…サツキミドリの人たちの葬式も無事に行われて、ガイもやっと元気になってくれて。
パイロットの訓練と厨房での仕事を何とかやりくりしながら、俺は火星への思いを、故郷への思いを膨らませていた。
そして火星は…もう俺たちのすぐ目の前に来ている。
機動戦艦ナデシコIF 〜メビウスの欠片〜
第1章 『理想は遠すぎて、この手には掴みきれないけれど』
Act5
1.
「「「「「おつかれさまでしたー!!」」」」」
「はいよ、お疲れさん」
控え室の向こうから、サユリさんたちとホウメイさんの声が聞こえてくる。
その一方で俺は照明の落とされた厨房の一室で、そこの棚にずらりと並べられているたくさんの調味料のひとつひとつを眺めていた。
その一つ一つが俺にとってはまるで魔法の薬みたいなものに思えて、こうやってずっと見ていても全然飽きない。
――――ホウメイさんは本当に凄いと思う。これだけたくさんの調味料と、それに地球の色々な国の料理の調理方法を記した膨大な量のレシピ。
それらがみんな、このナデシコ食堂の厨房に、宝物として置いてあるんだ。
「……テンカワ、そんなに調味料が珍しいかい?」
と、入り口から顔を出したホウメイさんが笑いかけながら訊いてくきた。
「ええ。俺、火星育ちですから。………地球って、こんなにたくさんの国があって、こんなにたくさんの調味料があるんだなあって―――
――でも、なんで戦艦でこれだけのものをそろえてるんですか?」
俺が手にとっていた小瓶を棚に戻しながらそう言うと、ホウメイさんはどこか懐かしそうに微笑いながら、横手の壁際へと歩いていく。
「……そりゃあ、ここが戦艦だからさ」
「?…それって、どういう意味です?」
ホウメイさんがその壁に飾ってあるいくつもの写真の中の一枚を眺めている中、俺もなんとなくその写真を見ながらそう訊いてみる。
するとホウメイさんは、いつもの調理場にいるときのホウメイさんとは全然違う目をしながら、どこか過去に帰るような目をしながらその話を始めてくれた。
「―――――今からもう、20年以上も前の話だけどね……
当時はまだ、地球と月との何度目かのいざこざが続いていて…その頃戦艦のコック見習として乗っていた私のところに、死にかけた一人の若い兵士が運び込まれてきたんだよ。
その兵士は、虫の息で私にこう言ったんだ。――――『最期にパエリア食べたい』ってね」
「パエリア……?」
そう問いかける俺に、ホウメイさんはわずかに苦笑しながら頷く。
「そう。……でも当時の私は中華料理しか作れなかった。――――その兵士は魚介類をなんとかぶちこんだ出来そこないのチャーハンのようなものを食べて、そして笑いながら私に言ったよ。
『――――――ありがとう、とても美味しかった。……でも、ママの味とはちょっと違うね』ってさ……。そしてその兵士は息を引き取ったんだ――――」
…そう言って微笑みながら、ホウメイさんは目を閉じる。
その視線が向かっていた先には、何人もの若い兵士に囲まれて、ちょっとだけ照れているようなホウメイさんの若い頃の写真がある。
「……だから私は決めたのさ。命がけで戦っている戦場だからこそ、そこにいる兵士のみんなにはせめて本物の味を、本物の香りをってね。
――――――その気持ちが、この調味料だよ」
そう言って調味料の詰まった棚を見上げたホウメイさんを見て、俺はこの人の凄さを改めて実感させられる。
そう、この人は本物の料理人なんだって。
…だからこそ思う。自分もこの人みたいな、立派な料理人になりたい。自分の店に来てくれる人たちに、本物の味を提供できる人になりたいって。
「シェフ、俺……頑張ります。もっともっと頑張って、立派なコックになってみせます…!」
そして思わず力んだ俺がそう言うと、ホウメイさんは不意に真剣な表情をして俺の顔を見ながら言ってきた。
「テンカワ。お前がそう思うのは構わない。それについては私も応援しているよ。
―――――でもお前さんにはその前に、やらなきゃいけないこと、ケリをつけなきゃいけないことがあるんじゃないかい?」
「やらなくちゃ、いけないことですか……?」
そのホウメイさんの真剣な物言いに、戸惑いながら訊きかえす俺。
「……そうさ。このままそれから逃げていたら、お前さんは何をやっても半端なまま終わっちまう。――――そうならないためにも、一度よく考えてみるんだね」
2. 〜サレナと、ヒロィ〜
『――――きっと僕もお前も、心がどこか飢えてるんだろうな』
…いったいあれは、いつのことだったろう。あいつは笑いながら、そう言った。
『ヒロィ、それってどういう意味?』
なんだか癪に障った私が不機嫌ぎみにそう問いただすと、あいつはその華奢な身体をすり寄せてきて、私を後ろから包み込みながら言う。
『―――こうやって肌を重ねていると、安心できるだろう?…この瞬間だけは、この時間だけは。お前と一緒にいるこのひと時だけは、いつもの僕とは違う、素直な人間になれるのさ』
『……うん。私もだよ、ヒロィ』
そして私たちはいつものように、心を通わせあう。
……でも私とヒロィは恋人っていう間柄じゃなかった。なんて言えばいいのかわからないけれど…愛情とかとはもっと違う、言葉では表現できない何かで共感しあっていたんだと思う。
正直、私があの男を『愛して』いたのかは、私にははっきりとはわからなかったから。
『…サレナ。君は理想ってやつを信じるかい?』
そして彼はあの純粋な目で、私を見てそう訊いてくる。
『また牧師様のお説教?――――私にしてみれば、そういうのはただの願望だと思うんだけど』
私が真横の彼にそう答えると、いつものように彼は微笑んだ。
『その答えはお前らしいね。僕もその意見には賛成だよ。
…僕にとっては『理想』っていうのは『幻想』であって、そこには僕の探している何かはない。言ってみればそれは、『歪んだ真実』だからね。……僕はそういう幻想に近いものを求めようとしてるんじゃない。僕が探しているのは、真実だ。
――――現実の中のどこかに埋もれている…僕らの周りにあるその世界の中の、目には見えないけれどはっきりと存在するその『何か』を、僕は見てみたいのさ』
『ふぅん……なんとなく、わかるような気もするよ』
『そうか?』
そう相槌を打つ私に、ヒロィはブロンドの髪を揺らしながら、とぼけたような顔をして訊いてくる。
『私が本当に興味あるのは…なんていうか、この世界そのものだもの。…そしてもうひとつ。私自身だけ』
そして私のその言葉に、どこか遠い目をしながらあいつは言った。
『…そうだろうね。――――そういうお前だからこそ、僕はこうして自分をさらけ出すことができるんだ―――』
3.
