機動戦艦ナデシコ
時の流れに
…if
〜CROSSROADS BLUES〜
第四話
「Blood Sugar Sex Magik」
「はじめましてーっ! 新人パイロットの、アマノ・ヒカルでぇーす!!」
少々、力の無い歓声が響いた。新人のアマノ・ヒカル女史は、大歓声を期待していたらしく、拍子抜けしたような表情で、自己紹介を続けた。
「十八歳、独身、女。好きなものは、ピザの端の固くなったところと、両口屋の千なり、後、山本屋の味噌煮込みでぇ〜す!!」
やっぱり、力の無い歓声が響く。集まった整備員の中には、口元を押さえて、今にも吐きそうな表情をしている者もいた。
アマノ・ヒカル女史は、舞台袖(?)に下がると、立っていたプロスに耳打ちした。
「どうしたんですか? 皆さん、元気がありませんけど………?」
プロスは、苦笑を滲ませて、液キ○ベを飲みながら言った。
「ははは、いや、お恥ずかしい。実は昨日から今日の朝にかけて、大宴会をやらかしまして、皆さん、寝不足の上に二日酔いなのですよ……… うう〜」
プロスは頭を抑えた。どうやら、二日酔いで頭が痛いらしい。
「あ、あの三人、特にアオイさん。怪我人なのに、どんな肝臓しているのか………」
ヒカルは、少し引いた。まさか、こんなに“濃い”艦だとは思ってもみなかったから。
「とりあえず、俺たちの自己紹介は、後でいいよな? こんな状態だしよ。」
二人の後ろにいた、緑色に染めた髪を、ショートにした女性が言った。
「自己紹介……… 事故の紹介、私の場合、交通事故……… くくく………」
意味の解らない冗談を言ったのは、髪を腰まで長く伸ばした女性だ。
どうやら観客席(?)にも聞こえていたらしく、一瞬、酔いが醒めたような表情をした整備員がいた。
プロスも固まった。
「い………、イズミ、ギャグは俺のいないトコロでやってくんねぇか?」
ショートの女性が言った。
「あら、リョーコ。それじゃ意味が無いわ。」
腰まで届くロングヘアの女性が言った。それに対し、ヒカルが割り込んだ。
「まぁまぁ、二人とも。それじゃあ同僚さんと顔合わせしましょ!」
ヒカルの意見に、プロスが乗った。
実際、先程、宇宙コロニーのサツキミドリからの避難民(木星蜥蜴の襲撃らしい)から引き取られたばかりの三人は、同僚であるパイロットたちと、顔合わせをすませていない。
「ヒカルさんの意見を採用しましょう。私もこのザマですしね……… しかし、私も昔は、宴会マスターと呼ばれて恐れられたものですが、それも過去の栄光となってしまいましたねぇ…」
プロスはしみじみと言った。
宴会中、急性アルコール中毒で医務室に直行したアキトは、未だ悪夢にうなされ続けていた。
「うう〜、アマガワ。俺は映画なんて、見ていないぞぉ〜。」
うわ言まで意味不明だ。
それを横目で眺めながら、三人の女性たちは、アキトのベッドの横で、火花を散らしていた。誰が看病するかで。
「アキトは、私が面倒、見るのぉ〜! ………頭、痛い。」
「艦長はちゃんと仕事、してください。 ………私、飲んでないのに、どうして吐き気がするんでしょうか?」
「いえ、ここは私が……… 仕事とかで飲みなれてるから、てっきり強い方だと思ってたのに………」
上から、“艦長”、“妖精”、“通信士”の発言である。どうやら噂の“宴会”は、飲んでいない人にまで被害を及ぼすほどの、“壮絶な”ものだったらしい。
“妖精”は、気を取り直して言った。
「とにかく、アキトさんが倒れた原因は、あの“三人”の鯨飲です。」
「ルリちゃん。それ、冗談?」
