Spiral/again 〜auld lang syne〜  第14話





「本艦、通常空間に復帰。座標現在調査中。皆さん起きてください。おーい、ヤッホー。おきてください」

先ほどから全艦に向けて声をかけているのだが、誰も起きてきそうにない。
オモイカネに確認してもらうと艦内で目を覚ましているのは自分だけらしい。

「おきてくださーい。気がついたら直ちに自分の持ち場で非常警戒態勢。かんちょーう。かんちょ、かんちょーう」

艦長に至ってはブリッジにいないだけでなく、テンカワ・アキト、イネス・フレサンジュ両名と共に展望室で眠りこけている。
オモイカネによると、すぐに目を覚ますそうだ。

全艦に開いていたコミュニケウィンドウを全て展望室に集める。
ちょっとびっくりさせようと思い、両目の端を引っ張り、あかんべえの顔を作ってウィンドウ拡大。艦長に見られるのも少し恥ずかしいが、そこは持ち場にいない人相手なので、何とでもこちらが強気に出られ──。

『ブリッジ、着艦する。ハッチを───』

不意に目の前に現れるウィンドウ。
ギシッという音を立て、ウィンドウ越しにルリとカノープスが固まった。

『どうしたんです?』

ウィンドウにアリスが顔を割り込ませてくる。
そのときルリの顔は、あかんべのまま徐々に赤くなっていくところだった。

ルリの目の前、ウィンドウの中でなぜかアリスが顔を一気に真っ赤にすると、両手でウィンドウを挟みコミュニケを切られてしまった。

『うひゃあああ!?』

同時に隣のウインドウで艦長の素っ頓狂な声が上がる。

『なに!?なに!?ルリちゃんなんなのー!?』

ユリカの叫び声に反射的にコミュニケを落とす。
ゆっくりと手をIFSコンソールにのせたそこへ再度カノープスの声が聞こえてきた。

『すまない、オペレーター、ハッチを開けてくれないか?』

サウンドオンリーの通信だったのだが、動転したルリは気づかない。
真っ赤にしていた顔をさらに赤くして、少女は反射的にナデシコのミサイルを一斉放出してしまった。










「えーっと、とりあえずナデシコは月軌道付近に無事復帰いたしました」

「……無事じゃない人もいるけどねぇ」

ハンカチで顔をぬぐいつつ告げるユリカの言葉に続きミナトがつぶやくと、ブリッジクルー、コミュニケのエステパイロットの目がブリッジのシートに腰を下ろしたカノープスに向けられる。

「げ、現在、地球連合は第4次月攻略戦の真っ最中でありますのでこれと協力、木星蜥蜴を退治することに……ですがカノープスさんは今回お休みということで」

「出たくても出られないがな」

頭に包帯を巻いたカノープスはボソリとこぼす。

至近からのミサイル発射に何とか直撃は避けたものの、爆発の衝撃に巻き込まれたエステは無事ではすまなかった。
ナデシコの装甲板に叩きつけられ、ボロボロになったエステは廃棄決定。カノープスは割れたモニターの破片で額を切っている。一緒に乗っていたアリスはカノープスが庇ったため無傷だった。

「でもどうして外にいたんですか?」

「フクベ提督を助けにチューリップ突入直後に発艦しただろうが。フィールドを解除してくれなかったろう?」

メグミの質問にぶっきらぼうに答えるカノープス。本当はその時にオリンポス研究所へジャンプしていたのだが。

「では、ナデシコのディストーションフィールド内にいたまま一緒にボソンジャンプしたと」

「やはりディストーションフィールドはボソンジャンプの鍵を握る──か」

うむうむと肯くプロスペクターの言葉に刺激され、ゴートが口を挟む。

「しかし、ルリさんはなぜこんなことを?」

プロスが言っているのはルリのミサイル攻撃の件である。

「通常空間に復帰直後、ミスターはどうなっていた?」

弁解することも思いつかず素直にごめんなさいと言おうとしていたルリが口を開く前に、カノープスがプロスペクターに質問を投げかける。

「私はと言うより皆さん気を失ってましたが……それが?」

「その子のコンソールはIFS対応だろう。気がついた時に手が乗っていれば勝手に反応することもあり得ないか?」

カノープスはルリの責任ではなく、システムの不備の可能性を示唆する。

「確かにその可能性も無いとは言えませんが──」

「0じゃないだろう?」

プロスとしては自社製品にクレームをつけられておとなしく認める訳にいかないが、否定する根拠もすぐに思いつかずカノープスにたたみ込まれる。

〈本当にやりにくい方ですねぇ〉

どうにも自分の考えること、交渉を進めるやり方を見透かされているようだ。
プロスはカノープスとの会話に苦手意識を感じていた。

「それこそ私の──」

“職分です”と続けようとしたルリの口元を、いつの間にか後ろに回っていたアリスがふさぐ。

「さっきのオモイカネの記録を少しいじっていてください。悪いようにはしませんから」

あからさまに不正をしろと囁かれてルリは反発を感じ、振り返って顔を見上げようとした。

「…?」

自分と同じように白い顔。しかし火星にいた時に感じた自分の意志を感じられない表情はそこには無かった。

アリスの雰囲気の変化にルリが戸惑っている内にプロスはカノープスに丸め込まれ、ブリッジ内の話題は状況確認に移っていた。

「現在、戦闘は小康状態だが、後方で木星蜥蜴に動きがある」

「一応、本艦は艦隊の右翼外縁で援護を行います。敵の攻勢に対応して迎撃を行いますので、エステバリス隊はそのまま待機していてください」

ゴート、ユリカの言葉で、パイロット達はいつものおちゃらけた会話をし始め、展望室にイネスと寝ていたアキトをオモチャにしている。
その騒ぎの中、ルリがカノープスの前に小さくコミュニケウィンドウを開いた。