…そのちょっとしたシフトの合間の昼休み。
僕が食堂の空いたテーブルで軽い昼食を取っていると、不意に声をかけてきた人がいた。
「――相席していいですか、副長さん?」
「?……ああ、構いませんよ」
その声をかけてきた女性…操舵士のミナトさんは、軽く微笑むと僕の向かいに座ってくる。
…ちなみに昼食は鍋焼きうどんらしい。どうでもいいことだけど。
「でもどうしたんですか? いつもならメグミ君と一緒に食べてるのに」
そしてスパゲッティをフォークに絡ませながら僕がそう訊ねると、ミナトさんは苦笑しながらカウンターのほうへと目をやった。
「だってメグちゃん、アキト君にかかりっきりですし……」
「ああ、成る程」
それを聞いて納得する僕。確かにカウンターではテンカワの奴が、必死に仕事をしながらメグミさんと話をしてるみたいだし。
――――と、突然ミナトさんが、どこか楽しそうな、意地の悪そうな笑みを浮かべて訊いてくる。
「……ところで副長さん?」
「はい?―――あ、名前で呼んでもらって結構ですよ。それに敬語も必要ありませんし」
そう僕が言うと、ミナトさんは意外そうな顔をしてから言い直してくる。
「あら、そう?……じゃあ、ジュン君でいいかな? 艦長もそう呼んでるし。
でね、ジュン君。率直に聞くけど…あなたと艦長って、ずーっと一緒の学校だったんでしょ?」
「はぁ……そうですけど」
内心『やっぱり来たか』と思いつつ、そう返事をする僕。
確かに地球脱出の際のいざこざとかで僕とユリカの関係について色々と噂が飛び交ってたみたいだけど、どうやらこの人はずっと聞く機会を伺ってたみたいだ。
「それでねぇ……ジュン君と艦長の関係って、やっぱりお姉さん、どうしても気になるのよね〜。ね、ね、教えてくれない??」
「――――なんか拒否してもムダっぽいですね……」
目の前で両手を合わせて拝みつつ、そう言ってくるミナトさんを見てため息をつく僕。
うわべだけ申し訳なさそうに笑いかけてくるミナトさん。
「まぁ、なんだか噂が飛び交ってる原因は確かに僕のせいですし、それについては何もいえないんですけど……」
結局腹をくくりつつ、他の連中に聞かれないようになるべく小声で僕は話し始めた。
「……僕とユリカの家は昔から付き合いがありまして、僕たちも生まれた頃から両親に婚約者として決められてたんです。
僕はそんなこと関係なく、彼女のことが好きだったんですけど――――でもユリカ、そういう押し付けられた立場っていうのが物凄く嫌いな人ですから…」
そう言って苦笑する僕に続いて、ミナトさんがどこか納得したような顔をしていってくる。
「ははぁ…だから『大切なお友達』なわけね」
「?…それは」
「艦長が言ってたのよ、私がジュン君のことどう思ってるの? って聞いたら。……って、ごめんね。言うべきじゃなかったかしら」
と、不意に申し訳なさそうな顔をして謝ってくるミナトさん。それに僕は苦笑を返すしかなかった。
「いいんですよ。前に告白した時に、もう言われてますから」
「なんだ、そう………って、ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ??!!!!」
「ちょ、ちょっとミナトさん?!!」
いきなり大声を上げたミナトさんを食堂の面々が不思議そうに見てくる。
僕が慌てて注意すると…ミナトさんは顔をググッと近づけて、真面目な表情をして小声で訊いてきた。
「――――何よ?! もう実は告白してたわけ?! いつ? どこで? どんなふうに?!」
「いや、その、そりゃミナトさん、いくら僕でもそれくらいしますって!
…ま、見事なまでにフラれましたけどね。『私はジュン君のこと、大切なお友達としてしか今は見れないから』って」
なんて言うか開き直った僕はその顛末をあっさり白状してしまう。
と、呆れたような感心したような顔をしたミナトさんは椅子に腰を落ち着けると微笑みながら言って。
「ふぅん……ジュン君って、けっこう一途なんだね」
「いや、まぁ。――なんだかんだあっても、やっぱり彼女のことが好きですから」
そう言われて照れくさくなりながら笑う僕。そしてミナトさんが何かを小さく呟いて。
「……成る程。どうりで人気があるわけだ」
「? なんですか??」
そう僕が訝しげに尋ねると、ミナトさんはクスリと笑いながら言ってきた。
「―――ううん、なんでもないわよ。……ただちょっと、『勿体無いな〜』って言っただけ」
4.
「……ふわぁ〜〜〜〜〜〜……ルリちゃん、暇だね……」
不意に欠伸をかみ殺しながらそう言ってくる艦長。他の皆さんも出払っていて、ブリッジには私と艦長の二人だけ。
「暇なほうがいいと思いますけど?」
そう答える私につまらなそうな表情を返す艦長。
「でも暇すぎるのも問題じゃない。……いいなぁ、ジュン君。お昼食べに行けて……私もアキトとご飯食べたいよう……」
そしてついにはそう言って拗ね始めました。――――ホント、戦闘時とは大違いですよね。
そんな艦長にちょっと呆れながら律儀に受け答えをする私。
「…もうすぐシフト交代ですから、それまで我慢してください」
「はぁ〜〜〜〜い」
――――で。そんなこんなで日は過ぎて。
5.
