2つの身体を持った巨大な戦艦の丈高い前楼、その鋼の構造物の内部に昼戦艦橋と言われる場所がある。

今ではCICが壊滅した場合の予備指揮所扱いになっているが、かつては戦艦の中枢とも言える場所だった。

勇敢な提督や艦長が声を張り上げ、「突撃、我ニ続ケ!!」の命令を発した場所も今は牢獄代わりになっていた。


囚われの少女は空を見上げる。

対衝撃ガラスから覗く事のできる真っ黒い空からは細かい雨が落ちてきていた。

その雨の冷たさを想像して黒髪の少女はブルっと震える。


「大丈夫、瑠璃?」


少女と同じように囚われ若干顔を青ざめさせていた母親・エリナが心配そうに声をかけてくる。

瑠璃は小さく頭を縦に振り大丈夫なことを伝える。

短く切られた柔らかな黒髪が風をはらむ。


「・・・大丈夫」


母親の心配をありがたく思いながらも出てきた言葉は消えいりそうなほど小さくそっけなかった。


───私、ここで死ぬのかな?


その“死”という想いすら瑠璃の、下手をすると冷たく見える無表情を変える事はできなかった。


だが変わらぬ無表情の下、少女の内心は心配という感情で埋まっていた。

それは今まで自分の全能力と時間をかけて作成した作品、

その作品を自分の父親に見せて喜んで貰うことが出来ないかもしれない。

という囚われの状況下では異常ともいう心配ではあったが。


───やっぱり・・・仲直りできないのかな。


引き続き瑠璃の視線は空に向けられる。

相変わらず真っ黒い空からは細かい雨が落ちてきていた。

少女は雨が好きだった、雨は幼い頃の暖かい記憶を思い出させるから。


彼女の華奢な身体と想いを乗せた双胴戦艦〈はりま〉は身を隠す雨を纏い、ウィルシアに向け大海をゆっくりと進んでいった。

 

 

 

 

連合海軍物語

第20話 双胴戦艦〈はりま〉


− 風雅島 沖田のオフィス −

数日後、相変わらず食堂に籠もっていたがいきなり沖田提督に呼び出された。

暁副長も同伴で出頭せよとの事だったので、彼を連れ提督のオフィスへ向かう。


「しかし・・・私も一緒とはどういう事なんでしょうね?」

「さぁ・・・俺も思い当たる節はないんだが。

暁副長は・・・ってその物言いだと知らないって事か」

「ええ、沖田提督に呼び出されるような事は。ミスをしたという記憶もありませんし」


そう言って暁副長は訝しげにしている。

お互い分からないのでしょうがない、そんな事で悩んでいるのもバカバカしい。


「まあ話して見れば分かるんじゃないか?」

「そうですね。沖田提督をお待たせする訳にはいきません、急ぎましょう」


暁副長を名指しで同伴をさせたあたり何かあったんだと思うが、

第七戦隊は休暇中なので彼のいう通り作戦で大ポカをやらかしたという事もない。

ハメを外した乗組員が問題を起こしたという可能性もあるが、それなら艦長の俺に真っ先に報告が来るだろう。


「双岳隼人少佐、暁特務少尉参りました!」

「入れ」


2人揃って提督の前に立ち敬礼。

提督は開口一番こう言い放った。


「まずい事が起こった。ニホン海軍の双胴戦艦〈はりま〉がウィルシアに奪取された」

「奪取って・・・戦艦がですか?!」


副長がその言葉を聞き驚く。


「提督・・・そう簡単に奪取される物なのですか?」


軍艦の管理は厳重にされている、特に主力艦たる戦艦は軍機の塊だ。

常識的に考えて簡単に奪取されるはずもない。

それに双胴戦艦〈はりま〉・・・聞いた事のない艦名だった。


「嘆かわしい事だがニホン海軍内に内通者がいたようだ。現在分かっている事は首謀者が田代造船中将だという事だ」


田代造船中将と言えばニホン海軍設計陣の中でも中心的存在で、

今の連合海軍主力戦艦となっている〈周防〉(ニホン名は〈すおう〉)級の設計者だ。

沖田提督のライバルと言っても良いくらいの人が何故そんな事をしでかしたんだ? 


