機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

 

 犬河照一

「え〜、本日付で、「ナデシコ」の提督に就任なさる。ムネタケ・サダアキどのと、副操舵士となられるエリナ・キンジョウ・ウォンさんです。」

「……………」

 中佐の階級章をつけた艦長の紹介に、全員の思考が静止する…

「よ、よろしくう… って! なんで私を見てるのよ!」

「あ、あの… 私は、もう行って良いでしょうか?」

「ああ、そこの女の人は良いよ。」

 俺は、そう言う。

 全員が同意した…

 奇妙な雰囲気を振り払いながら出て行くエリナと言う人。

「え〜、提督殿… あなたは、確か宇宙に追放されたんじゃ無かったんでしょうか?」

「なんなのよ! 中尉! あんたは! まあ、いろいろと大変だったわよ… 運が良かったのは、たまたま軍の補給艦が近くの宙域を通っていたから… くうう… あんた達の所為よ! あんた達の所為で私は、あんなひもじい思いをしなきゃならなかったのよ!」

 俺達も相当ひもじかったが…

 俺は、横目でそう考える。

「くうう! しかも、あの時の熱血馬鹿を助けた熱血阿呆が、中尉ですって! LISを使って生き延びた挙句中尉ですってぇ! 認めないわよ! アンタが中尉なんてぇ!」

 なんでだよ…

 この場は、軍人となって上の言うことに対しては、何も言わないことにする。まあ、ただ単に、相手にするのが面倒くさいだけなのだが…

 俺だって、中尉になんてなりたくは無かったさ… まあ、これはただ単に指揮をしたくなかったらなんだが…

 しかし、何で俺、降りずにコンナ艦に乗ってるかな… 別に降りても誰も文句は言わないだろうし… 大体俺民間人だし…

 ふと、そんな考えが頭を過ぎる。

 まあ、直ぐに答えは出た。

 この艦にいる理由は、降りる訳にはいかないからだ。

 降りたら、色々と大変な目に逢う…例えば、あいつ等を殺るには、武器が必要だ… その武器を、個人で用意できる筈が無い。それに、辺り触らぬ人をこれ以上に巻き込む事になる。それだけは、避けねばならない。

 この人達を巻き込んどいてこの意見は、偽善だよな…

 頭で考えた事に、俺は、軽い苦笑を漏らした。

「って! あんた! 何笑ってんのよ!」

「は! 失礼でした! 提督殿!」

 俺は、キビッと姿勢を正し、敬礼をする。

 民間人なのだが、こう言う時は、雰囲気に合わせたほうが、後々面倒臭く無くて良い。

「で、提督殿… 今回の任務ですけど… 理不尽な任務だとしたら、拒否させて頂きます。私達は、確かに軍とは、共同戦線を張っていますけど基本的には、民間人なのですから、その位の権利は認められているはずです。」

 ふと、本来の道へと戻った艦長が、そんな言葉を言う。

 ヨカッタァ… 最前線にでも送られる心配はしなくて良さそうだ…

「ま、それに関しては、一応だけど認められているわね…」

 提督殿が、そう言う。

「本艦クルーの総意に反する任務だとしたら、このミスマル・ユリカは、艦長として拒否しますので、そこら辺はくれぐれも… よろしくお願いします。」

 艦長が、そう言う。

「戦うだけの手駒にだけは、ならないって事… ね…」

「当たり前だ(よ)(ね)…」×ブリッジの全員。

 見事なほどに声を揃えて、全員が言った。

「へぇ、見事な息の合い様じゃない… 流石、ここまで修羅場を潜ってきただけは有るわね… でも、お生憎様… 今回(・・)()任務は、敵の目をかいくぐって、救出作戦を成功させる事よ。」

「救出作戦だぁ?」×ブリッジの全員(俺を除く)

「落ち着け落ち着け皆… 今、確かに救出作戦と言った。まあ、これを拒否する理由は無いわな… でも、あくまで今回(・・)()だぞ… 次も理不尽な任務じゃないとは、誰も言っちゃいないだろ。まず、そう言う任務を最初に持ち込んでじわじわと、キツイ任務へと移行していく腹積もりかもしれないんだ。コンナので驚いてるな。」

