明人はリースの立場を答えている。相変わらずの天然ぶりに呆れ果てるしかなかった。
すっかり問いただす気も失せた紗々羅だったが明人を誘ったもう一つの目的を思い出した。
「まあ妹なのは良いけど。リースちゃんは妹である以前に女の子なんだからもっと言葉に気をつけてあげないと・・・」
紗々羅は女の子の扱いをレクチャーをはじめた。明人は夕暮れを背景に正座をさせられ、小一時間ほど講義を受けるはめになったのだった。
─ 西暦2121年5月27日昼 アスカ造船工廠地下第一ドック 明人 ─
遅れていた〈エグザバイト〉の改装もようやく終り、食料や水、弾薬や武器も積み込まれている。すでに自分たちの訓練も終わっておりこれで出航準備が整った。
明人は目の前の漆黒の艦を見上げた。外観は取り立てて変化はなかったが、細かい部分で色々と改修されている。内部もガンマとベータによって明らかにされた問題点を解決する為、ソフトウェアを大幅にバージョンアップした。
「ようやく出航ですね」
明人の隣にいたリースが同じように〈エグザバイト〉を見上げながら呟いた。
「ああ」
明人とリースはタラップを上り艦載機エリアにやってくる。
4つのハンガーには〈オセラリス〉が4機納まっている。1機は明人専用の有人機、残り3機は無人になっており、従属機と呼ばれ、リースが操る無人戦闘攻撃機だった。有人機単機のみでは問題があるとして瓜畑たちが増加試作された機体を元に突貫工事で作りあげた。他には2機の対潜哨戒も出来る無人偵察機〈海燕〉が固定されている。
艦載機格納庫を見終わった明人とリースは出港準備を行うためCICにやってきた。
「遅かったね、明人君」
扉を抜けると聞き覚えのある声と見知った顔があり、紗々羅と周作、三田が立っていた。
「さ、紗々羅ちゃん(さん)!? 周作おじさんに、三田さん!?」
「はい、今日からお世話になります。艦長、オペレータさん、よろしくお願いしますね」
仰天する明人と訝しげな表情のリースににっこりと笑いかける紗々羅。リースの護衛も兼ねた生活要員としてカグヤに直接志願して乗り込んできた。それ以外にも明人とリースを二人っきりにしたくないという気持ちもあった訳だが。そんなことをおくびにも出さず2人に笑いかけている。
「大佐、今日からよろしくお願いします。メカニックとして機体のメンテとデータ取りですよ、私は。それと大佐の教育です、難しい部分のメンテが完全に覚えてませんから」
その様子を苦笑しながら三田が申告する。
本当は瓜畑が乗り込もうとしたのだが、さすがに〈オセラリス〉〈ブラック・オセラリス〉の開発を放り出して乗り込む訳にもいかず泣く泣く役目を三田に譲ったという。それと彼のポリシーで整備を無人機だけに任せたくないというのもあったようだ。
「ま、私はお目付けだな」
「おじさん、ASSやルミナさんを放っておいて良いんですか?」
「心配ない、元長官が復帰したからな。ルミナは理解しているよ、きちんと話あっている」
周作は男臭い笑みを浮べて明人の心配を一蹴した。
「俺たちのやる事、わかっているんですよね?」
3人から受け取ったカグヤの委任状を見せられては雇われ人である明人には何も言えなかった。それでも明人は3人を見て念を押す。
「もちろん分かっている(ます)よ、艦長」
「〈エグザバイト〉に載っているのは新鋭機ばかりですからね、バッタには荷が重いでしょう」
3人の意思は変わらないようだった。明人は溜息をつき3人を見た。
「分かりました、着任を認めます。出航時間も迫っています、総員配置につけ」
「「はい!!」」
民間人の2人は元気に、周作は陸軍式の敬礼をするとそれぞれ持ち場へ移動した。
リースはすでにオペレータ席に座り【タケミカヅチ】と共に〈エグザバイト〉の出航準備を進めている。
「ドック注水5分前。ドック内の作業員、総員退避。繰り返します、総員退避」
【リース、5分経過。注水を開始、ドック天蓋を開きます】
