Spiral/again 〜auld lang syne〜  第6話





目の前には濃緑のエステバリスがここに現れたときのまま横倒しになっていた。
別に目的があってここに来たわけではない。頭の中の大半を占めている悩みを落ち着いて考えられる場所を探し、人気の無い方へと歩くうちにたどり着いてしまったのだ。
なんとなく、もう1人の自分が乗っていたコクピットを覗く。2週間あまり放置されていたため、シートやモニターに付着した染みはすでに黒ずんでいる。




過去に行ける。
歴史を変えられるかもしれない。
死んでしまった人たちを助けられるかもしれない。
それだけじゃない、自分が殺した人たちも殺さなくてすむかもしれない。

しかし今まで一度も成功していないのだ。その結末は……自らの死。

このままここでテストパイロットをして、そして自分の犯した罪を償う方法を考えた方がいいのではないか?
だがその方法なんて思いつかない。それなら過去へ。




堂々巡りを続ける思考を抱えたままその場を離れようとしたとき、シートの下に在る備え付けのサバイバルキットにディスクが一枚貼り付けられているのが目に入った。
はがしてみるとそのディスクには“元ナデシコパイロット テンカワ・アキトへ”と書かれていた。






『君がこれを見ているという事は、俺がすでに死んでしまったという事だろう』

映像の中、“カザマ・ヒデト”が語りかけてくる。

『俺たちが遺跡を持ち出した事に君は腹を立てているかもしれない。だが、最後まで話を聞いて欲しい』

アカツキを始めとしたプロスらネルガル組。イツキ、アキトも静かにその映像に見入っていた。
自分が過去に来たテンカワ・アキトである事。自分がナデシコでしてきた事。火星の後継者と草壁。
全てイツキが先日説明した事だった。

『最後に頼みたい事がある。もし、イツキが生きていたら助けてやって欲しい。今の俺にとって一番大事な人だから…………頼む』

そこまでで突然映像がとぎれる。イツキがただ静かにはらはらと涙を流し、誰も喋ろうとしない中アカツキが尋ねてくる。

「……どうする、テンカワ君?」

イツキに目をやり、その泣き顔をしばらく見ていたアキトがゆっくりと口を開く。

「……過去に行く。アカツキ、力を貸してくれ」

「……条件次第だ」

「条件?」

「過去に行ったらやって欲しい事があるんだけど。それを約束してくれるならプレゼントと一緒に送ってやるよ」

眉をひそめるアキトの目の前で、懐から取り出したディスクをヒラヒラと振ってみせる。

「ネルガルの株を上げろって言うのか?」

「いーや、そんな即物的な事じゃない」

「なんだ?」

アカツキが悪戯っぽく笑う。

「ナデシコに乗せてほしい」

「は?」

アキトが思いっきり間抜けな顔をする。

「なんだい、ここの所のゴタゴタで耳がおかしくなったんじゃないだろう?またナデシコに乗りたいって言ってるのさ」

「ナデシコに?なんでだ?」

「端的に言うと怖いからさ」

ますますわからない。アキトだけでなく、その場にいるイネス以外の全員が疑問符を浮かべる。

「恥ずかしいのはわかるけど、それじゃ分かりにくすぎよ。私が説明しましょうか?」

「……自分でやるよ」

イネスの申し出に嫌々ながらアカツキが自分で言うことを決める。

「まあ、仮に僕がナデシコに乗らなかった場合を想像すると早いと思うけど」

「ああ、そう言うこと。じゃあ私もアキト君に同じ条件でお願いするわ」

「それでしたら、私も」

「ミスターまでそう言うのなら、自分もだ」

エリナ以下、プロスやゴートも口々に同じことを言う。それを見てアキトは途方に暮れる。

「わからないんだが……」

「ナデシコに乗らなかったら、アキト君の目の前にいるお節介なアカツキ・ナガレは存在しなくなり、白鳥さんを殺そうとした企業人アカツキ・ナガレがそのまま今でも会長を続けているだろうってことよ」

「今の自分が変わるのが怖い…いや、この場合、今の自分にならないのが怖いということか」

会社の頂点たる会長を筆頭に、会社のトップ達が企業人で在ろうとしないとは、ネルガルとはつくづく変わった連中ばかりだと月臣は思う。だが、悪くはない。
イネスの説明で得心が行き、アキトが頷いた。