「そんな高位の方がなぜ? それに〈はりま〉という艦名は聞いた事がないのですが」


軍艦マニアでもある暁副長が聞いている。


「知らなくても仕方ない。あの艦は連合海軍の次期主力艦選定でウチの一九号艦〈高千穂〉と争い負けたんだ。

双胴戦艦〈はりま〉は、本来なら計画のみの未成戦艦だったはずだ。

田代中将はその〈はりま〉プランの責任者だった」

「でも負けた艦がなぜ建造、あまつさえ奪取される事態になったんでしょう?」

「推測だがな・・・」


そう前置きして提督はニホン海軍の事情を説明してくれた。

彼の国は昔からガチガチの大艦巨砲主義。


巡洋戦艦という艦種ながら世界初の36センチ砲搭載した〈こんごう〉、

50口径40センチを12門搭載し圧倒的火力を誇った戦艦〈とさ〉。

ニホン海軍の特長だった積み重ねた櫓型の前楼を止め艦型を一新、

さらに50口径46センチを3連装3基9門搭載した戦艦〈むさし〉。

そして51センチ砲を搭載した今の主力戦艦〈すおう〉。

いずれも他国に先駆けて世界一の大口径砲を積んできた艦たちだ。


そのご自慢の大口径搭載艦がDFを装備した準超兵器級戦艦とはいえ、

3ランクも下のたかだか・・・・40センチ砲搭載艦に破れた。

面子を潰されたニホン海軍は〈はりま〉プラン責任者だった田代中将に責任を取らせ閑職に回した。

その不満がウィルシアに転向するきっかけになったではないか───。


「現在ニホン海軍にはフラグシップとなるような艦もない。

〈はりま〉を旗艦任務につけ実戦でこの艦の力を見せつけようと思っていたのではないかな」


そう言った後、提督は意味ありげに笑う。

話題に出てきた〈高千穂〉は沖田提督が設計した艦だ。

完全に無関係ではないだろうに。


余談だがこの〈はりま〉VS〈高千穂〉の確執には後日談がある。

超兵器を除けばこの世界最大の主砲、56センチ砲を持つ双胴戦艦〈はりま〉が

連合海軍次期主力艦の選定会議でナーウィシアの〈高千穂〉級に負けたというのは先述した。

実際にニホン海軍の設計陣はこの結果を聞き愕然としたという。


それもそのはず転移型超兵器はもとより転移型の技術を流用して造られた

現世型超兵器を初めとするウィルシアの艦艇群はますます強力さを増し続け、

戦況は相変わらず連合海軍が押されたままだ。


あの巨艦や飛躍的に高い技術で造られた艦を沈めるのに40センチどころか56センチでも心許ないと彼らは感じていたからだ。

だがその意向は選定会議の審査員たちには届かなかった。

ニホン海軍設計陣はこれ以降〈はりま〉の屈辱を忘れず、〈高千穂〉級後の選定会議でナーウィシアに復仇を挑んだ。


その時に提出してきたのは前回と同じ双胴戦艦。

だが中身は〈はりま〉とは比べ物にならないほど強力な艦だった。

それもそのはず・・・

最強と言われた〈ヴォルケンクラッツァー・ツヴァイ〉を撃沈し戦後、新たな最強艦として名を馳せた双胴戦艦〈和泉〉。


ナーウィシアの誇る超兵器級戦艦〈和泉〉は試作艦であり、

コストを度外視して建造されており量産性は全く考慮されていない。

さらにあまりにも強力すぎる艦の為、周辺国との力関係が考慮された結果、

その強さは認められても量産はされず、最終的には解体される予定だった(プロローグサイドC参照)。


だが復仇に燃えていたニホン海軍はその〈和泉〉に目をつけた。

スーパーAI【思兼】と少人数のスペシャリストで艦を動かしている〈和泉〉のコンセプトを継承し、

なおかつ〈はりま〉の仇として見ていた〈高千穂〉の小口径で多砲という方式をも取り込み、

量産性を考慮した艦を設計・建造した。


かつての海軍大国としてのプライドも捨て、なりふり構わず手に入る技術を使い“強さ”のみを追求した戦艦。

後の世の連合海軍主力戦艦となった〈撫子ナデシコ〉級。


ニホン主導で作られたこの双胴戦艦は“白亜の戦艦”とも言われ、

その名の通り白く塗られた艦体はニホン海軍の象徴のパゴタマストにかっちりとした直線の近未来的なデザインでまとめられ、

特徴的な巨大な前楼と相まって艦型デザインのエポックメイキングとしても艦艇史に名を残している。


武装は片胴で65口径46センチ砲が3連装4基12門、両胴で24門。

副砲は15.5センチ3連装4基12門。

双胴の接続部分の中央に対DF・超遠距離砲撃用のレールガンβを前後2門搭載。

対空・対艦・対潜装備としてVLSを100基、そのVLSを効果的に使う為にイージスも搭載している。

対空・対魚雷用として30ミリCIWSを16門。

さらにオプションとして後部のレールガンを外しブースターユニットを装着、

前部レールガンユニットを重力波ブレードに交換する事によって“重力波動砲グラビティブラスト”も使用できる。

強力無比な武装とネルガルが開発したワンマンオペレーションシステムによる省効率化により

乗組員も小数に抑えられるという点が買われ乗組員不足に悩む連合海軍に採用された。


ともあれ自らが設計した〈高千穂〉がきっかけになり、

その養子が設計した〈和泉〉をベースに作られた戦艦がナーウィシアに対抗する艦となった。

沖田がこの出自や状況を知ったらさぞ苦笑することだろう。


だがこの光景が出現するのは戦後の事であり沖田がこの世を去ってからである。

話が逸れたので元に戻そう。


「では第七戦隊は〈はりま〉奪還作戦に参加するのでしょうか?」

「いや、この件に関してニホン海軍側から手出し無用と言われている。

だが困った事にまるっきりナーウィシアが無関係でいられるという訳ではない」


まるっきりナーウィシアが無関係ではない? 提督が何が言いたいのか分からなかった。


「実はな〈はりま〉には人質がいる。艦隊司令と民間人だ」

「艦隊司令に民間人まで人質に取っているんですか?」

「ああ、その事でお前と暁特務少尉に来てもらったんだ」


民間人の人質というのも解せない。

艦隊司令はともかくどう考えても奪取された戦艦と民間人が関わりになるとは思えないんだが。


「人質に取られているのは・・・暁副長、君の家族だよ」


沖田提督の発言はまさに想像だにしない物だった。


「は!? あの・・・なぜ私の家族が人質になっているんでしょうか」


一緒に居た暁副長の顔が呆然とする。

副長の家族が人質ってどういうことだ?

〈はりま〉とはまったく関係のない暁副長の奥さんと娘さんが人質になっているんだ?

