連合海軍物語

第14話 インターミッション 御劔瑞葉


− ナーウィシア風雅島 ショッピングモール −


「おや。御劔クンじゃないかな?」


お目当ての服を探し、ウィンドウショッピングをしていたアタシは突然声をかけられた。

ま〜た下手なナンパかなとちょっとウンザリした顔をしつつ振り向くと・・・・・・。

艦長の養父、沖田十五提督が立っていた。

慌ててウンザリした顔を引っ込め満面の笑顔を作る。


「あ〜、沖田提督! ご無沙汰してます」


慌てて提督にむかってツイ敬礼をするアタシ。

あ、休暇中だ。


「堅くならんで良いよ、お互い休暇中だろう?」


提督はアタシのその慌てぶりを見てにこやかに笑っている。

うううっ、最初から提督だと分かっていれば・・・・・・こんな思いしなくて済んだのに。


「ハイ。提督はどうされたんですか?」

「目的もなくブラついているだけだよ。

ワシもいいジイさんだからな、たまには休暇を取らないとヘバってしまうよ(笑)」

「エ〜、そんな事ないデスよぉ、充分若いデスって」


でも本当に若く見えるんだよね、沖田提督。

長身痩躯を包むのはきちんと折り目の入った黒いスラックスにゆったり目の茶のサマーセーター。

綺麗な銀髪もオールバックにまとめて落ち着いた雰囲気をしている。

ぼさぼさの黒髪で艦の中をうろついている某艦長に見習わせたいくらい。

それにしても普段は制服姿しか見てないから凄い新鮮なんだけど。


「ま、若い女性からそういってもらえるのは嬉しいがね。

どうだね? 時間があるなら一緒に昼食でも」

「ええっ、良いんですか? でも・・・お相手がいるんじゃないデスかぁ?」


そう言ってアタシは周りを見回す。


「残念ながら一人身なんでね。そういうのはいないよ」

「そうですか、では遠慮なくお誘いを受けさせていただきます」


優雅に一礼するアタシ。


でも不思議だなあ、なんで提督は独り身なんだろう?