「わかった。出来る限りの事はする」

「ちゃんと約束して欲しかったんだけど。まあいいか」

アカツキはそう言うと、手にしていたディスクをアキトに向け放る。

「これは?」

「ナデシコに関わって死んだ人間のリストさ。その時の状況も調べられるだけ詳しく記録してある」

「……全員助けろとでも言うのか?」

自分が生き残れるかすらわからないのだ、とてもそこまで余裕は無い。

「そんな無茶は言わないよ、君の出来る範囲でいいのさ。ただ、何も知らないでいるよりはるかに助けやすいだろうと思ってね」

「そうか……、有り難く受け取っておく」

「それと、図面も何枚か入ってる」

「図面?なんのだ」

「そいつは見てのお楽しみってね」

ニヤリと人の悪い笑みをアカツキが浮かべる。

「さて、テンカワ君も決心がついたところで。エリナ君、テンカワ君とイツキ君を連れてミスマル総司令のところに行ってくれないか」

「わかりました」

アカツキとエリナの会話について行けないアキトの耳元でイネスがささやく。

「せ・つ・め・い・しましょうか?」

「ホントしょうがないわねアキト君は」

オロオロするアキトを見てため息と共にエリナが説明を始める。

「ジャンプ実験が凍結されたのは忘れてないわよね?」

アキトは曖昧にうなずく。

〈忘れてた……〉

「総司令にお願いしてジャンプ実験を非公式でも認めてもらわないと、ユリカさんがナデシコCで止めに来るわよ」

実のところ、イツキが出現した際のボソン反応に関しても、説明をするように催促が来ている。
当事者が重傷だという事で先延ばしにしているのだ。

「俺も行こう」

「月臣さん?」

「証人は多い方が良いだろう。それと秋山ともつもる話があるからな」











以前、アキトが火星の後継者を襲撃していた頃イネスの使用していた研究室に、アカツキとイネスの姿があった。

「どうだい?」

「だいたい目処は立ったわね。少しイメージングをずらすといいみたい」

「OK。何か必要なものがあるなら言ってくれ」

「そうね…時間が欲しいわ」

到底叶えられそうにない要求にアカツキが肩をすくめてみせる。

「そりゃ無理だ」

「わかってるわよ。……でも、出来ればアキト君にはこっちでの事は全てケリをつけてから行って欲しいから」

「ルリ君の事か」

イネスが頷く。

「ユリカさんとのことがああなってしまった以上、アキト君の欲しいものを与えてあげられるとすればあの娘しかいないもの」

「本人達がそれに気づいていないのがまどろっこしいねぇ」

「特にアキト君がね……。自分がどうして欲しいのか自分自身気づいていないのが問題なのよ」

ため息と共に時間ジャンプの予備実験結果をモニター上で整理していく。

「……イツキ君ならどうかな?」

「あの娘はちょっと特殊な位置にいるから、何ともいえないのよね」

そこまで言って、キーボードを打つ手を止める。

「ホント、“馬鹿ばっか”よね」

「まったくだ」

2人の口から笑い声がでて、静かな部屋に広がっていく。











「第13独立部隊ナデシコ所属エステバリスパイロット・カザマ・イツキ少尉の帰還、並びに同カザマ・ヒデト大尉の死亡を報告致します。なお、すでに同部隊は解散しているため、僭越ながら総司令に直接ご報告させて頂きます」

車椅子に座ったままイツキが敬礼をしつつ口上を述べ、コウイチロウがそれに答礼する。

「報告ご苦労。しかしながら君とヒデト大尉には独断専行、命令無視、並びに脱走容疑がかかっている。君の身柄はこののちMPへ引き渡し、そこで軍事裁判へかけられることになるだろう」

「はっ」

イツキの返事を聞いてコウイチロウが答礼の手を下ろす。地球連合宇宙軍総司令としての顔はそこまでだった。

   であるが、アキト君、君がここにいるということは何か重大な問題があると言うことだろう?」

「そうです」

「彼女の処遇は君たちの話を聞いてからの方が良さそうだな。早速ですまんが話してくれないかね」

「まずはこちらを見ていただけるでしょうか」

エリナがディスクを取り出す。

『君がこれを見ているという事は、俺がすでに   

カザマ・ヒデトのメッセージを再生する。今度はイツキも泣くことなく最後まで顔を上げたまま見入っていた。
そしてイツキ自身による説明。全てが終わる頃には本日こなすはずだった総司令とムネタケ参謀長、秋山参謀の予定は全てお流れになっていた。

長い話し合いの後、眉根をもみほぐしつつコウイチロウはアキトに声をかける。

「アキト君は過去に行くつもりかね?」

「そのつもりです」

「帰ってこれないのだろう?」

「行きます」

「死ぬかもしれないのにかね?」

「……それでも」

多少ためらいを見せつつも決意を変えないアキトに、コウイチロウもそれ以上問いつめようとしなかった。

「そうか……。わかった、ユリカには君の邪魔をしないよう伝えよう」

「ありがとうございます、コウイチロウ小父さん」

「イツキ少尉に関してはいいように取り計らおう」

「ありがとうございます総司令。アキト君、先に出ているわよ」

言外に目で訴えるコウイチロウにエリナが気を利かせ、月臣が押すイツキの車椅子と共に出て行く。
ドアが閉まるとコウイチロウは椅子から立ち上がり、アキトの前まで来てその両肩へ手を置く。

