機動戦艦ナデシコ

時の流れに

if

CROSSROADS BLUES

 

第三話

HANGING BY A MOMENT

 

「やはり、行くか。」

 ミスマル提督が呟く。ここは、第三防衛ラインの機動兵器格納庫。彼の眼前には、一機の宇宙軍正式採用の機動兵器、「デルフィニュウム」が鎮座している。

「ええ、これが一番、手っ取り早い方法ですから。」

 ジュンはそう言って、左手を見つめた。そこには、ナノマシン投与を示す、IFSのタトゥーが刻まれていた。

 ミスマル提督は溜息を一つ吐くと、ジュンの方に向き直った。

「君が発進した、一分後に追っ手が出る。………ナデシコの識別コードも入力されていないから、ナデシコ側からも攻撃を受けることになる。」

「まさに、前門の虎、後門の狼ですね。」

 ジュンは、笑って言った。

「笑っておる場合かね? ナデシコの通信レンジに入るまで、君はその状態だ。熟練のパイロットでさえも、生還率は三割にも満たないミッションだぞ?」

 ミスマル提督の声には、無謀な生徒を叱る教師の色が、多分に含まれていた。

 ジュンは、それに対し、笑って言う。

「それくらいの奇跡、起こせないでどうします? これから、どれほどの死線をくぐり抜けるかも解らないのに。」

「しかしだな………」

「それに、」

 ミスマル提督の言葉尻を押さえて、ジュンは語り始める。

「ここで死ぬなら、僕もそれまでの人間だったってコトですよ。」

 ミスマル提督は、言葉を無くした。ジュンの瞳に、決意の色を見たから。

「最後に一つ。本当に僕が何の用意も無しに、こんな作戦を立てるとお思いですか? 提督?」

 ジュンは冗談めかして言い、着込んだパイロット・スーツの着心地を確かめ、ヘルメットを被った。

 そして、コックピットに滑り込むジュンに対し、ミスマル提督は声をかけた。

「ジュン君、地球に帰還したら、友達を連れて家に来なさい。一緒に酒でも飲もう。」

 ジュンは、ミスマル提督に顔を向け、言った。

「提督の奢りなら、いつでも。」

 

 ナデシコは、防衛ラインの突破を開始していた。

 と、言っても、実際は第三と第一防衛ライン以外は、ナデシコに対して全く意味をなさない。

 第七、第六、第五はそのままスルーした。

 現在、ナデシコは第四防衛ライン上にいる。

 第四防衛ラインは、ミサイルの雨だ。

 でも、ナデシコのDFに阻まれて、直撃することは無い。

 アキヒトは格納庫の壁にもたれ、何を思ったか知らないが、アコースティック・ギターを弾いていた。

 曲は、CREAMの「CROSSROADS」のアコースティック版。難しい曲である。

「上手いな、アマガワ。」

 工具箱を枕に、アキヒトの隣で横になっていたヤマダが言った。

「そうでもないさ。練習すりゃ、誰にでもできる。」

 そう言いながらも、ギターを爪弾く指は止めない。

「そうか。」

 そう言うと、ヤマダはアキヒトに背中を向けた。数秒もしないうちに、寝息が聞こえてくる。

 アキヒトは苦笑すると、最後の弦を弾いて、ギターをケースに片付けた。

 数秒後、ウリバタケがこちらに近づいてくるのが解った。

「アマガワ、リクエストしていいか?」

 アキヒトは軽く笑みを浮かべると、ギターを取り出し、ストラップを肩に通しながら、ウリバタケに答えた。

「いいぜ、おやっさん。何にする?」

 ウリバタケは、少し考える素振りをして、アキヒトに告げた。

「俺ぁ、洋楽なんて知らないからよ。“ゆず”の『夏色』、頼むわ。」

 アキヒトは、少し笑った。

「おやっさん。顔に似合わねぇ趣味だな。」

「やかましい! 早く弾きやがれ!!」

 アキヒトは、1フレットにカポをつけ、最初のフレーズを爪弾いた。

 ついでに、唄ってみる。

 柔らかなギターの音が、格納庫に溶けていった。

 

