Spiral/again 〜auld lang syne〜  第10話



※今回は途中の数行にグロもしくはそれに準ずるモノが含まれています。苦手な方は「陣笠の男」がでてきた段落を読み飛ばしてください。





「単刀直入に言おう。君の目的は何だ?」

武装したシークレット・サービス6人。
ほんのしばしの間SSに身を置いていたカノープスにとって、手の内をよく判っているとはいえ、彼らを同時に相手するのは無理だった。

「あんたを死なせたくない」

「聞きたいのは私を助けてどうするかだ」

「……」

「私を利用するためか?」

彼の言うことは当たらずとも遠からずではある。トモナガには助けたユートピアコロニーの避難民を保護してもらいたかった。そのための才能、人脈を持ち、悪意を持って彼らを利用しないだろう人物とアカツキが評していたからだ。必要なら遺跡中枢ユニットの管理を任せることをカノープスは考えてもいる。

「これでもあんたを信用しているんだがな」

「答えになってないぞ!」

からかわれていると思ったのだろう、トモナガが叫ぶ。

「力ずくでも君を尋問させてもらう!」

合図と共にSSが動き出す。
身につけている飛び道具はショルダーホルスターにオートマティックが一丁のみ。この状態でサブマシンガンを相手取るのは無理がある。
とはいえ、無為に捕まるわけにはいかないと右手が動いたところでSSの1人が警告してきた。

「懐の拳銃を使う前に蜂の巣になるぞ」

伊達にSSはやっていないようだ。カノープスの動きが止まる。

「ゆっくり抜いて、こっちによこせ」

短機関銃を構えながら一定の距離で立ち止まり指示してくる。
指示通りゆっくりと拳銃を取り出すと眼前に掲げる。相手によく見えるようにリリースボタンを押し、マガジンを引きずり出した。

「おい、よけいなことをするな!」

「冗談じゃない、弾が入ったままであんたの方へ放り投げろとでも言うのか?暴発してもいいのならそうしてやる」

カノープスの言葉にSSが苦虫を噛み潰したように口元をゆがめる。

「なら予備も一緒によこせ」

「わかった」

ポケットの予備マガジンを引っ張り出し、一緒にそのSSへ向かって放り投げてやった。弧を描きゆっくりとSSの方へ2本の弾倉が飛んでいく。
手を伸ばしたSSがそれを掴む前に、カノープスが動いた。

SSとトモナガ越しに、チャンバーに残った1発をサーチライトめがけ発射する。
ねらい過たず弾丸が命中すると、ガラスの割れる音とスパークを残しカノープスを照らす明かりが消え、ドック内は暗闇に包まれてしまった。
射撃と同時に体を捻りつつ背後に倒れ込み、床にうつぶせになったカノープスの頭上をゴム弾がうなりをあげて通り過ぎる。

「撃つな!」

「灯りをつけろ!」

口々に叫ぶSSを尻目に、ゴーグルの暗視機能を利用したカノープスが入り口近くのコンテナの影に滑り込む。
頭上のキャットウォークを走る2人分の足音が下に降りるはしごを伝わる音に変わる。
その間にカノープスは壁際に備え付けられた消火栓の横にあるボックスを開き、中から消火活動に用いる斧を取り出した。
斧を片手にコンテナの上に登ると、奥にいるSSが大きなレバーに手を伸ばすのが見えた。素早く視線を走らせると、それからのびる配線が天井の照明につながっているのがわかる。
SSがレバーを持ち上げると同時に配線めがけ斧を勢いよく投げつけた。うなりをあげて斧が飛び、配線を断ち切る。
そのため、点灯しかけた照明は再び消えてしまった。

照明が使えなくなったことにSSが騒いでいる間に、もう一度コンテナの影に入り込んだカノープスは武器になるものを探す。
大型のコンテナだと思ったものは工具ボックスだったらしい。中には大小様々な工具がひしめき合っている。

「クソッ!」

まさかスパナやドライバーでサブマシンガンに対抗するわけにも行かず、悪態を付いたカノープスは銃のようなグリップを手探りで探し当てた。
引っ張り出してみるとそれは銃ではなく、リベットを打ち込む工具だった。同じ引き出しに大量のリベットが入っている。
リベット打ち機とリベットを見比べた後、リベットをつまみ上げたカノープスは悪戯っぽく笑った。








トモナガの側には日本刀を持ったSS2人が立ち、周囲を油断無く警戒していた。6人のSSは暗視ゴーグルを装備している。カノープスの使う旧型でなく、最新式の軍用装備だ。
少し離れたところにサブマシンガンを構えた2人。その2人の視線の先、ゴム銃を構えた2人がカノープスを燻り出そうとコンテナや資材の隙間に入ろうとしていた。




1人のSSが山積みになった資材の角を曲がったところ、他のSSから死角になる位置に足を踏み入れた瞬間、真横から影が躍り出る。
瞬時にゴム銃を手放し、素手で組み合う。左右の連打、左の膝蹴り、右の回し蹴り。放ったすべての攻撃がやんわりと受け流される。
相手のストレートとフックが襲いかかってくるが、こちらのガードを破る程の威力はない。その攻撃をがっしりと受け止め、押し返す。敵がバランスをくずし、上体が泳いだところに渾身の力を込めて右正拳を打ち込む。
必殺の突き   のはずだった。
敵はそのまま仰け反り拳をかわすと、右腕を絡め取ったと同時に捻りあげる。しまったと思った直後、彼は宙を回転し頭から床に落とされていた。




