夢視ぬ星々の創世曲

 

SESSION 15 憎しみの涙

 

 

 

 

 

 

 

いきなりパイロット全員をブリッジに集めるから何事かと思えば…………

 

「照合の結果、船体はクロッカスと断定」

「クロッカス、ですか…………」

 

俺達の目の前には半ば氷と一体化している、一つの戦艦がその姿をさらけ出している。

別に戦艦が珍しいと言うわけでもない、問題なのは…………

 

「確かクロッカスは地球でチューリップに飲み込まれたはずでは」

「ええ、その通りでしたなぁ」

 

男二人の会話がブリッジ全体に響き渡る。

そう、問題なのは俺達の目の前でチューリップに飲み込まれたこの戦艦が、今俺達の目の前にあると言うことだ。

本来ならこの戦艦はここにあってはおかしい物なのだからな。

 

「アキト君は余り驚かないみたいね」

「別に、驚く事なら今までに沢山あったからな」

 

イネスの言葉に投げやりに答える。

こいつとは余り関わりたくはない。

なんか人を興味深そうに見てくからな。

 

「それで、どうするんですか?あれ」

「この場合調査隊を派遣した方が良さそうですねぇ」

「ふむ、どうかね艦長?」

「それじゃあ、調査隊を派遣しましょう」

 

何だか話がトントン拍子で進んでいるな。

ま、俺には関係無いがな。

ここにいても意味がないと判断した俺はでていこうとしたが、意外な奴から声が掛かった。

 

「なら私が行こう。護衛はそうじゃな……テンカワ、お前に頼みたい」

「……どういう事だ?」

 

俺は真意を測りかねた。

何故恨まれている奴をわざわざ護衛にする必要がある。

いや、それ以前に何故お前が調査に進んで行こうとする?

 

「提督!何もわざわざ貴方が行かなくてもっ!」

「あの船は連合軍の物だ。なら私が行った方が何かと良かろう」

「連合軍なら私もいますが」

「艦長が船を離れるわけにはいくまい、実際に連合軍の船の指揮はおこなってはおらんだろう。なら消去法で行くと私だけになろう」

 

嫌でもあの船に行きたいらしいな。

フクベにここまでさせるほどの物があの船にはあると言うことか?

それとも…………

 

「それで、テンカワはこの任引き受けてくれるかね?」

 

何を考えているかはわからないが、お前がここまですると言うのなら――――

 

「よかろう。本来なら断る所だが、お前が何を考えているのか知りたいからな」

 

その姿、俺が見ていてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、クロッカスが火星にあるとはな」

 

この私の人生の中で色々なことがあった。

軍に入り、生涯の伴侶を得て、子供が出来、そして孫が出来た。

そして今私は火星にいる。

人並みの幸せを手に入れたかと聞かれれば私は頷くだろう、それだけ私はこの人生に満足していた。

あの時までは。

 

「これが、人生というモノか」

 

最後の最後まで何が起きるかわからない。

それは私が軍に居たときに部下に何度も言った言葉だ。

前線で戦う事になる者にはこの言葉はある種の重みを持つ。

圧倒的優位な状況でも一瞬で形勢が逆転してしまうこともある、逆も然りだ。

私の人生はまさに最後の最後までわからなかったな。

1年前の火星で―――

 

 

                ………ガチャ

 

 

「…………どう言った用件かね」

 

廊下の中央、私が意識を自分に向けていたので目の前に現れた人物を認識するのに時間が掛かってしまった。

本当に歳をとったものだ。

 

「ボクがどう言った者で、どんな用件でここに現れたのか……知っているね」

「そうだな、私にはその銃口を向けられるだけの理由は一つだけあるな」

 

それだけの事を私は犯してしまったのだから。

 

「一年、一年だよ…………長かったよ。毎日毎日あの黄色い機械の恐怖に怯え、あれに体中をズタズタに打ち抜かれた夢で悲鳴を上げながら起きて、生きていることを実感する毎日だったよ」

「………………………………」

「涙を流さなかった日はない、恐怖に怯えなかった日もない、そこにあるのは死への片道切符だけだった。だけど…………一番辛かったのは、みんなが、みんなが死んでしまったことだよっ!チューリップが落ちてきたときにッ!!」

 