『あの、さっきはごめんなさい。おまけに庇ってもらって本当にすみません』

「いや、こちらこそ驚かせてすまなかった。プロスさんとのことはその分の詫びと考えてくれ」

『でも……』

眉根を寄せるルリの顔を見ていたカノープスの口元が笑いの形にゆがむ。

「その分面白いものが見られたから、それでチャラってのはどうだ?」

『〜〜〜!』

カノープスのセリフにルリは先ほどの自分の行動を思い出す。顔には恥ずかしさを出すまいとしたが、耳やうなじが朱色に染まっては意味がない。

それを見たカノープスは含み笑いをしてコミュニケを閉じた。
傍に戻ってきたアリスがカノープスに囁く。

「いじわるですね」

「そうかな? 君があんな事してたって初めて知ったよ」

またも含み笑いをするカノープスに、アリスはわずかに赤くなった頬をほんの少しふくらましながら再び囁いた。

「やっぱりいじわるです」













目覚めはさわやかとは言い難かった。

ネルガル重工会長にして、今はその身分を偽り機動戦艦ナデシコの新入りパイロットを演じる男=アカツキ・ナガレ。

テンカワ・アキトの漂流騒動も無事におさまり、副操舵手と連合宇宙軍から提督を加えたナデシコにおいて昨夜は新人歓迎会が催されていた。
主賓の1人であるアカツキは当然のごとく、かつ遠慮無く飲まされている。二日酔いの頭を抱えて寝覚めがさわやかになろうはずがない。

〈あー、夕べはどうしたんだっけ?〉

歓迎会でナデシコクルー内に幾つかの麗しい花を見つけ、あちらの花こちらの花とさまよったのまでは覚えている。
ついでにこの船で唯一彼の正体を知っている花が、視線でチクチクと棘を刺してきていたのも記憶にあった。

〈1人くらい摘んで持ってきたかったなぁ〉

件の女史が聞いたら棘でチクチクするくらいでは済まなそうな事を、鈍い頭で彼は考える。

〈あの娘とか特にきれいだったしねぇ〉

恐ろしい程整った白い顔に緑の眼。ポニーテールにしてなお腰に届かんばかりの繊細な髪。

「そうそうこんな色……で!?」

亜麻色の髪が目の隅に入り、彼は完全に覚醒した。
自分のベッドに見知らぬ少女がいる。
あわてて飛び起き、シーツから飛び出した自分の体はブリーフ一枚きり。
そして、入り口から点々とどちらとも言えぬ服が脱ぎ散らかされ、ベッドまで続いている。

〈待て待て待て!〉

オーケー、とにかく落ち着くんだ。ここは一つ冷静に夕べの行動を思い出そうじゃないか。
まずは大きく深呼吸をして。
たしか今までにないくらい飲まされて、エリナ君に助けられながら自分の部屋に帰ってきたんじゃなかったっけ?
うん、そうだ。確かにそうだ。そのままベッドに這い登った時、ぶつけた臑の痕がある。
横になって真新しいシーツの感触を感じてそのまま寝たはずだ。
よし、夕べは何もなかった。僕は潔白だ。

