古代の涙
第三話 心に残る記憶
「済みません!!済みません!!……怪我とか、ありませんでしたか?」
「ああ、大丈夫だ」
アキトは感情の無い声で答えた。
「はい、これ」
「どうも済みませんでした……」
彼女、ミスマル・ユリカはスーツケースを渡してもらったがその場を動こうとはしなかった。
「あのぅ……不躾ですが何処かでお会いしたことありませんか?」
「いや、無いと思うよ」
また感情の無い声で答える。
それは、まるで機械のように……。
「そうですか……なら私の勘違いですね。
ご迷惑をお掛けして済みませんでした」
一礼して車に乗り込むユリカ。
車に乗り込み去っていくまでその場で見送るアキト。
「……どうしたんですか?」
「いや……なんでもない」
それでも車の去った方をずっと見続けるアキト。
「……嘘です」
「え!?」
紫翠の突然の言葉に驚いて振り返る。
「なんでも無いんでしたら何故そんな自分を押し殺したような声であの方とお話していたんですか?」
「……………………」
「本当はあの方とお知り合いじゃないんですか?」
「…………そうだよ」
暫くの沈黙の後そう答える。
その声はとても重かった。
「でしたら何故、先ほど……」
「ダメなんだよ」
紫翠の言葉を遮るように答える。
「確かに彼女、ミスマル・ユリカは知り合いだ。
だけど……俺にはユリカに会う資格なんて無いんだよ。
俺は……ユリカを守れなかったから……」
紫翠から視線をずらす。
『過去』…今においては未来だがそこでアキトはユリカを守れなかった。
それはアキトにとっては『過去』のユリカであって『今』のユリカでは無いが、それでも人間そう簡単には割り切れるものではない。
ユリカに会うと自分の不甲斐無さが、悔しさが、心の弱さが出てきてしまう。
だから意識的に感情を殺さなければその感情が爆発してしまう。
「……私にはテンカワさんに何があったのかは知りません。
そんな私が言うのも可笑しいかもしれませんが……」
「……………………」
「会いたいなら会えば良いと思います」
「それは……」
「確かにその人が会いたく無いと言えば会わない方がいいと思います。
その人……ミスマルさんでしたか。その人は会いたがっていましたが?」
「……ああ」
「なら余計に会った方が良いですよ。
会いたいのに会ってくれないのは、辛いことだと思います……」
その時、紫翠の目には悲しみの色をたたえていた。
「しかし、俺には会う資格が……」
「資格なんて入りませんよ。
会うには少しの、ほんの一歩踏み出すだけの勇気だけですよ。
そうしないと後悔するかもしれませんよ」
「……………………」
その言葉はアキトとって自分を押してくれる言葉だった。
暫くの沈黙の後……。
「ご、ごめんなさい!生意気なことを言ってしまって……」
自分の言ったことが恥ずかしくなったのか顔が赤い。
「いや、そうかもしれないな。俺は多分、会うことを恐れていたのかもしれない」
「な、なら今すぐ会いに行きましょう!
善は急げと言いますから今なら追いつくかもしれませんから!」
照れ隠しかアキトを置いて先に行ってしまう紫翠。
「お、おいおい……」
アキトは苦笑しながらその後に付いていったがその表情は晴々していた。
「それで……あなた達ですかな?ミスマル・ユリカさんに会いたいと仰る方達とは」
ここはサセボ・シティにある軍の基地の中の一室。
そこで二人はプロスペクター、通称プロスと会話をしている。
あの後、基地にまで行き見張りの人にミスマル・ユリカに会いたいと言うとここに連れてこられていた。
「はい、そうです」
「失礼ですが、ミスマルさんとはどう言ったご関係で?」
「ユリカとは幼馴染みなんです。
俺はユリカに話したい事があったのでここまで来ました」
アキトは自分の思っている事をそのまま話した。
「そうですか……ちょっと失礼します」
プロスはそう言い二人のDNAを調べた。
今回はアキトの要望により腕による判定になった。
「おや…テンカワさん!