身動きできぬよう床に大の字に固定したSSのポケットを探りカノープスは武器を探す。
予備のゴム弾3発、コンバットナイフ一振り。

「悪いが少し借りるぞ」

そう声をかけ、素早く移動する。

「タカギ!どうした!?」

もう1人のゴム銃をかかえたSSが声をあげている。カノープスは気付かれぬよう回り込んだ。
相棒の安否が不明になり、なかば恐慌状態に陥っていた男はカノープスの投げたナイフをかわすそぶりも見せなかった。
ナイフでゴーグルを割られ、完全に恐怖に支配されてしまう。

「ひいっ!?ムグッ!」

左手で口を押さえ、右足で腰を払うと仰向けに引き倒す。
あっけなく無力化された男の持っていたゴム銃を予備弾と共に取り上げる。
SS相手では至近距離まで近寄ることが出来なければ、まともに使ってもゴム弾のスピードではかわされるだけだろう。
ゴム銃2丁と予備弾をかかえ、残り4人を相手取るため、カノープスはゴーグルを外し・・物陰づたいに移動しはじめた。








聞いたこともない金属音の連続が2回。

どうやら部下2人は倒されたようだ。
ゴム銃ではこちらが死ぬこともないだろうが……。

このチームのリーダーをつとめるミサキは対応方法を模索していた。

〈どうする?〉

ガシャン!カラカラカラカラ…

乾いた音と共に、スプレー缶がこちらへ向かって沢山転がってくる。
4人がそれに目を向けた瞬間、その中の1つが閃光を発した。

「閃光弾!」

ミサキが叫ぶが遅かった。
暗視ゴーグル越しに強烈な光を浴び、4人は目が眩む。
ゴーグルで増幅された光のあまりの強さに涙を流しながら、ミサキは警告を発しようとしたがその前にゴム弾が襲いかかってきた。
硬質ゴムでできた十文字が2つ回転しながら飛んできて、サブマシンガンを構えていた2人をなぎ倒す。
さらにもう1つが襲いかかり、日本刀を取り落とし呻いていたSSを吹き飛ばす。

「ちくしょう!」

ただ1人残ったミサキは目が見えないまま日本刀を構え直す。その手首を誰かに掴まれたと思った時には足が宙に浮いていた。






暗視ゴーグルをしていなかったとはいえ、閃光に目の眩んでいたトモナガの耳に甲高い金属音の連打が4回響いてきた。
それきり何も聞こえてこなくなる。
唾を飲み込む自分ののど音が耳障りな程大きく聞こえる。落ち着こうと深呼吸をするがそれも出来なかった。

「ハァハァ……」

理由を伏せて本社から呼び寄せたSSは姿が見えない。彼らが生きているのか死んでいるのかわからないが、次は自分の番だと思った時、トモナガは背中に強い衝撃を受け気を失った。






気が付くと天井につり下げられた照明が自分を照らしている。体を起こそうとしたところで全身が床に固定されているのがわかった。
1カ所だけ自由になる首を動かしてみると、スーツのあちこちがリベットで床に止められていた。
自分の周囲にもSS達が床に縫い止められている。彼らは猿ぐつわで首も動かせないから、少しだけトモナガはマシかもしれない。

「俺の目的が知りたいと言ったな?」

足の方から声をかけられる。無理に顔を起こすと、カノープスが立っていた。

「命の恩人になると言いたいのかもしれんが、だからと言って利用されるのも会社を裏切るようなまねをするのもまっぴらゴメンだ」

「そうだろうな」

トモナガの言葉にカノープスは小さく溜息をはいた。
納得させるにはすべてを洗いざらいぶちまけるしかないかもしれない。
その上で協力を求めたなら、進んでやってくれる可能性はありそうだ。

「目的は簡単に説明できないな」

「ならば君と手を組むことはできないとしか私は答えられん」

「勘違いしないで欲しい。短くわかりやすく説明できないんだ」

ナデシコが火星宙域に着くまで後数日有るが、ここでのんきに自分のことを1から説明する程時間があるわけではない。

「口で説明するより体験してもらった方がはやいな」

「何?」

少しの間考え込んでいたカノープスが呟くと、聞き返すトモナガに返事をせず視界から消え去る。
5分ほどして戻ってきたカノープスの足下には、ヤックンが付き従っていた。
手首にコミュニケが巻き付けられ、カノープスがトモナガの額に手をかざす。
イヤな予感を感じて、トモナガは焦り出す。