殺気を全身から出す少女に、私には何も喋る権利はない。

その狂気の引き金を引いたのは私なのだから。

これは、私の罪なのだ。

 

「貴方にわかるっ!?守りたかった者が、大切だった者が一瞬で失ってしまった時の嘆きを!!苦しみを!!」

「……………………………………」

「貴方だけは許せない!許せるはずがない!!」

「…………その銃の引き金を引いて気がすむのなら引かせてやりたいが、私にはまだやるべき事があるのでな。引き金を引かせるわけにはいかない」

 

そう、私にはまだすべき事がある。

一度はテンカワの前に差し出そうとしたこの首はまだ使い道があるのだ、それなら私は喜んでこの首を差し出そう。

 

「そんなの関係ないッ!」

「そうか…………なら好きにするがいい」

 

私は目を瞑り、その場で体の力を抜き、自然体になった。

今の私と彼女の距離なら先ず外すことはないだろう。

正直この時の私は疲れていた、生きることに。

守るべき者を殺して英雄、おめおめ負けて戻ってきた私の言葉で士気を上げる。

そして眠りに着くと私の身体は火星の大地に立ち、地から、空から無数の手が私に襲い掛かり、怨み、悲鳴が私の耳の奥に木霊する。

そんな毎日に私は疲れ果てていた。

だから私はこの時死んでも良いと考えた。

私を恨んでいる者の手に掛かれば少しは贖罪になるだろう、と

しかし、私の耳に聞こえたのは銃声ではなく、水が滴り落ちる音だった。

 

「どうして…………どうしてそこに立ってるの…………?」

 

静かに瞼を上げるとそこには震えた手で銃口をこちらに向け、涙を流している一人の少女が居るだけだった。

 

「う、撃たれちゃうんだよ……血が出て、痛いんだよ…………しっ、死んじゃうかも、しれないんだよ…………なのに…………」

「お前は、それを望んだのだろう…………なら……」

「出来ないよっ!!出来るわけ無いよっ!!ボクが、ボクが人を殺すことなんて…………出来るわけ無いよ〜ッ!!」

 

その手に持っていた銃を落とし、その場で崩れ落ちるようにして彼女は泣き始めた。

その姿を私は一生この目に、その叫びのような鳴き声をこの耳に、永遠に焼き付けよう。

私は孫と同じぐらいの子に、人を殺める武器を持たせ、その引き金を引かせようとした最低な大人なのだ。

私はこの子に『人殺し』の名を与えようとしたのだ。

弁解するつもりのない、許しを請うつもりもない。

現実が辛くて、苦しくて、その逃げ道に死を選び、その引き金をこんな子供に引かせようとしたのは誰だ?

その子供にそれだけの覚悟をさせたのは誰だ?

何がテンカワとの約束だ、私はそれすらも逃げ道にしていただけではないのか?

私は結局、この『命』を使うことによって『逃げる』事しか考えてはいなかった。

その結果が…………この救いようもない私の愚かさだけだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜ッ!!」

 

どんなに恨み言を言われようが、どんなに肉体を傷つけられようが、この鳴き声に勝るものなど無い。

これが、私が犯した罪なのだ。

 

「…………私は、お前にどんなことをしても許される事はないだろう。歴史が真実を隠したところで私の罪は消えぬし、この罪はお前に深すぎる傷を負わした」

 

未だに泣き続ける彼女に私は声をかける。

 

「そんな私が頼むのはおかしいのは十分承知の上で、私はお前に頼みたい」

 

私は、本当に逃げていないと言えるのか?

 

「この命、もう暫く私の自由にさせてくれ」

 

これは、『逃げ』にはならないのか?

そして、その答えを出すのは誰なのか、私は知ることが出来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホシノ ルリ、でいいわね?」

「なんですか?」

 

私は目覚めて日が浅いため、まだ医務室にお世話になっています。

その間の暇な時間をどう過ごそうか考えていた所に金髪の……お姉さんが入ってきました。

 

「何、その間は?」

「いえ、目の錯覚です」

「そう、目の錯覚ね」

 

何故だかいきなり変な会話が始まってしまいましたが、概ね危険ワードはわかりました。

何でそんなことがわかったかは深く追求しないでおきましょう。

私も自分の身は大切にしたいですから。

 

