シンと静まりかえった廊下を俺は歩く。

標準時間で言うと、夜中の1時なのだから当たり前なのは当たり前か。

しかし、俺はどうしても行かなければならない所がある。

そう、どうしても。


コツッ……コツッ……コツッ。


嫌に響く足音を立てながら俺は歩く。

過去にけじめを付ける為に。

暫く歩き俺は一つの扉の前で止まった。

何の変哲もない只の扉。

だが、その向こう側には俺が用がある奴がいる。


「……やっとのご対面か」


俺は部屋についているインターホンを鳴らした。

その音は始まりを告げるベルだった。








夢視ぬ星々の創世曲


SESSION 8 償えない罪に対する償い方








「何の用かね、こんな夜更けに?」


フクベは俺と向かいの席に腰を下ろした。

俺達二人の間にはそれぞれ湯気が上る湯飲みが置かれている。

ご丁寧にもフクベが煎れた茶だ。

だが俺は茶を飲みに来たわけではない。

俺はすぐ本題に入った。


「あんたは一年前の火星会戦の時、司令官だったのは確かだな?」


「………………………………」


「その時、お前は何をした?

 あの時お前はどんな気持ちで戦っていた?」


「………………………………」


「答えろ!!お前には答えなければならない責任がある!!」


俺は何時までも喋らないフクベに痺れを切らして問いつめた!


「答えろ!!」


「…………そんな事を聞いてどうする気だ?」


「貴様のせいで大勢の人が死んだ!

 貴様があの時チューリップに体当たりをしなければコロニーは滅ばずにすんだ!

 確かに滅ぶのは時間の問題だったかもしれない、だがその時間があれば大勢の人が助かったんだ!!」


そう、確かに遅かれ早かれあのコロニーは滅んでいた、それだけは断言できる。

しかし、それでもチューリップが落ちてこなければその時間にもっと大勢の人が助かったはずだ!!


「答えろ!!何の為だ!!?」


「…………軍の威信……と私の、つまらぬ意地のせいだ」


フクベは静かに、しかしハッキリとした声で話し始めた。


「敵はあの時私達の、軍の攻撃がまるで役にたたなかったのだ。

 全てのビーム兵器は曲げられ、実弾兵器は敵のバリア……ディストーションフィールドだったかな、のせいで掠り傷すら与えることはできなかった。

 そこで少しでも敵に被害を与えなければ私等軍のプライドが許さなかった。

 だからか…………いや、違うな。

 確かにそれもあるが、やはり私のつまらぬ意地のせいだろう。

 『火星を守りたい』、『少しでも敵に被害を与えたい』そんな思いが先行してしまったのだろう。

 その結果が知っての通りだ」


フクベはまるで遠くを、過去を見るような眼で語った。

その眼には確かに後悔と悲しみの色を称えていた。


「私はこの手で、確かに守るべき人々を殺してしまった。

 だがこんな私を待ちかまえていたのは、英雄の称号だった。

 英雄という名の道化だ」


それは俺も知っている。

あの会戦の後、地球でフクベは英雄に仕立て上げられた。

軍にとって負けただけの戦争にすれば都合が悪い。

だから、唯一フクベが上げたチューリップ撃破という戦果を表に出した。

『負けた』という真実を巧妙に隠すために。


「その後暫くして私は軍を辞めた。

 私は……耐えられなくなったのだ。

 それに道化を続けるだけの度胸もなかった。

 英雄と言われる度に私は罵声を浴びさせられる思いだった」


その言葉に一瞬だけ疲れたような表情を見せた。

普通の奴にはわからないほどの一瞬。

しかし俺はその一瞬を見た。

それは同時にフクベの弱さだったのだろう。


「そして私は今ここにいる。

 どんな因果かはわからないが、私はもう一度あの地へ赴く。

 全てが始まった、あの赤き星へ」


フクベは目の前にある湯飲みを取り口に運ぶ。

それは長話で冷めていたのだろう、少し眉を傾ける。

俺も湯飲みを取り飲む。

確かに温くなっていた。


「…………これがお前の問いの答えじゃよ」


「そうか…………」


俺はその続きが出てこなかった。

確かにこいつはコロニーを破壊した。

しかしそれはこいつなりの『守りたい』と言う意志の一つなのだろう。

行動と結果が必ずしもイコールで繋がることはない。

こいつの場合はその結果が自分の思いとは180度反対だった。


「……お前は、今、何がしたい?」


それは俺が自分に問いかけると同時に、フクベにも問いかける言葉だった。



俺は何がしたい?