「ふ、中尉… アナタは少し考えが過ぎてるんじゃない…」

「慎重には、慎重を期す。」

 俺は、自分に言い聞かせてきた台詞を言った。

「流石… 中尉と言う階級は伊達じゃないわね…」

「伊達だよ。」

 俺は、そう言う。

 当たり前だ、民間の人物なのだから、こんなものは伊達以外の何者でもない。

 多少、顔色を変えた提督だが、話を続けた。

「ああ、ちょっと話が逸れたけど、やっぱし蜥蜴の攻撃は無くても、ちゃんとお勤めは果たしてよ… 地球の平和を守るなんて大層な理由を掲げなくても良いけどさ…」

「精精、豊かな老後のためにだな…」

 ガイが、そう言った… 意外な奴がコンナ台詞を吐いたな…

「で、今回の任務は、これ。北極海域のウチャツラワトツスク島に取り残された親善大使の救出よ。」

 そう言って、スクリーンの上に投射された地図の中心を指差すムネタケ提督殿。

「……… なんでそんな所に取り残される大使が居るんだ?」

 アカツキが、そう言う。

「大方、箱にハマって抜けなくなったって所?」

「今頃アフロかもね…」

 イズミさんとヒカルさんが、そんなコメントを漏らす。

「……… しかし、そうだとしても間抜けな大使が居たもんだ…」

 ガイが呆れた声を出す。

「まあ、本能だけで動いている方だからね…」

「ん? 提督殿、何か仰いましたか?」

 ジュンがそう言う。俺も無性に気になる台詞が吐かれたと思ったが…

「いえいえ、気のせいよ。まあ、とにかくさっさと任務を開始しましょう。」

 何やら、釈然としない物を感じつつも、「ナデシコ」は、北極へと進路を取った。

 

 北極への移動中の間、俺は…

「引きつけが足らんと言っているだろ!」

「うわぁ!」

 ドタァン!

「一本! それまで!」

 ゴートさんと柔道をしていた…

 ちなみに、この場でゴートさんに挑んでいるのは、ガイ、ジュンにアカツキが増えて計4名である。

「取っ組みあうスポーツは、僕の性に合わないんだけど… でも、これの面白さと悔しさを吹き込まれちゃ… 病み付きになるよ!」

「む!」

 組み付いて行ったアカツキに何かを感じたのか、ゴートさんは、表情を変えた。

「ほう… 経験があるな…」

「まあ、軽くね…」

 本当に軽くのようだ… ただ、物腰は初心者ではない。

「いよっと! 足払いを素直に受ける訳には行かないんでね。」

「中々どうして…」

 アカツキは、見事に足払いを回避した。その見事さに思わずゴートさんが感想を漏らす。

「だが、もっと動かんとな…」

「ん? はっ! 払い腰… うわぁ!」

 ドタタァァン!

「次! ヤマダ!」

「うおっし! 真打登場だ!」

 パタパタパタパタ…

 足音をたてて接近するガイ…

「パタパタ歩く奴がいるか… すり足だ! すり足!」

「うおわぁ!」

「ほれ、簡単に足を払われるぞ。」

 ドタァァァン!

「次!」

「うおおおおおお!」

 ダダダダダダダ!

 ジュンが全速力で突進していく…

「諸手狩り狙いか… 解りやすい事をするな。」

「うわぁぁ!」

 瞬時に組まれて、大外で吹き飛ばされるジュン。

「まだまだ! お前らは甘い! 出直して来い。」

「「「「へ〜い。」」」」

 4人が4人で声を揃えて言った。

「は〜、皆さんお疲れ様〜、ドウゾこのジュースでも。」

 いや、ここで出てくるのか… 楽花。

「「「「じゃ、頂きます。(頂くとしよう)」」」」

 んじゃ、俺も頂くか… ん?

「楽花? 俺に渡した分だけ、何か他の人のと、色が違うのは気のせいか?」

「気のせい気のせい。」

 いや、絶対違うと思うぞ… なんだこの紫色は…

 グレープジュース? いや、何か混じっている… な、何故か冷や汗が…

 まあ、料理だから、人が口に含める物だろう… そう、信じたい…

 一口飲み込む…

「……………………………… あ、結構旨い。」

 ドタタァ!