「何をするつもりだ!?」

「全部見てくれ」

「おい!!」

トモナガが声を発すると同時に、彼の意識は暗闇に飲み込まれていった。













幼なじみと走った草原。

血溜まりの中に転がる父母。

差し出した蜜柑。

「ありがとうお兄ちゃん、デートしよ!」

偶然の再会。

「不躾な質問で申し訳ありませんが、あなた、どこかでお会いしました?」




トモナガは誰かの体の中で、その人生を体験していた。




「ガイ…こんなの嘘だろ……。こんなのがガイだなんて……嘘…だろ……」

「アキトは私の王子様!」

「俺は戦いたくないんだ!」

「この船では木星蜥蜴には勝てない!そんな船に乗る気にはなれないわ!」

「グラビティブラスト……コロニーに…直撃……」

「アキト……キスしてくれる?…」

「あんたが!あんたがー!!」

『ナデシコは君らの船だ。怒りも憎しみも愛もすべて君たちだけのものだ。言葉は何の意味もない!それは  

「駄目なんです。テンカワさんじゃないと駄目なんです。お願いします」

「モルモット!?いいじゃない!どうせあんた半端なんでしょ!人類のため?いいじゃないモルモットの方がよっぽど立派よ!!」

「あいつら許せない…。許せない!同じ人間だったなんて、そんなのありかよ!」

「その方がアキトさんらしい……アキトさんらしい…………」

「あたしと違ってあんたは他人を信じてるのね。でも駄目。あたしは  

「でも、こんな事までだれも頼みはしない」

「帰ろう…ルリちゃん」

「信じてますから!」

「でも、それって正しいのかな?何かを守るために戦うって当たり前だけど、相手は死にますよ…」

「行っちゃイヤ!」

『この船は私たちの船です』

「そうだ!君の言うとおり正義は1つだ!!」

「テンカワ君…最終回、一緒に見れなくて残念だ……」

「もう少しあの人を信じてみろよ、アキト。私らしくって言ってたあの人をさ」

「あたしはアキトが大好き!」

辛く苦しい戦争の中で、彼女はいつもそばにいた。

「す、するぞ、結婚」

みなが祝福を。
一人きりだった“自分”。

家族。

そこには彼女と独りぼっちだった少女がいる。
照れくさそうにはにかみながら“自分”と彼女を見送ってくれた少女。

夢を追いかけた日々。

それが   終わった。






「調理師か」

「その前はあのナデシコのパイロットだとか」

“自分”の背中を踏みつける陣笠の男。飄々とした態度で応じる白衣の男。

「どうする?」

「二度と逃げる気が起きないようにしてもらえませんか?」

「なら、舌をもらおう」

その言葉に体中を戦慄が走る。

「おや、そんなもんで済みますか?」

「未練をもつからあきらめが悪くなる。生き甲斐を奪えばふぬけになろう」

「お任せしますよ」

「やめろ!やめろ!!」

恐怖にかられ叫ぶ“自分”。

やっと自分の味が見つかったんだ!コウイチロウ小父さんにも認めてもらえたんだ!

頭の中をめまぐるしく言葉が駆け回る。

これからユリカと2人で   

無造作に首筋に打ち込まれる刃。冷たいはずなのに熱く体の中を切り分けていく。

「ここか?」

「あががががががが!」

右腕が勝手にバタバタと動き、床をかく。

「違うか。なら  

「やめ  

上半身が勝手に反り返ろうとする。刃が動き、今度はバタフライのように下半身がはねた。

「クククククク」

男が笑う。視界の隅、赤い左目が細められている。

「楽しんでないではやく済ませてくださいよ」

暢気な声で白衣の男が催促すると、不満そうに陣笠の男が顔をゆがめた。

「わかっている」

三度刃が動き   そして何かが途切れた。

「あっーーー!?あぁーーーー!あーーーー!」

舌が動かない。開いたままの口からだらだらと涎が垂れるが、止めようにも止められなかった。

「はぁーーーー!?」

「二度と調理師はできまい」

どこか不満げに男が告げる。
刃が抜かれるが、その痛みを気にしていられなかった。

コックに、やっとコックになれたのに  

蹴り飛ばされ、壁際まで滑っていく。
“自分”の大事なものを奪った男達を見る。

殺してやる…殺してやる…殺してやる…殺してやる…殺してやる…

壊れたようにその言葉だけが胸の中を埋め尽くす。

殺してやる!!








気が付けば、入れられている檻の中は薄暗く変わっていた。それは檻の中だけでなく、連れ出される実験室も一緒だった。

さらに幾ばくかの時がたち、仲間の声が小さくなった。白衣を着た連中の声もそれは同じだった。

匂いはとうの昔に感じなくなっていた。


それもこれもどうでもよかった。
ただ思うのは「ユリカ」と「ルリ」のことだけ。そして赤い義眼の男を殺すことだけ。








どれだけの時が過ぎたのだろう。それは不意に訪れた。

「テンカワ!!」

「……ローホはん?」

鉄格子の向こう、かつての仲間が叫んでいた。

「生きているか?!」

「…フリハは?」

ろれつの回らない舌で尋ねるが、ゴートは顔を歪め答えようとしなかった。

「……とにかく脱出するぞ」

その逞しい腕でゴートが“自分”を支える。もうずっと前から衰えた筋肉は“自分”の体を動かしてくれない。
肩を借りつつ鉄格子をくぐり、通路を10メートルも進んだ時、目の前のT字路に白衣の男が2人飛び出してきた。