 対して、そんなにのんびりもしていられないのがブリッジである。艦長以下、クルー全員、それなりに忙しそうに動いている。提督と副提督はお茶を飲んでいるが。

「キリがありませんねぇ。」

 そう呟いたのは、メグミ。呆けた声だ。スクリーンには、ミサイルがボカスカ当たっている情景が映し出されているが、合成映像のように現実味は無い。

「後、一時間ほどで第三防衛ラインに入ります。そしたら、もう少し現実味のある戦闘が見れますよ。」

 ルリが言った。それはそうだろう。しかし、楽しみにするのは論外だ。これから始まるのは、殺し合いである。

「アキトぉ〜。ユリカ、早くアキトに会いたいよぉ〜。」

 艦長席に突っ伏して、情けない呻き声を上げているのは、艦長のユリカだ。

「これ、艦長。自分の職務を放り出すでない。」

「そうよ。私たちは、副長からアナタのことを頼まれているの。職務怠慢など、もってのほか。」

 提督と副提督が言った。

「ひーん!」

 ユリカは泣き出した。これで本当に二十歳なのだろうか。

「チキンライス、お待ち。」

 ブリッジの扉から、アキトが岡持を提げて入ってきた。途端にユリカの表情が、活性化する。

「アキトぉ〜! ユリカはここだよぉ〜!!」

 アキトに向かい、腕をブンブン振るユリカ。でも、アキトは無視。ユリカの扱いを心得ている。

「あ〜ん、アキトぉ〜。」

 哀しそうな声をあげるユリカ。

 ナデシコは、第三防衛ラインに着々と近づいていた。

 

 流石に、格納庫にも緊張が伝わってくる。いつもと変わらないのは、アキヒトとヤマダだけだ。

「おい、アキヒト。」

 ウリバタケが、アキヒトに声をかけた。アキヒトはパイロット・スーツに着替え、いつでも出撃できる体勢になっている。

「何だ? おやっさん。」

 アキヒトがウリバタケの方を向く。いつもと変わらない表情。

「お前さ、これから人殺ししに行くのに、なんで笑っていられるんだ?」

 敵機、デルフィニュウムは有人機である。勿論、脱出装置は積まれているが、コックピットに直撃を食らった場合や、当たり所が悪かった場合、パイロットは死亡する。

 高高度での戦闘のため、もしコックピットから放り出された場合の生還確率は、一割にも満たない。

 ウリバタケの人殺しという単語も、言い得て妙である。

「そうだなぁ。別に、これが初めてじゃないし、ね。殺すのも、殺されるのも。」

 アキヒトは、淡々と答えた。その淡白さは、逆に言葉の真実味を増していた。

「そ………うか。」

 ウリバタケは、少し気圧されたようだったが、すぐに持ち直した。

「あ、おやっさん。」

 ウリバタケは、突然のアキヒトの口調の変化についていけなかった。

「な、何だ。」

 アキヒトは、さも心外だというように、苦笑を浮かべた。

「俺のギター、部屋に片付けといてくんない?」

 

