このお話を読む前に。
この物語は筆者が書いている【連合海軍物語外伝】を元にした外伝の未来の話です。
平行世界に無数にある“機動戦艦ナデシコ”という歴史の一つ。
基本的にキャラなどはTV、もしくは漫画版に準拠しますが、しない物も沢山出てきます。
特に“ラピス・ラズリ”“ホシノ・ルリ”に関しては別人と思った方が(苦笑)。
また外伝を読まなくても大丈夫なように書くつもりですが、
外伝を読んでいただいた方がこの世界を理解していただけると思います。
その為、「TV・漫画版や時ナデ準拠じゃなきゃナデシコじゃねえよ!」
という方はお読みにならない事をお勧めします(笑)。
すでに外伝を読んでいる方には申し訳ないですが外伝のヒロイン・リースは全く出てきません。
彼女の妹がこのお話のヒロインですから。リースの未来は連合海軍物語本編で語られるとして。
このお話は戦闘用レプリス“プリムローズ”、《遺跡》、超兵器が失われた外伝世界を舞台に話が進みます。
言ってみれば度々書かれるであろう、外伝エピソードが外伝2部の代わりになるのかもしれません。
そうなったら過去の人という形で“異形の黒”と“Princess
of Darkness”が出てくるでしょう。
おそらく某氏からまたクロスは作者だけの楽しみだと言われそうですが、
いろいろ苦労する身としてはこのくらいの楽しみはないとやりきれません(爆)。
目標は書く以上完結を目指します。←そういう事は本編を終わらせてから言えですよね(自嘲)
では連合海軍物語第三部“機動戦艦ナデシコ ─
無垢なる刃 ─”の始まりです。
─ 西暦2196年1月15日昼 八王子 ─
「おい……これは何だ?」
黄色いヘルメットを被った作業員の指さす先には様々な機材のついたごついカプセルが鎮座していた。
廃棄されたこの建物の更地工事を行うために奇妙に分厚い壁を破壊した先に地下につながる階段が出てきた。作業員たちは恐る恐るといった感じでゆっくり階段を降りていき、行き止まりには壁と同じくらい分厚い鋼鉄のドアがあるのを見つけた。
作業員たちはこの状況に困った。建物の解体と更地なら1日で終わるはずだったのに隠されていた階段と扉が出てきたおかげで作業が止まってしまった。ただでさえ過去、十数人の人死のあった場所だけに気持ちの良い雰囲気ではないので出来るだけ早く作業を終わらせたかった。
すぐに現場の監督者に連絡が取られた。彼から来た指示は「その扉を開けて中を確認しろ」だった。扉のロックを長時間をかけて何とかバーナーで焼き切り、部屋に入った作業員は驚いた。73年前に破棄された場所なのにその部屋の電源は生きていた。
壁際は様々な機器によって埋め尽くされてはいたが床周りには何もなく、ごついカプセルのようなものがぽつんと置かれているだけの部屋だった。
そのカプセルを指さした人間が同僚に背中を押され、嫌々近づき観察する。爆発物なら下手をすれば工事の振動で爆発する可能性すらあるからだ。ただきちんと管理されているようなので不発弾という感じはしないのが救いだった。
ぐるりとカプセルを一回り観察し爆弾ではなさそうなのを見てとった作業員がカプセルに近づきしげしげと見る。覗き窓のような物とその上にあったプレートを確認した作業員は軍手をはめた手で薄く積もったほこりを取り除き、プレートを読んでみた。
【Mfh-000001 ラピス・ラズリ】
と書かれていた。そして覗き窓の中をみて腰を抜かすほどたまげた。
「ひぃぃっ!! こ、これ死体じゃねえか!? 棺桶だぜ、こりゃ!!」
───その中に少女がいた。
窓から見る事の出来る白すぎるほど白い肌は死人のそれだった。整った顔立ちと長い薄桃色をした銀髪を樹木の根のように広げ胸で手を組んだ少女はカプセル内に横たわっていた。
その作業員の絶叫を聞いて後ずさる他の作業員の後ろから声がかかった。
「さて作業員のみなさん、ご苦労さまでした。ここから先は私どもネルガルにおまかせください」
そう言ってハンカチで埃を吸わないように口を押さえながら現れたのは赤いベストを着た、ちょび髭の男。人当たりの良さそうな表情をしているが観察眼のある人間が見れば腹に一物も二物も持っている癖のある人間だという事に気づくかもしれない。
もっともこの“プロスペクター”と名乗った男がそう簡単に自分の腹を見せるような男ではないのは想像に難くない。
名刺を受け取りその名前を見た担当者が思わず本名ですか? と聞いたほど珍妙な名前だった。
その答えもこの人物の性格を表しているのか、人を食ったようなもので「ペンネームだと思っていただければ」というものだった。
この彼が八王子にある幽霊が出る建物として放置してあった渡良瀬分子生物研究所跡の土地を買いとり更地工事を依頼した人間だった。
74年前の“黒いテロリスト”桜樹明人によっておこされた爆破殺人事件により、多数の死傷者を出したこの研究所の土地と建物は警察の検証が終わったあと、気味悪がられ誰も寄りつかず放置されたままだった。
桜樹某によっておこされたと言われていた事件だが、現在は某国に存在するテロリストによって行われたのが実証され彼の“黒いテロリスト”という汚名は回復されている。
そして時がたつにつれ噂が流れはじめた。
この建物や土地が他の人間の手に渡ろうとする度にやれ人魂を見た、それ白い人影を見た、少女の泣き声が聞こえるというものだった。
それもそのはず事故の死者たちの死に様は凄かったという噂があったからだ。何かに踏みつぶされボロ雑巾のようになった少年少女の死体だとか、首を鋭利な刃物で切られた首なしの研究員だとか怪談になるような死に方をしていたという。
怪奇現象が起こり、買収が取り止められる。そういう事が繰り返された場所だったがネルガルが買い取った時には何も起こらなかった。周囲の人間達はこの会社は呪われるに違いないと噂しあっていた。
そういった場所ではあったがネルガルは機動兵器の生産工場を造る為に都心にも近く通勤にも便利なこの場所が選び、建物を壊して更地にしようと工事が行われたという次第だった。
工事を行っていた建築会社は難面を示したが依頼は本社からであり、ネルガル系列として名を連ねている立場では幽霊屋敷だからと断る事ができなかった。
しぶしぶ引き受けたのは良いのだが工事の最中に出てきたのは何と少女の死体。“ネルガルは呪われるに違いない”という噂が実現したような状況になった。
この事を聞いた工事の担当者は途方に暮れた。下手をすれば現場の監督者として参考人扱いで警察に呼ばれ事情聴取を受ける羽目になる。
