舞人は何も存在しない空間に一人、立っていた

 辺りは真っ白で本当に何もない世界。

 なぜ、拙者はこんなところにいるのだろう。。

 確か、木星に居たはずなのだが・・・。

 

「誰か、誰かいないのでござるか」

 

 声はむなしく空間に吸い込まれていく。

 返事は返ってこない。

 

「ここは、一体・・・・・・」

 

 突然、突風が吹き、思わず眼をつぶる。

 同時に声が聞こえた。

 

「舞人、起きろ〜。何時まで寝てるんだよ」

 

 眼を開けると、白い空間は消え、代わりによく知っている風景が飛び込ん できた。

 それはいつも昼寝をするときに使う場所だった。

 

「おい」

「ここは春の聖域?なぜ拙者はここにいるのでござるか?」

「おい!私を無視するな!」

 

 背の小さな女の子がなにか叫んでいる。

 あまりに小さいので、いままで視界に入っていなかった。

 

「ここは小さい子の来る所じゃないでござるよ。早く家へ・・・」

 

 そこまで言って、拙者は一度口を閉じた。

 この女の子、何か見覚えがあるような気がするのだが・・・。

 

「御主、どこかで拙者と会ったことがあるでござるか?」

「はあ〜?どこかでって、毎日。あ、――姉、おはよ〜」

 

 女の子は拙者の問いに答えず、長い黒髪の少女の方へ走っていってしまっ た。

 

「――姉、また舞人の馬鹿に会いに来たの?」

「こらこら、馬鹿なんてつけては駄目ですよ」

「は〜い」

 

 少女は楽しそうに女の子と話しつつ、こちらに歩いてくる。

 女の子の方も、拙者にとっていた態度とは違い、妙に素直だ。

 

「舞人さん、こんにちは」

「あ、ああ、こんにちはでござるよ」

「ふふ、なんですか、その話し方。面白いですね」

 

 その少女はふんわり笑う。

 形の良い唇から発せられる声。

 不思議と、とても心を落ち着かせる声だった。

 

「ごめんね、――姉。舞人、起きたばっかだから、まだ寝ぼけてるんだ」

 

 女の子が少女の名を何度も言っているのに、なぜかそこだけぼやけて聞こ えない。

 一体、なぜだろうか。

 

「舞人よ、――さんが来てくれてるのに寝ぼけているとはどういう事だ」

「だめよ〜、舞人ちゃん。恋人は大切にしないと」

 

 いつのまにか背後にいた男性と女性にいきなり怒られる。

 会話から察するに、どうやら拙者と少女はそういう仲らしい。

 まったくそんな事は知らなかったが、まあ、この場は余計な事を言わない 方がいいだろう。

 

「舞人さん、いつもの挨拶はしてくれないんですか?」

「いつもの、でござるか?」

「はい、あいさつのキスです」

「な、ななな」

 

 キス・・・相手に親しみの気持ちや敬う気持ちを表すときに行うこと。

 別名、口づけ、接吻、キッス。

 を、今しろと?

 しかも、周りに人がいるのに?

 

「いまさら恥ずかしがることないじゃん。いつもやってることでしょ」

「男なら、女に恥をかかすな」

「ほら、――ちゃん、待ってるわよ〜」

 

 目の前にはすでに目を閉じている少女がいる。

 出来れば逃げ出したかったが、周囲にいる人達がさせてくれそうにない。

 拙者は覚悟を決め、目を閉じた。

 キスをするために少女を抱き寄せようとする。

 

「ごめんなさい。そして・・・さようなら、舞人さん」

「えっ?」

 

 グサッ!

 

 なにか鋭利な物体が体に刺さるのを感じ、拙者はゆっくりと目を開ける。

 目に映った光景は・・・・・・腹部にナイフが深く刺ささり血が止めどな く流れているというもの。

 激痛に耐えられず、膝を地につける。

 

「な、なにを」

「舞人、助けてよ〜」

「!!!!!!!」

 

 拙者は目を疑った。

 先程まで傷一つなかった女の子。

 それが今、首と胴体が離れた状態になっている。

 しかもよく見るとそれは女の子だけではない。

 あの男性は消えていたが、女性も同じ状態と化していた。

 

「舞人は私を幸せにしてやるって言ったよね。守ってやるって言ったよね」

「舞人ちゃ〜ん、私を助けて〜」

 

 話せるはずはないのに、首が話しかけてくる。

 

「舞人」

「舞人ちゃん」

 

 舞人舞人舞人舞人舞人舞人舞人舞人舞人舞人舞人舞人。

 2人の呼びかけが頭に響く。

 

