機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

 

 ベッドの上で俺は、一人考え事をしていた。頭に違和感を感じるが、それは包帯のせいだ。

 慣れていたはずの事…

 だが、俺は泣いた…

 あいつと出会ってからの4年間が、気付かない間に俺を変えていたのかもしれない…

 良い方になんだろうが…

 俺は、ため息をついて思案する…

 

 

 

 まともに… なったのかな… 少なくともあの頃よりは…

 ガイには、青い目で見られたし、ウリバタケさんからは、またエステバリスをぶっ壊して来た事を怒られたけど…

 面倒くさい… 認めよう… 俺は変わったんだ。アイツと出会ってから… とりあえずは…

 行方不明の事件… 公式発表ではそうなった。戸籍は、あの後コネを使って変えておいたし… 足が付く心配は無いだろう。

「涙なんて… 流したのは、何年ぶりだろうな…」

 俺は、懐に入れていたCZ75を抜き取る。7年前に買ってから捨てるに捨てられず、そのまま持っていた物だ。手入れは欠かしては居ないが、何分使ったことが無いので、癖などは、7年間の付き合いの中でも分かっていない… 裏ポケが、グリースまみれになっていたが、身だしなみは大して気にしない性質なので本当に気にしていない。

「ばぁん」

 俺は、そう言うと手首のスナップで、銃身を上げた。マガジンの中は空だ、チェーンバーにも弾薬は入っていない… 無論、弾が発射される筈が無い。

 暇なので試射の真似をしただけだ…

 くだらない…

 寝ているのにも飽きてきた…

 散歩でもしようか… 寝るよりは良いだろ。

 俺は、起き上がると部屋を出るために扉へと向かった。

 プシュー

 気の抜けた音と共にドアが右へ移動する。

 カン

 ドアを潜ろうとすると、何かが足に当たった。

「ん? ジュースにミネラルウォーター? あ、俺が今回の戦闘の最多撃墜者だからか…」

 俺は、置いてあった5つの缶ジュースを拾い上げると、無造作に部屋の中へ投げ入れてから、歩き出した。

 誰とも出会わない。当たり前だ… 時間的に言うならば午前3時なのだ。起きているのは、寝るに寝付けなかった俺くらいのものだ。

 だが、艦内は嫌に明るい。

 何故だ…

 ババババババババババババ

 ? なんだ電気がショートした様な音が…

 ドォォォォォォン!

「ば、爆発! 何処で!」

 俺は、爆発音がした方へ駆け出す。

 シミュレーター室から黒煙が上がっているのを見て取れた。

 俺は、即刻扉を開ける。

「ぬををぅ!」

 ゴムが焼けたような臭いが俺の鼻腔を刺激した。思わず呻き声が漏れる。

「むぅぅ、やっぱりこの設定は無理がありますね…」

「なにぃ! ゲキガンスラッシュは使えないのか!」

「アホ、こんな機動であの大剣が振れるか。物理的法則をまるで無視している」

 黒煙で視界も定かでない部屋の中に、ある三人組が居る。何やら、新必殺技の特訓中らしい。

「犬河には振れただろ!」

「アレは、ちゃんと物理学に乗っ取った動きだからな」

「こんな直角に曲がるような技が出来るはずは無いでしょうが」

 な、なんだ?