事実とは異なるが警察に呼ばれたというだけで変な噂を立てられかねない事にウンザリした。本当に迷惑なこの依頼を押しつけた本社を罵り腹を立てていた。
ところが担当者の心配をよそに警察からの呼び出しはあったが気が抜けるほど簡単に終わった。殺人事件の可能性もあるので他言無用と言われただけで詳しい事情も聞かれずに済んだ。
そのことに安堵しつつもさらに嬉しい事が起こった。あの工事に関わった人間達はいきなり本社直属の土木部署に異動になった。ただしあの工事で出てきた物に関して他言しないと念書を書くという条件付で。もし約束が破られた場合は有無を言わさず即クビという条件も付帯していた。
窓際に近い職ではあったが本社勤務はハクが付く上、給料も良い。言ってみれば飼い殺しに近い状態だったが、結婚して子供が出来た彼にしてみれば仕事も定時で終わり、以前より良い給料が貰える立場に文句など言う気はなれないし、この状態を維持する為にあの娘の事を他言する気もなかった。
彼らは気づいていない。彼らが発見した彼女が再び歴史を動かすことになろうとは想像だにしなかった。
機動戦艦ナデシコ
─ 無垢なる刃 ─
プロローグ:兄妹
─ 西暦2196年4月15日昼 日本 ─
“ぴ〜ひょろろろろ”
空は晴天で雲ひとつなく、新たな旅立ちにはもってこいの陽気。これから始まる新しい生活に多少の不安があったが自分の側には信頼する男性がいる。
たったそれだけのことでこれから行く場所と新たな生活の不安は薄らいでいった。自分の前に座りバイクを運転する男の腰に手を回した彼女の腕には彼の温かみが感じられ、これからも彼と共にいられるという実感にますます笑みが大きくなる。
(ゆ〜げっとば〜にん、きみらしくほこらし〜く♪)
その気持ちの良さに少女は心の中で鼻歌を歌っていた。空にはトンビが舞ってまた“ぴ〜ひょろろろろ”と鳴いていた。
男の運転するバイクは本田技研工業の名車スーパーカブ50。かなり昔のバイクだが世代を重ねて色々と改良されている。一部の機能がIFS制御になっているのもその一つだろう。
75年前に開発された制御技術IFS(イメージ・フィードバック・システム)だが今では使えない人間はほとんどいないまでに普及している。
そのバイクに跨り2人はのんびりと山道を走っていく。このバイクは彼が働いていた食堂で岡持バイクとして使っていたものだが、壊れたのをきっかけに貰い受け自分で修理したものだった。苦労して直しただけに愛着があり残していくには忍びなく、捨てるという選択は有り得なかった。
その愛車に跨りボサボサの黒髪を合成風力でさらにボサボサにしながら曲がりくねった道を目的地の佐世保市街に向けて走っていく。
その後ろの荷台には先ほどの少女。きちんとヘルメットをかぶり、はみ出ている青みがかった長い銀髪が風に舞っている。後ろの荷台に横座りで座って前席座の男の腰にしがみついていた。危険極まりない座り方だが短めのスカートを穿いている身ではこの座り方しかできないだろう。
一応長めのベルトで腰と荷台を固定してはいるが危ない事には違いない。さらに振動でお尻が痛くならないように荷台にクッションが敷かれているあたり用意が良いのかもしれない。
彼らの後ろから重々しい排気音が聞こえてきた。少女は少し首を伸ばしてバックミラーを見た。
「……追ってきますけど?」
少女が心の中の鼻歌を止めヘルメットに仕込まれているインカムで男に話しかけた。運転している青年はメットから外したインカムを耳に引っかけているので少女の声が聞こえている。サングラス越しにバックミラーでソレを確認しバイクのスピードをさらに上げた。
この時代であっても原付バイクの2ケツは違反であり、さらに言えば運転者はメットすらかぶっていない。当然、警察に見つかれば追ってくる車がいるが少女が言った言葉はソレを指していない。
黒いという点は同じだが、国産車などとは比べ物にならないくらい幅広な高級外車が猛烈な勢いでバイクの後ろに迫っていた。
数メートル近づいたところで少しスピードを落とすと助手席の窓が開き、長い黒髪をした女性が片手で髪を押さえながら身を乗り出し、もう一方の手を大きく手を振った。
「アキト! アキト! まってよお!!」
ゴウゴウと合成風力の音でうるさいにも関わらず女性の声は良く聞こえた。並はずれて声が大きいのか、もしくは通りの良い声質か。外車が横に並び女性がバイクの運転手に声をかける。
外車の運転席に座る女性と見間違うほどに整った顔立ちの青年がハラハラしながら女性を見守っている。
「一緒の 艦 に行くんだからこの車で行けば良いじゃない!」
「別に一緒じゃなくたって良いだろ!」
バイクを運転している青年、テンカワ・アキトが風に負けないように怒鳴り返す。
「だってユリカ、一緒に行きたいんだもん!」
「いい歳して我が儘言うなって!」
アキトの言葉にぷーっと頬を膨らませると彼の腰にしっかり抱きついている少女を見た。少女と女性の視線が絡んだ、ほんの少しだけ殺気の混じった視線。
「それにルリちゃん、ずるいずるい! いくら妹でもそんなにアキトにくっついちゃメーなんだから!」
少女はその言葉を聞くと見せ付けるようにことさら男の腰にしっかりと手を回した。それを見たユリカの目に嫉妬に火が灯った。首を引っ込め運転席に座るアオイ・ジュンに顔を向ける。その目には炎が燃え上がり有無を言わせぬ雰囲気をまとっている。
「う〜っ、ユリカも一緒にバイクに乗る! ジュン君! 車をバイクに寄せて!!」
「ちょっとユリカ、危ないからやめなって!」
「ジュン君、艦長命令です!」
「か、艦長ってまだ艦にも乗ってないし申告してないじゃないか」
ユリカの据わった視線に内心たじろぎつつも諌めることを止めないあたりほんの少しだけ彼には根性があった───。
「しゃらっぷ! そんなこと言うジュン君とは絶交!!」
「わ、わかったよユリカ。もう……」
───のだろうか?(笑)。恋する男はこんなにも弱いものなのか、あっさりユリカの言葉に負けてしまう。
ジュンにとって絶対に拒めない言葉を言われ渋々車をバイクに寄せていく。ユリカは再度窓から身を乗り出すとアキトの乗るバイクに向けて手を伸ばした。
その様子を見て目を剥いたアキトが喚いた。
「わ、バカ! ユリカ、危ないからやめろって!!」
「アキトさん、減速」
後ろに座る少女ホシノ・ルリが冷静にアドバイスを与えた。アキトは転倒しないように注意しながらブレーキを操作し、ギアを下げスピードを落とした。
「……あれ? って、うわわわわぁあっ!?」
ユリカの視線から見る見る下がっていくアキトに彼女は慌てて余計に身を乗り出した。そのせいでバランスを崩し外に転げ落ちそうになった。ジュンが慌ててユリカのスカートを掴んだので転げ落ちることはなかったが。