 何か、別のことを期待していたらしい周りの人たちがずっこける。

「え〜、中身は、秘密ですが、ちゃんと飲めるものです。」

「そうなのか?」

 まあ、味が良いから許すか。

「で、そろそろ目的地か…」

 

 まあ、別に、何もドラマチックな展開や、敵に襲われると言ったような物は無かった。

 親善大使の正体を見て、皆提督殿にさんざんな不評を言ったけど…

 まあ、言う気持ちも解る…

 白熊は無いだろ白熊は…

 そう、救出したのは、親善大使と名札を下げている白熊であった。

 檻に入れたりするのにパイロットが借り出されたが、それ以外に別に仕事など無い。

 全くつまらない展開であった。

 だが… 展開とは、急転するものである。

 運命の神が居るとしたら… この展開は、実にその神様とやらの気紛れな物であった…

 だが、俺達は気付いていなかった…

 運命の神様は、気紛れだが… 絶えず劇的な展開を好むことを…

 

「蜥蜴には、襲われずに済んだが… 今度は、不明機か…」

 そう、何事も無く親善大使様を救出出来た「ナデシコ」であったが、その直後、レーダーにUNKNOWNと表示された不明機が映ったのだ。

 お陰で、パイロットは、全員待機命令… 皆シートにおっかかっている。

『シルエットから見ると連合軍の戦闘機ですけど… 識別信号を出していない所から木星蜥蜴にでも乗っ取られている可能性があります。各員A級警戒態勢で待機すること…』

 おお〜、艦内放送もサマになってきたじゃないか…

 俺は、そう思うと、レーダーを起動させ、一応だが外部の様子をモニターする。

 蜥蜴か… この距離で減速しないってのは…

 レーダー上で不明機を示す黄色い点が、青い点に接近してくる。

 特攻か? まさかな… 戦闘はゼロだし、イキナリ特攻ってこたぁ無いだろ… じゃあなんだろうな… 何処かで操縦系統にでも被弾したか? その所為で減速も出来ないってのか? でも、そうだとしても何らかの合図があるはずだし… 中で死んでんのか? いや、そんな馬鹿な…

 ふと、ある考えが頭を過ぎった。

 ああ、乗り込む(・・・・)()か…

 俺は、コックピットハッチを開ける。

「おい! 犬河中尉! 待機命令だぞ!」

 ウリバタケ伍長のそう言う声が聞こえたが、俺は慌てずに返した。

「どうやら、昔の馴染みが来るみたいなんですよ… ちゃんとお出迎えしないと失礼ってもんでしょう。」

 

 俺は、速攻で部屋へと引き返した… 恐らく出撃指令は出ないだろう。

第一、   マニュアル通りに発進したら到底間に合わない距離に、奴は居たのだから…

まず、間違いなく艦内には潜入される…

俺は、そう思いつつ部屋のロックを解除した。

 部屋に飛び込むと、そこでS&W モデル500を用意する。

「ん? そう言えばコンナのも有ったか…」

 俺は、壁に立てかけてあった日本刀を見て、そう言う。

 手に取り、ベルトに引っ掛けた。

「様になったな… しかし、この姿は…」

 右腰にホルスター… 左腰に日本刀… この時点で、相当なんというかと言うものである。

 あ、そう言えば防弾ベストも貰ってたっけ…

 着てくか、あんまり意味無いと思うけど一応…

 俺は、頭を掻いた。

 そして、その直後…

 振動が艦内を揺さぶった。

「見事に… 大当たりだな… さて… どうしますか…」

 

 アカツキ・ナガレ

「うおお! ナンダナンダぁ!」

 突如とした振動が、艦内を揺さぶる…

「低気圧の中にでも入ったか… まさかな… それ程柔な艦でも無いだろ… 不明機が突進してきたのか… 蜥蜴だとしても、戦闘らしい戦闘も無かったんだ… 戦力ならわざわざ突進攻撃をするほどに減ってもいない筈だぞ…」

 ふと、ある体験の記憶が僕の脳裏を刺激した…

 頭を抱えて恐らく当たっているだろう想像に対する非難を口に出す。

「はあ、犬河中尉… お友達を招待するのは勝手だけど、アポイント位とらせてくれよ…」

 まあ、それは無理だろうが…

 