「だあああああああああああっ!!! おいヤマダ! テメェいい加減にシミュレータから降りてこいって言ってんだよ!!!」
「いや、まだだ!! せめてあと1勝するまでは待ってくれぇ!!」
「うるせぇ!! 次は俺の番だって言ったろーが!」
「――――いいからアンタら、早くしてくれない?」
「……はぁ、二人とも何やってんだか」
いつもの訓練時間のいつものその光景。手前のシミュレータの中と外で言い争っているリョーコとヤマダの姿を見ながら、ヒカルが呆れたようにため息をついている。
……ま、確かに呆れはするよね。二人してイズミにボコボコにされてるからって、一緒になってムキになってるし。
――――しかしまぁ、実はイズミが一番腕が上だったっていうのは、意外というべきか当然というべきか。
ただ、おかげでヤマダに例の症状が出やすくなってるのは問題かもしんない。
ついでに言えば、アキトの奴も最近様子がなんか変だ。なんだかぼおーっとしていて、考え事をしているみたいだし。
けどまぁなんていうか、こうして見ているとウチらも結構問題あるんだよね。
リョーコたち三人の仲がいいのはいいとしても、ヤマダはリョーコとなんだか張りあってるし、ヒカルはヤマダに対して少し思うところがあるみたいで、あまり積極的には関わろうとしないし。
――――ましてや、イズミと私は色々な意味で問題あるしねぇ……。
と、ついにはリョーコがシミュレータのボックスにホンキで蹴りを入れ始めたその時。
突然艦内に警戒警報が鳴り響いた。
「…敵襲か?」
脚の動きを止め宙を見やるリョーコと、同じくしてボックスから出てくるヤマダとイズミ。
それに続くようにして、ブリッジのアオイさんからコミュニケが開く。
『本艦は敵火星上空防衛部隊と接触! エステバリスのパイロットは直ちに戦闘配備につくように!!!』
「「「了解!」」」
「よっしゃーー! 腕が鳴るぜぇ…!!」
「……俺はやっぱり、蜥蜴から逃げてるのかなぁ……?」
「はぁ、だるい…」
それを受けて口々に叫んだり呟いたりする私たちパイロットの面々。
そしてそれぞれの思惑と気分の中、格納庫へと私たちは走っていく。
『おーっし、いっくぜぇ……!!』
開口一番声を張り上げて、カタパルトから射出されていくリョーコの赤い機体。
それを追いかけるようにしてイズミとヒカルの機体が、そしてヤマダのブルーの機体とアキトの赤ピンクの機体が飛び出していく。
…ちなみに私は最後尾だ。近接戦闘は趣味じゃないし。
敵の第1陣のバッタの大群がこちらへと向かっていく中、その群れを切り裂くようにしてリョーコたち三人の機体はその中央へと突っ込んでいった。
『ヒカル!!』
『はいはーい』
なんだか間の抜けたヒカルの返事とともに、二人の機体がクロスしながら敵陣の真ん中を突き抜けていく。
その攻撃によってバッタの一群は弾き飛ばされ、後方から来ていた機体をも巻き込んで盛大に誘爆していく。
『ほぉら、お花畑〜〜〜!』
『アッハハハハハハハハハハハ!!』
そして上空でターンしながら、そんなことをぬかして笑いあってるリョーコとヒカル。……しかし本当に緊張感がないよね……。
と、
『――――二人とも、ふざけていると棺おけ行きだよ』
『な、なんだよいきなり?!』
ここでいきなり、いつもとは雰囲気の違うイズミが通信に割り込んできた。…シミュレータやっててわかったんだけど、彼女も機動兵器に乗ると人格が変わる…っていうかマジ目になるんだよね。
そのイズミは機体を急速に旋回させると、不意になにかを呟き始めて。
『…甲板一枚を隔てた向こうは…冷たく輝く真空の地獄。
その暗闇に包まれて心無い蟲どもを屠る時のみ、そう、私の心は躍る―――――――それは何故?』
そして先ほどのリョーコ達の攻撃で散開していたバッタたちに突っ込んでいく。
『イ、イズミさん……?』
『やべぇ、アレがはじまった……』
『もーお、ホントにハードボイルド・ぶりっこなんだからぁ』
どこか戸惑った様子のアキトの声に続いて、なんだかイヤそうな声でそうリョーコが言ってくる。
呆れたような口調のヒカルに続いて当のイズミは、機体を捻って回転を加えると、そのままバッタの一群に接触――――
――――そしてその場に、華麗な火の花が咲いて。
…程なく、その中から火の粉を纏いながら1機のエステバリスが飛び出してくる。言うまでもなくイズミだ。
『ふう………ちょっとサウナにしてはヌルかったわね』
そしてイズミは髪をかきあげながら、何食わぬ顔をしてそう言ってくる。それを聞いて安心した様子のアキトと、呆れ顔のヒカル。
『アホかテメェはーーーーー!!!』
……まあ、ここでリョーコの怒声が飛ぶのはご愛嬌だろう―――――と、それまで何故か沈黙を保っていたヤマダが、突然低い声で笑い出した。
『ふっ…フフフフフフフフフフフフ………あまぁい! 甘すぎるぞお前ら、そんなことでは真の必殺技とは到底言えん!!』
『な、何なんだよ一体?』
「―――あー、みんなとりあえずヤマダから距離を取ったほうがいいと思うよ。巻き添え喰うから」
怯えたような声を出すリョーコに応えるように、私は寄ってきたバッタをライフルで撃ち落としながらそう言った。
そして案の定…というか、なに考えてんだかさっぱりわかんないんだけれども。
持っていたラピッド・ライフルを何故かアキトに投げ渡しながら、ヤマダはエステの両の手を威嚇するように広げる。
『ガイ?! もしかして――――』
『………ヤマダ君? それじゃ、狙ってくださいって言ってるようなものだけど??』
何か思い当たる節のあるらしいアキトに続いて、ヒカルのその指摘の通り、残っていたバッタが一斉にヤマダの機体へと向かっていく。
それを確信していたかのように、ヤマダはバカの一つ覚えでスラスターを全開にして、その群れへと特攻していく。
そしてヤマダが叫ぶ。
そりゃもう意味もなく大仰に、暑苦しい声で。
『見よ、これぞ真の必殺技! この俺様の魂の炎!!――――ガァァァァイ、フェニィックス・バァァァァァァァァァァストォ!!!!!!』
……そしてどういう原理か、ヤマダがバッタの一群を突き抜けていった後に盛大な『火球』の群れが出現した。
その連続する爆発と、ヤマダの特攻の渦の中に巻き込まれて、バッタどもが次々と爆発していく。
…でもさ―――あれじゃ自機も無事には済まないんじゃ……?
『――――まさか接触の寸前に吸着地雷をばら撒くとはねぇ。一歩間違えれば自分もドカンだよ?』
感心しているのか呆れているのか、よくわからない声でイズミがご丁寧にも解説してくれる。
『ア……アホだ………あいつ、本気でアホだ………』
リョーコに至ってはもう絶句しているし。
『確かに第1陣は壊滅できたけど、ヤマダ君もお空の星になっちゃったぁ??』
『でもあれ、前からずっとシミュレータでタイミングとかずっと練習してたみたいだよ、ガイの奴』
そして突然聞こえてくる、あのバカの声。
『ふはははははは!!! そのとーり!!―――――って、アキト! それはばらすなって言っておいたろう?!!』
『あ、ごめん』
…私は呆れ気味にため息をついて。
「ま、なんとか無事だったみたいね。エステは煤だらけみたいだけど。……後でウリバタケさんに絞られるよ?」
とりあえず無事だったらしいヤマダに私がそう言うと、ヤマダの顔がみるみる青ざめていく。
どうやらその事は考慮してなかったらしい。
『し……しまったああああああああああああっ!!!!!』
そんなヤマダを尻目に、何とか立ち直ったらしいリョーコが気合を入れながら号令してくる。
『とにかく! これで一気にデカブツまでの道は開けたんだ、第2陣が来る前にケリつけるぞ!』
『『『『『了解!!』』』』』
6.