安堵したユリカとジュンの耳に聞こえてきたのはぷつんという何かが弾ける音。ユリカはおそるおそる視線を車内に向けると自分のスカートが脱げかけ白いモノが見えていた。真っ白なパンツの後ろにはデフォルメされた可愛いクマのプリント。
(ふっ、そういえば最近、ユリカ太ったって言ってたっけな)
ジュンの心はすでに現実逃避を始めている。ユリカの顔がこわばり彼の顔を見た。先ほどとは違う意味でジュンの背筋に寒気が走る。一刻も早くこの場から逃げろという直感を覚えたが、あいにく運転中で逃げ出すことはできない。
ユリカの頬がぷるぷると震えだし悲鳴が車内に響き渡った。その大声にジュンの耳はおかしくなりそうだった。
「き、き、きっ、きゃあぁぁぁあああっ! この、ジュン君のえっち、すけべ、デバガメ!!」
「ちょ、ちょっとユリカ! ごか……うぐぅ!!」
慌ててスカートを上げようと暴れるユリカの細くて長い足がジュンの横顔にめり込んだ。それも何度も蹴り込まれ、赤いものが飛び散りみるみるジュンの顔が───怖くてこれ以上は説明できない。
その様子をアキトとルリがあっけにとられながら見ている。ユリカたちの乗る車の後ろにいたので中の様子が良く見えた。
「……壮絶、だね」
「ええ」
まるで他人事のようなアキトの言葉に呆けたような声色で同意するルリ。この場合、誰が一番可愛そうなのか考えようとして止めた。目の前の車がスピードを落としたのでアキトが更に減速したからだ。
ユリカとジュンの乗る車は蛇行したあげく、よろよろといった感じで藪に突っ込んでいった。幸い対向車がなくて良かったがいたら大事故になっていただろう。
ルリはそれを見てもバイクを止めないアキトに聞いた。
「……まずいんじゃないですか?」
「ああ、あの歳でクマさんぱんつは……ちょっと」
アキトの見当違いな言葉にルリは思いっきり顔をしかめた。
「ちがいます!! ぱんつの話じゃありません!! どこを見ているんですか、アキトさんは!?」
「え? あはははって……痛ただだだだっだだだ。ごめん! だから脇腹を抓るのはなしだって」
インカムから聞こえてくる少女の声に不機嫌が混ざっているのを感じたアキトは笑って誤魔化そうとしたが、脇腹に鈍い痛みを感じた。どうやら見逃してはくれなさそうだった。
あまりのボケ加減にルリはアキトの脇腹に爪を立てたのだ。もっとも爪など伸ばしていない、握力の弱いルリの抓りなど大して痛くないのだがアキトは大げさに痛がった。
「もう! ユリカさんの事です。心配しなくて良いんですか!?」
「ああ、ユリカ? 大丈夫だよ、あの程度で死ぬタマじゃないから」
アキトは事も無げ言いきり、ちらりとバックミラーを見た。藪ががさがさ動きユリカの這い出てくる姿が見えた。
「……アキトさんって時々ユリカさんには容赦がないですよね」
「そう? 別に意識して言っている訳じゃないんだけど」
アキトの言葉を聞いたルリは相変わらずの天然ぶりに苦笑する。この人はいつまでもそうなんじゃないかという気がして仕方がない。なので追求するのは止めた。
「そうですか、まあ良いです」
「なんか引っかかる言い方だよ」
悪戯っぽい笑いと共に言われたアキトは不満を漏らす。
「そうですね……じゃあこれから私のことを“ルリ”って呼んでくれたら教えてあげます」
「ええっ!? ルリちゃんで良いじゃない、その方が可愛いし。それにルリちゃんの“アキトさん”って言うのも違和感バリバリなんだけど。今までみたいに“おにいちゃん”で良いのに」
アキトの言葉にルリは決意を込めた声色で言い切った。
「それは駄目です。今までの生活とは違う、新しい生活が始まるんですから。だから苗字もテンカワから元のホシノに戻しました、心機一転です」
「良く分からないけど。女の子の呼捨てってあまり好きじゃないんだけどなあ」
アキトのぼやきにルリは再度苦笑をもらした。
(ユリカさんの事を呼捨てにしているのをすっかり忘れていますね)
それともあまりに関係が自然すぎて気づいていないのかもしれない。その点にルリの思考が至った時、ちくりと胸が痛んだ。
「……あの、ユリカさんは呼び捨てですよ?」
「え? あれ、言われてみれば……なんでだろ?」
アキトは首を捻りいろいろ思い返してみる。
彼女ミスマル・ユリカと出会ったのは火星にいた時。火星の極冠に未知の《遺跡》が見つかり自分の両親が調査に行っていた時だった。隣が彼女の家で、自然に遊ぶ仲になった。
アキトは子供の性で友人たちの企てる遊びと悪戯の数々に参加していたが、ユリカがそれに加わるとなぜかアキトだけ悲惨的な出来事が次々と起こった。
クレーン車で遊んでいたユリカを止めようとしたら暴走。花火をやればユリカがアキトに向けた特大ロケット花火(消えたと思っていたら実は導火線が生きていた)が打ちこまれ爆発、釣りをしていればコケたユリカに沼に突き落とされ、野球をやればユリカの振りぬいたバットが手から滑り落ちアキトの顔面直撃……etc。
思い出すだけでも冷汗が流れるような災難が何度もあった。
おまけに女の子と一緒に居れば悪友達にからかわれるのは必定、そして仲間外れ。誤解を解こうとすればするほど孤立し、結局アキトと遊ぶのはユリカだけになった。
そんなこともあったのでアキトのユリカに対する対応は表面上、かなり容赦がない。アキトにしてみれば彼女は“不幸を呼ぶ女”だから。
「幼馴染だからじゃないかな。それにあいつといるとあんまり良い思い出がないんだ、ユリカはオレにとって“不幸を呼ぶ女”だから」
そう言ったアキトの言葉にルリは複雑な思いをする。幼馴染という点なら彼女も一緒のはずだった。
幼い時にネルガルによって研究施設から保護され、アカツキ家と親戚のテンカワ家に預けられてアキトと共に育った。そして彼女は普通の人間とは違っていた。
彼女、テンカワ・ルリ改め、ホシノ・ルリは“マシンチャイルド”と言われる遺伝子に手を加えれられた存在。彼女たちが生まれるきっかけになったのはやはり人工生命体という存在があったからだ。
世界条約で禁止された人工生命体だったが彼女たちが扱う艦の戦闘能力はずば抜けて高く軍としては捨てがたかった。かといって人造人間が人間の存在を脅す事を考えれば容易に使用できない。
そこで人間をベースにナノマシンの遺伝子改造により情報処理能力と伝達機能を強化した人間が生み出された。これが“マシンチャイルド”と呼ばれる人間で、人によっては“コーディネーター”と言うこともある。人工生命体と同じように人間の陰に属する存在で隠匿されるべき人間だった。