「おっと、ここまで来てたのか。あ、もしかしてその肉人形が目的だったのかな?」

へらへらとした顔のほうに見覚えがある。義眼の男に舌を駄目にされた時、立ちあっていた男だ。

「もう役に立たないみたいだし、お好きなように。僕はさっさと逃げさせてもらうよ」

飄々とそこまで告げると、おもむろに銃を取り出し発射した。
とっさのことで避けることもできず、弾は“自分”の目の前でゴートの腿を貫く。

「うーん、実験みたいには上手くいかないねぇ」

2人して廊下に倒れ込むと、頭上からへらへら男が呟くのが聞こえる。

「貴様!」

ゴートが大型の自動拳銃を抜くが、男達は身を翻しあっという間に逃げ出していた。

〈銃!〉

まともに物を掴めないはずの腕がゴートの手から銃を奪い取る。ただ1つの言葉に突き動かされ、両足は体を前へ前へと運んだ。

角を曲がった先に男の背が遠ざかるのが見える。

「まへ!」

叫んでみたがかすれた間の抜けた声しか出なかった。
それでも声が聞こえたらしく、へらへら男が振り返る。

「おやおや、僕を殺すつもりかい?」

男は“自分”が向けた銃が目に入らないかのように飄々とした態度を崩さない。

「無理じゃないの?」

長い監禁により衰えた筋肉は銃を支えきれない。男の言葉を証明するように、徐々に銃口が下がっていく。

「君は面白い実験体だったけど、これでお別れかな」

まっすぐにこちらへ銃口が向けられる。
その向こうにヘラヘラした笑い顔がある。

銃声。

銃口を持ち上げられないまま、震える指がその音に反射的に引き金を引く。

3連射。

ゴートの銃は3点バーストするようになっていた。
この腕がその反動を支えることができるはずもない。1射目で銃口が跳ね上がり、2射目、3射目で後ろに体ごとはじき飛ばされる。
背中で床を滑る。体中の鈍い痛みをこらえ何とか頭を持ち上げると、何もかも薄暗い視界の中には誰も立っていなかった。

「ヒッ!ひぃぃいいいいい!」

腰を抜かしていたらしい白衣の男が、1人悲鳴を上げながら逃げ出していく。
先程、へらへら男が立っていた場所には血溜まりが広がっているところだ。

「あ……、は、は、……あはははっははっははっはっははは」

壊れたおもちゃのように笑い声が止まらない。
形も残さず心臓のあったあたりを吹き飛ばされた男の姿から視線をそらせない。

「……っはははははははははっははっはっははははっははは……」

死んだ、殺した、殺した、殺してやりたかった、死なせた、死んで、殺して、死ねばいい、殺してやる、死ね、死ね、殺せ、殺せ………………。

狂ったように頭の中を巡る言葉達。

「あはははっははっははっ………」

いつまでも止まらない笑い声。








手に握るのは黒塗りのリボルバー。銃口の先には血まみれになり義眼を自分でえぐった男。

「憎い…の…だろう?」

ひきつらせたような笑みを浮かべる男。

「殺した…い相手…には自分で手を…下さぬと…死ぬ…まで後悔…するぞ」

終わる。

これで終わる。

終わるはずだ。

今までそうしたように引き金を引く。
額に黒い穴が穿たれ、男が息を止める。

これで終わるはずだった……。








目の前に白衣の男が立っていた。

「ついでに言うと君が以前殺した研究員の中に私の従弟がいてね」

その飄々とした男に向かい踏み出していた足が止まる。

「彼の両親も奥さんも悲しんでるじゃないかな」

そこまで告げた男が、一瞬どこかで見たヘラヘラとした笑い顔を見せる。

「もちろん私もね」

殺した。
殺して、殺して、殺して。
沢山の人を殺してきた。

……いっぱい人を殺した……お前は人殺しだ。













気が付くと天井につり下げられた照明が自分を照らしている。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

その灯りの下、酸素を求めただ喘ぐ。今度は体は自由だった。

右手で首筋をなぞる。もちろん傷跡など無かった。 体が動く。ハッキリと見える。耳も。鼻も。聞こえる。嗅げる。
舌もちゃんと付いていた。

素顔のカノープスと少女が自分を見下ろしていた。

「………君たちがテンカワ・アキトにホシノ・ルリだというんだな」

「そうだ」

カノープスが片膝を付く。

「あんたに協力して欲しい。俺たちだけじゃ   

肩に伸ばされる手を右手で払いのけてやる。

「あんな物を無理矢理見せて!勝手なことを言うな!!」

カノープスが困惑した顔をする。

「勝手なことを……」

吐き気がする。こんな人生があるなど知りたくなかった。

「……」

「…帰ってくれ」

「……悪かった」

一言詫びの言葉を残し、2人が立ち去った。
足音が消え、静寂が耳につく。

「クゥウウゥ……アァア、アアア!!」

怒り。悲しみ。苦しさ。
絡み合った様々な感情に駆り立てられ、トモナガはSS達の前で恥も外聞もなくむせび泣いた。













赤茶けた土に覆われた斜面をサトミに続いて歩きながら、カノープスは悩んでいた。

ユートピアコロニーの避難民の時は、未来の事を教えなかったから説得力に欠ける話しかできなかった。
自分の体験を見せたトモナガは拒絶をした。

〈どうすればわかってくれる?〉

ただ、死に直面するところを助けても、後で死んでしまうのはイツキの話でハッキリしている。
未来のことを教えてもムネタケのように自殺してしまうかもしれない。
このままではイツキと“ヒデト”の話を拒絶した白鳥九十九のように、皆死ぬかもしれない。