「本気です。」
“妖精”は、ちょっとふらふらしながら言った。
「多分、新しい人員が入ってくるたび、このような“大惨事”は起こりえます。宴会は、一般クルーの“総意”で行われるので、止めることは事実上不可能。」
「ルリちゃん。なにが言いたいの?」
“通信士”が問うた。
「つまり、このような事態が起きないために、アキトさんをどうやって、宴席から遠ざけるか、これが問題なのです。」
三人の目の色が変わった。もはや、アキトの看病のことなど眼中にない。
医務室には、一種の“瘴気”が満ちた。
外から見ていた、プロス以下三人は、
「………彼は、次回ということで。」
激しく頷いた。
アキヒトとヤマダは、ジュンの部屋でだべっていた。医療の発達した昨今、輸血と義手の装着くらいなら、ほんの半日の入院で事足りる。故に、ジュンは今、自室にいた。
義手はウリバタケ製だったりするので、どんな“武装”が装備されているのか、少々怖いところではあるが。
「アキヒト、ジロウ、君らは本当にウワバミだな。」
目の前の、先程まで飲んでいたはずなのに、酔いを一切感じさせない二人に対し、ジュンは悪態を吐いた。
「喧しい!! 今、大事なところだ!」
アキヒトは、男相手には珍しく、余裕を感じさせない声で返した。
「アマガワ、その選択肢は一番上だ。」
「解ってる。ここが正念場だろ?」
緊迫した雰囲気が、ヤマダとアキヒトの間に漂う。
アキヒトの指が動いた。
「よし!」
「これでプラグは立った。後は、話を進めるだけだ!」
何のことはない。二人がやっていたのは、十八禁戦略シミュレーションゲーム、「マ○ラヴ・オルタネイ○ィブ」だ。
百年前に流行ったPCゲームの続編だ。最近になってようやく発売された。勿論、最初に「マブ○ヴ」をやっていた世代の人間は、もうこの世にはいない。
内容的には、戦略パートの難易度が異常に高く、それ目当てで買う人間もいる。(なんせ、自機一機で、三百体の敵を相手にしなくてはならないステージもある。)
「戦略パート……… ジュン、君に決めた!!」
「勝手に決めるなよ……… はぁ。」
勿論、ジュンの部屋でやっているのには理由がある。アキヒトやヤマダの脳ミソでは、どう転んでも後半のステージをクリアすることは出来ない。なぜならば、彼らが進んでいるのは「鑑○夏ルート」。正規ヒロインルートであるが、難易度は何と、連合大学の戦略シミュレーション実習科の、卒業論文レベルである。
その学科を次席で卒業したジュンにとって、(戦術は生き物であることを考慮しても)この問題は、易しくは無くても解けるレベルである。
なお、このゲーム、ヒロインによって難易度が決まってくるが、正直、純○ルート以外のルートは、易しい。つまるところ、最大の萌えキャラのえちぃCGは、限られた人間しか見ることの出来ない、お宝CGなのである(アキヒト、ヤマダ主観では)。
「まず、一機を別働隊として、敵の補給路を断つ。その後、三機で凸陣形を敷き、敵を二手に分断。そこで、両端の山岳地帯に伏せていた二機を使い、合流した四機を二機に分けて挟み撃ちにして、各個撃破で終了、っと。」
六機だけの手駒で、実に鮮やかな勝利である。常人なら一日がかりのシナリオを、僅か十分で解いてしまった。
「やっぱり、このゲームは戦略的に間違ってるよ。何で敵よりも多くの戦力を配置しないのさ。陥落した地点なんて早く見捨てて、この地域の戦略的防御を高めた方が、絶対的に理にかなってるよ。」
尤もな意見だが、それはゲームの製作者に対するツッコミとして受け取っておこう。いくら登場人物がヘボだとしても、その原因は彼らには存在しないのだから。