「出来るならユリカやルリ君達と一緒に穏やかに暮らして欲しかったが  。君に何もしてやれない私のことを許してくれ」

そこまで言うと先程のイツキへの鷹揚な答礼とは異なるキリッとした動作でアキトへ敬礼する。

「私にはこんなことしかできないが……君の行く道に幸あらんことを祈る」

その後ろでムネタケと秋山が同じように敬礼をする中、アキトはただ深々と頭を下げコウイチロウの執務室を出て行った。
ドアが閉まっても3人は敬礼の手を挙げたままだった。
ムネタケがやるせない口調で呟く。

「不憫な青年ですな。彼の人生、ただただ不幸としか思えません」

「月臣が言っておりました。彼は不幸かもしれない、しかし彼のことをうらやましく思うと」

秋山の言葉に2人が振り向く。

「不幸のさなかにあって、彼は常に多くの人に支えられ、皆が彼の幸せを願っている。それがうらやましいと」

「……我々が彼に出来ることはそれぐらいしかないのだな」

疲れたようなコウイチロウの言葉が、夕闇に包まれつつある部屋の中に寂しげな響きを残していった。











「秘書課のエリナ・キンジョウ・ウォンに会わせてください」

カウンターの向こうから声をかけられ、受付嬢が顔を上げる。見ると、中学生になるかならないかぐらいの女の子が自分を見上げている。
馬鹿馬鹿しくも思いつつ、お決まりの言葉を返してやる。

「アポイントメントはお有りですか?」

「……ありません」

それはそうだ。何かと忙しいエリナ女史が、こんなピンクに髪を染めた変な女の子なんかに会うはずがない。

「お約束をしてらっしゃらなければお会いになることはできませんのでお引き取りください」

しばらく考え込んだ後、女の子が口を開く。

「それなら、エリナママとアキトパパにラピスが会いに来たと取り次いでもらえませんか?」

「はい?」

今、この子はなんと言ったの?エリナママとアキトパパ?
ママ?パパ?
……この子は…娘?
こんな大きな子が?
あこがれのお姉様に?

「……少々お待ちください」

ノロノロと内線で秘書課へ呼び出しをかける。電話が乱暴に切られたと思いきや、1分とかからずにネルガル1のやりて女秘書が受付嬢の前に現れる。
女の子を脇に抱え走り去る直前、他言無用という言葉をエリナは残していったが、件の受付嬢は茫然自失の体で聞いてはいなかった。





「なに考えてんの!!」

「エリナさんがやってたことを応用しただけです」

「ぐ!」

ぐうの音も出ないとはこのことか。ラピスの言葉にエリナもそれ以上文句を言えなくなった。なにせお手本と称してアキトを困らせる方法をラピスの目の前で実践したのはエリナ本人だからだ。
どこかルリちゃんに似てきたと思いつつ、用件を聞く。

「今日はなにしに来たの?」

「昨日電話したら、アキトは忙しいから会えないって言ってました。アキトは…………」

そこまで言って言葉を切る。続きの言葉がなかなか出てこないのをエリナがいぶかしく思い始めたとき、ラピスがエリナをまっすぐ見ながら尋ねる。

「アキトはなにをしているんです?」

「なにって……テストパイロットの仕事を  

「うそです」

「そ、そんなことないわよ」

ラピスがは強い口調で否定してくる。対するエリナの目が泳いでしまう。

「アキトは何かおかしかったんです。変に優しかったり、上の空だったり」

「そりゃあ忙しいから  

「嘘をつくのはアキトものすごく下手です」

ごまかそうとしたエリナの言葉を鋭く切って捨てる。それは確かに否定しようのない事実だった。

「アキトはなにをしているんです?」

「なにって……」

「アキトはなにをしようとしているんです?」

自分を見つめる黄金色の瞳に、エリナは完全に飲まれていた。











「あっははー、気持ちいいー」

ホテルのベッドに倒れ込み、ミナトはアルコールでハイになった高揚感のまま声を上げる。

「飲み過ぎだミナト」

「いいじゃない、たま〜になんだからぁ」

ここまでミナトを抱えてきたゴートが、はだけた胸元を見ないように顔を背ける。
わざわざミナトに呼び出されたあげく、ホテルのバーでは常日頃の愚痴をひたすら聞かされていたため、ゴート自身はそれほど飲んでいない。

「もうちょっと付き合ってよ」

「これ以上、愚痴を聞かされるならお断りだ」

かつては恋人だったが、今は監視兼保護対象である。つまらないストレス解消に付き合ういわれはない。

「じゃあ、ナデシコに乗っていた頃の話ならいい?」

「そうではなくてだな」

どうにも酔っぱらいの相手は骨が折れる。相手が女性ならなおさらだ。

「最初はさぁ、ミスターってルリルリのことホシノって呼び捨てにしてたわよね」

「そうだな」

「そのうちルリって名前の方を呼び捨てにして、いつの間にかルリ君って君付け」

「ああ」

「なんで?艦長やプロスさんは別にして、他の人のことみーんな名字で呼び捨てにしてたじゃない」

何かおかしいと思いつつゴートは律儀に答える。

「まあ、彼女は優秀なオペレーターだったからな」

「ホントに〜?」

「他に何がある?」

上気して艶っぽい顔が目の前にある。その口元が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「もしかしてロ・リ・コ・ンかな〜って」