「ここです」

サトミの声に立ち止まる。
ユートピアコロニーを遠くに見下ろす丘の頂。開けた場所にたどり着いていた。

「ここならコロニーがよく見えますし、目印になる物が有りますよ」

そこはちょっとした公園だったのだろう、幾つかのベンチと水道、広場の中心に小さなオブジェ。

「こんなところがあったのか」

「コロニーの人達は家族でピクニックによく来ていたと聞いてます」

両親が死んでからそんなイベントとはついぞ縁がなかった。
息切れしながら付いてきたアリスが袖にしがみついてきている。
思えば、屋台を引いていた頃も彼女をどこかに連れて行った覚えがない。つくづく普通の家庭とは縁遠い2人だと思う。
そして、今も過去の時間に巻き込んでいる。




カノープスの頭の隅で1つの考えが鎌首をもたげる。

何もかも放り出して、2人で静かに暮らしたら?
今なら興味本位で五月蠅いマスコミも、力を利用することだけを考える軍も企業も、誰も自分達を知らない。
それなら、この子に普通の生活をあたえることができるんじゃないか?

その誘惑に心が傾きかけた。




「あそこの方がコロニーをもっとよく見えますけど、ちょっと遠いんですよ」

サトミに声をかけられ我に返る。
彼の指さす先、かなり離れたところにもう一つ小高い山がそびえていた。

「目印になるような物もないですし  

サトミが続けた言葉は耳に入らなかった。

〈フクベさん……〉

そこは遺言に従って自分がフクベの墓を建てた山だった。
無意識のうちに下唇を噛む。

逃げられない。自分の犯した罪から逃げられるはずがない。

人を殺したことだけでなく、この時代にきたこと自体が自分のエゴなのだ。
ここでやるべき事をしないのは逃げ以外の何ものでもなかった。


苦しくても、報われなくても、前に進むしかない。


そう考えているところに真摯な口調でサトミが話しかけてくる。

「カノープスさん、このまえは皆あんな事を言ってましたが、私は嬉しいんですよ」

「?」

「みんな死ぬんだって諦めていましたから。ナデシコが来たとしても脱出できないのは、フレサンジュさんに言われなくてもうすうす気付いてましたし」

サトミはそう言って、自分もナデシコの研究に携わっていたことを打ち明ける。

「ナデシコは木連の兵器を私たちの手でアレンジしたにすぎませんからね。それが一隻だけじゃ火星に来ることだって怪しい。もう自分達は死ぬしかないんだ、家族に会えないんだと口には出さなくても思ってましたから」

「死ぬのを…覚悟していたのか?」

「ええ。でも、あなたが来て助かる方法があると言ってくれた。シスさん  このまえの女の人ですけど、あの人だって無駄な愚痴をほとんど言わなくなりましたし、今まで本当に何もしようとしなかった人も、ほんの少しですけど手伝ってくれるようになったんですから」

サトミの言っていることを聞いているうちに胸の重さが軽くなったような気がした。

「いや、まあ、本当に大変なのはこれからだってのはわかってますし、まだ生き残れると決まったわけじゃないんですけどね」

照れくさいのかサトミの耳は赤い。
思わず口元がほころんだ。

「……そうだな……ありがとうサトミさん」

「よしてくださいよ、お礼を言うのは私たちの方なんですから」

「それでも…な」

もう少し、がんばってみよう。せめて結果を見届けるまでは逃げるなんてやめよう。

サトミの照れ顔を見ながら、そうカノープスは思うのだった。













「ねえねえ、これなんだけどさぁ」

「何だよヒカル……あん?男女交際は手を繋ぐまで!?」

「清く正しく美しく。健全な交際をしろってことね」




「ほらほら、ウリピーこれこれ」

「ヒカルちゃんどうした?……なに〜!女とは手を繋ぐまでしか許されないだと!?」




カノープスが格納庫に来た時、昨日までは真面目に仕事していた整備班の連中が、車座になって議論しているところだった。

「なんだ?」

「たぶん、クーデターです」

アリスの言葉でハタと気付く。

「ああ、ここからだったのか」

「知らなかったんですか?」

オペレーターだったルリ=アリスは、事の起こりを一切合切見聞きできる立場だった。
一方、このころ自分は何をしていたか。なにやらユリカに迫られていた記憶があるが……。