沖田提督って見た目、渋くて格好良いし。

態度も紳士だけどお堅いだけじゃなくってちょっとした稚気もある。

「可愛い〜」って思える「おじさま」かな、目上年上に対して失礼な感想かもしれないケド。

おまけに海軍の提督で名誉も経済力もある。


ファザコンの気のある女性だったら一発で落ちてしまいそうだし。

アタシも艦長がいなかったら提督の事が気になったかもしれないなあ、

艦長と似た感じがするし。ん〜艦長が沖田提督と似た雰囲気だしって言った方が良いのかな。


「こちらこそ、光栄だよ」

「うーん、提督って案外ナンパというか女性の誘い方が上手いんですねえ。

どこぞの艦長にも見習わせたいですよ」

「伊達に歳は取ってないって事だよ。ま、隼人は・・・しばらくは無理だろうな(笑)」

「そうかもしれませんね(苦笑)」


提督の発言に大いに賛同したアタシはそう言って肩をすくめる。


「リクエストはあるかな?」

「じゃあ、イタリアンで」

「良いね、近くに行きつけがあるからそこにしよう」

「行きつけですかぁ〜? なんか飲み屋みたいデスね」

「確かに(苦笑)。でも夜になるとバーもやっているんで間違いではないかな」

「へェ〜、そうなんデスか」


アタシたちはそんな他愛もない会話をしながらしばらく歩き、「Amber」という、

小さいけどちょっと小粋なイタリア料理店にやってきた。


へえ・・・こんなところにイタリア料理のお店なんてあったんだ。

アタシと提督は入り口をくぐり店内に入る。

ウェイターさんがアタシたちに気づき店の奥から歩いてくる。

その間に興味深くお店の様子をチェックする。

嫌味にならない程度に飾られた絵や装飾品。

ところどころに飾られた緑の観葉植物がワンポイントになっている。


ふうん、さすが提督の行き着けだけあって居心地の良さそうなお店。


「沖田さん、いらっしゃいませ」


といって頭を下げ、チラリとアタシを見て同じように丁寧に挨拶をする。


「今日は連れがいるのでいつもの席じゃないところにしてくれないかな」

「分かりました。庭の席が空いてますのでそちらに」

「頼むよ」

「では、こちらにどうぞ」


ちょうど昼下がりで空いてたみたいですぐに入る事ができた。

案内をしてくれているウェイターさんは提督とは面識があるようで

すぐに心得たというように案内をはじめる。


あたし達は案内されて庭へ出てきた。

そんなに大きくはないけど素朴な感じのする庭。

ツタの絡まった棚があり程良く日光を遮り緑の良い香りがする。

その下にテーブルと椅子があった。


「うわ〜、こんな庭があったんデスね、お洒落なお店〜!」

「そうかい? ワシの隠れ家みたいな店だよ」

「そんな大事なところに・・・すみません」

「構わないよ、ワシの方から誘ったんだからね」


提督はにこやかに笑いウェイターさんの後についていく。

席に辿りついたアタシたちにウェイターさんがまずアタシの為に席を引いてくれる。


「ありがとう」


アタシは感謝の言葉をかける。ウェイターさんは軽く一礼し続いて提督の椅子も引こうとする。

提督は軽く手を上げ、自分には不要という意志を示す。

自分で椅子を引きゆっくり座る。


「さて、御劔クンは何を希望するのかな」


提督がメニューを私に広げて見せてくれる。

「え〜とデスね、アタシは鱸のカルパッチョとムール貝のボンゴレ。

あ、提督、サラダはカルパッチョで良かったデスか?」

「ああ、それで構わない。食前酒はどうするね?」

「アタシあまりお酒は強くないんで」

「そうか、ではカンパリオレンジを2つ。ワシは舌平目の白ワインソースを」

ウェイターさんに言いメニューをオーダーする。


少したつと食前酒のカンパリオレンジが出てくる。


「「乾杯!」」


グラスを軽く合わせるとカチンと硬質の音がし中に入っている氷の音がカラカラと心地良い音をたてる。

アタシはグラス軽く傾け中身を飲む。

その途中で思い至る。

あ、なんかすっごい久しぶりのデートって感じ。

そう意識してしまうと自然に頬が赤くなる。

その頬の赤みを提督に悟られないようにアタシは艦長の事を聞く事にした。


「食事しながらで良いので艦長の事を教えてください」

「ああ、構わんよ」


前菜のタコのマリネが出され、皿に盛られた料理をアタシが小分け提督に差し出す。


「ああ、ありがとう。御劔クンは隼人の後輩になるのかな?」

「連合海軍兵科大の3期下デス。

艦長もアタシも短期コースでしたから当時は直接顔を合わせたって事はなかったデスけど」

「ほう、そうなのか。じゃあ配属で」

「ええ、艦長とは〈汐海〉配属が一緒だったんデス」


アタシは汐海に配属されることになったあの日を思い出す。



− ニホン国ナガサキシティ −

大学の庭に植えられた桜が咲いている。

2092年春、連合海軍の白い第二種軍装に身を包んだアタシはその桜を見上げていた。

今日でお気楽だった学生生活も最後かあ、そんな思いを胸の内で思いながら歩き出す。

ニホンのナガサキにある連合海軍兵科大通信科の短期コースをまずまずの成績で

卒業する事ができそうだった。

今日はその大学校の卒業式なんだよね。


アタシがココを選んだ理由は特になかった。

強いて言えば世界が戦争の真っ最中で就職するにも苦労する状況だった為、

食べるのに困らない軍を選んだ、その程度だったんだよねぇ。

戦争やっているので下手すれば戦禍に巻き込まれて死んじゃうし、

就職できずお金が稼げなければご飯が食べられず、やっぱり死んじゃう訳で。

それなら食べるのに困らない軍を選んじゃえという、

今考えると顔が赤くなるような幼稚で短絡的思考でココを選んじゃったという。


幸いな事に?(戦死された方、ゴメンナサイ!) 戦況が深刻で

きちんとした軍人さんが少なくなり人材が枯渇してきた為、

連合海軍は積極的に女性を募集するようになったんだ。

その為、連合兵科大では女性に対して大幅に入学枠を広げたのね。

で、それほどデキの良くないアタシの頭でも入学する事が出来たんだけど。

ううっ、自分で言っていてすっごい情けない(涙)


でもね、やっぱり軍系の大学。唯一の心配は最前線に配属されるんじゃないかって事。

入学の時説明されたけど、さすがに女性を最前線へ送り込むなんて事はほとんどなく、

もっぱら後方基地の通信部や補給、医療など後方任務が主体になるという事だった。

でも戦況はそんな悠長な事を言っている暇がなくなってきたんだァ。


アタシが入学して1年後、ウィルシアがハワイを占領しその勢いをもって硫黄島まで陥落させ、
ついにニホンから数百キロにある小笠原まで侵攻してきた。


その小笠原沖で海戦が発生、連合海軍は勝ちウィルシアをグアムまで押し戻したけど。

艦隊の主隊の1つでアタシの故郷でもあるナーウィシア艦隊が壊滅しちゃったらしい。

らしいと言うのはきちんとした広報で知らされなかったから。

教官たちは噂に惑わされず今はしっかり勉強するようにって言っていたけど、

やっぱりそういう話はどこからか入ってくるんだネ。

結局、教官からはその情報の真偽について語られる事はなかったけど。


アタシの友達が親が軍の高官してる先輩から仕入れた情報によるとやっぱり壊滅したのは確からしいって事。

連合海軍の中でも精強を誇ったナーウィシアの艦隊がなぜ壊滅したかは

詳しい説明はなかったけどまた不利になった事には違いない。


ともあれこの海戦で万単位の戦死者が出ているので、

ますます人材不足になりアタシたちが卒業する頃には前線行きという娘も出てくる始末。


あー、ホント世の中嘘つきな大人が多くて困っちゃうよねネ。

アタシはやっぱり前線行きカモ・・・そんな心配をしつつ大学の門を潜った。

 

− 連合海軍兵科大 校庭 −

「おはよう、瑞葉ちゃん、今日配属が決まるんだよね」

「あ、春海ちゃんおッはよ〜! そうだネ、どこになるかすっごい心配なんだけど」


後ろから声をかけられ振り向き声のヌシを確認する。

髪をお下げにした女の子、田中春海ちゃんとその友達が立っていた。

彼女はアタシの同期なんだ、同じ通信科ではなく補給の方だけど。


で、彼女にはとっても仲の良い姉妹みたいな友達がいるんだけど・・・周りにいる4人がそう。

5人が言うには生まれた病院から学校、あげく住んでいるアパートまで一緒で姉妹みたいなものらしい。

ここまで一緒だとギネスにも載れるんじゃないかって思ってる。

ま〜、一人っ子のアタシからするとすっごい羨ましい事なんだけど。


あ、ナーウィシアにあるアタシの家はお金持ちって訳でもないし貧乏って訳でもない。

ごく普通の一般レベルだけど、母子家庭。


母さんはアタシの世話が手を離れると就職してごく普通のOLをやっている。


父さんは造艦の仕事をやっていたんだけど戦時中にも関わらず

戦死じゃなく交通事故で亡くなった。


アタシは母さんに負担をかけたくなかったから早く独立したかったってのもある。

連合兵科大に入学すると言った時には物凄い喧嘩になった。


何日も言葉を交わさずこのまま喧嘩別れになるのかなぁと思っていたら、

こっそりナガサキシティにいる従姉妹の家へ下宿できるように手配していてくれた。

喧嘩しているようでも裏で娘の為に骨を折ってくれている母さんを知った時、

やっぱり役者が違っていると痛感しちゃった。ううっ、母さんアリガト。


母さんの寂しそうな見送りの顔を見た時、大学に入学した事にかなり罪悪感が起こったけど、

アタシは一度決めた事を撤回する気はなかった。

常々母さんから自分で決めた事なら最後まで遣り通すようにと言われ続けていたから。


で、アタシは今現在この母の従姉妹の青葉家から通学してる。

あ、だいぶ話が逸れちゃったネ。


アタシは今日で逢う事が最後になるかもしれない彼女たちを見ていく。

まず黒髪のロングヘアーをしたちょっと大人っぽい寺崎小百合ちゃん。

このグループのお姉さん的存在の人。怒るとちょっと怖いし、口も悪いけど本当はとっても優しい子なんだ。性格が天邪鬼って・・・あわわわ、睨まないでよ、小百合ちゃん!


