黒百合姫
プロローグ/REBIRTH
『彼』はモニターに映った『自分』に思わず呆然としてしまった。
緩くウェーブのかかった紫銀の髪に、透き通るような白い肌。
顔立ちは幼いながらも匂い立つような美貌。
その中でも一際目立つのは、宝玉の如く煌く金色の双眸。
美の神自身が鑿を振るって作り上げた、1ミリの狂いもない彫刻像。
人に有らざる、有り得ないほどの容貌、うつくしさ。
―――それが、今の自分の姿なのだと認めた。
もっとも、自分と認識するのに数分のタイムラグと、何度も確認を繰り返した後に、だが。
「・・・・・・なんでこんな事に?」
しばし呆然としていたが、右手に鈍い痛みを感じて、我を取り戻した。
不思議に思い自分の手を見ると、どうやら指を骨折しているようだった。
いつ折ったものかと記憶を辿っていくと、朧げながら研究者の一人を殺害した時の貫手が原因だろうと思い至った。
「―――なんて、無様」
仕方のない事と分かってはいるが、この身体の脆弱さに溜息が洩れる。
とりあえず『彼』は――いや、もはや彼女と言った方が相応しいか――指の治療と、
寒さを凌ぐ為に衣服を調達する事にした。
先程殺害した研究員の白衣を奪おうかと一瞬考えたが、
それを身に付けた自分を想像した時に湧き上がった嫌悪感から断念した。
転がっている『かつて研究員だった物』を嫌悪と共に見やりながら、
何時までも死体と一緒にいたい訳でもないし、清掃ロボットにさっさと処理させる事にした
システムにアクセスして捜索させる傍ら、この研究所やネルガル、軍についての情報を求める。
その結果、ここがネルガルの非合法の研究施設である事、現在の『彼』の肉体である少女がその実験体である事。
そして、
「―――2195年だと!!」
今が2201年ではなく、2195年であった事。
あまりに予想外の結果に言葉もなかった。
残されていた実験データから、この少女――名前(というかコードネームだが)は『 L' 』、
エルダッシュと呼ばれていたようだ――は遺跡から採取されたナノマシンを投与されていたらしい。
―――テンカワ・アキトが火星の後継者にされたのと同じように。
ここからは推測になるが、死の間際のアキトの生きたいという強い意志がいかなる効果を齎したか、
遺跡ナノマシンを通じて少女の身体に意識がダウンロードされたのではないだろうか。
その結果、未熟な精神しか持ち得なかった少女は、投与されたナノマシンのもたらす膨大な情報量から自我が崩壊してしまった。
エルダッシュという少女はテンカワ・アキトの23年間の記憶に耐えられる程強くは無かったのだろう。
しばし己の思考の中に埋没していたが、再び悪寒に襲われた少女は、
流石に寒さに耐えかねて目下の急務である服の調達に行く事にした。
一先ず調査結果については保留して端末から離れる。
部屋を出る直前、フッと実験体の少女達が入れられていたポットの方を向いた少女は驚きに目を見開いた。
その視線の先には、可能な限り身体を縮こまらせて震える一人の少女。
ラピス・ラズリ。
『未来』で自分がそう名付けた少女だった。
「ラピス!!」
そう呼んで一歩彼女へと踏み出すが、ビクッと一層身体を震わせ、怯えの表情が強くなる。
その強い怯えがそれ以上ポットへと進む事を留まらせた。
―――何故?