名前の由来は人工生命体の生みの親の一人、新城ナギという女性が計画していたプランの一つから名づけられたといわれている。
言ってみれば“マシンチャイルド”は製造が禁止された“戦闘用レプリス”の簡易版とでも言える存在。やはり遺伝子改造の弊害で普通の人間より色素が薄く、白い肌と銀髪を持ち瞳の色が違っていた。
そしてプリムローズとの差で一番大きなものはプリムローズが真紅の瞳を持つのに対して金色の瞳だということ。一部のプリムローズが金色の瞳を持っていたという情報があったが未確認のままになっている。
能力的な差としてはまず身体運用能力。強化体質であったプリムローズと違い人間がベースの為、普通の人間と変わらないか、もしくは遺伝子改造の弊害で虚弱体質気味。訓練次第では戦闘も出来るがプリムローズより格段に弱い事には違いなかった。
“マシンチャイルド”のウリであるIFSもしくは電子変換による情報処理能力も、専用バイオチップと回路を組み込まれている人工生命体たちの8割ほどになっている。それでも普通の人間や情報処理機器に比べれば数十倍の処理能力を持っていた。
ホシノ・ルリのIFS処理能力はA+という判定が下されている。ネルガルではマシンチャイルドの“完全成功例”としてルリを確保し、テンカワ家に預けた。
彼女は来るべき新世代の新造戦艦の為に用意されたパーツ。それらは新造戦艦のプランを計画したネルガル上層部の数人が知っていることだった。もちろん会長であるアカツキ・ナガレも知っている。
本当は試作戦艦である宇宙戦艦〈ヤマトナデシコ〉が竣工した時点でテンカワ家から呼び戻され、オペレータとして徹底的に訓練が施されるはずだったが会長のナガレが幼すぎるとして許可しなかった。
ルリが16歳になったのでようやく許可を出し、〈ヤマトナデシコ〉の不備を改修し量産艦として竣工した宇宙戦艦〈ナデシコ〉のサブオペレータとして乗ることになった。
ルリにしてみればわずかではあったが自分がサブという立場に疑問を持っている。自分の能力の高さを知っているだけにメインが勤められるはずだと思っていた、だが実際はサブオペレータ。
それは乗り込む艦に彼女と同等かそれより優れているマシンチャイルドがいるという事。それはどんな人間なのか、ルリは自分と同じ立場であるマシンチャイルドに逢える事を楽しみにしていた。
さて、こんなことを語っているうちにアキトとルリは彼らが乗り込む予定になっている〈ナデシコ〉が建造されたネルガル重工佐世保ドックにやってきた。
2人を見て訝しげな表情をしている門番に通行パスを見せ、あっさり通り抜けるとドック近くにある受付所の側にバイクを止め、中に入った。
「おやおや、テンカワさん、ホシノさん。ご無沙汰してますねえ」
そう言ってにこやかに笑っているのは赤いベストを着、ちょびヒゲをはやしたプロスペクターだった。
「あ、プロスさん、久しぶりです。またお世話になります」
そう言ってアキトとルリは頭を下げた。
「いえいえ、テンカワさんの美味しい料理は士気に直結します。そしてホシノさんの愛らしい姿と力があれば〈ナデシコ〉は無敵ですよ」
そう言われたアキトは照れくさそうに笑い、ルリは赤くなって俯いた。
「オレはまだまだです。ホウメイ師匠と一緒に仕事してもっと上手くなりますよ。それもこれも師匠がオレを指名してくれたからなんですけどね」
「ええ、あのリュウ・ホウメイ女史が“私の厨房にはテンカワが必要だ”と言わしめるくらいですし。期待してますよテンカワさん」
「頑張ります!」
プロスの言葉にアキトは嬉しそうに頷いた。アキトの夢は師匠を追い抜き世界一のコックになること。その師匠リュウ・ホウメイは名料理人として料理界では知られた存在だった。
アキトは彼女に弟子入りし料理を学んだ。最初はスポンサーであるネルガル関係者のコネで入門したアキトに期待していなかったホウメイだが指導するうちに彼の料理に対する熱意と才能に惚れ込んだ。
ちなみにアキトは自分がネルガルのコネで入門できたとは知らされていない。
「こいつは良い料理を作るようになる!」
そう思ったホウメイは厳しくアキトを鍛えた。取り合えず世間に出しても問題ないレベルになると今度は一人で修行してみろと言われ、アキトは様々な店を回って腕を磨いていた。
ナデシコに乗る直前に勤めていたのはユキタニ・サイゾウというオーナーがやっている雪谷食堂というところだった。アキトの愛車・スーパーカブもここで手に入れた。
プロスが腕時計のような物をアキトとルリに手渡す。2人はそれを受け取りマジマジと見た。一見、腕時計のようにも見えるがそれだけではないようだ。
「これはコミュニケと言いまして艦内での連絡に使用します。お休みの日はともかく、通常は常につけておいてください」
「「わかりました」」
2人は頷き腕につける。それを確認したプロスは胸を張ると通りの良い声で宣言した。
「ではテンカワさん、ホシノさん。我がネルガルの誇る新鋭戦艦〈ナデシコ〉に向かいましょう!」
バイクを押した2人を引き連れ、プロスは門番が2人直立不動で警戒を行っているドックの入口を潜り抜け地下に降りていく。この第一ドックは地下にあり、そこで建造されているようだった。
アキトは興味深そうにキョロキョロとあたりを見ていたが、ルリは先ほど見た門番たちの姿を思い出していた。完全武装の兵が詰め所にもいたのを見てかなりの警戒態勢がとられているのを疑問に思ったのだ。
民間が使用しているドックに正規の兵がいる事自体、何か不穏なものを感じさせる。
「プロスさん。今の人たち連合軍の人ですよね?」
「ええ、ドックの警戒と防衛は連合宇宙軍にお願いしているんですよ。それだけ我が社の戦艦に興味があるという事です」
ルリの疑問にプロスは何でもないように答えた。
それでも彼女は納得出来なかった。今の軍艦の主武装となっている重力波動砲は80年近く前に制式化された兵器。出力にもよるがディストーション・フィールド(以下DF)で完全に防げる。武装としてはすでに陳腐化している兵器だった。
幾ら新鋭艦とはいえ、それらを搭載した通常戦艦を軍が数少ない兵を出してまで防衛するものか疑問に思ったのだ。平和な時代にあって連合軍は兵と艦の削減を行っており、余剰の兵力は存在しない。徴兵をかければ数倍になるがあくまで戦争が起こってからだ。
ネルガルが運営する民間戦艦という訳の分からない立場の艦であるなら尚更だった。民間が軍に匹敵する武装化を許さず、監視という事なら納得できたが……。
もしかしたらネルガルと軍は裏で何か取引があるのかもしれない、ルリはそう思うと取り合えず納得したような表情を作った。
