連合海軍物語

第27話 インターミッション 御統紫


─ 2096年11月7日 連合兵科大 瑞葉の友人たち ─

彼女たちが連合兵科大で御統紫を見つけたのは偶然だった。


「あ、紫先輩っ!」

「え? あれ、みんな。こんにちわ」


「「「「「こんにちは〜っ!」」」」」




女性5人の声が見事にハモった。

その様子を見て紫の顔に大きな笑みが浮かぶ。


「相変わらず仲が良いね、羨ましいな」

「えへへへへ、そうですか? 5人とも生まれた病院から学校まで一緒ですから・・・姉妹みたいなものですし」


紫の言葉に髪をお下げにした田中春海が答える。


「今日は食堂の勤務じゃないの?」

「ええ、ちょっと別の用事で」


こちらは黒髪ロングヘアーのちょっと大人っぽい寺崎小百合。


「あ、紫先輩ってお見合いしたんですよね。あの“連合海軍の英雄”、双岳少佐ってどんな人でした?」


ポニーテールにした上村絵里が興味津々に聞いてくる。その言葉に紫は驚きの表情を浮かべ少し引いてしまった。


「えっ、えっ、なんで・・・みんな知っているの」

「だぁ〜って、ねぇ(笑)」


栗色のロングヘアーの水原順子が笑いながら辺りを見回す。


「ほらッ!」


幼い顔立ちでコロネ頭の佐藤美加子が勢いよく指さす先には悔し涙を見せる葵潤たちがいた。もてない&玉砕男たちの情報網は素晴らしく早いようだった。


「アレっ? あそこに居るの・・・潤君だよね。なんであんなところに居て泣いているんだろ?」


頬に指を当て可愛らしく首を傾げる紫。あまりにも天然な言葉に春海たちは顔を青ざめさせた。


「ゆ、紫先輩・・・そんな、ムゴイ事を(汗)」


葵潤、不憫というように順子が同情している。


「でも葵先輩の場合、ハッキリしないのが悪いんだよね」


小百合が呆れたようにちらりと潤を見た。


「そうそう、男ならがーんと当たって砕けないと」


絵里も小百合の言葉に同調した。


「砕けちゃったら意味ないじゃないの」


苦笑して春海が絵里と小百合をたしなめた。


「それはそうだけどさ」


絵里は肩をすくめると潤をちらりと見て頭を掻いた。


「情けないよね、美形なんだけど・・・もったいないよねえ」






ちなみにその頃の葵潤はというと・・・。

絵里の情けないという言葉に胸を打ちぬかれ瀕死状態だった。


「やっぱり僕って情けないんだ(涙)」


負けるな、潤! その程度の言葉で弱気になってどうする。






「そうなのかな? ボク、葵先輩のそういうトコ、ナイーブで可愛いと思うんだけど・・・」


おのおのの意見が出た後、順子がぽそりと呟いく。


「え〜、もしかして順子、葵先輩のコト気になっているとか?」

「え、え、そんな事ないよ、あははは(汗)」


小百合がマヂデスカ? みたいな顔で問うた。その言葉にハッとすると順子は両手を振って否定する。

小百合にジト目で見られた順子は慌てて紫に話をふる事で彼女の追及から逃げた。


「で、で、どうだったんですか、先輩? もうキスしちゃいました? もしかしていくとこまでいっちゃったとか?」

「話を逸らしたわね、順子」


順子に逃げられて悔しそうに呟く小百合。


「もう、隼人さんはそんな“えっちな人”じゃないよ!」

「あれ〜? あれれ〜? ゆ・か・り・せ・ん・ぱ・い」


紫の言葉に小悪魔の笑みを浮かべた美加子が追求をはじめた。


「ど、どうしたの?(汗)」


美加子のにやりとした笑いに冷汗をかきながらじりじりと後ずさる紫。美加子は楽しそうにセリフに印を踏みながら問いただした。


「なんで、そんなにおかおがまっかなのっ♪」

「えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えーっ! うそっ!?」


美加子に指摘され少し赤らんでいただけの紫の頬だったが、みるみる顔全体が赤く染まった。紫は自分の顔に熱を感じ慌てて頬に手を当て隠そうとする。

狼狽しつつも美加子に対して何かを言おうとするが・・・結局、何も言えずうつむいてしまう。頭から湯気が出ないのが不思議なほど紫の顔は赤面していた。


もともと美形な紫が羞恥で顔を赤らめうつむく姿は犯罪に近い。いや、彼女に惚れている男から見たらもはや犯罪だろう。その姿を見ていたモテナイズ&玉砕男たちは歓喜の涙を流しつつこういう反応を引き出す元となった双岳隼人に対してこう思ったという。



「畜生、双岳隼人、いつかコロス!」



こうして逆恨みした男達が益々【連合海軍最強の女たらし】という噂を広めていくのだった。

彼らは分かっているのだろうか? そういう噂が反対に隼人に女性を近づける要因になっているのを。小百合もそうだがその「最強の女たらし」を恐い物見たさで興味を持つ女性もいるのだ。

