機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

 

 犬河照一

「お手上げか… 強いての方法は?」

「そうですね… 逃げますか…」

「それが一番いいな…」

 そう言って、俺は、ゴートさんに肩を貸すと、一目散に目の前の事態から、逃げ出した。

「どうするんだ!」

「強力な武器が必要です!」

 俺は、肩を貸した体制で懸命に走りながら、そう言う。

 何度か、血で肩が滑りそうになったが、そこら辺は経験の力でしのぐ。

「強力な武器か… ロ○コップも倒せるくらいの奴か?」

「ああ、1でもこんな台詞ありましたっけ? じゃあ、撤回しましょう。やられ役の台詞でしたし…」

 とか何とか言いながらも、逃げると言うことの優先事項は守っている。

「しかし、強力な武器が有る場所と言えば一つしか無いぞ…」

「格納庫ですか…」

それくらいしか思い当たる所が無い…

「おう、それと犬河…」

「なんですか?」

「止血したい。銃弾一個くれ。」

「ラ○ボー風ですか? 一度やりましたけどね… 経験者から言わせて貰いますと、死ぬほど痛いですよ。」

「何を言っている! 私は、これで5度目だ!」

 上には、上が居る物だ… 俺は、そう思うと、銃弾を一発ゴートさんに渡す。

 器用に片手で、弾頭部と薬莢部にばらすと、薬莢部に入っていた火薬を、傷口に容赦なくかける。

 そして、懐に入れていた百円ライターで、それに火をつけた。

 バァン!

「見てる側も痛いですよね。」

「してる側はもっと痛いぞ。」

「まあ、俺も経験者ですから…」

 とか言いながら、俺は、歩速を上げた。

 ガシャァ!

 後ろのほうで、ドアが吹き飛ばされる音が聞こえた…

「もうか…」

「もうですね。」

 流石に白兵で戦ったのは、三度目となると、かなり慣れっこになっている俺が居た…

「で、具体的にどうする気だ…」

「んなこと知りませんよ。」

 軽く、息が切れてきた… 強烈なボディブローをもらった事と、意識していないが、神経が相当無理していたことが祟ったのだろう。

「とにかく! 奴の狙いは俺です! 必然的に俺が、囮に一番適した人物と言うことです!」

「お前を囮にしたところで、どうなるんだ!」

「時間を稼ぎますんで! なんか殺せそうなの用意しといてください!」

「具体的には!」

「任せます!」

「無責任だぞ!」

「しるか!」

 漫才だか、作戦会議だか、良くわからない会話を終えると、俺は、貸していた肩を取った。そして、都合よく別れていた廊下の、ゴートさんが行かない方に駆け出す。

「おい! 犬河! そっちは、ブリッジだぞ!」

「逃げられるなら! ブリッジでも何処でも構うか!」

「始末書お前が書けよ…」

 背後から、そう言う声が聞こえたが、この際無視。

「エレベーターは使えんな… 乗ってる暇が無い… 非常階段か… お決まりだな…」

 俺は、そう書かれていたドアを開くと、速攻で閉め、鍵を掛けた。

 民間のと、言えども戦艦だ… 艦内戦の時のために扉も頑丈に作ってあるはずである。

 少なくとも軽い時間稼ぎにはなるだろう…

 おまけに、手榴弾でも仕掛けておきたいが、手持ちにはそんな物は無い…

 しかし、あいつがエレベーターを使ったらどうしようか?

 本能、だけで動いている様な奴だから大丈夫だろう。

 とかんとか考えながら、俺は、階段を駆け上がる。

 何階あるんだっけか?

 とにかく! 一番上まで行くぞ!