 耳障りな警報が、格納庫に響き渡る。

『本艦は、第三防衛ラインに到達しました。エステバリス部隊は、発進準備を…』

 それにあわせたオペレーターの報告。緊張感はMAXだ。

「それじゃ、行くぜ。」

 アキヒトは、ウリバタケに別れを告げると、自機に向かい駆け出した。

「死ぬなよぉー、アキヒト。」

 ウリバタケの叫びに、振り向かず、親指を上げて返す。

 自機のコックピットに到着すると、ヘルメットを被る。そのままコックピットに潜り込み、ブリッジからの発進指令に備える。

『アマガワ、稼ぎ時だな。』

 ヤマダから通信が入った。彼の声にも、一切の脅えを感じない。

「ああ。敵さんが、俺の財布に見合う機数だと願うよ。」

 ヤマダが、笑いながら問う。

『何でだ?』

 アキヒトもまた、笑って答える。

「全機、俺が落とすからさ。財布がいきなり重くなったら、持ち歩くのに苦労するだろ?」

 ヤマダが爆笑した。気持ちのよさそうな笑顔だ。

『確かにな。財布がいきなり重くなったら、そりゃ、苦労するわな。』

 そんなことをしている間に、ブリッジから通信が入った。

『ブリッジより、各機へ。発進体勢。』

 単刀直入で、簡潔な命令だ。ウインドウの向こう側には、メグミがいる。

「『『了解。』』」

 今回はアキトも出撃するため、三人の声が唱和した。

『アキトさん。絶対、生還してくださいね。』

 メグミがそんなことを言った。何故、アキトだけにそんなことを言うのか、などと野暮なコトを言うヤツはいない。

『アキト、こう頼まれちゃ、生還するっきゃねぇよな?』

 ヤマダが茶化すように言った。しかし、アキトの表情は変わらない。

『元より、そのつもりだ。』

 ヤマダは、シラけたと表情で主張して、通信を切った。

 アキヒトは、アキト機を見た。三機のなか、唯一の0Gフレームだ(他機は空戦フレーム)。

 元々ピンク色だった機体は、黒に再塗装され、よりいっそう重厚感が増している。自分の機体のクロムシルバーとは、正反対のカラーリングだ。

 その上、スラスター類の大型化、反応速度の上昇、関節の駆動幅の増加など、様々な強化が施されている。

 何故、コイツだけ、とは思わなかった。ホシノ・ルリが、妙にコイツの実力を信頼している時点で、何かがあるとは感じていたが。

 正直、そんなことはどうでもいい。他人の生き様に干渉する気もないし、自分の生き様に干渉されたいとも思わない。そう、“他人”には。

 アキト機と、繋げっぱなしになっているウインドウから、女の声が聞こえてくる。あのポンコツ艦長にホシノ・ルリ、果ては、厨房の女の子五人組まで通信を送ってきたらしい。

「モテるな。テンカワ。」

 アキヒトは、初めて自分から、アキトに話を振った。

『そんなことはない。』

 正直、返答してくるとは思わなかったので、少し驚いた。

「お前、その中から、一人に選べるか?」

 気になったので、訊いてみた。アキトは即答した。

『今は、無理だ。』

 その返答が、癪に障った。

「一つ、言っておく。俺はお前の人生に口出しする気はない。だが、これだけは言わせて貰う。お前、本気で選ぶ気あるか?」

 アキトは沈黙した。

「選んだところで、他の女の子を拒絶する勇気はあるのか? 俺も、エラそうなことを言えるほど、人生、生きてきたワケじゃないが、な。」

 アキヒトはそう言って、左手のIFSを眺めた。その眼光には、幾分かの怒りが含まれていた。

 アキトがそのことについて何か話そうとした瞬間、ブリッジから通信が入った。

『敵機は、デルフィニュウム十機。なお、十四分後に第二防衛ラインのミサイル波が接近します。それまでに、必ず帰還してください。』

『「『了解。』」』

 三人の声が唱和する。

『それでは、各機、発進体勢に移行して下さい。』

 三機が、揃ってカタパルトにつく。カタパルトは一台。まずは、一号機のアキト機からの出撃だ。

アキト機には、特に装備は施されていない。素手でも勝てるとの、自信の表れだろうか。

『テンカワ機、システム・オールグリーン。発進許可、出ます!!』

 メグミの声が、アキトに出撃を告げる。

『テンカワ・アキト、発進する!!』

 その声と共に、カタパルトが作動し、アキト機は無限の宇宙に打ち出された。

 ついでカタパルトについたのは、ヤマダ機。

両肩にラピット・ライフルを、スリングで担いでいる。

『ヤマダ機、システム・オールグリーン。発進許可、出ます!!』

『ヤマダ・ジロウ、出るぞ!!』

 ヤマダ機も同様に、真空空間に打ち出される。

