黒百合姫

第三話 もっと「男らしく」いこうよ

 

 

 

 ナデシコ出航3週間前、ネルガル本社前。

 「さてアルトさん、そろそろ出発しましょうか」

 黒塗りのリムジンの前で眼鏡の男は同行者に告げた。

 声をかけられたのは十歳くらいの少女。

 

 好んで黒衣を纏う彼女の本日の装いは、長袖のブラウスとゆったりとしたフレアースカート。

 双方とも色はいつもと同じ黒一色。

 その黒衣が彼女の肌の白さと絶妙なコントラストとなっており、見る者を惹きつけて止まない。

 幻想世界から現れた紫銀の妖精

 そんな例えがそのまま当て嵌まるのがアルト・ルージュという少女だった。

 

 新造戦艦のオペレーターである彼女はシステムの最終チェックを行う為、他のクルーよりも早目に乗艦する事が決まっていたのだ。

 他にも整備班などが同時期に乗艦することになっている。

「そうね。・・・・・・エリナ、ラピスの事お願いね」

「わかってるわ。後の事は任せなさい」

 後事を託した会長秘書の軽い返事。それが引鉄となって、アルトの脳裏にこれまでの記憶が蘇る。

 

 二人の妖精がネルガルに身を寄せて、約一年。

 ラピスの『はじめてのおつかい』事件や、ネルガル首脳陣を尽く打ち倒したエリナ、ラピスによる『ネルガル・ファーストインパクト』事件。

 その後アルトの料理講座を経て、今度こそと意気込む前述二名によって引き起こされた『セカンドインパクト』。

 その他にも、黒の少女を狼狽させるという快挙を成し遂げた『女性用下着売り場ランジェリーショップへ行こう』事件などなど。

 それらネルガルを根底から揺さぶった小さな大事件の数々が脳裏を過ぎり―――

 

 任せるのは微妙に不安になったが、他に適任者もいないので目を瞑る事にした。現実逃避、とも言うが。

 

 エリナの傍らの少女に目を向ける。

 ラピスは俯いたまま顔を上げようとはしない。

「ラピス、ちゃんと言いたい事は言っておきなさい。今言っておかないと、あとで後悔するかもしれないわよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 エリナが忠告するが、それでも無言のまま、身じろぎすらしない。

 その様子に苦笑すると、アルトは俯いたままのラピスの頭を撫でる。

「・・・・・・ぁ・・・」

 頭に乗せられた掌の温もりに、ラピスは心の中のしこりがゆっくりと溶けていくのを感じていた。

 そのまま暫くその手の感触を楽しむラピス。

 ようやく落ち着いたと仕草で感じたアルトは手を離すと、今度は正面から顔を覗き込み、微笑みかける。

「・・・・・・・・・すぐに帰って来て」

 ラピスはその綺麗な笑みに暫く見惚れていたが、蚊の鳴くような小さな声で言った。

「うん、出来るだけ早く戻ってくるわ」

「・・・約束」

 指切りをしようと小指を差し出した涙目のラピスの姿を『前回』と比較して、精神面での著しい成長を見て愛しさが込み上げてくる。

「約束だよ。すぐに帰って来るからノルンと仲良く待っててね」

「・・・・・・うん」

「じゃ、行って来るわ」

 言ってアルトは大きなスーツケースを持ってリムジンへ向かう。

「アルトさん、荷物は先にナデシコに送ってある筈では?」

 スーツケースを見たプロスが不思議に思い尋ねると、

「―――乙女の秘密よ」

 そう答えた少女の口元に、アカツキ命名『悪魔の微笑デビルスマイル』が浮かんでいるのを見たプロスは、即座にこの話題からの撤退を選択した。

「そ、そうですか。では荷物はトランクへ。さあ、はりきって出発しましょう!!」

 

 

 