貴方は全滅したユートピアコロニーからどうやってこの地球まで来られたんですか!?」
アキトのデータを見て驚くプロス。
「……わかりません。気が付いたら地球にいました」
アキトは前回と同じ事を話した。
「そうですか……。
それと、紫翠さんでしたかな?貴方のデータは存在しないのですが……」
「それは……」
「それは俺が話しますよ」
その後、アキトが紫翠の事を説明した。
「それは大変でしたな。
……それじゃあどうでしょう、私たちの会社で働いてみませんか?」
プロスがいきなり話を変える。
「あの……それと今までの話とどう関係があるんですか?」
「はい、実はミスマルさんは我が社の重要人物なので、
そう簡単に部外者に会わせるわけにはいかないのです。
ですから社員としてですと何かと面倒が無くて良いわけなんですよ」
紫翠の質問に丁寧に答えるプロス。
その裏には色々計算があるだろうが……。
「さて、どうでしょうか?」
「……わかりました、お世話になります」
アキトは悩んだ末申し出を受け入れる事にした。
「そうですか、ありがとう御座います。
紫翠さんはいかがなされますか?」
アキトの返事に喜んだプロスは隣の紫翠に聞いた。
しかし紫翠は困った顔をしていた。
「?どうかなさいましたか」
「あの……私、戸籍とかが無いのですけど雇ってくれるのですか?」
至極尤もな事を聞く紫翠。
どんな所に就職するにも自分を証明できる物がいるが、紫翠は記憶喪失でしかもDNAデータが無いと来ている。
そんな人を雇う所など普通はない。
「それでしたらご心配なく。
データの方は紛失しているのだと思いますから、また新たに作れば良いだけですから。
一番の問題は貴方のお名前ですよ。このままでよろしかったですか?」
戦争が始まって以来、自分のデータを紛失する人が増えたので、政府は新たに登録できるようにしたのだった。
「はい、ありがとう御座います」
頭を下げてお礼を言う。
「いえいえ、それでは契約書の方は後日と言うことで。
これで貴方達はナデシコの一員です。それじゃぁ案内します」
そう言い部屋を出ていくプロスに付いていく二人。
その途中でアキトが紫翠に話しかけた。
「なぁ、本当に良かったのか?」
「何がですか?」
「いや、そう簡単に就職していいのか?何をするのかも聞いて無いんだぞ」
「大丈夫ですよ。それに私みたいな人を雇ってくれる所なんてそう無いですよ。」
そう笑顔で言われて言葉を無くすアキトだった。
プロスに案内されて付いた先には一つの白い戦艦があった。
それは始まりの場所。
アキト達の運命の中心にあった船。
(ナデシコ……か。またこれに乗るとはな。今度はどうなるだろうな)
一人物思いにふけっているとプロスが説明し始めた。
「こちらが我がネルガルが開発した最新戦艦ナデシコです」
「なんか、スピード出したら先が折れそうな形ですね」
プロスが胸を張ってそう言ったが、紫翠の一言で思わず転けそうになった。
「あのですね……、
このナデシコにはディストーションフィールドと言う物が備わっていますから大丈夫なんですよ」
ずり落ちた眼鏡を直しながら答える。
「そうなんですか。
……それで私達にこれを見せてどうするんですか?」
紫翠は何故?と首を傾げた。
その言葉でプロスは元よりアキトも転けた。
「あ、あのですね……これから貴方達はこれに乗ってもらうんです」
いち早く復活したプロスが丁寧に説明した。
「ああ、そうだったんですね」
それを聞いて一人納得している紫翠。
アキトはと言うと……。
(あ、あのプロスさんを転けさせるとは……)
そんな事を倒れたまま考えていた。
そのプロスはと言うと、ハンカチで汗を拭いていた。
その心境は誰にもわからなかった。
「さ、さてそれでは行きましょうか」
気を取り直して先に行こうとするプロスにアキトが声をかけた。
「そう言えば俺達の仕事は何なんだ?」
「ああ、そう言えば言ってませんでしたね。
テンカワさんはコック見習いで、紫翠さんは厨房補助兼ウェイトレスと言うことで」
「ちょ、何で俺がコック見習いなんですか!?」
プロスの説明に疑問の声を上げるアキト。
アキトにとって料理とは、幸せだった日々を思い出させる物でしかない。
それと同時に自分の辛さや痛みが思い返される事でもあった。
五感が無くなり、それを信じられなくて自分で作った料理を食べた時のあの絶望。
その時以来、アキトは料理をしなくなったのだった。
「なにか不都合でも?