「……わからぬ。

 私の思いは一年前に置いてきてしまったのでな」


自分の湯飲みに新たな茶を入れそれを飲むフクベ。

湯飲みから上がる蒸気が俺とフクベの間を遮る。



俺は、何がしたい?



「…………質問はそれだけか?」


「あ、ああ、それだけだ」


「なら、私からも聞いても良いかな?」


フクベの表情は厳しくなり、その場の雰囲気が重たくなった。


「お前は何故今頃この事を聞きに来た?

 それとお前は何故あの会戦の当事者みたいな話し方をする?」


一つは聞いてくることだと思っていたが、もう一つは予想外だ。

今のこの状況でそこまで言葉の裏を読んでくるとは。

流石に提督と呼ばれるだけはあるか。


「……わかった、答えよう。

 最初の質問は今だから聞けたんだ。

 このナデシコに乗ったからお前に会うことが出来たんだ」


フクベが答えたからには俺も答えないわけにはいかない。


「だから、お前の口から直接聞きたかった。

 …………もう一つの質問はそのとおりだ。

 俺は一年前……火星にいた」


フクベは俺の答えを聞き驚いていた。

当たり前か、あの時火星にいて助かった人は限られている。

その助かった人もコロニーにチューリップが落ちる前に脱出した人達だ。

その後火星を脱出した者はいない事になっている。

俺を除いて。


「だからわかるんだよ。

 辺り一面火の海になったあのユートピアコロニーを俺は見ている。

 それが答えだ」


「お前があの時火星に……」


フクベの声は震えている。

どんな心境なんだろうな、自分が見捨てた者とこうして対峙するのは。


「……俺はお前を許すつもりはない。

 だが、ここでどうにかするつもりは無い」


本当は殺そうとも考えたがこいつの話を聞いている内に変わった。


「だからお前は償え。

 どんなことをしてでも自分の罪を償え」


死んだ人間は生き返らない。

確かにそうだ、しかし生きている人間にはそんな言葉は通用しない。

死んだ人が自分の身近な人だったらはい、そうですか、と割り切れるか?

答えは否だ。

そうだったらこの世の中に『復讐』と言う言葉は生まれなかった。

あの時俺の大切な人達が死んだ。

その事については憎い、殺してやりたいと思う

しかし、それよりも……



『私の罪はね、絶対に償えないんだよ』



俺には……



『だって、許してくれる人はもう、居ないから』 


『だから、私は償い方がわからないんだよ』



……その言葉が頭の中に響いた。

火星であいつが言った言葉。


『償えない罪に対する償い方』


矛盾するこの言葉を背負ってあいつは生きていた。

その姿はとても輝いていて、とても弱々しかった。

そんな奴を一度見ているせいか俺はそんな言葉が口から出た。


「……話はそれだけだ」
 

俺は席を立ちフクベの部屋を出る。

フクベはどうやって罪を償うだろうか?

いや、それは俺が見ていけばいいことだ。

この船に乗る限り見続けることが出来るからな。

俺が座っていた席には、手が付けられなかった冷めた茶だけが残された。








「さぁ、手合わせでもしましょう」


次の日、俺は想香に呼び出された。

そこでいきなりこんな事を言ってきやがった。


「断る」


俺は間を置かずして答えた。


「え〜、なんでよ〜」


「お前とやるとこっちの身が持たないからだ」


そう、こいつはかなり強い。

昔俺が本気であたっても勝てなかったぐらいだ。

そんな奴がどこの会社にも所属していないというのが不思議だ。


「そんな事言わないでしようよ〜。

 後でラピスちゃんの相手してあげるから」


結構そそられる提案をしてくるな。

ラピスは現在俺の後ろにいる。

どこに行くにも何故か俺の後をついてくるからだ。

オペレーターの方はあの熱血馬鹿がやっている。

今オペレーターが二人いるので交代でやっているみたいだ。

そのせいかラピスは暇さえあれば俺の後をずっとついてくる。

鬱陶しいことこの上ない。


「……わかったよ、やればいいんだろ」


そして俺はその誘惑に勝てなかった。








「は、反則、だっ、あんなの!」


俺は息も絶え絶えになりながらそう言った。


「なによ、ほんのちょっとした遊び心じゃない」


その相手は涼しい顔でそういいやがった。


「遊び心で本気で関節技を決めるな!