必死に自分へ言い聞かせている途中にしゃくり上げる泣き声が耳に入り、アカツキは動転してしまった。

〈な、泣いてる? 僕が泣かせたのか!?〉

「こんな……非道い…」

「う……」

自分が起きてシーツがめくれている。そこに赤いシミが──。

その意味するところが徐々にアカツキの頭の中で形を成した時、派手な音と共に部屋の入り口が蹴破られる。

「その子に何をした!!」

「うわっ!?」

機関銃を小脇に抱えた黒スーツの男が仁王立ちしている。
その顔半分を覆ったゴーグルに埋め込まれたカメラレンズが鈍い光を反射する。

「貴様!?」

「ご、誤解だ!!」

「そんな格好で誤解だと!!」

自分はブリーフ一丁。ベッドには涙を流す少女。シーツには赤いシミ。

「いや、その──」

冷や汗をだらだらと流すアカツキの前で、男が機関銃のコッキングレバーを引いた。








「で、これは何なの?」

「……エステの最新バージョン」

「そうね、最新バージョンよね。それがどうしてここに書いてあるかって事なんだけど?」

「……カノープス君に使ってもらおうと思ってね」

「ふーん」

会長秘書:エリナ・キンジョウ・ウォンがジト目でにらむ視線の先で、アカツキが引きつった表情で搬入予定リストから目を逸らす。

「じゃあ、これは何?」

「……レールガン」

「こんなのあったかしら?」

「先週から出荷の始まった最新式」

視線が痛い。
そう思いつつもどうしようもなく、アカツキはおとなしくエリナの質問──むしろ尋問──に答える。

「それは最優先で連合地上軍に納入するはずで、ここに記載される物じゃないと私は記憶してるんだけど?」

「……カノープス君に使ってもらおうと思って1丁回してもらった」

「ふーん」

その下に幾つか並ぶリストをエリナがつらつらと指でなぞる。

「あんた──何したのよ?」

「……」

声を潜めるエリナからアカツキは顔をそらした。
それを見て会長秘書がフンと鼻を鳴らす。

「これの予算は入っていないんだから、あなたの個人口座から引き落とすけどいいわよね?」

セリフにクエスチョンは付いているものの、すでにエリナの表情に反論を許す余地は見受けられない。

エリナが立ち去ったあと、アカツキは自分のおしりを撫でながらポツリと漏らした。

「しょうがないじゃないか……ものすごく怖いし痛かったんだから」








床に大量にばらまかれたプラスチック弾を1つ拾い上げ、アリスがカノープスへふり返る。

「どこから持ってきたんですか、それ?」

「セイヤさんから借りたんだ」

「人に向けちゃ駄目なんでしょう?」

「これくらいじゃあいつの女癖は直らなかったよ」

そう言うと、カノープスは精巧に出来たエアガンをベッドに放り投げる。
“直らなかった”と言うことは前にもやったということらしい。
それは兎も角そういう問題ではないのだが、今日はうまくアカツキに要求を呑ませられたのでアリスは不問にすることにした。

赤いシミが派手に付いたシーツを手に取り、アリスが思案顔になる。

「これ、このままクリーニングに出したらまずいですよね」

カノープスとアリスの部屋からこんなモノが出たら、ナデシコ艦内は蜂の巣をつついたような騒ぎ──どころかもっとひどい騒動になるのは目に見えている。その日のうちにカノープスは簀巻きにされて船外の真空へ放り出されるだろう。
かといってこのままアカツキの部屋からこれが出ても、今後の評判がガタ落ちになる彼がちょっとかわいそうな気がする。

「水性インクだからちょっと洗えばわからなくなる」

アリスの手からシーツを受け取ると、カノープスが備え付けの洗面台でシミを洗い流す。

「証拠隠滅してやったってこともあいつに恩を着せられる」

「それ、なんかすごい悪党っぽいです」

「そうかな?」

「そうですよ」

アリスの答えにカノープスは苦笑いをもらす。

「こっちに来る前にプロスさんに教えてもらったことをそのままやっているだけなんだよな」

「じゃあ、一番の悪者はプロスさんですね」

「エリナも似たような講義をしてくれたがな」

悪びれた風もなく返すカノープスの言葉に、アリスはわざと大げさにため息をついてみせる。

「女狐に古狸とはよく言ったものです」













月のネルガル施設の執務室で、トモナガとミサキは月攻略戦の状況をモニターで確認していた。

「ナデシコが戦場に出現したそうです」

「そのようだな」

「彼の──」

ミサキの言葉を片手をあげて制する。

「直接話そう。来たみたいだしな」

部屋の片隅で青い光が踊っている。それは見る間に2人の人間の形をなす。

「ナデシコが復帰したらすぐに来ると思っていたが」

「極楽会長の相手をしていた」

隅の暗がりからカノープスとアリスが歩き出てくる。

「それで、トモナガさんは俺の言葉を信じてくれるのか?」

「現れるなりいきなりだな」

苦笑いをすると目の前のソファーを指し示す。
2人が座り、ミサキがトモナガの後ろにいつものように立つとトモナガは話を切り出した。

「さて、なにから言ったものか──」

わざとらしく咳払いをする。

「確かに君の言ったとおりになった。この後も君の言うとおりのことが起こるのかもしれん」

そこでいったん言葉を切る。カノープスの様子をうかがうと少しこちらに身を乗り出している。

「君が人を助けたいというのも解る。しかし君の言う未来を信じることと、それに協力するのはまた別の問題だ」

「どうしてだ?」

問いかけるカノープスの声にわずかばかりの苛立ちが含まれている。

「君は死ぬ人間を助けたいと言った。当然、助けた人間のその後の身の振り方も考えているのだろうな?」

「……まずは遺跡を確保して戦争を終わらせるのに協力して欲しい。その後は草壁と“火星の後継者”を潰す。できればそれも手伝って欲しいが、自分の生活に戻りたい人に無理に手伝ってもらう気はない」

カノープスの返事を黙ってトモナガは聞いていたが、すぐにきりかえす。

「その間の資金は?」

「え?」

「草壁等を倒すのにはそれなりに資金はいりようなはずだ。君が助けたユートピアコロニーの避難民。シャクヤクと共に死ぬはずの人間。彼らを食わせるだけでも金はかかる」

「それはオリンポス研究所の物資で……」

自信なさげに答えるカノープス。トモナガは容赦なくたたみかける。

「戦争中はそれでいいかもしれん。しかし戦争が終わったらどうする?火星復興が始まったらネルガルは真っ先に火星に乗り込むぞ。オリンポス研に居られるはずがない」

「……」

「……と、君を困らせてもしょうがないのだがな。ゆるせ、ちょっとした憂さ晴らしだ」

「?」

黙り込んでしまったカノープスを見て、フッと息を吐くトモナガ。

「こう見えてもこの地位につくまでいろいろ努力したつもりだ。それもこれも無駄になる訳だからな」

「それは──」

「いや、君に八つ当たりをしてもしょうがないことだったな」

声をかけるカノープスへ片手を挙げて制する。

「悪いが君の遺伝子データその他をナデシコのテンカワ・アキトと照会した。DNAデータだけなら双子やクローンで説明が付くが、指紋からなにからことごとく見事に一致しては否定することもできん。仮にナデシコが月に現れなくてもな」