茶髪をポニーテールにした上村絵里ちゃん。

いまどきのごく普通の女の子だけど運動が凄く得意なんだ。走るのも早いしスポーツなら何でもござれ。スポーツがあまり得意じゃない(正直に言います、運動音痴デス)アタシにとっては羨ましい限りだったりする。


栗色のセミロングヘアーをした水原順子ちゃん。

自分のことをボクと呼んじゃうけどれっきとした女の子。実は5人の中でプロポーションが一番良かったりする。(自分の胸を見て溜息)神様は不公平だよねェ(涙)。でも良いんだァ、女の価値は胸の大きさで決まるんじゃない、と・・・アタシは声を大にして言いたい訳デス。


少し幼い顔立ちのコロネ頭をしたのは佐藤美加子ちゃん。

5人の中で一番幼く見えるせいか末妹扱いになっていてマスコットキャラ。その小動物的愛らしさ(おいおい(汗)でロリな男が寄って来るのである意味可愛そうな女の子。その度に小百合ちゃんが追い払うんだけどネ。


で、最後に髪をお下げにした田中春海ちゃん。

生真面目で純朴、ちょっと田舎臭い(ご免、春海ちゃん!)女の子。でもその純朴さが良いらしく男の子が良く話しかけてくるんだけど、男の子が少し苦手で逃げちゃう。彼女自身も自分がお堅い性格をしているっていうのは分かっていて直したいらしい。でも良いんじゃないかな、昨今のお尻が浮いちゃうような軽い女の子よりずっと良いと思うんだケド。


アタシ? アタシは・・・はっはっは、どうでも良いじゃない、そんな事(泣笑)


この5人グループには更にお姉さん的な存在がいるらしい。

なんでもお父さんがニホン海軍の提督をやっていて、凄いお嬢様って事なんだけど。

アタシは残念ながら彼女を見た事がない。


春海ちゃんが言うにはそのゆかり先輩とやらは性格は優しく超美形でナイスバディ、

おまけに頭も良く(大学の戦術シミュレーションで無敗)、

運動も抜群(あの絵里ちゃんが負けたそうだ)とありとあらゆる事を極めた

ナンデモ超人のような女性らしい。

うーん、そんな凄い人なら一度は逢ってオトモダチになりたかったなァと。


そんな彼女たちと一緒に卒業式が行われる講堂へ歩いていく。

決められた席に座り式が始まるのを待つ。


そしてアタシの学生生活の最後の学校行事、卒業式が始まる。

本当は卒業にあたってニホン海軍の何とかという珍妙な苗字の少将が挨拶するはずだったのに、

急用で来られずその副官の荒々木中佐という人が代わりに挨拶している。

卒業生代表の高杉三郎太クンとやらが在校生に向けて挨拶をしていた。

最後に校歌を歌い卒業式は終了。


あとは辞令を受けて新たなる道へ踏み出す事になる。

自他ともに認めるお気楽なアタシでもさすがにこの瞬間は緊張するよ。


「御劔准尉、入りたまえ」

「失礼します」


アタシは入室し教官に向けて敬礼する。


「まずは卒業おめでとう」

「ハイ、ありがとうございます」

「そこのソファーに座りたまえ」


アタシは指し示されたソファーに座る。

教官は引き出しから封筒と少尉の階級章を取り出しアタシの目の前に置く。

この封筒の中にアタシの未来があるんだ。そう思うと自然と心臓がばくばくしだす。


「今までは士官予備学生だったが今から君は少尉だ。階級章をつけたまえ」


アタシは襟にある准尉の階級章を取り教官に返却し、

そして目の前にあった少尉の階級章を付けた。


「よろしい。では辞令を読む」


教官が辞令を開きその文面を見る。

アタシは緊張の面持ちで教官の顔をじいと見つめる。

一瞬いや半瞬にも満たないけど教官の眉が動いた。

その動きを見てアタシは悟ってしまった・・・やっぱり前線行きなんだ。

っちゃ〜、アタシって不幸?(涙)


「2092年4月5日を以ってナーウィシア海軍所属・駆逐艦〈汐海〉に通信士としての乗組みを命ず」


その動揺を悟られないように教官は平坦な声で辞令を読み上げる。

でもアタシは聞くまでもなく分かってしまった。

アタシは彼の努力を無駄にしちゃいけないと思い殊勝な面持ちで辞令を聞く。


「すまん、御劔学生」

「え?」


そう言って辞令をアタシの手に渡す。

アタシは突然教官に謝られた事にびっくりし彼の顔をマジマジと見てしまう。


「前線に出るのは君だけじゃないんだ」


彼もアタシの表情から自分が辞令を言う前に気づかれてしまったというのを察したようだ。


「そうですか」

「本来なら護るべき、君たち女性を戦場に送り出すという事は・・・軍人として承服しがたい。

だが今はそんな事を言っている余裕が軍には無くなってしまった。

言うまでもなく、俺を含め正規の軍人がだらしないせいだ。

俺たちはベストを尽くして戦ってきたつもりだ。

だがそれでも結果として君たちを送り出す事になってしまっている。

本当に申し訳ないと思っている」


そう言って彼は再度アタシに向かって頭を下げる。

アタシは彼に頭を下げられるようなエライ人間なのだろうか?