さてこの世界の軍事技術だが重力波動砲は先述した通りで、艦によってはDFを撃ち抜けるレールガンを搭載しているものもあるが実弾でコストパフォーマンスが悪く、搭載できる弾数にも限りがあるので主武装とはなっていない。
この世界における軍事技術の進歩は鈍く画期的な進歩は遂げていない。小規模な紛争はあったが地球連合というまとまりがある故に大きな戦争もなく兵器もダウンサイジングと細かいバージョンアップに留まっていた。
地球で発見された《遺跡》が失われてから80年、オーバーテクノロジーの湧き出る泉であったこの黒い箱が行方不明になったことは地球にとって良かったのか悪かったのか未だに結論が出ていない。
機動兵器が通れるサイズの分厚い対爆ドアの端にある人間サイズのドアを潜り抜けたプロスが鎮座している巨大な物体を指差した。
「さあ! これが我が社の誇る機動戦艦〈ナデシコ〉です!!」
アキトとルリは真っ白い船体を見上げるようにして全体を見た。三胴型の船体にシャトルのような巨大な艦橋が乗っかっている。後部には2基の核パルスエンジンと4基の双転移機関。
双転移機関も75年と言う歳月を経てダウンサイジングと高出力化が行われた為に戦艦としては小型の艦体に4基という破格の数を載せられるようになった。それでもエンジンブロックは通常戦艦に比べると小さい。
そして艦橋の前後に巨大な3連装2基6門の主砲が鎮座している。白い船体に対して鋼色をした3連装砲塔は何となく違和感を感じさせた。後付されたといっても良いような違和感がある。
「……変な形」
その姿を見てルリがぽつりと漏らした。その感想を聞いたプロスはがっくりと肩を落とした。
「……やっぱり、そう思います?」
プロスの無念そうな声がドックに響いた。
「ええ、なんか違和感バリバリなんですが」
アキトの正直な感想にプロスはキレてしまった。
「そうですか、やっぱり。でも仕方ないじゃないですか!! 上から急遽改装命令が来て突貫工事で実弾主砲を搭載したんですよ。本当なら出力向上型の重力波動砲のみを搭載し、4基の双転移機関で機動力を向上させた超高速機動戦艦のはず……(以下、愚痴が続くので略)」
アキトとルリはプロスの愚痴を苦笑しながら聞いている。しまいにはボーナスの査定にまで話が及んではさすがに止めるしかなかったが。
「ぷ、プロスさん。〈ナデシコ〉ってそれ以外に特徴はないんですか?」
アキトの下手な話の逸らし方にプロスは、はっ! とするとずれ落ちかけている眼鏡をくいっと上げ冷静な表情を作った。
「失礼、私とした事が取り乱してしまうとは。〈ナデシコ〉のウリですがね、破損した場合でも交換が容易なユニット化された船体構造です。これにより素早い戦列復帰が可能なんですよ! いや〜さすが我が社、やってくれますよ!!」
(……立ち直りが早いですね、プロスさん。でも相当気にしているみたいですが)
ルリはプロスの表情を見てそう思った。半ばヤケッパチのように一挙に説明したプロスはコホンと咳をするとさらに言葉を続ける。
「それだけではありません、基本は戦艦ですが、作戦によってユニットを換えるだけで機動兵器母艦にも、雷撃母艦にでも変更が可能です。その為にコアとなる艦体は重巡洋艦サイズでまとめてあります」
「それって〈ナデシコ〉は戦艦ではなく統合艦ってこと?」
「はい、さすがホシノさん。察しが早くて助かります。艦種こそ機動戦艦と言っていますがね」
我が意を得たりとプロスは嬉しそうにルリを見た。ルリは目を輝かせるとプロスににじり寄っていく。
「じゃあ、〈ナデシコ〉にドリルはつけられる?」
「……ええ、この艦の設計者がモールユニットなるものを開発していたはずですが」
「戦艦にドリルって変じゃないですか?」
アキトの呆れたような言葉にプロスより先にルリが答えた。
「そんな事ありません、75年前にこの世界にあった超兵器にはドリルがついた〈アマテラス〉そして〈イワト〉がいました。ドリルと大艦巨砲は“漢の浪漫”だけではありません、少女の浪漫でもあるんです!」
「……(汗)」
ルリの言葉にプロスの額に大きな汗が浮かんだ。
(……ルリちゃんってコレがなければ、最高に可愛い女の子なんだけど)
熱く語るルリの目には陶酔がある。アキトの兄バカな意見はさておき、その視線に気圧されつつもどこで妹の養育を間違ったのかと記憶を振り返り、そして天を仰いで嘆息した。
もっともアキトの視線の先には青空ではなくドックの天井があっただけだったが。ルリのこの性格を形成した原因はアキトにあった。
子供は強そうな物に憧れる。アキトも例外ではなく、カブトムシやクワガタ、そして主砲を天に向けた巨大な戦艦が好きだった。戦艦の載った本を集め読んでいる側にアキトに懐いているルリがいた。
親たちは研究で忙しく必然的にルリの面倒はアキトが見ることになった。一緒に読んでいるうちにいつの間にかアキトより詳しくなり……彼が料理に興味を移した後もルリは軍艦に興味を持ち続け───現在に至る。
───後に“電子の妖精”と呼ばれるホシノ・ルリ、実は軍艦マニアでドリルフェチ。
彼女の特集を組んだ広報を出すにあたって、彼女を崇拝する某艦長が取材を受けた。その言葉によると「その愛らしい姿とのギャップが素晴らしい」との事だが変人同士の和み合いということで無視され、軍の広報に載ることはなかったが。それにルリが軍艦マニアだというのはイメージが崩れるとして宇宙軍トリプルAクラスのトップシークレットだった。
それはさておき。
アキトとしては軍艦より料理、女の子としてお洒落に興味を持って欲しいというのが本音だったが、種を蒔いたのが自分なのでそんな事は言えなかった。
「そうですか、その方にはぜひ完成させていただかないと」
プロスの言葉にルリは満足そうにかつ嬉しそうに頷いた。アキトの思考はいつの間にかとんでいたようだった。
「……出航まであと一週間あります、その間に艦内を……」
ウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
ルリの言葉をさりげなく無視したプロスの声に重なるように対空警報が鳴り響いた。
「え?」
「敵襲! 艦内警戒パターンB態勢に移行します。メインスタッフは各部持ち場にて待機してください」
ドックに可愛らしい女の子の声が響き渡る。耳心地が良く聞いていて不快にならない声だった。
アキトたちの側に一人の巨漢が駆け寄ってくる。頭を角刈りにし、いかにも軍人然とした雰囲気をしていた。
「ミスター! 艦長はどうした!」