テンカワ・アキトの記憶を受け継ぐ少女は自問自答するが、答えはすぐに判明した。
研究員たちを目の前で殺した事。
『以前』のラピスも、科学者達を目の前で殺し、自分を攫った北辰に強い恐怖を抱いていた。
それと同じ様に自分も、結果的にラピスの前で殺人を犯したのだ。
苦い思いが胸を過ぎるが、今更後悔しても既に遅い。
一つ頭を振って陰鬱とした気分を振り払うと、ラピスの服も調達して来る事にした。
怪我を治療して服を身に纏い、ようやく人心地ついた少女は、ラピスへの服と食事を用意すると、ポットの傍に置いた。
自分が近づくと酷く怯えるので、仕方なく直接手渡す事を断念し、ポットを開いた。
「貴女の分を用意したから、服を着て食事をして。・・・・・・怖がらなくてもいいよ。これ以上近づかないから」
少し悲しそうに少女は言った。
別人と解っていても、やはり恐れられるのは寂しいと感じて。
ラピスが怖ず怖ずと食事を取り始めたのを見て、邪魔をしないように部屋を出る事にした。
彼女は疲れていた。
事態の急変に心がついていけない。
千千に乱れた心に引き摺られて思考がうまくまとまらない。
職員用の仮眠室の場所も調べておいたので、そこで暫し眠る事にした。
これからどうするのか、どうしたいのか。
ぼんやりとそんな事を考えながら眠りについた。
―――――そして彼女は夢を見た―――――――
来る日も来る日も試験管の中
人の手になる子宮の中で
ソトの世界の夢を見る
毎日毎日実験ばかり
人工羊水の海を漂いながら
ジユウに遊ぶ日の夢を見る
白い白い科学者達が
硝子の箱を開く時を
ハキという名の自由を得る日を
いつもいつも夢に見る
―――――少女エルダッシュの記憶。実験体として生きた9年の人生。その全てを体験した―――――
目を覚ました少女は、自分が涙を流している事を自覚した。
その涙を拭いながら、『自分』について考える。
先程の夢を見る前ならば、例え身体が違っても自分はテンカワ・アキトだと考えただろう。
しかし、この身体の主であるエルダッシュの人生も体験した今、自分が誰なのか分からなくなってしまったのだ。
テンカワ・アキトは生きたいと願った。
やり残した事は償い。
でも、此処には償うべき『家族』がいない。
それに『死』を超えたからか、『以前』に対する感情が酷く希薄になっている事に気付いた。
死にたくはない。
でも、生きる目的もまた無かった。
エルダッシュは死にたかった。
けれどテンカワ・アキトの記憶を得た事で、死ぬのはとても怖い事だと知った。
その代わり、これまでは知らなかった『痛い』や『悲しい』と言う事を知ってしまった
今は死にたくない。
でも、やりたい事も無かった。
絡み合い結びつく双つの意識。
まるで二重螺旋の鎖のように
そして産まれる、あらたなるもの
「死にたくない、でも・・・・・・生きる目的も無い。
―――なんて中途半端な俺(わたし)」
テンカワ・アキトにも、エルダッシュにも成り切れない『自分』を嘲笑う
ため息を一つ吐いて、不愉快になるだけの思索をやめた。
とりあえず哲学的な問題は置いておいて、これからについて考える事にした。
ここがネルガルの非合法の研究所である事は既に調べて分かっている。
そしてアカツキが知らない物であろう事も。
アカツキ・ナガレが会長になってからのネルガルについて調べてみた。
彼が会長になってから、マシンチャイルドの研究は大幅に縮小され、非合法の研究所もほぼ閉鎖されていた。
どうやら彼女の知るアカツキとほぼ同じ性格のようだ。
今自分がいるのは反会長派の重役が自分の利益の為に隠している研究所だろう。
やはりアカツキに保護を頼むのがベストだと判断し、他に重役達が秘匿しているデータも調べてメールで送る事にした。
「・・・・・・さて、名前はどうしようか?」
流石にこの身体でテンカワ・アキトを名乗る訳にはいかないし、エルダッシュも今の自分には相応しくない。
そこで彼女は新しく名前を考える事にした。
「あまりにも変えすぎると、咄嗟の時の反応で疑念を抱かれるかもしれない。
やはり自分達の名前に近いものがいいな。う〜ん。
・・・・・・・・・うん、名前は『アルト』にしよう。ファミリーネームは・・・・・・」
そして考える事、数分。
「血の朱。紅のアルト。俺の、ってこの姿で『俺』っていうのも拙いか。
・・・・・・今から、私の名前はアルト・ルージュ」
自らに新たな名を贈り、少女は新たな一歩を踏み出した。
未だ目指す『道』は見出せてはいなかったが。
あとがき
はじめまして。Mythrilと申します
初めて投稿しましたが、楽しんでいただけたら幸いです
今回はかなりダークでしたが、本編はもう少し軽くなる予定です
ちょっと月姫パクリすぎというのは本人も充分に分かってますのでその点でのツッコミは勘弁してください
そもそも、某あーぱー吸血姫の姉『アルトルージュ・ブリュンスタッド』がアキトと名前が似てる。
おまけに『黒』の吸血姫と、イメージカラーまで同じ。これは使うしかないな、というのが発想の原点なので。
さらに、書く前に『空の境界』を読破してしまったので予想以上に影響を受けてしまいました(笑)
次はもう少しナデシコらしくなると思います。
あと、前半の赤字の所は疲れた割にイマイチだったのでもう二度とやらないと思います。
私の拙い文を最後まで読んでくれた皆さんありがとうございます。
代理人の感想
・・・誤字まで似なくてよかった(謎爆)
>本人も十分にわかってますので
・・・・・・・・・・・・・・ちっ(爆)。←後書きのネタにしようと思ってたらしい