 ホシノ・ルリ

「しょっちゅう壊れますね… ジェネレーター室は…」

「うんうん… 戦闘時にその区域に居る人って皆無だよ。」

「はいはい、艦内作業班は、修理をお願いします。」

「ううう… 唯でさえ、ネルガルは、この艦に対して赤字を搾り出しているのに…」

「丸々一隻新品ピカピカの戦艦が買える程のお金がかかっていたりしてね。修理代だけで…」

 まあ、確かにこの場所は壊れすぎだとも思いますが… ご都合主義ですか…

「しかし、戦闘らしい戦闘もしていないのにイキナリ特攻? 蜥蜴さんたち太っ腹ね〜」

 ハルカさんの言葉は尤もです。

「特攻作戦… リスクの面からでも賛同しかねますなぁ〜」

 プロスさんが、そろばんに目を向けながらそう言います。

 その時…

 けたたましい警報音が、その場の和やかな雰囲気を吹き飛ばし… 一瞬にして緊迫した空気へと変わりました…

「第S級艦内警戒態勢!? ちょっとこれどう言う事!」

「真坂… さっき突っ込んできた連合軍機に何かが乗っていたと…」

「そんな馬鹿な事はありません! どんなに減速したとしても時速400km/h程はスピードが出ていたはずです! そんな速度で突っ込んできたら、どんな人間でもミンチになっちゃいますよ!」

 そう、この場の人達は、あくまで人間と考えていました…

 人以外の物の可能性を見ることをしなかったのです…

 ですが、30分後… それを嫌でも次か計測しなければならない体験をすることになります。まあ、そんなことを誰が、予想出来る筈も無いことで…

 

 整備員1号

「な? なんだこりゃ? 隔壁が降りていやがる… 修理に行けねぇじゃねえか…」

「いや、行く必要も無い…」

 ふと、後ろを振り向く…

 ゴート・ホーリが、そこに居た…

「しかし、職人は、頼まれた仕事はちゃんとしませんと…」

「行く必要は無い… 精精鍵を閉めて部屋の中で蹲っていろ… 白兵戦の戦闘経験が有る者以外は、廊下へ出るなと言ってある。それにこの隔壁すらも…」

 ゴォン!

 轟音と共に、隔壁に小さいながらも凸が出来た…

「な、何か居る…」

「命が欲しければとっとと逃げるぞ!」

 俺と、共に来ていた4人の整備員は、言われるがままにその隔壁から背を向けて逃げ出した…

「アレは、マトモ(・・・)()人間がどうこう出来るものじゃない! マトモな奴はひたすら逃げろ! 殿(しんがり)は、私が勤める!」

何時の間にか、両腕にデザートイーグルを出現させていたゴートさんが、そう叫んだのを聞いた…

 

 犬河照一

 俺は、廊下を走っていた…

「へえ、やっぱし此処か… しょっちゅうぶっ壊れるな…」

 俺は、被害情報を殆ど使わないコミュニケで見ながら、そんな事を言った。

 刀を脇に差した状態では、走りにくいが、武器になるものは、一つでも多く持って行きたかった。あるんなら戦車くらいは欲しかった。

 無いもの強請りは、してもしょうがないので諦めたが…

 ふと、猛烈な血臭が、俺の嗅覚を焼いた…

「結構狭い艦だったんだな…」

 いや、俺の足が速くなったのか?

 気付かない間に、百メートルを11秒フラットで走れるようになったことなど、俺が気付いて無い以上気づける訳が無い。

 俺は、廊下を曲がった。

 凄惨な光景が、そこに広がっていた…

「………… 殺しては居ないな……… へー、理性が微かながらも残っているのか? ファイブ。」

「ラ…… す……… ど………」

「どうした? 何でお前の名前が解ったかだって? 勘だ気にするな。しかし、襲ってくるのは野郎ばっかしだな〜、 フォースやテンが襲ってくりゃあそりゃもう、大歓迎だぜ。逢えたら、ラスト君が逢いたがってたよ。って伝えてくれよ。まあ、あくまで遊びで終るだろうけどな。」