「ゴート君、艦長は脱輪事故を起こして遅れると連絡がありました。それにこれはどういう騒ぎですか?」
プロスの脱輪事故という言葉を聞いてアキトとルリの心臓が跳ね上がった。
「なにぃ! こんな時に艦長が不在だと!? マスターキーがなければ〈ナデシコ〉は動けんぞ」
プロスの言葉にゴートは絶句したが、すぐに我に返ると慌てて状況を説明した。
先日、佐世保沖200キロの地点に落下し、海中に沈んだ隕石と思しき物の側から未知の軍隊が現れ、この佐世保基地を攻撃しはじめたというのだ。
敵戦力は機動戦艦1、巡洋艦と思しき艦1、小型機動兵器80。いずれも見たことがない形をした物で地球側にとって未確認兵器だった。
「現在は連合海軍と宇宙軍が防衛に当たっているが敵の数が多い、奇襲の効果もあってこちらが不利だ」
「でも上には連合宇宙軍佐世保鎮守府所属の機動戦艦〈つばき〉〈さざんか〉が……」
ルリの言葉に絶望的な表情を浮かべゴートが遮った。
「駄目だ、緊急出航前に機動兵器に叩かれ、今は湾内でスクラップだ」
「そんな!」
「ミスター、私は万が一に備えて戦闘艦橋にいる、ミスターたちも早く乗艦してくれ」
そういうとゴートは巨体を感じさせない素早い身のこなしで走り去っていった。アキトとルリはゴートを見送ると向き合った。
「脱輪事故って? もしかして艦長って……ユリカ!?」
「そう、みたいですね」
アキトたちの言葉を耳ざとく聞いたプロスがその疑問に答えた。
「ええ、ミスマル・ユリカ嬢がこの〈ナデシコ〉の艦長なんですよ。機密保持の為、乗艦する人間の身元と詳しい役職は伏せてあったんですがねえ……あ、テンカワさんはミスマル艦長とお知り合いでしたか」
「ええ、しかし参ったな。同じ艦に乗るとは知っていたけどアイツが艦長だなんて。今から降りたい気分だよ」
アキトの溜息とかき消すようにドック全体がかなり大きく振動し、天井から埃や取り付けの甘い部品が落ちてくる。その様子を見たプロスがまずいと判断したのか表情を引き締めた。
その鋭い目つきにアキトとルリはビックリした。
「さ、ここにいては危険です。〈ナデシコ〉艦内へ退避しましょう!」
プロスが先頭を切って走り出す。その後に素早く愛車に跨ったアキトとルリが続いた。格納庫に駆け込んだ2人はプロスから指示を受けた。
「ホシノさんは私と戦闘艦橋へ。メインオペレータの方がまだ来ていませんので〈ナデシコ〉のオペレートをお願いします。テンカワさんは艦内が不慣れですのでそこのパイロット待機室で待っていてください」
「わかりました! ルリちゃん、頑張って!!」
「はい、頑張ります」
ルリはアキトを安心させるようににっこり笑うとプロスと共に戦闘艦橋へ上がっていた。アキトはその後ろ姿を見送りながら暗澹たる思いになった。
〈ナデシコ〉は地球から火星まで往復するデモンストレーションを行ったあと軍に引き渡される事になっていた。そのため引き渡されるまでは軍行動というよりは遊覧に近い形になっている。
軍高官たちも乗り込む為、コックは指折りの人間が集められ艦内はもてなしの為か軍艦としては女性比率が高かった。
つまり戦闘は想定されていないし、そもそも平和な時代なので戦闘行動を行う必要などないはずだった。戦闘はないとプロスから言われていたのでアキトは乗艦することに承諾したのだ。妹のルリがスタッフとして乗るということも理由の一つではあったが。
それなのに〈ナデシコ〉出航前からいきなり敵の奇襲、それも未知の敵が現れたなどアニメや漫画の世界だった。そんなことを考えているといきなり襟首を掴まれ待機室から引きずりだされた。
「おい、パイロットが何やってんだ! もたもたせずに出撃準備をしやがれ!!」
アキトが掴まれた襟首の手を振り払い、引きずり出した人間を睨み付けた。白いつなぎを来て眼鏡をかけた神経質そうな男だった。額に血管が浮かび本気で怒っている。
「ちょ、ちょっと! オレ、コックでパイロットなんかじゃ……」
「やかましい! 腰抜けのチキン野郎! 戦いたくないからって言い訳してんじゃねえ。そのパイロット用のIFSは伊達なのかよ」
そこまで言われたアキトはえ? っと驚いた。自分のIFSがパイロット用?
「ちょ、これがパイロット用ってどういう……」
「この緊急時にいい加減にしやがれ、しらばっくれやがって! 他のパイロットは明後日になんねえと来ねえんだ!! 今、機動兵器に乗れるのはお前だけなんだよ」
そういうとアキトの腕を引っ張り格納庫の奥にあるハンガーに引きずっていく。アキトの眼前にそびえたつのは人型をした白い機動兵器。
「ネルガル重工の新型機動兵器〈エステバリス〉だ。オレが直々にいじっているから他の機体より反応が良いぜ」
男は親指を立て自慢をする。アキトは無理やりコックピット(後から聞いた話によるとアサルトピットというものらしい)に押し込められてしまった。
仕方なく操縦系を眺めてみると通常のIFS機器と大して代わりがないようだった。そもそもIFSはイメージを伝える事で操縦を可能とする操作方法なだけに、動かすだけなら自分の身体をイメージすれば何とかなるはずだった。
アキトがそんなことを考えているとインカムに耳を澄ませていたさっきの男の声が聞こえてきた。
「おい、やべえぞ! 外の連合軍が負けちまった。このままいけば〈ナデシコ〉は拿捕か撃沈のどっちかだ。下手すりゃ俺たちは戦死だ」
「そんな!」
アキトの言葉を無視し、その男は艦橋に通信をしているようで何度か頷くとアキトに向かって怒鳴った。
「戦闘艦橋から命令だ、〈ナデシコ〉が起動、出航するまで囮になって10分の時間を稼げだとよ!」
その言葉にアキトは震えた。コックの自分が何でパイロットなんかやらなくちゃいけないんだという思いがあった。その思いが顔に出たのか眼鏡の男がじろりとアキトを睨むと言い捨てた。
「じゃないとみんな死んじまうんだよ」
アキトはその言葉に想像をしてしまった。業火に包まれて自分が死ぬのも怖い。ましてやルリやユリカが、そして知り合いのプロスたちが戦争に巻き込まれて死ぬという想像はもっと怖かった。その想いがアキトに決断をさせた。
「わかりました、やります! 出してください。攻撃しなくて良いんですよね? 逃げ回っているだけで!」
「ああ、囮だからな。だけどよ、パイロットのくせにしょうがねえ奴だな」
アキトはそれに対して何も言わずハッチを開けたままハンガーにかけてあった銃を取り、指示された地上へのエレベータに向かった。
─ 同日 佐世保ドック ナデシコ戦闘艦橋 ルリ ─
一方、サブオペレータを勤めるルリはプロスの案内で戦闘艦橋に上がり、メインオペレータの席に座っていた。