 だが、人間の体力というものには、自ずと限界が有る物だ…

 普段なら、清掃をこなしているので、難なく上れるが、今は精神的にも追い詰められている状況であるし、筋肉もフル活動させた直後だ… おまけにダメージも抱えている…

 当然、体力は限界へと凄まじい速度で減っていった…

 だが、恐怖と、憎悪と、執念と、執着と、罪悪感と、羨望が、俺の足を支える。

 どうにか、一番上まで階段を駆け上がった。

「追っては… 来ないか…」

 俺は、扉を開けた…

 まあ、何時もの艦橋が、そこにあった。

「あれ? 犬河中尉。何か用ですか? 非常事態らしいですけど。」

「カメラ全部逝っちゃいましたから、現状の把握が…」

 この人達は… カメラが無くなるって事は、相当ヤバイ事態だって気付かないのか… まあ、しゃあないか…

「現在、ある物が艦内に侵入しました… この区域も危険な所ですので、即刻退避を願います。」

 俺は、青い顔でそう言う。

「なに言ってんの? 艦長や提督や操舵士やオペレーターが、そう簡単に持ち場を離れられる訳無いでしょ。」

「……… 提督殿… 冗談では、無さそうですが…」

 プロスさんが、フォローに入ってくれた… 助かったぁ。

「冗談じゃ無くったって、非常事態をどうにかするのは戦闘員や整備班の仕事でしょ。そんなのは、他に任せておいて、皆さんは皆さんの務めを果たせばいいの。」

 尤もだ… 尤もだが、今回は、そうは言っていられない事態なのである。

 どうする… 強硬手段か…

 だが、その強硬手段は、俺が頼まなくてもやって来た…

 ゴドャァァァァン!

「な!」×(犬河を除くこの場に居る全員)

「ふせろぉ!」

 ガァン! ガァン! ガァン! ガァン! ガァン!

 扉が、破かれた… 俺は、効果が無いと解っていつつS&Wモデル500を撃った。

 だが、むろんファイブの分厚い皮の前に貫通もする事も無く弾丸は、床へと落ちていく…

 俺は、即時スピードローダーをはめ引き金を引いた。

 ガァン! ガァン! ガァン! ガァン! ガァン

 だが、コレだけ撃っても効きはしない。

「いい加減に死ねよ… おい…」

 言っている間に、間合いを詰められる…

 そして、ファイブは、俺に向かって拳を振り回した。

「く!」

 俺は、その拳を避ける… が。

 メキィ!

「は… がっ!」

 それは、フェイントだった… 蹴りが、俺の左腕を捉える。

 そして、運動は壁へと叩きつけられるまで続いた…

 意識が朦朧として来た…

 目の前が真っ赤になる…

 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!

 銃声が、響いてきた… 恐らく今頃皆正気を取り戻したんだろう…

「ば、化け物… ばばばばばぁ。」

 提督殿らしい声が聞こえた。

「非常時なんです! しっかりして下さい提督! ああ、こんな事なら射撃訓練真面目にして置けばよかった。」

「ホントにね。」

「こんなものと、この人はやり合っていたんですか… いやはや恐れ入りますよ、犬河さん。」

 ふと、誰かに引き摺られる。手馴れている作業運動だ。プロスさんだな。

 そして、そのまま奴に対しての間に障害物のある所へと連れて行かれた。

「ふむ、骨には異常はありません。聞こえていますか? 聞こえているんなら、片手を挙げてください。」

 俺は、言われたとおりに片手を挙げる。無論右腕だ。左は、まだシビレが抜けていない。骨には異常は無いらしいが、内出血くらいは起こしているかも知れない。

「意識も大丈夫ですね… タフネスは、世界一でしょう。起きれますか。」

「な、なんとかですけど。」

 俺は、上半身を起き上がらせる。額から血が出ていたらしい。それが目に入って視界が真っ赤になったんだろう。

「ぐ、それにしてもなんなんですか! アレは!」

「アレは、アレ以外の何でもありません!」

 俺は、トカレフを撃つプロスさんの横で、スピードローダーをシリンダーにはめ込むと、S&Wモデル500を無理矢理左手を使って構え引き金を引いた。

 

 ガァン! ガァン! ガァン! ガァン! ガァン!

 

 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガキン!

 

 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダァン!

 

「ちょっと、メグミ伍長。当たって無いわよ!」

「そ、そんなこといっても、ハルカ少尉。私、実弾で銃撃つのなんてこれが始めてで…」

「私、銃なんて始めて持ちました。」

 まあ、そっちで、そっちな会話が聞こえるが、も少し危機感を持たないか?