はっきりいうと訳が分からない状態だ。

第三者的な見方の出来る俺がこんな状態なのにその家族である副長の心中はどれほどのものか。


「なんで副長の家族が・・・」

「どうも裏で複雑に事情が絡みあっていてな・・・こっちも理解に困るくらいだ。

まず事件の発端から話そう、暁副長の会社はネルガルといったか?」

「はい、そうですが」


動揺を無理に抑え冷静を保とうとしているのだろうけど暁副長の声が震えている。


「君の会社が伊那沙の街で真っ先に行った支援活動や造船事業の展開などで目立った動きをしている。

どうもな・・・その事業展開が軍閥系を刺激して警戒感をもたらしたらしい」


沖田提督の話は聞いていて不愉快になるような内容だった。

最初は穏便といってはなんだけどネルガルを買収して合併に持ち込もうとしたらしい。

副長の奥さん、やり手の社長に邪魔されて出来なかったそうだ。

それ以外にもいろいろな妨害をしていたようだが、屈しないネルガルに苛立って強硬手段に出た。

まずは脅迫して自分のところと重なる造船事業からは撤退させ、

それでも屈しない場合は殺害してネルガルを潰す気だったのではないか。

そのような話だった。


「そんなバカな話が・・・」


提督は腕を組みぼそりと「どこも同じような事をやるんだな」と呟いたのが耳に残った。


「すでに誘拐を指示した人間は逮捕され、実行した犯人は発見されている。

今、犯人は取り調べを受けているそうだ。

誘拐が実行された段階でウィルシア諜報部が軍閥系の謀事に便乗して暗躍、

連合海軍の英雄、その関係者である君の家族を奪取した〈はりま〉に拉致したというのが真相のようだ」


提督が言うには人質についてはナーウィシア上層部、ニホン海軍の高級将官がターゲットだったがガードが厳しすぎて手が出ず、

偶然軍閥系の謀を知ったウィルシアはその人質が英雄の関係者の家族だと知ってこちらの計画にしたようだ。


おいおい・・・俺は“偽りの英雄”のはずなのに

そんな俺の為に何で暁副長の家族が巻き込まれるんだよ。

今更ながらに自分の“英雄”という肩書きが面倒を引き起こす事を痛感する。


「人質を救出にきた連合海軍の英雄と〈はりま〉を争わせて抹殺しようというプランのようだ。

すでに〈はりま〉側から声明は出されている」

「どんな声明ですか?」

「人質解放の交渉役としてお前を指名してきた。〈金剛〉単艦で〈はりま〉まで来い、そういう事だ」


その言葉を聞き暁副長が心配そうな顔をする。


「ですが行けば艦長は・・・」

「そうだな、おそらく十中八九罠を張っている。だが行かなければ“英雄”は人質を見捨てたとして宣伝に使われるのがオチだ」

「行かなければいけない立場としては複雑ですね」

「ああ、だが救いなのは〈金剛〉を使える事だ。あの艦の戦闘能力は下手な戦艦をしのぐ」

「ウィルシアは〈金剛〉が転移艦だという事を知らないんでしょう、外面だけ見れば珍妙な重巡ですから」


その副長の物言いにおかしそうに笑いながら俺を見る。


「そうだな、たかだか重巡1隻、大した事はないと思っているのかもな。

もし転移艦だという事を知られたらタグボートで来いと言われかねないが」

「それは・・・勘弁して欲しいですよ」


俺は苦笑しつつ20ミリ機銃1丁を装備した数十トンのタグボートで16万トンの双胴戦艦に戦いを挑む事を想像してみた。

・・・はっきり言って笑えない冗談だ(汗)。

もし実現したらドンキホーテ以上の愚者として歴史に名が残るかもしれない。

幾ら歴史に名が残るからと言っても俺としてはそんな事はゴメンこうむりたい。


「お前につけているSP、西堂中尉や後藤大尉からも最近敵の活動が激しくなっていると報告がきていた。

ワシやお前だけでなく第七戦隊上層部の家族にもSPを配置しないとまずいかもしれん」

「こんな結果ですからそうしていただけると安心できます。ですがこの情報はニホン海軍からですか?」

「ああ、前にワシが言っていた同僚の中将、お前の見合い相手の父親経由だ」

「えええっ!! 艦長、お見合いされるんですか?」


その提督の言葉に暁副長は本日2回目の驚きの表情を見せる。

やばい、このままでは副長に誤解されてしまう!


「違う!」


俺の語気の強さにほんの少し後ずさりする副長。


「そ、そうなんですか?」

「沖田提督、今はその話は関係ないでしょう!」

「いやあ、すまんすまん」


その悪びれた様子のない謝罪は毎度のことだけど。

やはり・・・さりげなく意図的にやっているんじゃないだろうか?


「・・・まったく。その提督もグルという可能性はないでしょうか?」

「ないな」


俺の言葉に笑いを収めると沖田提督はあっさりと言い切った。


「この失態でニホン海軍のトップは責任問題で入れ替わる。

その中将にとっては自分が軍の指揮権を握るチャンスだ。

仮にそういう陰謀を図ったとしてもなんのメリットもないからな。

まあワシが断言した一番の理由は彼、御統浩一郎中将の性格や能力にそぐわないからだが」


御統・・・ミスマルって・・・まさか!?

夢で見る黒髪のあの娘の名字はミスマルだった。


「御統中将というと・・・あの武の名門の?」


俺は夢の中で得た知識で聞いてみる。


「そうだ、御統家は昔から海軍に忠誠を捧げてきた旧家だ」


その沖田提督の言葉を聞き前から思っていた疑念が頭に浮かぶ。

まさか本当にミスマル家が存在するとは・・・。

じゃあ、あの娘は本当に存在するのか?・・・・・・・・・・・・・・


俺の思惑を他所に暁副長が沖田提督に談判している。


「沖田提督! 私を〈はりま〉奪還作戦に参加させてください!!」


その言葉を聞いた提督はすまないと言った後、さらに話を進めはじめた。


「暁特務少尉に来てもらったのはもう1つ理由があるんだ。

簡潔に言うと連合海軍のHLG-61がハッキングされた」


艦船設計システムHLG-61とはその名の通り、艦船の設計に特化されたシステムで簡易化された操作性で設計作業をサポートし、機材運用などをシミュレーションする事ができる統合型の設計システムだ。