―――敵艦の集中砲火を受けて、ナデシコのブリッジが僅かに揺れる。その状況に危機感を感じたのか、フクベ提督が私に向かって叫んできた。
「か、艦長!! エステバリスを回収したまえ!」
「……その必要はありません、提督」
でも私はスクリーンを見つめながらそれをはっきりと否定する。
「しかし!!」
「……敵はグラビティ・ブラストを備えた戦艦であると仰りたいのですね? 提督」
と、プロスさんがいつもの平静な声で言ってきた。
「どうかご安心を。そのための相転移エンジン、そのためのディストーション・フィールドですから。――――――あのときの戦いとは違いますぞ? もっとお気楽にお気楽に」
「………」
そして口を噤むフクベ提督。ナデシコの船体を数知れぬ白い奔流が襲う中、私は眼前の宇宙に輝く六つの光点を凝視していた。
その光点を凝視しながら、私は心の中で懸命にあの人を想う。
……だって、さすがに戦闘中に声に出しちゃあマズイからね、私は艦長さんなんだし。
――――――だからアキト、頑張って!
7.
敵の大型戦艦に向かって、フォーメーションを組みながら突っ込んでいくリョーコたち3機。
彼女たちがあと一歩というところまで接近したその時、オペレータのルリちゃんから通信が入ってきた。
『――――敵戦艦、フィールド増大』
『『『?!』』』
そしてその強固なフィールドに阻まれる3機。私とヤマダも正面からラピッド・ライフルを斉射してみるが、さすがにビクともしない。
『くそっ、敵もフィールドか……』
エステの体勢を整えながら、忌々しそうに言うリョーコ。
――――と、ルリの通信を聞いてなかったのか、スラスターを全開にしたアキトがリョーコの機体を掠めるようにして突っ込んできた。
『おわ?!!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!』
「ちょっとアキト?!!」
…そしてちょっとだけ粘ったあとに、トランポリンに跳ね返されたみたいにして帰ってくる。
『くそっ!!』
『このタコ! 危ねーだろ!?』
『タ…??』
悔しがる暇もなく、さっそくリョーコに絡まれてうろたえてるアキト。続いてイズミが真面目な顔して考え込む。
『でも、どうする? テンカワが実演してくれたとおり、エステの馬力じゃあのフィールドはやぶれないよ』
「そうだね。せめてもう少し加速できればいいんだけど、この宙域じゃそんな距離とれないし……」
『加速………そうだ!!』
と、私の言葉を聞いて突然アキトは何かを思いついたのか、イミディエット・ナイフを取り出すと一番近くにいた小型艦へと突進していく。
『アキト君?!』
それを見て思わず叫ぶヒカル。アキト機は小型艦の手前で不意にスピードをなるべく殺さずに機体の向きだけを変えると、その小型艦へ『足』から突撃していった。
『おお!! 成る程、その手があったか!!』
『なんだよヤマダ?』
アキトのやることがわかったのか、声を張り上げるヤマダ。リョーコが不審げに問いただす。
『――――なぁに、見てればわかるぜ?』
そして画面の向こうでヤマダは、ニヤリと笑った。
『でやあああああああああああああっ!!!』
『あ、成る程』
『おいおい、マジかよ?』
アキトが叫び声を上げる中、続くようにしてイズミとリョーコも納得したような声を上げる。
エステと小型艦のディストーション・フィールドが反発しあい、アキト機は十分な加速を受けて大型戦艦へとはじき返されていったのである。さらにスラスターを噴かせて加速するアキト。
『うむ。あれぞ必殺の稲妻三角蹴り。よくぞあの技を使いこなしたな、アキト』
…まぁ画面の向こうでそんなことを言ってるヤマダはほっとくとして。
『―――へっ。あいつ、やるじゃねぇか………よし!! 俺らはテンカワの援護をするぞ!』
『『『『りょーかい!!!』』』』
リョーコの指示に従って、私たちはバッタの第2陣がアキトに近づかないように牽制、撃破する。
激しい砲火を潜り抜けながら、その一点に向かってアキトの機体は駆けていく。
…そして。
『うおおおおっ! くらえーーーーーーーーーっ!!!』
アキトのエステは見事にフィールドを突き破って、敵艦の動力部を破壊していった。
8.
「――――前方の敵艦隊、82%が消滅。降下軌道とれます。……どうぞ」
そのテンカワさんの一撃で、勝敗は決定しました。肝心の指揮艦を落された敵艦隊は散り散りになりながら退却をしていきます。
そうして一転して安心したような空気に包まれたブリッジの中、そう言って私は右手の操舵席に座っているミナトさんに軌道データを送って。私が指で左端を
ちょいと押すと、そのまま右へとスライドしていくウィンドウ。ここらへんの融通の利くシステムは、便利といえば便利ですね。
「サンキュ♪ ルリルリ」
「……へ?」
「んっふふ〜〜、かわいいでしょ。気に入ってくれた?」
と、なにやらウィンクをしながらそう言ってくるミナトさん。そして私に笑いかけてきてから、艦のコントロールを始めました。
「――――エステバリス、回収終わりました」
仕方ないので、私も業務のほうに戻ります。
「さーって、みんな準備はいいかなー? ちょっとサウナになるわよ〜」
…そしてミナトさんのその言葉とともに、ナデシコはついに火星へと、目の前に広がっている赤と青の星へと降りたっていきました。
9.
