逆行者+突破者

 

 

 

 

 それにしても、またナデシコに乗ることになろうとは。

 最初が襲撃者で、今は密航者扱い。

 これも、一つの縁かな。

 

 柄にも無く考えながら、

 長方形のジュラルミンケースを持って、僕は歩いていた。

 私服で、いかにも怪しい僕を、皆さん気にも止めようとしない。

 本当に、ここは平和すぎますね。

 

 

 

 

「おい、深雪」

 

 呼び止められて、僕は振り向く。

 そこにいたのはツバキさんだった。

 ……そういえば、さっきまでアヤトさんだったのに。

 

 

 二重人格………ツバキ アヤトという人物の資料には、そう明記されていた。

 力押しな人格と策士な人格が交互に入れ替わる。

 あいまいで不適切だが、ニュアンスは伝わる内容。

 ………戦いでは少々厄介だが、殺しなら気にする事でもない。

 それが僕の感想だった。

 ……本人に会ってみたら意見は変わったけど。

 

 

 

 

「なんなんですか、こんな所まで引っ張ってきたりして」

 

 ツバキさんに無理矢理連れてこられた所は、

 照明の落とされたツバキさんの個室。

 

「もしかしてっ、いたいけな僕にアンナコトやソンナコトをっ!?

 いやっ!!それだけは許してください〜〜!!」

 

 ……………あれ?全然乗ってこない。

 それに………場がしらけてもいない。

 

「今、ナデシコは一番星コンテストの準備でてんてこ舞いだ。

 その隙を乗じて、ヒースに命令してこの部屋を監視できないようにさせた。

 ついでに蒼夜さんに頼んでこの部屋を忘却してもらった。

 無関係な奴は、この部屋に気付きもしない」

 

 ?……………

 聞き慣れない固有名詞と意味不明な言葉。

 ツバキさんの話は、僕の理解の範疇を越えていた。

 

「ああ、いまいち分かりづらかったな。

 じゃあ、深雪にわかりやすい言葉で言い直すよ。

 

 

 

 ここは、お気楽で平和なナデシコって舞台じゃない。

 ………二人の宿敵が語り合う舞台だよ」

 

 

 

 その瞬間、僕は無表情を創った。

 

 

 

 

 

 無表情な深雪を見つめながら、俺は話を続ける。

 

「………こういう舞台を見繕えば、乗ってくれると確信していた。

 お前は、他人からは傀儡と呼ばれているがとんでもない。

 それは表層を見ただけ。本質は役者と言った方が近い」

 

 無表情の中に微かに笑みが浮かぶ。

 

「役者か………言いえて妙ですね。

 でもね、それも少し違いますよ」

 

 笑みが無表情の限界を超える。

 

「僕はね、流されているんですよ。

 その場の雰囲気、展開、……人の思惑とかにね。

 そして、その場に相応しい役割を僕はこなす。

 まるで、規則正しく回る歯車のごとく………ね」

 

 俺はあからさまに顔をしかめた。

 

「………僕はね、気付いたんです。

 この世の中は正義だけでは生きていけない。

 もちろん悪だけでも生きていけない。

 正しい事も、間違った事もしなければならない。

 なんて世界は、混沌として不安定なんだろうって」

 

 ………そんなのは当たり前の事だ。

 世界とて、完全であるわけが無い。

 もしそうならば………イレギュラーなど生まれないのだから。

 

「だから僕は選択した。

 こんな不安定な場所で形成した、不確定な自己など捨て、

 ただ流されるように生きようと。

 自分の考え、なんて物があるから、人は辛く苦しむ。

 何も考えないで生きていくほど、楽な生き方は無いですからね。

 まっ、僕の場合、たった一つ、

 『より面白い方に流される』

 って条件はつけてみましたけど」

 

 おそらく今も、流されているのだろう。

 自分の心情を敵に話すのは定番だからな。

 

「………深雪は水みたいな心をしている。

 確固たる形を持たず、外側の器の形を正確にまねる」

 

 そして器が無くなれば………水は流れて消える。

 

「だがな、俺はお前の生き方などに興味は無い。

 お前が自分で選んだ道だ、どう進もうが関係無い。

 俺は深雪に質問を一つしたいだけだ」

 

 そう、そのためにお膳立てをしたんだ。

 

 

 

「お前は、深雪は………必要なら自分を殺すのか?」

 

「ええ、たとえば僕が死んで面白くなるのなら、

 僕は当然のごとく、死を選びますけど」

 

 

 

 ためらいの無い、一言。

 

 やっぱり俺は、こいつが嫌いだ。

 

 深雪にとっては、何もかもが全て等価値なんだ。

 それは自分の、死ですらも。

 生きる事を放棄した意志など、俺には理解できない。

 

 

 俺は右手にスケアクロウを身に付ける。

 

「今日は、俺の爪も、お前の刀もあるだろう」

 

 深雪は笑ってジュラルミンケースを床に置く。

 

 ガチャンッ!