このシステムは連合海軍に加入している国は自由に使用できる。

HLG-61を使用する事により各国でバラバラだった砲・ミサイルなどの武器、機関の規格を統一し限りある資源や機材を有効に使え無駄を省くようになっている。

それ以外にも企画力はあっても設計できる技術がない国は艦船用に特化されたシステムを使用する事で普通に設計するよりかなり簡易に設計でき、その設計を各国にオークション形式で売る事で利益を得る事ができるようになっている。

このシステムはサイバー攻撃を受けてもダウンしないように連合主要国に分散され、個々に種類を変えたファイアーウォールを持ち相互に監視している。

システムの維持だが使用に当たっては通常使用料の他、特許料が存在している。優秀な機材は“テンプレート”として優遇登録される。その機材が他国で使用された場合、機材を設計・企画した国には連合加盟国で決められた特許料が支払われる。

軍事機材という関係上、機密がある訳だが各国が管理しているHLG-61に接続しているネットワークサーバーやHLG-61の機密フォルダに入っており多重プロテクトがかけられ、そう簡単にはハッキングなどできないはずなんだが。


「そのハッカーの腕はかなりのものだったが諜報に強いイギリス海軍の協力も得てな。

ほんの少し残っていた痕跡を元に追跡したところ・・・ヨコスカシティにある君の家に辿りついた。

言いたい事は分かるだろう? 君にスパイ容疑がかかっているんだ」

「な・・・!」


暁副長がスパイ容疑? そんな訳あるか!