上空からグラビティ・ブラストで地上の第2陣を一気に薙ぎ払ったナデシコは、無人の荒野へと降り立つと速やかに次の目的へと行動を移していた。
生存確率が一番高いと思われるオリンポス山のネルガル研究所へ、揚陸艇『ヒナギク』での偵察へと向かったのである。
…ただもっとも、ホンキでそれが救助のためだなんて私も他のクルーも考えてはいない。本当の目的は研究データとかなんとか、そういう企業の話なんだろうし。
そしてそれとは別に、私とアキトは『砲戦フレーム』(ホントは別の名前らしい。どうでもいいけど)に乗ってユートピア・コロニーの跡地へと向かっていた。
「……ふう―――――外は風が気持ちいいよ、アキト」
目の前に広がる赤茶けた不毛の大地を見渡しながら…そして久しぶりに感じる火星の小さな重力に身をゆだねながら、右手で乱れる髪を押さえて私は言う。
基本的にはアサルト・ピットに二人は乗れないから、私はパイロット・シートの上に立って半身をコクピットからのり出している格好だ。
そして下から情けない声を出してくるアキト。
「サレナさ〜〜〜ん。そんなこと言ってもこっちはぎゅうぎゅうなんですから……」
「そうですよ。アキトさんは操縦で大変なんですから、サレナさんはちょっと黙っててください」
…で、何故かアキトの隣にはメグミが乗り込んでたりする。なんていうか、出発間際にいきなり飛び込んできたんだ。
『アキトさんの故郷を見てみたい』とかなんとかぬかしながら。
「い、いやメグミちゃん……別に俺、そんなこと言ってないんだけど………」
「そうだよねぇ。ていうかメグミがいるせいでぎゅうぎゅうな気がするんだけどなー私は」
困ったような声を出すアキトに続いて、メグミを挑発するようにそう言う私。…アキトには悪いけど、この数週間で私とメグミは決して相容れない『宿敵』みたいなもんだってことがよおーっくわかってる。
なんていうか、物事の考え方とかが全然違うんだ。それは向こうもわかってるみたいで、いつもなら余計な衝突は避けてるんだけど………
「――――アキトさん、私、迷惑でした?」
「?!!」
と、さり気なくアキトに身体を摺り寄せながらメグミがそんなことを言ってくる。そう、こういう猫被りまくった仕草とかも私の性にはとことん合わないんだよねぇ。
――――そりゃ私だって多少はやるけどさ、メグミのは度を越えてホント被りすぎに思えるし。
「い…いや、そんなことは全然ないよ?………って、おわ!!」
一方やけに慌てた様子で、本人としては平静を装ってるつもりなんだろうけど――――そう言ってくるアキト。
――――思わず私は、アキトの頭を蹴っ飛ばしてた。しかもけっこう思いっきり。
「あ、アキトごめん」
「何するんですかサレナさん!!! 危ないじゃないですか、アキトさんが怪我したらどうすんです?!!」
「いや、不可こーりょく不可こーりょく。だって結構揺れるんだもん」
「ああ〜〜っ、ぜんっぜん反省してませんね?!!」
「してるってば。次からはアキトにはいかないように気をつけるよ」
「!!!」
「あのー…二人とも。もうちょっと大人しくしてて欲しいんだけど………」
いえ、それは無理ですどーやっても。
ていうかアキト、許して。これも貴方に与えられた試練だと思ってさ……………………もちろん嘘だけど。
とまぁそんなことを心の中で思いながら、尚も食い下がってくるメグミに生返事をよこしながら、私はナデシコでの事を思い出す。
―――私とアキトが、ユートピア・コロニーを一度でいいから見ておきたいって言ったとき、やっぱりゴートとアオイさんはそれに猛反対した。
『ここはもう敵地なんだから、そんな単独行動を許すわけには行かない』って言って。
…でも意外にも、フクベ提督がそれを許可してくれた。一番そういうことにうるさそうだと思っていたのに。
『故郷を見ておく権利はだれにもある。まして若者ならば、なおさらだ』って言って、あの老人は私たちにエステを貸してくれたんだ。
だから私はユートピア・コロニーを見に行く。
もう廃墟になって、何も残っていないっていうその跡地を見に行くんだ。
…そしてそれはやっぱり、私は心のどこかでヒロィにもう一度会うことを願っているからなんだろう。
きっとあいつが、そして他のみんなが無事に生きているんだって事を信じていたいんだろう。
そう、なんでもいいから、どんなことでもいいから、あの男の手がかりが私は欲しいんだ。
そう思っている自分にふと気がついて、私は心の中で自嘲的な笑みを浮かべていた。
――――はぁ…私はこんなに、弱い人間だったのか…?
こんなにも心の脆い――――――
『……例えその身に黒き鎧を纏いても、心の弱さまでは守れないのだよ―――』
「……!!!」
突然心の中に浮かび上がってきた、そのはっきりとした言葉。
僅かに俯きながら物思いに沈んでいた私は、思わず顔を跳ね上げる。
「あれが……ユートピア・コロニー…………」
そして真下から聞こえてくる、アキトの呆然としたような呟き…。
私たちの目の前には、チューリップが深々と突き刺さったユートピア・コロニーの…その名のとおりの夢の残骸が横たわっていた。
10.
……私たち三人はその残骸のはずれ、なにかの作業場だったらしい場所でエステを止めた。
そのちょっとした谷間にはただひとつ、随分と前に壊れて放置された作業用の重機が取り残されている。そして地面にはひび割れたヘルメットが一つ。
それを無言で拾い上げたアキトは、寂しそうな顔をしながら空を見上げた。
「本当に、何もなくなっちゃったんだ………」
そのアキトの呟きとともに、私も向こうに微かに見えているチューリップの先端を見上げる。
…その下にあったはずの街並は、もう何処にも存在しない。その下にはただ瓦礫が転がっているだけだ。
あの賑やかだった昔の面影は、全て焼き払われてしまったのだから。
「あのう………艦長のお家とは、仲良かったんですか?」
と、一人そんな感傷とは無縁のメグミが、沈黙に耐えかねたかのようにアキトにそう訊いてきた。それにどこか無感情な声でアキトは答える。
「――確かに向こうは派遣軍人だったけど、こっちはただの科学者だったからね。よく庭先でパーティなんかやってたよ」
「……じゃあ、アキトさんと艦長はどうだったんです?」
続いて少しだけ下から見上げるようにして、アキトにそう問いかけるメグミ。私は少しだけ離れたところにある瓦礫に腰掛けながら、その様子をぼおっと見ていた。
そしてどことなく、懐かしそうな顔をするアキト。
「――――最初はね、正直戸惑ってたんだ。嘘みたいな話だけど、あの頃のユリカはちょっと今とは違ってて……どこか寂しそうだった。
表面上は『いい子』でいたんだけど―――あいつ、ひとりぼっちだったんだ」
そこまで言ってから、メグミと私の顔を見て気まずそうにしてくる。
「…って、ごめん……こういう話、あいつのいないところでするべきじゃないよね」
そんなアキトを見ながら、ユリカさんに心の中で謝りながらワタシは小さく言った。