「ふふふ……… これでまた、○夏ENDに近づいた。」
「エ○ストラ以来、百云十年……… ようやく、あの純○の、二つ目のえちぃシーンが………」
アキヒトとヤマダ、意外と酔っている。一晩飲んでこの程度の酔いとは、化け物だろうか。
そんな三人の部屋に、コミュニケの呼び出し音が響いた。
『ジュンさん……… お、丁度、お二方もいらっしゃる。すみませんが、開けていただけますかな?』
通信はプロスからだった。ウインドウの後ろには、何だか女性らしき人物が、三人ほどいた。
ジュンは血の気が引くのを感じた。彼の後ろには、酔っ払い二人(自分は埒外)と、エロゲ。女性に嫌われるものが二つも揃っている。
彼とて若い男だ。女性に嫌われるのは、何としても避けたい。
「あ〜! マブラ○だぁ!! やっぱ、御○冥夜チャンが一番ですよねぇ〜」
「む! 我々の大義(純○至上主義)を阻む敵対勢力を発見!! 直ちに撃滅すべし!!」
何だか、後ろで妙な会話が聞こえるが、彼の耳には到達していない。
彼の優秀な頭蓋骨の中身は、今やこの状況をどう打破するかのみに重点を置いていた。
「あの〜、アオイさん? 無断で部屋にあがったことは、後で謝らせていただきますが……… 聞いちゃいませんね。」
プロスの言葉なんて、勿論聞こえやしない。
(ん? プロスさん?)
「な、なんでプロスさんがここにいるんですかぁー!!」
絶叫するジュン。後方を振り向けば、メガネをかけた女性とヤマダが、問答を繰り広げている姿が目に映った。
アキヒトは、やっぱり表情が凍っている。
「………(汗)」
扉の方に目を向けると、緑色のショートの女性が呆れかえった表情で、この光景を眺めているのが目に入った。
隣の長い髪の女性は、
「喧嘩、献花、お葬式……… くくく。」
見なかったことにしておこう。
「プロスさん。彼女たちは?」
うざったく垂れ下がる前髪をかきあげながら、ジュンが言った。こういう動作が厭味に見えないのは、ジュンの美徳の賜物だろう。
「ああ、今日から配属になった、新人パイロットさんたちです。………言っておきますが、彼女たちは“常人”ですので。」
最後の部分、プロスは小声で言った。ジュンは激しく頷いた。実際、アキト、アキヒト、ヤマダの三人の実力は、異常である(特にアキト)。IFSがあるため、訓練なしでもそれなりの活躍ができるのがエステの最大の特徴だが、それを度外視しても、三人の実力は群を抜いている。
エステの操縦の上達には、場馴れが欠かせない。操縦方法がイメージである以上、実体験の差が、実力の差となって現れるのだ。
これらを踏まえて考えると、この二人が、どんな修羅場を歩いてきたのか、想像に難くない。
しかしジュンは、彼らにそれを問うつもりは無かった。問うても仕方が無いし、必要でもない。重要なのは、今、自分が彼らを信頼しているという事実だけである。
「よく解りました。ユリカにも言い聞かせておきます。」
自分の過去も、決して人に話せるようなものではないから。
「へへっ、私の名前は、アマノ・ヒカル。宜しくねっ! 二人とも!!」
メガネの女性が、アキヒトとヤマダに向かい、自己紹介をした。
マ○ラヴの電源は落とし、酔い覚ましを飲んで、二人揃って素面である。酔い覚ましは画期的な発明で、一錠飲めば、血液中のアルコールを全て分解できるという代物である。勿論、副作用もあり、服用者は必ず、二日酔いに似た症状に悩まされる。
でも、この二人はけろっ、としている。どうやら、ほとんどのアルコールは体内で分解を済ませていたらしい。