 会長の趣味によるものか、無意味に豪奢なリムジン。

 大の大人が五人くらい楽に座れそうなソファにその身を埋没させながら、アルトは退屈そうに外を見ていた。

 対面に座る男が自身を観察するような視線を向けてくるが全く頓着しない。

 その少女の纏う黒の中に、微かに違う色彩が混じっている事に気付いた彼は、しばし目を瞠った。

「珍しいですね、あなたが装身具の類を身に着けるとは」

 少女の胸元にある銀のネックレスを見ながら呟くプロス。

「別に。・・・・・・ただ何となく、ね」

 視線を窓の外に向けたまま、気の無い返事を返す。

「そうですか。いやはや、世の女性は総じて男性よりも成長が早いですねぇ」

「・・・・・・そうかしら?アクセサリーを付けるようになったから大人になった、という訳ではないでしょう?」

「いえいえ、如何に自分を美しく見せるかという事を考えるのが大人の女性というものなんですよ。アルトさんも漸くそのとば口に差し掛かったと」

「・・・・・・そんなものかしら?」

「そんなものなんですよ。尤も私は男ですから、正確には判り兼ねますがね」

 女性としての人生経験の短い彼女には真偽の程は定かではないが、プロスが言い切ったので、そういうものなんだと納得する事にした。

 

「そういえば、私、契約書見せて貰ってなかったような・・・・・・」

 外の景色を眺めながら、アルトはふと思い出したように呟いた。

「そうでしたか?・・・・・・私を挟まずに会長と直接契約されたので、契約書をお渡ししておりませんでしたな」

 数秒記憶を辿っていたプロスだが、確かに契約書を渡した記憶がない事を確認し、鞄から一枚取り出して手渡す。

 少女は渡された契約書を隅々まで目を通していく。

 『前回』は成り行きで乗る事になったので、じっくり読む機会が無かった。

 それもあって特に退屈という事はなかった。

「プロスさん、此処の項目、削除してくれる?」

「これですか?しかしこの規約は、出来れば守って戴きたいのですが・・・・・・」

「・・・・・・・・・給料5%で」

「わかりました。この項目は削除しましょう」

 即答だった。

 何はともあれ、これで法的にもアルトはナデシコの乗員の一員となったのだった。

 

 

 

 サセボドックの地下深く。

 白い体を横たえて、その船は其処にあった。

 『前回』の人生、その運命を大きく変える契機となった船。

 すべてのはじまり。

 ―――機動戦艦ナデシコ。

 

「・・・・・・・・・変な形。一体何考えて設計したのやら」

「これは手厳しい。しかしこのナデシコはネルガルの最新技術の粋を凝らした、史上最強の戦艦なのです」

「史上最強ね。・・・・・・いつまで最強でいられる事やら。新造艦ができるまで?」

 少女の皮肉に、プロスの頬が引きつる。

 そんな彼の醜態にも頓着せず、一心にナデシコを見つめ続ける。

 

 

 木馬型、とでも呼べば良いのか、そんな『前回』のナデシコとは少し形が違う。

 当然だろう。『前回』よりも強化する為に、少女自身がいろいろと画策してきたのだから。

 

 ナデシコの特徴である二基のディストーションフィールドの半ばから、後方に設置された四基の核パルスエンジンまでをスッポリと覆う新たな外殻。

 ―――戦艦用追加装甲グラジオラス

 少女自身がブラックサレナのデータを元に設計した、強化装甲。

 

 グラジオラスは連合軍の艦艇への相転移エンジン搭載を、より簡便に行う為に開発された。

 現在ナデシコに装備されているのは、再度ナデシコ用に改修されたグラジオラス改と言うべき物だ。

 

 両舷と後方、そして上下にそれぞれ四門のグラビティカノンを装備。

 相転移炉及びフィールドブレードの増設によって、二重のディストーションフィールドの展開が可能となり、防御力が飛躍的に向上した。

 さらに、アルトがオペレートする無人兵器群ガーランドも加わり、もはや『前回』とは比較にならない戦闘能力を備えている。

 

 

「さて、艦内を案内しますので、そろそろ参りましょうか」

「わかったわ。じゃあ行きましょう」

 先導するプロスの後に続いて、ナデシコへ向かって歩き出した。

 

