気がつくと私は見慣れた風景の中にいました。
懐かしい、でも存在するはずのない風景の中に。
「そんな、ここは一体...」
周りを見回す。
一段上の艦長席。
私の横にある操舵士用の席と通信士用の席...
幻なんかじゃない。
ここは・・・ここは間違いなく初代ナデシコのブリッジです。
.....
.....
.....
一体何が起こったというのでしょうか?
気持ちを落ち着けて、それから記憶を徐々に反芻(はんすう)しました。
つい先ほどまで、私はナデシコCに乗ってアキトさんを追いかけていた。
首尾よくユーチャリスを発見したものの、アキトさんは全く話を聞いてくれずそのままジャンプしようとした。
だから、私は力ずくでも逃さないようにユーチャリスにビームアンカーを打ち込んだ。
そして・・・
そうだ、ビームアンカーでユーチャリスのジャンプフィールドジェネレーターが異常作動し、ユーチャリスのランダムジャンプに巻き込まれた...
そこまで、考えた時あることに気づいた。
視点が・・・低い!?
改めて自分の両手を見てみると、それはどう見ても子供の掌だった。
まさか!
まさか!?
まさか!?!?
あわててブリッジを出るとトイレに向かいました。
そして、駆け込んだトイレの鏡に映し出されたのは...
「そんな、11歳の私...
それじゃあ、それじゃあここは過去の世界だというのですか!?」
愕然としたものの、現状を把握する方が先だと判断し、再びブリッジに駆け戻る。
そしてオペレーター席に飛び乗ると神速の速さでオモイカネにアクセスを開始する。
「オモイカネ、今日は何年の何月何日?」
[今日は2196年のXX月XX日です。](忘れちゃった(^^;)
オモイカネの答えは予想を肯定するものだった。
やはり、ここは過去の世界...
まさか、こんな事が起きるなんて!
咄嗟に、この後どのように行動すればよいのか思い付きません。
いけない、いけない、こういう時は落ち着いて対処法を考えないと。
少しの間深呼吸をして気持ちを落ち着けます。
まず、こうなってしまった原因は...
間違いなくユーチャリスのランダムジャンプですね。ボゾンジャンプはそもそも時間移動を行うものですから、過去に跳ばされたとしても不思議はありません。
火星でチューリップに突入し、地球近郊にジャンプアウトした時もいってみれば8ヶ月後の未来に跳んだようなものなのですから。
さて、それでは次に元の時代に戻る方法ですが...
どう考えても現時点では望み薄ですね。
あの時代においても、A級ジャンパーでさえ自在に時間移動なんてできませんでしたし、ましてや今の時点ではボゾンジャンプそのものが未知の世界なのですから。
A級ジャンパーのことを考えた時、私は本来なら真っ先に考え付かねばならなかった重要なことに思い至りました。
「この世界に跳ばされたのは私だけ?
もしかしたら、アキトさんも!?」
私は対処法を考えることを一時中断すると、再びIFSを作動させオモイカネにアクセスします。
「オモイカネ、データ検索!
キーワードはテンカワアキト。
ネルガルの火星にある研究所に勤務していたテンカワ夫妻の息子で、火星ユートピアコロニー在住。その後はお願い。」
[了解。データ検索開始。]
オモイカネがデータ検索を開始します。
マスターキーが抜かれているため本来の性能には及びもつきませんが、それでもそこらのマシンとは比べ物にならないスピードで検索可能なはず。
私は祈るような気持ちで検索結果を待ちます。
[検索完了。どの情報から表示しますか?]
オモイカネの反応が堅苦しいですね。まだ経験を積んでいないのですからしょうがないのですけど。
でも、それは後回し。
今はアキトさんのことです。
「テンカワアキトの現在位置はわかる?」
[テンカワアキトは現時点において消息不明です。]
消息不明ですか。こんなことになると知っていたらナデシコに乗る前に何をしていたのか
もっと詳しく聞いておくべきでした。
「それでは、検索結果の中で最新の消息を教えて。」
[了解。
テンカワアキトは木星蜥蜴による火星攻撃中にその最後の消息が確認されています。
その後の脱出シャトルにテンカワアキトが搭乗した記録はなし。
よって、テンカワアキトは火星にて死亡したものと推測されます。]
淡々とオモイカネの報告が続く。
ただし、最後の推測が間違っていることを私は知っている。
アキトさんは死んではいない。
人類初の生体ボゾンジャンプで火星から地球に跳んでいるはず。
私はオモイカネに対するアクセスを中断し、再び思考の海に沈んだ。
本来の歴史では、アキトさんはナデシコが発進する、今から一週間後に乗り込んできた。
ここが本当に過去の世界だとするとこの予定が変わることはないはず。
では、もし黒い王子としてのアキトさんが私と同じようにこの世界に跳ばされていたとしたら...