ジュンはこの場には関係ないので、酔い覚ましは飲んでいない。
「ひ、非常識な………」
二人に酷い目を見させようと、この薬を薦めたプロスが、そんな台詞をはいたとかはかなかったとか。
「あ〜、よろしくな。……冥○好きな点はいただけないが。」
「………よろしく(汗)。」
二人らしく、返答した。ヒカルはアキヒトに対し、何か不審そうな瞳を向けた。
「あの、その銀髪の方? 何で滝汗、かいちゃってるんですか?」
「!?(滝汗)」
アキヒトは脅えた。代わりにヤマダが答える。
「ああ、コイツ、女性恐怖症でな。女嫌いってワケじゃないんだが、女性の前では、どうしても脅えちまうんだと。」
アキヒトは、的確な表現に対し、激しく頭を振って同意した。
「そ、そうなんですか… た、大変ですね。」
さしものヒカルも困惑ぎみだ。
ヒカルはヤマダのほうを向くと、なにか思いついたかのような表情を浮かべた。
「! あ、あの〜、失礼ですが、昔、ボクシングとかやってませんでしたか?」
ヤマダは、一瞬、呆然とした表情を浮かべたが、すぐに苦笑した。
「ああ、昔、ね。」
ヒカルの表情に、喜色が宿った。
「もしかしてもしかして! ダイゴウジ・ガイってリング・ネームで、プロのリングにあがってたり………」
「ストップ。それは多分、別人だ。」
ヤマダは笑顔で否定したが、その表情には哀愁が多分に含有していた。
それに気づき、バツの悪そうな表情をしたヒカルに代わり、緑色の髪のショートの女性が、自己紹介を始めた。
「俺の名前は、スバル・リョーコ。軟弱な男は嫌いだ。以上。」
リョーコは、アキヒトに視線を向けながら言った。
アキヒトはそれに対し、何故か女性相手なのに、不敵な笑みを浮かべて言った。
「軟弱かどうか、試してみるか?」
アキヒトは軽く手招きをする。リョーコは好戦的な笑みを浮かべて、拳を握った。
「はいはい、そこまで。リョーコも喧嘩を売らない。」
髪の長い女性が、二人の間の険悪な空気を読み取って、言った。
「私は、マキ・イズミ。宜しくね。」
アキヒトに向かい、左手を差し出す。アキヒトは、真っ赤になってその手を握った。
「貴方と握手…… 新たな香具師。くくくく………」
なんだか意味が解らないが、どうやらギャグらしく、しかも本人の中ではヒットらしい。アキヒトは、真っ赤になった顔を蒼白く染めなおした。
「ああ、そういえば。」
プロスが、なにやら思いついたかのように提案した。
「サツキミドリ内に、0Gフレームが一台、残っているらしいんです。出来れば、取りに行ってもらいたいんですが。ああ勿論、ボーナスは出ますよ。」
五人は格納庫に着くと、パイロットスーツに着替え、自分のエステに乗り込んだ。
アキヒトは、自分の機体にも0Gフレームが着せられているのを見て、少し驚いた。今までの経験上、彼だけ空戦フレームで出撃、という事態を想像していたくらいだから。
どうやら、ウリバタケは自分の注文どおりの仕上げにしてくれたらしい。
腕関節の構造から、ワイヤード・フィストはオミットされていることが解る。その他にも、不要な箇所からは装甲版が取り外され、必要な場所にも、ギリギリまで肉抜きが施されている。背部スラスターは、企画内で最大の出力のものに変わっていた。無論、塗装なんてされていないから、地肌のクロムシルバーが露出している。
戦闘において、最初の一撃が大切だということは、前に書いたとおりである。言うなれば、最初の一撃が強烈なら、多少の実力差は塗り替えられるのだ。