「馬鹿を言うな」

「でもぉ、ルリルリのこと嫌いじゃないわよねぇ?」

「……まあな」

かすかに頬を赤らめつつ、顔を背けながらゴートが答える。

「じゃあ、ルリルリが泣いているのは本意じゃないでしょ?」

「!?」

それまでの艶のある甘いミナトの声が一転して鋭い声音に変わる。振り向いたゴートの目に真摯なまなざしで自分を見つめるミナトがうつった。

「お願い。ルリルリをアキト君に逢わせて」

「……」

「あの娘このままじゃ駄目なの。だから…」

これまでこんなに必死なミナトをみた覚えはなかった。
しかし、アキトのとる道はすでに決まっている。ゴート本人としては納得できることではないのだが、会長自ら音頭をとっている以上、給料をもらっている立場ゆえ面と向かって反対もしづらい。

「テンカワと艦長を除けば、おまえが一番親しいだろう。ルリ君はおまえが慰めてやってくれ」

「……」

「テンカワはやることがある。おそらくルリ君と会うことはもはやあるまい」

ゴートの言葉を黙って聞いていたミナトがポツリと小さな声でつぶやく。

「……駄目なの」

「なに?」

「あたしじゃ駄目なの」

ゴートの記憶にある限り、ミナトが弱音を吐くことは無かったはずだった。少なくとも自分に見せたことはない。

「ルリルリが本当に心を開いているのはアキト君だけなの」

「そんなことはないだろう」

シーツをきつく握りしめ、ミナトが髪を振り乱しゴートの言葉を否定するように頭を振る。その激しい動きに見かねたゴートが肩に手を伸ばす。

「ミナト」

「駄目なのよ!あなたも見たはずよ、最後にアキト君がルリルリに会ったときルリルリが怒っていたのを!!」

墓地で北辰を撃退した後、自分の命とも言えるラーメンのレシピを渡すアキトに対して、声を張り上げてルリは怒りをあらわにしていた。
それまでルリが怒るときは静かに、冷ややかな態度をとるものばかりと思っていたミナトにとって、それは目を疑うような出来事だった。

ほんのしばらくなりとも一緒に暮らしたことのあるミナトにも見せたことの無かったルリの顔。

ルリの姉であり、ルリにとって一番近い存在であったことを自他共に認めるミナトには、ルリが自分に見せなかった一面をアキトにあっさりと見せたことが少なからずショックだった。

「あたしじゃなかったの、ルリルリが一番心を開いているのは」

ぽろぽろとこぼすそれは悲しみの涙なのだろうか、それとも悔し涙なのだろうか。

「あたしが慰めても駄目なの……。だから教えて、アキト君の居場所」

「……だめだ」

涙ながらに訴えるミナトを黙ってみていたゴートが眉間にしわを寄せつつ拒否の言葉を告げる。

「テンカワはやることがある。それが成功したらルリ君も   

ベッドから降り、ゴートの目の前にミナトが立つ。
自分のブラウスに手をかけると一気に脱ぎ捨て、タイトスカートのホックをはずし足下に落とすとゴートの胸板に手を伸ばしすがるように寄り添う。

「ミナト!」

「あたしのこと、好きにしていいから…だからお願い……」

ささやく声にもゴートはただミナトを見下ろすだけだった。
ミナトがホテルのバーに呼び出して、あらかじめホテルに一室用意していたのは最初からこのつもりだったのだと今更ながらゴートが気づく。

「あたしにはもうこんな事しか……」

ゴートがその大きな手でミナトを自分の体から引きはがす。

「服を着ろ」

「え?」

そのまま部屋の出口へと向かうゴート。
今の言葉の意味がミナトにもわかった。駄目だったのだ。ルリのためになにもできない自分が恨めしく、ミナトはその場に座り込んだ。
ドアノブに手をかけたところでゴートが立ち止まる。

「72時間後だ」

「え……」

唐突にゴートがしゃべり出す。

「月の秘匿ドックでテンカワのジャンプ実験が行われる。それを逃せばテンカワに会うことはもはやできない」

「あ…」

それだけを言い残しゴートは出て行った。

「ありがとう」

聞こえないとわかっていても、不器用な優しさしか持たないかつての恋人に感謝の言葉を贈る。
脱ぎ散らかした服を身に纏うとミナトはホテルを後にした。
72時間後。確かにそう言った。地球から月へ行くのに何時間かかる?どうやって行く?いや、今は一刻も早くこのことをルリに伝える必要があった。
焦燥感に駆り立てられ、ミナトは深夜の街を走りだした。











アキトが帰ることのない旅に出ることだけは、今日エリナを“いぢめて”聞き出せた。あとはそれがいつ、どこから出発するのかという問題がある。これだけはラピスがどんなにがんばっても、エリナは頑として教えてくれようとはしなかった。
明日の朝にでもミナトさんと相談しようと思い、ラピスも布団をかぶる。
そのラピスの目の前には猫のように丸くなって眠るルリがいる。その眠りが浅いのをラピスは知っていた。
どんな夢を見ているのか、今夜もいつものように泣きながらラピスの手を握りしめたままルリは眠る。