 

 格納庫の整備班や、食堂のホウメイさんらに挨拶して回り、最後にブリッジへやって来た。

 そこに居たのはかつての義妹、ホシノ・ルリ。

 やはり彼女らは特別なのだろう、複雑な想いが込み上げる。

 尤もそれは、アキトであった頃に比べれば、比較にならない程小さなものだったのだが。

「初めまして。サブオペレーターのアルト・ルージュ、十歳です。よろしく」

 

 

 

 

 

 それから二週間後、『前回』のナデシコ出航日。

 出航予定日はまだ先だが、出航せざるを得なくなった日、と言うべきか。

 主だった乗員達も習熟訓練を終え、いつでも出航準備は完了している。

 ただ、マスターキーを持つ艦長が到着しないと、発進はできないが。

 心配していたルリとの関係も良好。思っていた以上に友好的な関係を築いた。

 

 

 実はルリやユリカとどう接するか、ナデシコに来るまで悩んでいた。

 結局、変に意識するのをやめて、自然体で付き合う事に決めた。

 ルリも自分以外のマシンチャイルドに戸惑っていたが、初めて出会った『自分と同じ』存在に、多少なりとも心を開いたようだ。

 

 

 ガーランド・システムのプログラム作成が一段落し、黒衣の少女はコンソールから手を離して一息ついた。

 微かに空腹を感じて時計を見ると、そろそろお昼時だ。

 ナデシコ食堂のホウメイへウィンドウを開き、出前を頼む。

「ホウメイさん、ブリッジまで出前お願いできますか?」

≪ん、ああ、アルトかい。いいよ、何にする?≫

「・・・・・・じゃあオムライスで」

≪あいよ、ちょっと待ってな≫

 

 仕事が一段落ついたのに食堂へ行かず、わざわざ出前を取るのには訳がある。

 ルリの所為だ。

 

 アルトはこの時期のルリがジャンクフード漬けな生活をしている事を知っており、それを改善したいと思っていた。

 しかし、以前直接誘った時は散々な結果だった。

 

「ルリ、食堂に行かない?」

「結構です。特に食堂に行く必要性がありません。わざわざ食べに行かなくても必要カロリーは摂取できますから」

 そう言ってハンバーガーを齧っていた。

 論理性や合理性を最優先させる、この時期のルリ。

 そんな彼女を誘い出すのは、流石のアルトにも困難だった。

 

 そこで搦め手で行く事にしたのだ。

 人間誰しも隣の芝生が青く見えるもの。

 目の前でホウメイの作った食事を食べる事により、ルリの注意を喚起しようという作戦だ。

 が、今の所、この作戦は成功しているとは言い難かった。

 

 もともとルリは食生活の経験が乏し過ぎる。

 如何に至高の料理でも、比較対象が無ければただの料理。

 今のルリには猫に小判、豚に真珠と同義なのだ。

 

 ―――やっぱりミナトさんの協力が無いと無理かな?

 

 現状では『ホシノ・ルリ食生活改善作戦』の遂行は困難。

 単独での遂行は困難であり、早急に戦力の向上が必要。

 よって現在の作戦は停止。

 これからルリ、ミナトの友好関係の構築を第一の目的とする。

 などと、これからの作戦を練りながら、オムライスを平らげていく。

 

 アルトの食べるオムライス。

 それを横目でちらちらと、物欲しげな目で覗き見ているルリ。

 そんな彼女の姿に気付いていれば、アルトもまた別の作戦を実行していたかもしれないが。

 

 