この0Gフレームは、その“最初の一撃”に全てを賭ける仕様となっている。瞬間的に加速し、敵に攻撃する間を与えず、一気に撃墜する。それがこの機体のコンセプトだ。
とは言っても、所詮は急ごしらえの機体だし、安全面(戦場に安全性などお笑い種だが)などの処置もあるので、アキヒトが期待する瞬間加速能力には程遠い仕上がりになってしまった。それでも、最善を尽くしてくれたウリバタケには、感謝こそすれ、不満を言う余地は無い。
アキヒトは、笑顔でコックピットに滑り込んだ。誰しも、“新品”を貰えるのは嬉しいものだ。
『アキヒト、準備はいいか?』
ヤマダから通信が入る。ウインドウの向こう側では、笑顔を貼り付けたヤマダが、こちらを眺めていた。
アキヒトはヤマダ機のほうに、カメラ・アイを向ける。そこには、やはり0Gフレームを纏ったヤマダ機の姿があった。
『お前も注文通りの仕上がりだったらしいな。俺のもそうさ。関節の稼動範囲の向上と、フィールド・パンチの強化。文句なしの仕上がりだ。』
アキヒトはヤマダに微笑みかけると、自慢話を始めようと口を開いた。
しかし、それは突然割り込んできた、三人娘のウインドウに遮られた。
『あ〜、羨ましいなぁ。新しい“お洋服”なんて。』
ヒカルが、心底、羨ましそうな声で言った。
『瞬発力と機動性中心の改造と、格闘性能中心の改造。どちらも理にかなってるわ。』
イズミが珍しくも真面目な表情で言う。
『けっ、見たところ、相当のじゃじゃ馬らしいが、お前、本当に乗りこなせるのかよ。』
リョーコが、アキヒトに対して煽るように言った。
「お前を乗りこなすよりは楽そうだぜ、リョーコ。あと、俺の名前はアマガワ・アキヒトだ。確か、紹介してなかったよな。」
リョーコは、アキヒトの台詞に対し、顔を真っ赤にしながら怒鳴り返した。
『ちょっ、ど、どういう意味だよ! しかも、いきなり呼び捨てか? 馴れ馴れしいぞ、コラぁ!! そ、それに、お前、女性恐怖症じゃなかったのかよ!!』
アキヒトは予想通りのいかにもな反応に、顔を綻ばせながら解説する。
「まず、最初の質問でリョーコがまだ“お嬢ちゃん”だということを確信。呼び捨ての理由は、“スバル”じゃ語呂が悪いから。そして、リョーコの最後の質問の答えは、お前が、どう見ても、俺がイジるべきキャラだから、だ。」
『最後のは、理由になってねぇよ!!』
顔を真っ赤にしたまま、リョーコが叫ぶ。アキヒトは、やっぱり意地の悪い笑みを浮かべると、
「かーわいーなぁ。俺が今度、抱いてやろうか? リョーコ?」
とほざいた。リョーコは耳まで真っ赤にして、茹蛸になりながら怒鳴る。
『だだだだだだだだだだだだ誰が、おおおおおおお前なんかにぃぃぃぃぃぃ!!』
攻守逆転、である。普段は女性に対し、軽口どころか話もロクに出来ない筈のアキヒトが、妙にリョーコ相手には攻め属性だ。
『アキヒト君。あまりリョーコをイジらないで。………噛み付くわよ、このコ。』
『誰が噛み付くかぁ!!』
イズミがフォローになってないフォローをすると、リョーコが噛み付きそうな勢いで叫んだ。収集がつかなくなってきた様子を見かねて、ヤマダが言った。
『じゃあ、そろそろ行こうぜ。………紹介がまだだったな。俺はヤマダ・ジロウ。ダイゴウジ・ガイの“そっくりさん”だ。』
ヤマダが冗談めかして言った。
「それじゃ、俺から行くぜ。」
『あ、コラ! 逃げるな、バカヤロウ!!』
リョーコが、ウインドウ越しにでも噛み付きそうな勢いで言った。
「心配スンナ。後でたっぷり、相手してやるよ。ベッドの上で、な。」