一緒にいた俺は知っている、彼の忠誠は常にナーウィシア海軍いや連合海軍と共にあったんだ。


「提督!! 暁副長がそんな事をするはずがありません!!」

「隼人、そう熱くなるな。そんな事はワシだって分かっているよ。

ただワシはナーウィシア海軍中将であると同時に連合海軍中将でもあるんだ。

部下に容疑がかかっている以上、何もしない訳にはいかない」


苦しそうに事情を話す提督を気遣ったのか暁副長は抗弁をする事もなかった。


「・・・分かりました、そういう事情でしたら仕方ありません」

「すまん、なるべく早く終わるように努力する。月臣中佐! 暁特務少尉を拘禁せよ」

「はッ!」


沖田提督の言葉に脇にひかえていた副官の月臣中佐が暁副長の前に歩いていく。


「暁特務少尉、すまんが一緒に来てもらう」

「はい、あ・・・」


月臣中佐に連れられ退室しようとした副長は入口で振り返り視線を俺に向けた。


「艦長、こういう事態になってしまいました。申し訳ありませんが艦をお願いします」


そう言って深々と頭を下げ月臣中佐と共に退室していった。

俺は副長を見送ると沖田提督に向きなおる。


「提督、どうされるんですか?」


提督は腕を目の前で組み涼しげな顔で少し怒気の混じった俺の問いを軽く流す。


「どうもしない、容疑が架かっているとはいえ彼は無実だろう。

彼より彼の家族の誰かだろうが・・・報告書によると中学生の娘さんとその母親しかない」

「ええ、俺も彼からそう聞きました。ただ娘さんが部屋に籠もってパソコンで何かをしていたと言ってはいましたが」


俺は食堂で暁副長から聞いた話をする。


「そうか、もし・・・その娘さんにHLG-61のプロテクトを破られたとしたら、

セキュリティを根本的に見直さないといけないな。

ウィルシアの連中に食い込まれた事はあっても破られた事はなかったんだが・・・頭が痛いな」


沖田提督はその話を聞き頭が痛いといったようなジェスチャーをしながらぼやいている。


「そうなんですか」


提督は腕を組み何かしらを考えている。


「なにか問題でも?」

「できればな、彼女を葛城ラボに欲しい。きちんとした環境で教育すればかなり優秀な人材になりそうだからな」

「ですが・・・・彼女は中学生ですよ?」

「それがこ こナーウィシアの方針だよ、未成年だろうと優秀なら教育を施しどんどん使っていく。

今のところ連合軍がウィルシア対して上回る事ができるのは人材だけだからな。

まあ・・・その対象が幼すぎるか、中学生では」


沖田提督は苦笑気味に頭をかく。

俺は提督の言葉に歯切れの悪さを感じ聞いてみる。


「それほどまでに彼女のハッキングは優秀なんですか?」

「確かにハッキングの技術力もある。実を言えばハッキングされた事での実害はほとんどない。

ウ  チ連合海軍のセキュリティの甘さが分かったくらいだ」

「では?」

「彼女がハッキングして見ていたのは各国が独自に管理している機密フォルダや新型艦の設計情報じゃない、

艦船設計システムと運用シミュレータを使用していたようだ」

「は・・・どういう事ですか? じゃあ彼女は何かしらの艦を設計して運用シミュレーションを行っていたと?」


素人の中学生が艦船を設計して運用シミュレーション? いくら艦船用に特化・簡易化されたシステムとはいえ部品を組み上げるだけのゲームとは違うのだ。

HLG-61は設計の知識と基礎があればこそ有効に使えるシロモノなんだが。


「ああ。消し残ったログから分かった事はO.O.S.というシステムを試していたという事だ。

ワシはそのシミュレーションしていたシステムの内容が知りたいと思っている」

「連合海軍の艦船設計システムをハッキングしてまで試していた物ですか」

「そうだ、気にならないか。

田代造船中将の説得が上手くいけば穏便に結末を迎えるだろうが・・・正直そうなるとは思えん。