「そういえば、今日、艦長さんが来るんですよね」

 二人のオペレーターの横で雑誌を見ていたメグミが言った。

「カッコイイ人だといいな〜。そう思いません、ミナトさん」

「そうねぇ、まあ、良いに越した事は無いけれど」

 相槌を打つミナトだが、すぐにアルト達の方を向いて、

「そうだ、ルリちゃんやアルトちゃんは何か知らない?」

「艦長ですか?」

「・・・二十歳の女性です」

 聞き返すルリの言葉の後に、アルトが小さな声で呟く。

「な〜んだ、つまらないの」

「まあまあ、他にもいい男は居るかもしれないし」

「・・・・・・・・・バカ」

「私は後ろで騒いでるキノコよりましなら文句無いわ」

 独り言のように呟いた。

 彼女らが話している後方では、ムネタケが甲高い声でキーキー喚いており、とても騒々しい事甚だしい。

「まあ、クルーの選出基準は、『性格に問題あっても能力は一流』だから、多分大丈夫だと思うけど」

 現実主義者リアリスト悲観主義者ペシミストなアルトは、これまでがほぼ『前回』と同じでも、これからはそうでないかもしれないと考えている。

 ついつい最悪のパターンを考えてしまうのが、彼女の悪い癖だ。

 もっとも、『最悪の事態に備える慎重さ』は、美点でもあるのだが。

「そうだ、アルトちゃん、前から気になってたんだけど、ナデシコの制服着なくて良いの?」

 ナデシコのクルーはネルガル指定の制服着用が義務付けられている。

 にもかかわらず、少女が一人だけ黒衣を纏っている事をミナトは疑問に思ったのだ。

「大丈夫です。契約の時にその項目消しましたから」

「いいな〜、そんな事出来るの?」

 やはりお洒落がしたいのか、メグミはとても羨ましそうだ。

「ええ。ただ、多少給料は減りましたけど」

「お給料減っちゃうんだ・・・。じゃあ制服でもしょうがないかな」

「やっぱり世の中そんなに甘くない、か」

 銀の少女は全く興味なさそうだったが、大人二人は残念そうだった。

「何故わざわざ削除したんですか?別に制服でも問題ないと思いますけど」

「特に理由はないけれど、強いて言うなら、制服が嫌いだから、かな」

「・・・・・・そうですか」

 

 

 そんな事を話していると、突如警報が鳴り響いた。

<敵襲だよ、ルリ、アルト>

 オモイカネがウィンドウで知らせる。

「ちょっと、さっさと発進なさい!アタシはこんな所で死にたくないのよ!!」

「無理です。マスターキーがありません」

 キノコがまた騒いでいるが、艦長の持つマスターキーが無ければ発進はできない。

 

 そういう事になっている、表向きは。

 アルト、プロス、ゴートの三人の承認があれば、起動可能になっている。

 もちろんアルトの提案で付けられた裏コードだ。

 

 だがこれは軍という仮想敵に対する最後の切り札である。

 軍人たちが居る所で大っぴらに使いたくはない。

 秘密は秘密にしてあるからこそ意味があるのだ。

 今使ってしまえば、後々自分達の首を絞める事になる。

 それが分かっている故に三人は動かない。

 

 ルリがマスターキーについての説明をしている間に、オモイカネに艦長を捜すように頼む。

<もうブリッジのすぐ傍に来ているよ、アルト>

「ありがとう、オモイカネ。艦長ならもうすぐ来ます」

 オモイカネとのリンクを切ると、騒いでいるキノコにも聞こえるように少し大きな声で報告する。

 それと同時に扉が開き、宇宙軍士官用の制服を模した白の制服を纏った女性と、影の薄い青年が現れる。

「私が艦長のミスマル・ユリカで〜す。ぶい!!」

「「「「「「ブイ!?」」」」」」

 ブリッジに漂った、何とも言い難い雰囲気。

 彼らの心境は一言で言えばこうだろう。

 ―――本当に大丈夫か、この艦?