『!!!!!!!!!』
最後の部分は、小声で、しかも妙に歴戦のツワモノめいた声色で囁いた。勿論、男に耐性の無いリョーコなどは、真っ赤っ赤である。
「アマガワ・アキヒト、出撃するぞ! 死にたくないヤツは、どいてろ!!」
公務出撃のため、ブリッジからの出撃許可は必要ない。格納庫からカタパルトを操作し、出撃する。このため、いざという時は、ブリッジからの操作が無くても発進が可能である。
『じゃあ続いて、俺が行くか。…ヤマダ・ジロウ、出るぞ!』
ヤマダ機も、カタパルトの向こう側に消えてゆく。
『それじゃ、リョーコ、あとでね。……アマノ・ヒカル、いっきま〜す!』
オレンジの機体―――アマノ機がカタパルトから発進する。
『じゃあ、リョーコ。ちゃんと来るのよ。………マキ・イズミ、発進するわ!』
水色の機体―――イズミ機が、無限の宇宙へと、その翼を広げた。
一瞬後、平常に戻ったリョーコが、今度は怒りに顔を紅潮させ、ウインドウに向かって叫んだ。
『あ! 糞!! 俺をおいていくな!! ………スバル・リョーコ、行くぜ!!』
赤い機体―――スバル機が飛び立つ。
隣の黒い機体は、搭乗者を待って泣いているように見えた。
宇宙は広い。レーダーという命綱が無ければ、永久に帰って来る事は出来ない。そんな空間の中に、鋼鉄の棺桶に入れられ放り出されることは、意外と心細いことである。
だから、パイロットは無駄口を叩きたがる。寂しさを誤魔化したいがために。
『何だ、リョーコ? 一人ぼっちが怖いのか? 今夜は俺が添い寝してあげようか?』
失言だった。と、リョーコは思った。何故か、コイツに対しては、いい会話の切り返しが出来ない。苦手な話題であることもあるのだが、それだけではない気もする。
「いらねーよ。それより、誰か残しておかなくていいのか? 艦の防御が手薄だぜ?」
今度は顔を紅潮させずに済んだ。別に好みのタイプというわけではない。むしろ、彼女の好みは、優しくて、線の細い、優等生めいた男性だ(前の台詞には反するが)。アキヒトは、意地悪で、線が太く、無神経で、不良めいていた。絶対に好きになるタイプではない。
彼女は、外面がチャラチャラしたヤツが大嫌いだ。特に(自分のことは度外視して)、髪を染めたり、服をだらしなく着ている男性には虫唾がはしる。最初にアキヒトに噛み付いたのは、そういった理由だ。
(なんでぇ、あの銀髪。いつか、ぜってーブッ殺す。)
ウインドウの向こうのアキヒトが、妙に寒そうな表情をしたのは気のせいだ。多分。
『ああ、必要だな。誰か、立候補者はいるか?』
ヤマダが音頭をとる。勿論、立候補はいない。
『じゃあ、俺が外で待つわ。スバル、お前、リーダーな。』
ヤマダの台詞は、一瞬冗談かと思ったが、全員の目の色からすると、本気らしい。
「………何で?」
無駄だと思ったが、訊いてみた。案の定、帰ってきた答えはふざけたものだ。
『決まってる。お前の機体色は、“赤”だろう。』
それがどうした、と思った。
『“赤”はリーダーの色と、昔っから決まってる。アカシック・コードにも載ってるぞ、“赤は隊長の色”ってな。』
宇宙的な黄金率で、彼女がリーダーになることは決定していたらしい。
(決めた。こいつも“いつかブッ殺すリスト”に追加。)
リョーコの目が、妙に光った気がした。多分、これに一番似合う効果音は、「キュピーン」だろう。
ウインドウの向こうのヤマダが、寒気を訴えたが、無視。
「それじゃ、サツキミドリの探索を開始するぜ。」