 もう少しで折れるよころだったぞ!!」


そうこいつは思いっきり関節技を仕掛けてきたのだ。

俺がマジでタップをしなかったら折れてたぞ。

しかもその時想香は笑ってやがったかしな。


「ま、まぁ過ぎたことを何時までもぐだぐだ言わないの」


「張本人がなに言ってる!」


昔よりタチが悪くなってやがる。

このままじゃこっちの身がもたない。


「アキト、大丈夫?」


ラピスが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「大丈夫よラピスちゃん、これは演技なんだから」


「演技なはずあるか!!」


俺達がこんな漫才みたいな事をしていると突然ドアが開いた。


「あ〜〜〜っ、アキトやっと見つけた!!」


入ってきた奴は入ると同時に大声を上げやがった。

その声は部屋中に響きわたり、その反響とで俺達の耳を直撃した。


「み、耳が……」


「あっ、頭にも来るわね……」


俺達二人はそれだけですんだがラピスの方はもう少し酷かった。


「アキト……痛いよぉ、ヒック」


ラピスが俺の服を掴みながら泣き出した。


「ああ、ラピスちゃん大丈夫よ、ねっ」


想香が泣いているラピスの頭を撫でながらあやす。

……もしかして子供好きなのか?


「ほえ、アキトどうしたの?」


それに比べて当の本人は全然理解していないと来ている。


「お前のせいだよ」


「お前のせいって……も、もう、アキトったらお前なんて!

 そういうことはまだ速いよ、まずはちゃんとしたおつき合いから……」


なんかあっちの世界に逝ってしまったユリカにいまだに泣いているラピス。

他の奴が見たら何が何だかわからない光景だろうな。

そんな事を考えるあたり俺は現実逃避しているのだろうか?








結局あの後、プロスが来てユリカを連れて行った。

その時プロスの表情は鬼気迫る顔だった事だけは教えておこう。


「ほらね、もう大丈夫よ」


「うん…………」


ラピスの方はやっとなきやんだ所だ。


「うん、偉い偉い」


もう一度ラピスの頭を撫でて想香は俺の方に振り返った。


「今更だけど今日はこれぐらいにしようか」


「そうだな」


こんな状況になってまだ手合わせしようなんて気起きるはずがない。


「じゃ、ちょっと案内して欲しい所があるんだけど」


「どこだ?」


「プロスさんの所、契約書の事で話があるらしいけど……ね」


確かにさっきの表情を見て一人で行く気はしないだろうな。

俺だって嫌だしな。


「わかったよ」


そうして俺達がプロスの部屋へ行くと変な状況になっていた。

ユリカとプロスの二人が気絶していたのだ。

あと、部屋には書類らしき物が散らかっていた。


「……なぁ、何があったと思う?」


「う〜ん、殺人事件?」


そんなはずはないだろう!と出そうになるのを何とか堪える。

とにかく俺達は医務室に連絡した。

そうしてわかった事だがプロスの方は過労のため倒れ、ユリカの方は倒れたプロスに近づこうとして書類で足を滑らしたらしい。

こんな艦長で本当に大丈夫なのだろうか?


「……大丈夫かな、この船?」


俺達はそろって溜息をついた。















あとがき

はい、250万HITおめでとう御座います。

何だか少しずつカウンタ回るのが速くなっているのは気のせいかな?

……気のせいだな、うん。


しかしフクベが目立ってるな。

本当はこの半分になる予定だったのに……


あとラピスですけど肉体の方の年齢と同じような仕草をします。

これは精神が肉体の方に引っ張られていると考えてください。

ま、結論を言いますと
年相応のラピスと言ったところでしょうか(笑)


それでは。


 

 

代理人の感想

年相応・・・・・・おお、なんか新鮮な響きだ(笑)。

劇場版では情緒未熟だったし、

「時の流れに」その他ではアレだし(爆笑)。