 続いて、アキヒトの順番だ。

 右手に持ったラピット・ライフルが、鈍く輝く。

『アマガワ機、システム・オールグリーン。あの、アキヒトさん。』

「? 何だ?」

 突然の言葉に、面食らうアキヒト。

『テンカワさんを、余り苛めないで下さい。………発進許可、出ます!!』

 それに対し、苦笑いを浮かべる。

「別に苛めてるワケじゃないんだがな……… アマガワ・アキヒト、出撃するぞ!! 死にたくないヤツはどいてろ!!」

 その言葉と共に、強烈なGがアキヒトを襲う。そんな中、アキヒトは笑っていた。

 Gが収まった時、眼前には巨大な地球があった。

 未だ成層圏内なので空戦フレームが使用可能だが、もう少しナデシコが上昇すれば、0Gフレームが必要となるだろう。

 視界の隅のレーダーに、十粒の光点が写っていた。この機体の向いている向きとは、反対側だ。

 スラスターを使用して、機体の向きを変える。重力圏内なので、このような動作にはスラスターが、必要不可欠だ。

 そのまま、軽くレバーを倒す。意味の無い動作だが、イメージの助けにはなる。

 微速前進。それで十分だ。それほど距離は離れていない。

 重力に引かれ、高度が下がる。望むところだ。交戦域の下から奇襲してやる。

 二次元レーダーの隣の、三次元レーダーによれば、既にこの機体の位置は、交戦域の下方に300メートルらしい。

「さて、行くか。」

 アキヒトはそう呟いた。その瞬間、一気にフット・ペダルを踏み込む。

 エステバリスにギア・チェンジなど存在しない。一気にトップ・スピードだ。

 錐揉み回転をかけながら、左手にイミディエット・ダガーを握らせる。敵機との交錯まで、後数秒。

 交錯の瞬間、デルフィニュウムの右脇腹には、一筋の剣筋が通っていた。それは、コックピットにも達している。

 一瞬後の爆散。だが、既にアキヒトは、別の敵に狙いを定めている。

「コイツは、違うな。」

 ラピット・ライフルの、フルオート射撃。片手保持なので狙いがぶれるが、弾幕を張るのが目的なので、問題ない。

 それでも、その機体には二、三発命中したらしい。致命傷ではないが。

 敵機は逃げ出した。アキヒトは、それを追いかける。

 時折、ラピット・ライフルで射撃を試みるが、あたらない。元から命中するのを期待しているわけではないが。

 敵機の正面に、一つの影がよぎる。

 次の瞬間、敵機のコックピットは鋼鉄の腕で貫かれていた。

「貸し、一つな。ヤマダ。」

 アキヒトは、そのヤマダ機に向かい通信を送った。

『後で倍にして返す。楽しみにしてろ。』

 笑い混じりの返答が返ってくる。

 メイン・カメラに、一機のデルフィニュウムが写った。ただし、五体満足ではない。

 その機体には、右腕が欠損していた。

「ヤマダ。」

『ああ、あの機体だ。』

 お互い、頷くと、その機体の左右に取り付く。

 ジュンから、二人が受けた命令は、「右腕が欠損した機体に、僕は乗ってくる。」だ。

「ジュンか?」

 その機体に触れさせた右腕を通し、通信回線を開く。いわゆる、「お肌のふれあい回線」と呼ばれるものだ。

『アキヒトか。………助かった。』

 映像は送られてきていないが、確かにジュンの声だ。ただし、怪我をしているのか、少々くぐもってはいたが。

『怪我でもしたか?』

 ヤマダが問うた。ジュンは、くぐもった声で答えた。

『右手を撃たせたとき、コックピットで破片が跳ね回った。そいつが右腕に直撃してね。骨まで届いているんじゃないかな?』

「“モルヒネ”は打ったか?」

 アキヒトが言った。どんな機体のコックピットにも、サバイバル・キットは常備されている。その中には、痛み止めと称した合成麻薬も入っている。これは、大昔からの愛称で、「モルヒネ」と呼ばれている。全くの別物であるが。

『サバイバル・キットが、見つからない。止血は済ませたけど、気絶しそうに痛い。』

 アキヒトは、ほっとした。

「いいか、絶対に“モルヒネ”は使うな。確かに痛みは消えるが、依存性がバカ高い。ソイツ使ってジャンキーになったヤツ、俺は何人も知ってるぞ。」

 ジュンは、少し慄いたようだ。

『わ、解った。とにかく、早くナデシコに連れて行ってくれ。このままじゃ、もう、持たない。』

 本気でヤバイらしい。

 アキヒトは、舌打ちしながら、アキトとの通信回線を開いた。

「テンカワ、副長殿のお帰りだ。怪我をされているようだから、ナデシコに護送する。ついては、後を頼む。」

 アキト側からの通信は、短かった。

『了解。』

 その声には、愉悦の色が混入していた。

 