 俺は、そう言う台詞を吐いて、倒れている人影に視線を向ける。

 血だらけだが、確かに生きているゴートさんが、そこに蹲り倒れていた。

 そして、そこに居る物。

 それは、確かに人の姿をしていた…

 だが、それを人と言う事は出来ない。

 まずそれは、肌の色が違った。

 死に人のような余りにも青白い肌…

 眼球はつぶれた様な感じで、それが生ける屍とやらを彷彿させる。

 とにかく、それは… その二つだけだが、人であることを否定するには、十分すぎる材料をそれは持っていた…

「しかし、こんなど派手な登場して来やがって… おもてなしの支度だって出来る筈無いだろ… ちゃんと、電話位入れろ。」

 俺は、そう言う… そして、ホルスターからはみ出しているグリップに手をかけた…

 奇妙な沈黙が続いた…

 幾ら人でも、全神経を研ぎ澄ませれば、体感時間が倍ほどに引き延ばされる事もある。

 今の、俺がそうだった…

 時間的感覚は殆ど無くなり、ただ相手の出方に神経を尖らせる…

 ただ、それだけだ…

 だが、氷は自然のままにしておけば何時かは溶けるように確実に、この氷のような現状も確実に溶けていた…

 そう、きっかけがあれば、直ぐに飛び掛りそうなほどに… その氷は溶けていた。

「う…」

 誰が、コングを流した訳でもない。

 ただ、一人の人間が意識を取り戻しただけである。

 それは、ただの偶然。

 偶然とは、時には人の生死を決める物である。

 互いに、何故これをコングと取ったのかも解らない…

 ある意味、敵にある奇妙な縁が、互いにこれをコングと取らせたのだろう。

 ホルスターから、右腕でS&Wモデル500を引き抜く。

 それは、ほんの0、1秒で完成する動作… だが…

 バシィ!

「ぐあ!」

 一瞬にして距離を詰められ、銃身を叩かれた… 本来ならば、ここで銃は吹き飛んでいく筈だが、俺は、確りとグリップを握り締めて、放さなかった。だが…

 て、手が…

 骨には異常は無いものも、凄まじい痛みが走った。シビレが、牙を剥いて俺に襲い掛かってくる。

 だが、シビレよりも凶悪なのが、前方… いや、何時の間にか右へと移動していた存在だ。

「なろぉ!」

 俺は、グリップを振り下ろし、ファイブに叩き付けんとする。

 くそ! こうも至近距離じゃ、銃は不利だ!

 ガッ

 避けもせず、ファイブにグリップは当たった。

 まるで金属を叩いたかのような感触が帰ってきた。

「な、なんて、かてぇ皮だよ…」

 俺は、思わずそう漏らした。

 だが、次の瞬間…

 ファイブの拳が、俺の腹へとめり込む感触が来た…

 最初に感じたのは、冷たいと言う感想… 次に来たのは、体を突き抜けるような衝撃。次に来たのは、異様なほど長い一瞬の浮遊感… 次に来たのは、体の運動が止まる、壁に叩きつけられる衝撃… そして、最後にようやく来たと言って良いほどの鈍い痛み…

「が、がぁぁ!」

 血が、俺の口から漏れ出した…

 内臓がかき回されたかのような気分に、別なものも吐きそうになる。

 だが、意識はハッキリとしている…

「な、なんの…」

 俺は、立ち上がる。

 血ヘドを吐き出すと、いくらか気分は楽になった…

 スピードは速いが、慣れていない目でも見えた… 頑張れば避けられない程ではない…

 拳の威力を見れば、シックス程ではなかった… まあ、アレと比較するのが間違っているのかも知れないが…

 それに、それは俺が生きていると言う事実で証明されている。

 まあ、この二つまでなら何とかなる。だが、問題は防御だ。

 ゴートさんが、手に持っていたのはデザートイーグルだ。

 それを、恐らくは当てただろう。

 だが、目の前のコイツは傷一つ無い。

 そして、グリップで奴を叩いた時の感触…

 硬いんだろうな… スンゴク…

 俺は、溜息をつこうとしたが、奴はそれも許さなかった。

 高速で、俺に接近してくる。

 銃で接近戦を挑むなど、折角の利点を棒に振る様な物だ。

 俺は、距離がいくらか取れている内に、S&Wモデル500を構える。

 そして、撃った。

 ガァン! ガァン! ガァン!