「たしか瞑想ルームに籠もってた」

「ユリカさんと一緒にですか」

アリスの言い方はどこか呆れているようにも聞こえる。

「一緒にってわけじゃないさ。たまたま時期が同じだっただけで」

「そうでしたね」

ほんの少し、クスリとアリスが笑う。作り笑いでない笑顔をナデシコに乗ってから初めて見た気がする。
2人で和んでいると、こちらを見つけたウリバタケが飛んできた。

「オイ、こら!おめぇもこいつを見てみろ!!」

目の前に突きつけられたのは契約書のコピー。
ウリバタケが言いたいのはもちろん男女交際の項目だろう。

「これが?」

「ここだここ!」

例の文章のあたりをバンバンバンと叩く。

「男女交際は認めるが手を繋ぐまでしかできないんだぞ!これがどういう意味を持つかわかるだろうが!?」

あんた妻子持ちだろと突っ込んでみたい気もする。
この条文にしても、管理する側のゴートがミナトともっと過激なことをしていたはずだ。

「エルシー、たしかゴートさんとミナトさん…」

「キスしてました」

「だったらこの項目は」

「有名無実です」

ヒソヒソ声でアリスに確認している間、ウリバタケはなにやら力説している。

「うら若い男女が共に手を取り戦う船で、恋が芽生えぬはずが無し。女は男を助け、男は女を守り、やがて生まれる愛は  

「どうするんです?」

「ナデシコの中のことは干渉したくないな。もう一度見てみたい」

「そうですね」

カノープスが笑い、つられたようにアリスも微笑を返す。

「えーい!人の話を聞けー!!」

メガホンを取り出し、至近で叫ぶウリバタケ。
カノープスの襟を掴む。

「いいか!このまんまじゃ納得いかねぇ!誰がなんと言おうがやってやる!手を繋ぐ以上のことを俺はやってやるぞー!!」

唾を飛ばしながら力説するその目が血走っている。

「だからおめぇも変えろ!とっとと変えろ!アリスちゃんとの交際を認めろー!!!」

「班長、アリスちゃんは駄目だって…」

「ああ、言った。言ったとも!しかし!しかーし!!」

整備班の1人の言葉にさらに唾を飛ばし力説するウリバタケ。襟を掴んだ手はゆるめてくれない。

「心傷ついた美少女を!心底愛する純粋な俺の気持ちを!誰が止められようか!!」

アリスに対して、遊びでなく本気で恋愛をするならかまわないということらしい。
妻帯者のウリバタケはなおのこと駄目だと思うのだが……。

“おぉ……”

そのことに気付かないのか、ウリバタケの宣言にどよめく整備班一同。

「だから認めろ!さっさと認めろ!アリスちゃんとの交際を認めろー!」

“…ぉぉぉおお!!”

リーダーのいいたいことを理解したのか、徐々に雄叫びをあげはじめる整備班。

「交際を認めろー!!」

“うおおおおぉぉぉぉ!!!”

「認めろーー!!ガフッ!!?」

なおも叫ぶウリバタケの脳天にブーツが突き刺さる。

「それが本音か!」

「ウリピー見苦しいよ」

床にくずおれるウリバタケの向こうにリョーコが立っていた。かかと落としがクリーンヒットしたようだ。

「俺たちゃプロスのオッサンに抗議に行くからな。止めても無駄だぜ」

「デモだ!ストライキだ!クーデターだー!!」

“おおおおぉぉぉぉ!!!”

あまりかかと落としがきかなかったのか、すぐさま叫び出すウリバタケと整備班。
呆気にとられつつもカノープスはアリスを庇っている。

「止める気はないが……」

「じゃあここ変えに一緒に行く?」

ヒカルがニコニコ笑いながら契約書を指さす。

「それも遠慮  

言いかけたカノープスがその契約書を奪い取る。
少しの間アリスと2人で頭をつきあわせて相談していたが、向き直るとキッパリと言い切った。

「プロスさんに契約をなおしてもらう」








ブリッジまでやってきたデモ隊はミドルデッキにいたルリとメグミの2人を押さえ、駆けつけたユリカと生ぬるいながら言い争っていた。

「そのエスカレートが困るんですな」

そこへ、ブリッジのアッパーデッキにスポットライトを浴びるプロスペクター登場。

「貴様ー!」

「やがて2人が結婚すれば、お金かかりますよねー?さらに子供でも生まれたら大変です。ナデシコは保育園ではありませんので、はい」

プロスの嫌みにロワーデッキで対峙するウリバタケらが武器を構える。

「これが見えねぇか!」

「この契約書も見てください」

なにやら書類をかざすプロス。
両者の間が一気に緊迫する。
と、そこへカノープスが割ってはいった。

「この契約には問題がある」

「いえいえ、そのようなことはございません。時間を省略するため細かな説明はいたしませんでしたが、それにサインした以上、内容を守って頂かないことにはお給料をお支払いできませんな」

したり顔のプロスだが、カノープスは関係ないという風に続けた。

「保険は別だな」

「は?」

「「「「「「「「ハァー!?」」」」」」」」

プロスの眼鏡がずり落ちるが、彼は持ち上げようともせず口を開けたままだ。
カノープスの抗議を期待していたデモ隊も、ユリカ等も声をあげる。

「パイロット、オペレーターなど火器を扱う者が味方に損害を与えた場合に備えて、別契約の戦時保険に加入するとなっている。掛け金はネルガル持ちでな」

契約書をかざし、これも小さく書かれた一文を指し示す。

「保険の契約書に俺はサインした覚えがないんだが?」

「いえー、まぁー…」

「仮に味方に弾が当たったら、俺が借金を背負い込まないといけなくなる。今の契約では戦場に出るわけにはいかないな」

カノープスとしては、かつてナデシコ長屋を出た後の貧乏の原因がそこにあったことを忘れるわけに行かない。
思い出すに、あの時の極貧生活は辛いものがあった。

「保険契約をしてくれるな?」

「それはその……」

対するプロスはうろたえてまともに答えられなかった。
実績のわからない傭兵であるカノープスの保険契約となれば、掛け金はリョーコ等の倍以上になるだろう。それでは格安で雇った意味が無くなる。