カノープスがアリスの方へちらりと視線を送ると彼女が口を開く。

「たとえ一卵性双生児でも指紋がまったく同じになることはないんです。今のクローン技術に至っては外見をそっくりに似せることも難しいんですから。ラピスは私のクローンですけど、髪の色が違ったでしょう?」

「そうなのか」

アリスの説明でカノープスが納得する。

「そういうことだ」

トモナガが立ち上がり右手を差し出す。

「これからよろしく頼む。私とミサキ、他に死亡予定の此処の造船技術者30名あまり、君の世話になる」

その手をカノープスがおずおずと握る。

「いたらないことばかりだが……俺の方こそ」

「その君のフォローをするのが私たちの役目なのだろう。さっきの話にしてもそうだ」

「資金の?」

「と言うより職だな。人間70名、労働力になる無人機械、運用に人手のいらない無人艦。運送会社を始めるには良い条件が揃ってると思わないか?」

トモナガが話す言葉を聞いていたアリスが口をはさむ。

「しばらくはいいですけど、惑星間の輸送はそのうちヒサゴプランが取って代わるでしょう」

そのアリスへ楽しそうにトモナガが笑う。

「だから我々でコアユニットを押さえることが別の意味で重要になってくる」

「なるほど、たしかに……」

コクリとアリスが肯く。
その2人の話を聞いていたカノープスがしみじみと言った。

「アカツキが言っていたことがよくわかったよ」

「会長がなにを?」

「金勘定の前に従業員のことを考える役員だったってな」

「それは褒め言葉なのか?」

喜ぶべきか悲しむべきかとトモナガは眉間にしわを寄せる。

「この時間のアカツキにとっては褒め言葉じゃないだろうな」

「そうだろう」

「俺の知っているアカツキはあんたが死んだことを悔やんでいた。今の自分のやり方に賛成してくれる取締役がいないって散々愚痴をこぼしていたからな」

「……」

もし生きてネルガルにいたらトモナガは重用されていたかもしれない。しかし現実はそうならなかった。

「今までは現場の人間優先で仕事をしていた。しかしそれではいい仕事が回ってこなかったぞ」

だから今回はシャクヤク完成を優先させようとしたのだがと続ける。

「あいつは変わるのさ。そのためにナデシコを俺たちの計画に巻き込まないでそのままにしてる」

「歴史は変える。自分はそのままのナデシコに乗りたい。わがままだな君の知っている会長は」

トモナガの言葉にカノープスとアリスが笑みをこぼした。













「ふ〜ん、この子ね」

新任のナデシコ副操舵士にして、ネルガル会長秘書であるエリナの見つめるモニター映像の中で、青年が自室から姿を消す。
それと同時に、展望室を映した隣のモニターにその青年が忽然と現れた。

「それに艦長とフレサンジュ博士」

それぞれブリッジと医務室から消え、展望室へと現れる2人。

腕組み、足組をして椅子にふんぞり返ると、3人分の履歴をウィンドウに並べる。

『昨年度 連合軍士官学校首席卒業』『士官学校在学中、シミュレーションにて全勝無敗の記録を保持』『父:連合宇宙軍極東艦隊司令/中将 ミスマル・コウイチロウ』

『ネルガル・オリンポス研究所 相転移エンジン開発主任』『ナデシコ基本設計者』『医学・薬学・心理学 博士号所得』

「ま、この2人は論外ね」

いずれも得がたい才能の持ち主である。人体実験に供するなど損失の方が大きい。
エリナはミスマル・ユリカとイネス・フレサンジュのウィンドウを閉じる。

残った1つのウィンドウ。

『ナデシココック(見習い)兼 エステバリスパイロット』『両親はネルガルにてボソンジャンプ研究に従事。すでに死亡』

仮にナデシコからいなくなっても代わりがいくらでもいるうえに、家族も後ろ盾になる人物もいない。さらに──。

「ふーん」

最後の備考欄にあるそれを読み、エリナの目が細められ口元が楽しげにほころぶ。

「ホント私のためにいてくれて嬉しいわ」



『第1次火星開戦時ユートピアコロニー在住。数日後サセボ・シティ郊外に出現。移動方法不明』









上機嫌で電算室の入り口を出た時、エリナの目の前にその男が立ちはだかっていた。

「……」

「……」

「…なによ!?」

表情の伺えないゴーグルを付けた顔に、不機嫌さを隠さず問いただす。
その言葉に無言でカノープスは道を空けた。

ようやくボソンジャンプ実験に最適なモルモットを見つけ良くなった気分を害され、エリナは大股で歩き去ろうとした。

奇妙なゴーグル越しに視線を感じる。
正直、この男には関わりたくない・関わって欲しくないというのがエリナの本音である。
というのも、先日の歓迎会の際少し話した時点で自分の思い通りに操れないことを感じとってしまったからだ。