もっともそんな事しているから紫に相手にされないという事に気づいていないのは哀れであるが。



「「「「「きゃー! 紫先輩かわいー!」」」」」



5人に囲まれもみくちゃにされる紫。


「あぅ〜、ちょ、ちょっとくるしーよ!」



「「「「「きゃははははははは!」」」」」




一斉に紫から離れ大笑いする5人。

戦略戦術学科を主席で卒業した彼女、御統紫でもこの5人の相手をするのは苦戦するようだ。


「も〜! からかったでしょ。私、怒っちゃうぞ! ぷんぷん!」


からかわれた紫が顔を真っ赤にしてそういう事を言っても全然恐くない訳で。





ちなみにその頃の葵潤はというと・・・。

鼻血を出して悶絶していた。


「ゆ、ゆ、ゆかり・・・可愛すぎる」


この程度で悶絶しているようでは・・・彼に春が来るのは遠いのかもしれない。





「じゃあ、もし紫先輩が双岳少佐のコトを気に入らなければ・・・私に紹介してください!」

「え? 小百合ちゃん、隼人さんに興味があるの?」


突然そんな事を言い出しはじめた小百合。それを吃驚したような表情で見つめる紫だった。


「紫先輩、知らないんですか? 小百合は“双岳隼人ファン倶楽部”の幹部ですよ」


さっきの仕返しなのか順子が小百合の事をバラしてしまう。


「ええっ、そうなの!」


順子の言葉に紫が目を丸くして小百合を見ている。


「こ、こら、余計な事言わないでよ!」

「いたぃ〜、いたいよぅ、小百合〜」


小百合にチョークスリーパーを決められ涙目になっている順子を何気に見ないようにして紫が言う。


「へぇ〜! 隼人さんって意外にもてるんだね」


いかにも意外といった顔で紫が首を傾げている。


「紫先輩・・・あの噂は信じてないんですか?」


小百合がお馴染みの噂について知らないの? という表情で紫に聞いてきた。


「噂って・・・隼人さんが“連合海軍最強の女たらし”ってヤツ? ウン! 当然だよ! 私は隼人さんを信じている! だって隼人さんは私の王子様だから!」


そう微笑みながら宣言した紫の目は将来のライバルになるであろう、小百合にまっすぐ向けられていた。


「うふふふふふ。紫先輩、もしかしたら地雷女かもしれませんよ、ソレ」


そう言い返した小百合の瞳はスポ根漫画のように激しく炎が燃えていた。小百合の鋭い視線が紫を射た。


「そんなコトないよ、自信あるもの」


紫も負けじと小百合の目を見返し言い切る。



「「うふふふふふふふ」」





すでに隼人のコトはどうでも良く女のプライドをかけた勝負になっていた。


「な、なんかこの2人恐いよ〜」


紫と小百合の睨み合いとあまりの気迫に順子と春海の後ろに隠れた美加子が泣き顔になって怯えている。


「でも紫先輩がここまで言う男性ってどんな人なんだろうね、興味もっちゃうよね〜」

「そうだよね、気になるよね。ねね、紫先輩! 1回で良いですからみんなに双岳少佐を紹介してくださいよ」

「だ、ダメ〜っ!」


絵里と順子が紫に向かって提案する。2人の目は非常に楽しそうだった。紫は彼女たちの提案に慌てて手を振り回し拒否した。


「そんなこと言わずに、ね。ほら、紫先輩。少佐を彼氏・・って紹介すれば良いじゃないですか!」


さらに春海がツボをついたダメ押しの提案を持ちかけた。


「あ、そういう手もあるか」


わたわたと手を振り回していた紫はポン! と手を打ちうんうんと頷いた。


「そ、そんなの駄目に決まっているじゃない、少佐と合意の上じゃないんだからッ!」


眦をつり上げて小百合が提案を行った春海を睨んだ。小百合もけっこうな美人だけに一層恐い。

その剣幕に慌てて謝る春海。


「・・・・・・・うっ、ゴメン(汗)」

「でも本物を見てみたいよね〜、双岳少佐」








「あ、あのさ、話し中申し訳ないんだけど」







「「「「「「え?」」」」」」

「あ、隼人さん!」


背後からかけられた男性の声に紫とホウメイガールズ(仮称)は一斉に振り向いた。

そこには冷汗を流しつつ決まりの悪そうな顔をした双岳隼人が立っていた。




「「「「「ええええええええーーーーーっ!」」」」」」








─ 2096年11月7日 連合兵科大 隼人 ─

(これは・・・とってもまずい場面に出くわしたんじゃないか、俺)


隼人は物理的な痛さを感じるくらい周囲の視線と注目を浴びていた。


主なものとして凄まじい殺気を含んだ視線はモテナイズ&玉砕男たちから(葵潤を含む)、そして隼人の周囲に座っている女性陣からは興味津々といった好奇の視線だ。その様子はまるっきり珍獣という雰囲気。


(しかし・・・俺ってどうしてこんなに間が悪いのか)


隼人は溜息をついた。紫の事で鬱になりそうだから気晴らしで昔の母校にやってきたのになぜかこんな状況になっている。彼は再度出かけた溜息を押し殺しつつ辺りを見まわした。

隼人と女性陣はブースを一つ占領して座っている。両隣はもちろん紫と小百合が占めており、おのおの注文を済ませオーダーが全て揃ったところで女性陣の隼人への尋問とも言える質問会が始まった。


「ね、ね、少佐は紫先輩のことどう思いますか!」


元気な口調でいきなりド直球を投げてくるコロネ頭の女の子。


「い、いきなりだね、君は(汗)」

「あたし佐藤美加子でーす、よろしくお願いします!」


八重歯を光らせぺこりと頭を下げた彼女は無邪気に笑った。


(俺にどう答えろというのだろう、彼女は)


隼人からすれば昨日お見合いしたばかりでそんなに簡単に言える訳なかったのだが。


「あ、上村絵里です、もしかして紫先輩ではレベルが低すぎてぜんぜん駄目とか?」

「ううっ、絵里ちゃん酷い」


何気に絵里に酷い事を言われヘコむ紫。


「それともお付き合いしている女性がいるとか? 私は田中春海です」


髪をお下げをした純朴そうな女の子が“浮気は許しません”みたいな真剣な顔で聞いてくる。


「他に好きな女性がいるんですか? 寺崎小百合です、お会いできて光栄です」


小百合が大人っぽい笑みを浮かべ隼人に一礼した。


「ボクは水原順子。やっぱりロリじゃないと萌えないとか」


順子は質問したあとひたすらケーキに挑んでいる美加子をちらりと見る。


「は、隼人さん・・・そんな趣味が」


紫が信じられないというような顔をして隼人を見た。本気で心配している彼女に隼人は慌てて否定した。


「だぁ〜、紫さん、そんな訳ないでしょ!!」

「そうですよね」


隼人の言葉にほっとしたように笑う紫。


怒濤のように質問してくる彼女たち。隼人はその質問にどう答えれば良いか必死に思案していると聞き慣れた声が聞こえた。


「アレ〜、艦長どうしたんデスか? 女の子に囲まれちゃって・・・あ!!」


その声に油が切れたロボットのようにギギギギギと音がしそうな感じで隼人の顔が声のした方に向けられた。そこには額に青筋をたて修羅の形相をした瑞葉と愛、彩が立っていた。





─ 2096年11月7日 連合兵科大 瑞葉 ─


時間は5分前に戻る。


「しかしここも久しぶりですネ〜」


瑞葉は久しぶりの母校に懐かしいさを感じ辺りを見回した。


(懐かしいなあ、卒業してからもう3年も経っているんだ。春海ちゃんたちどうしているんだろ)