説得が失敗した場合、ニホン海軍は〈はりま〉をウィルシアに渡すまいとしてまず間違いなくを撃沈しようとするだろう。

そうなった場合、人質の安全などないに等しい。

第七戦隊は向こうの要求通りニホン艦隊より先に〈はりま〉を接触し人質を救出する」

「ですがニホン海軍から手出し無用と言われていると」

「その点は心配いらん、どうせ今の上層部はお払い箱になる。御統提督の協力を仰げば問題ないだろう」


沖田提督はにやりと笑う。


「了解しました。ですが交渉が失敗した場合、戦艦内に監禁されている人質をどうやって救出しますか?」


提督は視線を宙に彷徨わせ思案に入る。


「そうだな・・・昔カリブにいた海賊のように横付けして艦を乗っ取るというのはどうだ?」

「いや、そんな事ができれば苦労はしないと思いますが・・・」


俺は提督の作戦を聞きあまりの無茶さ加減につい失笑してしまう。


「なに、簡単な事だ。少し乱暴だが航跡追尾魚雷ウェーキライダーで艦尾にある舵とスクリューを破壊し推進力を奪う。

双胴艦は浮力がある、多少穴が開いてもすぐに沈没と言う事はないだろう。

〈はりま〉は双胴なのでスクリューは8軸ある。両方、もしくは片方の破壊すれば行き足は止まる。

さらに対空装備を破壊して安全を確保、そこに陸戦隊を乗り込ませ内部から制圧する。

ヘリボーンでも可能だろうが潰しそこねた対空火器に捉われる可能性を考えると横付けして乗り込んだ方が安心だろうな」


悪戯を考え出した悪童のように提督の眼が光っている。

こういう時の沖田提督は必ず無茶な作戦を立ててくる。


「しかし・・・提督も無茶な案を出してきますね」

「戦艦を乗っ取られること自体が無茶な出来事だからな、なら取り返すのも無茶になるのは仕方がない。

他に良案があればそれを使ってくれて構わないぞ」


そう言っていつものニヤリを浮かべる。


「分かりました、基本はその作戦でいきます。あとは現場で何とかします。ですがこうなった場合、ニホン海軍に犠牲者が出ますね」

「そうだな・・・そうなった場合、不可避の犠牲とはいえ彼らにも家族がいる。できれば穏便に済ませたいところだ」


提督は犠牲となる兵に向かって詫びるかのように眼をつぶり言葉を紡いだ。


「それと〈はりま〉は双胴戦艦という事ですが・・・一体どういった艦なんでしょうか?」

「まあ簡単に言ってしまうとニホン主導で設計された〈周防〉級を2つ並べ主砲を56センチにした艦だ」


沖田提督は御統提督から送られてきたというスペック表を俺に差し出す。

そのスペック表は設計に従事した技官たちの話を元にしているそうなのでかなり信頼度が高いはずだ。

スペック表によると提督の言う通り〈はりま〉は〈周防〉級をベースにしている。

主砲が50口径56センチ連装と重く重量バランスもあり片胴に4基、両胴で16門。

副砲は3連装65口径20センチを4基12門。

他、対艦ロケット弾や40ミリ機銃などが装備されている。

速度は計画値で33ノットとなっていた。


「その・・・〈はりま〉は強いのですか?」

「弱くはない、現在の実情に合ってないだけだ。

通常戦艦との殴りあいであれば56センチ砲を搭載しているし速度も33ノットは出る、最強に近い存在と言えるだろう。

だが、あくまで通常戦艦同士で戦った場合だがな、惜しむらくはこの世界に“超兵器”が存在した事だ」

「というと?」

「〈はりま〉は双胴戦艦という艦型を採用している為、水の抵抗が大きく速度が33ノットと遅い。

その速度も防御の鉄則を曲げ対51センチと相当防御力を削って引き出している速力だが・・・中途半端すぎるんだ。

超兵器が軒並み40ノットオーバー艦という事を考えると不利なのはいなめない」


確かに速度が遅いのは問題だがそれを補えるDFは積んでないのだろうか。

その事を疑問に思い提督に質問してみる。