 俺は、シリンダーに新たなローダーをはめる。

「効果なし… キツイですね…」

「あ、な、なに、アレ… ひ、ひ、ひ、ひ。」

「提督殿… 発狂するのは、後にしていただきたいですね。」

 俺は、今にも発狂しそうな提督に向かってそう言った。

 だが、恐らく皆が冷静なのは、この人が今にも発狂しそうだからだろう… 目の前に自分よりも緊張している人が居ると、自分の緊張はほぐれるような感じだ。

 でもどうする… このままじゃ遅かれ速かれ皆殺しだ。

 俺は、そう思考する。

 だが… 何も案等出ない。

「糞!」

 俺は、右腕を床にたたきつけた。

「ん?」

 俺は、ふとある物を見つけた…

 微妙な微笑みが口元に浮かぶ。

「プロスさん…」

「なんですか?」

「援護頼みます!」

 俺は、そう言って、障害物から飛び出す。

「な、ちょっと!」

「自殺はダメだよ! ダメ!」

「誰が死ぬかぁ!」

 俺は、赤い枠で囲まれて、消火器と白い字で書かれた扉から、“消火器”を引っ張り出す。しかし、軍も苦労してるね… ABC消火器かよ…

 なにやら、平仮名で黒マジックで消火器のフレームに何か書かれていた気がするがこの際無視。

 そして、“消火器”を振り上げ、ファイブにたたき付けた。

 ゴィン!

 消火器が、変な形に変形する…

 効果は無い…

「硬え皮だな… マジで。」

 俺は、呆れた声をだす…

 ニヤリと、ファイブが笑った様に見えた。

「だけどよ… 知ってるか?」

「ぐお?」

 俺の堂々とした態度に、ファイブは疑問を感じたようだった。

「早い話が、このABC消火器ってな… 内部の気圧を外部よりも高くしてそこから、霧状に中の粉末を噴射させるものなんだよな… それで、使用(・・)()()()()()ありの物(・・・・)()使用(・・)しないで(・・・・)ください(・・・・)… 容器内(・・・)()加圧(・・)ガス(・・)()より(・・)高圧(・・)()なる(・・)ため(・・)最悪(・・)容器(・・)()吹き飛んで(・・・・・)しまい(・・・)大怪我(・・・)()死亡(・・)事故(・・)()()()なります(・・・・)。ってか? 要注意だぜ。」

 俺は、それだけ言うと、黄色い安全栓を抜きレバーを握りこむ。

 変な形に変形した時点で、相当傷はついていた…

 噴射時間は、7秒から16秒だが、そんなに待っちゃいられない…

 俺は、6秒ほど数えると、後ろへと飛んだ…

 しかし、6秒も待っていてくれたのは、奴の驚愕と、俺の余りの莫迦らしさにたいするあてつけであろう。

 バァァン!

 次の瞬間、小規模な爆発が起こった。

 破損した消火器の破片が、俺に降り注ぐ…

 何個か直撃したが、構っていられる状況ではない。

 だが、轟音により耳がいかれて、周りの状況が掴めない…

 消化剤が、所々に撒き散らされ、霧が出た様に視界が妨げられていた。

 耳が慣れて来る…

 目を凝らした…

 定かではないが、人のような形をした影が見える

 無傷な… いや、軽くどす黒い血を流したファイブの姿が、目に入った。

「あ、ははは… あんまり効いてないみたいですね…」

 障害物から顔を上げた艦長がそう言う。

「こ、これで死なないとは… ふ〜む…」

「えへ、あ、あは… ははひ…」

「ちびらないで下さいよ、提督。」

「はははははは…」

「ま、まずい… メグミさんもいきそう…」

「何か手は無いですか? 犬河さん。」

 ブリッジクルーの視線が俺に集まる…

 んなこと期待されたって… どうしろってんだ…

 俺は、英雄でもなければ特殊能力者でも無い…

 

 ただ、人並み以上には、格闘や射撃が出来ると言うだけの人間だ…

 

 そんなの… 期待されたって…

 俺は、その考えを頭を振って、振り払う。

 だぁぁぁ! たく、俺のアホ! 巻き込んだのは、俺だろうが! だったら、自分の不始末は、自分でつけろって!