「―――またバカ?」

 銀の妖精の呟きがブリッジに響く。

 ちなみに黒衣の少女はノーコメント。

 

 だが内心では、あまりに『らしすぎる』行動に呆れていた。

 『前回』はエステバリスで出撃した為に、幸いにもこの場面には遭遇しなかった。

 その分今回は余計にダメージが大きかったのだが。

 ―――艦内の士気を保つのが艦長の仕事でしょう?自分でどん底まで下げてどうするのよ。

 満面の笑みを浮かべたユリカの顔を見ながら、深々とため息をついた。

 

「そんな事より艦長、早くマスターキーを」

 逸速く立ち直ったゴートが急かす。

 ユリカは懐から小さな鍵を取り出し、艦長席のコンソールにある鍵穴に差し込んだ。

「マスターキー確認、ナデシコ起動可能です」

「敵の攻撃はサセボドック、ナデシコ上部に集中しています。現在、地上部隊と交戦中」

 基地上空の戦況をスクリーンに表示しながら、アルトは格納庫のエステバリスをチェックする。

 そして、その内の一機にテンカワ・アキトが搭乗している事を確認した。

「早く反撃なさい!対空砲火を上に向けて、敵を焼き払うのよ!!」

「それ、上の部隊も巻き込むんじゃない?」

「それって非人道的って言いません?」

 ミナトとメグミがムネタケの案を非難する。

 

「上に向けてって、どうやって?」

 ナデシコのスペックを確認してあるのだろう、ルリが疑問を口にした。

「ルリ、多分あのキノコはナデシコについて、きちんとした知識を持ってないわ。相手にしない方が良い」

「そうですか。でも自分の乗る艦の性能くらい確かめませんか、普通?」

「・・・・・・普通じゃないんでしょ、脳か神経のどっちかが」

 辛辣な感想を述べるオペレーター二人。

 それを聞いたミナトなどは、ムネタケ非難をやめて頬を引き攣らせている。

 

「艦長、何か意見は有るかね?」

 フクベの静かだがよく通る声が響き、それにユリカが答える。

「海底ゲートを抜けて海中へ。浮上して敵を背後から殲滅します」

「待て、それでは敵を討ち洩らす可能性がある」

「エステバリスを囮に出します。パイロットに連絡を」

 ゴートの制止、だがその可能性も予想していたのか、すらすらと淀みなく答える。

「先程唯一のパイロット、ヤマダ・ジロウが骨折して、医務室に運ばれました。現在出撃可能なエステバリスライダーはいません」

 とルリは言った。

「え〜、嘘〜」

「ガーランド、出しましょうか?」

 アルトが訊く。

「うん、今すぐ発進させて」

「了解。ガーランド・システム発進準備。・・・・・・エレベーター稼動中?」

 そして無人兵器ガーランドの発進準備をしながら、然も今気付きましたと言わんばかりの演技で稼動中のエステバリスを『発見』する。

「上昇中のエレベーター内部に、稼動中のエステバリス発見」

「誰だ、君は。パイロットか?所属と名前を言いたまえ」

 即座にフクベが通信を開く。

 ウィンドウに出たのは若い男。

 ボサボサと収まりの悪い髪をした少年、テンカワ・アキト。

 ―――私、こんな間抜け面してたかしら?