エアウィンドウが開き【タケミカヅチ】がメッセージを送ってくる。
「お願い」
リースは短く返事をすると暖気を終えた〈エグザバイト〉の補助機関を本始動させた。
凄まじい勢いで海水がドック内に流れ込み込み、至る所で白く泡立ち渦を巻く。ドックの天井が徐々に開き、細い隙間から漏れた一筋の日光が〈エグザバイト〉の前楼に当たった。一筋の光の柱は幅を増し、眩しい陽の光が〈エグザバイト〉を照らし漆黒はついに真っ白い光の中に浮かび上る。その姿は一種の神々しささえ感じられる。
周りでそれを見ていた作業員たちから溜息が漏れた。目の前の艦は彼らが精魂込めて建造・整備した愛娘なのだ。その娘の無事を願い真剣な眼差しで光の中に浮かび上がる〈エグザバイト〉を見ていた。
機関の始動音が高まり〈エグザバイト〉に命が吹き込まれていく。巨大な主砲が僅かに持ち上がり仰角をかけた。
明人はリースに出航作業を一任すると前楼にある昼戦艦橋に上ってきた。外に通じる分厚いドアを開き外に出るとタイミングを見計らって敬礼をする。
目の前にはカグヤたちがいる。カグヤは一礼し、黒須は海軍式の敬礼を返してきた。
視界からカグヤたちが消えると明人は敬礼を解き、艦内に入ろうとして振り向いた。陽に照らされた蒼海が煌いている。
外に広がる広大な海を見て明人はようやく帰ってきたという想いを抱いた。もう二度とないだろうと思っていた実戦航海。模擬ではない本物の戦闘が自分を待っていた。
「ナギさん、ゴメン。俺はリースを連れていく事になってしまった、不甲斐ないと思う。だけど必ずあいつを、リースを護ってみせる。そして四補やナギさんたちが命がけで得た平和を、俺たちの時間を護る」
海を見つめる明人の視線が鋭くなった。
「待っていろ、相馬。必ずお前を・・・」
艦が動き出した人工風力により明人の声は掻き消された。明人はドアを開け、リースが待つCICに戻っていった。
─ 同日 カグヤ ─
「黒須、日本政府の方は?」
カグヤは特設された席に座り〈エグザバイト〉の出航を見ている。
視線を動かさずに隣にいる黒須に聞いた。さらに後ろには後藤とカグヤガールズが控えている。
「はい、日本政府と海軍からベータ、ガンマの奪還依頼、それと可能ならばテュランヌスの撃滅を要請されています」
「そう、撒いた餌が効いたみたいね。彼らも自分でやりたかったんでしょうけど」
「仕方ありません、大幅な装備改変中では無理でしょう。それに国として動けば大きな問題になります。テュランヌス自体、まだ表に出てきてません」
「そうね」
これからあの艦はお披露目と親善、そして実物を使った訓練を兼ね、世界一周の旅に出る。その間に〈エグザバイト〉に乗り込む明人と周作はテュランヌスの情報と本拠地を突き止め、殴りこみをかけてただ一撃で仕留める。
カグヤと黒須はその為の下準備をこれから行わねばならない。今まで以上に忙しい日々が訪れるのは確実だった。
地下にいた〈エグザバイト〉が注水により徐々に持ち上がってきた。前楼が徐々にせり上がり明人が敬礼しているのが見えた。
カグヤは立ち上がると一礼し、隣の黒須は海軍式の敬礼を返した。
明人が視界から消えカグヤの視界は漆黒に埋められた。あの中には親友の娘がおり、娘が慕う男が居る。そっと目を瞑り2人が無事還って来る事を神に祈った。
隣にいた黒須が突然言葉を紡ぎ始める。
「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス 本日天気晴朗ナレド波高シ」
その言葉に祈りを終えたカグヤは目を開けると、200年以上も前の今日起こった出来事を思い出した。
「今日は日本海海戦が起こった日ですか・・・東郷長官が大本営に打電した電報ね」
「はい、敵艦隊を認めた東郷長官は「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」のZ旗を掲げました。