「や、やめろーーーーー!」

「無様ですねえ。舞人君」

 

 誰もいないはずの場所に、鋭利な爪が現れ、拙者の事を切り裂く。

 修羅で応戦しようとしたが、なぜか無かった。

 走馬燈のように少女、女の子、男性、女性のことが脳裏に浮かぶ。

 本当はよく知っている人達のはずなのに、なぜか思い出せない。

 それが、とても悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと見知らぬ天井がみえた。

 夢を見ていたような気がするが・・・・・・よく覚えていない。

 後頭部が冷かったが、それは氷枕のせい。

 氷枕は交換したばかりなのか、まだかなり堅い。

 一瞬、敵に捕まり牢屋にでも入れられているのかと思ったが、どうやら違 うようだ。

 やわらかいベットが牢屋なんかにおいてあるはずがない。

 拙者は体を起こそうとしてみる。

 だが、後頭部の激痛と、女性の声がそれを阻んだ。

 

「あら、無理しちゃだめよ。

 まだ、完全に治ったわけじゃないんだから」

「ここは・・・何処でござる?そしてあなたは?」

 

 状況があまり分からない状態なので、とりあえずあたりさわりない質問を してみる。

 下手な事を聞いて、牢屋送りにされてはたまらないから気をつけなければ。

 

「私は舞歌。あなたと同じ舞に、歌という字を書くわ。

 そしてここは私の屋敷よ」

 

 一体なぜ、拙者は舞歌殿の屋敷にいるのだろうか。

 侵入者と判明している人物が居るべき所は牢屋であって屋敷ではない。

 ましてやケガの治療なんてするはずがなかった。

 

「大丈夫よ。舞人君をどうこうするつもりなんて全然ないから」

「じゃあ、一体どういうつもりでござるか?

 普通、侵入者をベットには寝かさないでござろう」

「私が興味を持ったから」

「興味をもった、でござるか」

「だから、私は舞人君を侵入者ではなく大事なお客さんとして扱うことにし たのよ」

 

 確か、一郎少尉という奴が拙者を追っかけまわしていたはずだが。

 その追っ手とかは来ないのだろうか。

 

「舞人君は私が預かるっていったら、なんか騒いでた人がいたけどね。

 黙らせておいたから、誰も舞人君を追っかけたりしないわ」

「そ、そうでござるか」

 

 一郎は少尉だったはず。

 それを黙らせることが出来るということは舞歌殿のほうが偉いのだろう。

 だが失礼な話、どうみてもそうは見えない。

 ま、助かったのだからどうでもいいか。

 

「舞人君、戦艦を爆発させたらしいけど、本当なのかしら?」

「開いてた戦艦に乗って、操縦席でボタンを適当に押したら自爆装置が起動 して

 そのままドカンと爆発したでござるよ」

「ふふ、本当に興味深い人ね」

「そうでござるか?」

 

 そういえば、一郎少尉が怒ってた理由がいまだに分からない。

 どう考えても良いことをしたはずなのだが・・・・・・。

 ・・・今度あったら直接、理由を聞いてみるとしよう。

 

 ドタドタドタドタ!

 

「マー君が起きたって本当!?」

「あら、枝織。ずいぶんと早いわね」

「マー君に早く会いたかったから走ってきたの!それで、マー君は?」

「そこのベットにいるでしょ」

「わ〜い、マー君が起きてる〜」

 

 そういいながら、飛び込んでくる女の子。

 避けるわけにもいかず拙者は体で抱き止めようとする。

 普段なら楽に、何事もなく、抱き止めることが出来ただろうが・・・・・ ・。

 まだ、完治していない拙者にはかなりきつい・・・というか無理だった。

 だが幸い、倒れてもベットがあるので問題ない。

 ・・・・・・あ、そういえば氷枕があったっけ。

 

ゴン!

 

 その後、十分間ほど、拙者は闇の広がる世界にいた。

 

「マー君!マー君!大丈夫!?」

「枝織!そんなにゆさぶったら駄目よ!」

「ふえ〜ん、マー君が死んじゃったよ〜〜」

 

 再び起きたとき、後頭部の痛みが悪化してたのはなぜだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の目には今、2人の人物が映っている。

 仲が良さそうに手をつないで歩いている枝織ちゃんと舞ちゃんだ。

 枝織ちゃんは長い赤髪。

 舞ちゃんは着ている服は変だが、長い黒髪。

 後ろから見ると、姉妹のように見えるのは私だけだろうか。

 

「えへへへ、マー君の手、温かいね」

「枝織殿の手も温かいでござるよ」

 