 ガサ

 マズイ! 足が滑って物音を立ててしまった。

「む? そこに居るのは犬河照一だな!」

 か、顔は見えないのになんで…

「は、はい!」

 俺は、そう返事をする。

「丁度いい! 少々実験台になってくれないか!」

「え、ま、まじっすか…」

 俺は、引いていた… 恐怖に近いものが中にあったからだ。

 俺は、人を殺した… 他の人もそれを分かっているはずだ… マトモに接してくれる筈が…

「何言っていやがる! 男たる者、頼まれ事はちゃんと頼まれろ!」

「そうですよ」

 視界が良く見えてくる。三人組の正体が分かった。ウリバタケ・セイヤ、アオイ・ジュン、ダイゴウジ・ガイだ、なんか、三人コンビで現れる事が多いな…

 でも、別に人殺しなんて、二の次か…

 俺は、心の中で柵が取りあえずは解けた事を自覚した。

「分かったよ」

 俺は、半分呆れた色を声に出し歩き出す。

そして、傍のシミュレーターの手前まで来ると取手を掴んで、ハッチを開ける。

 七色の計器類が俺を迎えてくれた。

 中へと入り、シートにもたれ、軽くリラックスする。

「しかし犬河よぉ…」

 会話を投げかけられた。軽い緊張が再び現れたのは、気のせいではないだろう。

「ん? ウリバタケさんどうかしました?」

「段々とタメ口聞いて来てねぇか?」

 そりゃ慣れればね…

 俺は、そう思うとハッチを閉めて、操縦桿を握り締める。冷たい感触が、手に伝わった。

 そして、何故か俺は安心した。

 ブゥゥン

 モニターに光が灯る。

 武器選択の画面が写った。今回は、ガイの奴の練習ってな感じみたいだし、素手でやってみたい戦術もある。何も持たずに行こう。

 俺は、装備品無し、と言う項目を選択する。フレーム選択は、陸戦にして置いた。

 画面が切り替わり、緑色の殺風景な平原が写った。

 汗が、知らぬ間に滲み出る。気分が高揚するよな、フルマニュアルだと…

『うっし! 行くぜぇ!』

 そこに写ったのは、青いエステバリスが大剣を掲げた姿だ。と、言っても米粒ほどの大きさだ、大分距離があるな…

 フィールドの広さは、400平方キロメートル? 広いな… 障害物は無し、視界は、200km、限界高度は、20000フィート? んなに上がれるか? 霧や朝靄は無し、凸凹は殆ど無く走るのにも大して気を使わなくても良さそうだ。あくまで練習用のフィールドだな… 警報機ON、レーダーON、通信は、このシミュレーター内のみON、外部からのセコンドなどのアドバイスはOFF、まあ、流石に非常回線は常時付いているが…

 モニター上に、READY? と言う文字が写る。

「よっしゃ! 来い! ヤマダ・ジロウ!」

 俺は、そう言って、GO!! のスイッチを押した。

『ぬおう! キサマァ! 俺をその名前で呼んだなぁ… 許さん!』

 この台詞は思いっきり無視。

 制限時間が表示され、計器類が息を吹く。システムオールグリーン! 回転数正常! ん、右腕部に軽い反応速度のズレがあるな… まあ、許容範囲内だからいいか… っと、実戦風になっちまった… しかし故障もあるのか… このシミュレーターってリアルだよな〜

 とかなんとか思っている間に目標との距離を示す数字が見る間に少なくなっていった。

 ガイが接近しているのだ… 俺は、身構える。

『うぉぉぉらぁぁぁ!』

 相対距離が4フィートを切った… 青いエステバリスが、大剣を振り下ろす。

「よっと」

 ヒョイと足の動きだけで俺は避けた。

 ゴス

 大剣が、地面にめり込んだ。いや、振り下ろした時の軌道が斜めになっていた事からして、何かしようとしたんだろうが何をしたかったんだ?

 重力は… ON? じゃあコイツ隙だらけだぞ…

 俺は、大剣を振り下ろして、持ち上げるのに必死になっている青いエステバリスに向かってエステバリスの拳を突き出す。流石に相手の練習とは言え、このチャンスを見逃す訳には行かない。

『をぉぉぉぉう!』

 まずは、回避が先と思ったか、青いエステバリスは、大剣を離して回避行動に移行する。

 相対距離が開いていくのが表示された。

「そう動くことも…… 知っていたぁぁぁぁ!」

 俺は、伸び切らせた腕で、大剣を掴む。確かに重い… 重力下では、持ち上げるのに一苦労だ、致命的な隙になるだろう。だが、ガイのエステバリスは未だ回避の体制から抜け出しては居ない。相手が何も出来ない所で隙を見せても隙とは言えないだろうな…

 3秒ほどかけて持ち上げた大剣を振りかぶり突撃、青いエステバリス向かって振り下ろした。

 ブォン

 振っただけなのに凄まじい風きり音がした。マトモに食らえばお釈迦だろうな…

 地面に、大剣が突き刺さる。持ち上げようとすると隙が出来るためにそのまま指のマニピュレーターを開放し大剣を手放す。

『あ、あぶねぇ…』

 俺の攻撃を間一髪で避けたガイのウインドウ上の顔は、冷や汗を垂れ流していた。

「ちっ、仕留め損ねたか…」

『このやろ! やりやがったな!』

「んなろ!」

 俺とガイは、シミュレーターの中で古典的な殴り合いを演じていた。

 