どうせ選ばれたのなら、せめてリーダーらしく先陣を切ろう。スバル・リョーコ、与えられた仕事はしっかりとこなすタイプである。多分、A型だ。
「俺が先頭で案内する。後続はしっかり、警戒しながらついて来いよ。」
『うい。』
『はぁ〜い。』
『解ったわ。』
上から、アキヒト、ヒカル、イズミの順番だ。わざわざ書かなくても解るが。
サツキミドリ内部は、木星蜥蜴に対抗する軍人以外の避難が滞りなく完了していたため、死体がふよふよ漂っていたりはしなかった。
ただ、古巣がガランとしているのを見るのは、正直、薄ら寒い思いがした。
『リョーコぉ、震えてんのか?』
気づかれた。よりによって、一番気づかれたくない奴に。
だが、彼の次の言葉は、予想外であった。
『俺が先行しようか? 辛いだろ、知り合いの死体、見んのは。』
たしかに、ここから先には、避難しなかった顔見知りの軍人がいた区域だ。しかも、ここに空気はない。
避難後に、木星蜥蜴が攻めて来たらしい。この先の区域の生存者の存在は、絶望的である。
だが、それでも、アキヒトに弱みを見せたくなかった。何より、ここでアキヒトに頼るのは、死者から逃げるような気がして嫌だった。
「いい。俺が先行する。」
アキヒトは、ウインドウの向こうで微笑んだようだ。何故だろうか。
『開けるわ。』
イズミのエステが、隔壁の解除レバーを引き下げる。予想通り、空気は存在しなかった。
その代わり、そこには死体があった。
酸欠で死ぬより先に、突入してきた「バッタ」にやられたらしい。対人ミサイルにより、身体中に破片を貼り付けた死体。機銃で蜂の巣にされ、はらわたをはみ出させた死体。頭を撃って自殺したらしい、灰色の脳髄をぶちまけた死体。
死体、死体、死体。肉片と鮮血の乱舞だ。
その中には無論、リョーコやヒカル、イズミの顔見知りの、変わり果てた姿もあった。
死体も見慣れていたわけではない。エステバリスライダーは、大抵の場合、死体が残らない。その上、これほどまでに無残な死体を、大量に見るのは初めてだった。しかも、一度ならず会話した仲でもある。
堪えきれず、リョーコは嘔吐した。
「う、うえ………っぷ。おえ。」
ヘルメットに内蔵されたバキュームが嘔吐物を吸い取るが、胃液の臭いまでは消えない。
『吐くのはいい。目を逸らすよりは、な。』
アキヒトが何か言ったようだが、リョーコの耳には入ってこなかった。
ウインドウを見ると、ヒカルも嘔吐を堪えている。アキヒトとイズミは、平気そうだ。
「い、行くぜ。」
何だか、むしょうに気恥ずかしく、リョーコは前進をうながすだけだった。
エステの格納庫は、その前の部屋から見れば、はるかに死体の数は少なかった。それでも、無いことは無かったが。
残った0Gフレームは、無傷のまま、ハンガー内に鎮座していた。
『………引っかかるな。この状況。』
アキヒトがぼやいた。イズミもその意見に同意する。
『死体があるのに、0Gフレームは無事。………怪しすぎるわ。』
リョーコも二人の意見は尤もだ、と思った。だが、どんなに怪しくても、動かなければ始まらない。
「とにかく、もって帰ろうぜ。後のことは、整備班にまかせて………」
リョーコの台詞が半ばもいかないうちに、アサルトピットが搭載されていないはずの0Gフレームが“起動”した。
アサルトピットが搭載されるはずの部分に、「バッタ」が取り付いている。まるで、化け物蜘蛛に操られる、人間のようだ。
『デビルエステバリスだぁ〜!』
ヒカルが叫ぶ。安直すぎないかと一瞬、思った。これが決定的な隙になった。
驚異的な速度で、ワイヤード・フィストを放つ。目標は……… リョーコだ!