兵科大学に入学し、軍に入ったのだって食べるのに苦労しないから。

たったそれだけの理由だ。

国や大事な人を護りたいとか、世界平和を取り戻したいとか

そんなご大層なことは何一つ思っちゃいない。

でも自分的にはきちんとした理由だと思ってもいる。

だが彼等からすればある意味お気楽な理由ではないのか?


目の前にいる教官、白鳥九十九少佐は前線で自分の職務を全うしそれでもここにいる。

アタシは教官の左腕を見る。その片袖はゆらゆらと揺れている。

教官は戦闘で片腕を無くし前線勤務には耐えられないと判断され一旦は予備役に編入された。

この教官だけじゃなく全ての教官が戦で負傷し前線に出れなくなった傷痍軍人ばかりだ。

このまま軍を退職し恩給を貰いながら残りの余生を過ごす事も可能なのに。

なのに彼等はそんな状態になりながら、それでもなお自ら望んで海軍に戻り奉職している。

軍人・・・プロとして死ぬまで自分の責務を全うしようとしているのだ。


そんな彼を前線行きを命じられたからといって

アタシが罵ったり文句を言う事など出来る訳がない。

それにそういう状況の責任を取るべきはもっと上の方の人間、間違っても教官のせいって事はないはずだ。


「そんな・・・教官のせいじゃないじゃないデスか! それは教官じゃなくてもっと上の・・・」

「御劔ッ!」

「は、ハイっ!!」


アタシの言葉は途中で教官の怒鳴り声で中断させられた。

実習の途中何度も怒鳴られた声。思わず目をつむりカメのように首をすくめてしまう。

教官はすっと片腕を伸ばすとアタシの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「きゃうッ!」

「御劔、いいか、必ず生きて還ってくるんだぞ?」

「もちろんそのつもりデスよぅ。うううッ・・・この仕打ちは酷いデス、教官」


アタシは涙目になりながら教官に乱暴に撫でられぐちゃぐちゃになってしまった

髪形を必死になって元に戻そうとする。


「おいおい、その程度で済んで良かったと思えよ。本当なら上の批判は営倉行きだぞ?

さっきお前が言いかけた事はそれで許してやる。

お前はお気楽な士官候補の学生じゃない、きちんとした軍人になったんだ。

どんな理由があろうとも上への批判は許されない、

そんな事を言っていたら軍は成り立たなくなっちまう」

「ううううっ。ハイ、分かりました」

「素直でよろしい。それと・・・ありがとうな」


教官は照れくさそうな顔をしてそっぽを向いた。

 

 

− 大学校庭 −

「あ、瑞葉ちゃん! どうだったの?」


外に出ると春海ちゃん達が待っていて声をかけてきた。


「ウン、駆逐艦に配属になったんだ。前線行きだって」

「え〜、ナニそれ! 教官に文句は言ったの?」


アタシは頭を振りその意志がない事を春海ちゃんに伝える。


「そっかぁ・・・瑞葉ちゃん前線なんだ」

「ま、ナントカなるよ、きっとネ」


その台詞にはなんにも根拠もなかったけど、いつまでも級友を心配させるのは心苦しいし。

話を変えるべく今度はアタシから春海ちゃんたちがどこに配属されたのかを聞く。


「ねねっ、春海ちゃんたちは?」


アタシの事を聞いた後だからか彼女はとても言いづらそうにしていたけど。


「私たち・・・この学校の食堂に配置になったんだ」

「そうなんだ、良かったじゃない! 5人みんな一緒なんでしょ?」

「うん、そうなんだけど」


絵里ちゃんもとても答えづらそうにしてる。


「でもさ、瑞葉ちゃんは死んじゃうかもしれないんだよッ?!

私達は安全な後方で仕事してるのに!」

「あのね、春海ちゃん、前線だろうと後方だろうと任務の重さは変わらないと思うヨ?

アタシ、なんか模範的な解答しちゃっているケド」


そうか、彼女たちは内地で任務なんだ。それならアタシの事を聞いて言いたがらない訳だ。

内地なら戦死なんて事99.9%くらい有り得ない事だし。

でもそこで僻んじゃったらさっきまでのお子様なアタシだよねぇ、やっぱ。


「ねえ、変だよ、何かあったの?」

「ううん、別に。強いて言えば・・・ちょっぴし見方が変わっただけカナ」

「そうなんだ。なんか・・・瑞葉ちゃん、辞令前と雰囲気変わったね」

「そぉ? いつも通りお気楽な瑞葉ちゃんダヨ?」


アタシは彼女たちを安心させるようにいつもの笑みを浮かべる。


そんな事を話していると卒業生代表を務めていた高杉君とやらが

親しい友人連中共にこちらにやってきた。


「おう、寺崎。良かったらこれから俺達と遊びに行かないか?」

「ふ〜ん、アンタたちと? ねえ、瑞葉ちゃんはどう思う?」


小百合ちゃんがアタシに話しを振ってくる。

春海ちゃんはアタシの後ろに隠れてしまっているし。

他の順子ちゃんや美加子ちゃん、絵里ちゃんは静観するようだ。


「ま、最後なんだし良いんじゃないデスかね」


アタシはいつも通りお気楽な口調でその提案を了承する。

最後だし学生気分を味わうのも良いカモしんないしね。


「話が早くて助かるよ、御劔は」


そう言ってアタシの肩を抱こうとした高杉君の鳩尾に肘鉄をくれてやった。


「アンタ、軽すぎっ!!」


やれやれ、アタシだけ深刻ぶってバッカみたい。

 

 

− 青葉家・台所 −

同期たちとの最後の楽しい時間も終え遅くならないうちに(当然、彼らとは清い関係なので)