 俺は、足を踏ん張って立ち上がる。

 ガクッ!

 力が一気に抜けた…

 膝が折れ、床に倒れこみそうになる…

 だが、両手をついて、起き上がる。

 まだ… 寝てられるかよ…

 ドグガァァ!

 だが、奴はもう飽きたらしい…

 俺の顔面に強烈な拳が入った…

「かはぁ…」

 俺は、吐血する…

 鼻の穴からも血が出る…

 格好悪いな…

 歯も何本か折れたらしい。せめて乳歯を折れ、乳歯を… って無いか。

 俺は、至近距離でS&Wモデル500を撃つ。

 ガァン! ガァン! ガァン! ガァン! ガァン!

 シリンダーに入っていた5発全てを撃ちつくした。

 だが、効果は薄い…

 至近距離の銃撃で、ようやっと皮膚を軽く削り取った位だ…

「なんだよ… その皮はよ…」

 俺は、死と言う者を間近に見たのは何度も有った。

 だが、体験するのは初めてだ。

 どんなもんだろうな… 人生で一度の体験だぜ…

 ファイブの拳が、目前に見えた…

 嫌にゆっくりな時間が過ぎる…

 ああ、これが走馬灯ってやつか…

 記憶が、次々と蘇ってきた… それもハッキリと…

 可笑しいな… こんなのが見えてるのにさ… 死ぬ気しないや。

 意思では、しっかりと死を覚悟しているのに、奥底で生を確信している俺が居た…

 なんでだよ… 絶望的な状況だぜ…

 あ、そうだな… 忘れてた…

 ここは、戦場だ… つまりは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三者の介入も認めると言うことだ…

 

 その予想に違わない出来事が、次の瞬間目の前で行われた…

ガゴォォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォン!

 どこぞへと吹き飛んでいくファイブ…

 ブリッジの正面の強化ガラスが吹き飛び、青空が顔を出した…

 少々期待してはいたが、何が起こったのか良くわからない頭で、俺は必死に状況を認識しようとする。

 だが、それは図らずとも向こうからやって来た…

「ふっははぁ! 友のピンチだぁ! このダイゴウジ・ガイも乱入させて貰うぜぇ!」

「見たかぁ! この威力! これぞ我ウリバタケ・セイヤ製作の我らが、宇宙戦艦「ナデシコ」の誇るぅぅぅぅぅ、300mmのぉぉぉぉぉ……… 小型(・・)列車砲(・・・)だぁぁぁぁ!!!」

 いや、助けに来てくれたのは、有り難いんだが…

 

 

 

んなもんどうやって持ってきた。

「はぁ、疲れましたね… 突貫工事世界記録… エレベーターの改造… 時間にして12分とは…」

「また、俺も借り出された…」

「私も…」

「ギャグを考える暇が無かった…」

「しかし、何でここのクルーは、こういう作業に慣れているんだ? レールも苦も無く敷いていたし…」

「って、言うかパイロットは、戦闘よりも土木作業の経験の方が多いから…」

「「「「「ああ、その通りだ。」」」」」

「どう言う艦なの…」

「エリナ君、どうやら僕らの理解能力の限界を超えているらしいよ… この艦は…」

 思わず溜息が出る…

 あんたら、その格好はなんだ、その格好は…

 安全第一と白い字で書かれた黄色いヘルメットに、薄いグレーの作業着… オマケにツルハシを担いで… ってまて! 発掘作業じゃ無いんだぞ!

「え〜、皆さん単刀直入に言います。……何しに来たコラ。」

「勿論! 手伝いに来たんだよ! ゴートの旦那の頼みでなぁ!」×今来た全員の人数

 その余りの単刀直入さに、俺は、顔が崩れるのを自覚した…

 そして、笑った…

 大声で…

 その笑いは、周り中へと感染して行った…

 

機動戦艦ナデシコ

英雄無き世界にて…

第十五話 中

END

第十五話 下へ続く…