アキトさんは、私の知っているテンカワアキトは死んだといい、コンタクトを何度も拒絶した。
でも、あれは私の知っているアキトさんだった。
たとえその手が血に染まっていようとも、五感を失っていようとも間違いなくアキトさんだった。
だから、私は信じよう。
アキトさん、貴方は必ずこのナデシコに乗艦してくると。
そう結論づけると私はその日を待つことにしました。
期待と不安を共に胸の中に抱え込みながら...
...それからの一週間、私はナデシコの出港準備を淡々と進めました。
いかにナデシコには慣れているとはいえ、オモイカネはまだまだ経験が足りず、またアキトさんの乗船当日に木星蜥蜴に襲われることが分かっている以上、すこしでも多く準備しておくに越したことはないからです。
そして、なんだかんだでその日がやってきました。
さすがに私も緊張しています。何といっても、直接アキトさんと再会できるのは本当に久しぶりですから。
本来の歴史通り、プロスさんがゲートに呼び出された後、私はミナトさんに後のことをお願いして格納庫に向かいました。
あの日、アキトさんはエステバリスで出撃しました。であるならば、ゲートから必ず格納庫にくるはず...
そう考えながら歩いていた私は、突然視界に入ってきた人物に足を止めます。
アキトさん...
私の目にはしばしの間、たった一人の人間しか写りませんでした。
アキトさん...
あれほど待ち望んだアキトさんが、格納庫出入口からプロスさんと一緒に歩いてきます。
でも、あのアキトさんは果たしてどちらのアキトさんなのでしょうか。
胸に抱え込んだ期待と不安に、ここにきて私はわずかに躊躇します。
でも、あまり時間は残されていません。もうすぐ、地上で戦闘が始まります。
そう覚悟を決めた私は、二人に向かって話し掛けます。
「こんにちわ、プロスさん。」
私に声をかけられてアキトさんとプロスさんが立ち止まります。
「おや、ルリさんどうしてデッキなどにおられるのですか?」
プロスさんが不思議そうな顔をして尋ねてきます。
でも、私の視線はアキトさんに釘付けのまま。
「・・・こちらは何方ですか?」
知らず知らずのうちにそう言葉が出ていました。
懐かしい。
そんな格好をしたアキトさんを見るのは何年ぶりでしょうか...
「ああ、この方は先程このナデシコに就職された・・・」
プロスさんの説明を聞きながら、私はアキトさんの表情の変化に気づきました。
怪訝そうな顔をしています。
ひょっとして...やはり...
そう考えた私は決定的な言葉を放つことを決めました。
「こんにちわ・・・アキトさん。」
「な!!」
私の言葉にアキトさんが驚愕の表情を浮かべて凝固します。
やはり!
やはりアキトさんも過去にきていたのですね!!
それを知った私の心が歓喜で満たされます。
「おやルリさん、アキトさんとお知り合いですか?」
私達のやり取りをきいてプロスさんがそう確認してきます。
「ええ、そうなんですよプロスさん。」
私の返事には溢れんばかりの喜びが込められています。
そして、固まったままだったアキトさんも決定的な言葉を発します。
「ルリ・・・ちゃん、かい?」
「ええ、そうですよアキトさん。」
私は微笑を浮かべながら、そうアキトさんに返事を返しました。
「どうやら本当にお知り合いの様で・・・私は邪魔者みたいですからここから去りますか。
ルリさん、テンカワさんにナデシコの案内をお願いしますね。」
「はい、解りましたプロスさん。」
「・・・はて、あんなに明るい方でしたかね、ルリさんは?」
頭を捻りつつプロスさんは去って行きました。
確かに過去の私は、この時点ではまるで人形のようでしたからね。
疑問に思われるのも無理はありませんよ、プロスさん。
でも、このナデシコで私は大切なものを得ることができました。
だから、これも私です。未来のですけどね。
「・・・案内、しますかアキトさん?」
悪戯っぽく笑って・・・私はアキトさんに質問しました。
答えは分かりきっていましたけど。
「必要無いのは・・・解っているんだろ?