帰宅したアタシはお世話になったおばさんに配属先の報告をしていた。


「じゃあ・・・前線行きになっちゃったんだ」

「うん」

「それで瑞葉ちゃんは納得できるの?」


おばさんは心配そうにアタシの顔を見つめる。


「仕方ないデスよ、入学当時とは情勢とかが全然違っちゃってますから」

「そ、それでもねえ」

「いろんな人とお話をして納得しました。あ、まだちょっと納得できてないかなァ(苦笑)」


アタシは俯いてつい不安を洩らしてしまう。


「おばさん。アタシ、死んじゃうんデスかねぇ?」

「そんな事言っちゃあ駄目だよッ! そんな事言ったら本当に死んじまうんだから!!」

「あははは、そうですね。ごめんなさい」


心配をかけるような事を言ってしまった事を後悔する。

アタシはおばさんに素直に頭を下げる。


「ね、ねえちゃん」

「ん?」


声をかけられそっちを見ると健太クンが立っていた。

この子は青葉家の一人息子で今は小学6年生。

ほかにも健太クンの姉で葉月ちゃんって女の子がいるけど普通大学進学の為、家を出ている。

そのせいか「ねえちゃん、ねえちゃん」と懐かれてしまったんだよネ。

喧嘩もしたけどアタシは一人っ子だったからこの子は弟みたいに思えてたんだけど。

あ、アタシの使っている部屋は元は葉月ちゃんの部屋なんだ。


「瑞葉ねえちゃん、前線に行っちまうの?」

「うん、そうみたいだね」


アタシは健太クンに大丈夫って意味をこめて笑いかける。


「・・・そうなんだ」


健太クンはそう言って押し黙る。

次に顔を上げた時には幼い瞳に決意を漲らせて言う。


「じ、じゃあよ、ねえちゃんって、が・・・ガサツでモテそうにないからな。

お、おっ、俺が嫁にもらってやっからよ! か、必ず戻ってこいよッ」

「こらっ、健太!」


健太クンの言い草におばさんが怒る。

おやおや、健太クンって可愛いよネ。


「ふぅん、そんな事言って良いのかな健太クン♪」


アタシの含み笑いを含んだ口元を見て健太クンはずるずると後ろに下がる。


「うッ、なんだよ〜(汗)」

「隣の咲耶ちゃんはどうするのかなァ?」

「う! 咲耶はただの幼馴染だよッ(汗)」

「へ〜え、ホントぉ?」


アタシはにやにやと笑い、視線を健太クンと同じ高さにもっていき指で鼻先をピンとはじく。


「イッテェ!」


鼻を押さえ涙目になる健太クン。


「子供なのにフタマタは駄目ダヨ?(笑)」

「フタマタじゃないよッ!」

「そうなの?」

「ああ! 必ず良い男になって瑞葉ねえちゃんを・・・」


ふ〜ん、餓鬼んちょの癖に一丁前な顔するじゃない。

ま、この程度の事で発奮してイイ男になるんだったらこの子の為にもなるしね。

アタシはちょっとした悪戯を思いつく。


「アリガト、じゃあ頑張ってね。アタシも必ず還ってくるから」


そういって頬に軽くキスしてあげる。


「あ、あ、あ、あーっ!」


頬を押さえ顔を真っ赤にして部屋を飛び出していく健太クンを

アタシとおばさんは面白がるように見送った。


「瑞葉ちゃん、ゴメンね。あの馬鹿息子は」


アタシは自分の小学校や中学の頃を思い出しながら当時を振り返る。

あの時アタシも担任の先生が好きだったよね。

今思うと全然格好良くもないしどうして好きになったんダロって思うケド。


「健太クン、アタシを励まそうと思って言っているのは分かってますヨ。

それにあのくらいの歳だと年上の女の人に憧れますからねェ(笑)」

「確かにそうなんだけどね」


おばさんは苦笑して健太クンの出て行った入り口を見つめる。

おもむろに振り返ると健太じゃないけどって・・・。


「瑞葉ちゃん、必ず戻ってくるんだよ?

ナーウィシアにある家だけじゃなくて、ここもアンタの家なんだから」

「うん、アリガトおばさん」


アタシはそのおばさんの心遣いを聞き涙が出そうになったけど、

泣くとまた心配されちゃうから深く頭を下げて涙を見せないようにした。




− 青葉家・瑞葉の部屋 −

明日の出立を控えてすっかり部屋の中も片付き妙に素っ気無い部屋の雰囲気もあってか、

うー、緊張してちっとも寝られない!


明日は900(キューマルマル)までに乗組みを命じられた

〈汐海〉が停泊している埠頭に行かなきゃいけないのに。


そうだ! こういう時こそお酒、ビールでも飲めば良いんだ。

近くのコンビニでビールと軽いおつまみを買い、

まずはがつがつとおつまみを食べプルトップを開けその中身を一気に流し込む。


うっ・・・やっぱり苦くてまずい。


皆は美味しいって飲めるのかアタシにはさっぱり分からない。

これで少しはって・・・あ、アレっ? なんか世界が回っているんデスけど〜ッ?!

アタシはそのままベッドに倒れこみ睡魔に引き込まれていった。

 

 

− 青葉家・翌朝 −

スズメの鳴き声で目が覚めた。

一体今は何時ィ?

枕元にあった時計を手に取り時間を確かめる。

うーん、8時半?

時計を元に戻し布団を被ろうとする。


・・・ちょっと待って、8時半って!?

がばと起きあがって布団を跳ね飛ばす。

アタシは再度時計を引っつかみ時間を確認する。

目をこすってみる・・・どう見ても8時半だよネ。

ふっと肩をすくめ自分で自分を嘲笑する。


きゃ〜〜〜〜ッ!!


んな事している暇はないんだってッ、寝過ごしちゃったんだからァ!!


幸い荷物は昨日のうちにカバンに詰め込み終わっている。

朝ご飯? お腹は減っているけどそんな時間はないッ!

お化粧? んなモノしなくたって死にはしないッ!

あ、最低でも顔くらいは洗わなきゃ。

ドタドタと洗面所に駆け込み顔を洗って超高速で歯磨きまで完了!


壁にかけてあった第二種軍装を急いで着込み、

腕時計を巻いている時間ももどかしくポケットに放り込んで

カバンを引っつかみ玄関へ向けて猛ダッシュ!