 ウリバタケ・セイヤ

 俺は、シミュレーターの中での激闘を見て笑っていた。

「しかし… やっぱ犬河は、ゲームだろうと、あんまし人殺しはしたくねぇみたいだな…」

 それは、アイツが大剣を振り下ろした時に分かった。

 一瞬だが、タイミングが遅れたのだ。

 そのせいで、ガイの方のエステバリスINシミュレーター番は、回避することに成功していた。

「楽しんで人殺しをする人は居ませんよ…」

「楽しんで人を殺すならいい…」

 俺は、ジュンの言葉にそう返した…

「だが、後に何もしない奴は許せねぇ…」

 犬河の場合は、一日ほどは部屋の中に居て出てこなかったが、ちゃんと自力で出てきた。

 仮に奴が、楽しんで人を殺していたにせよ、泣きながら人を殺していたにせよ、人を殺した事実が変わるわけではない。

 逃れられない罪を犯して、贖罪するにせよ、断罪するにせよ、強欲に普通の人生を送るにせよ、それは個人の勝手だろう。だが、自分が許せないとか言って、自分一人の殻に閉じこもり、逃げ出し、結局は何にもしない奴。そう言う奴も現実に居る。俺はそんな奴が大嫌いだ。

 だが、アイツは違った。

 アイツは自らの意思で立ってきた。

 殺した事に関しては、俺たちが忌避などする理由は何も無い。ここは戦争をする戦艦なのだから…

 しかし、アイツが出て来なくて、自分の殻に閉じこもっていた場合、俺達は永遠にアイツを軽蔑していただろう。

 それは、少しは引き摺ったりはしていたりは、するのだろうが…

『隙あり! 狼牙、撃・砕・拳!』

『なんのをぉぉぉ! ゲキガンフレアァァァァァァァァ!』

 ゴワシャァ!

「く、クロスカウンター… ですね」

「見事だ…」

 ジュンと俺は、口々に感想を述べる。

 そして、観戦用モニター上にDROWの文字がでた。

 プシュゥ…

「くそ… カウンターを狙っていたのに… 想像よりもタイミングが早かった…」

「あのタイミングでカウンターを食らうとは… いや、それに気付けなかった俺がいけないのか…」

 出てきた二人は、無性に悔しそうな顔をしているな…

「で、どうなんだ? ヤマダ、新必殺技のコツは掴めたか?」

「あ、忘れてた」

 おい、その為に犬河に頼んだんだろ…

「新必殺技って具体的にはどういうもんなんだ?」

 犬河が、口を開く。

「まあ、いわゆる無謀技ですね」

「無謀だと! ゲキガンスラッシュを無謀と言うか!」

「物理的法則からして間違っているわな…」

「直角に刃の軌道を変えて、敵に一撃を食らわせた後、更にもう一撃を腰のマニピュレーターの捻りだけで繰り出すってのが、大体の流れですね」

「そりゃ、無茶だ。しかもあんなデカイ剣で… 意味もあんましないし…」

「ノォォォォォォォォォォウ! 犬河ぁ! 貴様まで無謀と言うかァァァァ!」

「「「当たり前だ!」」」

 全員そろっての即答にガイは倒れる。

「しかしだ、犬河。お前のエステの使い方は、ちょっと見直した方が良いな。撃墜数は一位だが、被害率も一位だぞ」

 俺は、そう犬河に言う。

「はあ、そうですか…」

 気のねぇ返事だ。

「ディサイアだって、初めて使ったもんなのにそこいら中、刃こぼれだらけ、ライジングブレードの方は、銃身が完全に焼きついているし、関節部にいたっては、ネジやモーターがガタガタで動けたのが不思議なくらいだ」

 これは、本当である。

「そりゃあ、戦争をやってる以上壊れるのは仕方がねぇが、資源というものには限りがある。もちっと大切に使ってくれ。 YES OR NO?」

「努力はします」

「もっとしろ」

「へーい」

「犬河ぁ! 照一ぃぃぃぃぃぃ!」

 突如、廊下から発せられた声。

 そして疾風となって犬河の正面に降り立つ黒い影…

 その黒い影の右腕が唸りを上げる。

 その拳は、犬河の下腹部に吸い込まれた…

「うごぶれらぁ!」

「ラァァァァァァシュ!」

 バキバキバキバキバキバキバキバキ!