アキトさんのデータによりますと将来コック志望だと思いましたので」
「……いえ、それでお願いします」
考え込んでいたアキトだが何かを決心するようにプロスに言った。
「はい、それで紫翠さんの方は宜しかったですか」
「はい、多分出来ると思います」
「そうですか、それでは艦の内部を案内しますよ」
プロスが案内しようと歩き出そうとした所、不意に違う所から声が聞こえた。
「それでしたら私が案内しましょうか?」
三人が声のした方を向くとそこには瑠璃色の髪と金色の目をした少女がいたのだった。
「ルリちゃん!!」
「お久しぶりですね……アキトさん」
ルリを見て驚くアキトに微笑みながら答えるルリ。
「おや、お二人はお知り合いだったのですか?」
「はい、そうですよプロスさん」
「ふむ……そうでしたか……」
訝しげに思いながら一様は納得するプロス。
「それではテンカワさんの方はルリさんに任せるとして、紫翠さんはどうしますか?」
「……私はプロスさんにお願いします」
紫翠は二人を見た後そう言った。
多分二人の邪魔をしないようにとの判断だろう。
「そうですか、それでは案内いたしますよ」
「はい、それではテンカワさんまた後で」
そう言いながらプロスに付いていく紫翠。
そしてその場にはアキトとルリの二人だけになった。
「……本当に『あの』ルリちゃんか?」
「はい、そうですよ……アキトさん」
そう言うとアキトに抱きつくルリ。
「ル、ルリちゃん……」
いきなり抱きつかれて困惑したアキトは、ルリの肩に手を乗せた時にその肩が震えているのに気が付いた
「……もう、もう会えないかと……思いました。
もう……消えないでください……ア……アキ……ひっく……」
それ以上は声にはならなかった。
……暫くそうしていると、ルリの方から離れた。
「……ごめんなさい、いきなり抱きついたりして」
「あぁ……」
「私がこの世界で気が付いた所はネルガルの研究室でした。
すぐに色々調べました。
そうしたらナデシコに乗る半年前でした」
「なんだって!
俺はつい先程気が付いたんだが……」
ルリとの時間の食い違いに驚くアキト。
「そうだったんですか。
だから、アキトさんがいなかったんですね」
「どう言うことだ?」
「私はアキトさんと連絡を取ろうとしたのですが、
アキトさんが働いていたと言う食堂に、アキトさんがいなかったんです。
だから……もう会えないと思って……」
また目に涙を浮かべるルリ。
「すまなかったな……。
しかし、何故そんな時間差が出たんだ?」
「それは多分、私達のIFSの違いのせいだと思います。
その証拠に、私とラピスは殆ど同じ時間に気が付いたみたいですから」
「ラピスと連絡が取れたのか!」
ルリがいる以上ラピスもいると思っていたが、連絡を取れていたとは思ってもいなかったのだ。
「私を誰だと思っているんですか?
データさえあればどんな所にあっても探せますよ。
あっ、ラピスもナデシコに乗っていますよ。
私がナデシコに乗る際の条件に、副オペレーターに希望しましたから」
なかなか逞しくなったルリ。
行動力も格段に上がっている。
それを聞いてアキトは神妙な顔になった。
「本当はラピスにはこの船に乗らずに、普通に暮らして欲しかったんだが……」
「そんなのは無理ですよ。
あの子がアキトさんから離れるわけ無いじゃないですか」
その時のルリの顔はどこか嬉しそうだった。
「それでアキトさん……これからどうしますか?」
それは質問ではなく確認だった。
ルリにとってはアキトが動く事は決定事項なのだ。
「……なんでこんな所に飛ばされたのかはわからないけど、
俺はこれから起きる悲劇を出来るだけ少なくしたい。
それが、俺の考えだ」
未来を知っているが故に、これから起こる悲しみを減らしたい。
たとえ未来において、変わり果てようとも、心は昔のままだったのだ。
どんなに非情になろうとしても、なりきれない。
それがアキトの思いであり、アキトの優しさでもあるのだった。
「そう言うと思いました。
私とラピスもアキトさんを手伝いますよ。
イヤだって言っても手伝いますから」
それがルリの考えだった。
ルリはこの半年の間に色んな事を考えていた。
アキトがいないと分かって落ち込んだが、
もしアキトがどこかにいるなら必ずナデシコに乗るだろうと考えていた。
もしいなかったとしても、ルリとラピスは未来を変えようとしていた。
それが半年間考えた結論だった。
「そうか……」
「それじゃあこれからどうします?
たしかもうすぐ敵が来るはずですが」
「そんなの決まってるよ。
今からエステの方へ行くからルリちゃんはブリッジに戻ってくれ」
そう言い残してアキトは走った。
ここから歴史は少しずつ変わっていく事になる。
それが最後の結末にどう影響してくるのか、未だ誰も知り得なかった。
あとがき
何故か話が進まない……(汗)
三話にしてまだエステが出てない。
何故だろう?
……気にしてもしょうがないか(爆)
ではでは
代理人の感想
気にしてもしょうがありません(爆)。
マイペースで行きましょう(笑)。
それはさておき感想ですが・・・・をを、アキトがユリカに積極的なのが好印象!
紫翠の役割はひょっとして恋のキューピッド(核爆)!?