「あら瑞葉ちゃん、おはよう。どうしたの? 慌てて」

「おばさん、おはようございます、お世話になりましたっ!

ちょっと急いでいるんでお礼は落ち着いたら改めてしますんでッ!」


アタシはショートブーツに足を突っ込みおばさんの返事も聞かず飛び出す。

その騒ぎに台所から頭を出した健太が呟いた台詞を当然の事ながら聞いてなかった。


「どうしたんだろ、瑞葉ねえちゃん。まだ7時半なのに」

 

 

− 鎮守府行きバス停 −

下宿先から佐世保鎮守府までバスと徒歩で20分かかる。

そこから埠頭までは5分、時間としてはギリギリって感じ。


モタつく足を懸命に動かし必死にバス停へ向けて走る。

ただでさえ足が遅いのに重たいカバン付き、

こんな時こそ絵里ちゃん並みの快足があればと本気で彼女の足が羨ましくなる。


発車しようとしたバスを両手を振って止め、車内に駆け込む。

これで何とか900までに埠頭に着けそう。

だが間が悪い事に道路は渋滞しバスのスピードは普通より遅い。


キ〜〜〜〜ッ!! ナニやってんのよォ!!


アタシはイライラし窓の外を睨んでいるがそんな事をしたところで渋滞が解消される訳もない。

バスは3分遅れでようやく鎮守府前停留所に着いた。扉が開くのももどかしく飛び出す。

門番にIDカードを押し付けるようにして差出し許可を得ると埠頭へ向けてラストスパート!

指定された埠頭が近づき駆逐艦が4隻停泊しているのが見えた。あの一番前の艦だっ!


近づくにつれ様子がはっきりしてくる。

すでに皆は乗り込んだのか艦の前に立っているのは一人だけ、多分あの人が受付係のはず。

アタシはその人の前に駆け込みIDカードを突き出し申告する。


「お、遅れて申し訳ありません、はぁはぁ・・・ほ、本日付けで配属になった御劔瑞葉少尉デスっ!」

アタシはその係員の顔を見る余裕もなく膝に手を着き息を整えようと必死になる。


「え? ああ、新しく配属になった人だね。御劔少尉・・・通信士、着任を認めます。

でもどうしたのそんなに息を切らせて、集合までかなり時間があるけど?」


アタシはその台詞とかなり若い声にガバっと顔を上げ係員の顔を見る。

そこには黒髪をしたアタシと同年代と思われる人が立っていた。


襟を見ると真新しい中尉の階級章が光っている。

顔は・・・うっ、優しく笑っている顔がかなり好みだったり。

いやいや、そんな事はどうでも良くてッ(赤)

どこに余裕があるのか確認しないと。


「はぁはぁ・・・じ、時間があるってどういう意味デスか?」

「まだ800(ハチマルマル)だよ?」

「え〜〜〜〜ッ、嘘デスよねッ!!」


アタシの絶叫にその人は驚いたようで後ずさり自分が間違っていない事を主張する。


「いや、そんな嘘ついてもしょうがないと思うんだけど」


アタシはポケットに突っ込んだ時計を取り出し時刻を確認する。

・・・確かに800。

じゃあ、あの目覚まし・・・止まっていただけ?


「あは、あはははははははは」


張り詰めていた気が一挙に抜け、アタシは脱力して座りこんでしまう。


「あ、御劔少尉、大丈夫か?」


その中尉は屈み込みアタシの顔を見る。


「ほら、汗だくになってる。これ使って」


そう言ってポケットからハンカチを取り出しアタシに渡してくれる。

ありがたくそのハンカチを借り汗を拭く。

はぁ〜、この中尉さん、格好良いし優しいしアタシの好みかも。


ちょっと待て、今のアタシって・・・スッピンの上、髪はボサボサ

おまけに全力疾走をしてきたので汗臭い。

きゃ〜、女としてサイテーじゃない!


「あ、あのッ!」


何とか言い訳をつけようと口を開くがその前に中尉さんが自分の事を名乗る。


「あ、名乗り遅れたね、俺は双岳隼人、ナーウィシア海軍中尉。

今日からこの〈汐海〉の艦長を拝命したんだ。これからよろしくね」


はぃ? 今なんて言いました、彼は? 艦長とか言ってませんでした?(汗)


艦長と言う単語の意味が理解できるにつれ・・・。

アタシ・・・もう駄目かも。

好みの男性しかも艦の最高責任者を前にこの醜態。

あまりの情けなさでつい涙が出てくる。


「ちょ・・・ちょっと御劔少尉、どうしたの?!」


彼はアタシが涙を流してしまった事におろおろとする。

こんなところは艦長って感じには見えず歳相応の男の子って感じがする。


「すいません、すいません何でもナイんデス」

「あ、まだ時間もあるしさ、何か飲んで落ち着こうよ」


艦長はアタシのカバンを持ちついてくるように促す。

艦内に入り通路の途中でトイレを見つけたので少し待っててもらう。

艦長はそれで落ち着くならという顔をし待っててくれるようだ。


顔を洗い軽く化粧をし櫛を使って手早く髪型を整える。

まだまだ自分としては不満だけど、艦長をこれ以上待たせる訳にもいかないし。

出てきたアタシを連れ兵員食堂へ行く。


入り口近くにあった自動販売機で暖かいコーヒーを買い、

奥にいた調理兵にサンドイッチを作ってもらってアタシに手渡してくれる。

そのサンドイッチを食べコーヒーを飲んでアタシはやっと落ち着く事ができた。


「ありがとうございます艦長、落ち着きました」

「そう? それなら良いんだけど」


ほっとしたようにアタシの顔を見る艦長。


「でもどうしたの?」

「え? あははは、ちょっと緊張しちゃったみたいで」


アタシは昨日緊張で眠れずお酒を飲んで意識失い、

起きたら830だったので慌てて出てきたという事を話す。


「という事は目覚ましが止まっていた?」

「・・・ハイ」


端的に物事を把握した艦長が一言でまとめてしまう。

恥ずかしさで俯くアタシ。


「ぷっ・・・あはははははははは」

「・・・なっ!」


恥ずかしいのを我慢して話したのに、いきなり大笑い。

アタシ、マジでキレますよッ!