「へぇ〜、ここが連合兵科大学なんだ」

「エエ」

「艦長と瑞葉ちゃんの母校なのね」


瑞葉の隣では物珍しげに愛と彩の2人がキョロキョロしながら学内を歩いていた。


「歩きっぱなしで少し疲れたわね」

「そうデスね、すぐ近くに学内喫茶店がありますからそこで少しお休みしまショ」


さらに数歩進んだ愛が喫茶店を見つけた。そしてその店内に見知った顔を確認した。


「あ、瑞葉ちゃん、アレでしょ。ん、中にいるの隼人君じゃない?」

「え?」


愛の言葉に彩と瑞葉は慌てて店内を見る。遠くて顔まではっきり見えなかったが女性に囲まれている事だけは確認できた。


「ホントね、思いっきり女性に囲まれているけど」

「愛さん、彩さん、行ってみマスか?(怒)」


瑞葉の押し殺した言葉に愛と彩は深く頷いた。


「「もちろんよ!(怒)」」


駆け出した3人は戦闘態勢になっていた。





─ 2096年11月7日 連合兵科大 隼人 ─



さて、時は戻って。


「アレ〜、艦長どうしたんデスか? 女の子に囲まれちゃって・・・あ!!」


(俺しか察知できないだろう言葉のトゲを感じるよ、瑞葉クン。たぶん超兵器に囲まれてもここまで絶望感・・・を感じる事はないだろうな)




───ふっ、四面楚歌か俺(心の中で号泣)。




「あ、春海ちゃん! それにアナタは・・・!?」

「み、瑞葉ちゃん!」


隼人の周りに座っていた春海たちと紫を見て驚く瑞葉。女の子たちも瑞葉の顔を見て驚いている。

その様子を見て隼人は軽く首を傾げたが思い出した。


(そうか、彼女たちは紫さんの写真を見ているんだっけ。この女の子たちも知っているみたいだけど)


瑞葉の言葉に首を傾げる紫。


「ふぇ? どうかされました?」

「御統紫さんデスよね?」


紫をじっと見つめて念を押すように確認する瑞葉。


「ええ、そうですけど、貴女は」

「ワタシは御劔瑞葉、春海ちゃんたちとは同期です。そしていつも艦長と一緒にいる艦橋要員デス」


と言ってにっこり笑っている。


「いつも一緒・・・?」


瑞葉の意味ありげな自己紹介に負けじと愛も参戦する。


「久遠愛よ、隼人君の艦の艦医、いつも彼のお世話をしているわ」


愛が大人の色気を出し紫に向かって艶然と笑った。


「いつもお世話・・・」

「ワタシは西堂彩、隼人ちゃんの幼馴染み。昔から彼の事は良く知っているわ」


彩も参戦し爽やかな笑みを浮かべ紫と春海たちに笑いかける。


「か、格好良い〜。はぁ・・・お姉さまって呼びたい(はーと)」


彩の笑顔に頬を赤く染め、何気に危ない台詞を言う順子。


「良く知っている・・・」


紫は瑞葉、愛、彩、おのおのの自己紹介を真面目に考えている。


「ああ、ただの同僚と異性に見られていない方々ですか」


だが小百合はにっこり笑って辛辣な口調と内容で軽く切り捨てた。


「「「「むっ!」」」

「私は寺崎小百合、双岳隼人ファン倶楽部の人間よ。久しぶりね、瑞葉ちゃん」


小百合は瑞葉を見て不敵な笑みを浮かべる。その視線を真っ向から受けてたつ瑞葉。


「ホント、久しぶりだね、小百合ちゃん。よもやこういう関係になるとは思わなかったヨ。それに双岳隼人ファン倶楽部ってナンですか、それ」


手を口に当て笑いをこらえる真似をして挑発する瑞葉。


「隼人君はアイドルじゃないんだけど?」

「本当にそんな倶楽部あったんだ、隼人ちゃん」


愛が瑞葉を支援し彩がマジマジと隼人を見た。


「そうみたいだね」


彩の視線を受け隼人は肩をすくめた。彼の顔は“もうどうにでもしてくれ”という諦めの表情を浮かべている。


「良いじゃない、イイ男にはそういうのが当たり前ですから」


瑞葉に向かって胸を張り言い切る小百合。何気に豊満な胸を強調し揺らして瑞葉を悔しがらせた。




(どうして神様は不公平なんだか!)




「では私も自己紹介しますね。私は双岳・・紫、隼人さんのです」


ようやく瑞葉たちの事を納得させたのか紫も自己紹介をする。そしてさらりと大嘘を言うあたり紫は良い度胸をしていた。やっぱり大物なのかもしれない。


「ちょ・・・!」


隼人が何か言う前に素早くツッコミを入れる小百合と瑞葉。


「紫先輩、嘘つかないでくださいよっ!」

「タダのお見合い相手じゃないデスかっ!」

「ううっ、駄目?」


目をうるうるさせ両手を組み二人を見上げるようにしている。男には絶大な効果を発揮する紫のお願いポーズも女性には効かないようだ。



「「「「駄目です!!」」」」





周りの皆が一斉に口を揃えて却下した。


「ぶぅ、パパとママの許可は得ているんだけど・・・」

「当人が了承していないので不可ね」


紫の文句に対して愛が冷静に反対している。


彼女たちのやり取りを見ていた絵里が隼人に質問をする。


「ねぇねぇ、双岳少佐」

「なに?」

「やっぱり、あの噂は本当なんですか?」


絵里はテーブルを見回し睨みあっている女性たちを興味深く見ている。


「あの噂ってもしかして俺が“連合海軍最強の〜”ってヤツ?」

「うん、そうです」

「だからそれは絶対に誤解だよ、違うって!」


隼人の思いっきり否定する言葉に絵里は可愛らしく首を傾げた。


「そうですか? この状態見ると・・・とてもそういう風には見えないんだけど」


絵里は苦笑し頬をコリコリと掻いている。春海や順子、美加子も頷いていた。


隼人は否定しているがこの状態はどう見てもその噂を肯定こそすれ否定しているようには見えない。もしかして紫と同じく少佐も天然なのかと絵里や春海は内心で思ってたりする。


すでに紫、小百合、瑞葉、愛、彩の五人は一触即発状態になっており、見えはしないが視線の間には激しい火花が飛び散っていた。





─ 2096年11月7日 喫茶店 隼人 ─


(しかし非常に困った状態だ。これで俺が口を出そうものならお仕置きは確定するだろうし。でも紫さん、お見合いの時より子供っぽい感じがするけど・・・こっちが素なのかな?)