と、いってもマスターキーがないことには艦の起動が出来ない。艦を集中制御している【オモイカネ】にアクセスできない事には何も始まらない。それでもコンソールの配置などを頭に叩き込み、すぐにオペレートが出来るように準備していた。
「はい、これどうぞ」
そう言って紙コップを手渡してくれたのは栗色の長い髪をした、色っぽいお姉さん。
「ありがとうございます。あ、私、サブオペレータのホシノ・ルリです、よろしくお願いします」
そう言ってルリはぺこりと丁寧に頭を下げた。
「私はハルカ・ミナト。この艦の操舵士よ」
にこにこといった感じの笑顔を浮かべるお姉さん。ルリは不思議そうに彼女を見つめた。
「あ、こんな格好しているから操舵士っぽくないけどね。ま、それはお互い様か」
そう言ってけらけらと笑っている彼女の制服は胸の部分が大きく開けられている。それでも豊満な胸は窮屈そうに見えた。ルリはちらりと自分の胸を見て溜息をつく。貰った紙コップのスポーツ飲料を自棄気味に一気に飲み干すとむせてしまった。
「けほっ、けほっ!」
「ほらほら、そんなに急いで飲まなくても大丈夫よ。艦長が来るまでこの艦は動けないんだから」
そう言ってルリの背中をぽんぽんと優しく叩いた。
「あ、すみません」
「なに和んでいるんですか〜?」
さらに女性が一人、会話に混じってきた。髪をお下げにした少しそばかすの残る顔。ルリはその声に聞き覚えのあることに気づいた。さっきの放送で聞いた声だった。
「わたし、メグミ・レイナード。通信士をやってるの、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
さらに3人の耳にヒステリックな喚き声が突き刺さった。
「キ〜〜〜〜ツ!! そこ、なに和んでいるのよ、戦闘中でしょ!!」
三人を指差した男の表情は怒りのあまり頬の肉がぷるぷると震えている。
「ムネタケ少佐、少し落ち着いてください」
プロスがやれやれといった感じでキノコ頭の軍人を宥めている。彼はムネタケ・サダアキ少佐、軍監として〈ナデシコ〉に乗る事になった軍人だった。それ以外にもこの艦に乗る事になる高官の世話係という役目もある。そんな立場の人間なので当然、デスクワークが主体で実戦経験などない。
「おかしいのはアンタたちよ、未知の敵なのよ!? エイリアンなのよ! それも外にいる精強の連合軍が負けるほどの!」
ムネタケの言葉にプロスは内心で呟いた。
(連合が精強、ですかねえ?)
「確かに未知のってあたりは怖いですが、まあ大丈夫じゃないんですかね」
プロスはのんびりと自慢のちょびヒゲを撫でながらムネタケに答えた。
「敵の攻撃、このドックの直上に集中しているようだ」
ゴートが地上と通信し集めた情報を元に戦況を分析して報告してきた。
「狙いはこの〈ナデシコ〉のようですね」
「だったらのんびりしていないでこの艦の対空ミサイルで上のハッチを吹き飛ばして敵を焼き払って出航しなさいよ! このまま敵の攻撃を受け続けたら生き埋めになっちゃうでしょ!!」
プロスの宥めにも一向にムネタケは落ち着かず、喚き散らしている。その言葉を聞いたミナトたちがプロスに向かって発言した。
「それって地上で戦っている兵隊さんごと吹き飛ばせって事よね?」
「……バカですね」
「え〜、それって非人道的じゃないですか?」
三者三様の意見が出て、それを聞いたムネタケが更に激昂した。
「きぃぃぃぃい! どうせ皆死んでいるわよ! 民間人風情が知った風な事を言わないでよ!!」
ムネタケの暴言にゴートが無表情に落ち着いた声色で説明した。退役軍人のゴートの方がよほど落ち着いていた。彼は従軍経験を持ち、実戦もこなしている人間でこの〈ナデシコ〉の戦闘班長に任じられている。
「少佐、民間人と言われますが彼女たちはそれぞれの分野のエキスパートです。特に艦長は戦略戦術シミュレーションの天才、連合兵科大在学時には無敗を誇った逸材です」
「じゃあ、その逸材はナニやってんのよ! そもそもその艦長がいないから動けないんでしょが!!」
その時タイミング良くブリッジの扉が開き、長い黒髪をした女性(額に絆創膏付)と頬に足跡をつけ絆創膏と包帯だらけの男が入ってきた。
「ごめんなさ〜い! みなさ〜ん、私がぁ、この〈ナデシコ〉艦長のミスマル・ユリカで〜す!! ぶいっ!!」
(これでアキトと皆の心をキャッチ!)
そう言って得意気にVサインを出してにんまりするユリカ。その後ろでは絆創膏男が頭を抱えていた。
「「「「ぶい?」」」」
ユリカの破天荒な挨拶に唖然としたブリッジクルー。
「……バカ?」
「あ〜! ルリちゃん、ひど〜い。ユリカのことバカって言った」
ユリカの着任の挨拶を溜息混じりで聞きぽそりと漏らしたルリの呟きが聞こえたようでユリカの大声が戦闘艦橋に響いた。あまりの大声にブリッジにいる皆の耳が麻痺したようになる。
(相変わらず地獄耳ですね、ユリカさん)
痛む耳を押さえながらルリはぽそりと言う。
「……事実です」
「う〜っ、そんな事言うとアキトにしかって貰っちゃうんだから! ……ってアキトは? あれ? あれれっ? いないのー?」
ユリカは思い出したようにキョロキョロと艦橋を見回す。ルリ以外に知っているのはプロスとゴートだけだった。
「テンカワさんは格納庫で待機してます。それより艦長、マスターキーを」
「あ、はい!」
ユリカはとりあえずアキトの事は後回しにしたようで元気良く返事し、首から提げていた〈ナデシコ〉のマスターキーを取り出して艦長席にあるキー受付に差込むと無造作に捻った。
それと同時にブリッジの計器類に多数の光が灯り艦のエンジンと【オモイカネ】が起動を始めた。すぐさまルリはこの艦を集中制御するスーパーAI【オモイカネ】にアクセスし、出航準備を始める。シミュレーションで何度もこなした手順だけに遅滞は一切ない。
ミナトはすぐに操舵席に行き、再度出航の手順とエンジンの状態を確認し始める。
「予備エンジン始動、フライホイール点火、出力上昇中」
メグミもインカムをつけ艦内に放送流し始めた。
「〈ナデシコ〉は出航準備に入りました。警戒態勢Aパターンに変更、各員戦闘準備。繰り返します、戦闘準備を行ってください」
素早く出航準備を始める3人を確認したプロスは満足そうに頷くとユリカに顔を向けた。
「それで艦長、どうされるのです」
「ルリちゃん、出航までの時間は? それとドック注水開始」
ユリカの問いにすぐさまルリはオモイカネにアクセス、予想時間を弾き出し答えた。
「10分。それとドックの注水はすでに開始しています」