〈やりづらい方ですねぇ……〉

金に五月蠅い傭兵としては当たり前だろうが、雇い主側とすれば頭が痛い。

「……って、ちょっと待てー!」

デモ隊側からウリバタケが叫び出す。

「おめぇ、男女交際に関して契約をなおすために来たんじゃねぇのかよ!?」

「俺にとってはこっちが死活問題だ」

「いや、そうかもしれねぇけどよ」

仮にも整備班を率いる身である。兵器の値段が馬鹿にならないことはよくわかっている。 しかしこれでは   

「アリスちゃんとは手を繋ぐまでって事じゃねえか!」

「「いい加減にしろ!」」

リョーコとヒカルが鉄拳を入れ、ウリバタケが床に沈む。

「どうするんだミスター・プロスペクター?」

「どのみち保険手続きは地球に帰ってからになるわけですし、ここは保留と言うことで……」

地球に帰る頃にはカノープスも忘れているかもしれないと期待をしつつ提案する。
だがカノープスは首を振った。

「なら後々契約することを証明するものが欲しい」

見透かされているのかとプロスの背筋を冷や汗が流れる。

どう答えるか悩むプロスペクター。それを見上げるカノープス。

この対峙がいつまでも続くかと思われた時、カノープスが動いた。

「きゃ!?」

いきなりカノープスがルリを突き飛ばす。
突然のことにルリは後ろにいたアキトにぶつかり、その腕の中に収まる。

「あんた、なに  

小さな女の子を突き飛ばした事にアキトが文句を言おうとした時、激しい振動がブリッジを揺らす。

「ルリちゃん!フィールドは……あー!!アキト、ルリちゃんと何してんのーー!?」

「え?あ、バカ!それどころじゃないだろ!!」

ルリを抱き留めるアキトを見て、艦長の職務途中で騒ぎ出すユリカ。
その艦長の醜態を無視してルリは冷静に答えている。

「効いています。この攻撃今までと違う……迎撃が必要」

再び襲う振動に、アリスを支えながらカノープスが皆に聞こえるように告げる。

「木星蜥蜴のグラビティブラストだ。それもヤンマ級戦艦のだな」

「艦長!」

「は、はい!皆さん、聞いてください。契約書についてのご不満はわかります。けれど今はそのときではありません。戦いに勝たなきゃ…戦いに勝たなきゃお葬式ばっかり。…私、イヤです。イヤです!」

プロスの声に気を取り直し、全員に向かって涙ぐみつつ演説するユリカ。

「どうせなら葬式より結婚式やりたーい!!」

魂の叫び……かもしれない。プロスが頭を抱え、ロワーデッキに居る誰もが唖然とする中、カノープスが肩を震わせ笑いをかみ殺そうとしている。

「艦長が花嫁の場合は誰が式を執り行うんだろうな?」

「へ?」

「ユリカ、今はそんな場合じゃ……」

カノープスの呟きにホケッとしたユリカをジュンがたしなめる。

「…そうだった!皆さん、迎撃します!戦闘配置!!」

「ヒカル、イズミ、行くぞ!」

「オッケ〜」

「フッ」

「おめえら、緊急発進だ!1分で準備を済ませろ!」

“おう!!”

艦長の命令にハンガーに向かい走り出すパイロットと整備員。

「艦長、この娘はここに居させてくれ」

ロワーデッキのパイロットシートにアリスを座らせ、返事を確認しないままカノープスは急ぐでもなく悠然と出て行く。

「えっと…いいですよね?」

「ええ、まぁ…」

ユリカの確認にプロスは曖昧に頷く。
正直、カノープスの要求に手詰まりだったプロスはこの状況にホッとしていたのだった。








『ほ〜ら、お花畑〜』

『『アッハハハハハハ』』

『ハハハハハハハ』

『…………』『…………』

『……ふざけていると棺桶行きだよ』

前方に展開したバッタを、リョーコ等3人とアキトが迎撃する。機体の性能差から戦闘は一方的展開であった。
カノープスはというと、ナデシコの直援としてブリッジ上方の少し離れた空間にいる。
旧式エステはディストーションフィールドの強度が足りないため、前線で積極的に迎撃するのは向いていないというゴートの判断によるものだ。

〈以前通りなら何もないがな…〉

ピッ!

こっそりとオモイカネから情報を引き出していたアリスから警告が送られてくる。
バッタ12機。内4機は対艦ミサイルを腹に抱えている。確か優人部隊がボソンジャンプと組み合わせて使用したはずだ。
大戦初期は無人兵器の戦術のまずさから有効性を実証することができず、使用されなくなった武装だったと記憶している。
放っておけばこのタイミングだとヤンマやカトンボの砲火に巻き込まれるはずだったのだが、カノープスの機体を発見してナデシコへの迂回コースをとろうとしていた。