「ユリカさんには絶対言わないって約束する。……だから、聞かせて」
見るとメグミも同じような顔をしている。私と彼女じゃその理由は違うだろうけど、アキトとユリカの昔の話を聞きたいって思っているのは一緒だ。
…私たちのその様子を見たアキトは、少し後ろめたい顔をしながら続きを話し始めた。
「……あいつの家はかなりの名家でね。だからユリカは小さい頃から、そういう格式とか家柄とかいうものに縛られて育ってたんだっていうのは、当時の俺にもわかった。
―――でも、そのせいで子供らしいことは何一つできない子供だったんだよ。
同世代の子供から、俺たちから見れば、ユリカは住む世界の違う人だったからね。
それにユリカと同じような上流階級の子供も近くには殆どいなかったし…だから、あいつは子供達の中ではずっと一人だった」
話を続けるアキトの横顔を、メグミが少しだけ面白くなさそうな顔で見ている。でもそれを止めるつもりはないらしい。
そしてアキトは不意に苦笑した。
「俺も最初の頃は、どこか距離を置いて付き合ってたんだけど………見ちゃったんだよね。一人でこっそり泣いてるあいつをさ」
……それを聞いて思わず意外そうな顔をするメグミ。
たぶん私もそういう素振りを見せているのだろう。私たちの顔を見ながら、アキトは困ったような笑みを浮かべる。
「確かに今のユリカなら、そういうことは臆面もなくやるように思えるだろうけどね、当時は違ったんだ。
それで見かねた俺が『どうして泣いてるの?』って聞いたら………その時はユリカ、本当に素直になってて…それであいつ、こう言ったんだよ。
『みんな、私のことがキライなんだ。私だけ、みんなと同じところには居られないよ……』って」
そこまで懐かしそうな顔をして言ってから、途端にアキトはバツの悪そうな顔をして黙り込んでしまった。見かねて私が問いかける。
「??………それで、お前はユリカさんになんて言ったの?」
「い、いや……それはちょっとさすがにガキだったし…誤解されそうだから、あまり今は言いたくないんですけど――――」
冷や汗をたらしつつ、そう言ってくるアキト。
と、不意にメグミが何かを思いついたような顔をして、アキトに問いかけてきた。
「……もしかして、『俺はお前のこと嫌いじゃないよ』…とか?」
「――――?!!」
途端に、メグミのほうをグルリと向き直るアキト。どうやらだいたい図星らしい。
「……それともまさか、『俺はお前のこと、好きだよ』とか言っちゃったわけ??」
――続いて私がそう言うと、アキトは見ていて哀れなくらいにはっきりと…本人にしてはごまかしてるんだろうけど、『図星』っていう顔をしながら振り向いてきた。
「で、アキト。ホントのところはどーなの? 大人しく白状したほうがいいわよ??」
あと一歩、といった感じのアキトに畳み掛けるようにして、立ち上がって近づきながらそう言う私。
それを見たメグミが、さりげなくアキトと私の間に入るようにしてアキトの顔を見上げながら訊いてくる。
「アキトさん? 本当のところはどうなんですか?!」
「い、いや、あの、その……」
「いいから白状しなさい!!」
「は、はい!」
煮え切らないアキトの態度に、思わず怒鳴る私。そしてアキトはついに観念したのか、ため息をつくとなんだかイヤそうに話し始めた。
「……だいたい二人の予想通りだよ。泣きじゃくるユリカに俺が、『俺はお前のこと、嫌いじゃないよ』って言って。
そしたらユリカが顔を上げて、『……じゃあ、アキト君は私のこと、好き?』って訊いてきて。
――――さすがにまた泣かれるのは困ったし……その、だから俺が、『―――うん、好きだよ』っていたら、あいつが涙の残った顔でホントに嬉しそうに笑って………」
「…はぁ、成る程。『少年の日の甘い思い出』ってわけね――――」
「――――おのれ、艦長」
思わず少しだけニヤけながらそう言う私の横で、アキトに聞こえないくらいの小声で思わず呟いているメグミ。
そして自身の告白に赤面しているアキト。
――――と、突然。私たちの立っていた地面にぽっかりと穴が開いて。
「「「?!!!」」」
正確には何かの扉が開いたせいなんだけど…それはともかく私たちはそのまま地下へと落下していく。
そしてアキトがなんとか尻餅をついた上に私とメグミが降ってきて。
「どわぁ?!」
「あ……アキトさん?!」
「いった〜……って、え??」
……そして重なるようにして倒れている私たちの目の前に、何かのレバーに手を伸ばしていた一人の怪しい人物が立っていた。
その防塵・防寒コートにフードとサンバイザーを着けた人物は、微かに頭を動かして私たちを見下ろしながら言ってきた。
「――――ようこそ、火星へ。歓迎するべきかせざるべきか……ま、なにはともあれコーヒーくらいはご馳走するわよ?」
11.
「――――ヒナギク、収容完了しました」
ルリちゃんがそう報告してきたのに続いて、調査に向かっていたプロスさんからコミュニケの通信が届く。
『いやぁ艦長、お待たせしました。こちらのほうは大体終わりましたよ』
そう言うプロスさんの後ろで、同行したリョーコさんが浮かない顔をしている。
「――――プロスさん。それで、生存者の方は…」
そしてそう言いかけた私を制するように、プロスさんがゆっくりと首を横に振った。
「そう、ですか……」
と、その時。
『――――艦長。突然で悪いのですが、これからユートピア・コロニーに向かってもらえますか?』
プロスさんは突然そんなことを言ってきた。
「……どういう意味ですか?」
「ユリカの言うとおりですよ。あそこはチューリップの勢力圏だって言ったのはプロスさんじゃないですか」
私の問いかけに続くように、不審げにジュン君が尋ねた。でもプロスさんはその問いかけをまるで撥ねつけるようにして言ってくる。
「少し事情が変わりましてねぇ。詳しいことはそちらに向かってから説明しますので、すぐに出発のほうをお願いしますよ?
―――これは、社員としての義務ですから」
「…わかりました。ミナトさん、進路をユートピア・コロニーへ」
「はぁ〜い」
なにか釈然としないものを感じつつも、私はミナトさんにそう号令する。ゆっくりと動き出すナデシコ。
「……ユリカは、どう思う?」
それからちょっとしてから、ゴートさんの目を盗むようにしてジュン君がそう小声で訊いてきた。
それに首をちょっと傾げつつ答える私。
「うーん……探し物が見つからなかったから、次にありそうなところに向かってるんじゃないかなぁ?」
「…問題はそれがなんなのか、だよ」
そう呟いて、ゴートさんのほうをチラリと見るジュン君。
……って、そういえば! それはともかくもっと大事なことがあったじゃない!!
なんでうっかりしてたんだろう。そのことに思い至った私はさっそく、身を乗り出してルリちゃんに念を押しておく。
「そうそうルリちゃん! アキトたちが行き違いにならないように、ちゃんと気をつけておいてねー!!」
「…了解」
「ゆ…ユリカ……? 今重要なのはそっちじゃなくて………」
12.