慇懃な態度で道を空けたカノープスの横を通り、廊下を歩き出したエリナの耳に含み笑いが届く。

〈なめられている!?〉

そう感じた瞬間、エリナの足が止まる。
それと同時に、彼女はどちらが上か思い知らせてやらなければ気が済まなくなっていた。

〈そうよ、ただの雇われ人間が私のことを馬鹿にするなんて!〉

上か下か。人間関係において、まずはそれをはっきりさせることが彼女のスタイルだった。
自分が上なら相手を徹底的に利用する。
自分が下なら相手の隙を見つけ立場を逆転させる。
そうして、入社以来 異例とも言えるスピードで今の地位についたのだから。

「ちょっと、あなた!」

「なんだ?」

〈う……〉

勢いで声をかけたものの、返ってきた冷ややかな声にエリナの気勢が削がれる。

「何か用があるのか?」

〈しっかりするのよ、相手の弱みを突いて─〉

「……あ、あなた、妹がいたわよね」

「あの娘がどうかしたのか?」

「今、ナデシコでなんにもしてないって聞いたんだけど?」

「……そういえばそうだったな」

しばし天井を見上げ、ようやく思い出したかのように男から返事が返ってくる。
その間にエリナは相手の攻めどころを頭の中でくみ上げていた。

「うちは慈善事業じゃないんだから、働かない人間を乗せられちゃ困るのよね」

「それはそうだろうな」

「聞けば、あなたも艦長命令拒否したり問題があるそうじゃない」

「そんなこともあったな」

腕組みをしながら壁により掛かり、またもようやく思い出したかのように言うカノープス。

「これからはそういうことをしないで欲しいわね。さもないと妹さん──」

自分でも嫌な顔をしているだろうなと思いながらエリナは言葉を切る。
これでこの嫌なプレッシャーを撒き散らす男を自分の思い通りにできれば、それも安いものである。
ついでにこのゴーグル男の少しぐらい慌てた顔が見られたら、気分も良くなるというものだ。

「そうだな──今後はそういうことがないように善処しよう。あの娘の立場も1つ提案があるしな」

「う……そ、そうして欲しいわね」

あっさりと、うろたえる素振りもまったく見せず、答えるカノープス。
少しは反論があることを予想していたエリナは、拍子抜けした顔しかできなかった。






毒気を抜かれた雰囲気でエリナは立ち去った。
電算室に入ったカノープスはエリナの見ていたデータをログで確認する。

「仕事熱心だなアイツ」

後にA級ジャンパーに分類される3名の履歴閲覧をしていたことから、エリナがなにを考えていたか容易に想像できる。

「約束……だからな」



彼女が、自分の知っている彼女に変わるために、この時代の彼女には極力干渉しない。
それがカノープスの決めたルールだった。



自分がここを使用していたログだけを抹消すると、シートに寄りかかる。

「エルシー……なにを考えて──」

現在のナデシコ食堂を映すモニターの中に、アリス、ユリカ、この時代の自分が話しているのがあった。










「何なんだよ……」

食堂での後かたづけを終え、自室で布団に潜り込んでアキトが疑問を口に出す。

今日もいつも通り。
いつもと同じチューリップ攻略の戦闘。
終わったら食堂で調理。
夕方になると恒例のユリカの「お話ししようよ」攻撃。
その場に居合わせたメグミがつっけんどんな態度になるのもいつも通り。

別にそれは不思議でも何でもない、いつもの光景だった。
以前はごくたまにだけアリスが絡んできていたのが、最近はいつの間にか毎回そこにいる。

『テンカワさんはきっとミスマル艦長を大切にしてくれますね』

『お二人が一緒になったら、そこの子は幸せになれますよね』

彼女がそんな発言を繰り返すたび、ユリカが妄想を爆発させる。
ユリカのその性癖はうるさく思えることはあっても今更気になるわけではない。
が、アリスが事あるごとに妄想を加速させる発言をするのはひどく許せなかった。

「くそ!」

布団の中で寝返りを打っても気分が優れるわけでもない。
のどに刺さった骨のように、何を許せないのかわからないことがアキトを苛立たせる。


そして、悶々とした気分を抱えたアキトの夜は、それからも幾晩となく過ぎていくことになった。













今日もいつもの蜥蜴退治。
カザマ・イツキらエステバリスパイロットが相手するのはバッタ・ジョロ・ゲンゴロウといった虫型無人兵器。
蜥蜴退治より虫叩きといったほうが近い。



エステの登場は、それまで一方的にやられる側だった地球連合の機動兵器部隊を互角以上の戦いを展開できる戦力へと底上げしている。
とは言え、主力と言うにはまだ数が足りない。特に空中戦力としてはそれまでの航空機を主体とした部隊がまだ全体の7割近くを占めている。
バッタにボロボロ落とされる味方を援護するため、エステ隊は連日の戦闘を余儀なくされていた。