「ブリッジ! 副長殿のお帰りだ!! 衛生班を一個小隊ほど、格納庫に待機させておいてくれ。」

 アキヒトが、ブリッジに向かって呼びかける。

 ヤマダと協力し、半壊しているデルフィニュウムを慎重にデッキに入れる。

 自機も降着姿勢をとり、アキヒトはコックピットを飛び出した。ヤマダは、すでにデルフィニュウムのコックピット付近にいる。

 ヤマダと頷き合い、コックピット・カバー横の、緊急排除レバーを下げる。

 装甲板に仕込まれた炸薬が破裂し、コックピット・カバーが外れる。

 中には、右腕を押さえて、悶絶するジュンの姿があった。右手の肘から先は、存在していない。

 コックピットは、ジュンが流した血で、真っ赤に彩られていた。

「衛生班、早く運び出してくれ!!」

 ヤマダが叫んだ。アキヒトはジュンの傍に降り、止血帯を結びなおした。

「あ、アキヒト。僕は………」

「心配するな。こんなの、致命傷でもなんでもない。」

 ジュンを元気づけてやる。こんなことしかやる事は無いが、何もしないよりはマシだろう。

 ジュンは首を横に振り、胸ポケットに入った、血まみれの封筒をアキヒトに押し付けた。

「これを、提督に、渡して、くれ。何、かは、提、督が、知ってる。」

 切れ切れに、ジュンが告げた。言葉を話すのも辛いのだろう。

 アキヒトは、封筒を受け取り、力強く頷いた。

 ジュンは笑顔を見せると、今度こそ気絶した。

 気絶したジュンを運び出す、衛生官。アキヒトとヤマダは、その後姿をしばらく眺めると、隣にいたウリバタケに話しかけた。

「で、我らがエース殿は? おやっさん?」

 アキヒトが言った。パイロット・スーツは血塗れだが、大して気にしてはいないらしい。

「今、お前らが出撃してから、十五分経った。それなのに未帰還ってぇコトは、解ってるだろ。」

 ウリバタケが、淡々と告げた。しかし、ヤマダとアキヒトはそうは思っていないようだ。

「あいつ、エースなんだろ? なら、ミサイルの雨ぐらい、どうとでもするんじゃねぇの?」

 アキヒトが、肩をすくめて言った。ヤマダも頷く。

「確かに。あの自信なら、それくらいはやってくれないと、他のパイロットに示しがつかないだろ。」

 ヤマダも同意見のようだ。

「おいおい、幾らスゴ腕のパイロットといえども、んな曲芸みたいなコト、出来るわけねぇだろうが!」

 ウリバタケが反論する。彼の意見も最もである。

 まず、エステバリスは戦艦からのエネルギー供給により稼動する。そのフィールド内にいなければ、数分間しか活動できない。

 つまり、逃げる範囲が、戦闘機その他に比べて、極端に狭い。

 そして、ナデシコ自体もDFを張っているから、接近することが出来ない。これは、時にDFが武器としても転用されることからも解る。

 この二つの制限のなか、ミサイルの雨を回避するなどという芸当は、たとえプロでも不可能である。

「じゃあ、賭けてみるか。おやっさん。テンカワが帰ってくるかどうか。」

 アキヒトはそう言ったが、ヤマダに止められた。

「アマガワ、まずはジュンの用事を済ませてから、だろ。」

「それもそうか。」

 アキヒトは、ウリバタケに右手を上げて別れを告げると、ヤマダと共にブリッジを目指した。

「おい、二人とも。」

 ウリバタケは、二人を呼び止めた。怪訝そうな表情で振り向く二人。

「パイロット・スーツくらい、着替えてけ。」

 