 拳が、次々と犬河照一の腹に決まる。俺は少し青筋を浮かべた顔でその光景を見ていた。

「楽花さん! そのくらいで…」

 ジュンが止めに入る。

「うろばばばばばばばばばばばば!」

 止めようとしたのは良いが… 巻き込まれてついでに食らってやがる… ご愁傷様。

「お前はもう… 死んでいる…」

「止めい…」

 いや、犬河じゃなくて、ジュンがもう既に死んでいるぞ。

「おい、大ジョブか… アオイ…」

 ワザと苗字で呼ぶヤマ…

「ストォォォォォォォプ! ウリバタケの旦那! その名前で俺を呼ぶのでない!」

「呼んでねぇ!」

 どうやって心を読みやがった。ヤ…

「だから呼ぶなぁ!」

「だから呼んでねぇ!」

 漫才だな… 既に…

「まあ、そうだろうな…」

「ホントに心を読めるのか…」

「うむ、俺には、アニメのヒーローにあるような特殊能力があるんだ」

「ほう、具体的には…」

 こう言ったのが間違いだった。

「そう! 仮面○イダー1号、2号、スカイライダー、BLACK及びRX、おまけと言えば、原作漫画版シャドー○ーン! 真、J、ZO、それにアナザーアギトにギルスには、ん? X及びZXは? 微妙だ。バッタの能力があるように… 源○義は、サイボーグで、犬○明は、狼男! 秋○六郎太は、天才的な剣の腕! アー○ードは、吸血鬼でジョ○サン・ジョースターは、波紋を修行! コウ・ウ○キ、○ョウ・ザマは人参が苦手で…」

「待て! 何か最後のほうは関係無く無かったか…」

 そりゃあもう思いっきり。

「つまり、貴様は自分がニュー○イプだと思っているのか…」

「そう! 俺こそが選ばれた人間! 新世代を生き残る新しき人類なのだぁ!」

 だめだ、ああ聞いたのが間違いだった。

「しねぇい!」

「あぽーーーーーーーーーーーーーーん!」

 まて! 犬河! 飛ばされるのには、おかしい効果音だぞ! ああ、なんで一人称の視点になると、皆ツッコミ役になるんだよ!

「うぉぉぉ! 何で俺、選ばれた人類までもが巻き添えにぃ!」

 そりゃあ、自業自得だ。ヤ・マ・ダ。

 ドンガラガッシャ! ゴヌィィィィィン!

 思いっきり、シミュレーターのコード類の束に突っ込む二人組。

「片付けとけよ…」

「「へーい」」

「ジュンも…」

「うふふふ… あはははは! ちょうちょだぁ! あたり一面がお花畑… 数え切れないほどキレイで美しいちょうちょが飛んでいる〜」

 ……………(思考混乱)

「誰か… どうにかしろ… 直れば何をしても構わん…」

「無理」

「I CAN’T(不可能だ。)」

「ははは! 分かる! わかるぞぉ! ジュン! お前の見ている風景がぁ!」

「……… いっちょ、殺っときますか」

「異議なし」

 ま、まて… 何を…

 その時、飯井川と犬河の右腕から一筋の閃光が煌いた。

 その閃光は、一直線にヤマダとジュンのコメカミに吸い込まれる。

「「なのろぶしゃぁ!」」

 奇妙な発音をして飛ばされる二人のエステバリスライダー… って、待ておい!

 

 

「は! ぼ、僕は今まで何を…」

「む! こ、ここはどこだ… 今まで長い夢を見ていたような…」

「って、マジで直ってるのかよ!」

「これが、山吹色の○紋疾走だ」

「そうそう」

「お、教えろ〜 って、なんじゃそりゃぁ!」

 

 犬河照一

「すわぁてぇとぉ… 邪魔者が居なくなったと言う訳でぇ…」

 ウリバタケさんが、ヤマダ&ジュンを医務室に連れて行くと言って出て行ったとたん。いきなり、楽花に絡まれる俺。

「え〜、まず、今まで溜りに溜まった皿洗いと久々のトイレ掃除、全くやっていない格納庫清掃とエアコンのフィルター掃除、換気扇の清掃と貯水タンクの剥げかけてきたペンキの塗りなおし、外壁の穴埋めに物置の整理、エステの整備部品運搬にミサイルの安全性確認、射撃訓練場の壁の張替えに漏電箇所の修理ってとこかしら…」

