逆行者+突破者

第二十五話「墓標÷過去」

 

 

 雲ひとつない空は、目に眩しい。

 

 そんな空を見上げながら、

 

 俺は我知らぬ土地を訪れていた。

 

 

 

 

 あのアキトの事件の後、

 ついに木連との和平会談が行われることになった。

 

 しかし、それが一筋縄でいくとは誰も思ってはいなかった。

 木連はナデシコ一隻で和平会場に向かうことを指定してきた。

 まず何かあると思うのは自明の理だろう。

 

 せめて、一目だけでも家族に会っておきたい……。

 それは至極もっともな意見なので、

 こうしてナデシコは、地球に降りてきていた。

 

 そして、俺も………、

 

 

 

 

 几帳面に輪列された、石の山。

 彩りは圧倒的な灰色と、僅かな花の色のみ。

 そこは生者の終着………死者のゆりかご。

 

 その一角に、ツバキ アヤトを生み出した男女が眠っている。

 

 

 他との差異は俺には感じないその墓の前には、先客がいた。

 決して変わる事の無い黒いコートと、

 後ろで束ねた漆黒の長い髪を風になびかせながら、

 似合わない花束をもって佇んでいた。

 俺の方を見もせずに、その人は口を開いた。

 

「………遅かったな」

 

 俺がここに来ると、絶対の確信の持った台詞。

 

「それはどうもすみませんでしたね。

 それにしても……椿の花なんて縁起悪いですよ」

 

 さして気にした風も無く、無造作に墓の前に置く。

 そこで初めて、俺の方を見た。

 その澄んだ、深紅の瞳で俺を見つめる。

 

「……ひさしぶり、だったよな。ツバキ アヤト」

 

「ええ、本当に久しぶりですよ……天城さん」

 

 

 

 

 

 幼い頃の僕は、本当に人形のようだった。

 ただ、父さんに教わった剣技で人を殺し、

 ただ、母さんに教えてもらった通りに笑った。

 

 天狼の家は、代々剣の名家ではあった。

 だがその技を、闇の世界で通用する魔技にまで極めたのは、

 ………父さんだった。

 木連に敵対するものを、闇に葬り去るために………。

 

 そんな父さんの息子だった僕には、すでにその道しかなかった。

 それは、ひどく幸運な事だと、今でも思っている。

 だって、進めばいいだけなのだから。

 何も知らず、何も考えず、ただひたすらに………。

 

 ある時、そんな幸福な時を脅かすものが、

 僕の内面から浮かび上がってきた。

 

「もう、こんな事やりたくない」

 

「人を殺すなんて事は、大嫌いだ」

 

「……怖いよ、……悲しいよ」

 

 そう、心が叫びだした。

 嘘つきな心だと、僕は思った。

 

 

 

 今も心は、嘘をつく。

 だから僕は、演技をして必死に嘘を隠す。

 こんな幸福な時間を、嘘で壊したくなかったから。

 

 それでも駄目な時は、父さんの言葉を思い出す。

 それは、父さんと珍しく殺し合わなかった時の事。

 

 

「……深雪よ」

 

「はい、何です?」

 

「……死を恐れるな。

 人は、人で在る以上死ななければならない。

 長さや深さの違いはあろうと、死ななければ人では在りえない。

 だから深雪よ………死ぬ為に生きよ。

 己が望む死に方を、夢見ながら……な」

 

「では……父さんはどんな死に方が望みなんですか?」

 

「……願わくば、お前の刃によって死にたいものだな」

 

 そう言って、父さんは笑った。

 最初で最後の、父さんの笑顔だった。

 

 

 その後、父さんは亡くなった。

 望み通り、僕の刃をその身に受けて。

 

 

 

 

 懐かしい………夢を見たな。

 自嘲気味に笑う。

 まだ僕が未熟で、心を制御で出来なかった頃の話しだ。

 もう心は、嘘をつかない。

 

 傍らに置いてあった、二振りの刀を掴む。

 『凍月』と『凍花』……天狼家に伝わる骨董品。

 人殺しには不向きな物だけど、

 尊敬する父さんの、唯一の形見だからね。

 

 静かに夢想する。

 ………ナデシコとの和平会談。

 劇もついに、最終章に向かおうとしていた………。

 

 

 

 

 

 

「おりょ、あなたは帰らないの?」

 

 帰省組ではなかった私は、

 食堂で所在なげに座っている、チハヤちゃんを見つけた。

 

「あっ、ファルさん。………ええ、帰る場所もありませんし」

 

 ああ、そっか。とりあえず、隣に座る。

 

「ファルさんは、帰らないんですか?」

 

「まあ、どっちでもいいんだけどね。

 すっごく遠いから面倒くさいのよ」

 

「そうですか………」

 

「………………」

 

 ………確かに、チハヤちゃんはナデシコでも特殊な立場で、

 馴染めづらいのは分かるけど、

 溝を作ってるのはチハヤちゃん自身なのよね〜。

 

「言っとくけどね、ツバキくんのそばにいるだけじゃ変われないわよ」

 

「えっ……?」

 

「そうだね、仮にあなたがアキトくんを好きになったり、

 じゃなかったらアオイくんとかを好きになったら、

 あなたはその人のそばにいることで変わっていけるでしょう。

 元々ナデシコには強い影響力を持ってる人が多いからね」

 

「……アイツは、違うんですか?」

 

 ちょっと淋しげに、私は笑う。

 

「ツバキくんも、表面的に馴染むのはうまくなったけど、

 心の中は他人の干渉を決して許しはしない。

 変わるのがすっごく嫌いなのよ。

 だから、変わりたければ自分でがんばる事。

 ツバキくんは手助けすら出来ないから。

 ……まあ、私は協力してあげるから、ね」

 

「……はい、わかりました」

 

 うんうん、素直なことはいい事だ。

 そして、席を立とうとしたチハヤちゃんに一言付け加える。

 

「………ツバキくんは毒にも薬にもならない子だよ。

 誰かの為には何もしないし、出来ない。

 恋愛の対象としては、ひどく辛い人だから。

 ………それだけは覚えといて」

 

「………はい」

 

 

 

 ふう、それで件のツバキくんは墓参りか。

 いや、それとも葬式かな。

 

 

 

 

 

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