ユリカとルリの元へ来て、自分が幸せであること、幸せだったことをラピスは初めて実感できた。
確かに自分はクローンとして生を受けたかもしれない。それは将来オモイカネ級AIを搭載した艦艇が就航したとき、そのオペレーターとして“使用”されるためだった。
同じ目的で“製造”された7人の兄弟で、生きて生育カプセルを出ることができたのは2人だけ。残りの5人はあのとき北辰に殺された。もしかしたら、あのとき自分も死んでいたかもしれない。
そして北辰に捕まった後、すぐにネルガルに救出された。そのネルガルで会ったのは優しい人たちばかりだ。
フクベやエリナだけでなく、月臣やゴートもそうだった。
自分の知らない喜びや楽しみ、生きるつらさや厳しさも1つずつ教えてくれたのだ。


そしてアキト。アキトが教えてくれたのは怒りと悲しみ。


アキトはいつも怒っていた。草壁や北辰らの火星の後継者に。自分やユリカに優しくない世界に。これまでたどった自分の人生に。なにより何もできない自分に。
怒りながらずっと泣いていた。夢が叶えられなくなったことを。自分が殺した人たちのことを。ユリカのそばにいられないことを。ルリを悲しませていることを。


アキトが怒りと悲しみを教えてくれたから、同情や自己満足ではない本当の優しさを知ることができた。だから、それを気付かせてくれた皆に出会えた自分は幸せだったのだ。単なるコンピューターのパーツではなく、人間となることができたのだから。

ミスマル家に来てから会う元ナデシコクルーもみな無茶苦茶に見えて、そのじつ優しい人たちばかりなのもわかった。それは素晴らしい事なのだということをラピスは知っている。そういう人たちの中で生活している。だから自分は幸せであると実感できるのだ。




なら、自分と共に暮らしているルリはどうか?




とても幸せそうには見えない。一歩家を出れば美辞麗句で飾り立てた賞賛の言葉とそれに相反する根も葉もない誹謗中傷にさらされ、それから逃れる場所も庇ってくれる人もここには存在していないのだ。
ルリはアキトと一緒にいない限り、幸せにはなれない。
それがラピスの結論であり、皆に幸せにしてもらった自分が姉を幸せにすること、それが皆への恩返しだと信じている。

「……絶対にアキトと会わせてあげます」

そう呟く。それはラピスの誓いだった。






明け方、階下でかすかに騒ぎ立てる音が聞こえ、ラピスは目を覚ました。電話はルリを起こさないように夜間はいつも電源を切っているから誰か来たのだろう。うつらうつらとしながら布団の中で考えていると、階段を駆け上がり廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。