 ズデン

 思いっきり俺はずっこけた。

「ん? 今日のアンタのスケジュールだけど何か?」

 いや、涼しい顔で言われたら、なお困るんだが…

「他に何か言うことは… ナイデスカ?」

 俺は、言葉も大して選ばずそう言った。

「ん? 誕生日おめでとう? って今日だったけ?」

「いや、そう言うのじゃなくて…」

「アレのこと? それがどうした? アホか? ダメダメ人間?」

 唐突にそう言われる。

「酷い事いってないか?」

 俺は、反抗的に言った。

「酷い? あたりまえでしょ、酷くないこと言ったって面白いわけ無いじゃん」

「いや、そうなんだが…」

 いや、本題から遠ざかっているような…

「どうでも良いよ、そんなことはね」

 本当にどうでも無さそうに言う楽花だが、不思議とそれに俺は落ち着いた。

「スマン、ヤボだった」

 俺は、本気でそう言う。

「反省は?」

「します」

「気が無い」

「ワカリマシタ」

「だから気が入って無いって!」

「クリナップ・クリンミセス!!」

「何その挨拶?」

「何ィ! 由緒正しい運動部の挨拶だぞ!! 他にもウォンチューとかラバーメン(ゴム人間)とか…」

 完全漫才だ… 俺は、そう思った。

 でも、こんな有耶無耶にして良い問題でもないと思い直し再度聞くことにした。

「なあ、ホントになーんも、気にしてねえのか?」

 即答は無かった。

 ひょっとしたら、本当に気にしては居ないのかもしれないが、たまには悲観的に見てみる。それに、軽く過去の事を言っておかないとな…

「後、10人は… 殺さなきゃいけないんだよな… どうもさ」

 俺は、そう言った。多少雰囲気が暗くなった。

 楽花の目が、多少歪んだ。

「10人… だけだよね…」

 俺は、真面目に言った。

「この艦は、戦争をやっている。戦況の流れによってはもっと殺さなきゃいけないかも知れない」

 楽花が俯く。ちょっと内容と口調が合ってなかったかな… 後の祭りだが…

 だが、もう俺には、これを言わないほどの忍耐が無かった。

「10人までは、我慢する。でもさ… 照一… その後は…」

 言葉が途切れた。無性に気になる途切れ方だ。

「その後はさ…」

 ガバ!

「な、なにぃ!」

 楽花に、背中に手を回され、俺の胸板に楽花の顔が埋まる。

 え、え〜、早い話が抱きつかれている。

 顔が、自分でも解るほどに火照っていた。

 何時ぞやのインを取るための抱きつきではない、ホントに抱きつかれている。

 体温をすぐ間近に感じる。胸の柔らかい部分が当たっていた。

 ど、どうするんだ! どうするんだ! 犬河照一!

 俺は、音速でそれを考える。

「たとえさ… 4年前見たいな… あんな怪物だったとしてもさ… 人を殺して欲しい訳ないよ…」

「あ、あ」

 俺は、答えに詰まる。

「だ、だから、10人殺しても、その後は、そ、その後は…」

 間近の体温が異常に上がる。

 気のせいか心拍数も異常なほどに多くなっているが…

「えーい! ダメダァ!」

「のぐえぶれぇ!」

 突如突き飛ばされ、100m程遠くにある。廊下の隅にぶつかる俺。

 飛距離100m 重量64kg… って、砲丸投げの選手になれるぞ楽花。

 まあ、それは別問題として俺は気絶した…

 

「うむ、気絶したか… 犬河照一。少々記憶を操作しておくか…」

「は! セイヤさん! 見ていたんですか!」

「ん? まあ、一部始終は…」

「震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート! 刻むぞ血液のビート!」

「ま、まて! いろんな意味で…」

「山吹色の… 波○疾走!」

 ドグシャ!

「って、唯の延髄殴りか…」

「は! お、俺は何を… 見て居たんだ…」

「よし、成功! 後こっちにも… オーバー○ライヴ!」

「ココハドコ? ワタシハダレ?」

「しょ、照一〜! 確りしてぇ!」

「じ、自分でやっといて…」

 

 2時間後…

「う、う〜む」

 俺は、気が付いた。

 白い空間が目の前に開ける。

 殺風景な所だ、夢によく出てくる場所に似ている…

 ここは…

「ああ、俺の部屋か… 誰が担ぎ込んだんだろ…」

 頭を抑えて立ち上がる。

 前回負傷した事をすっかり忘れていた。激痛が走る。

「いっ!」

 傷口から反射的に手を放した。

 改めて状況を思い返そうとしたが…       白紙。

「何があったんだ…」

 延髄の所がやたらと腫れているが、この際無視。

「まあ、どうにせよ地球へ帰るまで、後1ヶ月と半分あるんだ… 仕事でもしてますか…」

 俺は、そう思うと、着替えを始める。

 シャキーン!

 効果音が、おかしいが、雑用用の服装に着替えた。

「さあてと… 行きますか…」

 俺は、そう言って仕事に精を出す為に扉を潜った。

 

機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

第十二話 上

END

第十二話 下へ続く…