睨みつけるアタシの顔を見て内心を理解したのか笑いを収める。


「ああ、ゴメンゴメン。俺も卒業した時似たような事をやっているからさ」

「へ。」

「いや〜俺もさ、寝坊して遅刻していきなり鉄拳制裁だよ」


そう言ってその時を思い出したかのように頬を撫でる。


「遅刻で鉄拳制裁って・・・痛くなかったデスか?」

「そりゃあ、痛いさ。でも仕方ないよ、自分で決めた道だし遅刻したのは自分の管理ミスだから。

それにさ戦闘中だった場合、自分の遅れで何人もの同僚が死ぬかもしれないないんだよ?

それを考えたら鉄拳制裁で済んで良かった思うよ」


艦長の言葉はすでに実戦を経験した人の重みに溢れていた。

確かに自分のミスで他人が死んだりしたら寝覚めも悪いし。

でも艦長って幾つなんだろ? アタシと同年代っぽいけど。


「艦長って若いのに凄く落ち着いてません?」

「まぁ、さすがに兵科大を卒業して3年、実戦も潜り抜けているからね」

「うへ〜、3年で艦長デスか?」

「実を言えば俺も凄い心配なんだ。卒業してたかが3年の若造が艦長やっていいのかって」


そうだよねえ、会社で言えばようやく普通に仕事が出来るようになって、

新人って肩書きが外れる頃なのにいきなり社長になっちゃうようなモンだし。

アタシを含めた百数十人の命と艦に対する責任を負わなきゃいけないんだ。


「今の連合海軍はなりふりかまってられる状態じゃないんだ、

未成年でも優秀なら前線に出してしまえって所まできている。

じゃなきゃ俺みたいなのが若造が艦長なんてやれない」

「そうなんですか、今の連合海軍ってそこまできちゃっているんデスね」


アタシは想像以上に戦局が悪くなっているのを聞き暗澹としてしまう。

これじゃアタシやっぱり戦死するのかも。

 

 

− 駆逐艦〈汐海〉食堂入口 −

私は艦長を探し食堂を覗く。

テーブルには探していた艦長は見知らぬ女性兵士と一緒にお茶を飲んでいた。

おいおい、今度の新任艦長は女に手を出すのが早いようだな。

別に陸に上がれば幾らでもイザコザを起こしてくれて構わんが(限度はあるが)、

頼むから艦内で男女間の揉め事は起こさんでくれよ。


私はその新任艦長を見て何となくそう思ってしまった。

ま、そんな事はどうでもいい。

この艦をまとめあげていけるか・・・お手並み拝見といきましょうか、双岳艦長?

 

 

− 駆逐艦〈汐海〉食堂内 −

アタシはもっとも訊いてみたかったことを直接ぶつけてみた。

アタシ自身まだまとまってなかったあの考えを。


「艦長は・・・」

「ん?」

「どうして軍に入られたんデスか? 死ぬような目にあうのが分かってるのに」

「俺? んー、そうだな、親父が軍人をやってて艦を造るのを見て格好良いと思った。

俺も軍艦自体は好きだし自分でも設計したいと思っているんだ」


アタシの父さんも造艦の仕事をしていたけど艦長の家もそうなんだ。

なんか親近感がわくよねェ。

アタシはふんふんといった感じで聞いていたけど、艦長の顔が急に厳しいものになった。

その変化にたぶん次の答えが、アタシが聞いてみたかった艦長の答えなんだと感じた。


「あとさ、ちょっとした事があって・・・その時、俺は力がなくて何も出来なかった。

もし自分の立場を認識して努力を怠ってなかったら・・・自分が防げたかもしれない。

3年間ずっと悩んで出した結論が今の自分ができる事から何かをやろうって。

今考えると凄い幼稚な考えかもしれないけど・・・

お金、権力、武力、なんでも良い、《力》が欲しかったからなんだ。

自分自身に何も《力》がないのを思い知ったし。

あの子は俺に力があると言ったけど俺にはそうは思えなかったんだ。

軍に入ったのはそれが手っ取り早く実現できそうだったからだよ」


アタシは意外に思った。

艦長も自分の為に軍に入ったんだ、意外と言えば意外かな。


「なんか意外です。艦長って正義感強そうだし、

もっと大きな・・・そう世界平和とか言っちゃうのかと思ってました」

「そうだね、そういう事を言えたら格好良かったのかもしれないね」


艦長は苦笑気味に笑いアタシを見る。

さらに艦長の言葉が続く。


「でもね、俺はそんな大きな理由じゃなくてもいいと思っている。

ちっぽけな理由、自分の大事な人を戦禍から守りたい、それで良いと思っているんだ。

確かに世界平和を守る、格好良いけど嘘臭いだろ?

そんな大きな物を背負って戦える人間なんていないよ」

「そうですね、世界平和を守るですか・・・確かに嘘臭いデスよね。

艦長の言っている事も良くわかります、

アタシ自身軍に入ったのはご飯を食べるのに苦労しないからデスし」

「うは、直接的だね(笑)」

「ええ、直接的デスよ、生きるか死ぬかがかかってますから(笑)

正直、艦長の言っている《力》っていうのは良くわかりませんケド・・・

個々の幸せを求め、それが集まってより大きな《力》となるんじゃないんデスかね?」


アタシのその言葉を聴きびっくりしたような顔になる艦長。


「そうなのかな・・・」

「冷たい言い方デスけど・・・それ以上はアタシにはわかりません」

「うん、分かってるよ。

俺が欲しかったのは本当に自分の身近な・・・大切な人や物を守れる《力》のことなんだ。

軍に入って駆逐艦の艦長になって一国の主になったけど・・・。

何となく自分が漠然とした気持ちで思っていた《力》とは違うじゃないかって」

「じゃあいずれ軍を辞められるんデスか?」

「今はまだそれが見えないけど・・・その答えが出るまでは軍に残ろうと思っている。

もちろんそれまでは与えられた任務と義務を怠る気は全くないよ。

そんな事をすればこの艦に乗っている全ての人間に迷惑がかかるし、

あの時と同じになっちゃうから。

それにもしかしたら戦争の先に俺の探していた《力》が見つかるかもしれないし」


艦長はアタシと大して歳の差もないのになんでこんな事を考えているんだろう。

よっぽどの事があったんだろうか?