あの戦で日本の歴史は大きく変わりました。〈エグザバイト〉の出撃でアスカの興廃は・・・最終的にはあの艦が行うテュランヌスとの一戦にかかっています。それが終わったあと、アスカはどうなるのでしょうか・・・」
黒須は真剣な眼差しでタグボートに引かれドックから移動し始めた艦を見る。
「ワンマンオペレート艦、プリムローズ、テュランヌスの存在、様々な事象と要因が〈エグザバイト〉に集まっています。これからはそれがもっと大きくなるでしょう、黒須がそう感じるのは不思議ではないわ」
カグヤは視線を〈エグザバイト〉から黒須に移し吃驚した。常に冷静な執事が蒼白な顔をして冷や汗をかき、震えているの生まれて初めてみたからだ。元ASS長官、いや元長官でもある猛者が震えている。
「そうなのかもしれません。ですが・・・」
黒須はタグボートを切り離し速度上げた漆黒の艦の後ろ姿に寒気を感じさらに背筋振るわせた。
− あとがきという名の戯言 −
ども、作者っす。最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回で外伝第一部本編は最後になり、あとはエピローグを残すのみです。すでにエピローグは書きあがってますので投稿すれば終了します。いや〜、なんか外伝は自己満足ですが書いていて非常に楽しかったというか。前にも書きましたが本編の時間稼ぎのつもりで改訂作業を始めたのですが、目一杯力を使ってしまいちっとも本編進んでません(鬱)。
それに思いっきり自分好みのリース(ちょっとレゥ混じり)になってますし、明人は兄馬鹿一直線。あまりに楽しすぎて読者置き去りのような気もしますが考えない事にしましょう。いや、それ以前にいるのか、読者?(汗)。
ま、後ろ向きな事を考えると筆が止まるので(笑)。
現在は本編23話と外伝第二部のラスト近辺を書いています。本編の方は瑠璃を主体にしてナーウィシアに移住し転校してきた直後の話です。ハーリーやラピス(量産型じゃない人間の方w)、瑞葉のインターミッションに出てきた高杉三郎太が再登場します。
もう1つはウィルシアに居る“あのお方”たちの話になります。こちらは外伝自体とエピローグに関係してます。どちらかというとメインストーリーの幕間の話なので外伝連載前入れるべきだったかもしれません、ちょっと失敗しました。
第二部ラストの方は明人駆る〈オセラリス〉vs狂女・伐折羅の〈エステバリス〉の機動兵器戦です。また艦の方でも〈エグザバイト〉vs〈蜃気楼〉になってますが今のところウェイトは機動兵器戦の方になってます。十二神将が駆る〈エステバリス・カスタム〉相手にたった一人の明人に勝算はあるのか!? といったところでしょうか。
■恒例! 言い訳コーナー(をい)
>普通の人はそんな細かいところに注目したりはしないんじゃないかと。
うーん、そうなんですかね? 僕の場合、深読みしようと細かい部分でも色々勘ぐったりするんですが。書く方としては視野狭窄になっているのかも(苦笑)
>別に明示しない事自体は問題ないんですが、読者に気づいてもらおうと思っていたなら失敗といわざるを得ませんね。
そういう意味でしたらそうです。別世界であるというエピソードを書いた本編23話を先にアップすべきでした。
>つーか今回内容が薄いなぁ(爆)。
もーまんたいです(爆)。内容がないのは何時もの事なんで、って開き直ってどうする、筆者(笑)
代理人の感想
うーん、折角出てきたのに・・・当て馬?(爆死)>紗々羅
因縁あるキャラの使い方としてはちょっと勿体無かったかも。
>普通の人は〜
読者というのは、基本的に作者の意図など汲んでくれません。
読者は作品を自分が読みたいように読む!
これは当然の権利であり、作者が強制できることではありません(程度問題ですが)。
ですから、どうしても理解してもらわなければならない伏線は、誰でも分かるように書かなきゃいけないんですねー。
テーブルトークのマスターやってるときにそれで何度・・いやいや、げふんげふん。