「ニホン海軍が秘密裏に建造した艦だからな、技官たちも機密はしゃべれんだろう。

ワシが知っているのは通常戦艦としてだが・・・せいぜい〈高千穂〉級と同レベルの物か。

その場合、機関を通常のものより強力な物を使う。多少速度も上がるだろうが超兵器に対して劣速なのには違いない。

なにより56センチを搭載した事が問題だ」

「別に問題はないかと思いますが・・・」

「大ありだよ。いいか、大口径主砲は威力が大きいのは確かだ。

だが、砲弾自体が重く装填に時間がかかりすぎる。

あのサイズの主砲弾は2トン以上、装填時間は楽に30秒はかかる。

〈高千穂〉の40センチ砲弾は約1トン強と軽い、新開発した全自動装填機構なら15秒を切る」


提督のその言葉を聞き驚いた。いくら40センチが戦艦にとって中口径とはいえ、その装填時間が15秒を切るって!


「15秒以下!? という事は18門の交互射撃ならほとんど間をおかずに敵艦に射撃できるって事ですか」

「ああ。結局のところ、いかに敵艦にこちらの砲弾をより多く送り込めるかが問題なんだ。

56センチは1発あたりの威力があってもこの間隔と少ない門数ではな」


沖田提督は腕を組み講師のような顔つきで説明する。


「それとDFの存在ですね? 少ない門数だとDFを飽和させ貫通させる程の威力がない」

「そうだ、艦の出力にもよるが仮に56センチでダメージを与えても時間があいてしまえばDFは回復してしまう。

DFを突破し敵本体にダメージを与えるには3つある」


そう言って提督はDFされた艦への対応を教えてくれる。


1つ目は最適角度による貫通、これは戦闘中という事を考えれば狙ってなどできない。

2つ目は1点に連続した打撃を与え出力を弱めて貫通する、これはかなりの速射性がないと難しい。

3つ目はDF全体に打撃を与え発生装置に過負荷を与え消滅、これこそ余程の門数と1発あたりの打撃力が大きくないと無理だ。


「さらに言えばアンチDF装置というのもあるが未だ開発できていない」

「そんな物まであるんですか?」

「ああ、基本理念は他のアンチ装置と一緒だが開発に手間取っている」

「そうなんですか」

「すまん、話が逸れたな。すでに衛星を使い〈はりま〉を捕捉している。

第七戦隊は明後日までに出撃準備を完了、出撃。最大戦速で〈はりま〉を補足し人質を救出する」

「了解しました」


俺は沖田提督に敬礼し踵を返す。

その背中に向け提督は言葉をかける。


「暁副長は出航までに合流させる、心配するな」


俺は再度振り向きありがとうございますとお礼を言って部屋を出た。




− 沖田のオフィス外 −

提督の部屋を出ると同時に鳥肌が立つほどの殺気を感じ反射的に体が動いた。

慌ててその殺気の元を探ると白い第二種軍装を着た男が立っていた。襟元に輝く大佐の階級を確認して慌てて脇へどき敬礼する。

俺に敬礼を返しつつその大佐は沖田提督のオフィスへ入っていく。

室内にも関わらずサングラスをかけていたのではっきりと分からなかったが視線と殺気は俺に向いていたようだ。


その後には見事なプロポーションを際立たせるような紅いジャケットと黒いタイトスカートを着、襟元に大尉の階級章をつけた副官と思しき女性。

・・・いや、あどけなさを残した顔つきは成人女性というより少女と言った方が合っている。

とびきりの美少女とも言っても良い容姿だが、その中でさらに目立つのは沖田提督と同じ綺麗な銀髪と強い意思が籠もった黒曜石のような黒い瞳。

その大尉は俺に向かってにっこりと微笑み、軽く会釈すると大佐の後に続き提督の部屋へ入っていった。


その微笑に戸惑う俺。


(あれ? あの子・・・どこかで会った事あったかな)


「───明人大佐、リース・プセウド-ナルシス大尉、参りました」


扉が閉まりつつあるわずかな隙間から2人の申告する声が聞こえた。


それにあの大佐は・・・何者だ?