それにアタシ自身自分が何を求めて生きているのかすらわかってない。

っていうか二十歳でそんな悟りみたいなモノが分かっていたらこんなトコにはいないと思う。


でも・・・アタシは艦長の言葉を聴いて自分の責務を理解して、

なおかつ自分の求めているものを得る為、

頑張ろうとしているこの人を応援してあげたいなァと思ったんだ。


「でも艦長なら・・・きっと大丈夫ですよ。ウン、きっと見つかります」

「はは、ありがとう。期待に添えられるように頑張るよ」


艦長と話しているとおじさんがやってきた。

襟元の階級は・・・特務軍曹。

うひゃ〜、いかにも古参って感じの目つきしている。

おじさんはアタシたちの目の前にくるとビシリと古参兵だけができるような

気合の入った敬礼をする。


「艦長、こんなところにおられましたか」

「あ、暁副長、そろそろかな」

「ええ、艦橋においでください」

「了解。御劔少尉、時間みたいだ」


艦長は席を立ち暁副長と名乗った特務軍曹と一緒に入口に向かう。


「ハイ、ではアタシも時間ですので外に行きます」

「ああ、頑張れよ」


そう言ってアタシに笑いかけ艦橋に上がっていった。

アタシはずっとその後姿を見送っていた。

春海ちゃん、意外と前線ってのも悪くないカモしれないよ?

そんな不謹慎な事を考えていた罰が当たったのか外から怒号が聞こえてきた。


「こら、御劔少尉なにやってんだ!」

「ああっ! すみません、すみません、今行きます!」


はぁ・・・怒られちゃった(涙)




− イタリア料理店Amber店内 −

辺りはすっかりと日が傾いてしまっている。


「提督、今日はご馳走さまでした」


アタシはご馳走になった以外に艦長の事を色々と教えてもらった事に深々と頭を下げる。

でもよく考えると艦長の事を聞いていた時間より自分の事の方を話していた方が多かったような。

提督も嫌な顔もせず、時には相槌を打って楽しそうに聞いててくれたし。


「なに、ワシも楽しい時間が過ごせた。

それに君は隼人の家族みたいな人だからな、これからもアイツの事を頼むよ。

まぁ鈍いヤツだから色々君も苦労するかもしれないがね」

「ハイ! まかせてください!!」


アタシは満面の笑みを浮かべ元気良く返事をする。


「良い返事だ。では、また一緒に食事が出来ると良いね」


そう言って提督は軽く笑って手を振り雑踏の中へ消えていった。

その後ろ姿が何となく艦長に見えてしまう。


「はぁ〜、ホント、艦長って歳をとったら沖田提督みたいになるのカナァ」


ちょっぴし沖田提督もイイかなと思ってしまったアタシだった。




− あとがきという名の戯言 −

瑞葉:最後まで読んでいただきありがとうございます。

隼人:ようやく本編に出てくる登場人物のキャラ立て補完話、インターミッションが載せられたよ。

瑞葉:ええ、ようやくって感じですネ。第一弾がアタシってのが恥ずかしいですけど。

隼人:一番瑞葉クンが書き易いからだと思うけどなあ、作者の中では一番まとまっているようだし。

瑞葉:そうなんですかねェ。

隼人:今回は俺と瑞葉クンの最初の出会いな訳だけど、本当はもっとライトな話だったみたいだよ。

俺の力がウンヌンっていうのはなかったみたいだし。

瑞葉:そうなんデスか。

初めて会ってなんであんな深い? 話をしているっていうのは確かに変かもしれませんケド(汗)。

隼人:そうかもしれないね(苦笑)。

あ、それと今回のスペシャルゲストは瑞葉クンの同期って役割りでホウメイガールズ!

いや〜、絶対に出してみたいキャラだったんだよね。

瑞葉:へえ、どうしてですか。まさか艦長、春海ちゃんに手を出そうとか(怒)

隼人:おいおい、馬鹿な事言うなって(汗)。

実を言うとさ、映画版のプリンスオブダークネスを見て一番印象に残ったのって本編より巻末のおまけでついていた

ナデシコ本編の映像だったんだわ(大汗)。

それがホウメイガールズがトレーを持ってダンスするシーンだったんだ。

それ見てうわ〜萌えだなあ、この話に出して見たいと(笑)

瑞葉:艦長・・・なんか変

隼人:え、変かな、俺

瑞葉:ええ、だいぶ変デス。

隼入:そうか〜。やっぱりホウメイガールズの中では春海ちゃんが萌えだよな。

生真面目で純朴、ちょっと田舎臭いのが良いんだ。

瑞葉:・・・。

隼人:あれ、瑞葉クン、どうした?

瑞葉:ふっふっふ、本音をもらしましたねぇ、艦長?

隼人:え、ああっ、コレは俺じゃない! 作者の陰謀なんだぁ〜〜〜!

瑞葉:問答無用デスっ!! 天誅!!!

隼人:
ぐぎゃああああああっ!

瑞葉:ふう・・・悪も滅びたところで。次回もタイトル決まってないようですが、次の戯言でお会いしましょう。

作者:あ、ホウメイガールズはまたまた登場するんで(笑)

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

いや、軍の学校を出てウェイトレスってのはさすがにどうかなぁ(笑)。

一方で片腕失くした白鳥九十九はかなりらしくてよかったんですが。

戦傷で退役したら、やっぱりこんな風になりそうだよなぁ。