今日の戦闘はチューリップ殲滅が目標だった。もちろん、エステバリスにチューリップを落とす力はない。



先の月攻略戦の戦場へ突如出現した相転移エンジン搭載戦艦ナデシコ。

地球各地を転戦しつつ、そのグラビティブラストで次々とチューリップを葬り続けるこの艦が今回の作戦の主役だった。
戦線のど真ん中を突貫するナデシコが、付随するエステバリスと共に敵を蹴散らし、頑丈なチューリップをそのグラビティブラストで消滅させる。
門となるチューリップが無くなり、あとは取り残された無人兵器群を地球側が殲滅するだけである。



ナデシコから500m程離れた左翼で、イツキの所属する部隊はバッタと戦端を開いた。
その右手でグラビティブラストを広範囲に一撃すると、無謀とも思える突撃を開始する白い船体。
雲霞の如く群がる無人兵器を露払いのエステバリス隊が排除する。

遠目にもナデシコのエステ隊が目まぐるしい働きをしているのがイツキにもはっきりとわかった。

「すごい…」

彼女は素直に感嘆の声を上げた。

赤・青・黄三色の機体が見事な連携で空中を奔る。その様はバッタの抵抗を微塵も感じさせなかった。
地上には2機。赤紫の頭部を持つ砲戦の方はややぎこちないが、それでも十分にその役割をこなしている。それを援護する濃い青い機体はこれも上空の3機に負けず劣らずの働きをしていた。

あれよあれよという間にナデシコの周囲からは無人兵器がいなくなっていく。

『ヒュー!』『すげえな、あの3機』『下の2機も負けてないぞ』

部隊の同僚から、コミュニケ越しに賞賛の言葉が続く。

「…本当にすごい」

チューリップを中心にした円状の戦線にナデシコがくさびとなって突き刺さる。
5機の働きはその原動力と言っても言いだろう。

そのナデシコ部隊において、ただ1機働きの見えない機体があるのにイツキは気づいた。
地上で砲戦フレームと共に移動する黒い機体。
遠目には砲戦フレームと一緒に移動するだけの補給役にしか思えない。
近づく敵は援護の青い機体にまかせて攻撃しているようにはどうも見えない。

『お荷物もいるぜ』『ホントだな』

同僚達も気づいたのだろう、せせら笑いと幾つかの揶揄する言葉が飛び交う。



連合軍にとって、体の良い便利屋。自分たちに逆らってビッグバリヤを壊してくれた問題児。
そう認識していたナデシコが今や各地の戦場で主役となっていることに、上層部はもちろん現場の兵隊も良い感情を持ち合わせていない。
その部隊に働かない奴が見つかれば普通以上に馬鹿にするのは詮無いことかもしれない。



仲間の嘲りの言葉を耳にしながら、イツキは黒い機体を目で追う。

〈違う…〉

確かに戦闘もせず、バッタの攻撃をただ避けているだけのようだ。たまに両手に抱えた細長い棒を見当違いに振り回しているようにしか見えない。

〈…その先!〉

棒が振り向けられた先、戦場の彼方でカナブンが落ちるのが見えた。
バッタより強力・大型で装甲の厚いカナブンは、エステにとって恐ろしい存在だった。数が少ないから数機で戦って何とか対処しているものの、ラピッドライフルをものともしないその頑強さに1対1の戦闘では何人ものエステパイロットが命を落としている。対艦攻撃用の武装をしているときもあり、巡洋艦・駆逐艦クラスにとっても危険な敵である。
黒い機体が向いた先、ナデシコをはさんだ遙か遠くの向こう側でそれがまた1機落ちていく。

〈こんな戦場のど真ん中でカナブンだけを狙撃するなんて!〉

信じられない。そう心に浮かんだ思いに自分も戦場にいることをイツキは忘れていた。

『カザマ何している!?』

「え?」

隊長の言葉に我に返ると、そのカナブンが自分へ向かって突っ込んでくるのが目に入る。
回避も迎撃も間に合わない間合いに、イツキの体がすくみ上がる。
その前に戦友のエステが割って入った。

『この──』

「ドーシ?!」

カナブンと激突したエステが一緒にきりもみしながら下へ落ちていく。

『──!!』『──!──!!』

アサルトピット内を埋め尽くすコミュニケの叫びを聞きながら呆然としていたイツキの見ている前で、落下していた塊から無傷のカナブンが飛び出し向きを変える。
一緒に落ちていたエステは腰のあたりで上下半分になり、さらに落下していった。