お見合いをした先日より紫の会話や雰囲気が酷く幼い事に不思議な感じを持っている。そしてその雰囲気はあの娘、ミスマル・ユリカそっくりになっていた。

隼人は彼の夢に出てくる彼女の顔と瓜二つな紫の顔をじっとを見つめた。





─ 2096年11月7日 喫茶店 ─



「どうしたんですか? 私の顔を見つめて。テレちゃいますよ〜」


紫が隼人の視線に気づき顔を赤らめ聞いてくる。


「え、あ、いや、紫さんってお見合いの時は落ち着いた大人の女性かと思ってたんだけど・・・今日は印象が違っているなと」


「え゛っ」





隼人の言葉に紫は慌てて口を押さえた。その慌てぶりに隼人は首を傾げた。


「ん?」

「そうでしょうか? いつもこのような感じですけど」


紫は隼人に向かって大人の魅力と余裕を感じさせる笑みを浮かべた。


「え〜ウソ! 紫先輩、いつもだとぶぅ・・とかプンプン・・・・とか擬音使いまくりじゃないですか。凄く変ですよ? そのしゃべり方」


とケーキを突いていた美加子がツッコミを入れる。その言葉に思いっきり笑顔が固まる紫。




シ────────────ン。






喫茶店内を思いっきり静寂が支配してしまう。


「あれっ? まずかった、今の」


美加子は首を傾げみんなを見た。


「「「「・・・馬鹿」」」」


状況を理解していない美加子の顔を見てダメだこりゃというように頭を抱える4人。


「どういう事?」


一方、さっぱりなのは隼人と〈金剛〉の3人娘。


「うう、美加子ちゃん酷い」


紫は小さくそう呟くと喫茶店を飛び出していった。


「紫さん!」


慌てて喫茶店を飛び出した紫のあとを追う隼人。残された〈金剛〉3人娘は呆気にとられている。


「ちょっとぉ、美加子」


美加子は4人に睨まれ首をすくめて謝った。


「うううっ、ごめんなさい」




─ 2096年11月7日 連合兵科大 喫茶店内 ─



「美加子、ダメだよ。あんな事を言っちゃ」

「紫先輩、けっこう気にしているんだから」


美加子が絵里と春海に諭されしゅんとしている。


「うん、ごめんね」

「どういう事、小百合ちゃん?」


瑞葉が不思議そうに小百合に聞く。


「あー、瑞葉ちゃんは知っているけど、紫先輩の家って名家な上、父親が提督でしょ」


やれやれといった感じで小百合は瑞葉や愛、彩を見て説明をし始めた。


「そうだネ」

「先輩、いつも他人から良家の子女、提督の娘っていうイメージで見られているのよ。家の事情もあるからその期待に応えるために人前では模範的な言動をしているの。言ってみれば他人に作られた上品なお嬢様・御統紫像を演じているの」

「でも自分は自分じゃないの?」


彩はその言葉を聞き疑問に思った事を聞いてみた。今度は溜息をついた順子が話す。


「そんな簡単じゃない、貴女が思っている以上にこの日本で御統の名前は重いんだよ。自分のいい加減な言動で下手すれば父親や家の衰退に関わるんだから」


愛はその意見を黙って聞いている。


(そうなんだ、紫さんも。私もそうだったわね、親の面子を潰さないように、都合の良いように生きていた)


愛の実家はナーウィシアでも有数の大きな病院を経営している。彼女自身も親の面子や体面に翻弄されて育った一人だったので紫の育った環境の事が良く理解できた。


「一般市民の私には良くわからないけどなあ」


彩は頭の後ろで手を組み天井を眺めた。順子の言葉を聞いて実感がなさそうに呟いている。絵理がアイスティーを一口飲みストローでグラスの中をかき回す。

氷がたてる硬質な音がカラコロとテーブルに鳴り響いた。


「本音を言えば私たちだって良く分からないよ、私たちだって一般人なんだから。でも紫先輩を見ているとね・・・」


春海が自分たちの知っている、地の紫の事を瑞葉や愛、彩に向けて話し出す。


「本当の紫先輩は全然違うんですよ。口調は子供っぽいし、性格はおおらかというかちょっと天然。だけど思い込んだら一直線、本当はとても活発・行動的な女性なんです。少佐がお見合いの時と雰囲気が違うって言ったけど・・・たぶん彼が見たのは紫先輩のよそ行きの顔だと思います」


春海は自分のアイスコーヒーのグラスを眺めた。紫の姿を思い浮かべているのかもしれない。


「紫先輩が本当の顔を見せるのはごく親しい人たちと幼馴染の葵先輩くらいなんですよね。今、半分くらい地が出てたけど、私たちがいるからつい気が緩んじゃったんだと思う」


絵里が今までの紫との会話を思い出してぽそっと呟いた。


「そうなんだ、紫さんも大変ね。でも・・・あれだけの美人なら凄いモテそうだけど?」


彼女がこの女性グループのリーダーだと思ったのか愛が小百合に向かって聞いた。


「まあ確かにモテますよ、先輩。ほら紫先輩ってとても美人でナイスバディじゃないですか」

「ええ、悔しいケド」


本当に悔しそうに瑞葉が小百合の言葉に答えた。


「お付き合いする男が段々ひいちゃうんですね。外見が綺麗すぎるのもあるけど、さっきも言った通り普段の紫先輩は作った顔しているから・・・だんだん窮屈に感じるみたいで」


小百合は窓の外を見て紫がかけていった方向を見て溜息をついた。


「それに今回のお見合いだって・・・」

「お見合いがどうかしたの?」


そう呟いた春海に彩が聞く。


「紫先輩、最近お見合い全部断っていたんですよ。お見合い相手の期待に応えられないからって。でも双岳少佐なら・・・」

「なんで隼人ちゃんなら?」


その質問に小百合が答える。


「双岳少佐も同じでしょう? 親が提督で自分は“連合海軍の英雄”っていうイメージを他人に持たれている。おまけに本当かどうか知らないけど“連合海軍最強の女たらし”っていう噂まであるし。それなのに自分自身を作らずありのまま素直に生きている」


小百合は先ほどまで自分の隣にいた青年の顔を思い出していた。広報に載ったあの写真からは想像できない、本当に軍人らしくない表情や態度。彼女自身のイメージとは違っていたが、“英雄”という称号を持つのに偉ぶらない態度や優しげな表情を見てそのギャップが好ましく感じ、さらに隼人に興味をもったのだった。


「確かに隼人君は英雄なんて言葉は気にしてないみたいだけどね」


瑠璃がこの場にいたらすぐさまこの事を否定しただろう。黒髪をショートカットにした物静かな少女は“英雄”の悩みと憤りを目の当たりにしていたから。幸か不幸か彼女はこの場にいなかった。