 過去の自分に対して、結構酷い感想を抱くアルト。

≪え、あ、俺はテンカワ・アキト。コックです≫

 アキトの名前を聞いて、しばし考え込む艦長。

 その姿を横目で見ながら、ちょっとした悪戯を思いついた黒衣の少女はクスリと笑うと、その唇を開いた。

「ナデシコの乗員にそんな人いません。・・・エステバリス窃盗の現行犯のようです。すぐに捕まえちゃって下さい」

≪いいっ!?ちょ、ちょっと待ってくれ、俺は別に・・・≫

 予想以上のその狼狽ぶりに、笑いを堪えるのが大変だった。

「ああ、その心配はありません。彼は先程コックとして雇いまして」

「何故コックがエステバリスに乗っている!」

≪あ、俺はその・・・≫

「ああ〜〜!!アキトだ。アキト、アキト、アキト!!」

≪ユ、ユリカ?お前そこで何やってんだ?≫

「彼女はこのナデシコの艦長です」

≪う、嘘だろ!?≫

 アキトの叫びは、ブリッジクルー達の総意と言ってもよかったが、現実は非情だった。

「ユリカはナデシコの艦長さんなんだぞ、えっへん!」

「ユリカ、あいつ誰?」

 士官服を着た青年が問い質す。

「アキトは私の王子様なんだよ。ユリカがピンチの時にいつも駆けつけてくれるのよ」

 ジュンに答えた後、ユリカは再びウィンドウに向き直ると、早口で捲し立てる。

「でも危険すぎるよ。アキトを囮になんて出来ない。

 ・・・・・・分かってるよ、アキトの決意の固さ。私なんかじゃ止められないよね」

 暫し俯くが、キッと前を向くと再び口を開く。

「分かった。・・・ナデシコと私達の命、あなたに預けます」

 ユリカの発言の途中に何度かアキトが口を挟むが、妄想が暴走している彼女の耳には全く聞こえていない。

 

「・・・・・・・・・傍で見ている分なら、面白いんだけど」

 『過去』を振り返りながら、少女は苦笑を禁じ得なかった。

 

「エレベーター、地上に出ます」

「ガーランド各機、地上への出撃にあと五分程かかります」

 オペレーターの報告を聞き、ゴートがアキトに指示を出す。

「作戦は十分間、何とか敵を引きつけろ。五分間は単機だが、頑張ってくれ。検討を祈る」

 

 

 逃げ回るアキトのエステバリスをモニターで眺めながら、発進準備をするナデシコ。

「ゲート注水完了、ゲート開きます」

「機動戦艦ナデシコ、発進!!」

 水中をゆっくりと進み始める白い船体。

 そして徐徐に速度を上げながら、ゲートを進んで行った。

 

 

 その頃地上を逃げ回っていたエステバリスは確実に包囲されつつあった。

 IFSによって思った通りに動かせるとは言え、アキトには絶対的に経験が不足している。

 エステバリスのような機動兵器を操縦するのは今日が初めてだ。

 にも関わらずここまで逃げ回っていられたのは、彼の類稀な才能と言えるかもしれない。

 しかしどれほどの才能を秘めていても、磨かなければ秘められたまま。

 それが現出する事は有り得ない。

 既に機体の数箇所に被弾した個所が見られ、更にその内の幾つかは、機体にかなり深刻なダメージを与えていた。

 このままでは撃墜は時間の問題だろう。

 極度の緊張から乱れる呼吸。恐怖に震える体を騙し騙し動かす。

 モニターに映る赤や黄色のシグナルが、更に焦りを掻き立てる

「畜生、邪魔だ!!」

 進路を阻むバッタの一機にワイヤードフィストを叩き込み、爆発する寸前に他の敵機に投げつける。

 何機か誘爆に巻き込まれたようだが、それを確認する事無く、ただ機体を走らせる事に神経を集中する。

 横から撃たれたバルカンを飛び上がって躱し、何とか姿勢を制御して着地する。

 そこに打ち込まれたミサイル、辛うじて回避するも、爆風で体勢が崩れ、転倒した。

「しまった!」

 倒れたエステを狙うバッタ達の眼光が、彼に死を覚悟させた。

「―――うああぁぁぁぁ!!」

 そしてミサイルが打ち込まれ、思わず目を閉じる

 だが、いつまで経っても予想していた衝撃がやってこない事を訝しみ、恐る恐る目を開く。

 そこには、倒れたエステを護るように浮かぶ4つの球体。

≪何をしているの?さっさと海に向かって走りなさい≫

 通信が開き、紫銀の少女が言い放つ。

「え?あ、ああ、分かった」

 再び立ち上がり、海の方へ向かって走り出した。

 アキトのエステの周囲を旋回する球体。

 旋回しながら、近づいてくる無人兵器や、エステバリスを狙うミサイルにぶつかって行く。

 球体の鉄壁の防御によって、以降は危なげなく海岸まで辿り着くことが出来た。

「お、おい。海まで着たけど、これからどうするんだ?」

≪そのまま飛びなさい≫

「え!?で、でも・・・」

≪つべこべ言わずに早くして≫

「分かったよ!!どうなっても知らないからな」

 疾駆した勢いのまま、海に向けて飛ぶピンクのエステバリス。

 そのまま海面に没するかと見えたところ、その足元から浮上してくる白の船。

 