 2人共、笑顔で会話をしている。

 とてもじゃないが、昨日の壮絶な戦いをした人達には見えなかった。

 

「ねえねえマー君」

「なんでござるか?枝織殿」

「なんでもな〜い。名前を呼んでみたかっただけ〜」

 

 そういって、枝織ちゃんは舞ちゃんの腕に抱きつく。

 なぜかしらないが、枝織ちゃんは舞ちゃんのことが気に入ったようだった。

 初めて強いと思える者に会ったからかもしれない。

 会ってからわずか2日なのに枝織ちゃんにここまで心を開かせるなんて・ ・・。

 すごいと思うが、少し嫉妬も感じた。

 

「マー君は私のこと好き?」

「好きでござるよ」

「大好き?」

「大好きでござるよ」

 

 聞いている方が恥ずかしい言葉を、舞ちゃんはさらりと恥ずかしげもなく 言う。

 一体何で私は2人のバカップルトークを聞かされ てるのだろう。

 というか、舞ちゃんも枝織ちゃんも私の存在を忘れてるでしょう。

 私がいないと目的地に到着できないのに。

 こっそり、帰ってしまおうかな。

 

「どうしたんでござるか?零夜殿」

「ど、どうもしてないよ。」

「どれ、どれ」

 

 何も言わずに、舞ちゃんは空いてる手を私の額にあてた。

 

「え?え?え?」

「ふ〜む、熱があるようでござるな。少し顔も赤いし、風邪でござろうか」

 

 熱があるのも、顔が赤いのも風邪のせいではない。

 明らかに、舞ちゃんが急に変なことしたせいだ。

 

「零夜殿も手をつなぐでござるか?」

「いえ、いいです!」

「遠慮は・・・」

「そ、それよりなんで一郎少尉のところへいくの?」

 

 話をそらすために、疑問に思っていた事を聞く。

 

「マー君、その話、私も聞きたいな」

「ああ、そういえばまだ話してなかったでござるな」

 

 とりあえず、作戦は成功。

 私はホッと胸をなでおろした。

 

「拙者の武器、魔刀・修羅を持ってるかもしれないのでござるよ」

「それって、どんな武器なの?」

「そうでござるな、説明は難しいでござるが・・・

 日本刀ってわかるでござるか?

 形はそれに近いでござるよ」

「む〜〜、わからない」

「まあ、百聞は一見にしかず。見るのが一番早いでござるよ」

 

 枝織ちゃんは想像できなかったようだが、私にはどんな武器か想像できた。

 つまり、それを身につければ完全な侍スタイルというわけだ。

 それにしても、なぜ舞ちゃんは侍の格好などしているのだろう。

 今、地球で流行っているのだろうか?

 

「ねえねえ、マー君。その武器、私にも使えるかな?」

「ん〜、どうでござろうな」

「大丈夫だよ!私、力はあるもん。きっと使えるよ」

「・・・そうでござるな。枝織殿なら扱えるかもしれないでござるな」

 

 気のせいだろうか。

 枝織ちゃんと会話する舞ちゃんの表情が一瞬、くもったように見えたのは。

 

「さ、こんなところで立ち止まってないで早く行くでござるよ」

 

 そういうと、舞ちゃんは私の手をつかみ、歩き始めた。

 さっきの風邪の話を忘れてはいなかったようだ。

 私が何を言っても放してはくれず、目的地に到着するまで赤面していたこ とは言うまでもない話。

 

 

 

 

 

 

 

「くそ!舞歌の奴、女のくせに!」

 

 一郎はどうしようもないこの怒りを、壁にぶつけて発散しようとしていた。

 だが、何度、足で蹴っても怒りはおさまらない。

 逆に足が痛くなっていき、さらに気分が悪くなる。

 

「それに、あの侵入者の野郎、俺の管轄する戦艦をぶっ壊しやがって!」

 

 爆発したのは一機だけだったが、爆発の衝撃は他の戦艦にも被害をあたえ、 おまけに部下も何人か死んだ。

 おかげでしばらく自宅待機で、処分待ちの身となった。

 あの侵入者野郎のせいである。

 とりあえず殺すなという命令がきているが、そんなこと知ったことではな い。

 適当に理由をつければ上も納得するはずだ。

 なにせ奴は侵入者、しかもおそらく地球人である。

 どうやって木星内に侵入したのかしらないが、今現在敵対している惑星の 者をこのまま木星内で生かしておくわけにもいかない。

 危険分子となる奴は殺さなければならないのだ。

 そうだ、俺が奴を殺せば自宅待機は解除、ついでに褒美がもらえるに違い ない!