「紫先輩と二人きりの時に聞いてみたの。なんで今回はお見合いをするのかって。そしたら同じような立場で、尚且つ自分は自分らしく生きている双岳少佐なら・・・本当の御統紫を、自分の気持ちを分かってくれるかもしれないって嬉しそうに言っていた」


小百合が悲しそうに呟くとテーブルはシンと静まり返った。小百合の言った紫の立場を想いを各人が考えていた。瑞葉は深刻な表情を浮かべていたがある事に気づいた。グラスの中の氷を意味もなく、おそらく無意識に突いていた小百合に視線を向けた。


「紫さんの立場や気持ちは良く分かったケド。ねえ小百合ちゃん、なんでライバルの紫さんに肩入れするの?」

「え? どうでも良いじゃない、そんなこと」


そう言って小百合は瑞葉にイヤそうな顔をするとプイと横を向く。




「・・・私は紫先輩と同じ土俵で双岳さんを取り合いたいからよ」




そして聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でぼそぼそと言っている。



(小百合ちゃん・・・なんだかんだ言っても紫さんの事が好きだし心配なんだ、自分のお姉さんみたく思っているんだね)



「じゃ、そういうコトにしておきましょう」

「む」


瑞葉の物言いにカチンときたような顔をしたが結局なにも何も言わず外に視線を向けた。


「でも艦長大丈夫かなァ、うまく紫さんを宥められれば良いケド」

「うふふふ、瑞葉ちゃん、分かっているんでしょう?」


愛が分かっているわよといった感じで瑞葉に笑いかけた。同じようにくすくすと笑いながら瑞葉は確信を持って言う。


「ええ、艦長は“連合海軍最強の女たらし”デスからね、意識的なのか無意識なのかは分からないけど、きっと紫さんの望む形でフォローをしてくれると思いマス」


そう言って瑞葉は嬉しそうに笑い紫と隼人が駈けていった窓の外を見る、優しい光が差し込こんでいた。小百合たちは瑞葉の言葉と態度に不思議さを感じ首を捻っていた。





─ 2096年11月7日 喫茶店内 おまけ ─


「それにしても葵先輩がもうちょっとしっかりしてくれたらね」


小百合が店の端のソファーに座っている潤をじろりと見た。


「本来だったら幼馴染の葵先輩が紫先輩を支えてくれれば私たち、こんな苦労をしなくて済んだんですけど」


絵里は再注文したパフェをウェイトレスから受け取り、手に持ったスプーンを軽く振ったあとパフェに突き刺した。まるで誰かを想像して突き刺したかのようだった。


「葵先輩、良い人なんだけど自分自身を投げ出す度胸や覚悟がないんです、結局他の人と同じで紫先輩に対して臆病になっているから」


春海も溜息をついてそう言ったあと、ちらりと潤を見る。


「そうよね、紫先輩に向かって“俺は紫が紫らしくいられるなら、そのままの方が良いと思うんだ”くらい言えれば紫先輩はきっと葵先輩を見てくれると思うんだけど」


順子が少し乱れてしまった髪型を直しながら春海と同じように溜息をついた。


「こら、ダメよそんな事言っては。その人にはその人なりの接し方があるんだから」


愛が年長の分別で5人を諭す。


「分かってはいるんですけど、不甲斐ない葵先輩を見ていると」


美加子がやれやれと言った感じで呟き・・・



「「「「「・・・ねえ?」」」」」





5人の溜息混じりの声がハモり喫茶店内に響いた。




ちなみにその頃の葵潤はというと・・・。

度胸がないや臆病、不甲斐ないという言葉に全身を打ちぬかれ即死状態だった。


「・・・(涙)」

「潤、しっかりしろ潤! こんな所で死んじゃいかん! お前は戦わなきゃいけないんだ、勝負はまだこれからなんだ、死ぬな!!」

「誰か応急班を呼べ! 急げ!!」



ああ、合掌。




─ 2096年11月7日 兵科大校内 隼人 ─



紫はようやく走るスピードを緩め振り返った。


「隼人さん、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ・・・私」

「はぁはぁ・・・紫さん、足速すぎ」


紫の足の速さは尋常ではなく後を追った隼人はあまりの速さに振り切られずにいるのが精一杯だった。彼は古流を学んでおり、日々の鍛錬に余念がない。それにも関わらず息が切れるほど全力で走らなければならなかったのだ。

それなのに紫はほとんど息を切らしていない。


(おいおい・・・マジか、息が切れてないぞ、彼女)


隼人の肺は空気を欲しており、酸素の足りないせいで痛みを感じている。隼人は何度か大きく深呼吸して空気を肺に送り込みようやく胸の痛みが治まった。


「はぁはぁ、何で・・・謝るの?」

「だって・・・私、嫌われたくなかったとは言え、隼人さんに対してまた嘘をついていたんですよ?」


紫は泣きそうな顔でうつむいてしまう。手入れのされた長い黒髪が風に揺れさらさらと舞う。


「別に構わないよ、そんな事。さっき言われた事が気になるの?」

「だって・・・子供っぽいじゃないですか」


紫のお腹の前で組まれた指に力が入った。


「そうかな、ユリカっぽくて良いけど」


つい・・・隼人の口から無意識にユリカという名前が出てしまった。



「え?」

「・・・あ」


紫はまっすぐに視線を彼に向け、隼人は言葉に出してからそれに気づき“しまった”と思った。


(何言ってるんだ、俺は。彼女は紫さんだ、ユリカじゃない!)


だが時すでに遅く2人の間に本当に重い沈黙が漂う。その沈黙を破ったのは紫の方からだった。


「隼人さん。私は本当の自分を、本当の私の事を言いました。教えて欲しいんです、ユリカさんって本当に誰なんですか!?」


紫は隼人を睨みつけるような、真剣な眼差しで彼を見ている。


隼人は覚悟を決めるしかなかった。これ以上彼女に黙っているのは心苦しい。紫を彼女と間違えることに激しい罪悪感を覚えている。


何より隼人自身が誰かに話して楽になりたいと思っていた。沖田には冗談何交じりという形で話をしていたが肝心な部分を話してはいない。

だから全てを紫に話して妄想癖な奴と笑われたとしてもこの苦しみから逃げ出したかった。


隼人は深呼吸すると紫と同じ、真剣な顔をつくり自分の抱いている疑問を彼女に投げかけた。


「その前にひとつ質問して良いかな」

「なんでしょう、関係する事ですか?」


紫は隼人の真剣な眼差しに本気で聞いているという事を見てとった。


「ええ、御統の血縁にユリカという方はいますか?」

「御統の血縁に百合香という名の女性ですか?」

「ええ」


手を顎に当て少し考え込む紫。すぐに“ゆりか”という人間の名が御統家にないのを思い出す。かなり昔まで調べればいるかも知れなかったが、少なくとも彼女がすぐに思い出せる曾祖父や親戚の中にその名は無かった。