 ブリッジには、嫌な沈黙が満ちていた。

「第二防衛ライン、突破。」

 ルリの淡々とした声が、ブリッジに反響する。

 最後に、ミサイルを破壊しつつ、回避行動に出るという通信を残して、アキトとの通信は途絶した。

「ルリちゃん。アキトは?」

 ユリカのお気楽な声も、今は震えていた。

「テンカワ機、テンカワ機、 ………応答してください。テンカワさん。」

 メグミは半泣きだ。

「艦長、あのミサイルとDFの板ばさみです。一流のパイロットでも、生存は……」

「そんなことはありません。」

 プロスの悲観的な台詞を、ルリは一刀両断する。

「艦長、アキトさんが信じられないんですか? アキトさんは強い人です。約束を必ず守る人です。私は、アキトさんを信じています。」

 ルリの台詞が終わるか、終わらないかの時、ブリッジの扉が開いた。

 その向こう側には、赤い制服を着た二人が立っていた。

「取り込み中に悪いんだが、提督はドナタですか、ってね。」

 銀髪の、柄の悪い方の人が言った。

「あ、アマガワさん。」

 ルリも、少々驚いたらしい。

 メグミは、柳眉を怒らせて言った。

「なんで、テンカワさんを見捨ててきたんですか! アマガワさん!!」

 アキヒトは、さも心外そうに答える。少し、腰が引けているのはご愛嬌だ。

「何でって、副長とパイロット、どっちが重要か、なんて明白だろ?」

 ヤマダも頷く。メグミと、今度はユリカまでもが、顔を紅潮させて詰め寄ってきた。

「そんな、人の命をランク付けするみたいなこと、言わないで下さい!!」

「そうよ! ジュン君は確かに大事なお友達だけど、アキトはスッゴク大事な人なんだからね!!」

 アキヒトは、流石に引いた腰を戻して、呆れ顔で言った。

「あのな、お前ら、もうランク付けしてんじゃねぇか。ジュンより、テンカワのほうが大事なんだろ? 素直にそう言っちまえよ。」

 二人は、答える言葉を無くした。アキヒトは続ける。

「大体、ここは戦場だぜ? 命にランク付けするのが普通なんだよ。アンタらのほうが少数派さ。この空間では。」

 アキヒトはそう言うと、提督席に座っていたフクベに近づいた。

「爺さん、アンタが提督か?」

 フクベは大きく頷いた。

「確かに、私が提督だ。」

 アキヒトは懐から、血塗れの封筒を取り出した。それを見たユリカとメグミが、悲鳴を上げる。

「ジュンから、アンタへのプレゼントだそうだ。しっかり渡したぜ。」

 フクベは、もう一つ頷く。

「君が、アマガワ・アキヒト君か。なるほど。茶に付き合ってくれるのを、楽しみにしているぞ。」

 アキヒトは、苦笑して言った。

「まだ、覚えてやがったのかよ。年寄りは年寄りらしく、少しは耄碌しやがれ。」

 フクベは笑う。

「ほほほ、まだ私は耄碌するには若くてね。君の方が早くボケはじめるかも知れんぞ。」

 アキヒトは、苦虫を噛み潰したような表情をした。

「元気な爺さんだ。じゃあな。気が向いたら、付き合ってやるよ。」

 アキヒトは、フクベに別れを告げると、ヤマダと一緒に廊下の外に出た。

 アキトからの通信が入ったのは、その数瞬後だった。

 

 ジュンが、右腕と引き換えに運んできたMDVDのおかげで、第一防衛ラインも無事、切り抜けることに成功した。

 この作戦の一番の功労者である、ジュン。だが、彼は結構、報われない。

「ジュンよぉ、見舞いに来るのが俺とヤマダだけってのは、本当か?」

 むさい男二人しか見舞いに来ないのなら、それは報われない証拠だろう。

「なんかもう、笑うしかないってヤツ?」

 別にユリカのためにやったことではないといえ、ユリカが一回も訪ねてこないのは、ちょっぴり哀しい。

「まあ、飲め、ジュン。身体の中から消毒しろ。」

 怪我人にアルコール(ウイスキー)をすすめるヤマダ。アキヒトのグラスにも、並々と生のウイスキーが注がれている。

 ジュンは苦笑すると、ヤマダが注いだグラスを、左手で持つ。義手は一週間後に完成の予定だ。

「三人とも、酒は持ったな。じゃあ、ナデシコの前途と、ジュンの帰還を祝して。」

 ヤマダの音頭に会わせて、三人の声が唱和する。

「「「乾杯。」」」

(第三話 終了 第四話に続く)

 

 

 

代理人の感想

うーん・・・・・・・つまらないとは言いませんけど、こう、ね。

違和感がこりこりと。

所謂「小骨が当たるような感触」って奴です。

 

で、何がそうなのかというとキャラクターの違い。

ジュンとかヤマダとかキノコとか、そう言った連中が原作とは余りにも違う・・・というか殆ど別人なんですよね。

プロローグ2のハーリーや素ルリは原作から変化するに足るだけの理由があったわけですが、

この連中は素で別人なんですよね。

「原作キャラの知られざる一面」ってレベルじゃなくて、本当に何から何まで別人。

変化するだけの理由が全く示されてないし、そもそも元のキャラがほとんど残ってない。

他にウリバタケなども、十七話で見せた「プロフェッショナルの覚悟」っぷりからすると

今回のアマガワとの問答はやや頂けませんし。

 

まぁ、ナデシコ二次創作として読まなければ問題にはならないのですがそれは余りにあんまりですよ。

 

もっとも実はこれら全部が伏線で、原作と性格の違う奴は

「逆行してきたアキトを引っ掛けるための替え玉」とかだったりしたら絶賛しちゃいますが(爆)。