「わかりました。では艦載機を囮に出して時間を稼ぎ、その間に〈ナデシコ〉は海底ゲートを通って敵の背後を取り重力波動砲の斉射で敵を殲滅します」
自信を持って言い切ったユリカだったが彼女の作戦を聞いたプロスが凄く申し訳なさそうに言った。
「あの〜艦長、申し訳ありませんが出航1週間前ということでパイロットは一人も乗ってないんですが」
「えええっ?!」
「え? パイロットはいるぜ?」
いきなりエアウィンドウが開き、眼鏡をかけた男の顔が現れる。
「ウリバタケ班長、それは本当か?」
ゴートがウィンドウににじり寄る。その威圧にウリバタケの顔が引きつった。
「ああ、パイロット用のIFSを持っているからな」
「ではその人間を臨時に雇おう。出撃準備をしてくれ」
「おう、分かった。じゃあ出撃させたら連絡する」
そう言ってウィンドウが閉じられた。
「ですがパイロットって誰なんでしょうねえ、そんな方はいないはずなんですが」
プロスとゴートが首を捻っている。少なくとも正規のパイロット、もしくはそれに準じるような人間はいないはずだった。
「地上に向かうエレベータ稼動しています。艦載機〈エステバリス〉出撃」
ルリの言葉と同時に再度ウリバタケからウィンドウが開かれた。
「〈エステバリス〉出撃したぞ、艦橋!」
「ウリバタケ班長、パイロットはどのような方でした?」
プロスの問いにウリバタケは何でもないように答えた。
「パイロット待機室に隠れていたチキン野郎でよ、引きずりだして〈エステ〉に乗せたぜ。ぼさぼさの黒髪で“オレはパイロットじゃない、コックだ”って嘘言ってやがってよお。そのままエステのアサルトピットにぶち込んだ」
「「え〜〜〜〜〜〜っ!!!」」
そのウリバタケの言葉を聞き、内容を理解したルリとユリカの悲鳴が艦橋に響きわたった。
「て、テンカワさんがパイロット用のIFSですか。そこまで気づきませんでしたよ、私」
プロスが真っ青な顔で呆然としている。アキトはネルガル会長の身内だけに危険をおかして欲しくなかったのだ。
「ミスター、パイロットじゃないのか?」
「ええ、本当にコックさんです」
「「なんてこった!!」」
その言葉を聞いてゴートもウリバタケも頭を抱えた。絶体絶命のピンチ。
幾らIFSが操作を容易にするとはいえ、機動兵器の素人が運で生き残れるほど戦闘は甘くはない。しかも敵は未知の軍隊、アキトの戦死は確実な未来だった。そのことに思い至ったユリカが泣きそうな顔でメグミに出撃する〈エステバリス〉に通信を繋げるように命じた。
「え〜っと、メグミちゃんだっけ? 艦載機に通信を繋げて、急いで!!」
「はい!」
メグミが〈エステ〉に通信を繋げようとするが繋がらなかった。
「駄目です、艦長! 向こうのスイッチが入っていないと思われます、繋がりませんよ……どうしよう、コックさんが死んじゃうよ」
メグミの泣きそうな声に呆然とするユリカとルリ。
その間にも白い機動兵器が乗ったエレベータは地上に近づき、そしてついに上がり切ってしまった。
プロスもゴートも固唾を呑んで地上に設置されているモニターに映った白い機動兵器〈エステバリス〉を見ている。その頭部にある赤いデュアルアイに光が灯ったのを確認した。
「いやああぁ、アキト、アキトぉ!!」
その報告を聞いたユリカの涙交じりの悲鳴が戦闘艦橋に木霊する。皆、いたたまれないような表情をし、ユリカから目を逸らした。
「ユリカさん! 泣いている暇はありません! 一刻も早くアキトさんを救出に向かわないと」
目尻に涙を溜めながらルリは出航手順で省略できるところは無視するように次々と設定を変えていく。その見事な腕は“A+”という評価に恥じないものだった。
「えぐっ、えぐっ……うん、分かったよ、ルリちゃん!」
ルリの激しい叱責にユリカは涙をゴシゴシとこすると戦闘艦橋にいるスタッフを見回しぺこりと頭を下げた。
「みんな、取り乱してごめんなさい! 〈ナデシコ〉出航準備急ぎます。各員最善を尽くしてください!」
ユリカの言葉にプロスをはじめとするスタッフは大きく頷くと自分に出来る最善の方法を取り出した。
そしてモニタに映っている〈エステバリス〉がついに動きだした。
− あとがきという名の戯言 −
ども、作者っす。最後まで読んでいただきありがとうございます。
さて、いきなり始まってしまった連合海軍物語第3部“機動戦艦ナデシコ ─ 無垢なる刃 ─”です(笑)。
はっきり言うと第一部連合海軍〜の方が煮詰まってしまい現実逃避の為に書いていたものです。連合海軍〜の方は政治の駆け引きのシーンを書くのに苦労して筆が進まず止まったままです。はっきり言ってストレス溜まりまくり故に出てきたようなこのお話。なので更新は数ヶ月に1回というような状態になりそうです。1話目はほとんど書きあがっているので早めのリリースが出来ますがそれ以降の展開をどうするか思案が必要になっています。
連合海軍〜を読んでる方は時々、“無垢なる刃”のエピソードが出ているので知っているかと思いますがヒロインはラピスとユリカです。ルリはおまけみたいな感じでしょうか。ヒーローは当然、テンカワ・アキト。
ラピスですが短編“嘘”とエピソードと無垢なる〜では彼女のキャラが異なっていますがアキトと共にいずれ“嘘”に出てくるような感じになります。そして彼らの未来も連合本編で語られたようになっていますがキャラの動き次第で変えようと思ってます。
ようやくTV版ナデシコ全話見ました。いや〜ナデシコは時ナデから入った人間なのでギャップありまくり、アキト弱いなあ(苦笑)。初めて見た感想はアキトとルリの声がいまいちしっくりこないという事。最初はゴットボイスかと思ってしまった。まあ何度か見ているうちに気にはならなくなりましたが。それと少女と言うわりにはルリがやたらスレているという点ですか(笑)。
逆にSSで心構えが出来ていたせいかユリカの破天荒な行動は意外に感じず、むしろ大人しいなと感じたくらい。先に見た映画版では回想を除きほとんどセリフがなかったので今ひとつ惚れ込み具合が足りませんでしたがようやく全話見て、声優さんの耳心地の良い声に「いや〜、ユリカ良いっすよ!」みたいな。
ユリカも良かったですがやっぱり年長組のイネス&エリナも捨てがたい。次の1話でエリナは出てきますが彼女の役割はTV版と変わらない予定です。問題はイネスさんだけど、さてどうしたものか。
つう事でだらだら書いてもしょうがないので連合海軍ともどもこちらの方もよろしくお願いします。
代理人の感想
・・・・正直いささか飽き飽きですねぇ。
場所とキャラクターを変えて同じことばっかりやってるように見えます。
そりゃまぁ、書いてる方は楽しいんでしょうけど。