「いえ、いません。・・・もしかして百合香さんって」

「そう、彼女の名前はミスマル・ユリカ」


隼人は視線を地に向けゆっくりと紫にその名を告げた。


「え? 御統って苗字は。御統は歴史のある家ですが、その苗字は・・・本家しか名乗れないはずですけど」


紫の言葉に隼人は「そうなんだ」と軽く頷くと話を続ける。


「そして真っ白な機動戦艦〈ナデシコ〉の艦長をしている」

「機動戦艦? 艦長?」


突然隼人の言い出した訳の分からない事に目を白黒させた紫は不安そうな目を彼に向けた。


「宇宙戦艦の事だね」


紫の疑問に当たり前のように答える隼人。


「はぃ? 宇宙戦艦って艦種はまだありませんよ。ねぇ、隼人さん、一体どういう事ですか」


訳がわからないという表情を浮かべ紫は隼人を見た。

普通なら突然そんな事を言われてもぜんぜん納得できないだろう。隼人はやっぱりという表情を浮かべ自分の言っている事が嘘ではない事を信じてもらうべくさらに言葉を続けた。


「笑われるかもしれないけど・・・きちんと聞いてくれる?」


隼人の寂しそうなそれでいて真剣な声色に紫は大きく頷く。

今更聞かない事に意味はなかったから。小百合に向けて自分が信じると言った男の言葉を聴く、それが今の彼女にとって重要な事だった。


「もちろんです、本当の事なんでしょう?」

「ああ」


隼人は辺りを見回す。丁度木陰にベンチと自動販売機があった。

彼は視線で“ついて来て”と言うと紫を連れ自販機に近づき彼女に聞いた。


「なにが良い?」

「オレンジジュース」


紫は躊躇うことなくそう言った。自動販売機で自分と紫の分のオレンジジュースを買いつつ、隼人は今まで誰にも言った事がなかった自分の夢の事を話した。


「ミスマル・ユリカは・・・俺の夢の中で出てくる女性だよ」

「夢・・・ですか」

「話が長くなる、そこのベンチに座ろう」


隼人は買ったオレンジジュースを紫に手渡し一緒にベンチに座る。


そして今まで自分の見てきた夢の話をし始めた。

〈ナデシコ〉という名の宇宙戦艦や機動兵器と言われる人型ロボットに乗り、ちょっとした偶然から蜥蜴戦争という名の戦争に参加して戦ったこと。

戦争中ではあったが毎日がお祭り騒ぎ、本当に青春と言える辛くも楽しかった毎日。その〈ナデシコ〉という艦と共に向こうの世界で生きていた。





───そして悲劇。




思い出深い〈ナデシコ〉は爆破されて撃沈、艦長を務めていたユリカは奪われた。その際、ユリカを護るべく戦った彼は重傷を負う。

そして妻を奪還すべくテンカワ・アキトは変わった。




───漆黒の王子プリンス・オブ・ダークネスと言われる復讐者に。




自分の戦友兼ネルガル重工の会長アカツキナガレが発見したラピス・ラズリという名の少女。彼女は分子生物学最先端技術の結晶だった。そして世界条約で製造・開発が禁止された唯一人の人造生命体。

ラピスは禁忌とされたクローン技術とナノマシンによる遺伝子改造により人の手によって造られたヒト、汎用人型生命体レプリスだった。その証として彼女は繁殖能力を押さえる為に意図的に組み込まれたアルビノの特徴、色素の欠乏から起こる白すぎるほど白い肌と深紅の瞳、赤みがかった美しい銀髪をしていた。


彼女が“人間に脅威を与える存在”とされ何十年も前に破棄された“戦闘用レプリスプリムローズ”だと知ったネルガル重工は彼女たちと共に破棄されたワンマンフリート構想を蘇らせた。プリムローズと親和性の高いスーパーAI【タケミカヅチ】も再び蘇らせ、それを搭載した試作艦・重打撃戦艦〈ユーチャリス〉を秘密裏に建造し、彼はその戦艦を駆り妻の奪還を遂げた。

感情を、“電子の海こころ”を凍結された彼女“無垢なる刃ラピス・ラズリ”と〈ユーチャリス〉、相転移機関を搭載した黒き機動兵器〈ブラック・サレナ〉が復讐者、テンカワ・アキトに与えられた新たな力。

〈ブラック・サレナ〉は〈ブラック・オセラリス〉もしくは〈アルバーティス〉と呼ばれる機体が最初に実現した、機動兵器に相転移機関を搭載する技術を受け継いだ機体だった。


彼に与えられた“刃”と“鎧”は圧倒的な力でアキトの復讐心を満たした。無慈悲なほどの火力を振るい“木連”や“火星の後継者”を名乗る組織を、艦隊を、機動兵器を、人間を捻じ伏せ、破壊し殺し潰していった。


その最後の局面で彼は北辰と呼ばれる男と相打ちになって死んだのだ。

北辰はナデシコを爆破し、妻を誘拐した実行部隊の長で、アキトの復讐が終る為には絶対にケリをつけなければいけない人間だった。2人の乗る機動兵器は火星の地で拳を交えた。そして・・・相打ちとなり2人は赤き大地にむくろを晒した。

助け出した愛しい妻の顔を見ることも叶わず、ずっと自分を支援してくれた簡易型プリムローズとも言える遺伝子を弄られた人間マシンチャイルド・義妹のホシノ・ルリやラピスに別れを告げることも出来ずに。

〈夜天光〉と共に崩れ落ちる〈ブラック・サレナ〉の中で彼は彼女たちに「ごめん」と詫びる事しかできなかった。



「紫さんはそのユリカって女の子に、テンカワ・アキトの妻にそっくりなんだ。だから・・・初めて写真を見た時、本当にあの娘が存在しているのかと思った」

「そうですか、それであの時に名前を」


紫はお見合いの時を思い出すように呟いた。隼人の話を聞いて最初はただの妄想癖かと思ったが、あまりにも彼の話は真に迫っていた。自分の知っている会社もその話の中に出てきた。