『バッタ12機接近中』

『カノープスさん、迎撃してください』

ルリの報告を受け、ユリカが指示をしてくる。
そのコミュニケウィンドウにプロスが映っているのを見て、先程の交渉を有利にする方法を少し思いつく。

「プロスさん、さっきの続きだが」

『カノープスさん、今はそれどころじゃ…』

『そのことは戦闘が終わってからということで』

ユリカが慌てる横で、プロスはいつもの笑顔をうかべにこやかに受け流そうとする。

「約束ができないなら戦闘に参加できないな」

『おや、そうですか。では帰投なさって結構です』

カノープスの宣言にあっさりと交渉を放棄するプロス。
それを耳にしたブリッジクルーがざわめく。そこへルリがさらに報告した。

『4機が大型ミサイルを装備。直撃すればナデシコに損傷が発生する可能性有り』

とたん、蜂の巣をつついた様にクルーが騒ぎ出す。

『ちょっと、カノープスさん!』

『そんなにお金が大事なんですか!?やっぱり最底ー!!』

『はやく迎撃を!』

『さっさとせんか!!』

アサルトピット内がたちまちコミュニケウィンドウで埋め尽くされる。
特にメグミは軽蔑のまなざしもあからさまに、一回り大きく表示してくれていた。

『艦長命令です、直ちに  

『その必要はありませんよ、艦長』

『『『『『ええ!?』』』』』

騒ぐ皆を静めたのは他ならぬプロスペクター。

『ここにいらっしゃる可愛い妹さんを見殺しにはできないでしょうから。そうですなカノープスさん?』

「見透かされているのは面白くないな」

『ええ、全くその通りで』

プロスへ返答しつつ、バッタを追いかけエステを加速させる。
それを確認したプロスは、先程の仕返しができたと思ったのだろう、満足げにニンマリと笑った。








編隊の後方につけていた4機がこちらへ向き直る。ミサイルを抱えたバッタを守るため、エステとの射撃線上である。
そんなことはお構いなしに、直進するカノープス。おもむろにロックオンしたミサイルをばらまく。
自分達が標的にされていると認識した護衛バッタは、回避行動に入りつつ迎撃のミサイルを放出した。



虚空に広がる火球。



4機のバッタがそれに巻き込まれないように散開する。
その隙に火球をかすめ、バッタが移動した空隙を突っ切ってミサイルバッタへ一直線にエステが走る。
さらに加速するため、ウリバタケが(かってに)増設した燃料式スラスターを一斉に点火する。デルフィニウムから移植されたスラスターは、エステのフレームに強度不足による悲鳴を上げさせながら機体を飛び出させた。

『ナデシコ、ロックオンされました』

ことここにいたってなお冷静なルリが報告をしている。
常識的に考えて、今から攻撃しても同時に4機ものバッタを落とせるはずがない。
コミュニケウィンドウでプロスの頬が引きつっているのが見える。
ゴートの怒号とメグミの悲鳴が聞こえたがカノープスは無視した。

レールガンを構え、3連射。

そのあまりに無造作な攻撃に誰もが当たるとは思わなかっただろう。
加速したままバッタの編隊の真ん中を通り抜け、ナデシコの直上でカノープスのエステが止まった時、4機のミサイルバッタはその対艦ミサイルもろとも破壊されていた。
攻撃失敗を悟り、背を向けた残りのバッタを撃墜するのに十数秒。都合、1分とかからず12機のバッタが宇宙のゴミとなっていた。

『……いやこれは』

『ほえ〜』

あっけない結末にブリッジクルーは声も出せないようだ。

「プロスさん、今の戦闘記録を添えて申請したら保険も安くならないか?」

『え……ええ、そうですな…』

「なら、やってくれるな?」

『え?まあ…』

未だ放心状態なのかプロスの答えは歯切れが悪い。

「ちなみにテンカワ・アキトも保険に入ってなかったはずだが」

『え?』『ふえ?』

アキトの名前が出たとたん反応する女性2人。

「兵器の値段っていうのは半端じゃなく高いからな。万が一があったときは、結婚した奥さんも苦労するだろうな」

『プロスさん!』

『プロスペクターさん!』

しみじみと言うカノープスの言葉を耳にして騒ぐ2人。怒濤の攻めでプロスを追いつめていく。
後はプロスから保険契約を言ってくるだろう。

前方ではアキトがヤンマ級戦艦を沈めているところだった。
その爆発に巻き込まれ、連鎖的に沈んでいく無人艦隊。

その向こう、青と赤の星への道が開いていく。

「木星艦隊も消滅したようだ。帰投する」

ナデシコへの帰還コースをとる。
安堵の顔でアリスがコミュニケを繋いでくる。

『お帰りなさい、兄さん』

「ただいま、エルシー」

自分が戦場に出ることを不安げに見送っていた。だから笑顔で答えてあげる。
ほんの少し照れくさくもあったが   

コミュニケウィンドウの向こう、生まれ育った故郷が目に入る。
これからが本番だった。






第10話−了


最後のシメは“ダメ”より“イヤ”にして欲しかった。これであの泣き顔をされたらあの人の印象がグッと上がったのに……。
そんなわけで、書いている人間の欲望によりTV版準拠のセリフ群の中でそれだけを改変。

 

 

 

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代理人の感想

うーん、私はやっぱり「いや」より「ダメ」のほうかなぁ。

「イヤ」だと「個人的にそれはイヤだ」ってニュアンス=私憤ですが、

「ダメ」だと「こんなことが起こってはいけない、許してはいけない」という義憤のニュアンスがあるじゃないですか。

つまり、お葬式がイヤなんじゃなくて人が死ぬことが許せないんだと。

ともすればただのわがまま娘であるユリカの、真っ直ぐな一面を表現しているという点で

私は「イヤ」より「ダメ」のほうが魅力的だと思うんですよ。