「ちぃ!」
紙一重で上半身を捻り避けたが、続く二発目はかわせない。
(まずい、コックピット直撃コースだ。)
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
思わず、悲鳴をあげた。彼女もこれが初陣ではなかったが、こんなに“死”に近づいたのは、初めてだった。
それは新兵の上げる悲鳴にも似ていたが、誰も彼女を臆病だとは言えない。誰しも、自らの理不尽な死が目の前まで来ていたら、同じような反応をするだろう。
防衛本能が、尿道を押し広げたが、この時点では気づかなかった。
しかし、リョーコの戦死という事態は、未然に防がれた。
アキヒト機のケンカ・キックが、ワイヤード・フィストを叩き落としたから。
軌道の変わったワイヤード・フィストは、スバル機を大きく迂回し、格納庫の壁に突き刺さった。
『おらぁ!!』
イミディエット・ダガーを腰だめに構えたアキヒト機が、デビルエステバリスとの間合い(約800メートル)を一気に詰める。速い。
スピードに乗り、突き出されたイミディエット・ダガーの切っ先を、かろうじて避けるデビルエステバリス。
『それで避けたつもりかよ!』
ウインドウの向こうのアキヒトの表情は、笑っていた。
腕を戻し、ミサイルで壁を破壊して逃げる、デビルエステバリス。
だが、アキヒト“たち”はその逃亡を許さなかった。
外に飛び出すデビルエステバリス。しかし、いきなりその軌道の方向ベクトルが変化した。
『ふん、フォルテッシモに決まったか。』
ベクトルを曲げたのは、ヤマダのエステのフィールド・パンチだ。アッパーカットのように打ち込んだ拳が、デビルエステバリスの“顎”にヒットし、上方向に飛ばされたのである。
『あれって、ダイゴウジ・ガイのフィニッシュ・ブローの一つ、“マグナム・フィスト”……… やっぱり、ヤマダさんは………』
ヒカルが聞き取れないような小声で呟いた。
リョーコの眼前では、戦闘は一方的な展開に落ち着いてきた。
アキヒトがその機動力で牽制し、出来た隙をヤマダが突く。このコンビネーションの繰り返しは、屈強なバッタの装甲をも削り取っていった。
『任せたぜ、ヤマダ!!』
『応ぉ、アマガワ!!』
小刻みな乱打、だが、DFを纏った一撃は、たとえジャブでも凶器と化す。
次々と、パンチ打ちのように穴が開いていく、デビルエステバリス。
『そろそろ、グロッキーみたいだなぁ! すぐに楽にしてやるぜ!!』
ヤマダの乱打が止まる。ただし、右腕は大きく引き絞られている。
アキヒトもヤマダの後方で、イミディエット・ダガーを振りかざしている。
『『BREAK OFF!』』
二人の声が唱和した。
ヤマダの右ストレートは、デビルエステバリスの胴体をブチ貫き、アキヒトのダガーは、頸部を切り裂いていた。
リョーコは大きな溜息をつくと、シートに座りなおした。下半身に冷たい感触があって、初めて自分が失禁していたことに気づいた。
『さて、帰るぜ。今日は無理だが、明日は宴会だ。』
アキヒトの台詞は、決して優しくは無い。
リョーコは、彼らと自分の実力の差を思い知った。
リョーコは認めたくなくて、最初よりもいっそうアキヒトに噛み付いた。
嘔吐や失禁したのが恥ずかしく、自分でも何を言ったか覚えてはいなかったが、彼に感じた違和感だけは記憶に残った。
自分と同年代のはずなのに、アキヒトは妙に“場馴れ”していたのだ。
まるで、箸より早く、銃を手に取ったかのような。
(第四話 終了 第五話につづく)
代理人の感想
うーむ。
読んでるほうも違和感を禁じえませんが・・・これって故意なのかなぁ。
だとしたら凄いんですが。