「ルリルリ!起きてちょうだい!」

ノックも無しに部屋に飛び込んできたミナトが最初に発した言葉だった。

「ミナトさん?ちょうどよかったです。今日連絡しようと思って…」

「ラピスちゃんも用意して、月へ行くわよ!」

部屋に駆け込んだ勢いのまま、ラピスの言葉途中でミナトは捲し立てる。

「月…ですか?それよりアキトのことエリナさんから少しだけ聞き出せたんですけど」

「72時間後に  ああもう朝なんだからそうじゃないわね」

ベッドの上にいるルリとラピスの目の前で頭をかきむしり、ミナトはルリへ告げる。

「とにかく、月へ行くの!アキト君に会える最後のチャンスらしいの!」

「どうして月なんです?」

「月に秘匿ドックっていうのがあるんでしょ?」

「え?なんでミナトさんが知って  

「そこでジャンプ実験をするって」

あそこを知っているのはネルガル内でも限られている。一応一般人であるミナトが知るはずがないのにとラピスが思ったとき、ルリが声をあげた。

「行きます」

「ルリ?」

瞳に強い光を宿し、ルリがベッドから降り立つ。それはラピスが初めて見る姿だった。

「アキトさんに会えるんならどこへだって行きます」

「わかったわ、今からシャトルを予約して……」

「ナデシコです」

ルリはミナトの言葉を遮り、パジャマを脱ぎ出す。

「ナデシコ…」

「ナデシコで行きます」

「ラピスちゃんも着替えて」

ミナトに促され、ラピスは自分の部屋へかけもどる。とにかくミナトが自分のつかめなかった事を知っているらしい。となれば、ルリをアキトに会わせることができる。

「アキトの馬鹿。絶対ルリに会わせるから」











ユリカはドック内でナデシコCを目の前にしながら補給物資について打ち合わせをしていた。そこへ騒々しい足音と共にリョーコが駆け込んでくる。

「ユリカ!」

勤務中、特に他の人間がいる時は“ミスマル指令”“スバル大尉”と呼び合うのが二人の間で暗黙の了解になっていた。それなのにこれはいただけない。

「スバル大尉、発言に気を  

「それどころじゃねぇ!!」

両肩をガシッと捕まれる。

「ミナトとラピスが…アキトがいなくなっちまうって言うんだ!」

ユリカの目の前に最後に見たアキトの顔が浮かぶ。それも一瞬だった。もうアキトとは会わないと決めていたから。

「なんだか知らねえけど、二度と帰ってこねぇっていうんだ!」

「そう」

「おい!?」

あまりに反応の薄いユリカにリョーコは慌てる。

「そっか、帰ってこれないんだ」

「なに言って  

「知ってたよ」

「あ?」

ユリカは何を言っているのか?半ば頭に血の上ったリョーコが理解するのに時間がかかった。

「お父様が教えてくれたの、アキトが特別なボソンジャンプをするんだって。だからその邪魔をしないようにナデシコCは動かすなって」

「知ってたって…動かすなって……なんだよそりゃ!?」

「そのまんまだよリョーコちゃん。命令がある以上私たちは動く必要はないし、あたしとアキトはもう終わったの。だから……」

ふざけてる。それがリョーコの頭の中で最初に形をなした言葉だった。ユリカの口から出てくる言葉はふざけた寝言にしか思えない。
アキトと最後に会って以来、以前以上にわざと忙しく振る舞っていることをリョーコは知っている。夜ごとうなされ、その眠りが浅いままであることもだ。

「それで…良いと思ってんのかよ?」

「思っ…てるよ」

「本当に良いのかよ!」

ユリカの両肩をつかんだ手に無意識のうちに力がこもる。

「おめえがアキトのことを一番好きで、あいつもユリカのことが一番好きで、だから結婚したんじゃねえのかよ!!」

自分を見ようとせず視線をそらしたままのユリカに腹が立ち、その手に持っていたボードをはたき飛ばす。

「アキトのことどう思ってるんだよ!!」

「…あたしはアキトのそばにいる資格なんて無いから」

「資格だとかそんなことは聞いてねぇ!おまえがアキトのことをどう思ってるかって言ってんだよ!アキトと一緒にいたくないのかよ!?」

ユリカの頬を両手ではさみ自分に向けさせると、こぼれ落ちる一歩手前まで涙をためた両目が自分を見返してくる。

「あたし……」

「おう」

「あたしは…………アキトのためにお父様はなにもするなって」

この期に及んでまだ自分を押さえているユリカをみかねて、リョーコが軽く突き飛ばす。
バランスを取り損ねユリカが尻餅をついた。

「は!軍の命令なんか糞っ喰らえだ!俺たちゃ何に乗ってんだ!?」

「なにってナデシコに…」

目の前には船体に描かれたナデシコのマークがある。それを握りしめた手の甲でたたきながらリョーコはユリカを見下ろしつつ言う。

「そうだよ、ナデシコだよ。連合宇宙軍に喧嘩売ってビッグバリヤぶち破った艦長は誰だよ?ネルガル会長コケにして遺跡を壊そうって言ったのはどいつだ?命令無視なんざいつものことだ」

「リョーコちゃん…」

連合宇宙軍の略字が記入され型式番号も異なるとはいえ、最初のナデシコから変わらず撫子の花びらをかたどったマークがそこにはあった。

「ユリカに約束したからな、アキトのところに連れてってやるって。アキトの奴をとっ捕まえてやるってな」

「あたし……」


エステで戦っていたアキト。ホウメイの下で下積みをしていたアキト。長屋で小さな卓袱台越しにご飯をよそってくれた。暑い夏の日も、北風吹きすさぶ冬の日も屋台を引いて。

『す、するぞ、結婚』

ラーメン勝負。結婚式。そして新婚旅行。

目覚めたときそこにアキトはいなかった。

『…さようなら……ユリカ』


「行こうぜ!」

リョーコが右手を差し出す。おずおずとその手をユリカがつかむ。

「あたし、アキトに……アキトに会いたい!」

リョーコがユリカを引っ張り上げる。

「そうこなくっちゃな!行くぞ!!」

「ウン!!」

ユリカとリョーコは駆け出した。




ブリッジにはいるとそこにはすでに出航準備を終えたブリッジスタッフが勢揃いしていた。

「ルリちゃん…」

「ユリカさん、準備終わってます」

はた目にもわかるやつれた顔。しかし先日まであった弱々しい雰囲気を微塵も感じさせない声でルリが報告する。
それを聞き、ユリカが頷く。

「うん、行こうルリちゃん、アキトを連れ戻しに!!」

「ハイ!」











CCでできた床と周囲の8枚の板が中央にたつアキトの乗るエステバリスを取り囲んでいる。先日まで使っていたエステ・カスタム・テンカワSpl.ではなく、ネルガルの工場奥に眠っていた初期型の0G戦用エステだった。
時間ジャンプにB級ジャンパーが耐えられるかどうかはっきりしない以上、アキト一人で行くしかない。
となれば、最新鋭機と共にジャンプしても、アキトが整備できないようなものだったらすぐに使えなくなるだけである。どのみち換えのパーツが手に入らないということと、イネスが未来の技術を過去に持ち込む危険性を指摘したというのもある。
かといって体1つでジャンプするのはいささか心許ないということで、このエステが用意されたのだった。その背中にも両手にもバッテリーパックとコンテナを抱えたその姿は、引っ越しをするようにも夜逃げをするようにも見えどこか滑稽だった。