 必殺の意味を込めた、3発の銃弾が、マズルフラッシュと共に吐き出される。

 奴の、額に 腕に 足に 胸に、銃弾は突き刺さった… だが…

 ギン! ギン! ギン!

 全ての銃弾は、相当な硬度の皮膚によって弾き返された。

 まあ、ここは予想通り。しかし、5発全部入れときゃ良かったかな? 一応規則で初弾は入れていなかったんだが…

 その間に、一気に距離をゼロにされる…

 奴の右腕が、俺に向かって突き出される。

 だが、頑張れば避けられない事は無いと言ったのは、嘘ではない。俺は、その拳を避けた。

 ゴォン!

 鐘を叩いた様な音が、廊下に響いた…

 壁に小さな凹が形成される。

「面も胸も腕も足も頑丈みたいだな… でも、此処ならどうよ。」

 俺は、奴の目へと銃口を向ける…

 撃った。

 ガァン!

 弾丸は、確実にファイブの目へと向かった。皮が硬いために貫通はしないだろうが、その方が効果は抜群だろう。脳味噌は、ボロボロになる筈だ… ゼロ距離。どうにも出来るもんじゃないだろ。

「な!」

 だが、そこにあったのは、人間の理解の範疇を超えたものだった。

 ありえない光景である…

 銃弾は、ファイブの体内へと入り込んでは居なかった…

 確かにそこに銃弾を撃ち込んだのは正解であったのだろう。

 だが、それは阻まれていた…

 手でもなく、足でも無い物によって…

 そう、奴は瞼で銃弾を止めていた(・・・・・・・・・・・・)のだ…

 ファイブの口元が不適な笑みを形作る…

「なんつー、無茶苦茶なァ!」

 瞼までが、超合金でも使って作られていそうな程だ… それに銃弾を受止めるほどの筋肉… さらに並外れた反射神経を奴は持っている。

 どうやって戦えってんだよ。

 俺は、自問するが、自答は出ない。

 そして、考える時間が無限に与えられる訳も無かった。

 ファイブの左拳が、再度俺に向かって突き出される。

 俺は、困惑しつつもそれを避けようとする… だが…

 !! 塞がれた!

 そう、逃げるスペースを右の腕で塞がれていた…

 後ろは壁… 逃げ道は… 無い。

 だが、食らってやれるか!

 俺は、膝を落とした…

「ぐお?!」

「前後左右逃げ場は無くても! もう一個! 下があるんだぜ!」

 俺は、しゃがんだ状態で、ファイブの拳をやり過ごすと。ファイブの股間を通り抜け… 壁際から脱出した。

 即時立ち上がろうとする。

「にぃ!」

 だが、奴は、まだ諦めてはいなかった。

 身を捻り、裏の拳を俺に叩き込もうとする。

 俺は、避けられるような真似が出来る体勢ではない。

 だが、奴の裏拳は、低い…

 俺は、一気に立ち上がった。

 裏拳は、俺の胸板に当たった。顔に当たるよりはマシだ。

 俺は、吹き飛ばされる。

 そして、壁に当たって運動が止まるはずだったが…

 バキィ!

 何かに当たった衝撃… だが、運動は止まらない。

 か、壁を貫通したのか… ああ、じゃあもうダメだ。少なく見積もっても複雑骨折は免れない。ああ、もう俺は再起不能だ… 誰か〜。

 ダァン!