・・・驚いたよルリちゃん。
まさかルリちゃんまで、過去に戻ってるなんて。」
私とアキトさんの視線が絡み合う・・・
信じていました。
きっと、貴方に会えると。
「私も驚きました・・・気が付くとナデシコAのオペレーター席にいたのですから。」
そして、アキトさんに一週間前にナデシコのオペレータ席に居る事に気づいたことからの
出来事を手早く話しました。
そして私の話が終わるとアキトさんは確認するように尋ねてきました。
「・・・もう一度乗るのかいナデシコに?」
「ええ、私の大切な思い出の場所・・・
そして、アキトさんとユリカさん達に出会った場所ですから。
それにアキトさんも必ず、このナデシコに来ると信じてましたから・・・」
アキトさん...
私にとってナデシコは始まりの場所なんです。
だから...
だから、もういちど一緒に歩んで下さい。私と共に...
それこそが、この過去の世界にきた私のたったひとつの願いです...
そして、物語は始まる...
独り言
さて、本編プロローグとうまくつながったかな?(苦笑)
位置的には0.5〜1.5話になるかなあ?
今回、このような話ができた理由は...
実は特にありません(核爆)
完全に思い付きだけです(威張り)
まあ、初心に帰るという目的らしきものはあったんですけど。
あるいは壊れていないルリを見たいななんて思ったり・・・
・・・・・決して、代理人にピンク路線(←んなこといわれてない(^^;)に向かって舵をきってない?と指摘されたからではない!(核爆)
・・・
・・・・・
・・・・・・・・・
ふっ、いいのだ。
らぶらぶでほのぼのでぽえぽえものばかりでも問題な〜し。
なぜなら!
それこそが、私が蒲鉾菌に感染していないという何よりの証なのだから!(N2地雷爆)
代理人の症例報告
ピンク路線菌に関する一般論、及び症例報告ケース014「鳥井南斗」氏の場合
鳥井南斗氏が自分の嗜好について記した文章の一節を取って「ピンク路線菌(以後ピロ線菌)」と
命名されたこの菌は、発症すると患者の精神に働き掛けて
萌え萌え、べたべた、甘甘、ぽえぽえなどと言った嗜好の変化を促す。
軽症の場合はお気に入りの女性キャラやそのエピソードに対する関心に多少の増大が見られる程度であるが、
重度の症例の場合、免疫のない人間が甘さに悶え苦しんでもんどりうって月面宙返りをする位の甘さを
積極的に求める恐るべき「萌え萌えハンター」(ひゅ〜ほほほほほ)と化す。
(他の発症例の内、重度の物に関してはケース003B「コレクターホクト」氏及びその本体のものを参照の事)
また軽度の症例においては患者は自分の行動や嗜好に自信を持つことができず、
結果として自らの嗜好を隠蔽し、同じ嗜好の持ち主がいる場合にのみ活性化する事が多い。
対して重度の症例においては患者は己の嗜好について客観的な視点を持つか否かに関わらず
己の行動及び嗜好に絶対の自信を持つ。
そこまでいかなくても嗜好を明らかにしたり、嗜好に基づいた行動をとった事によって
社会からどういった反応を受けようとも嗜好そのものの正しさとは関連付けない事が多い。
(いわゆる「それはそれ、これはこれ」状態である)
これらの事からして鳥井南斗氏の症例も最早重度に分類されるべきものと言ってよい。
なおその名称にもかかわらず、ピロ線菌が活性化した場合に
十八歳以下お断りX指定ソフ倫シールつきアダルトオンリー路線にいくかどうかは
全く本人の資質次第であり、直接的にはこの菌の関与するものではないと考えられているが、
中には文字通りの「ピンク路線」に舵を切ってしまう人物もいるのは確かな事である。
この鳥井南斗氏のケースにおいてもその兆候は顕著であると言えるだろう。
ちなみにこのピロ線菌には蒲鉾菌と反発する性質があるらしく、
現在の所Actionにおいて双方を同時に発症した例は見当たらない。
人間としてどちらがまだましな状態であるかについては議論の余地もあるだろうが、
どっちにせよロクなものではないのは確かである(爆)。