コクピットでコンソールに明かりが灯り、アキトのかぶるヘルメットのシールドに映り込むのがコミュニケのウィンドウ越しに見えた。

「ジャンプシークエンス・スタート」

エリナの声と共に2つ並んだウィンドウのうち、アキトを映すのと別のウィンドウでイネスの顔にナノマシンの筋が浮かび上がるのが見えた。
十数秒後それが収まると、別ウィンドウのタイマーが5分からカウントダウンを始める。

「アキト君、これでもう止められないわよ」

『わかっている。みんないろいろありがとう」

「馬鹿。何人もいい女を泣かせて行くんだから、失敗したら承知しないわよ」

『そうだな』

どう承知しないのか分からないが、エリナらしい言葉にアキトの顔に苦笑が浮かぶ。
それもすぐに消え、不安げな声を出す。

『その…本当につくるのか?』

「保険よ、保険。もしもこの時間がこのまま続いたときの」

『………』

エリナの答えを聞いたアキトが声だけでなく表情も心なし不安気にする。

「今更やめるなんて言ったら許さないわよ」

『わかった』

エリナが凄み、観念したようにアキトが頷く。

「テンカワさん、私のことお願いします」

『わかっているよイツキちゃん。必ず助ける』

気を取り直したようにしっかりとした声で言うアキトの宣言に、イツキが安心したのか花のような笑みを見せる。

「テンカワ君、約束忘れないでくれよ」

『ああ、ナデシコには嫌だといっても乗せてやる』

「そいつはありがたい」

二人して笑いあう。次にアキトが会うアカツキは顔の同じ別人だ。

出し抜けにドック内に警報が鳴り響く。

「なに?まさかジャンプに問題があるの!?」

『違うわ。ジャンプシークエンスは正常に進んでいる』

手元の表示をチェックしていたイネスがエリナの疑問に答える。
突然、すべてのウィンドウがブラックアウトし、オモイカネとルリのマークに置き換わる。

『こちらは特設ナデシコ部隊所属、機動戦艦ナデシコCです。ジャンプ実験は全面禁止されています。直ちに実験を中止、その場にいる全員の身柄を拘束します』

ユリカの声がドック内、オペレーションルームを問わず、月面施設内に大音声で轟く。

『ユリカ!?』

「ちょっと!何であなたが邪魔をするの!?」

『アキト!待っててね、今そこに行くから』

『なに!?』

エリナの声を無視し、ウィンドウに出てきたユリカが言いたいことだけを言い通信を切ってしまう。

「この前ナデシコCにステルス機能を装備したんだけど、今回はそれが裏目に出たみたいだねえ?」

「うーむ、改修は先延ばしにしておけばよかったですかな」

どうにも緊張感に欠ける口調で会話を交わすアカツキとプロスペクター。

『ジャンプができなくなるぞ!』

『大丈夫よ、ここのコンピューターすべてが停止してもこのジャンプシークエンスは止まらないから』

「そういうこと。ユリカ君たちが乗り込んでくる頃には君はすでに跳んでいるわけだ」

慌てるアキトと比べて、イネスもアカツキも余裕綽々といった態度だ。

「まずいぞ!」

「テンカワさん!」

月臣とイツキの声に全員が振り返り見守る中、2体のアルストロメリアがアキトの乗るエステの左右にジャンプしてくる。

「しまった、ここまで強引な手を取るか!」

「イツキさん!?」

エリナの呼び声に返事をせず、イツキはドックの片隅のおかれているアキトの使っていたエステバリス・カスタムへ向かい走り出した。






『よーし、アキト!おとなしく捕まりやがれ!!』

『うちの艦長をあんだけ泣かせたんだ、責任はとってもらいますよ』

2体のアルストロメリアがアキトの乗るエステの両腕をそれぞれ掴み、リョーコと三郎太がコミュニケを開く。

「まずい、二人とも離れろ!」

『諦め悪ぃぜ、おめえはよ。素直に帰ってこいってんだ』

「これはただのジャンプじゃないんだ!」

『艦長の親衛隊もそうとうおかんむりでね、覚悟した方がいいっすよ?』

すでにジャンプは止められない。エステを中心としたこのフィールドにいては2人も巻き込んでしまうのだ。
焦るアキトの気も知らずに2人のパイロットは悠然とした顔でいる。