ネルガル重工、出来たばかりの小さな造船会社。沖田が自分の父・浩一郎に支援を依頼している会社だった。それにアカツキという名、あまりにも出来すぎている。


「ごめん」


隼人は紫の呟きにも似たセリフのあと、ずっと漂っている重い沈黙にと雰囲気に耐え切れず頭を下げた。


「ううん、お互いさまだから。その夢の中で隼人さんを、いえアキトさんのこと、その・・・ユリカさんはどう思っているんですか」


紫は小さく頭を振ると話の中に登場した自分そっくりの人間の事を聞いた。その言葉に隼人は少し考えるような表情をした後、確信を持って答えた。


「好きなんだと思う」

「じゃ、アキトさんは?」


先ほどとは違い、隼人は困ったような表情をする。確信が持てないといった声で答えた。


「俺から見ていても煮え切らない優柔不断な奴だから。少なくともユリカのことをとても大事に思っている。復讐心に身を委ねるほどだから」


紫は大きく深呼吸をしてから自分にとってもっとも重要な質問を隼人に投げかけた。


「最後に。隼人さんはユリカさんの事・・・どう思っているんですか?」


紫にとって最も重要な質問、その事が分かっているだけに隼人は彼女に嘘はつけなかった、曖昧に誤魔化す事も。

隼人はベンチの背もたれに体を預け真っ青な空を見上げる。

真っ白い雲がゆったりと流れていった。


あの娘ユリカは・・・こんな青い空なのかしれない)


晴れやかで青く抜けきった存在、自由奔放で明るく人を包み込むような優しさを持っている。そして隼人にとってはあの青い空と同じ、望んでも人間じぶんの手に届かない存在おひめさま


「どう・・・なのかな。彼女の才覚は凄いよ、同じ艦長として凄い気になる。女性として見て・・・はっきり答えは出せていない。好きか嫌いかで答えるなら好きなんだろうな」

「・・・そう、ですか」


隼人の言葉を聞き寂しそうに呟いた紫はオレンジジュースをじっと見ている。


寂しそうに俯く紫の姿。

あの火星でユリカが見せた姿。


寂しそうに俯き彼を見上げた彼女の縋るような瞳。親に縛られ、艦長の責務に縛られ、そしてその重圧に負けぬように本当の自分を殺して生きる孤独な姿。良く言われる天衣無縫は彼女の性格の一部ではあったが全てではなかった。



───アキトがキスしてくれたら・・もちょっと頑張れるから。だから・・・。


だから・・・あの時、アキトはユリカにキスをしたのだ。彼女の心が孤独に潰されないように、と。


(彼女、紫さんもユリカと一緒なんだ、私が私らしく、と)



「そのユリカが良く言っていたんだけど・・・」


(もう紫さんとユリカを間違えない。今、生きてここにいるのは紫さんなんだ、ユリカは俺の憧れ、夢の中のお姫さまでしかない!)


寂しさで紫の瞳が小さく揺れていた。隼人はその瞳を見て彼女の悩みが望みが夢の中のお姫様と同一なものと気づいていた。


「どんな?」

「私は・・・私らしくありたいって」

「っ!」


隼人の言葉に紫は口を手で押さえて息を呑んだ。


「ユリカの台詞を借りちゃうとね、そういうこと。

学校の優等生でもない、名家御統家の娘でもない、連合海軍・御統大将の娘さんでもない一人の人間・女性として紫さんが紫さんらしくいられるなら、子供ぽい言葉使いでもそのままの方が良いと思うんだ。

少なくとも俺は紫さんを普通の女性として見たいし、俺といる時は素の紫さんでいて欲しい」


その台詞に孤独や寂しさで震えていた紫の瞳の揺れは止まった。沈みがちだった彼女の顔が太陽の光を浴びた向日葵のようにぱっと明るくなる。



「あ、ありがとう・・・隼人さんッ!」




隼人は紫に飛びつかれガバーッと抱きしめられてしまう。豊満な胸に顔が埋まり窒息死しそうだった。


「なっ!? ゆか・・・むぐぐうむぐむぐ!!」

「あ・・・っ、そんなに動いちゃ・・・駄目」


酸素を求めじたばたと暴れる隼人の頭に頬擦りするとようやく紫は彼を離した。頬を染めた彼女の表情はかなり残念そうだった。


「はぁはぁ・・・し、死ぬかと思った。ゆ、紫さん、大した事を言ってないよ、俺」

「そんな事ないですよー」


紫は大きく頭を横に振った。綺麗な黒髪が木々の間から差し込む木漏れ日を受けキラキラ光った。隼人はその姿にしばし見とれてしまう。

彼に新たな命を吹き込まれた紫は生命力に満ち溢れ、美しい外観を凌ぐ内面からの美しさに満ちていた。

それはテンカワ・アキトが愛した妻と同じ魅力。晴れやかで青く抜けきった存在が持つ、自由奔放で明るく人を包み込むような優しさを彼は再度目の当たりにしていた。



あの時、崩れ落ちる〈ブラック・サレナ〉の中で願い、果たしえなかった望み。その望みが自分の最愛の人の姿をとり隼人の目の前で微笑んでいた。





─ 2096年11月7日 兵科大校内 紫 ─

隼人さんは私を名家や提督の娘としてでなく、ちゃんと本当の私の事を見てくれる。


───そして夢の中の御統百合香ではなく現実の御統紫として。


彼の周りの女性たちは美人で魅力的な人たちばかり。

正直私で彼女たちに勝てるかわからない。


でも・・・私にとって最大のライバルは彼女たちじゃない。彼の憧れ、宇宙戦艦撫子と私と同じ顔をした御統百合香。

隼人さんが言ったように私は私らしく。彼女にだけは負けられないんだ。





─ 2096年11月7日 兵科大校内 隼人 ─

「え?」


「そんなことないですよー」という紫の言葉がどういう意味なのか隼人が聞き返そうとした時、髪をコロネにした女の子がかけてくるのが見えた。


「あ、紫せんぱーい!」


美加子が走ってくる。


「先輩、さっきは本当にごめんなさいっ!」


息を切らせてながら勢い良く頭を下げる。


「あははは、美加子ちゃん。私はだいじょーぶだよ」

「あ、先輩、その口調良いんですか?」


美加子が慌てて隼人を見る。紫はそっと彼の腕に自分のそれを絡めた。隼人は苦笑とともに美加子に向かって大丈夫という風に頷いた。いつもだったらすぐに振りほどくだろう組まれた腕は・・・今は解きたくなかった。


「うん、隼人さんがそのままの方が良いって」

「そ、そうなんですか、良かった」


2人の様子、特に紫の表情を見た美加子はほっとしたように安堵の吐息を漏らした。


「ごめんね、心配かけちゃって」

「いえ、私が悪いんですから」


紫の謝罪に美加子は慌てて手を振り頭を下げた。このままだとお互い頭を下げっぱなしになりそうなので隼人が2人に向けて提案を持ち出した。心のつかえがなくなったおかげか無性に腹が減っていた。