『まだ来る!?』『回避!!』

無機質なカメラアイがパニックを起こす仲間のエステをギョロリとにらんだ時、カナブンは爆発四散した。

「──え?」

爆煙のはれた後には、何も残っていない。

『カザマ、無事か?』

「は、はい!」

『どうした、お前らしくないぞ』

「すみません…ドーシは?」

『地上で回収されたさ。カナブンは流れ弾にでも当たったんだろう』

「!?」

イツキのふり返った先、ナデシコの足下で黒いエステがこちらに向けていた長い棒を振り上げるのが見えた。

〈レールガン……!〉

『おい、あの黒塗りやろうに馬鹿にされてるぞ!?』『ケッ!ふざけんな』

『お前達も行け!』

隊長の指示に、残った部隊の仲間が気勢を上げる。

『おうさ!!』『俺たちの腕を見せてやる!』『ほら、行くぞ!!』

ナデシコのエステ隊から見れば未熟としか言いようのない戦闘を開始する連合のエステ隊。

『行けるな、カザマ?』

「…はい」

『部隊のエースだ。先頭に立って戦ってくれよ』

「……」

隊長の言葉にイツキの口元がゆがんだ。


なんて──。


常日頃抱く負の感情を吐露しそうになるのをこらえ、イツキは自分の機体を戦場へと駆る。

「ナデシコの……黒いエステバリス…」



いつかそのパイロットに会いたいと、そう願いながら。








ロワーデッキに新たに設けられた索敵シートで、アリスは自分の周囲のウィンドウを1つ閉じる。
チューリップからの増援は先ほどから停止している。戦場に現存するカナブンは2機。
その2機はチューリップの向こうで連合の部隊相手に猛威を振るっている。

〈いくら兄さんでも無理ですね〉

ナデシコの現在地。標的の位置。その間にある最終目標のチューリップの位置。

5キロ以上離れてはさすがに無駄弾を撃つだけだ。
カノープスの希望にあわせてカナブンを優先的に追跡していたおかげで、周囲の虫型兵器はバッタ・ジョロだけとなっていた。



さすがにあのエリナ・キンジョウ・ウォン相手では居候という立場は難しかったので、索敵オペレーターということでヒステリー気味の副操舵手に納得してもらった。
もちろん、本来はオモイカネのオペレーター、後にワンマンオペレーションシステムでナデシコ級を完全コントロールするだけでなく、火星宙域の敵艦全てを掌握したことすらあったアリスにとっては、IFSを使わなくても片手間仕事にしかならない。
オモイカネの捉えた敵影の中から、虫型兵器の位置と予測コースをエステ隊に送るだけである。



「アリスちゃん早〜い」

「もしかしてこういったオペレーターやったことあるの?」

「いえ、ゲームと一緒ですから」

「え〜?でもすごいじゃない」

ミナトとメグミに適当に返事をしながらアリスは索敵作業を再開する。

「うっわ〜アリスちゃんってすごいんだ」

「ホント、すごいよ。僕らも余裕あるし」

「まったくだ」

アッパーデッキでもユリカ等から感心の声が上がっている。
もちろん戦闘中であるのだが、ブリッジ内はノホホンとした空気になりつつあった。



まもなくチューリップも沈むだろうし、戦闘が終わったらわざと人前で・・・・・・カノープスに甘えてみてもいいかもしれない。こんなに自分を心配させたのだから。

戦闘に際して、カノープスは強敵を率先して排除することを己に課している。少しでも死ぬ人間を見たくないというのが理由だが、それがどれほど結果を残しているかは不明である。
カノープスがこの時間に帰ってくるきっかけとなったカザマ・イツキの話では、ただ助けただけでは死ぬ運命の人間が生き残ることがなかったからだ。
自己満足であることをアリスはカノープスに何度も言っている。それでも彼は自らの危険を顧みず無茶な戦闘を繰り返す。
今日もカナブン撃墜を優先して、自分に攻撃してくるバッタ、ジョロすら無視するようなカノープスの戦闘スタイルを散々見せつけさせられ、アリスとしては何度も心臓が止まる思いだった。


〈整備班に袋叩きになるぐらいいいですね。少しはこっちの身にもなって欲しいですから〉

カナブンがいなくなり、カノープスが普通にアキトの援護を始めたことで緊張から解放され、アリスはそんなことを考えていた。


ふと視線を感じて斜め後ろを見ると昔の自分と視線が合う。

〈かわいくないですよね……〉

無愛想。無感情。無表情。我が事ながら情けなくなる。
今更そのことに気づいた自分もちょっとあれな気もするが。

そういえば、自分が最初に笑ったのはいつだったのだろう。
人間開発研究所ではなかったことは確かだし、少なくとも火星に着くまではそんなことはなかったはずだ。
シニカルな笑いならこの頃何度かしているのは覚えている。

「グラビティブラスト射程内にチューリップ入りました」

あくまで機械的に話すルリの声に、アリスは何かもの悲しいものを覚えてしまった。













「さすが、うちのエースだ」

作戦が終了し、帰投したイツキに直属の小隊長が声をかけてくる。
今日だけでイツキの屠ったバッタは30を超える。
昨日までだったらそれで彼女も満足していたかもしれない。だが今日のナデシコとの共同戦線で、そのエステバリス隊の働きを目にして自分の力量に自信を無くしかけていた。

「ドーシは無事でしたか?」

「ん? あー、やられてたよ。まったくドジな野郎だ」

「……」

締まり無く笑いながら自分の部下の死を話す男にイツキは嫌悪感を抱く。
この隊長だけでなく、他の隊員も似たようなのが多かった。正確には多くなったと言うべきか。


“戦場ではいい奴から死ぬ”という言葉をどこで聞いたのだろう?そんなことをふと考えてしまった。

「彼は私をかばってくれました」

「そーだったな」

「……」

〈それだけですか? 自分の部下が死んだのに〉

眉根を寄せるイツキを目の前の男は相変わらずの表情で見てくる。

「それより大隊長が出頭しろとよ」

「わかりました」

「話が終わったら早く戻って来いよ、祝勝会で今日はちょっとしたディナーだからな」

そう言いながらイツキの腰に手を回してくる。エスコートするようなふりをしているが、伸びた鼻の下を見るまでもなくセクハラ以外の何ものでもない。
イツキはその手をはたき落としてやった。