あの殺気・・・相当の修羅場を潜らないと身に付かないんじゃないか。

俺の知っている人間で言えば1度だけ見た、彩ちゃんの事で本気で怒った師匠と同じくらいの重圧を感じた。

あんな人が海軍にもいるんだな。相当の腕を持っているようだし彩ちゃんが手合わせしたがるかも。

そんな事を考えながら〈金剛〉が係留されているドックへ向かった。

 


− あとがきという名の戯言 −

瑞葉:最後まで読んでいただきありがとうございます。今回は早く投稿できましたね

隼人:ある程度書きあがっていたからね。それとお詫び、都合で双胴戦艦の名を〈しなの〉から〈はりま〉に変更したので前回の戯言で書いた名前と変わってます。

瑞葉:そうなんですか? 最近遅筆の作者にしては珍しいデスねえ。それと〈しなの〉から〈はりま〉ですか。確か〈ハリマ〉って超兵器の名前でしたよね?

隼人:そうだよ。ゲームの中では巨砲を積んだ61センチ防御力!を持つ中ボスといった扱いかな。特別な装備もないし図体の大きい通常艦みたいな超兵器なんだけど、登場のしどころがなかったんで超兵器から格下げして未成戦艦になった(汗)。

瑞葉:そうなんデスか。大艦巨砲の象徴みたいな艦だから暁副長が燃えそうなんですケドね。

隼人:今回ばかりははしゃげないだろうね、彼の場合。ゲーム中では大艦巨砲を熱く(笑)語っていたんだけど。ま、そのあたりは何とかするよ。

瑞葉:副長の“危ない”キャラはそういう時に発揮されるんですからしっかり書いてあげないと。そういやキャラ補完計画の一環デスけど、登場人物にイメージソングってないんデスか?

隼人:(未だにオムライスの恨みもってんだな、瑞葉クン(苦笑)。連合海軍に出てくるほとんどの女性キャラはFavorite Blueの曲をイメージソングにしているそうだよ。

作者のプロットノートに書いてあるけど瑞葉クンが“true gate”、リースちゃんは“愛よりも激しく、誰よりも愛しく”、

愛さんは“Brand new season”、彩ちゃんが“誰にも負けないで”、最後に登場のあの人は“change by me”って書いてある。

瑠璃ちゃんだけ違ってTrfの“愛がもう少し欲しいよ”。

瑞葉:へぇ〜アタシが“true gate”デスか?

隼人:“いつだって大切な人にはやさしいところだけ見て欲しいのに感情のバランスが空回りして届かない〜”とかの辺りなんじゃないか?


ドガァ!!




隼人:
うごろべ!!

瑞葉:艦長、アタシに喧嘩売ってません?

隼人:べ、別に喧嘩売っている訳じゃない、作者のノートを読んだだけだろ(汗)

瑞葉:むむむむ、作者許すまじ。

隼人:(結構あっていると思うんだがなあ)


バキィ!!




隼人:
たわらば!!

瑞葉:まったく・・・もう良いデス。いよいよ本編で瑠璃ちゃんと異形の黒が登場ですね。

隼人:そうだね、瑠璃ちゃんは随分登場を早めたんだけどそれでも20話だものなあ。

瑞葉:でもこれでアップ出来なかった瑠璃ちゃんが登場する話が使えるじゃないデスか。

隼人:まーね、そうなんだけど活躍するのは〈和泉〉が出てきてからだからまたしばらくはチョイ役だね。

瑞葉:はぁ、しょうがないデスねえ。

隼人:まずは頑張って話を進めてレギュラーになれるようにしないと。

瑞葉:瑠璃ちゃん、怒らせると怖いデスからね、早くしないと(笑)。

隼人:うっ(汗)。じゃあ次回第21話は「鬼の双角」でお会いしましょう!

 

 

 

 

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代理人の感想

おりょりょりょりょ。

ハッキングはまぁあるだろうなと思ってましたが、「O.O.S.」というたら「アレ」ですよねぇ。

それは置いといても、なんか次回は「特攻野郎Aチーム」みたいなことになりそうな予感(笑)。