「単刀直入に聞くわ、貴女私が誰だかわかる?」

「わかるはずありません。私はマシンチャイルドであって超能力者ではありません」

 

昔居た研究所ではそんな実験もおこなっていましたが、そんなこと出来ませんでした。

一応私は『遺伝子操作』と言う単語さえ抜けば、何処にでもいる普通の少女なんですから。

 

「そう、やはり聞いた通りね。アキト君に続いてこれで二人目か」

 

目の前に座ったお姉さんがなにやら独り言を言っていますが、その中に気になる事を言っているのに気がつきました。

 

「アキトって方はテンカワ アキトさんですか?」

「……そうよ、それがどうかしたの?」

「いえ、『私』が固執しているらしき人がそんな名前なもので」

「どういうことかしら?」

 

多分私の想像通りこの人は――――

 

「貴女は、『私』を知っていますね」

 

それは確信した後の確認。

そう、この人は『私』を知っているのだ。

 

「意味がわからないわ、何を言いたいの?」

「連邦宇宙軍少佐ホシノ ルリ、これでわかりますか?」

「!?貴女一体…………」

 

息を呑むのがわかる。

そう、貴女は『私』を知っている、なら貴女には話しておいた方が良いのかもしれない。

 

「簡潔に言います、貴女の知っているホシノ ルリはこの世界を否定しました」

「……言っている意味がわからないわ」

「私にもわかりません。私は『私』を知ることは出来ませんから」

 

そんなことが出来るようなまねは『私』はしなかったみたいですから。

 

「なら質問をしても良いかしら。貴女は誰なの?」

「私はホシノ ルリです」

 

そこでお姉さんは更に困惑した表情をしました。

それもそうでしょう、この話は矛盾の固まりみたいなものですから。

 

「正確には16歳のホシノ ルリの中にある、11歳のホシノ ルリと言ったところでしょうか」

 

多分このたとえが一番的確でしょう。

 

「…………解離性同一性障害みたいなものかしら?」

「それであっているのかもしれません。私は詳しい事はわからないもので」

 

私、少女ですから。

 

「私が知っているのは16歳の『私』はこの世界を否定したこと、目が覚めたら私が居たことだけです」

「そう…………16歳の方の記憶はあるのかしら、さっきみたいに階級とかわかったわけだし」

「私はナデシコに乗るまでの記憶しかありません。『私』に関しては先程の階級の事位だけしかわかりません」

 

『私』の事は私にはわからないようにしているみたいですね。

 

「『私』が何を考えているのかはわかりません。そして何故私が生まれたのかもわかりません」

 

私の存在理由。

本来それは自らが決めるべき自分の未来。

だけど、私は自分がどうして生まれたのか、何をすればいいのかわからない。

 

「ですから教えて下さい『私』のことを、『私』が体験した未来を」

 

いつかわかるときが来るのだろうか?

私を作り出した『私』の想いを、願いを――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

お待たせしました320万HIT記念です(核爆)

遅れまして申し訳ありません、本来ならもうちょっと時間がとれるハズだったのになぁ……(溜息)

 

で、今回出てきたルリですが、これは16歳のルリが作り出した11歳の時までの記憶だけを持ったルリです。

そして11歳のルリは16歳のルリの簡単な事しかわかりません。

ですから未来で起きるべき出来事は全く知りません。

一応補足です、わからない人がいるかもしれませんので。

 

これからこのルリは自分を求めて進んで行きます。

自分とは16歳の自分、ホシノ ルリとしての自分この二つを。

まぁ……気長に待っていて下さい(爆)

 

あと、解離性同一性障害とは俗に言う二重人格の事です。

補足その2でした(笑)

 

やっと最初に言ったダークさが少しは出てきたかな?

…………あとがき長いぞ自分。

 

 

 

代理人の感想

ふ〜む、「本物の」二重人格と言うのはひょっとしてActionでも初めてでしょうかね?

(北斗の場合、真性の二重人格とは思えない点が多々あるので除外)

つまり、「自分の知っているアキト」のいないこの世界が嫌になったから

16才のルリは現実逃避をし、そのための身代わりとして今回登場したルリを作ったわけですね。

聞きかじった話によると本来こういった第二の人格は本体の記憶を共有してる物のようですが、

そこはよくわかりませんのでノーコメント(笑)。