「失礼。至急、出頭しますので」

そう言うと肩に伸ばしてきた手を振り切って歩き出す。背後で舌打ちが聞こえたが努めて気にしないことにした。






大隊長のテント前まで来て、パイロットスーツのままだった事をイツキは後悔した。
ナノマシンで造られたスーツは体のラインをくっきりと浮き上がらせている。
ここに来る間だけでなく、部隊に配属されて以来ずっとこの格好は男達の冷やかしの対象だったのだ。
今更戻ってあの小隊長と鉢合わせするのもイヤなので、このまま出頭することにイツキは決めた。

「カザマ・イツキ曹長、出頭しました」

「入りなさい」

中からの声に入り口の布をめくってくぐると、テーブルに散乱した書類と軽食、ついでにワインのボトルが目に入った。
テーブルの奥で初老をとうに過ぎた大隊長がグラス片手に出迎える。

「お呼びでしょうか」

「今日はご苦労。バッタが30だったそうだが、おそらく今日も連隊のエースは君だったようだな」

「いえ、自分はまだまだです」

ナデシコの6機に比べればこんな数字でも恥ずかしい限りである。
特に黒いエステと比べて、数の問題ではなくいろんな意味で勝てる気がしない。
ほんの少し沈んだ顔をするイツキになにを感じたのか、目の前の大隊長はわざわざグラスを取り出しワインを注ぐ。

「飲みなさい」

「ハイ…」

イツキが受け取ると、老人はグラスを掲げた。

「死んでいった戦友に」

無言でイツキもグラスを掲げ、一気に飲み干す。

グラスをテーブルにおいた大隊長が姿勢を正す。

「君はパイロットになって半年くらいだったな」

「ハイ」

「通常なら2年、早くても1年だが……士官学校へ行く気は無いかね?」

「え?」

「上は早すぎると考えるだろうが、君の戦績を考えると十分だ。どうかね?」

「ですが……」

今日も1人死んだ。明日も誰か死ぬだろう。ここを離れるのはイツキとしては逃げ出すようで心苦しい。

「できたら尉官以上になってもらいたい。そうして君が指揮してくれれば、あの情けないうちのパイロット達もましになるかもしれない」

結局、大隊長のあまりにも熱心な勧めにイツキは士官学校への入学を了承した。
期間は半年。話のあったその日の夜には、後方送りの負傷兵を乗せた輸送機にイツキは乗っていた。急な話とはいえ、老隊長にやけに急かされてのことで部隊の同僚達に話す間もなかった。



「早くしろ!」

無愛想を通り越し殺気だって人を急がせる輸送機パイロットの言葉にムッとしたものの、イツキは黙って従った。
昼間 勝ち戦が終了したばかりだと言うのに、基地隣接の滑走路はえらく騒々しい。
イツキがカーゴルームで腰を落ち着ける間もなく、輸送機は滑走を始めた。

やがて、照明を少なくした薄暗い滑走路が遠ざかる頃、小さな窓から外をながめていたイツキの目に後方で踊り出す炎が飛び込んできた。

「!?」

コクピットに走り込んだイツキに、パイロットはたった今離脱した駐屯基地がバッタに襲われていることを告げる。

「引き返してください!」

「馬鹿言うな!」

「味方が襲われているんですよ!?」

詰め寄るイツキにパイロット達は自分たちの仕事は彼女と負傷兵を運ぶことだと答える。
しばらく押し問答をした結果、イツキは黙って引き下がることしかできなかった。この輸送機に乗せられている以上、彼女は機長に従うことしかできないのだ。

仲間の無事を祈るしかないイツキの視線の先で、やがて炎は遠く小さく見えなくなっていった。








「曹長、手紙を預かっていた」

「……私に?」

後方基地にたどり着いた後、輸送機を降りるイツキに機長が2通の封書を手渡してくれた。

1つは老隊長の手紙だった。

『君のような優秀なパイロットを、いつ全滅するか解らないこの基地においておくのは惜しい。もっとふさわしい所があるはずだ』

『君ならきっと生き延びることができる』

『方面軍司令部への推薦書を添付する。もし希望する部隊が有るなら、行くことができるだろう』

プリンターで出力された手紙の最後に、殴り書きで付け加えられた言葉があった。

“生きろ!”



「大隊長……」

もし生き残っていたのなら、もう一度会いたいとイツキは涙ながらに願うのだった。








第14話−了


次回、北極のクマと南海のお嬢様は出てきません。廃墟の巨大兵器もほぼ出番なし。

 

 

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代理人の感想

む。最後の最後でちょっとやられたなぁ。

かなり可能性は低いけど、できれば彼等が再登場しますように。

 

それはそれとして、アリスの介入に拒否反応を起こしているアキトにちょっと注目したいですね。

なんか、逆効果になったりしなければいいんですけど。