「……これは………」
そしてこのコートの女性に案内されてこの小規模のシェルターを歩きながら、アキトは周りを見回して思わず呟いていた。
…ざっと見て30人以上はいるだろうか? その知らない顔の人たちは皆同じ防塵・防寒コートを着て、そこらへんのコンテナや地面に座り込んでいる。
あたりには非常食のパックが散乱していて、その生活の辛さがはっきりと物語られている。
私は抑えきれない希望と不安とを抱えながら…うずくまっている人々、こっちへと目を向けている人々の一人ひとりに目をやっていく。
――でも、ここにはいなかった。
ミキも、ヒロィも。他の皆のその姿もここにはなかった。
そしてその失意で力が抜けたときだった。彼女が口を開いたのは。
「――――説明しないわけにはいかないな」
前を進むコートの女性が不意にそう言ってくる。彼女を見やる私たち三人。
緊張で私の心臓が締め付けられる。
彼女の口唇がゆっくりと開いていく。
「あちこちのコロニーや施設から、逃げ遅れた人間がここに集まってきてこうやって生活をしている。この無人だったシェルターにね。
……おそらく私たちが、最後に残されたこの星の生き残りでしょうね」
「―――!!!」
……そして、その、彼女の言葉に。私ははっきりとこの身を貫かれて。
「今こうして何とか生活できているのは軍の非常用の蓄えが大量にあったのもあるけれども、基本的に木星蜥蜴どもは無抵抗の人間に対しては無害だから――――」
「……よかったな、みんな!!! 俺たち、みんなを助けに来たんだよ!」
「――――??」
……どこか遠くから、アキトと女性の会話が聞こえる。
「みんな地球に帰れるんだよ! 俺たちの乗ってきた船で!! だから―――」
「―――乗らないわよ」
「……え??」
――――――どこか遠くに、アキトの呆然とした表情が見える。
「戦艦一隻で火星から無事に帰れるとでも思ってる? ここは敵の勢力圏、あっさり撃墜されて死ぬのがオチだわ」
「そんなことありません! あなたもナデシコの力を見てくれればわかってくれるはず――――」
「ナデシコ?」
――――――――――その女性の声も、メグミの声も頭には入らない。
私の心はただメチャクチャに、気が狂いそうになるくらいにかき乱されていた。
「――――なら、なおさら乗るわけにはいかないな。あんな船では間違いなく沈む」
「!!……ナデシコはただの戦艦じゃありません!」
「―――ディストーション・フィールドか? それともグラビティ・ブラスト??」
「え……??」
「どうして、それを…?」
遠くから聞こえる、女性とメグミの言い争う声。
「…私は、そのディストーション・フィールドの開発者の一人、イネス・フレサンジュ。…で、平たく言うと―――」
「…ネルガルの人、ですか?」
「そう。………って、どうしたの貴方? 気分が優れないのかしら?」
私へと声をかけてくるその女性。
「え……?」
ゆっくりと振り向く―――アキト。
「サレナさん!! どうしたんですか?! 顔、真っ青じゃないですか!!」
…慌てた顔のアキトが、私に駆け寄ってきて肩を抱えてくる。
思わず私はそのまま彼に寄りかかる。
「サレナさん!!」
「……」
アキトと私をどこか冷ややかな目で見てくるイネスという女性。そんな中で私は、自嘲気味に笑いながら言う。
「――――情けない、よね。ちゃんと覚悟はしてたつもりなのに、みんなが生きてないのがこんなにショックだったなんて……」
「ちょっと、サレナさん?!!」
私の体を揺さぶってくるアキト。
その向こうでは私の言葉を聞いたイネスが、不可解そうな顔をしていた。
「みんな……? 貴方たち、火星の出身なの?」
「……いえ、私は違います。そこにいるアキトさんとサレナさんはそうですけど」
沈痛そうな表情をして、そう言ってくるメグミ。……続けてアキトが、辛そうな顔をして、言ってくる。
「――――俺たちあの時、蜥蜴が攻めてきたとき…ユートピア・コロニーにいたんです」
「!!」
その言葉に、驚愕した様子の、イネス。…………また、気が遠く、なっていく。
「まさか……全滅したはずなのにどうやって――――?」
―――――そして…意識が、沈む。ゆっくりと、沈んでく。
……その中で最後に私が見た景色は―――返り血を浴びながら凄絶な笑みを浮かべる、『編み笠の男』。
――――赤い左眼を光らせる、蜥蜴みたいな表情をした男の顔だった。
13.
「――――つまり、『とっとと帰れ』…と?」
あれから程なくナデシコがやってきて。
気絶したサレナさんと俺たちに同行したイネスさんはやはり、はっきりと乗船することを否定した。
彼女はそのブロンドの髪を揺らしながら、ブリッジの上部のフクベ提督を見上げて言ってくる。
「このナデシコの基本設計をして地球に送ったのはこの私。だからわかるの……この船では木星蜥蜴には勝てない。そんな船に乗る気にはなれないわ!」
「お言葉だがレディ。我々は常に木星蜥蜴との戦闘には完全な勝利を収めてきた」
その言葉を受けて、ゴートさんが言い返す。途端にゴートさんを睨むイネスさん。
「はぁ……いいこと? 貴方たちは木星蜥蜴について何も知ってはいない。その規模も、目的も。…まぁそれでも今まではこの船でも勝てたでしょうね、何しろ相手が本気じゃなかったんだから。
――――でも、この火星は違う。いわば敵の中継基地なのよ?
そんな所にこっちの戦艦一隻がやってきたのを見て、相手がそのまま見逃してくれると思う??」
「どういう意味だよ?!!」
イネスさんの挑発的な言葉を受けて、激昂したように声を上げるガイ。
それを見た彼女は小さくため息をつくと、どこか狂気の宿ったような目で俺たちを見回し、話し始めた。
「いいわ、説明してあげる。――――とは言っても内容はきわめて簡潔だけれどね。
確かに純粋な性能で見れば、このナデシコは木星蜥蜴の戦艦よりも優れている。でもそれは1対1での話よ。
もし敵が大艦隊を組んでこのナデシコを潰しに来たら、本当に勝てると思う? ましてやここは地上、ナデシコの相転移エンジンもその性能を完全には発揮できないわ。
……だったら敵は貴方たちがこの地上にノコノコと降りてきたところを狙って―――…一気に叩き潰しに来るでしょうね」
そうしてイネスさんが薄く笑ったその時、ルリちゃんが緊張した様子で声を上げてきた。
「前方のチューリップより、敵艦隊出現」
「「「「?!」」」」
ブリッジのスクリーンに映し出されたその映像の中には、あの火星軌道上で戦った大型戦艦が5隻。そして小型艦はもう20隻以上も出現していた。
……その数を見て俺は思わず息を飲む。
そして冷たい声でイネスさんが告げてくる。
「――そう、あなたたちは敵の罠にはまったのよ………」
「――――グラビティ・ブラスト、フルチャージ!! 上昇しつつ先手を取って一気に叩きます!」
と、その空気を振り払うようにしてユリカが大声で号令してきた。
「了解」
そしてナデシコがゆっくりと上昇を始めて。
「………グラビティ・ブラスト、チャージ完了」
「てぇーーーーーーーーーーーーっ!!!」
ユリカの掛け声とともに、一筋の黒い奔流がはるか向こうの敵艦へと伸びていく。
スクリーンは真っ白な光に包まれて……その後には何もない、青い火星の空が見えるはずだった。
………そう、見えるはずだったのに。
「ええ〜〜〜っ?!」
ヒカルちゃんのうろたえた声が聞こえる。
何故ならスクリーンには、半数以上の敵艦が未だに映し出されていたんだから。
「……グラビティ・ブラストを持ちこたえた…?」
「敵も強力なフィールドを持っているのよ。これでお互い、一撃必殺とはいかなくなったわね」
戸惑うように呟くジュン。あくまで冷静な声のイネスさん。
…でもそれは、ほんの序の口だった。
「…な、なんであんなにいっぱい入ってるのよ…!」
もうこうなると、怯えたような声になりながらミナトさんが言ってくる。俺だって気持ちは同じだ、チューリップからはどんどん敵の戦艦が出てくるんだから!