『おーっと、その前にユリカに言うことあるだろ?』

『アキト!』

リョーコのコミュニケウィンドウにパイロットスーツ姿のユリカが顔を見せる。

「ユリカ!ここにいるのか!?」

『あたし、アキトと一緒にいる資格無いかもしれない。けど、やっぱりアキトと一緒にいたいよ』

「……」

『アキトと一緒に暮らしてどうなるか想像できない…でも、アキトがいないのは寂しいの』

涙目になりながら訴えるユリカにアキトも息をのむ。だがその顔に泣きながらディスクの映像を見ていたイツキの顔を思いだし、自分がやることも思い出す。

「おまえも言っていただろ?罪滅ぼしをするのかって。俺はそのためにジャンプするんだ。だから邪魔をしないでくれ」

『そんなのきっとあたしやルリちゃんと一緒に暮らしていてもできるよ』

「……ユリカ…違うんだ」

何が違うのか自分でも解らないままそう呟き首を振る。

『まってて、今そっちに行くから』

「ユリカ……」






イツキはコクピットに乗り込み、エステ・カスタムを起動させた。まだ少し脇腹は痛いが大したことはない。
IFSの付いた右手をコンソールにおくとぎこちない動きでエステが動き出す。

「テンカワさんは…」

ジャンプフィールドを見ると、一体のアルストロメリアがエステの緊急解放レバーに手を伸ばし、コクピットハッチを開こうとするところだった。
イツキはローラーダッシュを使おうとしたが、それがないことに初めて気付いた。

「!」

ならばスラスターでと思ったとき、ドック内の照明がすべて落とされる。非常灯もつかない真っ暗闇の中、ジャンプフィールドに使われているCCでできた床と周囲の板がほのかに光を放ち始め、その中心にたつ3体の機体を浮かび上がらせるのが目に入る。
慌てたイツキは背中の重力波スラスターをフルスロットルにいれた。途端、イツキの想像以上のスピードでエステ・カスタムが飛び出す。
先日まで使っていた旧型エステとは桁違いの加速に歯を食いしばって耐えながら、アルストロメリアに目標を定めイツキはエステを突っ込ませていった。






アキトは掴まれたエステの両腕をふりほどこうと身じろぎをするが、ぶら下げたバッテリーとコンテナが邪魔をする。

「やめるんだユリカ!」

聞いてはいないと思いつつそう叫んだときコクピットハッチが強制開放され、シートがコンソールごと押し出される。同時に照明が完全に落とされ、アキトは一瞬真っ暗闇の中に放り出されてしまった。

「なんで   !?」

ハッチを閉じるためスイッチに手を伸ばしたところで、横合いから誰かの体がぶつかってきた。その拍子にアキトの手がスイッチに触れ、しがみつく体と共にエステのハッチが閉じられる。

「アキト、アキト、アキト、……」

小さく何度もささやきながらナノスキンでできた薄いパイロットスーツ越しに2つの柔らかなふくらみをアキトの体に押しつけ、アキトの首に手を回し縋りついてくる体。
その腕が震えていることがわかったとき、彼女がどれほど自分を欲していたか痛い程伝わってきてしまった。

「ゴメン……」

謝りつつ、アキトはその体をしっかりと抱きしめていた。






『うわっ!!』「なんだ!?」

照明が落とされた数秒後、2体のアルストロメリアはイツキの操縦するエステバリスの体当たりを受け、エステごともつれ合ってフィールドの外に押し出されてしまった。
2機に開いたコミュニケでイツキが叫ぶ。

『テンカワさんの邪魔はさせません!』

「イツキ!おめぇ生きてたのか!?」

想像もしていなかった人間の登場にリョーコが愕然とする。
その隙に、イツキは立て続けに2機のアルストロメリアの頭部をナックルガードをまとった両腕で粉砕する。

『テンカワさんはやく!!』

「邪魔すんなイツキ!アキトはユリカのところに帰ってこないといけねぇんだ!!」

『あなたこそ邪魔をしないでください!』

「邪魔してんのはお前ぇだろうが!」

外部モニターが死んでしまったため周囲の様子がわからないまま、リョーコは機体を何とか立ち上がらせる。
しかし、動くことができたのはそこまでだった。エラー表示と共に制御コンピューターがフリーズする。

「くっそ!」

目の前のコンソールを殴りつけるがもはや手遅れだった。






イツキの目の前でジャンプフィールドが光を増していく。その中央に立つエステバリスのディストーションフィールドもくっきりと浮かびあがり、機体がぶれて何重にも見え始めた。
その光景をまばたきもせず見つめながらイツキは泣いていた。

「さようならテンカワさん。あなたにすてきな未来が訪れますように」

光があふれる。直視することもできない輝きに目を瞑り、イツキはささやく。

「さようなら兄さん。たったひとりの私の大事な人……」






第6話−了


最初から逆行は決定していましたがようやく逆行です。

副題「auld lang syne」は「過ぎ去りし懐かしき日々、楽しかった昔」の意。




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代理人の感想

うし、ナイス!

ユリカだったらボソンジャンプで直接コクピットの中に飛び込むかとも思いましたが、さすがに違いましたか。

しかし今回、ドタバタ加減が何とはなしにナデシコっぽくてよかったかなと。

緊迫したシーンだと思うんですけど思わず笑みをこぼしつつ読んでしまいました。

 

・・・ところで「作る」って何のことでしょうね?w