「さ、もう良いだろ。みんなでご飯でも食べようよ、俺腹減っちゃった」



くぅぅっ



隼人の言葉と共に紫のお腹も可愛らしい音をたてた。


「あっ・・・(赤)。じゃ、じゃあ私がご飯を作ります!」


紫は恥かしさに頬を染め、今の音を誤魔化すように高々と宣言し胸を叩く。その勢いで彼女の胸がぽよんぽよんと揺れた。紫のその言葉を聴き美加子の口から呻きに近い奇声がこぼれた。



うげ。





「紫先輩、せっかく双岳少佐がいるんですからそれは止めましょうよ、ねっ、ねっ!」


青い顔をして美加子が後ずさる。紫がちょっぴり傷ついた表情で彼女に聞いた。


「ちょっと美加子ちゃん、なに? うげ。って」

「あはははは、気にしないでくださいよ(汗)」


美加子はじりじりと後ずさるとぱっと振り向き脱兎のごとく逃げ出した。その後を追う紫。


「こら〜、ちゃんと教えてよ〜」


紫は両手を振り回して美加子を追っていく。一人残された隼人はその後ろ姿を見てしみじみと思う。


(紫さん、やっぱり料理が下手だったんだ。こんなところまで似なくて良いだろうに。やれやれ、いつか彼女の料理を食べてあげなきゃな。腹を壊すかもしれないけど)


隼人はさっきの紫と美加子のやり取りを思い出し苦笑しながら青い空を眺めている。そして夢の中の“彼のお姫さま”に向けて呟いた。


(ユリカ、君が俺を見たらどう思うんだろうな。テンカワ・アキトの偽者? それとも双岳隼人として見てくれるのか?)


「隼人さーん、早く! おなかへったよー!」

「了解! 今行くよ」


遠くから両手を大きく振って彼を呼ぶ紫の声が聞こえてきた。隼人も彼女に向かって大きく手を振りかえすと紫を追って走り出した。



今、この瞬間だけ世界は平和だった。


− あとがきという名の戯言 −

瑞葉:最後まで読んでいただきありがとうございます!

隼人:ありがとうございます。

瑞葉:って事で今回のインターミッションは紫さんだった訳デスが。なんだか小百合ちゃんや春海ちゃんたち、アタシより目立ってません?

隼人:作者がホウメイガールズを使ってみたかったからじゃないか。でも小百合ちゃんの性格はずいぶん変わっているみたいだね。

瑞葉:そうデスね、結構いぢわるというか素直じゃない性格になってますし。あ〜、もっとアタシも出たかったなあ、真のライバルとの対決なのに。

隼人:瑞葉クンは前話で結構出てたろ。

瑞葉:うっ! でもでもヒロインは常に出てなきゃいけないんデス!

隼人:そういうものなんですか、ヒロインって。まあ、それは置いておくとしてだ。俺の夢の話が少し出てきた訳だけど。

瑞葉:連合海軍物語第三部の機動戦艦ナデシコ〜無垢なる刃〜もちょろっと出てますね。量産型プリムローズのラピスちゃんや相転移機関を搭載している〈ブラック・サレナ〉とか。

隼人:書くかどうかは分からないけど一応ストーリーは作り始めているみたいだよ、第三部は。

瑞葉:その前に第二部を何とかしないといけないのに。連合宇宙軍の設立、月面独立から火星の核攻撃〜木連の設立とかもあるのに。

隼人:外伝の方も同時に進めているね。外伝の元ネタ、準新作のMy Merry May with beが発売されたからよけい外伝に力が入っているんだろう、作者。

瑞葉:お気に入りのリースちゃんが出ていますからねえ。それにしても良くそんな余裕がありますね、作者。余裕があるなら代理人さんに言われた推敲に時間使ったほうが・・・

隼人:思いっきり25、26話は推敲時間削って投稿しているし(汗)。

作者:別に好きで削っている訳じゃないぞ。

瑞葉:わ、久しぶりに現れましたね。メリウィズビー終わったんですか?

作者:少し休憩中・・・ってそれはどうでもよろし。脳内〆切を持って書いているからね、この話は火曜までとか。〆切作らないとダレて書かなくなるから短期目標をもって作業している。その間に外伝とか第三部とか閃いたら即、入れちゃうから時間がなくなるってのもあるけど。

隼人:アマチュアなのに〆切って。

作者:基本的に飽きっぽいんで。で、それに加えて最近SS書くのが怖いんだよね。読者に張っている伏線全て読まれているような気がして〆切時間ギリギリまで捻ったりするんよ。ああ、コイツのSS簡単に先読み出来てツマンネーとか言われないようにしたいし。結局、推敲時間が削られたまま投稿してしまったという。普通は音読を含めて3〜5回は全文読み返しをして推敲するんだけど、この2話は2回の流し読みで投稿しちゃっているし。

瑞葉:投稿する曜日を1回延ばせば良いじゃないデスか。

作者:そうなんだけどねえ、とにかく自分で決めた時間内に書き上げてきちんと投稿して全話完結させたいんで詰めちゃっているんだわ。

隼人:変なところに拘っているな。

作者:そりゃ、面白いと思って読んでいるSSが次々と休載状態になっているし。

瑞葉:actionに投稿されているSSデスか?

作者:そそ。やっぱり面白くて読んでいる物が完結されないで放置はね。読者としては寂しいから、途中で話が切れちゃうのは。とにかくこのSSを読んでくれている(数少ない)人にそういう思いはさせたくないし。

隼人:まあ、そうだろうけど。

作者:今回の27話はいつも通りの推敲時間を取っているんで誤植は少ないはずだけど。じゃ、メリウィズビーに戻るわ。

瑞葉:変なところで拘る人デスねえ、作者。

隼人:拘りがなけりゃSSなんて書けないんだろうけど。あ、そろそろ時間だね。

瑞葉:了解デス。次回、連合海軍物語28話「未知との遭遇」デス。

 

 

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代理人の感想

あー、それはわかるなぁ(苦笑)。

締め切り決めないと中々書けないし集中できない。

ただ、締め切りの後に一日推敲の時間を取ればいいとは思うんですが(爆)。

文章を書くのと、それを推敲するのとは完全に別の作業として考えたほうがいいと思いますよ。

プロなら専門の人が何日もかけて誤字脱字を修正してるんですから、アマチュアといえど一日くらいとってもよかろうかなと。