 再度、衝撃が体を貫く。今度こそ、運動は停止した。

「あ、い、イテテ。」

 俺は、打ちつけた腰をさする。

 ああ、最初に当たったのは壁じゃなくて扉だったのか…

 半開きになってたから、俺の飛ばされた運動は、そこで停止しなかったんだな。

 俺は、勝手に推測して、納得する。

「おいおい、イキナリ飛び込んでくるなんて、そんなに彼女に逢いたかったのかい。」

「は?」

 何故か、正面にホウメイさんの顔が見えた。

 俺は、ふと辺りを見渡す。

 ここは、厨房だった。

 いや、ならしかし、すぐそこで、銃声が聞こえている筈なのに。なんでこの人達、逃げないんだ。

「このアホ… しかし、なんで緊急事態発生中なのにお主が、ここにくるんだ…」

「あ〜、皆さん。大至急避難してくださ〜い。」

 楽花のノーテンキな台詞に、半分呆れを含めた声で俺は、そう言った。

「いや! マジで!」

 俺は、サムピースを押し込み、スイングアウト、シリンダーから空薬莢を排出し、スピードローダーを素早くシリンダーにはめ込む。

 その直後、ファイブが入って来た…

「だぁぁぁぁぁ! さっさとコックの皆さん逃げて下さい!」

 俺は、そう怒鳴る。そして、引き金を引いた。

 ガァン! ガァン! ガァン! ガァン! ガァン!

 また、確かに当たったと言う手応えを感じた。

 しかし、無論奴には傷一つついていない。

 こういう場合に、傍の人を理解させるには、この方法は一番有効であった。

「へえ、物騒なお客だね… 知り合いかい。」

「まあ、色々と。」

「じゃ、任せ〜」

 スタコラサッサ… と皆逃げてった…

「おいおい、俺は孤独か…」

 まあ、逃げてくれた事は有難いんだが…

「しかし… 厨房で襲われるとはなぁ… あ、厨房といえば…」

 俺は、ある映画を思い出した。

「どうやら、今日の俺はスティーブン・セガールみたいだぜ…」

 俺は、意識せずに不適な笑いを顔に浮かべた…

 しかし、厨房ってのは都合が良いのかな? 武器になるのが多いし。

 まあ、包丁程度でどうにかなるモンでも無いか…

 ふと、俺は、腰にさしていた物に気がついた。

「ああ、ダンピラもあったか…」

 俺は、鞘から日本刀を引き抜く。

 無論俺は、剣術など習った事など無い。

 一瞬漬けの我流でどうにも出来るものでも無いが…

 だが、それは、試合の話である。

 今は、戦闘中… よって、本来のような使い方をしなければならないと言う理由は全く無い。

「おい、知ってるか? 下のフロアーの電線は、大体このフロアーの床下に集中してるんだぜ。」

「ぐお?」

 ファイブは、この台詞に困惑を混じらせて答えた。

「金属って導体だよな… 人間の体も… 電気は流れる… そして、床下へと流れていく… おい! ファイブ… 

グリーンマイルを歩いてきた死刑囚の気分を存分に味わいやがれぇぇぇ!!!」

 俺は、そう言って駆け出す。

 拳の弾幕が、俺を襲うが、先に述べたように、頑張れば避けられない物ではない。

ファイブの足に日本刀を掠らせる様にして、日本刀の刃を床下に突き立てる。

 近年では、毎度機械の構造は、複雑化していた…

 その為に、電気の通っていない床や、壁がある方が珍しい。

 つまり、俺が床に突き刺した日本刀は、見事に電線を貫いていた。

 そして、人間の体と日本刀の刃は、導体である…

 およそ約100v程の電圧が、ファイブに襲い掛かった。

「ぐおおおおおおおおお!」

 ファイブが、悲鳴を上げる。

「ど、どうだ!」

「い、犬河! 油断するな!」

 何時の間にか、気が付いて、ここまで這って来た、ゴートさんが、俺に向かってそう叫ぶ。

「奴の体の細胞は、一瞬ごとに変化して行く… 奴の体が、導体なのは、今だけだ! 今の内にどうにかして殺せ! 徹底的にだ! 油断も容赦もするな! 殺せ!」

「ハナッからそのつもりですので、問題なし! 以上。」

 俺は、S&Wモデル500を構え、スイングアウト… 空薬莢を排出し、スピードローダーをはめた。 そして、引き金を引く。

 ガァン! ガァン! ガァン! ガァン! ガァン!

 けたたましい銃声が響く…

 キーン キーン キーン キーン キーン…

 呆れたほどに軽い着弾音…

「オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイ。ちったあ堪えてくれよ…」

 電流を大量に流した状態での攻撃だったので、少しは堪えると思ったのだが、全く効いていない様子に、俺は多少の絶望感を覚えた…

「どうする気だ… 犬河。」

 俺は、ゴートさんの台詞にお手上げのジェスチャーで答えた。

 

機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

第十五話 上

END

第十五話 中へ続く…