「―――入ってるんじゃない、出てくるのよ」
そして鬼気迫る声を出しながら、スクリーンを睨むイネスさん。彼女は言葉を続けてくる。
「あれは母艦なんかじゃない、一種のワームホールみたいなもの。……あの大量の戦艦はきっと、この宇宙のどこか別の場所から送り込まれているのよ」
「…上空に回り込もうとしているぞ! このままではマズい!!」
声を張り上げるゴートさん。
「――グラビティ・ブラスト、スタンバイ!!」
「無理です、そんな急には連射できません!」
ユリカが緊張した声で言ってくるが、ルリちゃんはそれをはっきりと否定する。そして響く、イネスさんの無情な通告。
「ここは無重力空間じゃない、グラビティ・ブラストを連射するには相転移エンジンの反応が悪すぎる。―――――これが単艦戦闘の限界ね。
…………さあ、来るわよ?」
「ディストーション・フィールド、展開!! 出力最大のまま固定しつつ、全速で後方に離脱!」
もはや悲痛といったほうがいいくらいの声で、ユリカが叫ぶ。……って、おいユリカ!もしかしてこのまま逃げるのか?!!
「ちょっと待っ――」
「ちょっと待ってください!! このまま地下の人たちを置いて、逃げるんですか?!!」
と、俺の声より先にメグミちゃんがそう叫んでいた。
彼女はユリカを睨むようにして、懸命な表情で叫んでいた。
「アキトさん、約束してきたんです! みんなを必ず、地球につれて帰るって…! だから艦長!!」
「……アキト」
俺は黙って、ブリッジの上のユリカを見上げる。懇願するように、そしてあいつを信じるように。
……でもユリカは、ゆっくりとその首を振って。
「――――このままここで戦闘を開始すれば…間違いなく巻き込まれます。今は、撤退するしか道はありません――――」
でも、その言葉とともに。無情にもナデシコをめがけて敵の一斉砲撃が始まったんだ。
14.
「あ……!!」
…震えるような声を上げたメグミさんが、その口を両手で押さえて嗚咽を漏らしました。
アキトさんも呆然とした表情で、そのシェルターのあったところ……敵のグラビティ・ブラストによる集中砲撃に晒されている所を凝視していました。
そして『オモイカネ』から次々と入ってくる被弾の報告。ただ黙って俯いているパイロットの皆さん。
そんな中、どこかこの場から切り離されたような声でイネスさんが独白を始めました。
「――火星にチューリップが落ちてきたあの日に、私たちの運命は決まっていたのかもしれない。仮にあの場でナデシコが盾になっていたとしても、この砲撃じゃあ、ね……。
どちらにしろ、貴方たちは英雄にはなれなかった、ってことよ――――」
……静まり返るブリッジ。イネスさんのその言葉に答えられる人は、ここには誰も居ませんでした。
15.
……洗面所で一人、私は嗚咽を漏らしていた。
そう、私は何もできなかった。あの場で私は、火星の人たちを助けなくちゃいけなかったのに――――
……そうして暫く、俯いていて。
気がつくとアキトが入り口のところに立っていた。そのままアキトはここが女子トイレなのも構わずに入ってくる。
「――――ユリカ」
私には無感情に思えた声で、そう声をかけてくるアキト。声をかけてきてくれるアキト。
…でもアキトの口からだけは、非難の言葉は聞きたくなかった。だから……私はアキトが次をしゃべる前に声を出していた。
「……私たち、何のために火星まで来たんだろうね…」
「………」
――やっぱり無言のアキト。私の心の中で悲しみと不安がどんどん大きくなっていく。このままだとただ泣き叫びそうになるのを必死になってこらえながら、震える声にも構わず私は言葉を続ける。
「ごめんね、アキト………助けられなかった…私は助けられなかったよ――――私には、誰も……!!」
「――――ユリカ……」
…今度のアキトの声は、さっきと違った。
そっと私の肩に手をかけてくれながら、やさしい声でそう言ってきてくれる。
「……初めてだね。ナデシコで再会してから、やさしくしてくれたのは」
そのアキトの暖かい大きな手を両手で握り返して…私の胸元に手繰り寄せながら、アキトのその言葉を噛み締めながら私は言う。
「ばか! 何弱気になってるんだよ…?!」
そんな私の肩を両手で掴みながら、アキトはそう言ってくる。
……もう、心が限界だった。
「………アキト……キス、してくれる…?」
「んな?―――いきなり何言ってんだよお前?!!」
そう言ってびっくりした顔をするアキト。
でも私はもうこの気持ちを止められない。どうしようもできない。……この不安を止めてくれる何かが、そういう暖かい何かが欲しかったから。
ほんの少しでいいから…アキトに、そういう何かを私に与えて欲しかったから!
「…ただ、してくれるだけでいいの。――――そうすればきっと私、がんばれるから……もうちょっとだけ、頑張れると思うから……!!」
「ゆ…ユリカ……?」
「だから、お願い……」
私はそっと目をつぶる。アキトの手が少しだけ震えて。……そしてちょっとだけ力が入って。
「ごっ、ごめん! ごめええええええええん!!!!」
「アキト………」
……でもアキトは結局キスをしてくれなくて。大声でそう謝りながら、走って出て行ってしまった。
16.
「はぁ……びっくりした――――」
俺はまだドキドキいってる心臓を右手で押さえながら、自室に向かって廊下を歩いていた。
…でもまさか、ユリカの様子が気になってたから見に行ったのに、あんな事言われるなんて思ってもいなかったからなぁ……
でも――――ひょっとして俺、惜しいことしたのか?
…そんなバカな考えが一瞬頭をよぎった後、必死になってそれを打ち消す。そうしてため息をつきながら自室に戻ってきてみると。
「――――あ、鍵開けっ放しじゃないか」
ロック部分のグリーンに光っているランプを見ながら、思わずそう呟く俺。少しだけヒヤリとしながらドアを開けて、部屋の電気をつけようとする。
……と、その時。部屋の中に誰かが座り込んでいることに俺は気がついた。
その影を見て思わず声を上げる。
「……サレナ、さん?」
…そこに座り込んでいたのは、医務室で横になっているはずのサレナさんだった。
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