 

 何かのギミックが起動して、ケースの中から二本の刀が飛び出る。

 深雪は危なげなく、落ちてくる二本の刀を掴んで構える。

 

「ふう、高尚な話し合いをしていたのに、

 結局最後は野蛮な実力行使。

 低レベルですねえ、僕達って」

 

 愚かである事は、認めるがな。

 俺は一歩、前に踏み出す。

 

 

 

 

 

 ガキャッ……

 

「はい、そこまで」

 

「「…………………」」

 

 俺たちは同時にドアの方を見る。

 いたのは………銀色のリボルバーを構えたファル。

 

「どう小細工をしようと、ここはナデシコの中。

 殺し合いなんて私が許さない。

 そのまま続けるつもりなら……、

 本末転倒だけど、二人を殺してでも止めるよ」

 

 本気。目がそう物語っている。

 

 ………そういえば、誰かが言ってましたっけ。

 『銃は死の象徴』だって。

 爪や刀で勝てそうに無いな。

 

 俺は大人しく引き下がる。

 深雪も、刀をジュラルミンケースに仕舞っていた。

 

 

 

 深雪が帰ろうとした時、唐突にドアの所で立ち止まる。

 

「ああ、ツバキさん。僕も一つ言いたい事があるんでした」

 

 振り返らずに話す。

 

「さっき、僕の心を水みたいっていいましたけど、

 それならツバキさんは氷のような心だ。

 決して溶けることの無い、永久凍土のような氷の心。

 けれど、そんな硬さは邪魔でしかない。

 だってその硬さゆえに、あなたは前に進んでいるようで、

 ちっとも前に進んでいないんだから。

 決して変わらない、変わろうとしないあなたは、

 ただじっと、その場所を意地だけでしがみついているようにしか見えない。

 あなたが必死になって守っているアキトさんだって、

 綱渡りのように前や後ろに進んでいるというのに!

 あなただけが、このナデシコの中から浮いているんです!」

 

 息を切らしながら、そう言ってくる。

 そして、顔だけをこっちに向けながら、

 

「そんなんだからあなたは、ツバキ アヤトは………、

 

 

 心が我と人にズレるんですよっ!」

 

 

 深雪はそう言い捨てて、部屋を出ていく。

 

「かなり芝居がかってはいたけど、嘘は言っちゃいないね」

 

 残っていたファルが、そうつぶやく。

 

 

 我と人………

 『俺』として生きるツバキと、『人』として生きたいアヤト。

 それが、同一の心を分かつズレ。

 

 ………だからどうした。

 俺は他人の生き方に極力干渉しない。

 それは、他人に俺の生き方を干渉されたくないからだ。

 

「そういえばファル、さっきなんであんな事をした?

 殺し合いが嫌なんてセリフ、ファルが言うとは思えないからな。

 なにが目的で止めたんだ?」

 

 そういうと、ファルは少し困惑した表情を浮かべた。

 

「いやそのね………ちょっと深雪君に興味が……」

 

 ………ファルが誰かに興味………。

 改めてファルの顔を見上げると、

 顔が朱に染まって………いなくもない、かもしんない。

 

「………まあ、悪趣味なのはいいけど、

 まさか俺に、深雪を殺さないでって言うつもりじゃないだろうな?」

 

「あっ、それは心配しないで。

 その時は正々堂々、『殺意』を使ってツバキくんを殺すから」

 

 ………自分に正直な事で結構。

 

「もっとも、今はそこまでの気持ちでもないし、

 でもひさしぶりに、誰かに好意を持ったから、

 ちょっと時間が欲しかったんだ」

 

 そういって、ファルも部屋を出ていった。

 

 

 ふう、さすがに色々あって疲れた。

 あっ、そうだった!

 部屋の、何も無い片隅を見ながら礼を言う。

 

「蒼夜さん、どうもありがとうございました」

 

 

 

 その瞬間、皆は俺の部屋を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 摂氏零度………

 水と氷が同時に存在する奇異な温度………

 ナデシコに確かに存在した摂氏零度の場所………

 ………だが誰も、それを覚えてはいない………

 

 

 

 

 

後書き

無識:心情を、書けば書くほど、イメージダウン………ちと字余り。

   ………冗談抜きでそんな内容になってしまった。

ツバキ:けれど書きたかった内容だろう?

無:その通りなんだよね。

  ここいらでどういう人物かってのを知ってもらいたかったし。

  最終的に、目指せ!!7割シリアスなので。

ツ:実現可能かどうかは分からないが、これからはシリアス一本なのか?

無:まさか、この先もはっちゃける所ははっちゃけます。

  そんな訳で次回、第二十一話「青天×霹靂」

  副題は、「ぶらり怪奇現象巡り」(嘘八百)をお送りします!

 

 

 

 

代理人の外道照身○波光線

 

「汝の正体見たり! 前世魔人渚カヲル!」

 

「ばぁれたかぁ〜〜〜!」

 

 

と、ダイヤモンド・アイごっこはここらへんにして、「僕にとっては全てが等価値なんだ」ということは。

そうか、某天剣と見せかけて実はカヲル君だったのかっ(笑)!

 

つまりカヲル君と同じように物事を自分の死を含めて客観的に見れる、

というかそういう見方しかできない人間、言わば「傍観者」である訳ですね。

「自分さえ駒にする」ような「策士」タイプと通じる物もありますが、

何らかの目的を持って状況を動かす策士と違い、

状況を楽しむ(あるいは観察する)事それ自体を目的とするのが

こういった「傍観者(観察者)」の特徴です。

もし彼が自分で目的を持って動くことがあるならば、それは彼が変わる前兆、あるいは変わった証拠でしょう。

物語上でも重要な転換点になるに違いありません。

・・・なんか「影の主人公」っぽいんで(笑)。