 

「くっくっくっ、待ってろよ侵入者め。完璧な作戦で殺してやるからな」

 

 そういえば、なにかめずらしい物を部下が拾ってきていたな。

 なにかに使えるかもしれない。

 少し、調べてみるとするか。

 俺は細長い物体に近づき、持ち上げようとした。

 

「あ?なんだ?」

 

 不思議なことに物体はまったく持ち上がらない。

 

「くっ、このお!」

 

 全力でやってみたが微動だにしない。

 諦めて、俺は手を放す。

 そういえば、先ほど部下がこれを持ってくるとき、5人がかりで持ってき ていた。

 あの時は、何をやっているのか不思議に思ったが・・・なるほど、こうい うわけか。

 

「残念でござったな。あんたは修羅にまったく気に入られなかったようでご ざる」

「なっ!何処から入った!貴様ら!」

 

 叫びながらブラスターを取り出そうとする俺。

 だが、自宅待機中の俺は武器を取り上げられて、今は持っていなかった。

 

「あ〜、勝手にあがらせてもらったでござるよ」

「何度も呼んだんだけどね・・・」

「これがマー君の武器?変な形だ〜」

 

 長い赤髪の女が物体に手を伸ばす。

 馬鹿め、重すぎて貴様のような小娘には持ち上げられないわ。

 だが、次の瞬間・・・

 

「む〜、確かにこれはちょっと重いね」

「ほほう、すごいでござるな。枝織殿は修羅にかなり気に入られたようでご ざるよ」

 

 俺は目前に広がる光景を疑った。

 小娘が物体を持ち上げたのだ。

 なぜだ、なぜなんだ!

 なぜ、小娘に持ち上げられて、この俺に出来ない!

 

「か、貸せ!」

「あ、止めた方がいいでござるよ」

 

 男の制止の声も聞かず、俺は小娘を突き飛ばしつつ物体を奪う。

 

「ひゃん!」

「怪我はないでござるか?枝織殿」

「う、うん。マー君が支えてくれたから大丈夫」

「ぐぉぉぉぉぉ!」

 

 やはり、その物体は重く、支えきる事は出来ず、俺は倒れる。

 誰も支えてはくれないので、物体に引っ張られるように地面に激突した。

 

「修羅は使い手を選ぶ意志のある武器でござる。

 修羅が気に入れば気に入るほど重量は軽くなるのでござるよ。

 つまり、逆にいえば嫌われればどうしようもないほど重くなる。

 見たところ、枝織殿は結構気に入られたようでござるが、御主は嫌われた ようでござるな。

 ちなみに言葉も理解できるから悪口とか言うと機嫌を損ねるでござるよ」

 

 男は物体を持ち上げ、腰の部分に身につける。

 

「く、くそおおおおおおお!」

 

 悔しくて、何も考えずに拳で男に殴りかかる。

 その後の事など何も考えてはいない。

 ただ、一度、この男の苦痛にゆがむ顔が見てみたかった。

 視界の隅で赤い何かが動いた。

 

ドコッ!

 

 当たらない、そう思っていたがあっけないほど簡単に拳は男の顔をとらえ た。 

 

「ま、マー君・・・・・・」

「枝織殿、やめるでござるよ」

 

 小娘の手刀が、俺の首筋に触れた状態で止まっている。

 いや、止められている。

 俺の拳が直撃した男によって。

 

「な、なんで止めるの?この人はマー君を殴ろうとしたんだよ」

「だからといって殺すことはないでござろう?」

「で、でも・・・」

「でも、じゃないでござるよ」

「う〜、わかった。マー君のいうとおりにする」

 

 ふざけるな!!

 なぜ、俺が敵などに助けられねばならないのだ!?

 

ドコッ!バキッ!

 

 2発、顔に拳をおみまいしてやった。

 さあ、顔を苦痛にゆがませろ、憎んだ顔をみせろ!

 

「用件もすんだし、もう行くでござるよ」

「ま、舞ちゃん大丈夫?」

「ああ、問題ないでござるよ」

 

 何事もなかったように部屋から出て行く男。

 俺はそれを見ていることしかできなかった。

 

「絶対に奴に後悔させてやる。この俺を怒らせたことを」

 

 作戦はまだ思いついては・・・・・いや、良いことを思いついた。

 

「誰かを捕らえて、奴の眼前で殺してやればいい。

 そうだな、あの女がちょうどいいか」

 

 俺は長い赤髪の女ではない、もう一人の女の事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

代理人の感想

ん〜。

一郎少尉の方に正義があると思う人、手を上げて〜(爆)