 

 海面にその巨躯を映すナデシコ。

「敵無人兵器、全て主砲の有効射程内に入ってます」

「目標、敵まとめてぜーんぶっ」

「・・・グラビティブラスト発射」

 解き放たれた重力子の奔流が、次々と無人兵器を飲み込み、圧し潰した。

「敵残存兵力ゼロ。バッタ、ジョロ共に全て殲滅しました」

「地上軍の被害は甚大なれど、戦死者は意外に少ないようです」

 オペレーター達の報告に、クルー達もようやく緊張を解いた。

「ふ〜っ。一時はどうなるかと思ったけど、何とかなったね」

「ええ。パイロットの人も無事だったみたいですしね」

「うそ、嘘よ。こんなの紛れに決まってるわ」

「凄いよアキト〜!やっぱり私の王子様だね!!」

 皆、口々に先程の戦闘を振り返る

 ―――もうちょっと緊張感が持続しないのかしら。ま、これがナデシコらしいところだけど。

 「「・・・・・・バカばっか」」

 妖精達の呟きが重なり、思わず顔を見合わせる。

 銀の少女の驚いた顔に、アルトが思わず苦笑を洩らす

 ルリも釣られたように、微かに微笑んだ。

 

 

 

 


 あとがき

 本当はIMPACTが出る前に書き上げるつもりでしたが・・・ま、予定は未定と言う事で。

 何はともあれ、ようやくナデシコ出航です。

 前回までの下準備の結果と、幾つか伏線を張りましたけど・・・・・・

 初心者ですので、『さり気なさ』の匙加減がよく分からなくて苦労しました。

 

 なお、グラジオラスの花言葉は堅固、尚武、情熱的な恋、忍び逢い、用心、用意周到です。

 堅固とか、用心、用意周到という辺りから決めました。

 それとガーランドは英語で花輪、花冠と言う意味です。

 偶々辞書を引いた時に出てきて、豊饒、勝利などの象徴と書かれていたので、採用しました。

 今回はあまり活躍しませんでしたが。

 グラビティカノンを増設したので、憧れの「左舷、弾幕薄いぞ、何やってんの!!」という台詞が使えるようになりました(笑)

 

 さて、現在MythrilはIMPACTをプレイ中です。

 主人公機アルトアイゼンを、主人公が時々アルトと呼ぶんですが、まるでうちの子の事を呼んでいるみたいで、ちょっと嬉しかったりします。

 が、そう思って聞くと、問題な台詞が幾つか。

 「機体の重さは誤魔化せんか」とか、「重いからって甘く見るなよ」など、タブーワードが(笑)

 あと、独語で『古い』って・・・。それに、いずれ新型機が出てきて、乗り換えられて捨てられてしまうんです。

 名実ともに『過去の女』になっちゃうんです(泣)

 ・・・等と、そんなバカな事を考えながらやってますので、進行が遅いです

 なので、次回の更新はかなり遅くなるかもしれません

 四月中にもう一話書けたら良いなと思ってますが

 

 >しかし・・・・アルトと志貴の戦闘パターンが重なって見えるのは私だけでしょうか(苦笑)?

 それは仕方ないですよ。アルトは非力なので、攻撃は全部急所狙いです

 急所=死に易い場所、つまり死線なんですから(笑)

 おまけに得物がナイフだし。

 ・・・そういう事にしておいて下さい(爆)

 

 

 

代理人の感想

大丈夫、アルトは捨てられません!

終盤でより重くなってパワーアップするんです!

だから何の心配も要りません・・・・・・・・・・多分(爆)

 

それはともかく横目でオムライスを伺うルリ坊がなにやら可愛かったり。(笑)

 

>憧れの「左舷弾幕薄いぞ」

その為の増設ユニットかーッ!(爆笑)

 

 

>・・・・そういう事にしておいてください(爆)

了解しました(爆)。